風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

今日の御言葉

9月20日(水) 出エジプト記20章

「わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。」 出エジプト記20章6節

 20章には、「十戒」と呼ばれる有名な規定が神から授けられるという記事が記されています。ここが出エジプト記の頂点であり、この十戒が神とイスラエルとの間で結ばれた契約の基盤になっていると言われます。

 旧約聖書の「約」は、契約の約、約束の約ですから、十戒が契約の基盤であるということは、言い換えれば、十戒は旧約聖書の基礎、基盤であるということもできます。十戒は、それほど大切なものなのです。

 まず1~2節で「神はこれらすべての言葉を告げられた。『わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である』」、と記されます。十戒は、神が直接に語りかけられたもの、神がお与えになったものであると言われています。人が考えたものではありません。

 そして、神の語りかけの最初の言葉は自己紹介です。「わたしは主、あなたの神。あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」と言われます。シナイ山においてイスラエルの民に十戒をお与えになる神は、彼らをエジプトの奴隷の苦しみから救い出されたお方です。決して、人間が考え出した架空の存在などではありません。

 イスラエルを苦しみから解放されたお方が、「わたしは主(=ヤハウェ)というものである、わたしがあなたの神である、あなたに恵みを与えよう」というご自分の意志を表明されているのです。即ち、私たちの神は、私たちの歴史に介入し、ご自分を啓示されます。私たちのために救いの御業をなさる神が、私たちにこの戒め、祝福の言葉をくださったのです。

 随分前のことですが、NHKの教育番組で、聖書学者が十戒にふれて、「あなたは~してはならない」という言葉を厳密に訳せば、「あなたは当然~しないであろう」、「~するはずがない」という表現になると言われました。神の恵みに与って感謝しているイスラエルの民は、当然神の教えに従うはずだ、背くはずがない。つまり、従って当然だというのです。

 つまり、戒めに従うかどうかの選択権は、イスラエルにはありません。従って当然なのです。けれどもそれは、いわゆる無理強いではありません。したくはないけど、恩を受けたから仕方ないというのではないのです。これは神の恵みに応える表現で、喜んでさせていただきたいという世界なのです。

 3節は、主なる神の他の異教の偶像を神として礼拝してはならないということ、4節は、主なる神の偶像を造ってはならないということ、そして5節は、その像を拝み、仕えてはならないということです。

 5節後半に「わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問う」と言われます。「三代、四代」ということは、子だけでなく、孫、ひ孫にまで影響があるということになります。

 古代イスラエル社会では、結婚すると親の家のすぐ近くに住みました。年老いた家長は、通常3~4世代を近くに住まわせ、自分の影響下におくことになります。もし家長が、異教の偶像を礼拝したり、主なる神の像を刻んで造らせるという不適切な信仰生活をすると、すべての家族が害を被ることになったのです。受けるべき恵みが受けられず、むしろ、罰を免れないことになってしまうからです。

 そして、冒頭の言葉(6節)が語られます。ここに「幾千代にも及ぶ慈しみを与える」と言われていますが、一世代を20~30年と考えると、幾千代というのは、少なく見積もっても2~3万年以上、10万年といってもよいような年数になるでしょう。

 80年生きられるかどうかという私にとって、それは想像することも困難な、殆ど無限に通じる長さです。私の死んだ後もずっと存在し続ける、まさに永遠の祝福です。

 その恵み、慈しみに与る条件は、「わたしは主、あなたの神」と言われる方を愛し、その戒めを守ることです。それは新約の時代を生きている私たちにとって、主イエスを信じ、主イエスと共に歩むことといっても良いでしょう。

 主イエスは、かつてイスラエルをエジプトの奴隷の家から解放されたように、私たちを罪の奴隷の家から解放してくださったお方です。神は、私たちのために独り子を購いの犠牲にされました。私たちが神を愛する前から、神は私たちを愛しておられました。

 私たちの呻き、私たちの嘆きを聞いて、そこから引き上げて下さいました。その方が、「わたしは主、あなたの神、わたしは熱情の神である」と言われます。口語訳は「熱情」を「妬む」と訳しておりました。妬むほどの熱い愛をもって私を愛しておられる方が、「わたしがあなたの神となろう」と言われます。

 主は、その教えを聴き、その御言葉に従って、子々孫々に及ぶ永遠の祝福に与るようにと、私たちを招いてくださっているのです。折ある毎に主の祈りをささげるように、十戒を口ずさんでみましょう。そこにたたえられている神の愛と慈しみを感じてみましょう。

 しかしながら、神から愛され、恵みを頂いたら、それに応えて神の御言葉に従うのは当たり前だというのは易しいことですが、現実には決して当たり前のことではありません。誰が、神の戒めを聴いた初めのときからずっと守ってきましたと、主イエスの前で胸を張って言うことができるでしょうか。

 するなと言われることを、してしまいます。せよと言われることを実行することが出来ません。戒めを守ることの出来る強い信仰、あらゆる誘惑にうち勝つ強い信仰をくださいと祈りますが、祈り終わった瞬間から、誘惑との戦いです。そしてなかなか、それに勝てません。

 弱いのが悪いのではありません。負けることが悪いのでもありません。神の助けを受けなくても勝てる強さ、神なしでも強く生きられる強さをもらおうというのが、どだい間違いなのです。

 土台が間違っていると、正しい建築はできないでしょう。私たちは神とつながっていなければ、実を結ぶことは出来ません。枝が幹から離れては、実を付けることは出来ないのです。神が味方になってくださればこその力です。

 神が共におられ、聖霊を通して私たちの人生を充実、実を結ぶようにしてくださるのです。絶えず祈れというのは、いつも神との交わり、主の御声を聴き、御言葉に応えるということです。瞬間瞬間神により頼み、瞬間瞬間御言葉を慕い求め、主の御言葉に耳を傾けましょう。

 主よ、幾千代にも及ぶ慈しみをもって祝福をお与えくださる主の御心が、この地にも行われますように。御心を行う道具として、教会を、私たちを用いてください。この地に主の御国が来ますように。そうして、すべての者があなたの御前に膝を屈め、すべての舌があなたの御名を褒め称えますように。 アーメン







9月19日(火) 出エジプト記19章

「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。」 出エジプト記19章5節

 1節に、イスラエルの民が「エジプトを出て三月目のその日に、シナイの荒れ野に到着した」とありますが、「三月目のその日」は、原文では「第三の新月」という言葉です。1月15日に出立していますので、第三の新月は、4月1日ということになります。

