風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

今日の御言葉

1月22日(月) ヨシュア記7章

「イスラエルの人々は、滅ぼし尽くしてささげるべきことに対して不誠実であった。ユダ族に属し、彼の父はカルミ、祖父はザブディ、さらにゼラへとさかのぼるアカンは、滅ぼし尽くしてささげるべきものの一部を盗み取った。主はそこで、イスラエルの人々に対して激しく憤られた。」 ヨシュア記7章1節

 エリコの町を攻め滅ぼしたイスラエルは、次の標的にアイの町を選びました。ヨシュアが数人の斥候に町を探らせると(2節)、彼らは戻って来て、「アイを撃つのに全軍が出撃するには及びません。二、三千人が行けばいいでしょう。取るに足りぬ相手ですから、全軍をつぎ込むことはありません」(3節)と報告しました。

 ヨシュアはそこで、三千人の兵士を向かわせます。全軍をつぎ込むまでないと、三千人で攻め上ったというのは、ギデオンが三百の兵でミディアンの大軍を打ち破った記事を思い起こさせます(士師記7章参照)。

 ところが、期待に反して彼らはその戦いに敗退し(4節)、城門を出て来たアイの兵士によって36名の犠牲者が出ました(5節)。ギデオンの軍は、主への信頼を示していたのに対し、ヨシュアの軍は、3節に見られるようなうぬぼれと、主なる神への「不誠実」(1節)を表すものでした。

 アイの兵士の前に敗退したヨシュアは主に「ああ、わが神、主よ。なぜ、あなたはこの民にヨルダン川を渡らせたのですか」(7節)と問い、「カナン人やこの土地の住民は、このことを聞いたなら、わたしたちを攻め囲んで皆殺しにし、わたしたちの名を地から断ってしまうでしょう。あなたは、御自分の偉大な御名のゆえに、何をしてくださるのですか」と訴えます(9節)。

 それに対して主は「イスラエルは罪を犯し、わたしが命じた契約を破り、滅ぼし尽くしてささげるべきものの一部を盗み取り、ごまかして自分のものにした。だから、イスラエルの人々は、敵に立ち向かうことができず、敵に背を向けて逃げ、滅ぼし尽くされるべきものとなってしまった」(10節以下、11,12節)とお答えになりました。

 それを聞いたヨシュアは、主の言葉に従ってイスラエルの部族を集めます。そこで、主が部族ごと、氏族ごと、家族ごとに進み出させて指摘をします。「主から指摘を受ける」とは恐らく、くじを引かせたものと思われます(口語訳、新改訳、岩波訳など参照)。

 部族ごとにくじを引かせるとユダ族にあたり(16節)、ユダの諸氏族にくじを引かせるとゼラに当たり、ゼラの全家族にくじを引かせるとザブディ家に当たり(17節)、ザブディ家の男子全員にくじを引かせるとカルミの子アカンに当たりました(18節)。

 アカンはヨシュアに「わたしは、確かにイスラエルの神、主に罪を犯しました」と語り(20節)、盗みを告白します(21節)。アカンが主に罪を犯し、それがイスラエル全家に災いをもたらすことになったのです。そのため、アカンとその家族は石で打ち殺され、全財産は火で焼かれました(25節)。

 アカン一人のために、36名の兵士、そしてアカン自身の家族が犠牲になったわけです。アカンは初め、自分の振る舞いがイスラエル全家に災いをもたらすことになるとは、考えても見なかったことでしょう。自分がしたのは小さなことで、主なる神もお目こぼしになるだろうと思っていたかも知れません。

 しかし、多くの犠牲者が出て民の心が挫けてしまったとき(5節)、それが自分のした罪の所為だと気づいたのではないでしょうか。それでも、それを言い出しませんでした。くじがユダ族に当たり、ゼラの氏族に当たり、ザブディ家に当たり、そして自分に当たったとき、ようやく口を開きました。

 自分さえよければ、気づかれなければと、罪に手を染め、追い詰められなければ、その罪を認め、悔い改めることができない、人の弱さが示されます。あらゆる場でのモラルの低下、なかなか後を絶たない偽装、検査の数値改竄なども、同じ根っこでしょう。

 そう考えると、これはアカン一人の罪でもないということにならないでしょうか。そもそも、アイの町は「取るに足りぬ相手」と見なし、そのためか、主に問うこともしませんでした。このときイスラエルの民は、全軍が出るまでもないという思いの中で、主の助けが必要とは全く考えていなかったわけです。

 であれば、エリコの町を落とせたのは、主がヨシュアに指示を与え、勝利を賜ったからであったのに、あたかも自分たちの力で打ち破ったかのような思い上がりが兵士たちの間に蔓延していたと考えられます。だからこそ、アカンは戦利品を私しようとしたわけです。

 冒頭の言葉(1節)に「イスラエルの人々は、滅ぼし尽くしてささげるべきことに対して不誠実であった」と記されていました。「イスラエルの人々」とは、アカン一人のことではありません。御言葉を軽んじ、主を畏れることを疎かにするからこそ、「不誠実」になります。人として同じ弱さを持っている私たちです。

 神に従うことに「不誠実」になることがないよう、主を畏れ、絶えず御言葉に耳を傾けましょう。主に栄光を帰し、主をほめたたえましょう。

 主よ、私たちの中にも、アカンと同様、神の栄光を盗んで我が物にしようとする弱さ、罪があることを知っています。褒められるといい気になり、けなされると心挫けて水のようになります。主を畏れることを忘れてしまいます。絶えず御前に謙り、御旨に聴き従うことが出来ますように。主の平安で私たちの心と考えを守ってください。 アーメン

 

1月21日(日) ヨシュア記6章

「彼らが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、その音があなたたちの耳に達したら、民は皆、鬨の声をあげなさい。町の城壁は崩れ落ちるから、民は、それぞれ、その場所から突入しなさい。」 ヨシュア記6章5節

 5章13節に登場した「主の軍の将軍」は、天使なのでしょうか。新約聖書において、天使を礼拝することは禁じられていますが(ヨハネ黙示録19章10節、22章8,9節、コロサイ書2章18節)、旧約においては、主の御使いが神と区別出来ない場合が多々あります。

 たとえば、モーセに現れた主の御使いは(出エジプト記3章2節)、次の段落では、「主、神」と記されています(同4節以下)。同様にヨシュアの前に現れた主の軍の将軍は、次の段落(6章1節以下)で「主」と呼ばれています。そして、ヨシュアが「ひれ伏して拝し」(5章14節)たとき、主の軍の将軍は、それを拒まず、むしろ、履き物を脱ぐように命じています(同15節)。

 そうすると、「主の軍の将軍」いうのは、「万軍の主」の別名と言ってもよいのかも知れません。だから、「主の御前である。控えおろう。履き物を脱げ」ということになるわけです。

 そのようにひれ伏しているヨシュアに、主がエリコの町を攻撃するための作戦を授けました。その作戦とは、まず、祭司7人の先導を受けた神の箱を先頭に、兵士たちが町の周りを一巡りし、それを六日間続けます。そして、七日目は町を七周するというものです。そのとき、祭司たちは「雄羊の角笛」を携えます。角笛を吹き鳴らしながら行進するのです(3,4,8節以下)。

