風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

神学

タイセン先生の講演会

1009091009109日(木)、10日(金)、西南学院コミュニティーセンターで、ドイツ・ハイデルベルク大学名誉教授ゲルト・タイセン先生の特別講演会が開かれました。

今回は、日本新約学会第50回大会が西南学院を会場に行われることに合わせ、西南学院大学学術研究所が特別講演会を開いたという形でした。

9日(金)は、「史的イエスとケーリュグマ-学問的構成と信仰への道」と題し、英語で講演されました(左の写真)。
通訳は、西南学院大学神学部教授の須藤先生です。

イエスの前に「史的」とつけば、それは、この地上を歩まれた歴史的存在の人間イエスのことです。
ケーリュグマとは、宣教という意味で、この講演では、宣教されているキリスト、信仰対象としてのキリストといった意味に用いられています。
人間イエスがいかにして、信仰の対象、宣教されるキリストとなったのかを、学問的に考えるということでしょう。

主イエスは、ご自分については「人の子」と言われ、神的存在ではないことを明言されていました。
けれども、主イエスと触れ合った人々は、主イエスの言葉や振る舞いに神を見ました。

これは、主イエスがたとえ話を用いて福音を宣べ伝えられたことと、同じ構造です。
主イエスは、直接的に神や神の国について語ることはありません。
たとえを用いて語られました(マタイ1章34節など)。
たとえば、「放蕩息子」のたとえ話は(ルカ15章11節以下)、父親と二人の息子たちの物語です。
どこにもありそうな話題ですが、このたとえ話を聞いた人々は、そこに、神と人の関わりを透かし見ます。

今回の講演で最も興味深かったところは、「私たちは今や、史的イエスのケーリュグマのキリストへの変容を理解出来ます。即ち、死者の復活によって、私たちは無から何かを創造することが出来る力と出会い、そしてこの力は人間の生の中へ立ち現れます。この力は、十字架につけられたイエスにおいて(と共に)発揮されます。そこで私たちは決定的な境界、即ち無と有の間の境界の踏み越えに出会います。・・・史的イエスは彼の譬えと象徴行動で、この世界を、そこに創造者である神が透けて見えるようにし、このようにして神との間接的な出会いを媒介します。ケーリュグマのキリストは、一切のものを無から創造する神と直接向き合います。私たちは存在と非存在それ自体の神秘と出会います。譬えにおいて行動し、説教し、この比喩的なやり方で神へ近づく道を創った史的イエスは、その十字架刑と復活によって、自ら神の譬えとなったイエスについてのケーリュグマに変容したのです」というところです。

講演の後の質疑応答で、十字架をどう理解するのかという問いに、「それはまず、躓きであり、神の挑戦だ。人は、自分が生きるために人を殺す存在だということを、十字架は示している。そのように人間の真実な姿を直視させるものだ。それから、十字架は神の贖いの業、神の主体的な業を示している。主イエスはそこで、自分が死んで、人を生かす道を示された」というように、タイセン先生は答えられました。

復活は、無から有を創造される神の力が現されたもので、それが十字架で死なれた主イエスにおいて起こったからこそ、史的イエスがケーリュグマのキリストとなられたと考えてよいのでしょう。


10日(金)は、「教派を超える教会政治家パウロ-その成功と失敗」と題し、ドイツ語で講演されました(右の写真)。
通訳は、自由学園最高学部長・東京大学名誉教授の大貫隆先生です。

簡単に講演の内容に触れてみます。

パウロを「教会政治家」と呼ぶのは、殆ど聞いたことがないと思いますが、パウロは政治的な力を発揮して、ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者との間に一致を生み出そうとし、それは、使徒会議(使徒言行録15章、ガラテヤ書2章)において成功し、その後の異邦人伝道に大きな力となりました。

さらにパウロは、ユダヤ人と異邦人の一致を夢見、行動します。
それは特に、エルサレム神殿において誰もが分け隔てなく神を礼拝出来るようになるということです。
ガラテヤ書3章26節以下に記されているのが、パウロの夢でしょう。
28節で、「そこではもはやユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」と言い、さらに29節、「もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です」と告げます。
エフェソ書2章18,19節にも、「それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり」と記されています。
そこで、エフェソ出身のトロフィモを連れてエルサレムに登ったところ、ギリシア人を神殿の境内に連れ込んだということで騒動が起こり(使徒21章)、逮捕されてローマに護送され(同27,28章)、伝説によれば、ローマで処刑されます。
また、それが発端となって、エルサレムの教会は終わりを迎えることになりました。
ここに、ユダヤ人と異邦人を一致させようとするパウロの試みは、失敗に終わりました。


興味深い講演でした。
このようなパウロ理解が正当なものかどうか、本当のところはよく分かりませんが、しかし、やがて世が終わりを迎えたとき、ユダヤ人も異邦人も皆、天の御国において神の前に立たされ、共に礼拝するときが来ます。
パウロはキリストの教会を、天の御国を先取りして、すべての者が一つになるところと考えたということ、そのために苦闘しつつ働いていたということは確かなのだろうと思いました。


講演会の後、先生の著書を購入し、サインをして頂きました。


そのほか、日本新約学会50年の回顧と展望と題して、東京大学名誉教授・恵泉女学園大学名誉教授の荒井献先生、桐蔭横浜大学客員教授・東京工業大学名誉教授の八木誠一先生の記念講演がそれぞれなされました。