 彼等はレフィディムを出発してシナイの荒れ野に着き、山に向かって宿営しました(2節)。その山は、18節のシナイ山のことです。ただ、シナイ山の場所は諸説あります。その位置確認で最古のものは、紀元4世紀の修道士たちがジェベル・セルバルを選んでいました。

 しかし、6世紀中葉にユスティアヌス帝がジェベル・ムーサ(モーセの山の意)の麓に聖カタリナ修道院を創建して以来、ここがシナイ山であるとされ、それが今日の伝統的な位置となりました。頂上には石造りのチャペルが建てられています。

 その他にも、シナイ半島北部のジェベル・ハラル、あるいはアカバ湾の東、アラビア半島の山という説さえあります。そのように、神の律法を授けられた場所が確定出来ないのは、主なる神がそこを聖地とすることを望まれなかったということでしょう。つまり、どの国家にも属さない荒れ野の、人目から隠された場所において、神はイスラエルに律法を授けられたのです。 

 モーセが山を登って行くと、主なる神が彼に語りかけ、「ヤコブの家にこのように語り、イスラエルの人々に告げなさい」(3節)と言われました。そして先ず、「あなたたちは見た、わたしがエジプト人にしたこと、また、あなたたちを鷲の翼に乗せて、わたしのもとに連れて来たことを」(4節)と言われます。

 主がイスラエルの民をエジプトの奴隷の苦しみから解放し、そして、シナイ山のふもとまで連れて来たのを、あなたたちは見ただろうというのです。「鷲の翼に乗せて」(4節)と同様の表現が申命記32章11節にあり、「鷲が巣を揺り動かし、雛の上を飛びかけり、羽を広げて捕らえ、翼に乗せて運ぶように」と記されています。

 申命記では主なる神を、雛を養い育てる鷲に見立てています。巣を揺り動かし、雛の上を飛び翔って、自らの翼で飛び立つように促し、上手に飛べずに墜落しそうになるときは、雛の下でその羽を広げて受け止め、翼にのせて運ぶというのです。また、母鳥の大きな翼は、雛の避難場所で、その翼の下で雛を守ります。

 イスラエルの民は、気がついたらシナイ山の麓に宿営していて、ここに来るまで何の苦労もなかったというわけではありません。むしろ、飲み水がない、食べるものがない、外敵に襲われるなど、苦労の連続でしたが、どんな時にも神が彼らの避け所となり、恵みを与え、かくて無事シナイ山まで連れて来られたのです。

 その恵みを受けたのは、冒頭の言葉(5節)のとおり、イスラエルの民が主の御声に従い、その契約を守ることを通して、世界のすべての民の中で、神の宝となるためです。

 ここで神は、私たちのことを「わたしの宝」と呼んでくださいます。イザヤ書43章4節の、「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し云々」という言葉も、似たような消息を示していると思います。私たちが自分で自分のことを「神の宝」と主張したり、価高い存在と自惚れているのではありません。神がそのように言い表してくださるのです。

 この宝は、いつも宝箱に納められていたわけではありません。イスラエルの民は、エジプトの奴隷の家で苦しみ、呻き声を上げていました。神は民の苦しみに目を留め、その呻きを聞いて、救い出してくださったのです(3章7節)。

 それは、主イエスがルカ福音書15章のたとえ話を通して語られた、神の姿そのものです。神は、迷子になった一匹の羊を捜し回る羊飼いのように、なくした1枚の銀貨を捜す女のように、そして、親不孝の弟息子を待ち続け、ぼろぼろになって帰ってきたら最上のもので喜び祝う父親のように、そうするのが当たり前だといって、無限の愛をイスラエルの民に、そして私たちに注いでくださるのです。

 神が私たちを宝と言われるのは、宝箱に陳列しておくためではありません。神は、祭司の王国の聖なる民として、神と世界中の人々のために執り成し、そして、御言葉に聞き従うように語り広める使命を委ねるために選ばれました。「世界はすべてわたしのものである」と言われているのは、神の御心が全世界に伝えられるために、私たちが神によって選ばれたということなのです。

 主イエスが「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがを任命したのである」(ヨハネ福音書15章16節)と言われています。

 私たちを任命してくださった主の御言葉に耳を傾け、私たちに「せよ」と言われることを精一杯、心を込めて行いましょう。

 主よ、私たちは何者なので、御心に留めてくださったのですか。私たちが何者なので、これを顧みられるのですか。その限りないご愛のゆえに、ただただ驚くばかりです。心を尽くして感謝をささげ、喜びをもってその驚くべき御業を語り伝えます。聖霊の満たしと導きに、日々与らせてください。御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン





9月18日(月) 出エジプト記18章

「あなたのやり方は良くない。あなた自身も、あなたを訪ねて来る民も、きっと疲れ果ててしまうだろう。このやり方ではあなたの荷が重すぎて、一人では負いきれないからだ。」 出エジプト記18章17,18節

 モーセの舅、ミディアンの祭司エトロが、ツィポラと二人の息子を連れて、神の山に宿営しているモーセのもとにやって来ました(5節)。4章20節で、ツィポラたちはモーセと一緒にエジプトに下っており、いつ実家に帰っていたのか不明ですが、恐らくモーセが後顧の憂いなく働けるよう、ファラオとの対決の直前に実家に戻したのでしょう。

 モーセは舅に、主がイスラエルのためにファラオとエジプトに対してなされたすべてのこと、すなわち、彼らは途中であらゆる困難に遭遇したけれども、主が彼らを救い出されたということを語り聞かせると(8節)、舅は喜び(9節)、「主をたたえよ」(10節)と主なる神を褒め讃え、焼き尽くす献げ物といけにえを神にささげました(12節)。

 その賛美の中に「今、わたしは知った。彼らがイスラエルに向かって高慢にふるまったときにも、主はすべての神々にまさって偉大であったことを」(11節)という言葉があります。舅はミディアン人の祭司であり(2章21節、3章1節)、自分の民族の神に仕えていたのですが、「今、わたしは知った」と語っているとおり、確かにモーセの仕える神について、認識を新たにしたのでしょう。

 かつて、エジプトのファラオが主の名を聞いたとき、彼はその心を頑なにして、モーセの言葉に従おうとはしませんでした。その意味で、エトロは、モーセの語る主なる神の証しを受け入れ、礼拝した最初の外国人ということになるのかも知れません。

 ところで、7節に、「天幕に入った」と記されていますが、これは、モーセ個人のテントではなかったようです。というのは、エトロが主を賛美した後、焼き尽くす献げ物と生贄をささげ、そしてアロンとイスラエルの長老たちと一緒に、神の御前で食事をしていますが、前後の文脈から、彼らが天幕を出た形跡がないからです。

