風の向くままに

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

今日の御言葉

10月21日(月) エゼキエル書29章

「その日、わたしはイスラエルの家のために一つの角を生えさせ、彼らの間にあってその口を開かせる。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。」 エゼキエル書29章21節

 29章から32章まで、エジプトに対する預言が、それが語られた日付つきで記されています。最も早いのが29章1節の「第10年の10月12日」すなわち紀元前587年1月ごろ、そして最も遅いのが29章17節の「第27年の1月1日」すなわち紀元前571年4月ごろのことです。

 ここに、約16年の開きがありますが、預言者は度々、エジプトに対する神の裁きを予告しているわけです。神の預言は、文字通りに実行されるということよりも、その預言を聞いた人々が今までの生き方を反省し、神の導きに従って方向転換することを求めて、その悔い改めのために語られるという側面があります。

 最も遅く語られた日付になっている17節以下の箇所に、バビロンの王ネブカドレツァルはティルスと戦って、費やした労苦に見合う報酬を得なかったから、彼にエジプトを報酬として与え、戦利品をぶんどり、略奪をほしいままにするなどと記されています(18~20節)。

 そして驚くべきことには、彼らがエジプトを報酬として与えられるのは、「彼らが、わたしに代わって、このことをしたからである」(20節)と、主なる神が語っておられるのです。この背景には、主がティルスの裁きを預言され(26~28章)、にもかかわらず驕り高ぶって悔い改めようともしなかったティルスを、バビロンが攻撃したということがあります。

 ティルスは本土と沖合い数百メートルにある島からなり、南北に走る隊商路と、外国との交易に適したよい港を有して、富み栄えていました。バビロンは13年に亘って攻撃を加えましたが、沖合いの島で防備を固めたティルスを陥落させることが出来ませんでした。

 そのため、取るべきものは殆どなく、兵士に報酬を与えられず、骨折り損のくたびれ儲けになってしまったというわけです。そして、ティルス攻撃をさせたのが主なる神であり、バビロンは主のためにそれを行ったので、ティルスの代わりにエジプトを報酬としてバビロンに与えると言われているということでしょう。

 エジプトが裁かれるのは、彼らが思い上がり、「ナイル川はわたしのもの、わたしが自分のために造ったものだ」(3節)と言っているからです。ナイル川はエジプトに豊かな富をもたらし、優れた文明を育みました。言うまでもなく、エジプトがナイル川を造ったのではなく、ナイル川がエジプトを造ったのです。

 ナイル川を主がエジプトの民に授けられた豊かな賜物、タラントンであると考えてみれば(マタイ福音書25章14節以下)、この物語は私たちに対する警告として聴くべきです。

 主がご自分のご計画を進めるためには、異教の民バビロンをさえ用いることが出来ます。つまり、主なる神の支配は、世界の全地に及んでいるということです。そして、それぞれに悔い改めが勧告され、聴き従うことが求められます。

 今、ティルスを打ち、そしてまたエジプトを打つために主の道具として用いられているバビロンも、主を畏れ、謙って主に聴き従うものとならなければ、今度はバビロンが裁かれることになります。主に用いられていることで思い上がらず、栄光を主に帰しつつ働かせていただきましょう。

 エジプトが裁かれる日、冒頭の言葉(21節)のとおり、「わたしはイスラエルのために一つの角を生えさせ、彼らの間にあってその口を開かせる」と主なる神は言われます。「角」(ケレン)は、力や権威を象徴的に表現するものです。

 「わたしは逆らう者の角をことごとく折り、従う者の角を高く上げる」(詩編75編11節という言葉もあります。ここでは、バビロン捕囚によって断ち切られたダビデ王朝を再び回復させ、新たな王が立てられるという表現として語られています。

 詩編132編17節で、「ダビデのために一つの角をそこに芽生えさせる。わたしが油を注いだ者のために一つの灯を備える」と言われているとおりです。その意味でこれは、エレミヤ書23章5節などと同様、エゼキエルによるメシヤ誕生の預言が、ここに語られているものといってよいでしょう。

 「その日」がいつのことなのか明示されてはいませんが、エゼキエルに主の言葉が臨んでからおよそ11年後、バビロンがエジプトを攻略して6年ほど経過した561年、ヨヤキンがバビロンの王に情けをかけられて出獄し、王と共に食事をする特権に与りました(列王記下25章27節以下)。

 そして、ペルシア王キュロスによってバビロンから解放されたとき、ヨヤキンの孫ゼルバベル(「バビロンの種」の意)が総督として民を率いてエルサレムに帰還しました(エズラ記2章)。そして、エルサレムに第二神殿を再建したのです(同3章)。しかしながら、その後、ダビデの子孫がイスラエルの王となることはありませんでした。

 けれども、エゼキエルの預言した「その日」が実現する日が来ます。それは、ヨヤキン(エコンヤ)から数えて十四代目、メシアと呼ばれるイエスの誕生によって成就したのです(マタイ福音書1章12節以下、16,17節)。

 主の告げられた言葉は必ず実現します(ルカ1章20,45節)。主の御前に謙り、御言葉に耳を傾けましょう。御言葉に従いましょう。 

 主よ、計り知れない深い愛と憐れみにより、独り子キリストをこの世に遣わし、贖いの供え物として十字架につけ、私たちの救いの道をお開きくださって、心から感謝致します。また、御霊の賜物を授け、主の御業のために用いてくださることを感謝致します。常に聖霊に満たしてください。御業のために用いてください。いよいよ御名が崇められますように。 アーメン



10月20日(日) エゼキエル書28章

「お前はダニエルよりも賢く、いかなる奥義もお前には隠されていない。」 エゼキエル書28章3節

 ティルスに対する託宣(26~28章)の最後の章で、ここには王に対する託宣が記されています(2節)。冒頭の言葉(3節)では、ティルスの王に対して、「ダニエルよりも賢く、いかなる奥義もお前には隠されていない」と言われています。

 ダニエル書1章17節に「この四人の少年は、知識と才能を神から恵まれ、文書や知恵についてもすべて優れていて、特にダニエルはどのような幻も夢も解くことができた」と言われています。註解書に「古代世界における伝説的な賢人であり、ツロ(ティルスのこと)より少し北のラス・シャムラで発掘されたウガリット語の文献の中でも言及されている」とありました。

 そんなダニエルよりも賢いと言われるティルスの王は、知恵を用いて国際貿易で大きな利益を上げ、金銀を宝庫に蓄えることが出来ました(4節)。ところが、彼は愚かさを示したと言われます。それは、「取引に知恵を大いに働かせて富を増し加え、お前の心は富のゆえに高慢になった」(5節)と言われているからです。

 さらに、「わたしは神だ。わたしは海の真ん中にある神々の住みかに住まう」(2節)と思い上がり、自分が人間に過ぎないという真実を認めることが出来なくなっています(2,6,9節)。その意味で、「ダニエルよりも賢く」(3節)というのは、思い上がって自分を神であるかのように思っていることを皮肉った表現ではないでしょうか。

