風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

今日の御言葉

9月10日(日) 出エジプト記10章

「人々は、3日間、互いに見ることも、自分のいる場所から立ち上がることもできなかったが、イスラエルの人々が住んでいるところにはどこでも光があった。」 出エジプト記10章23節

 1節で主がモーセに「ファラオのもとに行きなさい。彼とその家臣の心を頑迷にしたのは、わたし自身である」と告げられます。そこでモーセはアロンと共にファラオのところに行き、「いつまで、あなたはわたしの前に身を低くするのを拒むのか。わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせなさい」(3節)という主の言葉を伝えます。

 それに対するファラオの返答は記されませんが、モーセが「身を翻してファラオのもとから退出」(6節)したということですから、良い返事を聞くことは出来なかったようです。ところが、「家臣の心を頑迷にした」(1節)と言われていたにも関わらず、家臣たちがファラオに「即刻あの者たちを去らせ、彼らの神、主に仕えさせてはいかがでしょうか」(7節)と進言します。

 それでファラオはモーセを呼び戻し、「行って、あなたたちの神、主に仕えるがよい」(8節)と言いますが、若い者も年寄りも、息子も娘も羊も牛もと(9節)、すべての者が主の祭りのために行くと聞くと、態度を一変させ、「わたしがお前たちを家族ともども去らせるときは、主がお前たちと共におられるように。お前たちの前には災いが待っているのを知るがよい」(10節)と拒絶しました。

 そして、「行くならば、男たちだけで行って、主に仕えるがよい」(11節)と言います。そうすれば、彼らは女子どもの待つエジプトに戻って来なければならないからです。それがファラオの最終判断であることを示すかのように、モーセを追い出してしまいました。

 それに対する主の応答が「いなごの災い」(12節以下)です。いなごは、雹の害を免れたすべてのものを破壊し尽くします(5,12,15節)。「いなごは、エジプト全土を襲い、エジプトの領土全体に留まった」(14節)、「いなごが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった」(15節)と言われていて、神がエジプトを徹底的に裁こうとしている事が伺えます。

 ファラオは慌ててモーセを呼び、「あなたたちの神、主に対し、またあなたたちに対しても、わたしは過ちを犯した」(16節)と謝罪し、いなごを去らせてくれるよう願います。それでモーセが主に祈ると(18節)、主は西風を起こし、いなごを吹き飛ばして一匹残らず葦の海に追い遣られました(19節)。

 ところが、それを見るとファラオはまた頑迷になり、イスラエルの人々をさらせはしません(20節)。そこで主は、9番目の災いとして「暗闇の災い」(21節以下)を臨ませます。エジプト全土を暗闇が襲い、冒頭の言葉(23節)のとおり、「3日間、互いに見ることも、自分のいる場所から立ち上がることもできなかった」のです。

 3日間というのですから、それは、日食というのではありませんし、互いに見ることも、立ち上がることも出来ない暗闇とは、夜の闇のようなものではないでしょう。というのは、夜の闇のようなものならば、灯火を持ってくれば、互いに見ること、立ち上がって歩き回ることが出来るからです。

 ですからそれは、灯火をもってしても全く明るく出来ない、まるで空気を黒い色で染めてしまったかのような、漆黒の闇に閉ざされてしまったということでしょう。考えただけで窒息してしまいそうになるほどの、どこまでも深い闇が、エジプトの人々を覆い包んでいたのです。

 それは、神が光を創造される前の「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり」(創世記1章2節)という状況に戻ってしまったかのようです。

 ところが、「イスラエルの人々のいるところには、どこでも光があった」(23節)と記されています。これは、ファラオにとって最も屈辱的なことではなかったでしょうか。というのは、ファラオは、エジプトで人々が崇拝している最高太陽神アメン・ラーの化身と考えられていたからです。

 しかしながら、太陽もファラオの威光も、主と主が遣わされたモーセの前に全く歯が立たないこと、そして、主に従う者は光の内を歩むことが出来るということを、いやというほど見せつけられたのです。

 天地創造の初め、神が「光あれ」と言われると、光が現れました(創世記1章3節)。この光は、太陽光ではありません。太陽などは、第四の日に造られるからです(同14節以下)。

 主イエスは、「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(ヨハネ8章12節)と言われ、また、「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中に留まることのないように、わたしは光として世に来た」(同12章46節)と語られました。主イエスが暗闇に輝く光であられ(同1章5節)、主に従う者に神の栄光を表わしてくださるのです(第二コリント4章6節参照)。

 ファラオは、「羊と牛は残しておけ」という条件付きで「行って、主に仕えるがよい」(24節)と許可しますが、家畜も連れて行くというモーセに(26節)、「引き下がれ。二度とわたしの前に姿を見せないように気をつけよ。今度会ったら、生かしてはおかない」(28節)と宣告します。

 けれども、頭を冷やして冷静に考えれば、災いによって命が脅かされているのはファラオの方ですし、本当に二度とモーセの顔を見たくないのであれば、むしろ、イスラエルの民を去らせてしまえばよかったのです。

 このとき、ファラオは暗闇を取り除くように願いませんでした。まさにファラオの心を暗闇が支配していて、自分が何をしているのか分からなくなっていたのです。ファラオのメンツ、プライドが、光を遮る高い壁となっていたわけです。

 第二次世界大戦の敗色濃い1945年2月、ときの首相・近衛文麿が昭和天皇に所謂「近衛上奏文」を奏上し、軍部を押さえて欧米と和平を結ぶべきと主張しました。それに対して天皇は、「もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う」として、否定的な態度をとります。

 これが3月の東京大空襲から沖縄戦、そして決め手となる広島、長崎への原爆投下を受けて、8月15日の「遅過ぎた聖断」となりました。もしも昭和天皇が、近衛首相の上奏文で英断を下し、行動を起こしていれば、沖縄を本土防衛の捨て石とすることも、その後、本土が焼かれ、原爆が投下されることも回避出来たはずです。

 ただし、敗戦を受け入れる心があればということですが、それは誰にでも、容易く出来るということではありません。本当に面子、プライドがそれを邪魔します。謙遜に頭を下げることが出来ません。結局、行き着くところまで行って、無条件降伏するしかなかったわけです。

 「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神があなたがたのことを心にかけていてくださるからです」(第一ペトロ書5章6,7節)。

 主よ、私たちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光をお与えくださり、感謝します。私たちはイエス・キリストの命をもって買い取られました。主イエスは私たちのために、十字架の死に至るまで従順であられました。私たちも主の御前に謙り、主の栄光を表わす器、主に従順な一つの群れとして、御業のために用いてください。 アーメン