 そして、冒頭の言葉(5節)の通り、七日目に町を7周回って、角笛を長く吹き鳴らした音を合図に、後方に控えているイスラエルの民全員で鬨の声をあげます。そうすると城壁が崩れ落ちるので、そこから町に突入せよというのです。

 町の周りを一日目から六日目まで1周、七日目は7周、合計13周回り、大声を出せば城壁が崩れ落ちるというのは、いつでもどこでも、誰がやっても、必ずそのようになるという作戦ではありません。むしろ、そんなことは起こり得ないという話でしょう。主が授けてくださった作戦だからこそ、今回それが起こるのです。

 城壁が壊れれば、それで戦いは終わりということではありませんけれども、しかし、エリコの人々は、イスラエルの攻撃に備えて城門を堅く閉ざすという、いわば籠城作戦を採ったわけで、剣を交えることになれば、勝ち目はないと考えていたのです。

 5章1節に「ヨルダン川の西側にいるアモリ人の王たちと、沿岸地方にいるカナン人の王たちは皆、主がイスラエルの人々のためにヨルダン川の水を涸らして、彼らを渡らせたと聞いて、心が挫け、もはやイスラエルの人々に立ち向かおうとする者はいなかった」と言われていました。だから、籠城している町の城壁が壊れると、勝敗は見えているということになります。

 しかしながら、主が授けた作戦というのは、俄かには信じ難い内容です。実行するのが難しいということではありませんが、それをまともにやってみようと思える人がどれほどいるだろうかと考えてしまいます。ここでしかし、ヨシュアは単純に信じました。だから、先ず祭司たちを呼び集めて、主から授けられた作戦を伝えました(6節)。

 次に、民全体にそれを命じました(7節)。すると、祭司から(8節)、武装兵(9節)、そしてその他の民に至るまで(10,20節)、誰もが素直に聴き、それに従います。そして、七日目、7周回った後、皆で鬨の声をあげると、主が告げたとおり、城壁が崩れ落ちました。

 そこで、イスラエルの民は崩れ落ちたところから城内に入り、町を占領しました(20節)。そして、町の人々だけでなく、牛、羊、ろばに至るまで命あるものはことごとく、剣にかけて滅ぼし尽くしました(21節)。

 あらためて考えてみると、エリコの城壁が崩れたのは、吹き鳴らされた角笛や鬨の声の大きさの故ではありません。また、何度も町の周りを回ったからということでもありません。城壁を崩したのは、主の御力です。主が御腕を伸ばされたので、城壁が崩れたのです。

 ということは、町の周りを13周回ることも、角笛を吹くこと、鬨の声をあげることなども、城壁を崩落させるための必要な条件ではないのです。つまり、主がなさろうと思われれば、イスラエルの民が何もしなくても、城壁を崩落させ、町を破壊することが出来たはずです。

 しかも、「わたしが鬨の声をあげよと命じる日までは、叫んではならない。声を聞かれないようにせよ。口から言葉を発してはならない。あなたたちは、その後で鬨の声をあげるのだ」(10節)と命じています。城壁が崩れ落ちるまで、エリコの町の周りを回る間、城壁の上からエリコの町の人々に罵詈雑言を浴びせられても、黙っていろ、声を出すなということでしょう。

 それは、決して容易いことではありません。しかし、主なる神はこのようにして、イスラエルの民が御言葉に聴き従うか否かを御覧になったわけです。

 エレミヤ書1章12節に「あなたの見るとおりだ。わたしは、わたしの御言葉を成し遂げようと見張っている」と記されています。主は、どんな状況であっても、ご自分の御言葉を成就することがお出来になります。「言葉を成し遂げようと見張っている」と言われるのは、御言葉が信仰をもって聞かれるか、御言葉がそれを聞いた人々と信仰によって結びつけられるか否かを見張られるわけです。

 神はこのとき、イスラエルの罪を裁くため、北にあるバビロニア帝国を「燃えたぎる鍋」として、用いようとしておられました(同13節参照)。もしもイスラエルの民が、エレミヤの預言の言葉を聞いて悔い改め、神に従う信仰を示していたならば、その災いが止められることになったでしょう。

 ヘブライ書4章2節に「彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結びつかなかったためです」と記されています。エジプトを脱出した民が、神の御言葉を信じなかったために荒れ野で神に打たれ、約束の地に入れなかったということです。

 そして、その不信仰、不従順は、シナイの荒れ野でのことに留まらず、ソロモン以後エレミヤの時代に至るまで繰り返されたため、結局、国が南北に分裂した後、北はアッシリアに、南はバビロンによって滅ぼされ、捕囚となる憂き目を見るようになったわけです。

 ヘブライ書の記者は「信じたわたしたちは、この安息に与ることができるのです」(同3節)と言います。即ち、私たちが神の言葉を信じ、それに聴き従うことを求めているわけです。一度信じさえすれば、それでよいわけではありません。信じ続けること、聴き従い続けることが求められています。

 日々、主の御言葉を信仰をもって聴き、その御心を悟ることが出来るように、その導きに従って歩み出すことが出来るように、祈りつつ御言葉を開きましょう。

 主よ、あなたの御言葉ほど確かなものはありません。昨日も今日も、そして永遠に真実です。ただ、主の御言葉だけが永遠に堅く立つのです。私たちに御言葉を聴く信仰を与えてください。謙って御言葉に従うことが出来ますように。 アーメン






1月20日(土) ヨシュア記5章

「主の軍の将軍はヨシュアに言った。『あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である』。ヨシュアはそのとおりにした。」 ヨシュア記5章15節

 ヨルダン川を渡ってギルガルに宿営している民に、主は割礼を施すよう命じられました(2節)。エジプトを出て来た人々は割礼を受けていましたが、彼らは荒れ野を巡り歩いている間に死に絶えてしまいました(4,5節)、そして、荒れ野で生まれた男たちは、割礼を受けていなかったのです(5,7節)。

 割礼は、主なる神との契約のしるしとして、男子に施されました(創世記17章9節以下、レビ記12章3節)。荒れ野で生まれた男たちが無割礼だったということは、荒れ野を旅する間、いかに主と民との間の契約が蔑ろにされていたかというしるしになるでしょう(6節)。

 割礼を受けた場所を「ギブアト・アラロト」(3節)といいます。「ギブア」が丘、「アラロト」が包皮で、「ギブアト・アラロト」は「包皮の丘」という意味です。包皮を切り取る割礼を行った場所ということで、そのように言われたわけです。

 主がヨシュアに「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)」(9節)と言われました。それで、その場所がギルガルと呼ばれるというのです。包皮を切り取ることが、エジプトの恥辱を取り除くこと取り除くという説明になっています。

 「今日、エジプトでの恥辱を取り除いた」ということは、エジプトを脱出するだけでは、恥辱は取り除かれたことにならなかったということです。そして、続く荒れ野の生活においても、その恥辱を雪ぐことが出来なかったのです。

 「エジプトでの恥辱」というのですから、それは、エジプトにおける奴隷生活のことを指しているのでしょうけれども、モーセに率いられてエジプトを脱出したものの、不信仰、不従順であったために、エジプトを脱出した第一世代は、約束の地に入ることが出来なかったということをも、ここに示しているわけです。