 これはしかし、ソロモン王のことを言っているようでもあります。「何でも願うがよい」(列王記上3章5節)と言われた主に、ソロモンは「民を正しく裁き、善と悪を判断することが出来るように、この僕に聞き分ける心をお与えください」(同9節)と求め、知恵に満ちた賢明な心と共に(同12節)、富と栄光が与えられました。 

 その結果、イスラエルは繁栄を極め、交易によって莫大な富が得られるようになりました(同9章26節以下、10章14節以下)。ところが、それによって彼の心は迷い、多くの外国の女を愛して7百人の王妃と3百人の側室を迎え(同11章1節以下)、后らのために数多くの異教の神々を祀る施設を設けました(同5節以下)。そして、ソロモンは主の戒めを破ったのです(同9,10節)。 

 13節を見ると、ティルスの王はエデンの園にいたとあり、そして14節では、「お前を翼を広げて覆うケルブとして造った」と言われます。ケルブの複数形がケルビムです。ケルビムは天的存在の象徴で、一般に手足を持つ有翼の像として表現されます。彼らは人間の理性と動物の威力を合せ持つと考えられており、超人的な力を象徴しています。

 創世記3章で、蛇が人間に善悪の知識の木の実を食べさせるとき、神のように善悪を知るものとなる、つまり、神のように賢い者となると誘惑ましたした。知識の木の実を食べた結果、神のように賢くなるどころか、神との交わりが断たれ、エデンの園を追放されてしまいます。

 そして神は、命の木の実を食べて永遠に生きる者となることがないよう、命の木に至る道を、ケルビムときらめく剣の炎に守らせられました(同3章24節)。これが、旧約聖書に最初にケルビムが登場してくる記事です。

 このことで、アダムたちから命の木を守るようにという使命を仰せつかったケルビムが、おのが知恵と美しさに心昂ぶり、「わたしは神だ」と言い出して、主なる神に裁かれているという状況が思い浮かびます。

 確かに、優れた知恵をもっていれば、この世において、様々な工夫やアイデアで大きな業績を上げ、莫大な富と力を手にすることが出来るでしょう(4,5節)。ただ、そのような工夫や努力、成し遂げた成果に目を奪われていて、その知恵をお与えくださった神を忘れてしまいます。

 聖書は、「主を畏れることは知恵の初め」(箴言1章7節など)と語ります。真の知恵を神から授かった者は、当然、主なる神を畏れることを知っているわけで、その人間が、「わたしは神だ」、「自分の心は神の心のようだ」などと思うはずがないのです。それなのに、他人と比べて優れた知恵を持っていると、自分が人間に過ぎないことを忘れてしまうのです。

 同じ箴言に「豚が鼻に金の輪を飾っている。美しい女に知性が欠けている」という言葉があります(11章22節)。金の輪は美しいものだけれども、それを豚の鼻輪にするのは不釣合いです。ですから、対句の「美しい女性に知性が欠けている」というのは、美しい女性に知性が欠けていて、不釣合いだということになります。

 豚が鼻に金の輪を飾り、美しい女に知性が欠けているという組み合わせから、文字通り自分の美しさを鼻にかけている女性は、豚が金の花輪をしているようで、およそ知性に欠けているという意味に読めばよいのでしょう。

 そしてこれは、女性の美だけを語っているものではないでしょう。自分の知恵の豊かさを鼻にかけたり、財産の多さを鼻にかけたりと、自分の持ち物を過信する者たちの愚かさを語っているのです。それは、いかにも不釣合いなので、神に取り上げられてしまうのです。豚に真珠を投げ与えるべきではないからです(マタイ福音書7章6節)。

 私たちにすべての賜物をお与えくださった主の恵みを忘れず、賜物を生かして用い、主にあって豊かな実を結ぶ人生を歩ませて頂きましょう。その原点は、主を畏れること、主を愛すること、主を信じることです。

 主よ、私たちが持っているもので、本当に私たちのものといえるものは一つもありません。それらは皆、委ねられた使命のために用いるようにと、あなたから預かっているものです。主にあって豊かな実を結ぶ人生を歩むことが出来るよう、日々御言葉を賜り、その導きに忠実に従うことが出来ますように。 アーメン



10月19日(土) エゼキエル書27章

「海沿いの国々の住民は皆、お前のことで驚き、王たちは恐れおののき、顔はゆがんでいた。」 エゼキエル書27章35節

 前章に続き、27章にもティルスに対する預言が記されています。

 3節から25節まで、ティルスの繁栄ぶりが、詩の形で描かれています。それは、一艘の大変美しい船でいかなる交易をしたのかということを歌う詩です。

 ティルスは、「わたしの姿は美しさの極み」(3節)と自ら歌うほど、富み栄えていました。そして、彼らが追い求めた船の強さと美しさ(5~7節)、船員の技術の高さ(8,9節)、他国の人々が憧れる戦士の強さ、美しさ(10節)が歌われます。

 その詩の中に、詩を分断する形で散文(11~24節)がはめ込まれています。これは、詩の形で描かれたティルスの交易品の豊かさ、交易範囲の広さなどを具体的に説明するものです。その交易品の豊富さ、質の良さから、ティルスがその時、どれほど繁栄していたのかということを窺い知ることが出来ます。

 その豊かさ、美しさに引き寄せられて、世界中の国々がティルスと貿易を行います。それゆえ、賞賛の声はますます高まりました。その意味で、「美しさの極み」を手に入れようとする努力は、決して悪いものではないでしょう。船の強さや美しさ、操船技術の高さ、そして良質高級な商品をもっての交易が、他者に責められるものであるはずがありません。

 けれども、「優秀さ」という力や名声を一旦手に入れると、往々にして努力が驕りに、精進が傲慢に変わることがあります。「わたしの姿は美しさの極み」と自ら言うのは、その表われということになるのではないでしょうか。だから、エルサレムの裁き=滅びを見て、嘲り笑いもするわけです(26章2節)。

 ところが、事態が一変します。世界中のよい商品を満載したティルスの船が大海原に漕ぎ出したとき、東風が船を打ち砕き(26節)、すべてのものが海の藻屑となってしまいました(27節)。

 最強の船は、少々の嵐にはびくともしなかったでしょう。最高の操船技術を持った船員たちは、嵐を乗り切る術を知っていたでしょう。しかし、どんなに最高の材料と技術で作られた優秀な船でも、船員の豊富な経験や最高の技術をもってしても、到底及び得ない大自然の力があるのです。

 彼らがこの危険を回避出来なかったのは、その心に驕りがあったからです。それゆえ、想定を超える危機に対する備えを怠り、最高の材料と技術で造られた優秀な船、高級で貴重な積み荷、そして経験豊富で優秀な船員たちを、東風によって一度にすべて失う結果になってしまいました。