9月9日(土) 出エジプト記9章

「しかし、あなたもあなたの家臣も、まだ主なる神を畏れるに至っていないことを、わたしは知っています。」 出エジプト記9章30節

 災いは次第に厳しさを増し、ついに命に関わるものになって来ました。主はモーセに「わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせよ」(1節)とファラオに告げさせ、それを拒み、民を去らせないままであるなら(2節)、野にいるエジプト人の家畜がすべて、馬、ろば、らくだ、牛、羊が疫病によって死に絶えると語られます(3節)。

 しかし、イスラエルの人々の家畜は、災いを免れます(4,6節)。ファラオは一言も口にしませんが、人を遣わしてイスラエルの家畜を調べさせ、イスラエル人の家畜が災いを免れていることを確認します(7節)。それで、この災いがイスラエルの神によってもたらされたことが明確に示されますが、ファラオはかえって頑迷になってしまいました。

 ここで、「疫病」(3節)は「デベル:DeBeR」という言葉で、5節の「(この)事(ダーバール:DaBaR)」との語呂合わせになっています。「ダーバール」は通常「言葉」と訳されますが、主の言葉はそのまま「事」になるという信仰が、この言葉遣いになっているといってよいでしょう。そして、その言葉が「疫病」という裁きになって、エジプトの家畜に臨んだのです。

 続いて、「はれ物の災い」(8節以下)が臨みます。これは、ぶよの場合と同様、民を去らせるようにという要求や災いの警告などがなされないまま、ファラオの頑迷さに対する主の裁きとでもいうかのごとく、ファラオの前でかまどのすすをまき散らすことで発生しました(8,10節)。

 ファラオは魔術師を召喚しました。彼らにモーセと同じことをさせるか、はれ物の災いを取り除かせようとしたのでしょう。けれども、彼らもはれ物に苦しめられていて、ファラオのもとの来ることが出来ません(11節)。そしてこの後、再び魔術師がモーセらの前に姿を表すことはありません。恐らく、魔術師の方で、この舞台から降りてしまったのではないでしょうか。

 そして「雹の災い」(13節以下)が起きます。年中殆ど降雨のないエジプトの民にとって、「エジプト始まって以来、今日までかつてなかったほどの甚だ激しい雹」(18節)、「このような雹が全土に降ったことは、エジプトの国始まって以来かつてなかったほど」(24節)というのですから、肝を潰したどころではなかったでしょう。

 今回は、「今、人を遣わして、あなたの家畜での似いる者は皆、避難させるがよい。野に出ていて家に連れ戻されない家畜は、人と共にすべて、雹に打たれて死ぬであろう」(19節)と告げられていました。 

 その言葉に対して、「ファラオの家臣のうち、主の言葉を畏れた者は、自分の僕と家畜を家に避難させたが、主の言葉を心に留めなかった者は,僕と家畜を野に残しておいた」(20,21節)と言われます。度重なる災いによって「主の言葉を畏れた者」たちがいる一方、ファラオと同様、主なる神の言葉を心に留めない頑迷な家臣、民も大勢いたということです。

 やがて雷鳴が轟き、稲妻が走り、そして雹が降るという、エジプト開闢以来経験したことがない規模と威力の天変地異に襲われます。ファラオは慌ててモーセを呼び、「今度ばかりはわたしが間違っていた。正しいのは主であり、悪いのはわたしとわたしの民である」と謝罪し(27節)、イスラエルの民を去らせるから、雹の災いを止めてくれるようにと求めます(28節)。

 ファラオがモーセに執り成しを願うのは、これで3度目です。モーセはその願いを入れて主に祈ることを約束し、それによって災いが止むことを請合います(29節)。

 しかし、それはもはや、ファラオが民を去らせるという言葉を信用したからではありませんでした。というのは、モーセが冒頭の言葉(30節)のとおり、「あなたもあなたの家臣も、まだ主なる神を畏れるに至っていないことを、わたしは知っています」と語っているからです。

 ファラオとその家臣が恐れているのは災いそのものであって、災いをもたらしているお方、エジプトに災いが臨んでいる原因を真剣に考えてはいません。だから、ファラオにとっては、災いが取り去られればそれでよいのであって、主なる神の言葉に耳を傾け、それに従うという思いなどはさらさらないということが、モーセにははっきり分かっているということです。

 このことは、私たちと神との関係を問い直させます。私たちにとって、神とはどのようなお方なのでしょうか。聖書は、「主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る」(箴言1章7節)と言います。この言葉によれば、神を畏れるに至っていないファラオとその家臣は、神を知らない、真の知恵を持たない無知な者であるということになります。

 そのような者について、「彼らは知ることをいとい、主を畏れることを選ばず、わたしの勧めに従わず、懲らしめをすべてないがしろにした。だから、自分たちの道が結んだ実を食べ、自分たちの意見に飽き足りるがよい。浅はかな者は座して死に至り、愚かな者は無為の内に滅びる」(箴言1章29節以下)と宣告されています。

 ヘブライ書4章にも、「彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結びつかなかったためです。信じたわたしたちは、この安息にあずかることができるのです」(同4章2,3節)と記されています。

 主は、「今度こそ、わたしはあなた自身とあなたの家臣とあなたの民に、あらゆる災害をくだす。わたしのような神は、地上のどこにもいないことを、あなたに分からせるためである」(14節)と言われ、「わたしは、あなたにわたしの力を示してわたしの名を全地に語り告げさせるため、あなたを生かしておいた」(16節)と告げておられます。

 主なる神は、ファラオに裁きを下すことを望んでおられるわけではありません。ファラオにも主の名を全地に語り告げるという使命を果たすものになって欲しいと考えておられるのです。

 私たちも、主に聞き従わない愚かな者になるのではなく、聴き従って岩の上に家を建てる賢い者にならせていただきましょう(マタイ7章24節以下参照)。

 主よ、私たちにも神の言葉が告げられています。それが、どのように聞こえているでしょうか。恵みに招く言葉でしょうか。災いを告げる言葉でしょうか。あるいはまた、耳を通り過ぎるだけの、信仰によって結び付けられることのない、単なる音にすぎないといった扱いでしょうか。もう一度、主を畏れ、謙って御言葉に聴くことを学ばせてください。 アーメン








9月8日(金) 出エジプト記8章

「ファラオが『明日』と言うと、モーセは答えた。『あなたの言われるとおりにしましょう。あなたは、我々の神、主のような神がほかにいないことを知るようになります。』」 出エジプト記8章6節

 「蛙の災い」(7章25節以下)がエジプトの全土で引き起こされ(2節)、王宮の寝台も蛙に襲われ、家臣や民の家のかまど、こね鉢にも蛙が入り込みました(7章28節参照)。ところが、これも、魔術師が秘術を用いて同じことをすることが出来ました(3節)。

 それで、ファラオがまた心を頑なにするかと思いきや、モーセを呼んで、「主に祈願して、蛙がわたしとわたしの民のもとから退くようにしてもらいたい。そうすれば、民を去らせ、主に犠牲をささげさせよう」(4節)と言いました。

