風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

今日の御言葉

5月27日(日) 列王記下6章

「そのうちの一人が梁にする木を切り倒しているとき、鉄の斧が水の中に落ちてしまった。彼は、『ああ、ご主人よ、あれは借り物なのです』と叫んだ。」 列王記下6章5節

 預言者の仲間たちがエリシャに、今住んでいる場所は狭すぎるので、大きな家を建てるため、ヨルダンに材木を切りに行きましょうと言います(1,2節)。預言者仲間が共同生活をしていた場所は、ベテル(2章3節)、エリコ(同5節)にもありますが、4章38節とのつながりから、ギルガルと考えるのが妥当であろうと思います。

 ただ、エリシャはサマリアに家があることが報告されており(2章25節、5章3,9節)、その私邸のほかに、預言者仲間と共に生活する公邸があると考えたらよいのでしょうか。その場所が狭くなったということは、エリシャを指導者と仰いで集い来る預言者の数が増加して来たということです。

 歴代の王たちがなかなか主なる神の御声に耳を傾けようとしない北イスラエルにあって、エリシャのもとに預言者が集うということは、御声を正しく聴きたいと思う者が増えているということであり、王を初め北イスラエルの民に主の御言葉を正しく告げ知らせる働き人が、より多く求められているということなのでしょう。

 主イエスが、「収穫は多いが働き手が少ない」(マタイ9章37節)と仰いましたが、収穫が多いというのは、問題,課題が多いということでもあります。だから、多くの働き手を必要としているわけです。

 家を増築するための材木を集めるため、木を切りに行くという申し出を受けて、「行きなさい」(2節)と応じたエリシャでしたが、預言者の一人が、「どうぞあなたもわたしたちと一緒に来てください」(3節)と懇請します。「一人」には、定冠詞が用いられているので、預言者仲間の代表ということでしょう。

 そして、新共同訳で「わたしたち」と訳されているのは、「あなたの僕たち」(アブデイハー)という言葉で、5節の「ご主人」(アドニー:「わたしの主人」の意)と共に、上下関係を強調する表現になっています。

 新改訳は「どうぞ」を「思い切って」と訳して、その願いの強さを表現しています。預言者集団のトップとして、当然同行すべきだということなのでしょうか。あるいは、以後不測の事態が起こることを予感してということなのかも知れません。委細は不明ですが、その強い要請にエリシャは、「わたしも行こう」と応じました。

 ヨルダンで材木となる木を切り出している最中に、一人の者が手を滑らして、鉄の斧を水の中に落としてしまいました(5節)。その斧は借り物でした。当時、鉄は貴重品で、簡単に手に入れることが出来ません。貧しい預言者仲間には、到底買えるような代物ではなかったと思われます。だから、木を切るために、どこかから借りて来ていたわけです。

 斧を落とした者は、冒頭の言葉(5節)の通り「あれは借り物なのです」と叫びました。借りて来たものを、返せませんで済ませるわけにはいきません。買って返すお金もないとなると、どうしたらよいのでしょうか。エリシャに助けを求めるほか、何をすることも出来ませんでした。

 助けを求める声を聞いたエリシャは、「どこに落ちたのか」と尋ね、示された場所に枝を切って投げ込みました(6節)。すると、なんと鉄の斧が浮き上がったのです。そこで、浮き上がった斧を拾い上げさせました(7節)。あり得そうにないことが起こって、窮地を脱することが出来たのです。

 借り物は、必ず返さなければなりません。主イエスがファリサイ派などの人々から、「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか」(マルコ12章14節)と尋ねられたとき、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(同17節)とお答えになりました。

 考えてみてください。私たちの人生において、これは自分のものと主張することが出来るものがあるでしょうか。一時期、所有することは出来ても、手放すときがやって来ます。つまり、すべて預かりもので、返すべき時がやってくるのです。

 私たちにとって最も大切な、なくてならないもの、それは命です。まさに命こそ、神からの預かりものです。だから、清算のときがきます。その時、「これは借り物だったのに、取り返しのつかないことをしてしまった」と叫ばずにすむ生き方が出来ているでしょうか。神からの預かりものなのに、罪の中に沈めてしまって自分ではどうしようもない。それが私たちの現実ではないでしょうか。

 しかし、神は私たちに救いの手を差し伸べてくださいます。エリシャが投げた木の枝は、私たちにとって、キリストの十字架を象徴しているようなものです。罪に沈んでいた私たちが、キリストの十字架の贖いによって、もう一度生き返ることが出来ました。自分で清算することの出来なかった罪の代価を、神の御子がご自身の命によって支払ってくださったのです。

 キリストによって新たにされた自分の人生を、まさしく神からの預かりものと覚え、「是非わたしと一緒に来てください」と願い、どんなことも「ああ主よ」と主に依り頼み、日々御言葉に聴きつつ歩ませて頂きましょう。

 主よ、あなたの恵みと導きを感謝いたします。御子の命というかけがえのない代価をもって贖い出し、神のものとしていただきました。御霊の住まわれる神の宮として、御名の栄光のため、私たちのこの体を用いてください。御名が崇められますように。 アーメン




5月26日(土) 列王記下5章

「ナアマンは神の人の言葉どおりに下って行って、ヨルダンに七度身を浸した。彼の体は元に戻り、小さい子供の体のようになり、清くなった。」 列王記下5章14節

 新共同訳聖書は、5章も「エリシャの奇跡」という見出しで括る大きな段落に入れています。ここは、アラムの将軍なあ万に起こった出来事が記されています。1節に「アラムの王の軍司令官ナアマンは、主君に重んじられ、気に入られていた。主がかつて彼を用いてアラムに勝利を与えられたからである」と記されています。

 イスラエルに敵対するアラムの将軍ナアマンが、主君に重んじられ、気に入られていた理由を、「主がかつて彼を用いてアラムに勝利を与えられたから」と語っているということは、主はご自身の御旨を行われるために、イスラエルに敵対しているような者をも用いられるということです。

 しかも、「彼らはイスラエルの地から一人の少女を捕虜として連れて来て」という2節の言葉から、アラムの勝利はイスラエルに対するものだったということです。主に従わないイスラエルがアラムに対して反抗するように導き、それに対し、敵軍の将ナアマンが主の御名を呼び、助けを求めたので、主がアラムに勝利を与えられたというところでしょうか。

 ところで、ナアマンは重い皮膚病を患っていました(1節)。彼の妻が召使いにしていたイスラエルの少女が(2節)、「御主人様がサマリアの預言者のところにおいでになれば、重い皮膚病をいやしてもらえるでしょうに」(3節)と女主人に告げました。それをナアマンがアラムの王に伝え(4節)、イスラエル行きの許可を得ます(5節)。

 ナアマンは、アラムの王から委ねられた親書と、銀10キカル(342kg≒2千万円)、金6千シェケル(68.4kg≒3億3千5百万円)、着替えの服10着という贈り物を携え、イスラエル王の許にやって来ました(5,6節)。その親書を読んだイスラエルの王は衣を裂き、これはアラムの王の陰謀だとばかり、感情を露わにします(7節)。

 そのことを伝え聞いた預言者エリシャはイスラエルの王に、自分のところにナアマンをよこすよう進言します(8節)。そして、やって来たナアマンに使いを遣って、「ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい。そうすれば、あなたの体は元に戻り、清くなります」(10節)と言わせます。

 アラム王の親書を携え、多くの贈り物をもってイスラエルまでやって来たナアマンは、顔を見せようともしないエリシャのやり方が礼を失していると憤慨し、「イスラエルのどの流れの水よりもダマスコの川アバナやパルパルの方が良いではないか。これらの川で洗って清くなれないというのか」(11,12節)といって国へ帰ろうとします。