 それが「エジプトでの恥辱」という言われ方をするのは、民数記14章での、約束の地に行って剣で殺され、妻子を奪われるくらいなら、エジプトに引き返した方がましだというイスラエルの民の反抗により、彼ら自ら、エジプトの奴隷の地位にいることを良しとして、神が与えると言われた約束の地における真の自由を受け取ろうとしなかったため、ということなのでしょう。 

 割礼を受けた後、彼らはエリコの平野で過越祭を祝いました(10節)。それは、永遠に守るべき定めとして、「主が約束されたとおりあなたたちに与えられる土地に入ったとき、この儀式を守らねばならない」(出エジプト記12章25節)と規定されていたからです。

 割礼を施した後に過越祭を祝ったのは、「無割礼の者は、だれもこれを食べることができない」(同12章48節)という規則になっているからです。ということは、これまでずっと過越祭が行われてこなかったということ、これから、主の救いの出来事を祝いつつ生きる、新たな生活が始まるということです。かくて、ヨシュアたちは今ここに神との契約を確認し、皆で喜び祝ったわけです。

 ただ、彼らがどのようにして麦を手に入れることが出来たのかは、不明です。ある註解者は、1節に示されるヨルダン川の西側にいた者たちが、ヨルダン川を渡って来たイスラエルの人々に恐れをなして逃げ出した結果、そこに残されていたものであろうと推察しています。

 過越祭が行われた後、どれほどの日時が経過したのか分かりませんが、あるときヨシュアは、エリコのそばで、抜き身の剣を手にした一人の男が立っているのを見ました(13節)。ヨシュアが歩み寄り、「あなたは味方か、それとも敵か」と問いかけると(13節)、彼は、「いや。わたしは主の軍の将軍である。今、ついたところだ」と答えました(14節)。

 「いや」というのは、味方でも敵でもないということです。即ち、主の軍の将軍はこのとき、ヨシュアに味方するために来たというのではありません。ことを決するのは神であり、ヨシュアが主の命に従うかどうかを試しに来たわけです。

 抜き身の剣といえば、預言者バラムの前に立ち塞がった主の御使いのことを思い出します(民数記22章22節以下)。バラクの報酬に目のくらんでいるバラムは、抜き身の剣を持って立っている主の御使いを認めることが出来ませんでした。後で目の開かれたバラムに「この人たちと共に行きなさい。しかし、ただわたしがあなたに告げることだけを告げなさい」(同35節)と御使いが告げました。

 一方、ヨシュアはすぐにひれ伏して拝し、「わが主は、この僕に何をお言いつけになるのですか」と尋ねます(14節)。つまり、ヨシュアは主の軍の将軍の前にひれ伏すことで、主に従う姿勢を示したのです。神は、どんないけにえよりも、御前に謙り、御言葉に聴き従うことを喜ばれます(サムエル記上15章22節、詩編40編7節、51編18,19節)。

 主の軍の将軍は、冒頭の言葉(15節)の通り、「あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っているところは聖なる所である」と言います。これは、神の山ホレブで燃える柴の間からモーセに語られた神の言葉を思い出させます(出エジプト記3章5節)。つまり、ここで主の将軍は、ヨシュアに履物を脱がせて、まさしく、主に聴き従う下僕として召しているのです。

 また、「聖なる所」は6章19節の「聖なるもの」と同じ言葉です。その関連で、モーセの立っている場所が「聖なる所」だというのは、エリコが主のものであるという宣言と考えることが出来ます。だから、主の命に従ってその地を獲り、すべてを神にささげることが求められることになるのです(6章2,17節)。その召しを受けて、「ヨシュアはそのとおりにした」(15節)と記されています。

 ペトロが「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです」(第一ペトロ5章6,7節)と告げています。

 私たちも日々主の御前に謙り、その御言葉のとおりに喜びをもって従いたいと思います。

 主よ、あなたはヨシュアに履物を脱ぐように命じました。私たちも今、履物を脱ぐ思いで御前にいます。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。どうぞお語りください。僕どもは聞いております。いたるところで御名が崇められますように。御心がこの地にもなされますように。その道具として私たちを清め、用いてください。 アーメン






1月19日(金) ヨシュア記4章

「ヨシュアはまた、契約の箱を担いだ祭司たちが川の真ん中で足をとどめた跡に十二の石を立てたが、それは今日までそこにある。」 ヨシュア記4章9節

 民がヨルダン川を渡り終えた時(1節)、主がヨシュアに「民の中から部族ごとに一人ずつ、計十二人を選び出し、彼らに命じて、ヨルダン川の真ん中の、祭司たちが足を置いた場所から、石を十二個拾わせ、それを携えて行き、今夜野営する場所に据えさせなさい」(2,3節)と命じられました。

 それは、ヨルダン川の流れが主の契約の箱の前でせき止められたことを記念する、記念碑なのです(7節)。神がイスラエルの民のためにヨルダン川の流れをせき止め、乾いたところを渡らせたというのは、驚くべき出来事です(22節)。そう何度も経験出来ることではありません。

 23節に「それはちょうど、我々が葦の海を渡りきるまで、あなたたちの神、主が我々のために海の水を涸らしてくださったのと同じである」と記されているとおり、イスラエルの民は、エジプトを脱出するときに葦の海を渡る奇跡を経験し、そして、約束の地に入るとき、ヨルダン川を渡る奇跡を経験しています。

 いわば、シナイの荒れ野の旅が、葦の海の奇跡で始まり、ヨルダン川の奇跡で閉じられたということになります。

 しかしながら、その両方を経験したのは、エフネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアの二人だけです。葦の海を渡るという奇跡を経験し、また荒れ野でマナを食べ、岩から出た水を飲み、ときには鶉の肉まで与えられるという日毎の糧に与りながら、なお神に不平を言い、あろうことか異教の神々を慕い求めたため、神はイスラエルの民を荒れ野で打たれました。

 それで、ヨシュアとカレブを除いて、ヨルダン川を渡って約束の地に入れた者はいなかったのです。そうしたことにならないように、ヨルダン川を渡ったことを記念する碑を立てさせたわけで、記念碑を見る者が、その度にヨルダン川の奇跡を思い出すようにさせ、そしてまた、子々孫々にこの出来事を告げ知らせるようにするのです(6,7節、21,22節)。

 それはしかし、ただ単にヨルダン川の奇跡を語り継がせるためだけではなく、24節で「地上のすべての民が主の御手の力強いことを知るためであり、また、あなたたちが常に、あなたたちの神、主を敬うためである」と言われているように、その奇跡を通して示された、イスラエルの民に対する神の恵みを知って、すべての民が常に主を畏れ敬い、その恵みをいつも新しく味わうようになるためなのです。

 そのことは、3章11,13節で「全地の主」と言われていることと関連しています。そこでは、主の契約の箱と並列で記されていますので、神が与えると約束したイスラエルの全地という意味で用いられていると考えてよいとも思いますが、しかし、その枠を越えて、ミカ書4章13節のように「全世界の主」(原文は「全地の主」コール・ハー・アーレツ)の意味で用いられているとも考えられます。

 ヨルダン川の奇跡を目の当たりにしたイスラエルの民も、川床の石で造られた記念碑を目にし、そこでなされた奇跡を伝え聞かされた全世界の人々も、主の御手の力強さを知り、神を畏れ敬うことを学ぶでしょう。主の力を知り、神を畏れ敬うことを学んだ人々は、主との契約関係に入ることを喜びとすることでしょう。