 皮肉なことに、エジプトの国を覆った蛙の災いが、魔術師によって倍にされたので、ファラオをはじめエジプトの民の苦しみを倍増させてしまい、そして、魔術師は自ら呼び出した蛙の災いを退けることが出来なかったのでしょう。ここでファラオが「主に祈願して」と願ったのは、この災いが主によって引き起こされたことをファラオが認知したということです。

 モーセがファラオに、「あなたのお望みのときを言ってください」(5節)と、何時主なる神に祈り願って蛙を退ければよいのか尋ねると、ファラオは冒頭の言葉(6節)のとおり、「明日」と答えます。「今すぐ」と求めないところが、ファラオの意地でしょうか。

 それを聞いてモーセは、「あなたの言われるとおりにしましょう」と言い、続けて「あなたは、我々の神、主のような神がほかにいないことを知るようになります」と告げます。魔術師たちの出来ないことをしよう、それによって、主こそ神であることを知るようになりなさいというわけです。

 ファラオの前を退出したモーセが、蛙のことを主に祈ると(8節)、主はその願いを聞き入れ、蛙は死に絶えました(9節)。ところが、蛙が死に絶えてしまうと、ファラオはまた頑迷になり、モーセたちの言うことを聞かなくなります(11節)。

 続いて、「ぶよの災い」(12節以下)がエジプトに臨みます。アロンが杖で土の塵を打つと、それが全部ぶよになって、エジプトの全土を襲ったのです(13節)。「塵」(アーファール)は、人を形づくった材料で(創世記2章7節)、堕罪のアダムに「塵にすぎないお前は塵に返る」(同3章19節)と告げられた神の言葉から、エジプト人の最期がほのめかされているかのようです。

 魔術師が秘術を用いて同じようにぶよを出そうとしようとしましたが、今度は出来ませんでした(14節)。彼らはファラオに、「これは神の指の働きでございます」(15節)と報告します。つまり、魔術師がそこに神の力を認め、魔術などで出来ることではないと告げているわけです。

 蛙に主の業を見たファラオと同様、今度は魔術師がそれを認めざるを得ない事態だったということでしょう。けれども、ファラオは素直に主の力を認め、その言葉に耳を傾けようとはしません。面子やプライドにこだわって、真実を受け入れることが出来ないわけです。

 次に、「あぶの災い」(16節以下)が語られます。この災いでは、「国があぶのゆえに荒れ果てた」(22節)と言われます。あぶの大発生のために、エジプト人の屋外での活動が著しく制限されることになったのでしょう。

 エジプト全土で被害が起こり、その被害が尋常でなかったわけですが、ただイスラエルの民のいるゴシェンの地には、あぶが入り込みませんでした。見えない壁が、ゴシェンの地のイスラエルの民をあぶの災いから守ったかたちです。それによって、ファラオがイスラエルの民の中に主なる神がおられることを知るようになるためだと言われていました(18,19節)。

 ファラオはモーセらを呼び寄せ、犠牲をささげるために民が去ることを許します(21節以下、24節)。モーセは、あぶを去らせるように祈るにあたり、「二度と、主に犠牲をささげるために民を去らせないなどと言って、我々を欺かないでください」(25節)と求めますが、災いが取り去られると、ファラオはまた頑迷になってしまいます(28節)。

 「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」で、とりあえず被害がなくなれば、その原因を真剣に考えようとしないのが、ファラオのみならず、私たちの常ではないでしょうか。少々胸に傷みがあっても、あるいは意識を失うというような経験をしても、一過性のものならば、疲れからだろうと軽く考えて、検査することを怠り、その結果、重大な病気のサインを見逃して、手遅れになるというのも、よくあることです。

 また、分かっちゃいるけど、やめられないということもあります。悪いと知りながら、あれこれと言い訳し、結局、とことん行き着くところまで行かないと止められない。そして、早く止めればよかった、すぐに行動すれば助かったのにと、後悔したときにはすべて後の祭りといった話もよく聞くことです。

 神は私たちを災いに遭わせたいわけではありません。むしろ、祝福したいと願っておられます。私たちが主の慈しみの御手のもとに留まれば、私たちに対して主の慈しみがありますが、自ら恵みの傘の外に出てしまえば、神の保護を失い、災いに対処することが出来ません(ローマ11章22節)。

 「我々の神、主のような神がほかにいないことを知るようになる」とモーセがファラオに告げましたが、頑なに御言葉に聴き従うことを拒んで滅びを刈り取り、裁き主として主を知るのではなく、恵みと慈しみに富む主を知り、その恵みに豊かに与る者とならせて頂きたいと思います。

 主よ、苦しいときの神頼みに必死になる私たちですが、苦しみが過ぎ去ると、感謝することも疎かにする恩知らずです。もっと深く主を知り、もっと深く主と交わり、主が本当に望んでおられることを知って、その導きに従って歩む者とならせてください。 アーメン





9月7日(木) 出エジプト記7章

「そこでファラオも賢者や呪術師を召し出した。エジプトの魔術師もまた、秘術を用いて同じことを行った。」 出エジプト記7章11節

 主がモーセに「見よ、わたしはあなたをファラオに対しては神の代わりとし、あなたの兄はあなたの預言者となる。わたしが命じるすべてのことをあなたが語れば、あなたの兄アロンが、イスラエルの人々を国から去らせるよう、ファラオに語るであろう」(1,2節)と言われました。

 「ファラオに対して神の代わりとする」というのは、モーセが語れば何でもその通りになるとか、しようと思えば何でも出来るというようなことではありません。神の権威や力で相手を圧倒するということではないのです。4節に「ファラオはあなたたちの言うことを聞かない」と言われているからです。

 この言葉で、主イエスが「笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、悲しんでくれなかった」(マタイ11章17節)と言われた言葉を思い出しました。主イエスは神の御子であられましたが、神の権威と力を捨て、自分を無にして僕の身分になり、人間と同じものになられました(フィリピ書2章6,7節)。

 神の愛を説き、助けを必要としている人々のために愛と憐れみをもって働かれました。しかし、宗教指導者たちを含め、当時のイスラエルの民は主イエスを受け入れず、かえって、神を冒涜する者として十字架刑に処してしまいます。

 しかるに主イエスは、自分を殺そうとする者のために「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23章34節)と執り成しの祈りをささげ、十字架に死んで、私たちの罪の贖いを成し遂げてくださったのです(エフェソ書1章7節、コロサイ書1章14節など)。

 そうすると、ここでモーセがファラオに対して神の代わりとなるということは、神の御心を行う、神の代行者ということですが、思うにまかせないファラオとの交渉を通して、イスラエルの民とファラオとの板挟みとなる苦難を味わうことも含めて、イスラエルをエジプトの奴隷から解放する指導者とされたということでしょう。