 つまり、この天幕は、神を礼拝する幕屋(移動式聖所)だったということです。しかしながら、神の幕屋が建てられるのはまだ後のことで(25章参照)、モーセの天幕が神の幕屋としての役割を果たしていたということなのでしょう。

 翌日、エトロは、座について民を裁くモーセの仕事振りを見て、問題があるのに気づきました。それは、モーセの裁決を求めて、民がモーセの前に朝から晩まで列をなしているということです(13節)。あまりにも多くの人が並んでいて、対応が追いつかないのです。

 エトロは冒頭の言葉(17,18節)の通り、「あなたのやり方は良くない。あなた自身も、あなたを訪ねて来る民も、きっと疲れ果ててしまうだろう」と忠告します。いかにモーセが神の選んだカリスマ指導者であっても、兵役に就く男子だけで60万人以上、女子どもに老人を加えると200万人にも及ぶイスラエルの民の身の上相談を、一人で裁けるはずがないからです。

 これは、さらにいくつかの問題を生み出します。一つは、モーセが一日中問題の処理に追われ、その結果、疲れ果ててしまうということです。二つ目は、順番を待っている民が無為な時間を過ごさなければならず、それが新たな不満の種になることです。

 さらに、少なくとも「イスラエルの長老」(12節)と呼ばれる部族ごとの指導者がいたにも拘らず、彼らが力を発揮する場所が与えられていないことです。これは、カリスマ的指導者が陥りやすい落とし穴です。私が一番上手だ、自分でやったほうが早いなどと言って自分一人で仕事を抱え込み、仕事を譲らない結果、全く効率の悪い組織になってしまうのです。

 「あなたのやり方は良くない」という言葉は、創世記2章18節の「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」という言葉を思い出させます。エトロは「民全員の中から、神を畏れる有能な人で、不正な利得を憎み、信頼に値する人物を選び、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長として民の上に立てなさい」(21節)と助言します。

 確かに、モーセでなければ出来ない課題もあったことでしょう。しかしながら、多くの問題は、こうして選ばれた有能な指導者たちによって迅速に処理されるようになり、民は大いに喜ぶはずです。モーセの負担も劇的に軽減出来るでしょう。有能な人々には、その力を存分に発揮する場が与えられます。

 モーセは舅エトロの言う通りにしました(24節以下)。それはさながら、主の言葉に聴き従うようなことです。主なる神は、ミディアン人の祭司エトロの洞察や判断力を用いて、神の民の指導者にその知恵を与え、神の民を整えるのを助けました。そうして、「神の山」でモーセが主なる神から特別な啓示を受け取る準備が整えられたのです。

 主よ、私たちは、頭であられる主イエスの命をもって贖われ、神の民に招き入れられた者です。主の御声に聴き従い、その使命を果たすことが出来ますように。そのときに、一人一人ばらばらというのではなくて、互いに「助ける者」として、持てる力を出し合い、キリストの体なる教会をしっかりと築き上げることが出来ますように。 アーメン







9月17日(日) 出エジプト記17章

「モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった。」 出エジプト記17章11節

 民は主の命令に従ってシンの荒れ野を出発し、レフィディムに宿営しますが、そこでは飲み水が得られませんでした(1節)。既にエジプトを出立してひと月以上が経過し(16章1節)、この後、約束の地にたどり着くのにどれだけの時間を必要としているのか分かりませんし、主の命令に従って進む民を、主は飲み水のないところに導かれたのです。

 民がモーセに「我々に飲み水を与えよ」(2節)と言うと、モーセは「なぜ、わたしと争うのか。なぜ、主を試すのか」(2節)と答えました。しかし、渇きの中にいる民は「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか」(3節)と不平を言います。かくて、旅路だけでなく、民の心も荒れ野になって行くのです。

 そこでモーセは民と論じ合うのをやめ、主を叫び求めました。それは、彼の命が危ういからです(4節)。主は「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる」(5,6節)と言われました。

 主はモーセに、不平の処理の仕方についてのアドバイスではなく、水の見つけ方を指示されたのです。モーセは指示に従って長老たちを連れ(5節)、ナイル川を打った杖(7章17,20節)でホレブの岩を打ち(6節)、水を出します。長老たちはその目撃者となりました。

 それは、「なぜ、主を試すのか」とモーセが言っていることから(2節)、彼らはモーセに水がないと文句を言っただけでなく、主は我々の間におられるのかと疑っていたからで(7節)、もしおられるなら、水を出すことが出来るだろうと言って、主を試したというのでしょう。それに対して主自ら、しるしをもって存在を示されたわけです。

 この奇跡を行ったのは、杖ではありませんし、モーセの力でもありません。ホレブの岩の上に立たれた主が、その岩から水を出されたのです(6節)。けれども、主はモーセ抜きでその奇跡を行われませんでした。さらに、御業のために岩をも用いられたのです。

 ホレブとは、モーセが十戒を授けられるシナイ山のこと、そして、レフィディムは「平原」という意味で、シナイ山の北西の平原を指します。主がホレブの岩の上に立たれるということは、シナイ山で主が行われることを予見させます。主は、ここで水を与えられたように、そこでモーセに律法を授けられるのです。

 そのとき、アマレク人が襲い掛かりました(8節)。モーセはヨシュアに「民の中から戦いに出られる男子を選び出し、出陣せよ」と命じ(9節)、ヨシュアはその通りにします(10節)。それは、愛する家族・同胞を守るための真剣な戦いです。

 一方、モーセとアロン、そしてフルは丘の頂に登りました(10節)。それは、高みの見物をするためではありません。冒頭の言葉(11節)に「モーセが手を上げている間」と記されており、これは、イスラエルの賛美、あるいは祈りの姿勢を表わしています。3人は、神に賛美と祈りを捧げるために丘の頂に登ったのです。その手には、「神の杖」が握られています(9節)。

 そこで、不思議なことが起こります。それは、モーセの手が上がっている間はイスラエル軍が優勢に戦いを進めるのですが、モーセの手が下がるとアマレク軍が優勢になるというのです(11節)。これをどう考えたらよいのでしょうか。

 これは、イスラエル軍の実力がアマレク軍に劣っているということです。祈りなしには、勝利を取ることが出来ないということです。そもそも、エジプトを脱出したイスラエルの民が十分に武装していたとは考えられません。だからこそ、モーセは祈りの手を上げ続けるのです。