とても有意義な二日間の学びの時でした。




寺園教授最終講義

寺園喜基先生が、西南学院大学神学部教授として最後の講義に臨まれました。先生は、神学部を卒業された後、九大大学院で学ばれ、そしてドイツに留学されました。

帰国後、九大の助手を務める傍ら、1973年から西南神学部の非常勤講師として、教義学、組織神学を講じて来られました。司会をされた片山先生によれば、西南神学部の非常勤講師を務める傍ら、九大でアルバイトしていたと言いたいということでした。案外、それが寺園先生の思いだったかも知れません。

私も、1984年に組織神学、85年に組織神学特講を受講させていただきました。御他聞に漏れず、出来の悪い学生でした。

その後、98年秋に九大を退き、西南神学部教授となられました。そして、院長、理事長職をも務めて来られました。

最終講義は、西南学院度ドージャー記念館2Fチャペルにおいて、一般公開で開かれました。講義のテーマは、『バルト神学の根本問題』です。

少し、先生の講演から引用します。

「神学(Theologie=theos(神)+logos(言葉))という言葉が『神を語る』ということを意味しているように、神学の課題とはまさしく『神を語る』ことです。では、神を語るとはいかにして可能なのでしょうか。

・・・ バルトは、『神学の課題としての神の言葉』(1922)において、神を語ることが神学の必然的な課題であり、同時にまた人間にとっては不可能な課題である、ということを確認しつつ、神についてはただ神ご自身が語ることが出来る、という主張をします。では、この神ご自身が神を語るということは如何なることかと問うなら、イエス・キリストが神ご自身の語り、『神の言葉』である、と答えます。ここにおいて、神学の出発点が示されています。即ち、神学の出発点は『神の言葉』としてのキリストの出来事であり、神学の課題はこれを語ることである、という認識に立ちます。

・・・ バルトの『教会教義学』には太い背骨のようなものが貫いています。それは、神が人間と共にいるという神の約束・契約(神論)、この契約を実現する外的な条件としての人間の創造(創造論)、この契約を人間の罪にも拘わらず成就ずる、和解の出来事としてのイエス・キリストの歴史(和解論)というものです。この和解の出来事に基づいて、『神我らと共に』があるのです。

・・・ この『我ら』は、これを信じ受領する者のみを意味していて、神はただ神を信じる者とのみ共にいます、ということではありません。なぜなら、『神我らと共に』において何よりも先ず本質的なことは、これが神についての、神の存在と働きについての表明なのだからです。

・・・ 神の存在と働きが先行する限り、この『我ら』は、その事実を未だ知らず、それゆえ知るように呼びかけられている、広い世界に向かっても開かれているのです。従って、この『神我らと共に』の『我ら』は宣教の課題として、信仰受領者の群れの中に留まらず、世界へと開かれているのであります。
そしてさらにバルトにおいては、この『神我らと共に』はインマヌエルの翻訳であり、インマヌエルはイエスの『名』の言い換えなのです。即ち、イエスが『我らと共にいます神』なのです。『イエスが我らと共にいる』ことによって、『神が我らと共にいる』のです。

・・・ バルトの『イエスと共に』従って『神と共に』という主張は、『イエスならざる者と共に』いることは『神ならざる者と共に』いるという帰結になります。これは当時のドイツにおけるヒトラーの神格化とナチス国家への宗教化への批判原理となりました。教会闘争の道標となったバルメン宣言(1934年)はバルトが寄贈したのですが、その第1項では、次のように言われています。

『聖書において我々に証しせられているイエス・キリストは、我々が聞くべき、また我々が生と死において信頼し服従すべき神の唯一の御言葉である。教会がその宣教の源として、神の子の唯一の御言葉の他に、またそれと並んで、さらに他の出来事や力、現象や真理を、神の啓示として承認し得るとか、承認しなければならないとかという誤った教えを、我々は退ける。』
これは、信仰成立の根拠と政治的態度決定の根拠とが同一であるということを示しているのであります。

バルトはキリスト教の教えを『インマヌエル・神我らと共に』の事実として総括しました。そして、それをイエス・キリストの名と同定しました。イエス・キリストの名はその生涯・十字架・復活の出来事を内実としています。

この出来事が示していることは、イエスは自分の罪のゆえに苦しみ死んだのではなく、他者のために苦しみ死んだということであり、しかも同時に、それは神ご自身の事柄であるということです。神はご自身の苦しみを苦しみ、ご自身の死を死んだということではありません。神は人間の苦しみを引き受け、人間の死を引き受けることがお出来になったのであります。それは、神が生ける、愛において自由な神だからであります。私たちは、ここに、『神我らと共に』を支える、神の深みの次元があることを見るのであります。・・・」

 私のような浅学の徒のことを十分ご配慮下さって、とても分かり易い講義でした。


この講義に先立ち、リコーダー・カルテットによる賛美が神にささげられました。
 YouTubeにアップロードした動画をご覧下さい。
手持ちのデジカメで撮ったので、画面が暗く、音質も悪くて御免なさい。

 

寺園先生の写真も撮ったのですが、ウデが悪過ぎて、ここに紹介出来ません。平にご容赦を!
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