 イスラエルの民は、ヨルダン川を渡ってエリコの町の東境にあるギルガルに宿営しました(19節)。そこで、主に命じられたとおり、ギルガルに記念碑が立てられました。「ギルガル」については、5章9節で「エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)」と関連して、その名がつけられたと記されています。

 ところで、12の石を立てた記念碑は、ヨルダン川を渡った最初の宿営地ギルガルに設置されただけでなく、冒頭の言葉(9節)によれば、ヨルダン川の真ん中にも置かれているようです。ギルガルに立てられた記念の石は、祭司らが足を置いたヨルダン川の真ん中から取られたのですが(3節)、ヨシュアがヨルダン川の真ん中に立てた記念の石は、どこから持って来られたのでしょうか。

 8節とのつながりから言えば、まずヨルダン川から石が取られてギルガルに据えられ、次いでギルガルから石を取ってヨルダン川の真ん中に立てたというように見えます。川の中の、祭司たちが足を止めた場所を記念するということでしょう。註解書に、祭司に対する敬意を表すという解釈も記されていました。それも意味深いものだと思います。

 第一コリント10章2節に「皆、雲の中、海の中で、モーセに属するものとなるバプテスマを授けられ」と記されています。葦の海を通った経験を「モーセに属するものとなるバプテスマを授けられ」たと表現しているわけです。であれば、ここでイスラエルの民は、ヨルダン川の中でヨシュアに属するものとなるバプテスマを授けられたということになります。

 ここで、「ヨシュア(イェホシュア)」は、ギリシア語音写すると「イエス」になります。モーセに従って主なる神との旧い契約に導き入れられた民が、ヨシュア(=イエス)に従って約束の地に導き入れられたというのは、とても意味深いものでしょう。

 私たちキリスト者は、キリスト・イエスに結ばれるためにバプテスマを受けました(ローマ6章3節)。私たちがキリストの死に与る者となり、そしてキリストにあって新しい命に生きるためです。そして、私たちのバプテスマの記念碑とは、約束された聖霊で証印を押されたということでしょう(エフェソ1章13節)。この聖霊こそ、わたしたちが御国を受け継ぐことの保証です(同14節)。

 主を信じる信仰によって恵みの世界に導き入れられた者として、常に主を畏れ敬い、御言葉と背入れの導きにより、日々新しくその恵みを味わわせていただきましょう。

 主よ、キリストの死に与るバプテスマにより、キリストと共に生きるものとされたことを感謝します。神の憐れみにより、自分自身を死者の中から生き返ったものとして神に献げ、また義のための道具として神に献げます。何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかを弁えることが出来ますように。 アーメン

 


1月18日(木) ヨシュア記3章

「ヨシュアが祭司たちに、『契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ』と命じると、彼らは契約の箱を担ぎ、民の先に立って進んだ。」 ヨシュア記3章6節

 イスラエルの民は、エジプトの奴隷生活430年(出エジプト記12章40節)、荒れ野の放浪生活40年を経て(民数記14章34節、申命記5章6節)、ようやくヨルダン川の岸辺にやって来ました(1節)。夢にまで見たといえるかどうか分かりませんが、主が与えると約束されたカナンの地は、もう目の前です。

 冒頭の言葉(6節)で「契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ」と命じられている通り、契約の箱を担いだ祭司、レビ人たちが民の先頭を進みます。契約の箱を担いだ祭司たちが「民の先に立って」と言われているのは、主なる神が民の先頭を歩まれるということでしょう。民は主の後ろに従って歩むのです。

 民は、契約の箱との間に、約二千アンマの距離をとり、それ以上近寄ってはならないと言われます(4節)。二千アンマは約900メートルです。これは、民が契約の箱に触れて打たれることがないようにという注意でしょう。また、契約の箱を担いだ祭司たちがヨルダン川を渡るときに何が起こるのか、離れた安全な場所からその様子をつぶさに観察するという目的があるのかも知れません。

 契約の箱は、縦2.5アンマ(約112.5センチ)、横1.5アンマ(約67.5センチ)、高さ1.5アンマという立方体で、アカシヤ材で作られ、それを金で覆っていました(出エジプト記25章10節以下)。その蓋は「贖いの座」と呼ばれ(同17,21節)、そこには2体のケルビムがつけられていました(同18節以下)。

 ケルビムは、翼を持つ半人半獣の天的な生き物で、エデンの園を守り(創世記3章24節)、神を乗せて運ぶ(サムエル記下22章11節)などの役割を持っています。つまり、ケルビムは、そこに主がおられるということを表しています。

 契約の箱には、十戒を記した石の板が納められていました(出エジプト記25章16節、申命記10章4,5節)。十戒を中心とする神の戒め、掟、律法は、イスラエルの民に対する神の御心、ご意志を教えるものです。

 契約の箱の後に従って進むというのは、進む道が示されるだけでなく、これから彼らが受け継ぐことになる約束の地において、神の教えに耳を傾け、その御心に従って生きるということを示しているのです。 

 彼らは、「川を渡れ」と命じられています。ヨルダン川には、歩いて渡れる浅瀬がありますが、祭司たちがその知識を持っていたとは思えません。「渡れ」と命じられたので、渡れると単純に考えていたのではないでしょうか。

 ところが、祭司たちがヨルダン川のところに来たとき、「春の刈り入れの時期」、レバノン山系の雪解け水と春の雨の時期で川の水量が増し、「堤を越えんばかりに満ちて」(15節)いて、歩いて渡るのは不可能でした。

 主はヨシュアに命じて「祭司たちに、ヨルダン川の水際に着いたら、ヨルダン川の中に立ち止まれと命じなさい」と言われ(8節)、それを受けたヨシュアは、「全地の主である主の箱を担ぐ祭司たちの足がヨルダン川の水に入ると、川上から流れてくる水がせき止められ、ヨルダン川の水は、壁のように立つであろう」(13節)と民に告げました。

 祭司たちの目の前には、川幅一杯にみなぎった川があります。そんな川の中に立ち止まれるようには見えなかったでしょう。以前、イスラエルの民はモーセに率いられて葦の海を渡りました(出エジプト記14章参照)。そのときは、モーセが杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べたところ、主が激しい東風で海を押し返されので、乾いた地が表われ、民はそこを通ったのです(同16,21節以下)。

 今度は、ヨルダン川です。今、川の水は滔々と流れています。しかし、彼らは箱を担いで川の中に進みました。ここに彼らの信仰を見ることが出来ます。彼らは、川の水が分かれたから、渡り始めたのではなく、堤を越えんばかりに満ちて流れ下る川に、信仰をもって踏み込んだのです。

 それはしかし、無鉄砲ではありません。「川上から流れてくる水がせき止められる」(13節)と言われた主の御言葉を信じ、「渡れ」という主の命令に従って進んだのです。そして神は、お語りになったとおり、ヨルダン川の水をせきとめられたので(16節)、祭司たちは川の真ん中の干上がった川床に立ち止まることが出来、民は皆、川を渡り終えました(17節)。