 ヨシュアらの命がかかっているわけですから、祈りも真剣勝負です。しかし、モーセも齢80歳、一人で手を上げ続けることが出来ません。アロンとフルがその両側で彼の手を支えます。その故に、モーセの手はしっかりと挙げ続けられていました(12節)。

 ところで、この記事に登場してこなかった人々がいます。それは、戦いに参加していない高齢者や婦人、子どもたちです。彼らはそのとき、何をしていたのでしょうか。遊んでいたでしょうか。家事で忙しくしていたでしょうか。

 そうではないでしょう。ヨシュアに率いられた男たちが、アマレク軍と命懸けで戦っているのです。そしてそれは、自分たちを守るための戦いです。アマレク軍の優勢が伝えられるならば、「モーセ、何やってる」と野次を飛ばすというのではなく、神よ、イスラエルをお守りください、私たちのために戦ってくださいと、これまた真剣な祈りを捧げたのではないでしょうか。

 イスラエルの民はホレブの水を飲み、主が自分たちと共にいてくださることを知っていました。そのような民の祈りがモーセに力を与え、アロンとフルが彼の両手を支えているように、モーセの心をしっかりと支え続けたのだと思います。

 ここに、前線に出て戦っているヨシュアたち、それを背後で執り成すモーセ、その右腕としてモーセを支えるアロンとフル、さらにモーセの背後で祈りを捧げる民らが一つとなって、戦いに臨んでいる様子を見ることが出来ます。

 地上で二人が心を合わせて祈るなら、それを叶えてあげようと約束された主は(マタイ福音書18章19節)、こうした一致の祈りに応えて、イスラエルに勝利をお与えくださったのです。

 また、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」(同18章20節)と主イエスが言われました。私たちと共におられ、一致の祈り願いをかなえてくださる主に向かい、皆で心を合わせ、一つになって祈りと願いを献げましょう。静岡、東海地方、全日本のリバイバルを願って!

 主よ、私たちはこの世にあって無力な存在です。しかし、私たちと共におられる主が私たちのために立ち上がってくださるなら、どのような戦いにも勝利することが出来ます。御名の故に、栄光を主がおとりくださいますように。この地に御業が行われますように。そのために、私たちを用いてくださいますように。そうして、御名を崇めさせてください。 アーメン






9月16日(土) 出エジプト記16章

「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる。民は出て行って、毎日必要な分だけ集める。わたしは、彼らがわたしの指示どおりにするかどうかを試す。」 出エジプト記16章4節

 「エジプトを出た年の第二の月の15日」(1節)、それは、エジプトを脱出して30日後のことです(12章参照)。イスラエルの民は、12の泉と70本のナツメヤシが茂るエリム(15章27節)を出発してシンの荒れ野に入ると(2節)、モーセとアロンに対して「あなたたちは我々をこの荒野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている」(3節)と不平を述べ立てます。

 「シンの荒れ野」とは、英語で「the wilderness of Sin」と書き、SINとは英語で「罪」という意味ですから、英語的には「罪の荒野」ということになってしまいますが、当然ヘブライ語の「シン」に罪という意味はありません。月の神シンに由来する名前と考えられています。

 民がモーセらに不平を述べたのは、シナイの荒れ野を一ヶ月間旅を続けて来て、エジプトから持って出た食糧が底をつき、明日から何を食べればよいのか分からないという事態になったからでしょう。マラの水の問題に続いて、これも大問題です。不平を言うのは、至極当然とも考えられます。

 民はモーセたちに対して、エジプトを脱出させてくれたことは感謝に価するけれども、この荒れ野でどのようにして飲み水や食べ物を確保するつもりなのか、その計画を示せ。まさか、計画なしに事に及んだわけではあるまい。もし示せないようなら、荒れ野で飢え死にするより、エジプトに戻ってパンと肉を食べて生きる方がよいという思いを、ここに訴えているわけです。

 しかしながら、彼らはマラの苦い水を甘い水に変えて頂いたという事実(15章25節)、力を与えられて御言葉に聞き従って歩んだとき、エリムというオアシスに到着したという事実(同26,27節)を忘れています。

 確かに、思い出で腹を満たすことは出来ません。しかし、ここで「主はわたしの力、わたしの歌、主はわたしの救いとなってくださった」(同2節)と自ら歌った主への信仰を思い出すべきです。どんなときにもどんな場所でも、民を力づけ、救い出し、歌を歌わせてくださるのです。

 主はそのような民に対して冒頭の言葉(4節)のとおり「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる」と告げられました。それは、イスラエルの民が、彼らをエジプトから導き出された主を知り(6節)、彼らの嘆きを聞いて食料を用意される主の栄光を見るためです(7節)。

 その言葉のとおり、朝、宿営の周りに露が降り、その露が蒸発すると、霜のようなものが薄く残ります(13,14節)。それが、主が荒れ野を旅する民のために食物として与えられたパンでした(15節)。

 これは、不思議なパンです。このパンは「マナ」と名付けられます(31節)。「これは一体何だろう」(マン・フー:15節)がその語源と考えられています。民は毎朝、必要な分のマナを集めることが出来ました(18節)。しかし、たくさん集めて翌日の分としてとっておくと、虫がついて臭くなります(20節)。また、日が高くなると溶けてしまいます(21節)。

 ところが、六日目だけはいつもの2倍の量を集めることが出来(22節)、翌日まで残しておいても臭くならず、虫もつきません(24節)。それは、七日目が休息の日、主の聖なる安息日だからという説明がなされています(23節)。十戒で安息日が定められるのは、20章の記事になってからですが、それを前提として、予め安息日を守るための対策がなされていたというところです。

 冒頭の言葉で主は、「わたしは、彼らがわたしの指示どおりにするかどうかを試す」と言われていました。そのことで、「あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ」と命じられ(16節)、「だれもそれを、翌朝まで残しておいてはならない」(19節)と言われますが、聞かずに翌朝まで残しておく者が出ます(20節)。

 また、「今日は主の安息日である。今日は何も野に見つからないであろう」(25節)と言われますが、七日目に集めに出る者がいます(27節)。見事に、主を信頼し、その御言葉に忠実に従うという試験に失敗しています。

 そこで、「あなたたちは、いつまでわたしの戒めと教えを拒み続けて、守らないのか」(28節)と叱られ、「よくわきまえなさい。主があなたたちに安息日を与えたことを」(29節)と言われて、安息日の守り方を具体的に指導されました。

 それは、安息日には何もしないようにということを徹底するためなどではありません。民が主に信頼して御言葉に注意深く耳を傾け、御心を行う者となるようにするためです。

 主イエスが悪魔の試みに遭われたとき、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ福音書4章4節)という言葉で、誘惑を退けられました。

