風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

今日の御言葉

11月18日(土) 民数記12章

「彼らは更に言った。『主はモーセを通してのみ語られるというのか。我々を通しても語られるのではないか』。主はこれを聞かれた。」 民数記12章2節

 モーセに対する非難が、思わぬところから飛び出しました。それは、彼の身内、姉のミリアム、兄のアロンです。これまで、不満の声をあげていたのは一般の民でしたが、今や指導的な立場にいる人々も、声をあげるようになったわけです。

 彼らは先ず、「モーセがクシュの女性を妻にしていることで彼を非難」(1節)しています。クシュとは、南エジプト、今のエチオピアのことと考えられています。モーセがミディアン人の祭司エトロの娘ツィポラを娶ったことが、出エジプト記2章21節に記されています。クシュ人とはツィポラのことと考える学者もあるようですが、ミディアン人をクシュ人とは呼ばないでしょう。

 同18章2節の「モーセが先に帰していた妻のツィポラ」という表現をモーセの離婚と考え、クシュ人と再婚したという解釈もありますが、その真偽は不明です。しかし、今ここに来て、なぜミリアムとアロンは、モーセを非難しているのでしょうか。

 冒頭の言葉(2節)で、彼らは「主はモーセを通してのみ語られるのか」と言い、自分たちも御言葉の取次ぎが出来るはずだと語っています。これは、彼らがモーセの指導者としてのあり方を問うているわけです。ということは、モーセの妻がミディアン人であれクシュ人であれ、異邦人の女性を妻としているモーセがイスラエルの民の指導者としては相応しくないと非難していることになるでしょう。

 出エジプト記2章4節以下で、男児殺害の命令が出されている中、姉ミリアムは弟モーセのために見張りを務め、エジプトの王女に実の母親を乳母として紹介するなど、モーセの生い立ちに一役買いました。また、同15章20節には、「アロンの姉である女預言者ミリアム」と記されており、イスラエルの民の指導的な立場にいたことが分かります。

 また、アロンは、モーセが民の指導者として神に召された際(出エジプト記3,4章)、「自分は口が重い者だから、誰か他の人を遣わしてください」と固辞して主が憤られ、「あなたにはレビ人アロンという兄弟がいるではないか」(同4章14節)と言われ、「彼はあなたに代わって民に語る。彼はあなたの口となり、あなたは彼に対して神の代わりとなる」(同4章16節)と告げられました。

 モーセがイスラエルの指導者として相応しくないと彼らが非難したということは、自分たちが指導者としての地位を確保するという狙いがあるものと思われます。旧約学者の一人が、モーセの新しい妻となったクシュの女性が、ミリアムやアロンたちよりもモーセに対して強い影響力を発揮したという、家族内の人間関係の変化が原因ではないかと想定しています。もしかすると、そうかも知れません。

 彼らの非難に対して、モーセは何も答えていません。しかし、彼らの非難を主が聞かれました。そして、二人を呼び出され、語られます。確かに、モーセによらず、彼らも直接に神の言葉を聞くことが出来るわけです。しかし、語られたのは、裁きの言葉でした。

 主は「あなたたちは何故、畏れもせず、わたしの僕モーセを非難するのか」(8節)と言われ、彼らに対して憤り、去って行かれました(9節)。そのとき、「ミリアムは重い皮膚病にかかり、雪のように白くなって」(10節)しまいました。

 アロンがその罰を免れたのは、そのとき姉ミリアムが主導的な立場にいたからでしょう。そして、アロンはモーセに執り成しを頼みます(11,12節)。それによってアロンも、モーセの神の特別な関係、神の前にいるモーセの特別な立場を認めていることになります。

 ここで初めてモーセが口を開き、「神よ、どうか彼女をいやしてください」(13節)と助けを求めて叫びます。主なる神が二人に憤り、去って行かれたからです(9節)。叫ぶというところに、真剣さ、必死さを見ることが出来ます。自分を非難した姉の助けを必死に求めるところに、3節で「モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった」と言われたその面目が表れています。

 それは、ヨブが友人のために祈ったことを思い出させるものであり(ヨブ記42章8~10節)、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5章44節)と言われた主イエスの御言葉に従う正しい態度でした。

 七日間宿営の外に隔離されたミリアムのため、イスラエルの民は出発をせず(15節)、ミリアムの戻って来るのを待ってハツェロトを発ちました(16節)。そこに、民のミリアムに対する敬意を見ることが出来ます。それはまた、モーセの祈りの姿勢に学んだ柔和な態度でしょう。

 「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者になりなさい」(ルカ福音書6章36節)と言われる主に倣い、主の憐れみに与っている者として、御言葉と聖霊を受けて主の憐れみを証しする者としていただきましょう。