 冒頭の言葉(35節)のごとく、海沿いの国々の住民は最強の船が沈んだこと、最高の技術が東風に打ち砕かれたことにあらためて驚き、王たちは恐れました(28節以下参照)。彼らは、人の手に負えないものがあることを具体的に学びました。これは、その力の前に人が人生航路を進んでいくためには、知識や経験、能力だけでなく、まことの神に対する信仰が必要だと教えているのです。

 エルサレムの滅亡を嘲り笑って滅びを招いたティルスは、本当は海沿いの諸国の住民と王たちのごとく、主の選びの民の滅亡を驚き、恐れなければならなかったのです。そこから、まことの神への信仰を新たにすべきだったのです。

 そして、これは私たちも同様です。人々の苦難を知るとき、さらに謙虚になって苦しみから救ってくださる主に向かい、共に主の助けを求めて叫ぶ者とならせていただく必要があります。

 私たちの人生にも、様々な嵐が襲って来ます。中には、自分たちの力ではどうにも対処出来ないというようなことも起こります。そのとき私たちには、助けを求める私たちの叫びを聞き、応えてくださるお方が、私たちの傍に、私たちと共にいてくださるのです。

 舟に乗り込まれた主イエスと弟子たちが、湖の真ん中で突然の嵐に遭いました(マルコ福音書4章35節以下、37節)。弟子たちは、艫の方で眠っておられた主イエスを叩き起こし、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」(同38節)と訴えました。起き上がられた主イエスは、風を叱り、湖に命じて「黙れ、静まれ」と言われ、すっかり凪にされました(同39節)。

 私たちの主こそ、「仰せによって嵐を起こし、波を高くされ」るお方であり(詩編107編25節)、そして、「嵐に働きかけて沈黙させられ」、波をおさめられるお方(同29節)なのです。

 「主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる」(同31節)。ハレルヤ!アーメン!

 主なる神よ、世界各地にある紛争、政情不安を鎮めてください。共に主の十字架を仰がせてください。まことの主を畏れることを学ばせてください。全世界に主の平和と喜びがありますように。神の子らが平和の御業のために用いられますように。 アーメン



10月18日(金) エゼキエル書26章

「人の子よ、ティルスがエルサレムを嘲る。『ああ、諸国民の門であったお前は打ち破られ、わたしのものになった。わたしは富み、お前は廃れる。』」 エゼキエル書26章2節

 26~28章には、ティルス(口語訳:ツロ)に対する預言が記されています。ティルスは、イスラエル北方の隣国フェニキアの主要都市です。地中海沿岸のこの町は、沖合い数百メートルにある島とあわせて、交易によい港を備えており、陸路で東方メソポタミアなどから運ばれてきた商品などを、海路スペインにまで運ぶといった、陸と海の要衝の地でした。

 ティルスの東にはレバノンの山々が峰を連ね、そこにレバノン杉がうっそうと茂り、森をなしていました。レバノン杉は堅牢で腐食し難いということで、重宝されました。エジプトのピラミッド建造のため、大量に伐採されたといいます。また、紫の染色と青銅細工という工芸技術も優れていました。

 ダビデが王となった時、ティルスの王は使節を遣わして杉材に木工、石工を送り、ダビデの王宮を建てて同盟を結びました(サムエル記下5章11節)。その後、ソロモンは神殿や王宮を建てるため、建築資材と共に技術者の派遣を要請し、ティルスの王はそれに応じています(列王記上5章15節以下、7章13節以下、歴代誌下2章2節以下)。同盟関係が次世代に引き継がれ、より強固にされたわけです。

 ティルスは、東にレバノンの山々、西は地中海、そして本土と沖合いの島の両方によい港があるため、本土が攻められたときは島に逃れればよく、島は四方が海で陥落させることはなかなか困難です。このような防衛上の有利さと、国際貿易によって得られる莫大な富によって、小さな都市ですが、大変大きな影響力を持っていました。

 それが過剰な自信となったのか、ティルスは冒頭の言葉(2節)のとおり、「ああ、諸国民の門であったお前は打ち破られ、わたしのものになった。わたしは富み、お前は廃れる」(2節)とエルサレムを嘲ります。

 1節に「第十一年、その月の第一日」とあります。「その月」がいつのことかは不明ですが、恐らく紀元前597年の終わりか596年の初め、エルサレムが陥落して、その報告がエゼキエルらのもとに届いた直後のことだろうと思われます。

 かつての同盟国に対するそのような利己的な発言に対して、「ティルスよ、わたしがお前に立ち向かう。わたしは、海が波を巻き起こすように、多くの国々をお前に立ち向かわせる。彼らはティルスの城門を倒し、塔を破壊する。わたしはその土くれまでぬぐい去り、ティルスを裸の岩にする」と、ティルスを裁く主の言葉がエゼキエルに告げられます(3節以下)。

 神の裁きが、他国による攻撃というかたちで表されるのです。実際、エルサレムが陥落した後、続いてティルスがバビロンによって攻撃を受け、難攻不落の要塞島で13年にも及ぶ猛攻にも耐えました。しかし、それがフェニキヤ帝国の最後でした。ティルスは残された島で海運を続け、繁栄もしましたが、最後は、ギリシアのアレクサンダーによって滅ぼされました。

 エルサレムを嘲笑ったティルスが、ここで主なる神が預言者を通して告げられた通り、「ああ、あなたは滅びてしまった。海のかなたから来て住み着き、誉れある町となったのに」(17節)と嘆きの歌をうたわれる対象となったのです。

 競争相手を打ち負かし、大きな富を獲得することは快感かもしれません。前に勝ち組、負け組という言葉が多用され、激しい競争を勝ち抜くことが善と考えられていたところがあります。それによって、持てるものと持たざるものとの格差が拡大しました。しかしながら、貪欲に富を獲得するために競争相手を食い潰すというやり方を続けていって、本当に生き残れるのでしょうか。

 食物連鎖の上位にいる強いものは、下位の弱いものがいなくなれば生存できません。草食動物は、肉食動物がいなくても生きていけます。しかし、肉食獣は、肉を提供する草食動物によって生かされているわけです。勿論、草食動物も、餌となる植物を食い尽くしてしまえば、死滅を免れません。草食動物は、植物によって生かされているわけです。それを忘れて奢り高ぶるものは、自滅の道を辿っているのです。

 現在、自分たちの快適な生活のために自然を破壊し続けている人間は、それによって自分の首を絞めていることに気づき始めてはいます。地球温暖化に拍車をかける化石燃料の使用を減らし、温暖効果ガスの排出を抑える必要があるでしょう。森林伐採なども、きちんとした歯止めがなければ、自滅するしかなくなるかも知れません。