 これは、「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」という申命記8章3節からの引用です。

 主は、日毎の糧を私たちにお与えくださいます。ゆえに、日毎の必要のみを求めるのではなく、日毎の必要を満たしてくださる主に信頼するよう、期待されています。主は、その御言葉をもって私たちのすべての必要を満たしてくださるのです。「光あれ」(創世記1章3節)と言われると、そのとおりになりました。パンを与えると言われると、その通りになったのです。

 主を信じ、しっかりとその御言葉に耳を傾けましょう。

 主よ、弱い私たちを顧み、絶えず憐れみと慈しみをもって導いてくださり、感謝します。私たちの日常生活のあらゆる必要を満たしてくださる主に信頼し、御言葉に聴き従う生活を通して、主の愛と恵みの証し人とならせてください。 アーメン






9月15日(金) 出エジプト記15章

「モーセが主に向かって叫ぶと、主は彼に一本の木を示された。その木を水に投げ込むと、水は甘くなった。その所で主は彼に掟と法とを与えられ、またその所で彼を試みて」 出エジプト記15章25節

 葦の海を通ってエジプトの軍勢から救われたイスラエルの民は、心から主を賛美します(1節以下)。2節に、「主はわたしの力、わたしの歌、主はわたしの救いとなってくださった」と詠われていますが、これは、詩編118編14節やイザヤ書12章2節にも、同じ賛美の言葉が記されています。

 まず、「主はわたしの力」とは、主が私と共におられて力となってくださるということであり、主が味方してくださったということを言い表しています(ローマ書8章31節)。それは、聖霊に満たされ、力を受けることと言ってもよいでしょう(使徒言行録1章8節)。

 次に、「主はわたしの歌」とは、主が歌を授けてくださったということですが、主は「イスラエルの賛美を受ける方」(詩編22編4節)であり、口も利けないほどに圧迫されていた者に、主を賛美する歌を歌えるようにしてくださったということでしょう。使徒言行録3章には、生まれつき歩くことの出来なかった者が踊りながら神を賛美するようになったという記事があります。

 エフェソ書5章18,19節に「霊に満たされ、詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい」と言われていますが、聖霊が、お互いに語り合う歌、そして主へのほめ歌をお与えくださるということです。

 それから、「主はわたしの救い」とは、彼らが主によってエジプトの苦しみから救われたことを言うのですが、上記のとおり、詩編やイザヤ書にも同じ歌が歌われるということは、主なる神がイスラエルの民を様々な苦しみから解放し、繰り返し救いを与えられるという経験をしたこと、それにより、主はどんな時にも救いをお与えくださるお方であるという信仰表明の言葉になっています。

 過越という災いによってエジプトを脱出し、葦の海の奇跡によってエジプト軍から救われ、歓喜の歌を歌ったイスラエルの民は、意気揚々とシナイ山への旅を進めます。けれども、そこに一つの問題が生じました。それは、3日間、飲み水が得られなかったということです(22節)。

 そして、マラで泉を見つけましたが、その水は苦くて飲めませんでした(23節)。そもそも、「マラ」とは、苦い、苦しいという意味なのです。ルツ記1章20節の「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください」と言っているのも、この「マラ」です。

 飲み水がなくて不満がたまっているところに、見つけた水が苦くて飲めないということですから、当然のように民は「何を飲んだらよいのか」と不平を言います(24節)。イスラエルの民はシナイの荒れ野で40年を過ごします。水の問題は、決して小さな問題ではありません。

 このとき、民は「主はわたしの力、わたしの歌、わたしの救い」と歌うことを忘れています。文句を言うのが当たり前ということになっているのです。なかなか、「どんなことにも感謝する」(第一テサロニケ1章18節)ということが出来ません。

 つまり、力も歌もそして救いも、イスラエルの民自身が所有しているのではなくて、まさに主こそが「力であり、歌であり、救い」なのです。主とつながっていなければ、何も出来ないわけです(ヨハネ福音書15章5節)。

 モーセが主に助けを求めて叫ぶと、主は一本の木を示されました。モーセがそれを取って水に投げ込むと、なんと苦い水が甘くなりました(25節)。飲み水が与えられました。飲めなかった水が飲めるようになったのです。民はようやく一息つくことが出来たのです。

 中世以来、主が示されたという「一本の木」は、キリストの十字架を象徴するものだと解釈されて来ました。それを仄めかす言葉があるわけでもありませんが、歩けなかった者を力づけて立たせてくださる主、物の言えなかった者に歌を賜る主は、私たちのために十字架で死んでくださった主であり、その死を打ち破って三日目に甦られた主です。

 苦しみを喜びに変えてくださる主を自分の人生にお迎えするという意味で、木を十字架と解釈することは意義のあることでしょう。

 そして、民は「掟と法を与えられ」(25節)、主の御声に聞き従って歩むと(26節)、12の泉があり、70本のなつめやしの茂るはエリムに到着しました。これは、主イエスがヨハネ福音書7章38節で語られた、聖霊の恵みを示しているようです。イスラエルの民は、荒れ野の苦しみを経て御言葉に聞き従うことを学び、そうして霊の豊かな恵みに導き入れられたのです。

 主よ、私たちの人生のいたるところにマラの泉があります。否、私の心の内にマラがあります。しかし主の十字架が示されるとき、マラがナオミとされること、主が私の力、私の歌、私の救いとなられたと歌うことが出来るようにしてくださることを、心から感謝します。 アーメン





9月14日(木) 出エジプト記14章

「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と永久に彼らを見ることはない。」 出エジプト記14章13節

 イスラエルの民は、追い立てられるようにしてエジプトを脱出し、葦の海に通じる荒れ野に出ました(13章18節)。総勢2百万人とも推定されるイスラエルの民が、モーセに導かれてピ・ハヒロトの傍ら、バアル・ツェフォンの向かいで宿営します(2節)。

 とてつもなく大きなキャンプだったことでしょう。一方、ファラオはもう一度頑迷になって、イスラエルの民を解放して去らせたことを後悔し、自ら軍勢を指揮して民の後を追います(5節以下)。そして、バアル・ツェフォンの手前に宿営しているイスラエルの民を見つけました(9節)。

 イスラエルの民は葦の海を前に、追って来たエジプト軍になす術なく、モーセに向かって、「我々を連れ出したのは、エジプトに墓がないからですか。荒れ野で死なせるためですか」(11節以下)と文句を言います。

 これはちょうど、ガリラヤの海で嵐に遭遇したとき、その舟の中で眠っておられた主イエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と訴えたのに似ています(マルコ福音書4章35節以下38節)。絶体絶命の危機の中で、そう叫び訴えるほかなかったのです。