 ファラオは、主を認めず、その御言葉に従おうとしません。モーセはファラオの前で、杖を投げて蛇に変えて見せ(8節以下)、続いて杖でナイル川を打って水を血に変えて見せましたが(14節以下)、ファラオはそれに対抗して賢者や呪術師を召喚し、彼らの秘術で同じことを行わせます。

 これは、魔術師の得意分野に神が切り込まれたということでしょう。そして、アロンの杖が魔術師たちの杖を呑み込んだということは(12節)、神が彼らの打ち勝たれたということです。また、ナイル川の水が血に変わったのは、ファラオがヘブライ人の男の子をナイルに投げ込ませたことに対する報いを思わせます。

 しかし、魔術師たちも出来ることをモーセが行ったからといって、それで主の言葉に従わなければならないということにはならないと言わんばかり、ファラオは心を頑なにして、モーセらの言葉に耳を傾けようとはしません(13,22節)。そのため、初めは杖が蛇に変わるという殆ど無害の奇跡でしたが、血の災い、蛙の災いと、次第に不快さの上に災いの度を増し加えていきます。

 あらためて、ここでの一番の奇跡は、杖が蛇に変わったり、水が血に変わったことなどよりも、むしろ、モーセとアロンが、「主が命じられたとおりに行った」(6,10,20節)と言われていることではないかと思います。

 初め、自分を指導者として立てようとする主に、モーセは何度も辞退を申し出ました(3章11節、4章1節以下、同10節以下、同13節)。そして、最初の交渉に臨んだとき、ファラオが全く耳を貸さないばかりか、ますます事態を悪化させたため(5章7節以下)、イスラエル同胞から抗議されると(同21節)、モーセは神に文句を言いました(同22,23節、6章1節以下、12節も参照)。

 けれどもここでは、ファラオの頑なな態度、対抗意識丸出しの振る舞いに接しても、全く感情を害することもなかったかのように、淡々と、あるいは黙々と、主の御言葉に従って行動しています。

 「主の御手にあって王の心は水路のよう。主は御旨のままにその方向を定められる」(箴言21章1節)という言葉があるように、神がモーセの心に働きかけて、神の望まれる方向に舵を切り替えられたかのようです。

 このことで、自分の周りの人々、家族親族、知人友人が主イエスを信じる信仰に対してどんな態度を示していても、主はその心の向きを変えることの出来るお方ですから、皆が主イエスを信じる信仰に導かれるよう、真剣に祈りましょう。

 主よ、羊は羊飼いの声を聞き分け、羊飼いについて行きます。主イエスこそ良い羊飼いであり、他にはいません。よい羊飼いは羊のために命を捨てるからです。私も主にあって命を得たのです。いまだ主の囲いに入っていないほかの羊にも、この恵みを知らせることが出来ますように。 アーメン





9月6日(水) 出エジプト記6章

「神はモーセに仰せになった。『わたしは主である。わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに全能の神として現れたが、主というわたしの名を知らせなかった。』」 出エジプト記6章2,3節

 6章には「主」という神の固有名詞が繰返し語られています。冒頭の「わたしは主である」(2節)という言葉(6,8節)や「主というわたしの名を知らせなかった」(3節)という言葉、また、「わたしがあなたたちの神、主である」(7節)という言葉などがそうです。これは、「主とは一体何者なのか」(5章2節)というファラオの問いに、主が答えられたかたちです。

 神はまず、ご自身の名が「主」であると教えておられます。「神」(エロヒーム)という普通名詞ではなく、固有名詞としての「主」という名前を教えてくださったのです。原文ではヘブライ語のアルファベットで「YHWH」と記されています。ヤハウェ、あるいはヤーウェと読みます。

 このヤハウェに「主」という意味があるのではありません。元来イスラエルの人々は、十戒(20章1節以下)に「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない」(同7節)という規定があるので、正確に発音しません。実際には、「アドナイ」と呼びます。「ヤハウェ」を「アドナイ」と読み替えているのです。

 そうして、神様の固有の御名をみだりに唱えることがないようにしたというわけです。このアドナイという言葉の意味が「主」なのです。日本語旧約聖書ではごくわずかの例外を除き、「YHWH:ヤハウェ」を「主」と訳しています。つまり、イスラエルの伝統に従っているわけです。

 ヤハウェという名前は、モーセが神の名を尋ねたときに(3章13節)、神が「わたしはある。わたしはある、というものだ(I am that I am)」(同14節)と言われました。この、「わたしはある(I am)」のヘブライ語はハーヤーで、ヤーウェはこの言葉から派生して出来たものなのです。

 「わたしはある」という言葉は、正確に表現すると「わたしはなろう(I will be)」という未来形です。ですから、「わたしはある」とは、神はいつもある、いつまでもあるという名前であると解釈して来ましたが、「わたしがあなたの神になろう」という神の意思の表明ととることも出来ます。

 主なる神がモーセとその民にご自分の名を知らされたということは、わたしの名を呼びなさい、主と呼びなさいと求めておられるということでしょう。そして、主の名を呼ぶ者たちの神となられ、わたしがあなたを守ろうと仰っておられるのです。苦しいとき、辛いとき、いつでも主を呼ぶとよいのです。主なる神は、「主」と呼ばれることを願っておられるのです。

 「アブラハム、イサク、ヤコブに全能の神として現れたが、主というわたしの名を知らせなかった」(3節)とは、神が御自身を「ヤハウェ」という名では先祖たちに知らせなかったと読めます。しかし、たとえば創世記15章2節でアブラハムが「わが神、主よ、わたしに何をくださるというのですか」と言っています。

 このような事実をどう説明できるでしょうか。学者たちはこれを、もともと別々の資料が一つの物語に結合された証拠であると説明します。一つの資料Jは創世記4章26節に基づいて「ヤハウェ」を用い、別の資料Eは3章14,15節、また別の資料Pはこの箇所において、モーセに「ヤハウェ」という名が初めて提示されているというのです。

 ただ、私たちが現在のかたちで聖書を読むとき、「全能の神」(エル・シャダイ)なる「主」の御名をこのときまで全く知らなかったというのではなく、「アブラハム、イサク、ヤコブの神、全能の主の御名が、モーセとイスラエルの民に新しい意味をもって知られるようになるということを、言い表そうとしていると読めます。

 それが、1節で「今や、あなたは、わたしがファラオにすることを見るであろう。わたしの強い手によって、ファラオはついに彼らを去らせる。わたしの強い手によってついに彼らを国から追い出すようになる」と言われた、エジプトの重労働の下、奴隷の身分から救い出して(6節)、イスラエルをおのが民とし、主がイスラエルの神となられるということです(7節)。