 温暖効果ガスの排出を減らす切り札として、原子力発電へのシフトが行われて来ましたが、東日本震災と津波による事故で、温暖効果ガスの排出よりもさらに深刻な放射能汚染と向き合わされることになりました。事故から8年余りが経過した今も、4万3千人もの方々が避難生活を続けておられます。原発事故のなかった阪神淡路大震災などとは、全く違う状況です。

 日本の国土には、広い範囲を襲う豪雨や台風、地震に津波、火山噴火などの天災から完全に安全な場所などありません。未来に禍根を残さないために、快適さを追い求めていく生活を改め、この日本にすべての人が健康に住み続けられる生活へ、視点を変え、考え方を変えていく必要があるでしょう。

 互いに謙り、互いに尊敬し、信頼し合える関係を、私たちの周囲から町、地域、国、そして世界に拡げていきたいものです。

 主なる神よ、私たちに知恵を与えてください。聖霊の導きに与らせてください。人と人との間に、民と民との間に、国と国との間に神の愛が働きますように。私たちが共に神の愛に生きることが出来ますように。神の平和を共に生きることが出来ますように。 アーメン

10月17日(木) エゼキエル書25章

「お前はわたしの聖所が汚され、イスラエルの地が荒らされ、ユダの家が捕囚となって行ったことを、あはは、と言って嘲った。」 エゼキエル書25章3節

 25~32章には、周辺諸国に対する預言が記されています。25章は、アンモン人(1節以下)、モアブ(8節以下)、エドム(12節以下)、ペリシテ(15節以下)に対する主の裁きが、預言として語られています。

 冒頭の言葉(3節)は、エルサレムの町がバビロンによって破壊され、神殿が荒らされ、ユダの民が捕囚となったときに、アンモンがそれを見て嘲り笑ったと、その罪状が述べられています。その他の国々の罪状も同じようなものです(6,12,15節)。

 主なる神は、真の神に背いた罪でイスラエルを裁き、民は捕囚となりました。しかし、それを嘲り喜ぶアンモンに対して(3,6節)、彼らもイスラエルと同じように憂き目を見ることが記されています(4,7節)。

 アンモンは、ヨルダン川東部ギレアドの地でイスラエルと国境を接しており、「ラバ」(5節)がその首都です。アンモン人は、ロトの娘が産んだ「ベン・アミ」の子孫です(創世記19章38節)。つまり、イスラエルとアンモンは、本来、親族関係にあるということです。

 だからということでしょうか、イスラエルとアンモンは、同盟を結んだこともあります。息子アブサロムの反逆で都を逃げ出したダビデの下に、アンモン人ナハシュの子が援助に現れました(サムエル下17章27節)。ダビデの抱えた30人の勇士の一人にアンモン人がいます(サムエル下23章37節)。

 ダビデの子ソロモンは、アンモンの王女を妻に迎えています(列王上11章1節、14章21節)。この頃は、友好的な関係にあったものと考えられます。けれども、その後イスラエルとアンモンは、概ね利害関係によって離合集散を繰り返しています。

 イスラエルと国境を接していたアンモンにとって、イスラエルの滅亡ということは、笑っていられる対岸の火事ではなかったはずです。あるいは、バビロンの側について、イスラエルを嘲笑していたのでしょうか。そして、イスラエルの領土、あるいはその一部を、我が物に出来ると考えていたのでしょうか。

 しかし、イスラエルの裁きに対する同情心のないアンモンの人々の態度を、主は裁かれます。主なる神は、単にイスラエルの神であるばかりでなく、あらゆる国民の神でもあられます。ですから、主こそが真の神であるということを、アンモン人も、おのが国の滅亡を通して知るようになると言われるのです(7節)。

 このことで、かつて主がアブラハムに、「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る」(創世記12章2,3節)と言われた言葉を思い出します。

 地上のすべての氏族を祝福すべきイスラエル、あらゆる種族の祝福の源となるべき、アブラハムの子孫たるイスラエルが、主の祝福を自ら呪いに変えてしまいました。しかしながら、イスラエルを呪う者は主に呪われるのです。

 私たちも、他者の成功がなかなか素直に喜べません。隣に蔵が建つとこちらの腹が立つと言います。むしろ、隣人の不幸を見て喜ぶ傾向があります。人の悪い噂話をすることが好きです。それこそ、今日のアンモンではないでしょうか。

 イスラエルを嘲ざ笑うアンモンが主に裁かれた、いい気味だと、その不幸を嘲笑っているなら、主の御手が自分の上にも置かれているということを忘れているのです。それ以上に、主の恵みに与っている者として、隣人の祝福を祈る責任、隣人に福音を語り告げる使命があることを忘れているのです。であれば、隣人が災いにあったことの責任を、主に問われることになりはしないでしょうか。

 使徒ペトロが「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです」(第一ペトロ書3章9節)と語っています。アブラハムに告げられた祝福の言葉を言い換えたものといってよいでしょう。アブラハムの子は、神の恵みを受け、その恵みを分かち合う者となることが期待されています(ルカ福音書19章9節参照)。

 私たちも、主の救いに与った者として、祝福を受け継ぐために召されたという使命を自覚し、「舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求め」(第一ペトロ3章10,11節)ましょう。

 主なる神よ、どうか私たちを祝福してください。祝福の地境を広げてください。私たちの町静岡が、静岡県、東海地方、中部圏、そして全日本が、主の祝福で満たされますように。キリストの平和がありますように。皆が健康でありますように。事業が守られますように。すべての必要が満たされますように。そうして、御名の栄光が拝せられますように。 アーメン




10月16日(水) エゼキエル書24章

「人の子よ、わたしはあなたの目の喜びを、一撃をもってあなたから取り去る。あなたは嘆いてはならない。泣いてはならない。涙を流してはならない。声をあげずに悲しめ。死者の喪に服すな。」 エゼキエル書24章16,17節

 1節初めに「第九年の十月十日」と記されています。これは、ヨヤキンがバビロンの捕囚とされて九年目ということであり、それはまた、ユダの王ゼデキヤの治世を示しています。20章1節に「第七年の五月」とありました。その時から2年4ヶ月余りが経過したことになります。

 その10月10日、バビロン軍がエルサレムに到着し、都を包囲して陣を敷きました(2節、列王記下25章1節)。いよいよ、エルサレム攻撃が始まります。第9年の10月10日とは、紀元前588年の1月頃のことです。

 3~5節は、鍋で美味しい羊のシチューを作る様子が描かれています。それに対して6節以下、「流血の都」(6節、22章2節)と言われるエルサレムを「災いだ」と言い、 都に流血があることを、「錆のついた鍋」と言い表します。錆がシチューを台無しにしてしまうため、錆を除こうとしても適わず(12節)、鍋も肉も焼けて使い物にならなくなります。