 そのときモーセは、冒頭の言葉(13節)のとおり、「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と永久に彼らを見ることはない」と言い、続けて、「主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい」(14節)と語りました。

 モーセは、この危機的な状況を造られたのが神であることを承知していました。イスラエルの民は、約束の地カナンへ、近道のペリシテ街道ではなく、シナイ半島を南下するという迂回ルートを進むのです。それは、ペリシテ街道には国境守備隊が配置されていて、戦いを構えるようなことになれば、民は恐れをなしてエジプトに帰ろうとするかも知れないからです(13章17節)。

 けれども、スコトからまっすぐ南下してシナイ山を目指したのではなく、「引き返して」(2節)の言葉どおり、一旦北上して「ミグドルと海との間のピ・ハヒロトの手前で宿営」(2節)しました。それは、ファラオが、イスラエルは荒れ野で道に迷ったと思い込み(3節)、後を追うようにさせられるためでした(4節)。

 主なる神がそのようにされたのは、イスラエルの民を解放するためというのではありません。ファラオとその全軍を打ち破って栄光を現し、エジプト人打ち破って栄光を表わし、エジプト人に主が神であることを知らしめると、主が告げられました(4節、18節も参照)。

 とはいえ、「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」(13節)、「主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい」(14節)と語ったモーセも、実は、心中穏やかではなかったようです。主がモーセに「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか」(15節)と言われているからです。

 ただ、海に行く手を阻まれ、後ろに敵の軍勢が迫って来ているという状況を見て、神を信じているとはいえ、いったい誰が叫ばずにいられるでしょうか。というのも、その場所に導かれたのは、主なる神なのです。むしろ、主を信じているからこそ、その絶体絶命の状況の中で「神様、助けて!」と叫ぶのだと思います。

 主は、「イスラエルの人々に命じて出発させなさい」(15節)と言われました。それは、前に横たわる葦の海に向かっての出発です。神は、イスラエルに戦いを命じてはおられません。エジプト軍に打ち勝つことが目的ではなく、イスラエルが神に徹底的に従うことを求めておられるのです。そのとき、神が勝利をお取りになるのです。

 神はモーセに杖を高く上げ、手を海に差し伸べるように言われます(16節)。その通りにすると、激しい風が東から吹いて海を二つに分け、民は乾いた地を進むことが出来ました(16,21,22節)。分かれた水が、イスラエルの人々の左右に壁のようになっています(22節)。

 その後をエジプト軍が追って、海の中に入って来ました(23節)。「ファラオの馬、戦車、騎兵がことごとく」(23節)というのですから、エジプトの全軍がイスラエル追跡に動員されたということです。主はそれを見て、エジプト軍をかき乱し(24節)、戦車の車輪を外して進みにくくされました(25節)。

 このときエジプト人が「イスラエルの前から退却しよう。主が彼らのためにエジプトと戦っておられる」(25節)と言います。それを聞いた主がモーセに、「海に向かって手をさしのべなさい。水がエジプト軍の上に、戦車、騎兵の上に流れ変えるであろう」(26節)と言われます。

 モーセがそのようにすると、海は元通りになり、主は逃げようとするエジプト軍を海の中に投げ込まれました(27節)。28節に、ファラオの全軍で生き残った者は一人もなかったと報告されています。これはまさに、主を信じて行動したイスラエルのために、主ご自身が戦われたということです。

 「まことに、イスラエルの聖なる方、わが主なる神は、こう言われた。『お前たちは、立ち返って、静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある』と」(イザヤ書30章15節)。

 主よ、あなたを信じます。不信仰な私を憐れんでください。力のない私を支えてください。知恵のない私に知恵を授けてください。聞き分ける耳を、見分ける目を、そして深く悟る心をお与えください。何よりも、主よ、あなたを畏れる心をお授けください。御心がこの地になされますように。栄光が世々限りなくあなたにありますように。 アーメン


9月13日(水) 出エジプト記13章

「すべての初子を聖別してわたしにささげよ。イスラエルの人々の間で初めに胎を開く者はすべて、人であれ家畜であれ、わたしのものである。」 出エジプト記13章2節

 13章には、初子の奉献と除酵祭についての詳しい記述があります。冒頭の言葉(2節)に「すべての初子を聖別してわたしにささげよ」という神の命令があり、11~16節にささげ方が記されています。人間とロバ以外のものは殺してささげ、ロバの初子は小羊をもって贖わねばならないと言われています。ロバは神によって汚れた動物とされており、ささげものに適さなかったからです。

 人間の初子の贖い代はここには記されておりません。初子が与えられるのは、家系が途絶えないという神の祝福です。その初子をささげるのは、すべてが神のものであることを意味します。出エジプト記4章22節で、『イスラエルはわたしの子、わたしの長子である』と言われています。

 神は、エジプトの最後の災いとして、国中のすべての初子を撃たれました(出エジプト記12章)。人も家畜もです。死人が出なかった家は一件もなかったと記されています。しかし、イスラエルの家はこの災いがパス・オーバー=過ぎ越しました。

 イスラエルの家をエジプト人のものと区別するために神は予め、小羊の血を入り口の柱と鴨居に塗らせました。そのために、1歳の雄の小羊が犠牲となりました。初子の贖い代として小羊がささげられたと考えることが出来ます。

 次いで、除酵祭です(3~10節)。7日の間酵母を除いたパンを食べて過ごします(3,6節)。酵母を入れなかったら、柔らかなパンは出来ず、美味しいものではなかったでしょう。スープか何かに浸さなければ食べられなかったかも知れません(マルコ14章20節、ヨハネ13章26節参照)。

 そのようなパンを食べるように言われているのは、イスラエルの民がエジプトを出るとき、ぐずぐずしていることは出来なかったし、道中の食糧を用意する暇もありませんでした(12章32節)。そこで彼らは酵母を入れないパン菓子を焼いて食べたのです。除酵祭を7日間にわたって守るのは、イスラエルが神によって救い出された日のことを記念するためです。

 この除酵祭の記述が初子奉献の記事に挟まれているのは、「主がわたしのために行われたこと」(8節)、「主が力強い御手をもって、あなたをエジプトから導き出された」(9節)という救いの決定的な出来事とは、エジプトの初子を死に到らせる力がイスラエルの家を過ぎ越したということであるという証しです。