 漢字の「主」という字は、燭台の上で火が燃えている様子をかたどり、ともしびを表わした象形文字から出来たそうです。家の中を照らすともしびは家の中心に置かれました。そこから、家の中心になる人を主(あるじ)、主人と言うようになったわけです。まさに主なる神こそ、私たちの暗い心を照らし、私たちの住むこの暗い世を照らす命の光、ともしびです。

 そのことを、イスラエルの民が学校で勉強するのではなく、主がイスラエルの民と共にいて、民のためになさったことを見、経験することを通して、心と体で味わうのです。

 私たちも、神が「わたしは主である」と言われたとき、それは、神様の名前は「主」というのだという知識としてでなく、「わが主よ、わたしの主よ」と呼びかけて、触れ合う相手、交わることの出来る相手として、信じて受け入れて欲しいと言われているのです。

 主は、私たちを甘やかされません。私たちの言いなりにはなりません。私たちを豊かに成長させ、豊かに実を結ばせてくださいます。その過程では、嬉しいことばかりはないでしょう。むしろ辛いことがあるでしょう。枝を折り、葉を落とすこともあります。いくつかの実は成熟する前に切り取られます。もっとよく花を咲かせ、よい実を結ばせるためです。

 主は、ますます厳しさを増した状況の中で、モーセに対して、「わたしは主である」と何度も呼びかけられました。モーセ自身が「神がおられるとしたら、どのようなお方か」と哲学的に、形而上学的に考えたのではなく、主とは誰か、何をなさるのか、その目で見、耳で聞き、体で味わうことが出来るように、神の方から近寄り、語りかけられたのです。

 どのような状況の中でも、神の御言葉を聴きましょう。主を御名を呼び、主を仰ぎましょう。そうして主の恵みに与りましょう。

 主よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。御心がこの地上でも行われますように。私たちの耳を開き、御言葉を聴かせてください。目を開き、御業を拝させてくだください。心を開き、御心に従って歩み、委ねられた使命に励む者とならせてください。 アーメン







9月5日(火) 出エジプト記5章

「ファラオは、『主とは一体何者なのか。どうして、その言うことをわたしが聞いて、イスラエルを去らせねばならないのか。わたしは主など知らないし、イスラエルを去らせはしない』と答えた。」 出エジプト記5章2節
                                                                        
 モーセとアロンは、エジプトのファラオのところに行き、「イスラエルの神、主がこう言われました。『わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせなさい』と」(1節)と言いました。それに対する答えが、冒頭の言葉(2節)です。

 先に主なる神はモーセに、「わたしが彼の心をかたくなにするので、王は民を去らせないであろう」(4章21節)と語っていました。ということは、このファラオの反応は、既に折り込み済みというところでしょうか。

 モーセは主に教えられたように(3章18節)、「ヘブライ人の神がわたしたちに出現されました。どうか、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。そうしないと、神はきっと疫病か剣でわたしたちを滅ぼされるでしょう」(3節)と言います。主なる神を礼拝するために荒れ野に行かせてくれと、ファラオに一週間程の休暇を頼む言葉です。

 ファラオは、「お前たちはなぜ彼らを仕事から引き離そうとするのだ」(4節)、「「この国にいる者の数が増えているのに、お前たちは彼らに労働をやめさせようとするのか」(5節)と反問します。モーセたちの訴えを、休日の要求と正しく受け止めたわけです。

 そして、二人に耳を貸すつもりのないファラオは、民を追い使う者と下役に命じて、労働条件を厳しくし、「神を礼拝させよ」という偽りの言葉に心迷わさせないようにせよと告げます(6節以下)。つまり、休日を与えることを断じて拒否するという姿勢を示し、イスラエルが仕えるべきは主などではなく自分であることを、イスラエル人に思い知らせようと考えたのです。

 民を追い使う者は、早速イスラエルの民にわらの配給を停止してそれを自己調達させ、なおかつ、造る日干しレンガの数を減らすなと命じます(10節)。それを聞いた下役は、それは無茶だと抗議しますが(15,16節)、ファラオは民を怠け者と決めつけ、厳しく語るだけです(17,18節)。

 下役とは、エジプトの手先となるよう懐柔されたユダヤ人たちのことで、イスラエルの民を分断し、エジプトに協力する方が得だと思わせる役目を担わされています。今回のファラオが採った措置は、同胞とエジプトの間で下役たちを板ばさみにするようなことでした(19,21節)。

 そこで、彼らはモーセとアロンに抗議します(21節)。それを聞いたモーセは、主のもとに行き、「わが主よ、あなたはなぜ、この民に災いをくだされるのですか.わたしを遣わされたのは、一体なぜですか」(22節)と訴えます。

 自分たちが行かなければ、ファラオのこの措置はなかったとモーセは言いたいのでしょうけれども、しかし、神は既に、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫びを聞き、その痛みを知った」(3章7節)と言われ、それゆえ、モーセをファラオのもとに送られたのです。

 確かに、ファラオの心を頑なにして、モーセの要求をはねつけさせたのは神なのかもしれませんが、それは勿論、民に災いを下されようとしているのではなく、一週間の休みどころではない、エジプト人の行為を得て餞別を受け取ってエジプトを去ることが出来るようにするため(3章21,22節)、必要な処置を執ろうとしておられるのです。

 冒頭の言葉でファラオがモーセに「主とは一体何者なのか。どうして、その言うことを聞かねばならないのか」と言いました。だから、モーセとファラオのこれからのやり取りは、主とは一体何者なのかということを、ファラオが心と体で知るようになるために、神の導きに従ってなされるのです。

 そして「主とは一体何者なのか」という問いは、ファラオやエジプト人たちだけでなく、「あなたはなぜ、この民に災いをくだされるのですか」と問うモーセにも、そして出エジプト記の読者である私たちにも突きつけられています。

 物語にこめられた神の御心を注意深く読み取り、考え、探求しながら、答えを出していきましょう。

 主よ、神の富と知恵と知識はなんと深いことでしょう。誰があなたの定めを究め尽くし、あなたの道を理解し尽くせましょう。あなたを畏れ、御前に謙ることを学ばせてください。あなたはすべてのものを創造され、御手の内に守られ、やがて天に迎えられるのです。栄光が世々限りなく神にありますように。 アーメン




9月4日(月) 出エジプト記4章

「ツィポラは、とっさに石刀を手にして息子の包皮を切り取り、それをモーセの両足に付け、『わたしにとって、あなたは血の花婿です』と叫んだので、主は彼を放された。彼女は、その時、割礼のゆえに『血の花婿』と言ったのである。」 出エジプト記4章25,26節

 イスラエルの民をエジプトから救出するために、神はモーセを指導者として選ばれましたが、モーセは素直に神に従うわけではありません。まず、民はわたしを信用しないと言って断ります(1節)。すると神は、モーセに神に選ばれたものである証拠を示すことが出来るように、三つのしるしを与えます。