 そのことは、主が神であられること、主の言葉は真実であること、そして、主の言葉を告げるヨシュアは、確かにモーセの後継者であることを、民の目の前で明らかにしました。

 私たちが御言葉に従って信仰の決断をするとき、それを試すかのように進路に困難が立ち塞がることがあります。逆風に行く手を阻まれるかもしれません。けれども、御言葉に従うときに不思議な平安がその歩みを支え、それが確かに神の御心であることを教えてくれるのです。

 主の御声に耳を傾けましょう。その聞いたところに従い、信仰をもって歩み出しましょう。

 主よ、イスラエルの民は、信仰をもってヨルダン川を渡り、約束の地に入ることが出来ました。そこには、御言葉がありました。そして、主の先立ちがありました。主が共にいてくださるしるしを、そこに見ることが出来たのです。今、私たちにも御言葉が与えられています。そして、聖霊が私たちの内に住み、常に共にいてくださいます。日々、信仰によって前進させてください。御名が崇められますように。 アーメン


 

1月17日(水) ヨシュア記2章

「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前でわたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください。」 ヨシュア記2章12節

 ヨシュアに率いられたイスラエルの民は、いよいよ約束の地、カナンへやって来ました。最初に、ヨルダン川を渡ったところの最初の町エリコとその周辺を、二人の斥候に探らせました(1節以下)。二人の斥候は、そこで遊女ラハブと出会います。今日は、そのラハブの言葉から学びたいと思います。

 先ず、9節です。「主がこの土地をあなたたちに与えられたこと、またそのことで、わたしたちが恐怖に襲われ、この辺りの住民は皆、怖じ気づいていることを、わたしは知っています」とあります。ここでラハブは、イスラエル人が近づいて来たと聞いて、エリコとその周辺の人々は恐怖に襲われ、怖じ気づいていると言っています。

 それは神が、エリコの町と周辺の人々に、イスラエルを恐れる心を与えられたからです。10節に「あなたたちがエジプトを出たとき、あなたたちのために、主が足の海の水を干上がらせらことや、あなたたちがヨルダン川の向こうのアモリ人の二人の王に対してしたこと、すなわち、シホンとオグを滅ぼし尽くしたことを、わたしたちは聞いています」と語られています。

 ここで、エジプトから脱出するために葦の海を通った時、主が海を干上がらせたというのは、出エジプト記14章19節以下に記されている奇跡です。そのような奇跡を起こすことが出来る神は他にはいないと考えて、イスラエルを恐れたのでしょう。

 また、アモリ人の二人の王の軍隊を滅ぼしつくしたというのは、民数記21章21節以下の「シホンとオグに対する勝利」の出来事を指しています。

 イスラエルの民が、強力な武器を持っていたというわけではありません。戦いに勇ましい武装集団などというわけでもありません。ただ、主なる神がアモリ人との戦いに勝利をお与えくださったのです。だからこそ、エリコの人々は、イスラエルと共におられる主なる神を恐れたわけです。

 次に、11節の後半です。「あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです」と言います。ここに、ラハブの明確な信仰の告白があります。「上は天、下は地に至るまで神であられる」とは、イスラエルの神以外に神はいない、主こそ、まことの神だということです。

 カナン周辺には、雨の神バアルや大地の神アシェラを神として礼拝する信仰がありました。太陽や月、また牛などが神として拝まれることもあります。一方、聖書では、神はただお一人で(申命記6章4節)、天地万物を創造されたお方と教えています(創世記1章1節以下など)。

 異邦人の女性が、どうしてこのような信仰を持つことが出来たのでしょうか。それは、神の導きとしか、言いようがありません。主こそ神であることを悟る心、神の栄光を見る信仰の目、神の御声を聴くことの出来る耳は、神の賜物、プレゼントなのです(申命記29章4節)。

 新約の時代となり、わが国の西方1万㎞かなたのイスラエルから、欧州、米国を経てイエス・キリストを主と信ずる福音がわが国にももたらされました。時を超え、国境を超え、民族文化を越えて、今ここにいる私たちに「イエスは主である」という信仰を告白させてくださるのは、聖霊なる神の働きであると、一コリント12章3節に教えられています。

 それから、冒頭の言葉(12節)のとおり、ラハブが二人の斥候に「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前で、わたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください」と求めています。

 ここに「誠意」と言われているのは、ヘブライ語で「ヘセド」という言葉です。「ヘセド」は、通常「憐れみ、慈しみ」と訳されます。ある聖書では、「変わらざる愛」と訳されていました。

 ラハブは、自分が神のように見ているイスラエルの二人の斥候に、変わらない愛を求めました。それも、自分だけでなく、自分の一族のために。こんな虫がいい、図々しいような求めに応えられるでしょうか。それとも、拒否されるのでしょうか。

 答えは、「応えられる」です。なぜでしょうか。それは、主は「憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」(出エジプト記34章6,7節など)お方だからです。イスラエルの斥候をかくまったラハブに対しても、主はその慈しみを示してくださいます。

 「幾千代にも及ぶ慈しみ」ということは、ラハブの家族、子孫に対しても、誠意をお示しになるということになるでしょう。「だから」と言うべきか、「そのために」と言うべきか。ラハブの子ボアズがダビデ王の曾祖父となり(マタイ福音書1章5,6節)、そしてその28代後に「メシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」(同16節)のです。

 新約聖書に「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」という言葉があります(使徒言行録16章31節)。家族の一人が主イエスを信じると、その信仰で、神の救い、神の慈しみがその家族に及びます。それが神の御心、ご計画だということです。

 私たちは、変わらない愛で主なる神を愛せるでしょうか。私たちがどのような思いで主を信じ、愛しているか、主ご自身がよくご存じです。むしろ、私たちが信仰を失うことのないように、主が執り成し祈っていてくださいます。私たちの信仰は主の祈りに守られ、支えられているのです(ルカ22章31~32節参照)。

 ラハブはさらに、確かな証拠を求めました。そのことで、斥候は「我々の命をかけよう」(14節)と答えます。もしも、ラハブにその確証を与えなければ、無事にエリコの町を出ることは出来ないでしょう。だから、「命をかける」というのは、彼らの本気を示しているわけです。

 さらに、「我々をつり降ろした窓にこの真っ赤なひもを結び付けておきなさい。またあなたの父母、兄弟、一族を一人残らず家に集めておきなさい」(18節)と告げます。そのひものある家は攻撃の対象から外すということです。さながら、過越の出来事を思い起こさせる行為です(出エジプト記12章6,7,13節参照)。ラハブはすぐに、その赤いひもを窓に結び付けました(21節)。

 私たちに与えられる救いの確証とは、真理の御霊、聖霊です(エフェソ1章13~14節参照)。聖霊が、わたしたちが神の子であることを証ししてくださり、御国を受け継ぐ保障となってくださるのです。だから、主なる神を「アッバ、父よ」と呼び求めます(ローマ書8章15節、ガラテヤ書4章6節)。

 さらに、聖霊を通して、私たちの心に神のご愛が注がれます(ローマ5章5節)。御霊によって、すべてをありのまま受け入れる広い愛、すべての罪を赦し救う深い愛、いつまでも変わらない永遠の愛、そして、御国の栄光を示す清く高い愛を知り(エフェソ3章17節以下)、その愛をもって互いに愛し合いましょう。

 主よ、御子を信じる信仰によって私たちが神の子とされていること、その権威、その力を知り、またそのためにどんなに大きな愛を賜ったかを悟らせてください。そうして、私たちに委ねられている使命を自覚し、聖霊の力と愛を受けて、それをしっかり果たすことが出来ますように。 アーメン