 神による救いの出来事を祭として記念するというのは、救われる以前の生活を思い出し、また、どのような出来事を通して救われたのかを思い出すことです。奴隷の生活をしていたイスラエルの民が苦しみ呻いた呻きを神が聞かれ、過ぎ越しの出来事を通してエジプトから救いだしてくださったのです。そして、最後まで神の御言葉に耳を貸さなかったエジプトには大きな災いが下りました。

 記念とは、昔そんなことがあったということを、懐かしむことではありません。もともとイスラエルには、過去、現在、未来という時間概念はありません。ヘブライ語にはそのような時制がありません。完了形と未完了形があるだけです。既にあることが起こってその状態が継続しているか、まだ起こっていないかです。

 ですから、過越祭、除酵祭を守るのは、かつて救いの御業がおこり、今その恵みの中にあり、これからも救いの業がおこり続けるという信仰の表明なのです。確かにイスラエルは、歴史の中で何度も国難を経験しましたが、その都度、神はイスラエルを救い出されました。

 もう一つのことも示されます。イスラエルの家の初子が救われるのは、初子自身の信仰はなく、何より親の信仰です。親が御言葉を信じて忠実に従ったからこそ、つまり、御言葉どおり小羊を屠り、その血を門の柱と鴨居に塗ったからこそです。

 そうしなければ、イスラエルの家といえども、災いが過ぎ越すことはなかったでしょう。これは、親の信仰によって子どもが救われることがあると教えていないでしょうか。

 ソロモン王が祈りの中で「あなたの僕、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました」(列王記上3章6節)と言っています。

 つまり、自分が王になることができたのは、父ダビデが忠実で憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、神がその豊かな慈しみを父のみならず、その子にも絶やすことなく示されたからだと言っているわけです。

 口語訳では「この大いなる慈しみをたくわえて、今日、彼の位に座する子を授けられました」とあります。「絶やすことなく示されて」を「たくわえて」と訳してあるわけです。原語は「シャーマル:守る、見張る、気をつける」という言葉です。

 父に与えられる慈しみの分が蓄えられて子どもに授けられる。そうであれば、なんと素晴らしいことでしょう。愛する子どもたちのために、ダビデのごとく、「忠実に、憐れみ深く正しい心をもって」神の御前を歩みましょう。

 この「忠実に、憐れみ深く正しい心」(ベ・エメト・ヴ・ビ・ツェダカー・ヴ・ベ・イェシュラト・レーバブ:in truth,in righteousness, and in uprightness of heart)とは、主イエスの心ではないでしょうか。

 私たちはその心を持っていると胸を張ることは出来ませんが、主が私たちの心にお住まいくださっているので、主イエスにあって私たちの心にもそれがあると言わせて頂くことは出来るでしょう。主を信じ、主と共に歩ませていただきましょう。

 私たちは、神の初子イエス・キリストの受難、十字架の死を通して贖われ、神のものとされました。この主の死と復活を祝うイースター、主の晩餐式、そして毎週の主日礼拝(日曜礼拝)を通して、救いの御業を記念し続けています。神の御業が今も起こされ続けていることを証しています。これからも起こされ続けていくでしょう。

 何故そのようなことをするのかと子どもから尋ねられたら、主イエスの受難を通して、救いの業がなされ、自分もその恵みに与った、そして、子どもたちもその恵みを受けるためだと教えましょう。

 エジプトの奴隷となって苦しみ嘆くイスラエルの声を主なる神が聞かれたように、主は御言葉に従って祈る私たちの祈りに耳を傾け、その求めをかなえてくださいます。私たちの内にあって、真実と正しさと真心をもって導いてくださる主の御前に謙り、その御言葉に聴き従う者となりましょう。

 主よ、どうか私たちを大いに祝福してください。私たちの領土を広げてください。御手が私たちと共にありますように。災いから私たちを守り、私たちが苦しむことのないようにしてください。私たちの祈りをかなえてくださる主の恵みを感謝します。御名があがめられますように。 アーメン





9月12日(火) 出エジプト記12章

「この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。」 出エジプト記12章14節

 主なる神は、エジプトに最後の災いを下すと宣告されましたが(11章参照)、モーセとアロンに、「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい」(2節)と言われました。エジプトからの脱出を記念して、その月を正月とするということです。

 なお、正月については、大贖罪日が7月で、直後に仮庵祭が行われることなどから、もともとイスラエルでは秋に正月を祝っていて、後にメソポタミアの暦に倣って春に移されたと考えられています。その時期については、①アハズの時代(紀元前744~729年)、②エホヤキムの時代(前608~598年)、エルサレム滅亡後(前587年以降)など諸説あります。

 主は、正月14日の夜に最後の災いを下すことを決め、4日前の正月10日には小羊を調達しておくこと(3節)、14日当日は夕暮れに小羊を屠り(6節)、その血を入り口の二本の柱と鴨居に塗り(7節)、そしてその夜、小羊の肉を焼き、酵母を入れないパンと苦菜を添えて食べること(8節)、そのときには、腰に帯を締め、靴を履き、杖を手にして急いで食べよと指示されます(11節)。

 それは、エジプト人にせきたてられるまま、ファラオの気が変わらないうちに出立しなければならないからです。イスラエルの民は、主が命じられたとおりに行いました(28節)。

 真夜中になって、主がすべての初子を撃たれたので、大いなる叫びが国中に起こりました(29,30節)。しかしながら、ゴシェンのイスラエルの民の家には災いが起こりませんでした。小羊の血がしるしとなって、主はその家をパス・オーバー=過越したのです(13,27節)。

 ファラオはモーセたちを呼び出し、「さあ、わたしの民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい」と言います(31,32節)。

 この言葉は、ただ礼拝しに行くことだけを許可したということではなく、帰国をも許す表現でしょう。エジプト人はイスラエルの民の望むままに金銀の装飾品や衣類を与えて、急いで国を去らせようとしました(33節以下)。そうしなければ、初子を失うだけでなく、みんな死んでしまうと思ったからです。

 イスラエルの民は、ヤコブの家族70人がエジプトに下って来てから(1章1節以下5節、創世記46章)、430年ぶりにエジプトを去り、故郷を目指します(40節)。彼らは、430年の間に、壮年男子だけでおよそ60万人になっていました(37節)。ということは、女性に子ども、老人を加えると、200万人にもなっているということでしょう。

 エジプト人はじめ異邦人との混血を繰り返したとしても、にわかには信じがたい、およそ考えられない数です。ところが、確かにこれは、神がイスラエルを祝福しておられたという証拠です(1章7,12,20節参照)。

 イスラエルの民は、エジプトの奴隷の苦しみから解放され、神の民イスラエルとしての歩みを始めました。冒頭の言葉(14節)のとおり、そのことを毎年記念するように命じられているのは(17,24,25節も参照)、この出来事が神の民イスラエルの原点となったからです。