 そのしるしとは、一つ目は、モーセが手に持っている杖を投げると蛇になるというしるし(2節以下)、二つ目は、手をふところに入れると重い皮膚病にかかり、もう一度入れると元通りになるというしるし(6,7節)、三つ目は、川の水が血に変わるというしるしです(8,9節)。

 ここで「重い皮膚病」と訳されているのは「ツァラアト」という言葉で、祭儀的に穢れたものとみなされる皮膚疾患の総称(レビ記13~14章)です。語源も正確な意味も不明で、かつては「らい病」と訳されていました。レビ記13章を見れば明確であるように、いわゆる「ハンセン氏病」ではあり得ません。

 そもそもヘレニズム時代以前のオリエント世界に、ハンセン氏病が存在したという証拠はありません。アレキサンダー大王の大遠征に参加した兵士が東方から持ち帰ったとする説が有力だそうです。皮膚科学の専門家から見て、レビ記13章に記された症状のすべてが当てはまる単一の疾病はないと言われます。

 いずれにせよ、旧約聖書の「ツァラアト」という言葉は、医学的用語と言うより、浄・不浄の感覚に関わる祭儀的な用語であり、しかも差別的なニュアンスを含んでいるので、現存するいかなる病名の訳語を当てるのも適当ではないでしょう。それで新共同訳は「重い皮膚病」としているわけです。

 話を戻して、しるしが三つ与えられたのは、一つで信じなければ二つ、二つで信じなければ三つということですが、これは後に、いくつもの災いを経験しながら、イスラエルの民を去らせることを拒んだエジプトのファラオの頑迷さに通じているようです(7章8節以下)。即ち、イスラエルの民が主なる神を信じるためのしるしが、エジプトの民にとっては神の裁きのしるしとなるということです。

 けれども、モーセはそれで納得しません。次に、自分は弁が立たないと言って断ります(10節)。ただ、実際にモーセの口が重く、弁が立たなかったという証拠はありません。エジプトに行きたくないために、そうしなくて良い口実を見つけようとして、そう言ったのでしょう。

 それに対して神は、「一体、誰が人間に口を与えたのか」と言われます(11節)。この表現は、口が重く弁が立たないのは、そのように神が造られたからで、であれば、弁が立つようにすることも出来ると言っているのでしょう。

 ということは、神がモーセを出エジプトの指導者として選ばれたのは、モーセの弁が立つからということではないということを示しています。皮肉と言ってよいかもしれませんが、もし彼が弁舌爽やかであれば、もっと上手に自分が適任でないということを神に訴えたことでしょう。

 そして神は、口が重いというモーセに、語るべき言葉をモーセの口に与えると言われました(12節)。神が語らせるままに、口を開いて語ればよいということです。

 それでも、イスラエルの指導者となることを承服せず、「だれかほかの人を見つけてお遣わしください」と神の申し出を断るモーセに(13節)、神は怒りを発して「あなたにはアロンという兄弟がいるではないか」と言われました(14節)。

 ここで、神が怒りを発してアロンのことを言われたということは、もしもモーセが素直に神の選びに答えて立ち上がっていれば、アロンの起用はなかったということになるのかも知れません。また、モーセは神の剣幕に恐れをなしたということで、神の説得を素直に受け入れたわけではなかったのです。

 そして、モーセは家族を連れてエジプトへ戻ります(20節)。ところが、エジプトに帰りつく前に事件が起こります。それは、主がモーセと出会って、彼を殺そうとされたことです(24節)。それは何故か、定かではありません。

 しかしながら、その直前、主がモーセに、「『わたしの子を去らせてわたしに仕えさせよと命じたのに、お前はそれを断った。それゆえ、わたしはお前の子、お前の長子を殺すであろう』とエジプトのファラオに言え」と命じておられます(23節)。このことで、モーセが神の命令を断ったので(13節)、長子、即ちモーセとその長子を殺そうとされたと考えることも出来ます。

 そのとき、モーセの妻ツィポラが、息子に包皮を切り取り(割礼を施したということです)、それをモーセの両足に付けました。そして、「あなたは血の花婿です」と叫んだので、神はモーセから手を放されました。

 これは、後の過越の出来事、つまり、小羊の血を家の柱と鴨居に縫ったところは、神の御使いが過ぎこして災いを免れ、血が塗られていないところは、神の御使いがその家に入り、長子の命を奪ったという出来事に通じているようです(11,12章)。

 かくて、モーセの命は妻ツィポラの機転によって救われました。そのときツィポラが叫んだ「血の花婿」という言葉について、花婿とは新約聖書では主キリストを指します。花婿なるキリストが血を流されることで、教会が清められ、花嫁として迎えられることになったのです。つまり、キリストの贖いの御業が、ここに予め示されているということです。

 神の御子キリスト・イエスの命によって贖い出された私たちには、それぞれに使命が与えられており、それを実行するために必要な賜物も与えられています。主の御旨をわきまえ、喜びをもってそれを実行できるよう、常に御言葉と聖霊による導きを祈り求めて参りましょう。

 主よ、人は誰も、自らを清くすることは出来ません。ただ、主イエスの血潮が私たちをすべての罪から清めるのです。そのために、主イエスは十字架で贖いの御業を成し遂げられました。感謝をもって主に従います。絶えず御言葉に聴き従うことが出来ますように。主の証人としての使命を全うできるよう、聖霊の力を授けてください。 アーメン




9月3日(日) 出エジプト記3章

「主は言われた。『わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。』」 出エジプト記3章7節

 エジプト王女の養子となったモーセは、イスラエルの同胞とは全く違う生活をすることが出来ました(2章10節)。重労働をする必要がなかったのです。

 モーセが成人したある日、同胞が重労働に服しているのを見、一人のエジプト人が同胞を打つのを見て、撃ち殺し、遺体を砂に埋めました(同11,12節)。彼はそれを秘密裏に行えたと思っていましたが、翌日、同胞の喧嘩の仲裁をしようとして、「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」(同14節)と言われます。

 モーセはヘブライ人を同胞と考えて、エジプト人に打たれていたヘブライ人を助けたつもりだったのでしょうけれども、エジプト王女の子という特権的な立場にいるモーセは、同胞から受け入れられておらず、しかも、自分の犯行が知れ渡っていることを悟ります。そのことがファラオの耳にも入り、モーセを殺そうと尋ね求めたので、その手を逃れてミディアン地方に逃げ落ちます(同15節)。

 そこで、ミディアンの祭司レウエル(3章1節ではエトロ)の娘ツィポラと出会い、結婚します(同16節以下、21節)。そして、ゲルショムという男児が与えられました(同22節)。それから長い年月、エジプトの同胞のことを忘れたかのような、穏やかな生活を送ります。