 けれども家来たちは、「わが父よ、あの預言者が大変なことをあなたに命じたとしても、あなたはそのとおりなさったにちがいありません。あの預言者は、『身を洗え、そうすれば清くなる』と言っただけではありませんか」(13節)と執り成します。つまり、命じられたのは大変なことではないのだから、やってみてはどうかとナアマンに勧めたわけです。

 ナアマンは家臣の勧めを受け、思いを変えて冒頭の言葉(14節)のとおりヨルダン川に下り、エリシャに指示されたとおり川に七度身を浸しました。それは確かに、やろうとして出来ないような難しいものではありません。実行できました。

 ナアマンが腹を立てたのは、エリシャが自分に対して敬意を示さないこと、彼の命じたことが余りにも簡単で、それで本当に清くなると考えることが出来なかったからでしょう。王に重用されている軍の司令官という立場、彼のメンツが、一預言者の言葉に従うことを難しくしたのです。

 しかし、彼は部下の諫めを受け入れ、エリシャの言葉に従いました。すると、彼の体は元に戻り、清くなりました(14節)。体が元に「戻った(シューブ)」のを見たナアマンは(14節)、エリシャのところに「引き返す(シューブ)」(15節)という語呂合わせがここにあります。

 自分を出迎え、対面して癒しを行おうとしなかったエリシャに憤慨して立ち去ろうとした将軍ナアマンが、身の清めを経験して、エリシャの言葉が確かに神の言葉であることを悟りました。彼は、随員全てを連れてエリシャの前に立ち、「イスラエルのほか、この世界のどこにも神はおられないことが分かりました」(15節)と、その信仰を言い表しています。

  さながら、エリシャの臣下に入ろうかというような振る舞いです。ナアマンが神の恵みを味わうためには、謙ること、忠実に御言葉に従うことが求められました。一度だけではなく、七度身を浸すというのも、七が完全数で、主の御言葉に完全に従えという表現と考えられます。

 また、洗う度にだんだん清くなったというのではなく、七度身を浸し、川の水で七度身を洗って初めて清められたのです。そうして主の恵みを受けるため、彼の従順と忍耐が試されたわけです(ヘブライ書10章36節参照)。

 主イエスの母マリアは、「お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ1章38節)と答えました。主イエスもゲッセマネで「わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」(同22章42節)と祈られました。私たちも神の恵みに与るために、絶えず謙遜と従順が試されています。

 日毎に開かれる主の御言葉の前に、常に謙遜と従順をもって歩ませていただきましょう。

 主よ、ナアマンが七度洗ってその身が清められたように、私たちの心を繰り返し御言葉で清めてください。人知を超えた神の平安で、私たちの心と考えを絶えず守ってください。主の恵みが常に豊かにありますように。 アーメン




5月25日(金) 列王記下4章

「彼は言った。『外に行って近所の人々皆から器を借りて来なさい。空の器をできるだけたくさん借りて来なさい。』」 列王記下4章3節

 4章には、「エリシャの奇跡」という小見出しがつけられています。そこには、負債からの救済(1~7節)、死から命へ(8~37節)、有害物質の除去(38~41節)、百人の給食(42~44節)という、エリシャによってなされた四つの奇跡が記されています。いずれも、死から命へ、絶望から希望へという共通のテーマを持っています。

 最初の「負債からの救済」という奇跡は、預言者仲間の一人が亡くなり、その後、債権者がやって来て、子ども二人を負債のかたに連れ去り、奴隷にしようとしていると、その預言者の妻が訴えたことに対して(1節)、エリシャが行ったものです。

 エリシャが、あなたの家に何があるのかと尋ねると、彼女は「油の壺一つのほか、はしための家には何もありません」(2節)と答えます。彼女の家に残っているものは、本当にごく僅かです。家財道具から一切合財、債権者に持って行かれたというところでしょうか。油の壺一つだけでは、殆ど何の助けにもなりません。

 けれども、それを聞いたエリシャは、「外に行って近所の人々皆から器を借りて来なさい。家に帰ったら、戸を閉めて子供たちと一緒に閉じこもり、その器のすべてに油を注ぎなさい。いっぱいになったものは脇に置くのです」(3,4節)と彼女に告げました。

 そこで、彼女は家の戸締まりをし、二人の子らは空の器を集めて来ました。そして、彼女が集められた空の器に壺の油を注ぎます(5節)。驚くべきことに、壺の油は尽きません。集められた器はすべて満たされました。「もっと器を持っておいで」と彼女が言うと、子どもたちは「器はもうない」と答えました。すると、油は止まりました(6節)。

 それを神の人エリシャに報告すると、エリシャは「その油を売りに行き、負債を払いなさい。あなたと子どもたちはその残りで生活していくことができる」(7節)と言いました。

 アハブの御世、3年にわたる旱魃が続いている中、サレプタの貧しいやもめを、エリヤが救ったことがありました(列王記上17章8節以下)。そのとき、底をついていた壺の粉と瓶の油が、その後、再び雨が降って地に実りが与えられるまで、幾日食べてもなくならないという奇跡が行われました(同16節)。

 また、ギルガルの地が飢饉に見舞われていたとき(38節)、一人の男が初物のパン、大麦パン20個と新しい穀物を袋に入れて、エリシャのもとに持って来ました(42節)。それを人々に与えて食べさせるよう命じると、「食べきれず残す」(43節)と言われた主の言葉のとおり、百人もの人がそれを食べて食べきれず、残すという奇跡もありました(44節)。

 これらの箇所に見る、ごく僅かなものですべての必要を満たされただけでなく、多くのものが余るというのは、男だけでも5000人いるという大群衆の腹を五つのパンと二匹の魚というごく僅かなもので満たし、残りを集めると、12の籠に一杯になったという、主イエスが行われた奇跡の物語を思い起こします(マルコ6章30節以下など)。

 また、この出来事から、主の恵みについて教えられます。彼女らには、負債を返す力がありませんでした。だれかにその負債を肩代わりして貰わない限り、子どもを奴隷として売るしかなかったのです。しかも、負債を返し終えさえすれば、それでよいというわけではありません。

 そもそも、預言者の夫が負債を残して亡くなり、それが返せなかったわけです。負債がゼロになっただけでは、明日からまた借金生活が始まってしまいます。だから、借金がゼロになった後の生活がきちんと出来る仕組みや備えが必要なのです。

 私たちの信仰において、負債とは罪のことです(ルカ11章4節参照)。粉飾して、負債などないという顔をしている人でも、神の御前に、負債のない人、罪を犯したことがないと言える人などいません(詩編14編1節以下)。

 そして、誰も自分の力ですべての負債を返すことができません。だから、神の御子キリストが十字架にかかり、私たちの負債をすべて、支払ってくださいました。けれども、借金体質がそのままでは、再び借金生活に逆戻りです。そうならないように、収入を確保できる仕組み、借金を産まない体制が必要です。

 主なる神は私たちに、別の助け主として真理の御霊、聖霊を送ってくださいました。私たちは、私たちといつまでも共にいてくださる聖霊の力を受けて、新しい歩みをすることが出来るのです(ヨハネ14章16,26節、15章26節、16章8節以下)。主イエスを信じて罪赦された今、聖霊の満たしと導きを求めましょう。

 もう一つ、預言者エリシャが隣近所からたくさんの空の器を集めさせ、その器を油で満たしました。そして、すべての器を満たしたとき、油は止まってしまいました。空の器がなくなったからです。用意された器の分だけ、油が注ぎ出されました。