 神はこの出来事を「主の過越」(11節)と呼ばれました。そこから、この出来事を記念して祝うこの祭りを「過越祭」(43節)と呼びます。私たちキリスト教徒はこの日を、キリストの受難と復活を祝うイースターとして大切に守っています。主イエスが、過越祭のときに十字架につけられ、そして、三日目に甦られたからです。

 洗礼者ヨハネが主イエスを「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と言いました(ヨハネ福音書1章29節)。それはヨハネが主イエスを主の過越に屠られる小羊に見立て、キリストの十字架の血によって、私たちに下されるべき罪の呪いがパス・オーバー=過越されたと語っているのです。

 命ぜられるまでもなく、キリストの十字架の贖いによって救いの恵みに与ったことを、代々にわたり不変の定めとして祝い続けましょう。

 主よ、あなたはエジプトの奴隷であったイスラエルの民を贖い出して御自分の民とされたように、罪に縛られていた私たちを贖い、神の民としてくださいました。そのために、御子キリストが十字架で死に、贖いの御業を成し遂げてくださったことを心から感謝致します。主の救いに与った者として、その恵みを喜んで証しするものとならせてください。 アーメン
 




9月11日(月) 出エジプト記11章

「わたしは、なおもう一つの災いをファラオとエジプトにくだす。その後、王はあなたたちをここから去らせる。いや、そのときには、あなたたちを一人残らずここから追い出す。」 出エジプト記11章1節

 これまで、杖のしるしに始まって(7章8節以下)、9つの災いが繰り返されて来ました。けれども、ファラオは民を去らせることを受け入れることが出来ません(10章27節)。ファラオは、「二度とわたしの前に姿を見せないように気をつけよ。今度会ったら、生かしてはおかない」(同28節)と言いました。

 モーセも「よくぞ仰せになりました。二度とお会いしようとは思いません」(同)と応じて、もうファラオとの交渉は終わりにしようと思ったのでしょう。しかし、エジプトに下る災いは、これで終わりではありませんでした。もう一つの災いが残されていたのです。そしてそれは、エジプトにとって大変厳しいものでした。

 冒頭の言葉(1節)で、「災い」(ネガー)という言葉は、出エジプト記には最初で最後の登場ですが、レビ記13,14章に多く用いられています。これは「疾病、打ち傷」という言葉で、レビ記では「症状、患部、患者」などと訳されています。

 ということは、エジプトに下される最後の災いが、疾病や打ち傷といった類のものであることを示す用語法です。主がエジプトを打つ最後の災いが大変厳しいものなので、ファラオは彼らを去らせる決断をせざるを得ない、否、一人残らず、一刻も早く追い出さなければならない事態になるということです。

 一方、神はイスラエルの民のために「あなたは民に告げ、男も女もそれぞれ隣人から金銀の装飾品を求めさせるがよい」(2節)と言われました。これは既に、3章21,22節に語られていたことです。

 繰り返し下される災いによって、エジプトの民はイスラエルの主なる神に恐れを抱くようになっていたでしょう。それで、イスラエルの民の要求に応えざるを得ない空気が生まれていたということもありましょう。

 その上、主なる神は「エジプト人の好意を得させるようにされ」(3節)ました。喜んで差し上げますという具合です。モーセについては、「ファラオの家臣や民に大いに尊敬を受けていた」(3節)とさえ記されています。

 何が、異邦の指導者に対して尊敬という感情を起こさせたのでしょうか。それは、エジプト中に災いが起こされて、民が苦しんでいるのに、そこに目を留めないで、一人心頑なになっているファラオに対する憤りや失望を背景に、おのが民を奴隷の苦しみから解放しようとして行動するモーセを支持する思いになったのではないでしょうか。

 かくて、ファラオを除くエジプトの民は、主なる神を畏れ、モーセとイスラエルの民に好意を持つようになっているのに、ファラオが一人だけ、いよいよ頑迷になっているわけです。そして悪いことに、そのファラオの頑迷さがエジプトの運命の鍵を握っているのです。その結果、最後の災いがエジプトに臨みます。

 10章1節に「彼(ファラオ)とその家臣の心を頑迷にしたのはわたし自身である」とあり、それで最後の災いがエジプトに臨むことになったのだとすると、その段階でこの災いを下すことにしておられ、ファラオと家臣たちが心を変えて裁きを免れることがないようにされたということなのでしょう。

 主がモーセに告げられたのは、「真夜中ごろ、わたしはエジプトの中を進む。そのとき、エジプトの国中の初子は皆、死ぬ。王座に座しているファラオの初子から、石臼を引く女奴隷の初子まで。また家畜の初子のすべて死ぬ。大いなる叫びがエジプト全土に起こる。そのような叫びはかつてなかったし、再び起こることもない」(4~6節)という言葉です。

 どのようにしてエジプトの国中の初子がすべて死ぬことになるのか、具体的に記されてはいませんが、前述の通り、疾病によって打たれるということなのでしょう。そして、この災いが直接主なる神の手でエジプトにもたらされることになります。「わたしはエジプトの中を進む」と主が仰っているとおりです。

 モーセがエジプトに遣わされたのは、神がイスラエルの民の苦しみを見られ、その叫び声を聞かれたからです(3章7節)。イスラエルの家に生まれてくる男児は、初子のみならず皆ナイル川にほうり込めというファラオの命令もありました(1章22節)。結局、イスラエルの民の苦しみをなぞるようにエジプトの民に災いが下され、それによって彼らが主を知るようになることが目指されているのです。

 イスラエルの民を去らせるために行動するのは、まず家臣たちです。8節に「あなたの家臣はすべてわたしのもとに下って来て、『あなたもあなたに従っている民も皆、出て行ってください』とひれ伏し頼むでしょう」と言われています。家臣も心を頑なにされたはずですが(10章1節)、繰り返された災いに、すっかり心くじけてしまったようです。

 12章31節で「わたしの民の中から出て行くがよい。あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい」とファラオがモーセたちに言うのは、家臣たちの声に促されてのことなのでしょう。

 神の力強い御手のもとに謙り、主に聴き従う者となりましょう。

 主よ、わが国の指導者の周りに主を畏れる者を配置して、正しい政を行うことが出来るようにしてください。武器によらず、兵の数などによらず、愛の奉仕を通して世界の平和に貢献する国となれますように。私たちの町に希望を与えてください。主の恵みと導きに与らせてください。私たちはあなたを待ち望みます。 アーメン





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