 1節に登場するモーセは、もはや同胞を救おうと血気にはやり、エジプト人を撃ち殺した青年モーセではありません。2章11節に「モーセが成人したころのこと」とありましたが、7章7節には「ファラオに語ったとき、モーセは八十歳、アロンは八十三歳であった」と記されていますので、2章23節の「それから長い年月がたち」というのは、60年を超えるものであったことになります。

 モーセは、エトロの羊の群れを飼っていて、あるとき、神の山ホレブに来ました(1節)。2章18節でレウエルと呼ばれていた舅がここでエトロと呼ばれ、士師記4章11節にはホバブとされていて、異なる伝承が併存しています。民数記10章29節でもミディアン人レウエルの子ホバブとなっていますが、新共同訳は「舅(ホーテン)」を「義兄(ハータン)」と読み替えています。

 モーセはホレブで、燃える柴の炎の中から語りかける神の声を聞きます(2,4節)。モーセは初め、「この不思議な光景を見届けよう」(3節)と言いますが、神は「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから」(5節)と語られました。

 靴を脱ぐというのは、奴隷は裸足であったことから、神の僕として御言葉に聞き従う者となるということを示しています。モーセは、自分が神を見ようとしていたことに恐れをなし、顔を覆います(6節)。イスラエルには、神を見る者は神に打たれて死ぬという信仰があるからです。

 そのとき、モーセに神が語られたのが、冒頭の言葉(7節)です。神は、モーセが忘れたことにしていた同胞イスラエルのことを、「エジプトにいるわたしの民」と呼び、その「苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った」と言われます。

 「知る」(ヤーダ)は、「アダムは妻エバを知った」(創世記4章1節)の「知る」と同じ言葉で、相手に心を留め、愛することです。高いところから見下ろして、民が苦しんでいるのが分かったというのではなく、そこに自ら下って来られて、その痛み、苦しみを共に味わってくださったという表現といってよいでしょう。

 神は、この民を奴隷の苦しみから救い出し、約束の地に導き上ろうとお考えになり(8節)、エジプトから導き出す指導者として、モーセを遣わすと言われるのです(10節)。ここにモーセは、神の全権大使として、エジプトのファラオのもとに遣わされるわけです。

 それを聞いたモーセは、慌てました。「わたしは何者でしょう」(11節)とは彼の謙遜などではなく、到底そのような任に当たることの出来る者ではないと、固辞しようとしているのです。若かりしころ、同胞を救おうとして結局逃げ出すしかなかったことを思い出したのかも知れません。

 しかるに神は、「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである」と言われました(12節)。モーセが何者であっても、神が共にいて、彼を用い、彼を通してイスラエルの民をエジプトの地から救い出すという、断固とした神の御心が、ここに示されます。

 イスラエルの苦しみを見、その叫びを聞かれた憐れみ深き神は、私たちの神であられます。この国の呻きをも聞き上げ、大いなる救いの御業を起こしてくださると信じます。そのために、私たちも主に用いられる器とならせて頂きましょう。

 主よ、私に何の取り柄もないことは、あなたがご存知です。あなたから離れては、何もすることが出来ません。どうか主が私と共にいて、御業のために整え、用いてください。御名が崇められますように。御心がなりますように。 アーメン






9月2日(土) 出エジプト記2章

「その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。『水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。』」 出エジプト記2章10節

 ファラオの「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め」(1章22節)という命令が、イスラエルの民をエジプトでの過酷な重労働から救い出す指導者モーセ登場の舞台を用意することになりました。

 ファラオの命令が、エジプト中でどの程度厳格に守られたのか、よく分かりません。中には、エジプト人によって守られる新生児もいたでしょう。その一人にモーセがいたのです。モーセは、レビ族のアムラムと妻ヨケベドの次男として生まれました(6章30節)。兄のアロンは、この命令が出る前に誕生していて、危機を免れたのでしょう。

 モーセの両親は、生後3ヶ月になって隠しおおせなくなったモーセをパピルスの籠に入れ、ナイル川の葦の茂みに置きます(3節)。「籠」(テーバー)は、創世記6章では「箱舟」と訳されています。かけがえのない愛児をナイルの神ではなく、天地を創造された神の御手に委ねたのです。そして、籠の様子を姉ミリアムに見張らせました(4節)。

 やがて、緊張の瞬間がやって来ました。それは、ファラオの王女が水浴びに来て、葦の茂みの間に隠されているパピルスの籠を見つけたのです(5節)。王女が仕え女をやって籠を取って来させ(5節)、開けてみると、男の子が泣いています(6節)。

 王女は「これは、きっと、ヘブライ人の子です」(6節)と言います。王女はこの男児をどうするつもりでしょうか。その様子を見ていた姉ミリアムは、飛び出して行って、「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか」と申し出ます(7節)。

 もし王女がこの子に憐れみを感じているならば、この申し出を受けるでしょう。父王の出した命令に従うつもりならば、冷たく跳ね除けられることでしょう。それを今確かめようとしているわけです。すると王女は「そうしておくれ」(8節)と答えました。ミリアムは、早速母ヨケベドを連れて来ました(8節)。

 「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当はわたしが出しますから」(9節)という王女の依頼を受けて、母ヨケベドが再びわが子を胸に抱き、乳を含ませます(9節)。しかし今度は、堂々と子育てすることが出来ます。この子は、エジプトの王女の子となったのです。

 エジプトの王女がどのようにしてヘブライ人の男の子を養子に迎えたのか、理解出来ませんが、まさに、神がイスラエルの民をエジプトから脱出させるために、モーセを生かす道を備えられたのです。それにしても、助産婦のシフラ、プア、そしてモーセの母ヨケベド、姉のミリアム、そしてエジプトの王女という、王を恐れず行動した女性たちによって、大切な命が守られました。

 「その子が大きくなると」(10節)とは、乳離れしたという表現でしょう。当時は通常3歳になるまでは乳が与えられ、時には5歳で乳離れしたそうです。「三つ子の魂百まで」という言葉がありますが、乳幼児の大切な時期を家族の中で過ごしたモーセは、自分の民族のこと、そして自分たちの神への信仰について、その心に刻みつけたことでしょう。

 冒頭の言葉(10節)のように、王女は「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから」と言って、「モーセ」という名を与えました。エジプトの王女が、ヘブライ語の「マーシャー」から名付けるとは考えられません。エジプトの言葉で別の意味を持つ名(例:「産む、子」(メス)に由来する)をヘブライ語的に解釈し、それを王女が語ったようにしたということでしょう。

 王女は、王宮から「下りて来て」パピルスの籠を「見つけ」、その中で泣いている男の子を「ふびんに思い」、そこから引き上げ、必要の一切を支払います。そして、新しい名を与えました。王女が果たした役割は、神がこの世にお遣わしくださった主イエスのようです。