 ここで、器は私たちの必要であり、壺の油はそれを満たす主の恵みであると考えます。私たちが器を満たしてくださいと主に祈り願うと、主はその祈りに答えて、恵みを注いでくださいます。隣近所から空の器を集めなさいというのは、家族や隣人の救いを求め、恵みを求めて執り成しの祈りをせよということにもなるでしょう。

 空の器を主のもとに持ち出せば、すべて恵みで満たして頂くことが出来ます。集めた器をすべて満たせば、油は止まってしまいます。無尽蔵の主の恵みで、家族親族、知人友人が満たされるよう、祈り願いましょう。そうして、日毎の御言葉と祈りを通していただいた恵みを、隣人のために用いさせていただきましょう。

 主よ、日々御言葉を通して新たな恵みを示してくださり、感謝します。私たちの家族、隣人がすべて、主の救いの恵みに与りますように。心も体も健康で、日々充実した生活が出来ますように。生活の必要がすべて満たされますように。仕事が祝されますように。そのことを通して、いよいよ主の御名が崇められますように。 アーメン




5月24日(木) 列王記下3章

「エリシャは言った。『わたしの仕えている万軍の主は生きておられる。わたしは、ユダの王ヨシャファトに敬意を抱いていなければ、あなたには目もくれず、まして会いもしなかった。』」 列王記下3章14節

 アハブの死後、モアブの王メシャがイスラエルに反旗を翻しました(4,5節、1章1節)。アハブの子ヨラムは、ユダの王ヨシャファトに援軍を頼みます(6節以下)。彼らはなぜか、エドムの荒れ野を迂回する道を進みます(8節)。9節に「ユダの王およびエドムの王と共に出発した」とあるので、エドムの王にも支援を願ったということのようです。

 サマリアから東にモアブの地を目指したのではなく、エドムの荒れ野、即ち死海の南方を迂回する遠回りをして七日を費やすことになり、部隊と連れている家畜のための水が底をつきました(9節)。ヨラムは「ああ、主はこの三人の王をモアブの手に渡すために呼び集められたのか」(10節)と言います。主に背いているという自覚を持っていたわけです。

 そのときヨシャファトが、「ここには我々が主の御旨を尋ねることのできる主の預言者はいないのですか」(11節)と尋ねました。これは、かつてヨラムの父アハブがヨシャファトに向かって、ヤベシュ・ギレアド奪還のため共に出陣しようと願ったときと全く同じ状況です(列王上22章5,7節)。

 しかしながら、ヨラムとヨシャファトは前述のとおり、死海の南を迂回しているわけです。それは勿論ユダの南方なので、その近辺にいる主の預言者の情報については、イスラエルの王ヨラムよりも、ユダの王ヨシャファトの方が詳しいはずです。

 にも拘わらず、「ここには我々が主の御旨を尋ねることのできる主の預言者はいないのですか」と、ヨラムに尋ねているということは、この地に主の預言者がいるかどうかではなく、主の預言者がモアブの王メシャに戦いを挑めと告げたのか、その預言者はヨラムと同行して、今ここにいるのかと尋ねているということだろうと想像します。

 その問いに、ヨラムの家臣の一人が「ここには、エリヤの手に水を注いでいた、シャファトの子エリシャがいます」(11節)と答えました。「エリヤの手に水を注いでいた」というのは、エリヤに近く仕えていたということでしょう。ヨシャファトはそれを聞いて、「彼には主の言葉があります」(12節)と言います。

 ヨシャファトがどこでサマリアにいる預言者エリシャのことを知ったのかは、不明です。けれども、絶えず主の御旨を尋ねようとするヨシャファトの姿勢に、彼の父アサが主の目にかなう正しい道を歩んだように(列王記上15章11節)、ヨシャファトも主の道をまっすぐに歩んでいたということを、確認することが出来ます(王上22章43節)。

 ですから、ヨシャファト自身、常に主の御旨を問うために、傍らに預言者を置いていたでしょうし、そうした預言者から、北イスラエルの預言者エリシャの風評を聞くことがあったかも知れません。あるいは、エリヤのことを知っていて、彼に仕えていたというのであれば、主の言葉を語るに違いないと考えたのでしょう。

 そこで、エリシャのもとに下って行くというのですが(12節)、死海の南を迂回してモアブに向かっていた彼らが、水がなくて困っていたというのに、再びサマリアに戻ってエリシャを訪ねるというのは、考え難いところです。ここにエリシャがいますという家臣の答えから(11節)、何らかの理由でエリシャがエドムの荒れ野まで、足を延ばして来ていたのでしょう。

 エリシャのもとに行ったとき、彼はヨラムに、父母の預言者たちのところへ行けと言いました(13節)。ヨラムの父アハブ、母イゼベルに仕えていた預言者が主の御言葉を告げる預言者でなかったことが、ここでも確認されます。ヨラムは両親ほどではありませんでしたが(2節)、ネバトの子ヤロブアムの罪を犯し続け、それを離れようとしてはいませんでした(3節)。

 ヨラムはエリシャに「モアブの手に渡そうとしてこの三人の王を呼び集められたのは主だからです」(13節)と答えています。現状を主の裁きのように捉えているのです。そこで、この瀕死の状況において、どのようにすれば良いのか、主の御旨を問うために、主の預言者エリシャの許に来たのだというわけです。

 その時エリシャは、冒頭の言葉(14節)のとおり、ユダの王ヨシャファトに敬意を抱いていなければ、ヨラムに会いもしなかったと言いました。エリシャがこのとき、もしも会見を拒否したままであれば、どうなったのでしょうか。神の御旨は告げられず、命の水を得られないまま、悲惨な最期を遂げることになったのかも知れません。

 エリシャは、楽を奏する者を連れて来るように求め(15節)、彼らが演奏を始めると、主の御手がエリシャに臨みました(15節)。確かに主は、イスラエルの賛美を受けられる方です(詩編22編4節)。そこに、ご自身の臨在を示されました。

 主は、「この涸れ谷に次々と堀を造りなさい」(16節)と言われ、続けて「風もなく、雨もないのに、この涸れ谷に水があふれ、あなたたちは家畜や荷役の動物と共にそれを飲む」(17節)と約束されました。

 そして翌朝、その言葉のとおり、その地が水で満たされました(20節)。カルメル山でエリヤに火をもって答えられた神は(列王上18章30節以下、38節)、雨を降らせ、命の水をお与え下さるお方なのです(同41節以下参照)。

 モアブの人々は、その水が血のように赤いのを見て(22節)、「これは血だ。王たちは自分たちどうしで争い、討ち合ったにちがいない。モアブよ、今こそ奪うときだ」(23節)といって突進して行きましたが、さんざんな返り討ちに遭いました(24節)。そこで、エドムの王に向かって最後の攻撃を仕掛けますが、これも失敗に終わりました(26節)。

 最後にモアブ王は、長男を城壁の上で焼き尽くすいけにえとしてモアブの神ケモシュもにささげました。すると、イスラエルに対して激しい怒りが起こり、イスラエルはそこを引き上げて自分の国に帰ったと言われます(27節)。

 全く思いがけない結末です。激しい怒りの持ち主がだれなのか、明言されません。モアブ王メシャでしょうか。モアブの神ケモシュでしょうか。それとも、主が憤られたのでしょうか。そもそも何を怒られたのでしょう。詳細は語られません。ただ、ネバトの子ヤロブアムの罪を離れ、悔い改めて命の水をお与えくださる主に立ち帰るよう求められているのではないでしょうか。

 主イエスは「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」と言われました(ヨハネ4章13節)。また、「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」(同7章37,38節)と言われています。