 鍋がエルサレム、錆が背きの罪、肉や骨はエルサレムの民、火はバビロン軍と考えれば、分かり易いでしょうか。 背きの罪によってエルサレムの民は主に裁かれ、バビロン軍の攻撃を受けて多くの民が剣で殺され、、神殿は破壊され、町は焼かれ、残りの民は捕囚とされました。

 15節以下、エゼキエルの妻の死について、主の御言葉がエゼキエルに臨みました。冒頭の言葉(16節)で「人の子よ、あなたの目の喜びを、一撃をもってあなたから取り去る」と主が言われています。「あなたの目の喜び」とは、エゼキエルの妻のことを指しており、その表現から、夫婦の仲むつまじい様子を窺わせます。しかし、その妻がその日のうちに取り去られるというのです。

 それだけでとんでもないことですが、主なる神はさらに厳しいことを要求されます。それは、妻の死を「あなたは嘆いてはならない。泣いてはならない。涙を流してはならない。声をあげずに悲しめ。死者の喪に服すな」(16,17節)と言われるのです。

 人は、その愛する者を失ったとき喪に服し、嘆き苦しみ泣く時を過ごして、また、共に嘆き泣く者の涙を通して、心に慰めを得るものでしょう。ところが、エゼキエルはここで、主なる神からそれを禁じられてしまいました。彼がそれをどのように感じたのか、その思いなどは全く記されていません。

 レビ記21章10,11節に「同僚の祭司たちの上位に立ち、聖別の油を頭に注がれ、祭司の職に任じられ、そのための祭服を着る身となった者は、髪をほどいたり、衣服を裂いたりしてはならない。自分の父母の遺体であっても、近づいて身を汚してはならない」という規定があります。この規定が、祭司の家の出であるエゼキエルに適用されたようなかたちです。

 主が語られた日の夕方、主の御言葉が現実となり、エゼキエルは告げられたとおりに行動します(18節)。当然、エゼキエルの周りにいる捕囚の民は、なぜエゼキエルは妻が死んでも喪に服さないのかという疑問を抱き、それにはどんな意味があるのかと、エゼキエルに質問します(19節)。

 そこで、主がイスラエルの家の目の喜び、心の慕うものであるエルサレムの聖所を汚されること、都に残されていた者たちは、剣によって滅ぼされること、しかし、そのために嘆いてはならない、泣いてはならないと主なる神が言われているということを、彼らに語るのです(20~23節参照)。

 真の神である主に背いて異教の神々を祀っているようなエルサレムの神殿(11章参照)が汚され、偶像を慕う民が剣で滅ぼされるのは当然で、そのために泣くな、悲しむ必要はないということでしょう。

 しかしながら、それはイスラエルの象徴が失われることであり、そしてそのことは、イスラエルという国が完全に滅んでしまうということ、主なる神を信じ、礼拝する民が失われてしまうことを意味するのです。それは、悲しみ泣くというよりも、絶望で一切の力を失ってしまうような出来事です。

 そうして主なる神は、そのような出来事を通して、もう一度、主が神であることを捕囚の民は知るようになるというのです(24節)。これは、そのような出来事を通らなければ、不信仰のために、イスラエルの民が真の神である主を思い出すことが出来なくなっしまっているということでしょう。

 これらのことは、放蕩息子が持ち金をすべて無駄遣いしてしまった後(ルカ福音書15章11節以下、13節)、ひどい飢饉で食べるに困り(同14節)、豚の世話をしながら(同15節)、豚の食べるイナゴ豆で飢えをしのごうとしたときに(同16節)、我に返った(同17節)という物語を思わせます。

 「我に返る」とは、「自分自身に入る」(エイス・ヘアウトン・エルソーン)という言葉遣いで、本来の自分に戻るという表現でしょう。口語訳は「本心に立ちかえって」、岩波訳は「己に返って」と訳していました。つまり、苦難を通して、本来あるべき姿、自分の戻るべきところを示されたということです。

 ですから、捕囚の民がエルサレムの聖所が汚されたゆえではなく、都が焼き滅ぼされたゆえでもなく、「お前たちは自分の罪のゆえに衰え、互いに嘆くようになる」(23節)というとおり、自らの不信仰を嘆き、泣くとき、主なる神がそれを顧みてくださるのです。

 それにしても、預言者というものはなんと厳しい使命を担っていることでしょうか。自分の愛する妻の死をすら預言の道具とされ、自らの感情を表現することを禁じられ、そうして神の御言葉に完全に従うことが求められるのです。エゼキエルはその通りにしました。そして、彼の預言したとおりのことが、エルサレムの上になされました。

 勿論、自分が告げた預言が、そのとおり成就したということを、素直に喜ぶことが出来ません。それは、悲しみに悲しみを重ねることだっただからです。目の喜びを失う悲しみを心に持ちながら、主に従う姿を民に見せることで、捕囚の民がこれから、目に見えるものにではなく、見えない神に従うことを学ばせるのです。

 エゼキエルに対して御言葉に聴き従うことを求められた主なる神は、私たち人類の罪のために独り子イエスを犠牲にされたお方です。エゼキエルの悲しみがお分かりにならないお方ではありません。むしろ、分かり過ぎるくらいお分かりになっておられるお方です。

 どのようにしてかは分かりませんが、御言葉に忠実に従う預言者エゼキエルのために、主がその心に直接触れて、天来の慰めをお与えになったことでしょう。「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる」(マタイ福音書5章4節)と言われるとおりです。

 悲しみを喜びに、呻きを賛美に変えてくださる主を信頼し、日々御顔を仰いで、その御言葉に耳を傾けましょう。 

 主よ、私たちは主の僕です。どんなときにも主に従うことが出来ますように。絶えず主を仰がせてください。いつも御声を聞かせてください。そのために、目を開き、耳を開き、何より心を清めてください。希望の源である主が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とで私たちを満たし、聖霊の力によって希望に満ち溢れさせてください。 アーメン



10月15日(火) エゼキエル書23章

「主なる神はこう言われる。彼女のために会衆を招集せよ。彼女らを恐怖と略奪の的とせよ。会衆は彼女らを石で撃ち殺し、剣で切り倒す。また、彼女らの息子、娘たちを殺し、家を火で焼く。」 エゼキエル書23章46,47節

 23章では、オホラとオホリバという二人の女性が、姦淫の罪で裁かれるというたとえが用いられています(2節以下)。その中で、オホラはサマリア、オホリバはエルサレムのことであると説明されます(4節)。サマリアは北イスラエル王国の首都であり、エルサレムは南ユダ王国の首都です。

 姉のオホラはアッシリアと姦淫を行い、愛人である戦士アッシリア人に欲情を抱き、その偶像によって身を汚したので、主はオホラをアッシリアの手に渡して滅ぼされたと言われます(5節以下、9,10節)。