 神の御子・主イエスは、天から下って来て罪の中に泣いている私たちを見つけ、そこから引き出すためにご自身の命をもって代価を払い、救ってくださったのです。そして、私たちに新しい名前が与えられました。それは「クリスチャン(キリストのもの)」という名前です。私たちはキリストのものとされ、神の子となりました。

 神なく生きていた罪人の私たちが、どうして神の子となれるのでしょうか。それはただ、神の憐れみです。キリストの十字架の贖いに、計り知れない神の愛が表されています。それは、モーセがイスラエルの救いに用いられたように、私たちを通して神の憐れみが多くの人々に証しされるためなのです。

 恵みの主を日々仰ぎ、その御言葉に耳を傾け、聖霊の力を受けてキリストの証人としての使命に励むものとならせて頂きましょう。

 主よ、キリストの十字架によって、あなたの愛が川の流れのように私たちのところまで流れてきました。罪の中で泣いていた私たちも、あなたの愛によって救われました。平安と喜びのうちを歩むことが出来ます。心から感謝します。霊に満たされ、その力を受けて、この恵みを力強く証しすることが出来ますように。 アーメン







9月1日(金) 出エジプト記1章

「助産婦はいずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた。」 出エジプト記1章17節

 本日から、出エジプト記を読み始めます。ヘブライ語聖書では、「出エジプト記」はその書き出しの「ブ・エーッレ・シェモート・ブネー・イスラエル(そして、これらはイスラエルの子らの名前です)」からとって、「シェモート(名前)」と呼ばれます。

 1節以下に、エジプトにやって来たイスラエル=ヤコブの子らの名前が列挙されているということは、出エジプト記が創世記の続編で、ここでヨセフ物語とモーセ・出エジプト物語の橋渡しをしているということを示しています。

 2,3節のルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、6人はヤコブの妻レアの産んだ子ら、ベニヤミンは妻ラケルの産んだ子、4節のダン、ナフタリはラケルの仕え女ビルハの産んだ子ら、そして、ガド、アシェルはレアの仕え女ジルパの産んだ子らで、御覧のとおり母親別にまとめられています(創世記35章2節以下も同様)。

 イスラエルの子孫は、エジプトにおいて急速にその数を増しました(7節)。パレスティナとは違って、気候が比較的安定していること、寄留の地とはいえ、ヨセフが国の宰相となっているため、特権的な地位、立場を享受出来たことなどがその要因と考えられます。

 そのため、帰国しようと思えばすぐに実行出来たと思われるのに、そしてヨセフはそれを願い、そのときには自分の遺骨を携え上るようにと命じていたにも拘らず、「此処に居るは善し」(マルコ福音書9章5節)とばかり、永住するつもりになっていたのではないでしょうか。

 そして、その背景に「あなたの子孫は異邦の国で寄留者となり、四百年の間奴隷として仕え、苦しめられるであろう。しかしわたしは、彼らが奴隷として仕えるその国民を裁く。その後、彼らは多くの財産を携えて脱出するであろう」(創世記15章13,14節)との御言葉、神のご計画がありました。

 神は、「ヨセフのことを知らない新しい王」(8節)を登場させ、イスラエルの立場を一変させてしまいます。イスラエルの民は、自分たちが寄留者であったことを思い知らされます。昨日まで、特権階級であったのに、今日から奴隷として重労働に服さなければならなくなったのです。安楽な日々を過ごしていた人ほど、この変化は受け入れがたい厳しく辛いものだったことでしょう。

 新しい王は、おびただしく数を増し、国中に溢れてきたイスラエルに恐れをなし、重労働を課して虐待しました(11節)。けれども、抑圧すればするほどイスラエルの民は増え広がっていきます(12節)。そこには、「あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がって行くであろう」(創世記28章14節)という神の祝福の御手が働いているといってよいでしょう。

 重労働でもイスラエルの勢いを抑えることが出来ないとみたエジプト王は、ヘブライ人の助産婦を呼びつけ(15節)、出産の際「男の子ならば殺し、女の子ならば生かしておけ」(16節)と命じます。これは、死産だったことにするという工作をさせようとしているのです。

 ところが、冒頭の言葉(17節)のとおり、二人の助産婦はそれに従いません。二人は、エジプトの王よりも神を畏れていたというのです。そもそも、助産婦の務めは生まれて来る子どもの命を守ることです。彼らは、神から与えられた使命に忠実で、それゆえに、神の御旨に背くエジプト王の命令に従うことが出来なかったのです。

 そのことを知った王は、二人を呼びつけて詰問します(18節)。すると二人は、ヘブライ人の女性は丈夫で、助産婦が到着するまでに産んでしまう、死産にする工作が出来ないと答えるのです(19節)。これは、男児の命を守るための助産婦たちの方便でしょう。そして、主なる神は、エジプトの王を恐れずに神を畏れて行動した二人を祝福されました(20,21節)。

 詩編の詩人も、「主の慈しみは世々とこしえに、主を畏れる人の上にあり、恵みの御業は子らの子らに、主の契約を守る人、命令を心に留めて行う人に及ぶ」(詩編103編17,18節)と詠います。

 ここに、王の名は記されていないのに、助産婦二人の名が「一人はシフラといい、もう一人はプアといった」(15節)と記されているのは、主なる神の御前に、神を畏れる助産婦二人が覚えられ、その信仰が讃えられているという、何よりのしるしでしょう。

 結局、王は新たな触れを出し、ヘブライ人として「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め、女の子は皆、生かしておけ」(22節)と全国民に命じるのです。

 しかしなぜ、ナイル川に放り込めなのでしょう。イスラエルの民が皆ナイル川のほとりで生活しているわけではありません。兵士たちが剣にかけて殺害することも出来たはずですし、その方が確実だったのではないでしょうか。

 勿論、王の心を推し量ることは出来きませんが、ナイル川はエジプトの文明を育んだ繁栄の源であって、エジプトにとって、神のような存在です。エジプトの王が自ら手を下すというのではなく、イスラエル人の取り扱いをナイルの神に託すといった思いだったのではないかと考えられます。

 そうしたエジプト王の思いを利用して、まことの神は、イスラエルの民の指導者として、モーセが立てられる舞台をお造りになったわけです。そして、子殺しを命じたエジプト王とその民は、過越によって長子を失い、男児をナイルに放り込めと命じたことが、自らとエジプトの兵士たちが葦の海に呑み込まれて命を落とすことになりました。

 主は、イスラエルを祝福する者を祝福され、呪う者を呪われるのです(創世記12章3節)。

 主よ、あなたは万事を益に変えることのお出来になる方です。この時代、この地にもあなたのご計画があり、私たちはその中で主に導かれています。あなたを畏れて御前に謙り、日毎に御声に耳を傾けます。私たちをも御業のために用いてください。 アーメン



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