 常に主の御言葉を慕い求め、命の水に与らせていただきましょう。

 主よ、私たちはあなたを離れて誰のところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。命の言葉なる主を信じ、聖霊に満たされて、永遠の命に至る水が泉となって湧き出で、生きた水が川となって流れ出ますように。主に従う者の上に、主の恵みが常に豊かにありますように。アーメン



5月23日(水) 列王記下2章

「渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。『わたしがあなたのもとから取り去られる前に、あなたにために何をしようか。何なりと願いなさい』。エリシャは、『あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください』と言った。」 列王記下2章9節

 エリヤが天に上げられるときが来ました。ギルガルを出て(1節)、エリヤはエリシャに「主はわたしをベテルにお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と告げると、エリシャは「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答え、共にベテルに下って行きます(2節)。

 ベテルで預言者の仲間たちが、エリヤが取り去られることを知っているかとエリシャに尋ねると、「わたしも知っています。黙っていてください」(3節)と答えます。「預言者の仲間たち」とは「預言者たちの息子たち」(ブネイ・ハ・ネビーム)という言葉です。

 同様のやり取りが、その後2度、エリコとヨルダン川のほとりで繰り返されます(4,5節、6,7節)。「預言者の仲間五十人もついて行った」(7節)とは、ベテルとエリコの預言者の仲間たちがついて来ていたということでしょう。そしてそれは、エリヤを呼びに遣わされたアハズヤの使者たちと同じ数です。

 ギルガル(1節)からベテル(2節)、エリコ(4節)、そしてヨルダン川へ(7節)という行程は、何を意味するものでしょうか。ヨルダン川を渡ってギレアドの地に向かうのが目的であれば、西のベテルに向かってから、ギルガルの数km南にあるエリコに戻って来るという旅は不用でしょう。

 どこまでエリヤについて行くのか、エリヤの後継者となるエリシャの覚悟が問われているかのようです。そして、預言者の仲間たちは、エリヤからエリシャへのバトンタッチのときに何が起こるのか、目撃する役割を担っているようです。「黙っていてください」(3,5節)とは、黙って見ていなさいということでしょう。

 ヨルダン川のほとりに立ったエリヤが外套で水を打つと、ヨルダン川の水が分かれました。二人は乾いた土の上を向こう岸に渡ります(8節)。預言者の仲間たちは遠く離れて立ち止まったままのようです(7節)。

 そこで、冒頭の言葉(9節)のとおり、エリヤがエリシャに願い事を尋ねると、エリシャは「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と求めました。「あなた(エリヤ)の霊の二つの分」というのは、エリヤの2倍の霊の恵みを求めているということではないでしょう。

 長男は、弟たちの二倍の遺産を受け取る権利(長子権と呼ばれる権利)を持っていました(申命記21章17節)。だから、「あなたの霊の二つの分を受け継がせてください」というのは、その長子の権利をエリシャが求めたということで、それは、エリシャがエリヤの後継者となりたいという強い意欲を示していることになります。

 それを聞いたエリヤは、「あなたはむずかしい願いをする」(10節)と言います。誰がエリヤの後継者となるのかということは、主なる神がお決めになることで、エリヤがその願いをかなえてやることは出来ないということでしょう。

 また、エリヤの後継者となれば、困難を背負うことになるという意味もあるでしょう。そのときエリヤは、かつて自分がカルメル山上でのバアルの預言者との戦いを勝利した後、その使命を投げ出そうとしたという経験について、思い起こしていたのかも知れません(列王上19章参照)。

 そして、自分が取り去られるのを見たならば、願いが叶えられる、それを見なければ叶えられないと告げます(10節)。それは、モーセが神の後ろ姿を見て、イスラエルの民を率いるおのが使命を確認したように(出エジプト33章参照)、エリヤのような預言者の使命について、エリシャに悟らせるためだったのでしょう。

 あらためて、エリヤがエリシャと共にギルガルを出てベテルへ(1節以下)、ベテルからエリコへ(4節以下)、そしてヨルダンに行き(6節以下)、ヨルダン川の水を分けて乾いた土の上を向こう側へ渡ったのは(8節)、かつてモーセが取り去られて、後継者ヨシュアが約束の地に渡ったのとほぼ逆コースです(ヨシュア記3,6,7,10章)。

 モーセはヨルダンの東、ギルガルの地で死にましたが、どこに葬られたのか、知る者はいません(申命記34章6節)。その時モーセは120歳でしたが、目はかすまず、活力も失せてはいなかったと記されています(同7節)。神が取られたので、いなくなったのです。そして、ヨシュアがモーセの後継者として立てられ(ヨシュア記1章2節以下)、イスラエルの民を約束の地へ導きました。

 エリヤも、モーセと同様に神が取られました(11,12節)。エリヤが嵐で天に取り去られる様子の一部始終をエリシャは目撃しました(12節)。一連の出来事でエリヤの後継者としての決意が試されたエリシャでしたが、エリヤの最期を見届けて、預言者の使命を確認したエリシャが、ここに正式にエリヤの後継者とされたのです。

 そのときエリシャは「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」(12節)と叫びました。外敵との戦いにおいて、イスラエルを勝利に導くのは、戦車や騎兵の数、力ではなく、主が共におられ、イスラエルのために戦ってくださるかどうかです(申命記20章1節、サムエル記上14章6節、17章47節、詩33編16,17節など)。

 預言者は、主の言葉を託されて働く者です。エリシャがエリヤを「父」、「イスラエルの戦車」、「騎兵」と呼んだのは、エリヤがまさに主に力を託されて、武具で身を固めた敵軍に対するイスラエルの守りだと評し、その方を「父」と呼んで、自分がその方の使命を引き継ぐ者となると宣言したのです。

 そのエリシャの許に、エリヤの外套が落ちて来ました(13節)。これはかつて、神がエリシャをエリヤの後継者に選ばれたとき、一度エリヤから投げかけてもらったものです(列王上19章16,19節)。はっきりと分かる形で、エリシャがエリヤの後継者として立てられたことが示されています。

 エリシャはその外套を取り上げて、エリヤがやったようにヨルダンの水を分け、渡ることが出来ました(14節)。エリコの預言者の仲間たちは、「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」(15節)と言い、迎えに出てその前にひれ伏しました。

 主イエスは「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(ルカ9章23節)と招かれました。私たちは、主の御前に自己推薦出来るような存在ではありませんが、主は私たちを選び、主の業を行って実を結び、その実がいつまでも残るように、任命してくださいました(ヨハネ15章16節)。

 日毎に主を仰ぎ、主の御声に耳を傾けましょう。絶えず聖霊に満たされ、力を受けて主の御旨に従って歩ませていただきましょう。

 主よ、御子キリストの十字架の贖いによって救いに与り、神の子とされました。私たちにも、他者のための十字架が用意されています。背負う力を持ち合わせてはいませんが、御言葉と御霊の助けにより、委ねられた使命を果たすことが出来ますように。そうして主の御名が崇められますように。 アーメン




5月22日(火) 列王記下1章

「アハズヤはサマリアで屋上の部屋の欄干から落ちて病気になり、使者を送り出して、『エクロンの神バアル・ゼブブのところに行き、この病気が治るかどうか尋ねよ』と命じた。」 列王記下1章2節

 アハブの死後、その息子アハズヤが王になりました(列王上22章40節)。彼はサマリアで屋上の欄干から落ちて病気になり、冒頭の言葉(2節)のとおり、使者を遣わしてエクロンの神バアル・ゼブブに、この病気が治るかどうか、伺いを立てます(2節)。