 

1月16日(火) ヨシュア記1章

「ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。」 ヨシュア記1章7節

 今日からヨシュア記を読み始めます。ヨシュア記は、キリスト教の聖書では「歴史書」に位置づけられていますが、ヘブライ語聖書(マソラ本文)では、続く士師記、サムエル記、列王記と共に、「預言者」(ネビーム)の中に「前の預言者」として分類されます。

 聖書における預言の役割は、神に預かった言葉を告げることです。ヨシュア記が「預言者」の書であるのは、これから起こることを予め語っているからではなく、モーセを通じて神に与えられた「律法」(トーラー)、その教えを忠実に守るよう命じているからであり、イスラエルの民がその教えをいかに聞き、どう振る舞ったか、律法というものさしで評価しているからです。

 神学的には、ヨシュア記を創世記から申命記までの「五書」に加えて、「モーセ六書」とする立場もあります。アブラハムに対するカナンの地を与えるという約束(創世記12章)が本書において実現して、物語が完結していると考えるわけです。

 また、カナンの地での恵まれた生活を確かなものとするための最も重要な条件は、モーセの教えに忠実であることを教えていることから、本来、申命記の一部として読まれていて、正典を形成するために切り離されたと考える立場もあるそうです。

 1章には、モーセの後継者としてヨシュアが任命されたことについて、記されています。ヨシュアは「モーセの従者」(1節)と紹介されているように、レフィディムでのアマレクとの戦いを指揮する者として選出されて以来(出エジプト記17章9節)、忠実なモーセの僕として歩みました(同24章13節、32章17節、33章11節など)。

 メリバの水の一件でモーセが約束の地に入れないことになって(民数記20章1節以下、12節)、主なる神はヨシュアを後継者に任命されました(同27章12節以下、18節)。申命記でも、1章38節、3章28節、31章にそのことが記されていました。

 ここにあらためて、ヨシュアがモーセの後継者として立てられたのですが、当然のことながらヨシュアはモーセではありません。モーセに代わる、モーセと同様の指導者ということでもありません。

 モーセは主なる神に聴き、主に従う「主の僕」でした(申命記34章5節)。ヨシュアも勿論主の僕です。だから、冒頭の言葉(7節)で、主がヨシュアに対して「わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない」と命じておられるのです。

 ただ、ヨシュアはここでモーセの命じた律法に忠実に従うことが求められています。その意味では、ヨシュアはこれまで同様、これからも主の僕たるモーセの「従者」なのです。

 モーセは、モアブのピスガの頂から約束の地カナンの全域を見渡しました(申命記34章1,2節)。モーセの従者ヌンの子ヨシュアは、ヨルダン川を渡って約束の地を行き廻り、その地を領土とします(3,4節)。これは、アブラハムと結ばれた契約が成就することを意味します(創世記12章7節、15章18節以下参照)。

 主はヨシュアと共にいて、見放すことも、見捨てることもしないので(5節)、「強く、雄々しくあれ」(6節)と命じられます。それは、主が与えると誓われた土地を、民に継がせるためです。

 「強く、雄々しくあれ」というと、勇敢に力強く戦えという言葉遣いだと思われますが、しかし、冒頭の言葉(7節)では、律法を守り行うことに、強さ、雄々しさが求められています。また、ヨシュアに対するルベン、ガド、マナセの半部族の人々の応答で、ヨシュアに対してそれを求める言葉が語られます(18節)。

 この言葉は、申命記31章6,7節、ヨシュア記10章25節、歴代誌下32章7節にも見られます。これらを見て気づかされるのは、「主が共におられる」という言葉がその前後で語られていて、それは、イスラエルに代わって主なる神が戦われるということを示しているようです。ということは、「強く、雄々しくあれ」というのは、主に信頼し、その力により頼めという命令とみるべきでしょう。

 イスラエルが土地を勝ち取ることに、勇気や力は、それほど必要でないと言ってもよいかもしれません。というのは、繰り返し、土地を与えると語られているからです。「与える」(ナータン)という言葉が1章に8回、ヨシュア記全体で89回も用いられているところに、はっきりと示されています。そう語られる主の御言葉を、イスラエルの民は信頼し続けることが出来るでしょうか。

 荒れ野を旅する間、飢えや渇きが、イスラエルの民を御言葉からそらさせる力になることがありました。また、彼らの前に立ちはだかる敵が、神に背かせる力となりました。カナンの民が拝むバアルやアシェラという神々に惑わされたこともあります。

 主は、「律法を忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する」(7節、申命記5章32,33節)と言われ、続けて「この律法の書をあなたの口から放すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する」(8節、詩編1編2,3節)と約束されます。

 何事にもまず御言葉に聴き、そこから力を得て、まっすぐに歩む者とならせていただきましょう。

 主よ、あなたの教えを愛し、その導きに従って歩むことの出来る者は幸いです。主を信じ、御言葉に従って歩む者に、豊かな実を結ぶ人生をお与えくださるからです。常に主を畏れ、御言葉を愛する者とならせてください。御言葉に従い、右にも左にも曲がらず、まっすぐに歩ませてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

1月15日(月) 申命記34章

「主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。」 申命記34章5節

 申命記の最後に、「モーセの死」が報告されます。創世記から申命記までの5巻をモーセ五書と呼び、伝統的にモーセがその著者であるという考えが示されていますが、少なくとも申命記34章は、モーセが書けない文章です。明らかに、後代の人が申命記を編集して、この部分を書き記したわけです。

 死の直前、神はモーセをネボ山に登らせ、イスラエルの全地を見せられました(1節)。3章27節に語られていたこと、さらに、32章49節で主に告げられたを、ここで実行したわけです。

 現実には、標高800m程度のネボ山から、イスラエル全地を見渡すのは不可能です。オリブ山も標高は800mを超えているので、その西側のエルサレム(海抜754m)を見ることはできません。全地を見渡すことが出来たというのは、ネボ山に登ったからではなく、主がモーセにそれを見せられたからということでしょう。

 「ギレアド」はヨルダン川の東側、「ダン」、「ナフタリの全土」はイスラエルの北境、「エフライムとマナセの領土」はイスラエル中部、「ユダの全土」はイスラエル南部、「ネゲブ」はイスラエルの南境、「エリコの谷からツォアルまで」は、死海周辺のことです。これで確かに、イスラエルの全地を見渡したことになります。

 かつて主がアブラハムに「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える」と言われました(創世記13章14,15節)。

 モーセにすべての地を見せられたということは、それをモーセとその子孫に与えるということを表しています。4節で「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがそれを自分の目で見るようにした」と言われるのは、そのことです。

 けれども、モーセはそれを自分の所有にすることは出来ませんでした。そこに入ることが許されなかったのです。「あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない」(4節)と、最後の最後にもう一度、駄目押しをされています。

 そして、冒頭の言葉(5節)で、モーセの死が報告されます。それは、主のご命令によるものだったということですが、どのような最期だったのかは不明です。そのときモーセは「120歳であったが、目はかすまず、活力もうせてはいなかった」(7節)のです。