 具体的に、北イスラエルとアッシリアとが手を結んだとか、それを望んだということはなかったろうと思います。むしろ、アラム(シリア)と結んでアッシリアと対抗しようとしていました。

 列王記下16章5節で「アラムの王レツィンとイスラエルの王、レマルヤの子ペカがエルサレムを攻めようとして上って来た」というのは、アッシリアに対抗するためにアラムと北イスラエルが連合し、南ユダにも連合に参加するよう招いたけれども、誘いに乗らなかったので、アッシリアと戦う前に南ユダを負かしておこうとしてのことです。

 攻め上って来たアラム・北イスラエル連合軍に対して、南ユダの王アハズはアッシリアに使いして、アラムとイスラエルの連合軍から守ってくれるよう要請し、アッシリアに金品を贈ります(同7節以下)。敵の敵と手を結んで友達の関係になったというかたちです。

 アッシリアはアハズの要請に応えてアラムに攻め込み、首都ダマスコを占領し(同9節以下)、それから9年後、北イスラエルに攻め上り、3年後に首都サマリアを占領。ホシェア王を始め、イスラエル人は捕らえられてアッシリアに連れて行かれました(同17章1節以下、6節)。

 アッシリアと対抗しようとしていたことを「戦士アッシリア人に欲情を抱いた」(5節)と言われているのでしょうか。むしろ、アッシリアに欲情を抱き、彼らの偶像を首都エルサレムに持ち込んだのは、ユダの王アハズでした(列王記下16章10節以下)。

 姉オホラが主に裁かれてアッシリアに滅ぼされたのを見たオホリバが、姉よりもひどい姦淫を行ったと11節に告げられています。これが、上記の通りアッシリアの神をエルサレムに祀ったということです。それゆえ、姉の杯を飲まねばならない(31,32節)、つまり、彼らが姦淫を行った結果、バビロンの手によって裁かれると言われているのです(17節、28節以下)。

 紀元前721年、背きの罪のために、北イスラエルはアッシリアに滅ぼされました(列王記下17章)。アッシリアは南ユダにも攻め寄せましたが、イザヤの執り成しの祈りにより、国を保持することが出来ました(同18,19章)。

 もしかすると、そうしたことのために、南ユダは北イスラエルに対して優越感を持っていたのかも知れません。しかし、主はその誇りを打ち砕かれました。南の背きは北よりも醜悪だと言われるのです。それは、彼らがある時はアッシリア、ある時はバビロン、そしてまたある時はエジプトと姦淫したからです。

 アッシリアやバビロンとエジプトは、イスラエルを南北から挟んでいる超大国です。それぞれの国が帝国の領土を拡大しようとするとき、両大国の間に挟まれたイスラエルをはじめパレスティナ諸国が戦場になりました。国を守るため、イスラエルは絶えずどの国と同盟すべきかという判断を迫られました。

 アッシリアがエルサレムに迫ったとき、貢ぎ物を贈って国を守ろうとしました(列王記下18章14~16節)。後に、バビロンと結び合おうとします(同20章17節以下)。バビロンがアッシリアを破り、さらにパレスティナ、エジプトにまで迫ろうとしたとき、今度はエジプトと同盟して戦おうとしたわけです(同24章1節以下、20節)。

 これは、国力において比較にならない小国の懸命の生き残り策でした。それによって南ユダの平和が保たれるならば、外交政策の成功ということになります。しかるに主なる神は、これらのことを姦淫と呼ばれているのです。

 そもそも、エジプトの奴隷として異教の神々のもとにいた南北イスラエルの民をご自分の民として選び、約束の地をお与えになりました。「彼女たちはわたしのものとなり、息子、娘たちを産んだ」(4節)と記されています。だから、イスラエルは自分たちの主人である神に頼るべきだったのであって、強国の力や彼らが拝む神々を当てにしてはならなかったのです。

 主なる神はこの姦淫の罪を裁かれ、「わたしは、お前の心が離れた愛人どもを呼び起こし、お前に立ち向かわせ、彼らを周囲からお前のもとに来させる。それはバビロンの人々とカルデアのすべての人々、ペコド、ショア、コアおよびアッシリアのすべての人々である」(22,23節)と語られました。

 また、冒頭の言葉(46,47節)の通り「彼女のために会衆を招集せよ。彼女らを恐怖と略奪の的とせよ。会衆は彼女らを石で撃ち殺し、剣で切り倒す」と言われます。姦淫の罪を犯した者が会衆によって石で撃ち殺されるがごとく(申命記22章22節以下)、主なる神に背き、異教の偶像を拝む者たちをバビロン軍が剣で切り倒すのです。  

 正直に言えば、私たちが大きな問題に直面するとき、神様より問題の方が大きく見えます。神が解決してくださるからといって、落ち着いていることが出来なくなります(イザヤ書30章15,16節参照)。むしろ、誰に助力を頼もうか、どうやって切り抜けようかとあれこれ思い悩み、眠れぬ夜を過ごします。

 しかし、もう一度、「彼女はわたしのものとなった」(4節)と言われる主の御言葉を心に留めたいと思います。主はエジプトにおけるイスラエルの苦難を見過ごしにはされませんでした。彼女らの叫びに耳を傾けられたのです。

 主の語られる御言葉に耳を傾けましょう。へりくだって聖霊の導きに従いましょう。

 主よ、どうか弱い私を憐れんでください。私たちの歩むべき道を示してください。試練に耐える力と共に、乗り越える道をも備えてくださる主を信じます。神よ、天の上に高くいまし、栄光を全地に輝かせてください。 アーメン






10月14日(月) エゼキエル書22章

「この地を滅ぼすことがないように、わたしは、わが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、見いだすことができなかった。」 エゼキエル書22章30節

 主なる神が、イスラエルの都エルサレムを「流血の都」(2節)と呼ばれ、裁きを下されます。「流血」とは、殺人によるものでしょう。それも、6節の「君候たちは、お前の中でおのおの力を振るい、血を流している」という言葉から、党派的な権力争いのことをいうのだろうと思われます。

 また、異教の神々にささげられる生け贄の血も含まれるのかも知れません(3,4節)。党派的権力争いということでは、親エジプト派、親バビロニア派といった存在が考えられ、更にそれぞれの神々を祀っていたのではないでしょうか。

 いずれの立場の者たちも、敬うべき両親を軽んじ、他国人、孤児や寡婦など社会的弱者を虐げ(7節)、主なる神の聖なるものをさげすみ、安息日を汚しました(8節)。そのようにして(9節以下も)、幾重にも聖なる都が汚されてしまったというイメージです。

 主の裁きについて、17節以下では金属の精錬がたとえとして語られます。鉱石から純粋な金属を取り出すには、高温で鉱石を溶かし、そこから触媒などを用いて不純物(金滓など)を取り除きます。