 「バアル・ゼブブ」というのは、当時おそらく病気の癒しで評判の神だったのでしょう。エクロンは、ペリシテの町です。また、バアル・ゼブブとは「ハエの主」という意味です。そのような名の神がいてはいけないとは思いませんが、新約聖書で「悪霊の頭」と言われ、サタン=悪魔と言われる「ベルゼブル」(マタイ12章24節)は、本来の読み方は、バアル・ゼブール(「家の主人」の意)です。

 マタイ10章25節で「家の主人がベルゼブルと言われるなら」というのは、本来の読みに基づく表現なのです。イスラエルの民にとって、真の神に適応すべき「家の主人」という称号を異教の神バアルに用いることをよしとせず、これを「バアル・ゼブブ」と読み替え、そして、サタンの別名としたのでしょう。

 主は御使いを預言者エリヤに遣わし、アハズヤに告げるべき言葉を伝えます。それは、アハズヤは、まるでイスラエルに神がいないかのごとく、エクロンの神バアル・ゼブブに伺いを立てようとしたので(3節)、アハズヤが上った寝台から降りることなく、必ず死ぬというものでした(4節)。

 エリヤはアハズヤの使者たちと会って主の言葉を伝え、使者たちからそれを聞いたアハズヤは、毛衣を着て、腰には革帯を締めていたということから、主の言葉を伝えた預言者が、ティシュベ人エリヤであることを悟ります(8節)。

 「毛衣を着て」は、「毛深い人」とも訳せる言葉で、「バアル・セーアール」と記されています。「バアル・セーアール」と言われるエリヤが、「バアル・ゼブーブ」と戦うという語呂合わせが、ここにあります。

 語呂合わせと言えば、この後のところにもあります。「神の人」(イーシュ・エロヒーム)に降りて来いというと、「神の火」(エーシュ・エロヒーム)が降って来たという語呂合わせです(12節)。

 アハズヤは、50人隊の長をその部隊と共に遣わして、エリヤに山から降りて来なさいと命じます(9節)。すると、天から火が降って来て、隊長と50人の部下を焼き尽くしました(10節)。同じことが二度ありましたが(11節以下)、アハズヤは、懲りずに三度目も同様に行います(13節)。

 三度目に派遣された部隊長はエリヤに命乞いし、それに対して、神はエリヤに、使者たちに同行することを許します(15節)。そこでエリヤは立ち上がり、アハズヤのところに降りて行って、主からアハズヤの使者に告げよと命じられた言葉(3節)をもう一度、今度はアハズヤに対して語り(16節)、その言葉どおりにアハズヤは死にました(17節)。

 ここで、主はアハズヤに対して、何度も悔い改めのチャンスを与えておられたのだと思います。彼の父アハブは、エリヤから厳しい裁きの言葉を聞いたとき、悔い改めて御前に謙ったので、罰を免れたことがありました(王上21章27節以下)。それを知らないアハズヤではなかったでしょう。

 しかしながら、アハズヤは謙るどころか、エリヤに軍隊を送って自分に従わせようとしたのです。自分が遣わした軍隊に二度、天から火が降っても、その態度を改めようとはしませんでした。

 三度目の時、神がアハズヤのもとに赴くことを許されたのは、神が50人隊の隊長やその部下たちの命を憐れまれたということもあると思いますが、悔い改めないアハズヤに対して、最後通告をするためだったわけです。アハズヤ自身が、五十人隊の長のように主の御前に命乞いし、悔い改めていれば、全く違った結果になったことでしょう。

 主なる神は、ご自身を否む者には、その罪を子孫に三代、四代も問われますが、主を愛し、その戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみをお与えくださると、十戒の中で語っておられます(出エジプト20章5,6節)。

 異教の神バアルの像を造って拝み、主を否むアハブの罪を息子アハズヤにも問われ、残念なことに、アハズヤはそれに答え損なってしまったわけです。だから、父アハブに語られていた、「見よ、わたしはあなたに災いを下し、あなたの子孫を除き去る」という呪いの言葉が、実現することになってしまったのです(王上21章21節以下)。

 アハズヤには子がなく、彼の弟ヨラムが王位を継ぐことになりました(17節)。 アハズヤはユダの王ヨシャファトの治世第17年にサマリアで即位し、2年間イスラエルを治めたと列王記上22章52節に記されています。そして、彼が死に、代わってその子ヨラムが王となったのは、ユダの王、ヨシャファトの子ヨラムの治世第2年のことです(17節)。

 ヨシャファトはエルサレムで25年王位にあったので(列王記上22章42節)、その治世17年に即位し、代が変わってその子ヨラムの治世第2年にアハズヤが死んだとなると、少なくとも9年は王位にないと、計算が合いません。9年間王位になりながら、イスラエルを治めたのが2年とはどういうことでしょう。

 そのことについて、3章1節に「ユダの王ヨシャファトの治世第18年に、アハブの子ヨラムがサマリアでイスラエルの王となり」とあり、ヨラムはアハズヤの治世2年目に、病気になったアハズヤと共にイスラエルを共同統治することになり、ヨシャファトの子ヨラムの治世第2年にアハズヤが死んで、アハブの子ヨラムが正式にイスラエルの王となったということでしょう。

 いたずらに主を悲しませないよう、主の御前に謙って日毎に主の御言葉に耳を傾け主の御業に励む者とならせていただきましょう。そのため、心を一新し、主が望まれるままに自分を造り変えていただきましょう。

 主よ、あなたは深い憐れみのゆえに、御子キリストの十字架の死によって私たちの罪を贖い、神の子として生きる道を開いてくださいました。それは、まったく一方的に与えられた主の恵みです。その恵みに感謝し、常に主の御名をほめ讃えます。常に私たちを聖霊に満たし、福音宣教の使命を全うさせてください。 アーメン






5月21日(月) 列王記上22章

「イスラエルの王は、約四百人の預言者を招集し、『わたしはラモト・ギレアドに行って戦いを挑むべきか、それとも控えるべきか』と問うた。彼らは、『攻め上って下さい。主は、王の手にこれをお渡しになります』と答えた。」 列王記上22章6節

 ユダの王ヨシャファトがアハブ王を訪ねて来たとき、アハブが家臣に(2節)、ラモト・ギレアドをアラムの手から奪い返そうと言い(3節)、ヨシャファトに「わたしと共に行って、ラモト・ギレアドと戦っていただけませんか」(4節)と、援軍を要請します。

 それを聞いたヨシャファトは、「わたしはあなたと一体」と、すぐに承諾します(4節)。歴代誌下18章1節に「アハブとも姻戚関係を結んだ」とありますから、アハブから嫁を貰っていたのでしょうか。詳細は不明ですが、北イスラエルと南ユダの間には、友好関係が成立していたわけです。

 ただ、ラモト・ギレアドに攻め上るにあたり、ヨシャファトはアハブに、先ず主の託宣を求めるようにと要求します(5節)。そこで、冒頭の言葉(6節)のとおり、アハブは預言者400人を集め、託宣を求めます。彼らは王に、「攻め上ってください。主は、王の手にこれらをお渡しになります」と答えました。

 ヨシャファトはしかし、「このほかに我々が尋ねることのできる主の預言者はいないのですか」(7節)とアハブに尋ねます。なぜそう思ったのかはよく分かりません。ただ、ヨシャファトは、どこか400人の預言者の言葉に満足できず、真実な主の御言葉を聞きたいと考えたのでしょう。

 アハブはヨシャファトに、「もう一人、主の御旨を尋ねることのできる者がいます。しかし、彼はわたしに好運を預言することがなく、災いばかり預言するのでわたしは彼を憎んでいます。イムラの子ミカヤという者です」(8節)と答えました。しかし、ヨシャファトは「王よ、そのように言ってはなりません」(8節)と諫めました。