 その上、モーセを葬ったのが主ご自身で、その墓が「ベト・ペオルの近くのモアブの地にある谷」(3章29節:イスラエルの民が宿営していた場所近辺)にあるようですが、しかし、「今日に至るまで、だれも彼が葬られた場所を知らない」(6節)と言われます。ということは、モーセの死を見届けた者は誰もいないということになります。

 あらためて、なぜモーセは約束の地に入ることを許されなかったのでしょうか。それについて、「メリバの水」の出来事で、約束の地に入ることが出来ないということにされています(32章51節、民数記20章1節以下、12節)。

 それとは別に、1章37節に「主はあなたたちのゆえにわたしに対しても激しく憤って言われた。『あなたもそこに入ることはできない』」と記されていて、イスラエルの民の罪の連帯責任を取らされるかたちで、主がモーセに対して憤られ、ヨルダン川を渡ることが拒まれています。

 モーセは、ヨルダン川を渡りたいと考えていました。そう願いもしました(3章25節)。けれども、イスラエルの民の罪のゆえにその願いは聞かれませんでした(同26節)。メリバの水の出来事であれ、民の罪の連帯責任であれ、約束の地を目指して民を率いてきたモーセに対して、それはあまりに厳しいなさりようではないでしょうか。

 しかしながら、この情け容赦ない、少々理不尽ささえ感じる厳しい処置に対して、モーセ自身は全く抗弁してはいません。約束の地に入りたいと願いはしましたが、拒絶されてた後、神に文句を言ってはいません。悔しいと思わなかったのでしょうか。恨みに思わなかったのでしょうか。モーセが自分の思いをどのように処理したのか全く分かりませんが、ともかくも、主の命令を受け入れているのです。

 ここに、「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ書2章8節)という主イエスと同様の「苦難の僕」(イザヤ書53章4~6節など)の姿を示されます。主イエスこそ、何の落ち度もない、罪のない神の御子であられますが、神の命令に従い、私たちの罪を十字架に負って、30代の若さで死なれました。

 であれば、そのように主の命令に従うことは、モーセにとって、最高の喜びだったのではないかと教えられました。こうしてモーセは、「主の僕」としての生涯を全うし、主の命令に従って天に召されたのです(5節)。

 モーセは、神から与えられた掟と法を、民に守るよう教え(4章以下)、神との契約を更新しました(28章69節以下)。これからイスラエルの民は、モーセに従ってというのではなく、神の戒めに従って歩まなければなりません。それこそが、神の御心といってもよいでしょう。

 私たちにも、神の御言葉が与えられています。日々、主の御声に聴き従いましょう。そのため、悟る心、見る目、聞く耳が与えられるよう、絶えず祈り求めましょう。  

 主よ、あなたは御前に謙る者を高く引き上げてくださるお方です。徹底的に御言葉に従って歩み、約束の地に入る直前の死をさえ従順に受け入れたモーセのように、私たちもあなたを畏れ、あなたに信頼し、御言葉に従うことを喜びとする主の僕として歩むことが出来ますように。 アーメン

 

1月14日(日) 申命記33章

「レビのために彼は言った。あなたのトンミムとウリムを、あなたの慈しみに生きる者に授けてください。」 申命記33章8節

 33章には、「モーセの祝福」が記されています。これは、生涯を終えるに先立ってイスラエルの人々に与えたもので(1節)、まさにモーセの遺言といってもよいものでしょう。これについて、ヤコブが12人の子らを祝福した出来事(創世記49章)に、その先例を見ることが出来ます。

 祝福の言葉全体を一目見て、レビとヨセフをモーセが特別扱いしていることが分かります。語られている分量が明らかに違うからです。

 そのうち、ヨセフに対する祝福は、ヤコブの祝福を受けてのものといってもよいと思います。ヨセフの子エフライムから、ヌンの子ヨシュアがモーセの後継者として立てられました(民数記27章18節、13章8,16節)。ところが、レビについては、ヤコブとモーセは全く違います。

 ヤコブは「シメオンとレビは似た兄弟。彼らの剣は暴力の道具。わたしの魂よ、彼らの謀議に加わるな。わたしの心よ、彼らの仲間に連なるな。彼らは怒りのままに人を殺し、思うがままに雄牛の足の筋を切った。呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。わたしは彼らをヤコブの間にわけ、イスラエルの間に散らす」と言っていました(創世記49章5~7節)。

 このような呪いの言葉が語られたのは、妹ディナがヒビ人ハモルの子シケムに辱められたことに腹を立て、二人が策略を巡らしてシケムの町の男を皆殺しにし、町中を略奪するという事件を起こして、イスラエルを苦境に立たせたためです(同34章1節以下、30節)。

 シメオン族には嗣業の地が与えられず、ユダ族の嗣業の地の中で、17の町とそれに属する村を分けてもらっただけでした(ヨシュア記19章1節以下)。まさに「ヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」というヤコブの呪いの言葉どおりの結果になっているわけです。それそれを受けているのか、モーセの祝福には、シメオンに対する祝福が完全に抜け落ちてしまっています。

 となると、モーセがレビに与えた祝福の言葉は、まさに特別です。ヤコブの呪いが祝福に変えられています。そうされた理由は、モーセがレビ族の出だからなのでしょうか(出エジプト記2章1節以下、民数記26章57節以下)。モーセは、イスラエルの民をエジプトから導き出す指導者として、主なる神によって選ばれました(出エジプト記3章1節以下)。

 ただ、モーセが指導者として選ばれたのは、彼が有能だったからでも、雄弁だったからでもありません。エジプトの王女の養子とされるということもありましたが(出エジプト記2章10節)、エジプト人を殺害したかどでモーセはエジプトを逃げ出し、長年月、ミディアンで羊飼いをしていました(同2章11節以下)。

 それだからか、神の召しを受けたときに、「わたしは何者でしょう」(同3章11節)とモーセは言い、「わたしはもともと弁が立つ方ではありません」(同4章10節)、「だれかほかの人を見つけてお遣わしください」(同4章13節)と、なんとかしてそれを辞退しようとしました。

 しかるに神は、「わたしは必ずあなたと共にいる」(同3章12節)と言われ、「このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう」(同4章12節)と答えられています。つまり、神がモーセを指導者として立てたのは、彼の雄弁さや指導力を期待してのことではなかったわけです。

 ここに「神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力なものを選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです」(第一コリント1章27~29節)という原則が示されているように思います。

 つまり、レビは神に祝福を受ける資格を何も持っていません。むしろ、父から呪いを受けるような存在でしたが、神の憐れみにより、有力な者を辱めるために選び出され、神の聖所で務めを果たすという、大切な使命が与えられたのです。

 モーセは、冒頭の言葉(8節)で「あなたのトンミムとウリムを、あなたの慈しみに生きる者に授けてください」と言いました。「トンミムとウリム」とはどのようなものか、詳細は不明ですが、神意を悟るために用いるくじのようなものだったと考えられています。つまり、「トンミムとウリムを授けてください」という求めは、神の御心を知ることが出来るようにという祈りです。

 神の憐れみによって選ばれ、その慈しみの内を歩む彼らにとって、神の御心を知り、それを忠実に果たす以外に、彼らが生きる道はないのです。

 それは、主イエスによって選ばれた私たちも、同様です(ヨハネ15章16節)。主につながっていなければ、実を結ぶことは出来ません。農夫の手入れ、即ち神の助けがなければ、豊かな実りは期待出来ません(同15章1,5節)。私たちには、神の御旨を悟るために、神の御言葉(聖書)と聖霊が与えられています。