 これと同じようなたとえをイザヤが1章21節以下で用いており、そこでは、銀が金滓となってしまっているから(同22節)、灰汁で滓を溶かし、不純なものを取り去ってもとのようにする(同25節)、そのような神の裁きによってエルサレムは正義の都、忠実な町となり(同26節)、そして、背く者と罪人、主を捨てる者が断たれる(同28節)と語られていました。

 エゼキエルも、金滓を溶かして不純物を取り除くというのですが、預言者が見ているのは、不純物が取り除かれて純粋な金属が取り出されるところではありません。イスラエルは本来、銀や銅、錫、鉄、鉛などといった純粋な金属であったはずなのに、今やすべて金滓となってしまっています(18節)。

 どこにも純粋な金属が見当たらない、完全に金滓になってしまっているので、金属が炉で溶かされるように、エルサレムという炉の真ん中に集め(19節)、怒りの火を吹き付けて溶かすという情景を見ているのです。21章でネゲブ(南)の森を火で焼くというのは(同3節)、イスラエルを剣で滅ぼすということでした(同8節以下)。

 先にも触れたように、イスラエルがいかに汚され、どのような金滓になってしまっているのかということが、3節以下に述べられていました。異教の神を祀ったことに始まり、長幼の序は崩れ、福祉はおろそかにされている。性は乱れ、不正が横行している。もはや自分の力で悪を浄化することも出来ない。信仰の乱れが生活全般の乱れになっているという預言者の主張を、そこに見ることが出来ます。

 そしてこれは、ローマ書1章18節以下でパウロが展開している「人類の罪」の有様です。ということは、私たちにとっても決して他人事ではありません。「正しい者はいない。一人もいない」(同3章10節、詩編14編1,3節)と言われているとおりです。

 しかし、主なる神がエゼキエルにこれを語らせているのは、本当にイスラエルを捨て去ってしまいたいからではないでしょう。むしろ、真に頼るべきお方に依り頼むよう、主に立ち返り、その罪を清めていただくようにという主の恵み、憐れみによる招きではないでしょうか。

 冒頭の言葉(30節)に、「この地を滅ぼすことがないように、わたしは、わが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、見いだすことができなかった」と記されています。

 「石垣の破れ口に立つ者」について、詩編106編23節に「主は彼らを滅ぼすと言われたが、主に選ばれた人モーセは、破れを担って御前に立ち、彼らを滅ぼそうとする主の怒りをなだめた」と詠われています。モーセは、荒れ野を行くとき、繰り返し主に背く民のために御前に執り成しをして、その怒りをなだめたので、民が滅ぼされることはなかったと言われているのです(出エジプト記32章11節以下など)。

 つまり、このモーセのような執り成し手、指導者を主は探されたのだけれども、民の指導者として立てられた王や預言者、祭司たちは、主の眼鏡には適わなかったということです。そのため、「わたしは憤りを彼らの上に注ぎ、怒りの火によって彼らを滅ぼし、彼らの行いの報いをその頭上に返す」(31節)と言われるとおり、結局イスラエルを滅ぼさざるを得なかったというわけです。

 しかしながら、やがて主なる神はご自分の独り子キリスト・イエスを、この破れ口に立つ者としてお遣わしになりました。この主イエスの十字架の贖いの死によって、私たちは罪赦されました。神の子とされました。神は、独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るようにしてくださったのです(ヨハネ福音書3章16節)。

 その恵みを疎かにすることなく、主イエスを愛し、その御言葉に従って歩む者としていただきましょう。そして、多くの人々と共に、主の恵みに与る喜びを分かち合いたいと思います。

 主よ、この国を憐れんでください。キリストの血潮によってあらゆる不義を清め、不純なものを取り去り、正義の都、忠実な町と呼ばれるようにしてください。社会的弱者たちを守る公正と正義に生き、破れ口に立って執り成し祈る指導者を与えてください。すべての者が真に主を畏れ、主の聖なるものを重んじ、主の導きに従う恵みが与えられますように。この地に神の国を来たらせてください。 アーメン





10月13日(日) エゼキエル書21章

「ネゲブの森に言いなさい。主の言葉を聞け。主なる神はこう言われる。わたしはお前に火をつける。火はお前の中の青木も枯れ木も焼き尽くす。」 エゼキエル書21章3節(21章1~5節は、口語訳聖書、新改訳聖書では20章45~49節)

 主の言葉がエゼキエルに臨みました。冒頭の言葉(3節)の通り、「ネゲブの森に言いなさい。主の言葉を聞け。主なる神はこう言われる。わたしはお前に火をつける。火はお前の中の青木も枯れ木も焼き尽くす」というものです。これは、捕囚のユダの民にとって、どのような意味を持つ言葉だったのでしょうか。

 エゼキエルは、この預言の言葉は、聴いている人々に理解されないだろうと考えていたようです。だから、「彼はことわざを語る者にすぎないではないか」(5節)と言われたと主に訴えています。それというのも、ネゲブはイスラエル南部の乾燥した荒れ地で、「ネゲブの森」と呼ばれるようなところはどこにも存在しないからです。

 ですから、そこで山火事など起こりようがないと、ユダの人々は考えるでしょう。そして、主がそのようにしてユダを裁くと言われても、それは無意味なことだと思うでしょう。だから、エゼキエルは聴衆のために、もう少し丁寧な説明が必要だと考えたのです。

 そこで、主なる神は6節以下の解説をお与えになりました。2節と7節を並べてみると、「テマン」は「エルサレム」、「ダロム」は「聖所」、「ネゲブの野の森」は「イスラエルの地」を表していることになります。

 そして、火で焼き尽くすとは、剣で滅ぼすという意味だということが分かります(8節以下)。そもそも、ソロモンがエルサレムに建てた王宮は、「レバノンの森の家」(列王記上7章2節)と言われていました。それは、レバノン杉がふんだんに用いられているからです。そうしたことから、「ネゲブの森」という表現が出て来たのかもしれません。

 主は、「人の子よ、呻け。人々の前で腰をよろめかし、苦しみ呻け」(11節)と言われます。それは行動で示す預言で、「剣」に示されるバビロン軍の攻撃によってイスラエルが滅ぼされ、エルサレムが崩壊したという報せを受けたこと、それによって腰砕けになり、もはや呻くほかないことを象徴的に示すのです。

 ところで、どうして主は、最初からエルサレムを剣で滅ぼすと言われないで、ネゲブの森を火で焼くと言われたのでしょうか。それは、もはや、主がその預言をユダの民に理解されることを求められないということではないでしょうか。けれども一方、主の言われることをきちんと聞けば、解説など聞かなくとも分かるはずだと考えておられるようにも思われます。

 また、主が「ネゲブ」と言われたとき、それは固有名詞としてでなく、一般名詞の「南」という意味で言われていると考えることも出来ます。実は、2節の「テマン」も「ダロム」も、南という意味です。口語訳では、どちらも南と訳されています。そして、「ネゲブ」も南という意味なのです。