 そこで、預言者ミカヤが呼ばれます(9節)。王に幸運を告げてくださいと求める使いの者に(13節)、ミカヤは「主は生きておられる。主がわたしに言われることをわたしは告げる」(14節)と答えました。預言者として、それは当然の姿勢です。

 そうして、アハブのもとに来たミカヤは「攻め上って勝利を得てください」(15節)と言います。主がそう語れとミカヤに告げられたのでしょうけれども、語った内容はしかし、真実ではありませんでした。

 アハブが、「何度誓わせたら、お前は主の名によって真実だけをわたしに告げるようになるのか」(16節)と念を押すと、「イスラエル人が皆、羊飼いのいない羊のように山々に散っているのをわたしは見ました」(17節)と告げます。それは、アハブがこの戦いで命を落とすということで、アハブがアラム軍に戦いを挑んで命を落とすよう、最初は偽って預言したということになります。

 アハブはヨシャファトに、言った通り、災いしか告げないだろうと確認を求めると(18節)、ミカヤは続けて、主がお見せになった幻を明らかにしました。それは、アハブをラモト・ギレアドで倒すために偽りを語らせる霊によって、アハブのすべての預言者たちが唆されているというものです(19節以下)。

 ここでミカヤは、「彼のすべての預言者」(22節)、「あなたのすべての預言者」(23節)と言います。それは、アハブが呼び寄せた400人もの預言者が皆、主の言葉を告げる主の預言者ではなく、アハブにとって心地のよい幸運ばかりを告げる、「御用預言者」だということです。

 アハブはミカヤを、自分に幸運を告げないと言いますが(8,18節)、神が幸運を告げられれば幸運を、災いをくだすと言われれば災いを語るのが、真の預言者というものです。どんなに王が喜ぶからといって、幸運しか告げないというのであれば(13節)、それは確かに、「御用預言者」と言わざるを得ません。

 それでは、王の気分をよくする以上の効果を期待することは出来ません。今回は、主が王に災いを下そうとしていて、王は銃口が自分に向けられているとも知らず、預言者たちに唆されて引き金を引いてしまうのです。

 ミカヤの言葉を聞いた御用預言者の一人ツィドキヤがミカヤの頬を殴り、「主の霊はどのようにわたしを離れ去って、お前に語ったというのか」(24節)と言いました。確かに、彼自身には偽りの霊に唆されているという自覚はなかったのかも知れません。むしろ、主に導かれて、真実を告げていると考えていたのでしょう。だから、ミカヤの言葉に腹を立てたのです。

 ツィドキヤの振る舞いに、今、400人の言葉に従って出陣すべきだと,アハブはいよいよ確信したことでしょう。それが、アハブを惑わそうとする主の御計画でした(19節以下、エゼキエル書14章6節以下、9節参照)。 

 アハブは、先ず主に問うべきでした。真実を語る主の預言者に耳を傾け、謙って御言葉に忠実に従うべきだったのです。そうしないので、ミカヤは主の命令に従って、アハブに災いを告げざるを得ないのです。とはいえ、主なる神はアハブを滅ぼしてしまいたいと思っておられるわけではありません。

 前に、エリヤの告げた裁きの言葉を聞いて、「衣を裂き、粗布をまとって断食した」(21章27節)ときのように、ミカヤの告げた災いの預言を聞いて謙り、あらためてまことの主に聴き従おうとするなら、今回も、神は彼にくだそうとしていた災いを思い返されたことでしょう(同29節)。

 アハブはしかし、悔い改めて主の御前に謙る代わりに、預言者ミカヤを捕らえて獄につなぎ(26節)、「わたしが無事に帰って来るまで、わずかな食べ物とわずかな飲み物しか与えるな」(27節)と命じます。

 「わずかな食べ物とわずかな飲み物」とは、「苦悩のパンと苦悩の水」という言葉です。岩波訳はそのように訳し、脚注に「ごくわずかな食べ物と水での意」と記しています。空腹と渇きを癒すことが出来ないという意味でしょうか。原語を素直に読めば、味にも問題がありそうです。そのうえで、帰還後にミカヤを処罰するつもりだったのでしょう。

 アハブは、ヨシャファトを伴ってラモト・ギレアドに攻め上ります(29節)。そのときアハブは、ヨシャファトがイスラエルの王であるかのように偽装して、戦場に赴きました(30節)。70人訳は「御自分の」(30節)が「わたし(アハブ)の」(ムー)という言葉になっています。まさにヨシャファトをイスラエルの王に仕立てるという表現です。

 それは、アハブの内に、ミカヤの預言に対する不安があったということでしょう。一方、ヨシャファトはミカヤの告げた主の言葉をどう聴いたのでしょう。それに真剣に耳を傾けていれば、戦いに臨むことはなかったのではないでしょうか。何のためにミカヤを呼んで、主の託宣を伺ったのか、意味が分かりません。

 結局、当初の予定通りヨシャファトはアハブと共に戦いに臨んだため、彼の身代わりに命を落とすところでした(32節)。戦車隊の長たちに攻めかかられましたが、主に助けを求めて叫んだので、すんでのところで戦死を免れたのです(33節)。

 変装して戦いに出たアハブは(30節)、しかし、それによって運命を変えることは出来ません。流れ弾とでもいうような、何気なく引かれた弓によって深手を負ってしまい(34節)、帰らぬ人となりました(35節)。

 アハブに主の災いが臨むと告げた預言者ミカヤの言葉、そして、そのために彼が見た幻が、確かに真実なものであったということが、ここに証明されたのです。かくて、偽りの羊飼いが主によって退けられました。

 私たちにとって、まことのよい羊飼いは、主イエスのほかにはおられません(ヨハネ10章11節)。よい羊飼いは、羊のために命を捨てられます。それは、羊が命を受けるため、それも豊かに受けるためです(同10章10節)。

 主の与え尽くす愛のうちにとどまり、主の豊かな命に生かされ、委ねられている主の使命を全うしましょう。

 主よ、あなたの御愛に感謝いたします。私たちの心が、主の愛と恵みとで絶えず満ち溢れますように。すべての民が主の御声に耳を傾け、平安のうちに一人の羊飼いに導かれる一つの群れとなることが出来ますように。御国を来たらせてください。御心がこの地になされますように。 アーメン




5月20日(日) 列王記上21章

「アハブがわたしの前にへりくだったのを見たか。彼がわたしの前にへりくだったので、わたしは彼が生きている間は災いをくださない。」 列王記上21章29節

 イスラエルの王アハブは、宮殿の側にあるブドウ畑を譲ってくれと、イズレエル人ナボトに、持ちかけました(1,2節)。ユダヤ教の伝承によれば、ナボトはアハブの従弟だそうです。しかし、先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることは出来ないと、ナボトはそれを断ります(3節)。

 それで、アハブはすっかり機嫌を損ね、腹を立てて宮殿に帰りました(4節)。機嫌を損ね、食事も摂らないでいるので、妻イゼベルがそのわけを尋ね(5節)、いきさつが分かると、「わたしがイズレエルの人ナボトのブドウ畑を手に入れてあげましょう」(7節)と言い、アハブの名でその町の長老と貴族に手紙を書きます(8節)。

 そこには「断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせよ。ならず者を二人彼に向かって座らせ、ナボトが神と王とを呪った、と証言させよ。こうしてナボトを引き出し、石で撃ち殺せ」(9,10節)と記されていました。町の人々は、イゼベルが命じたとおりにしました(11節以下)。それはただナボトだけでなく、その一族をも滅ぼし尽くすことになったことでしょう。