 日毎に主の御言葉を求め、主の御前に進みましょう。御言葉を通して神の御旨を知り、素直に聴き従うため、御霊の満たしと導きを祈り求めましょう。

 主よ、あなたはぶどうの木、私たちはその枝です。つながっていなければ、実を結ぶことは不可能です。豊かに実を結ぶことが出来るように、御言葉と御霊によって教え導いてください。それによって主の栄光が表されますように。 アーメン

 

1月13日(土) 申命記32章

「主は荒れ野で彼を見いだし、獣のほえる不毛の地でこれを見つけ、これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた。」 申命記32章10節

 31章30節以下の段落には、モーセがイスラエル全会衆に語り聞かせた「モーセの歌」(1~42節)が記されています。これは、主なる神がモーセに教えて書き留めさせ、イスラエルの人々に教えて、イスラエルの人々に対する証言とせよと言われていたものです(31章17節)。

 というのは、イスラエルの民が約束の地に入って満ち足りた生活をし始めると、主を侮り、その契約を破るであろうと予告されていて(同20節)、そこで彼らが災いと苦難に襲われるとき、この歌が彼らに対する証言となるのだと言われるのです(同21節)。

 この歌が、どのような節回しで歌われたのか、よく分かりません。けれども、「すべての言葉を心に留め、子どもたちに命じて、この律法の言葉をすべて忠実に守らせ」(46節)るために、歌にして思いを伝えるというのは、それが人々の記憶に留まる上で、有効な手段といってよいでしょう。

 この歌の内容は、なかなか厳しいものです。「主は岩、その御業は完全で、その道はことごとく正しい。真実の神で偽りなく、正しくてまっすぐな方」(4節)と主をたたえる一方、「不正を好む曲がった世代はしかし、神を離れ、その傷ゆえに、もはや神の子らではない。愚かで知恵のない民よ、これが主に向かって報いることか」(5,6節)と、不実なイスラエルの民をばっさりと切り捨てています。

 主が40年に亘り、イスラエルの民と共にシナイの荒れ野を旅されて、彼らの不平不満、ゆえなき反抗、不信をご覧になって来たからこその表現でしょう。モーセも31章27節で、「わたしはあなたがたがかたくなで背く者であることを知っている。わたしが今日、まだ共に生きているときでさえ、あなたたちは主に背いている。わたしが死んだあとは、なおさらであろう」と言っていました。

 だからといって、彼らを呪おうとしているわけではありません。9節に「主に割り当てられたのはその民、ヤコブが主に定められた嗣業」とあります。これは、日本には日本の神がおられ、中国には中国の神がおられ、そしてイスラエルにはイスラエルの神、主がおられるというような、そしてそれは、神々の会議において割り当てが決められたかのような表現です。

 ただ、イスラエルを割り当てられた主は、国々に嗣業の土地を分け、人の子らを割り振られた「いと高き神」(8節)、即ち天地万物の創造主なのです。

 一方、主なる神に割り当てられたイスラエルは、しかし、最高の民ということではありません。冒頭の言葉(10節)で「主は荒れ野で彼を見いだし、獣のほえる不毛の地でこれを見つけ」と言われるように、彼らは荒れ野を彷徨っていたような存在でした。

 イスラエルの民がエジプトの奴隷生活で呻き苦しんでいたのを、そのような言葉で表現しているのでしょう。また、荒れ野の生活で民が示した神への不信をそう言い表したということも出来そうです。

 つまり、イスラエルの民が優秀な民だから、嗣業の民とされたというのではなく、主の助けがなければ、エジプトの奴隷生活から逃れることができなかったでしょう。あるいはまた、そのまま荒れ野で滅びるほかないような存在だったというわけです(7章7,8節参照)。

 主はイスラエルの嘆きを聞かれ、その苦しみの様子を目に留められました。そして、モーセを遣わし、民をエジプトから救い出されました。荒れ野を旅する間、親がその子を守るように、彼らを「囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた」(10節)のです。

 また、神の民としてよき訓練も行われました。「鷲が巣を揺り動かし、雛の上を飛びかけり」(11節)というのは、雛の巣立ちを親鷲が促している様子でしょう。「羽を広げて捕らえ、翼に乗せて運ぶ」というのは、巣から飛び立った雛が上手く飛べなくて墜落しそうになるのを空中でキャッチし、巣まで運び上げて、再び飛び立つようチャレンジさせるということです。

 40年の荒れ野の生活は、イスラエルの民が神を信頼し、その導きに忠実に従うための訓練のときでした。しかしそれは、突き放したスパルタ式の訓練などではなく、まさに「御自分のひとみのように守る」という、注意深く慎重に配慮の行き届いたものだったのです。

 13節以下は、約束の地に入ってからの経験を歌っているものであるように見えますが、いずれにせよ、イスラエルの民は慈しみ深い神の憐れみに満ちた取り扱いを受けながら、「エシュルンはしかし、肥え太ると、かたくなになり、造り主なる神を捨て、救いの岩を侮った」(15節)と言われる振る舞いで、主を怒らせました。

 ここで、「エシュルン」とは、「正しい者」という意味ですが、イスラエルの愛称と考えられます(イザヤ書44章1,2節参照)。不実な民が正しい者となるようにという神の期待が込められた呼び名ではないでしょうか。しかしながら、彼らの歩みはその期待に応えるものではなかったわけです。

 モーセの執り成しがなければ、荒れ野で滅ぼされて当然の所業でした。そういう彼らが約束の地に入ることが出来るのは、神の恵み、神のイスラエルの民を思う真実のゆえです。それを忘れて恩知らずに主を怒らせるならば、災いと苦難に襲われるでしょう。二度と憐れみをかけて頂くことが出来なくなってしまうでしょう。

 にもかかわらず、イスラエルが「敵」に苦しめられているのを看過なさらず(26,27,36節参照)、かえって、敵に対して主が自ら報復されると言われます(35,43節)。イスラエルを滅ぼして民を捕囚としたバビロンが、主の立てたペルシア王キュロスの軍に打ち破られ、イスラエルの民がエルサレムに神殿を再建することが許されるのは、まさにこの主の言葉の成就でした。

 主の愛の深さ、憐れみの深さを思わせられます。イスラエルの民を荒れ野で「囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた」主は、「まどろむことなく、眠ることもない」(詩編121編4節)方であり、「憐れみ深く、恵みに冨、忍耐強く、慈しみは大きい」(同103編8節)と讃えられるべきお方です。

 主なる神が慈しみ豊かな、憐れみ深い方だからこそ、今日、私たちが主を神と信じて神の子とされる恵みに与らせて頂いているわけです。そうした神の恩寵を忘れず、御言葉を心に留め、忠実に聴き従う者にならせていただきたいと思います。

 主よ、罪の荒れ野を彷徨い、滅びを刈り取ろうとしていた私たちを見出し、救いの恵みに与らせてくださったことを感謝します。今も注意深く私たちを見守り、祈りに耳を傾けていてくださいます。共にいて助けてくださいます。主に信頼し、御言葉に従う者としてください。今日も御言葉を頂きます。導きに従ってまっすぐに歩ませてください。 アーメン

 


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