 つまり、2節に同じ意味になる言葉を三つ重ねて配置し、「南」を強調していることになります。イスラエル、エルサレムは、バビロンから見て南にあります。主なる神は、北から南に災いを送る、つまり、バビロンからイスラエルに災いが来ると示されているわけです。

 ところで、ネゲブが荒れ野なのは、雨が少ないからです。そこには、水源がないのです。それと同様に、ユダが亡国と捕囚という憂き目を見たのは、真の水源である主から離れてしまったからです(19章10,13節参照)。

 それは、「お前たちは父祖の歩みに従って自らを汚し、彼らの憎むべき偶像と姦淫を行ってきた」(20章30節)という言葉に示されるとおり、まことの神との交わりを捨て、異教の神々を礼拝してきたということです。

 そのことは、エレミヤ書2章13節で「まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源であるわたしを捨てて、無用の水溜を掘った。水をためることのできないこわれた水溜を」と語られていたとおりです(同17章13節、ヨハネ4章13,14節も参照)。 

 もしも、主との契約が守られていたなら、イスラエルの民が主との交わりを大切にしていたなら、彼らが枯れ木になることはなかったでしょう。否むしろ、命の水の源としっかりとつながって、文字通り「ネゲブの森」と呼ばれるような豊かな森を形成し、多くの命を育んでいたことでしょう。

 詩人が、「いかに幸いなことか、神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者に道にとどまらず、傲慢なものと共に座らず、主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」(詩編1編1~3節)と詠いました。

 「口ずさむ」は「思い巡らす」とも訳される「ハーガー」という未完了形の動詞です。英欽定訳聖書(KJV)は「meditate(瞑想する)」と訳しています。つまり、主の教えを何度も繰り返し口ずさむ、ずっと思い巡らし続けているという言葉です。主の教えが心と思いを満たし、歌うように何度も口ずさむ、それが主の教えを喜び楽しむ姿勢、主の教えを愛するという態度です。

 主イエスを信じ、主が語られる言葉に留まり、そこに堅く立たせて頂きましょう。

 主よ、どうか私たちを祝福してください。祝福の地境を広げてください。あなたの御手であらゆる災いから守り、すべての苦しみを遠ざけてください。私たちが今、どのような環境にあり、どのような苦難に遭遇しているとしても、主よ、あなたを信じ、あなたの御言葉にお従いします。御心を示し、導いてください。御名があがめられますように。 アーメン






10月12日(土) エゼキエル書20章

「お前たちイスラエルの家よ、主なる神はこう言われる。おのおの自分の偶像のもとに行き、それに仕えよ。その後、お前たちは必ずわたしに聞き従い、二度と偶像に贈り物をささげて、わたしの聖なる名を汚すことはなくなる。」 エゼキエル書20章39節

 20章の冒頭に「第7年の5月」(1節)とありますので、8章1節の「第6年の6月5日」という記述からおよそ1年が経過した、紀元前591年の夏の終わり頃ということになります。そして、1年前のときと同じように、イスラエルの長老たちが主の託宣を求めてエゼキエルの前に座っています。

 イスラエルの長老たちがどのようなことで託宣を求めてきたのか、ここに記されてはいません。けれども、エゼキエルに与えられた主の言葉を見れば、彼らは、今後イスラエルはどうなるのか、自分たちはいつごろバビロンから解放されることになるのかということを尋ねたのでしょう。

 しかしながら、主なる神はその問いには答えないと告げられます(3節)。そして、捕囚という苦難の原因はイスラエルの背きの罪にあることを、これまでの歴史を振り返って物語られます(5節以下)。それは、イスラエル人ならば誰もが知っている出エジプトの物語です。

 イスラエルの民は、かつてエジプトから救い出してくださった神が、今度はバビロンからも救い出してくださると期待して、何度も出エジプトの物語を聞き直したのではないかと思います。しかし、エゼキエルが語ったのは、彼らに希望を与えるためではありません。イスラエルが忘れていることを思い出させるためでした。

 それは、イスラエルの民はその初めから神に背いていて、エジプトの偶像を捨てようとはしなかったということです(8節)。430年の奴隷生活で染みついた習慣だったのでしょうか。いつしかそれが、彼らにとっての先祖の神、家の神になっていたのかも知れません。

 カナンに定住すれば、「高い丘や茂った木」で象徴されるバアルやアシェラという神々も祀るようになりました(27節以下)。さらに捕囚の地バビロンでも、「お前たちは『我々は諸国民のように、また、世界各地の種族のように、木や石の偶像に仕えよう』と言っている」(32節)と断じられています。

 これはしかし、捕囚となったユダの民だけの問題ではありません。私たちも、生活の中で繰り返している悪い習慣があります。悪循環からなかなか抜け出せません。やめようと思うことがやめられず、しなければならないことが出来ません。パウロはこれを、罪の法則と言いました(ローマ書7章19節以下)。この罪の法則を断ち切らず曖昧にしたままで、真の救いを得ることは出来ません。

 エゼキエルは冒頭の言葉(39節)で、「各々自分の偶像のもとに行き、それに仕えよ」と言い、そして、「その後、お前たちは必ずわたしに聞き従い、二度と偶像に贈り物をささげて、わたしの聖なる名を汚すことはなくなる」と続けます。

 前半と後半が、「その後」という言葉でつながれていますが、そこには大きな断絶があります。偶像に仕える民が、どのようにして、「その後」を迎えることが出来るのでしょうか。どのようにして、「わたしの聖なる山、イスラエルの高い山で」(40節)、つまりエルサレムに戻って、主なる神に仕えるようになるのでしょうか。

 イスラエルの民が捕囚からの帰還を果たしたとき、救いが神の恵みによってなされたことを知ったとき、彼らは主こそ神であることを知り(42節)、自分たちの行いを思い起こし、嫌悪するようになると言います(43節以下)。

 民がおのが罪を悔い改めて神に立ち帰ったから、帰国が許されるようになったというのではなく、先に神が民を憐れみ、一方的な恵みで捕囚の苦しみから解放され、帰還を果たすことが出来るようにされたわけです。そして、その神の恵みを味わい知ったとき、自分たちの罪深さに嫌気が差すようになると言われるのです。

 私たちも、一方的な神の恵みにあずかりました。あらためて、どのようなところから救われたのか、自分の救いの事実に目を留めなければなりません。第一ヨハネ3章1節に「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです」と語られています。

 父なる神の愛の御業を絶えず思い起こし、日々感謝しつつ主に聴き、その御言葉に従って歩ませていただきましょう。

 主よ、恵みを忘れ感謝を忘れて、罪を繰り返す愚かな私を赦してください。主の十字架を絶えず仰がせてください。御言葉の導きに従うことが出来ますように。謙って主に従うことこそ、私たちを自由にし、平安を与える道だからです。 アーメン




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