 ナボトが打ち殺されたという知らせを聞いて、イゼベルはアハブに「イズレエルの人ナボトが、銀と引き替えにあなたに譲るのを拒んだあのぶどう畑を、直ちに自分のものにしてください。ナボトはもう生きてはいません。死んだのです」(15節)と告げました。

 アハブはただちにナボトのブドウ畑を自分のものにするため、行動しました(16節)。神と王を呪ったという偽証によって処刑されたナボト一族の、その持ち主のいなくなった畑を没収すればよかったのです。

 しかし、この蛮行を見られた主は、預言者エリヤをアハブのもとに遣わします(17節以下)。それは、主の目に悪とされることに身を委ねたアハブに、「犬の群れがナボトの血をなめたその場所で、あなたの血を犬の群れがなめることになる」(19節)と告げさせるためです。

 アハブの前に進んだエリヤは、「見よ、わたしはあなたに災いをくだし、あなたの子孫を除き去る」(21節)と語り、またイゼベルにも、「イゼベルはイズレエルの塁壁の中で犬の群れの餌食になる。アハブに属する者は、町で死ねば犬に食われ、野で死ねば空の鳥の餌食になる」(23,24節)と告げました。

 これらのエリヤの言葉を聞いて、アハブは衣を裂き、粗布を身にまとって断食し、粗布の上に横たわり、うちひしがれて歩きました(27節)。聖書は、アハブのように悪とされることに身を委ねた者はいなかったと言い、それは、妻イゼベルに唆されたのであると語っていますが(25節)、一方では、エリヤの言葉で、あっけないほど素直に悔い改めを示しています。

 これを見ると、アハブは小心者の善人で、妻のイゼベルがとんでもない悪者ということになりそうです。その要素が全くないとは言いませんが、しかし、神の前に義人なし、一人だになしです(詩編14編1~3節、ローマ3章10~12節)。神の赦しなしに、神の前に立てる者はいません。神の憐れみがあるからこそ、救いの道が開かれるのです。

 神の断罪の言葉を聞いて謙ったアハブは、しかし、それで義人になったわけではありません。主を信じて従順に聴き従う者になったわけでもありません。この後、主の預言者ミカヤの語る御言葉に耳を傾けることが出来ず(22章8,16,18節)、結局、ラモト・ギレアドにおけるアラム軍との戦いにおいて、命を落とすことになります(同29節以下、34,35節)。

 けれども、主なる神は、私たちのどんな罪も見逃すことなく、きっちり罰を与えたいと考えておられるわけではありません。神の御前に悔い改め、謙って真理の道、命の道を歩んで欲しいと願っておられるのです。

 だから、裁きの言葉を聞いてアハブが謙り、悔い改める姿勢を示したのを見られた主は、冒頭の言葉(29節)の通り、アハブにくだすと言われた罰の実行を思い留められました「わたしは彼が生きている間は災いをくださない。その子の時代になってから、彼の家に災いをくだす」と、その執行を先延ばしにされたのです。

 そして、確かにアハブには主が語られた罰はくだされず、戦死した彼は、サマリアに葬られました(22章37節)。しかしながら、それで罪を不問にされるわけでもありません。血が流されることなしに、赦しが実行されることはないのです(ヘブライ書9章22節)。

 アハブには刑が執行されなかったかも知れませんが、神の御子、主イエス・キリストが、神の御前に私たち罪人に替わってその律法の呪いを受け、十字架で血を流し、死なれました。それにより、私たちに対して罪の赦しが実行されたのです。この神の慈愛に絶えず留まりましょう(ローマ11章22節)。

 今日も十字架の主を仰ぎ、その御言葉に耳を傾けつつ、歩みましょう。「もしいけにえがあなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、わたしはそれをささげます。しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません」(詩編51編18,19節)と詠われているとおりです。

 主よ、あなたの深い愛と憐れみに心から感謝致します。その恵みの御翼の下に身を寄せ、御言葉に耳を傾けつつ、豊かな慈しみの内を歩みます。常に私たちに聴く耳、見る目、信じる心を与えてください。私たちの上に、主の恵みと慈しみが限りなく豊かにありますように。 アーメン





5月19日(土) 列王記上20章

「主はこう言われる。『アラム人は主が山の神であって平野の神ではないと言っているので、わたしはこの大軍をことごとくあなたの手に渡す。あなたたちは、わたしこそ主であることを知る。』」 列王記上20章28節

 アラムの王ベン・ハダドが全軍を率いて北イスラエルの首都サマリアを包囲しました(1節)。アラム軍は圧倒的な軍事力で攻め寄せており、サマリアを陥落させるのは時間の問題と思われました。ベン・ハダドはアハブに使いし、明日までに王の銀と金、妻子たちを差し出せと要求しただけでなく(3,5節)、家臣の家の良い物も奪っていくと告げました(6節)。

 王は長老を招集し、アラム王の要求について知らせます(7節)。それを聞いた長老らは、その要求を拒否するよう進言したので(8節)、アハブはアラム王の使者に、今回の要求には従えないと返答します(9節)。それは、そうでしょう。家臣のものも奪い取って行くなどという侮辱的な要求を、素直に飲めるはずがありません。

 アラム王は、サマリアの全滅を誓う言葉を伝えて来ますが(10節)、アハブは「武具を帯びようとする者が、武具を解く者と同じように勝ち誇ることはできない」(11節)、つまり、勝負は下駄を履くまで分からないと言い返しました。勇気という表現では語れない内容です。それを聞いたベン・ハダドは、大軍に戦闘配置につくよう命じました(12節)。

 そのとき、一人の預言者がアハブ王に近づいて、「この大軍のすべてをよく見たか。わたしは今日これをあなたの手に渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る」(13節)という主の言葉を告げます。アハブが、誰を用いるのかと尋ねると、主は「諸州の知事に属する若者たちである」(14節)と答えられます。

 招集された若者たちは、232名でした(15節)。彼らは、指導者の側近としてよく訓練され、活躍することが期待出来たのでしょう。続いてイスラエルのすべての民も招集しました。そして、正午にアハブと若者たちが出陣しました(16節)。

 アラム王ベン・ハダドはその時、援護に来た王侯たち32人と共に酒盛りをしていました(12,16節)。そして、イスラエルの先陣がサマリアを出たとの知らせに、和平のためであれ、戦いのためであれ、彼らを生かしたまま捕虜にせよと命じました(18節)。

 未婚の若者たち2百名余りということで、完全に相手を見下していたわけです。そして、昼日中、大将が既に酒に酔っているという状況に、アラムの兵たちも完全に緊張感を欠いていたのではないでしょうか。

 イスラエルの先に出陣した若者たちと後続部隊によって、町を包囲していたアラムの大軍は敗戦に次ぐ敗戦、大損害を受けました(20,21節)。それは、我が国の戦国時代、桶狭間における今川義元の軍と織田信長の軍の合戦にも似ています。まさに油断大敵です。

 後続部隊について、15節に「すべての民すなわちイスラエル人七千人を招集した」とありました。これは19章18節で、神がイスラエルに残すと言われ、「これは皆、バアルにひざまずかず、これに口づけしなかった者」たち「七千人」と同数です。

 主を礼拝し、主の御言葉に従う者たち七千人がアハブによって召集されたとは考え難いところですが、それと全く無縁とも思えず、預言者に従って若者を召集した後、全イスラエルなる七千人が召集され、主が共に戦ってくださったからこそ、一人一人が一騎当千の兵卒として、アラム王ベン・ハダドの大軍を打つことが出来たのです。

 無惨に敗れたアラム王の家臣たちは、「彼らの神は山の神だから、彼らは我々に対して優勢だったのです。もし平地で戦えば、我々の方が優勢になるはずです」(23節)と王に言い、年が改まったころ、再度イスラエルに挑みかかります(26節)。

 アラム大軍の進軍に対し、小さな山羊の群のようなイスラエルに主が語られたのが、冒頭の言葉(28節)でした。バアルとの戦いにおいて、天から火を呼び下し、雨を降らせることが出来るのは、バアルではなく、主なる神であることが明らかにされたように、アラムの民は、主が山の神ではなく、全地の神であることを思い知らされることになるのです。

 既に一度、「わたしこそ主であることを知る」(13節)と言われた主の御言葉の真実を味わっていたイスラエルは、さらに力を受けて大軍に立ち向かい、一日で10万の歩兵を打ち(29節)、アフェクの町に逃げ込んだ敗残兵2万7千人の上に城壁が崩れ落ちて(30節)、アラム軍に壊滅的打撃を与えることが出来ました。

 なぜ神は、このような勝利を北イスラエルにお与えになったのでしょうか。それは、アラムの王たちの高ぶりに主が鉄槌を下されたというところですが、しかし主は、アハブとイスラエルの民が、繰り返し、主こそ神であることを知り、悔い改めて主のもとに立ち帰り、主の御言葉に聴き従う者とならせたかったのではないでしょうか。

 今日も神は、その独り子を遣わされて、彼を受け入れる者、その名を信じる者に、神の子となる資格をお与えになります。愛と憐れみに富む主を信じましょう。主の御言葉に聴き従いましょう。 

 主よ、あなたは甚だしく背き続けているアハブ王にすら、深い憐れみをもって勝利を与え、ご自身を知るようにと導きをお与えになりました。主に信頼し、その御言葉に聴き従う者たちは、どれほどの恵みを頂いていることでしょうか。主こそ神であられることを知り、常にその恵みを味わって、いよいよ御名を崇め、賛美をささげさせてください。 アーメン





5月18日(金) 列王記上19章

「わたしはイスラエルに七千人を残す。これは皆、バアルにひざまずかず、これに口づけしなかった者である。」 列王記上19章18節

 アハブ王からことの顛末を聞いた后イゼベルは、24時間以内にエリヤを殺された預言者たちのようにすると、呪いをかけてエリヤに告げさせました(1,2節)。それを聞いたエリヤは、何故か恐れに包まれ、直ちに逃げ出します(3節)。

 すっかり気力を失ってしまったエリヤは「主よ、もう十分です。わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません」(4節)と、主に死を願います。ここに、アハブ王の前に一人で立ち、バアルの預言者450人、アシェラの預言者400人と戦って勝利した預言者の姿はありません。

 荒れ野に生えていた一本のえにしだの木の下で眠っていたとき、主の御使いに起こされ、パン菓子と水が与えられます(5節以下)。その食事に力を得て40日40夜歩き続け、神の山ホレブに着きました(8節)。

 洞穴で夜を過ごしたエリヤは、「エリヤよ、ここで何をしているのか」(9節)という主の御声を聞きます。エリヤは、自分は情熱を傾けて主に仕えて来たが、イスラエルは主なる神に背いて主の祭壇を壊し、預言者たちを殺し、今やただ一人残った自分の命も狙っていると答えました(10節)。

 18章の出来事と、このエリヤの発言の間に、何があったのでしょう。「主こそ神です」と宣言したイスラエルの民が、イゼベルの呪いの言葉に恐れをなして主を離れ、またもやバアル礼拝に逆戻りしたのでしょうか。だから、主の祭壇が再び破壊され、バアルの預言者を殺したエリヤの命を狙うようになったのでしょうか。エリヤの言葉を素直に聞けば、そういう出来事が起こったとしか考えられません。

 主は「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われて、エリヤの前を通り過ぎ、激しい風、地震、火を起こされました(11,12節)。聖書において、激しい風や地震、火は、そこに主が臨在されていることを表すしるしです(出エジプト3章2節以下、19章16,18節、ヨブ40章6節、イザヤ21章1節など)。

 しかし、その中に主はおられなかったと言われます(11,12節)。それは、臨在のしるしと主ご自身の存在とを同一視することを拒否するための表現でしょう。激しい風が吹けば、必ずそこに主がおられるということではないのです。しかしながら、このときの激しい風や地震、火は、主が起こされたものであることは確かです。

 最後に、静かにささやく声がして(12節)、その声を聴いたエリヤは立ち上がり、外套で顔を覆いながら、洞穴の入り口に立ちます(13節)。そしてもう一度、「エリヤよ、ここで何をしているのか」(13節)と問いかけられ、エリヤは、10節と同じ言葉で答えるのです(14節)。

 エリヤは、もう疲れてしまって、預言者をやめたいと考えています。死んでしまいたいとすら、思っていました。主がエリヤの前を通り過ぎても、主の現臨のしるしを見ても、そこに主を見出すことが出来ません。だから、心が動きませんでした。ただ、かすかな声を聞いたとき、何かが彼の心に届きました。彼の心はまだ変わっていませんが、もう一度主の前に立ったのです。

 エリヤに対する呼びかけは、主なる神に背いて隠れたアダムを「どこにいるのか」(創世記三章九節)と呼び出されたのと同様です。イゼベルに命を脅かされ、またイスラエルの民の背信に心挫かれたエリヤは、預言者でありながら、主に聴き、主に従う心を失っていました。喜んで主なる神を礼拝することが、出来なくなっていたのです。

 主はエリヤに、ダマスコの荒れ野に向かい、ハザエルに油を注いでアラムの王とし(15節)、ニムシの子イエフに油を注いでイスラエルの王とし、アベル・メホラのシャファトの子エリシャにも油を注いで、エリヤに代わる預言者とせよと命じました(16節)。

 そして、エリヤの働きは決して無駄ではないこと、孤軍奮闘ではないことを知らせます。それが、冒頭の言葉(18節)です。

 エリヤは、全イスラエルが再びバアルになびき、自分の働きは水泡に帰したと思っていたのかもしれませんが、なんとバアルにひざまずかず、口づけしない7000もの人々を残すと、主が言われたのです。「七千」は、完全数「7」×完全数「10」の3乗です。つまり、バアルになびかない人がとてもたくさんいるということです。

 そして、「七千人を残す」ということは、バアル礼拝に参加しなかった7000人以外の者は、17節に記されているように、主なる神に選び立てられるアラムの王ハザエルの剣かイスラエルの王イエフの剣、あるいは預言者エリシャによって打たれるということです。

 主の前にすっかり閉ざされていた心にかすかな声が届いて、主の御言葉に耳を開いたとき、祝福の言葉が心に響いて目が開かれ、エリヤは元気づけられました。もう一度立ち上がることが出来たのです。

 確かに主は、私たちを孤児とはなさいません。主を礼拝する7000人にまさる神の御子、主イエスが私たちと共におられます(ヨハネ14章18節、ヘブライ13章5節,マタイ28章20節)。主イエスは、インマヌエル(神は我々と共におられるという意味)と唱えられるお方です(マタイ1章23節)。

 また、真理の霊が私たちと共に、私たちの内にいてくださいます(ヨハネ14章17節)。そして、私たちにすべてのことを教え、主イエスが話されたことをことごとく思い起こさせてくださいます(同26節)。

 主を仰ぎ、今日も御言葉に耳を傾けましょう。

 

 主よ、インマヌエルなる御子イエス・キリストの恵みと平安が、私たちの上に常に豊かにありますように。主の御言葉に絶えず耳を傾け、その導きに喜びと感謝をもって、素直に従うことが出来ますように。 アーメン






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