 主よ、御子イエスの軛を負い、その柔和と謙遜を学ばせてください。そしてモーセのごとく、自分を非難する者に対し、悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を祈る者とならせてください。聖霊を通して神の愛を私たちの心に充たし、主の御心を行う者とならせてください。 アーメン




11月17日(金) 民数記11章

「民は主の耳に達するほど、激しく不満を言った。主はそれを聞いて憤られ、主の火が彼らに対して燃え上がり、宿営を焼き尽くそうとした。」 民数記11章1節

 シナイ山のふもとからおよそ1年ぶりで旅立ったイスラエルの民は(10章11節)、次にパランの荒れ野に留まります(同12節)。男だけで60万、全部で200万を越える人々が、シナイ山のふもとの荒涼たる荒れ野で1年を過ごしたということ自体、奇跡以外の何ものでもありません。神が水や食物などを与えられたからです。

 ところが、冒頭の言葉(1節)にあるように、民は神への不満を爆発させました。それが、どんな不満であったのか、そこに記されてはいませんが、4節で、「他国人は飢えと渇きを訴え、イスラエルの人々も再び泣き言を言った」というのですから、空腹や喉の渇きから来たものだったのではないかと推測されます。

 イスラエルの民は、荒れ野で既に一年以上過ごしています。ようやく旅立ったと思ったら、歩みを進めて行くところも宿営する場所もまた荒れ野。乳と蜜の流れる約束の地に近づいているという実感がありません。むしろ、本当にそこに行き着くのかという、指導者モーセや主なる神に対する不信の思いから発せられた不満なのかも知れません。

 感謝と喜びをもって主に従うべきイスラエルの民が、その恩を忘れて不平を言うのに対して、主は激しく憤られました。ここで、「憤る」は、「鼻が熱くなる」という言葉です。鼻が熱くなって、荒い鼻息と共に火を噴出したということでしょうか。主の火が燃え上がって、宿営を焼き尽くそうとします。

 旧約聖書において、火は神の臨在のしるしであり(出エジプト3章2節以下、13章21,22節)、また罪に対する憤り、神の裁きを表わします(レビ記10章2節、申命記4章24節)。そして、火は清める神の力をも示します(イザヤ6章7節、マラキ3章2,3節)。罪を裁いて焼き払い、汚れたものを清めるのです。

 それを見た民は、慌ててモーセに助けを求めます。神への執り成しを願ったのです。民はかつて、食べ物がない、飲み水がないとモーセに不平をぶつけたことがありますが(出エジプト記15~17章)、しかし、彼らはモーセが神の人であると認めていたわけです。そして、モーセが主に祈ると、火は鎮まりました。神がモーセの祈りを聞かれたのです。

 この経験で、民がすっかり神の前に謙り、その恵みに感謝して不平不満がなくなったというのではありません。彼らは、恩知らずにも、自分たちが奴隷として酷使されていたエジプトの方がましだったと言い始めます。即ち、「エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない」(5節)というのです。

 それは、彼らの食物が、マナしかないという状況だったからです(6節)。しかしそれは、神が天から降らせたパンでした(出エジプト16章4節)。イスラエルの民は、それを集めさえすればよかったのです。しかも安息日の前日には、二日分が与えられるという配慮の行き届いた給食でした。

 モーセは、どの家族も泣き言を言っているのを聞きます。それに対して、主の激しく憤られます(10節)。民の不平と主の憤りの板挟みとなったモーセは、「あなたはわたしに、乳母が乳飲み子を抱くように彼らを胸に抱き、あなたが先祖に誓われた土地に連れて行けと言われます。この民すべてに食べさせる肉をどこで見つければよいのでしょうか」(12,13節)と尋ねます。

 さらに、「わたし一人では、とてもこの民すべてを負うことは出来ません。わたしには重すぎます。どうしてもこのようになさりたいなら、どうかむしろ、殺してください」(14,15節)と訴えています。

 主なる神はモーセの訴えに応え、モーセに授けられている霊の一部を取り、民の長老の中から集められた70人に授けられました(16,17,24節以下)。それによって、モーセの重荷を70人の長老が共に負うことになりました。

 また、主が民に一ヶ月の間肉を与えて食べさせると言われ(18節以下)、モーセはそれをにわかに信じることが出来ませんでしたが(21,22節)、「主の手が短いというのか。わたしの言葉どおりになるかならないか、今、あなたに見せよう」(23節)と言われ、風を起こしておびただしい数のうずらの群れを宿営地に落とされました(31節以下)。

 民は2日間にわたり、出来るだけ多くのうずらを欲深く集めました(32節)。「少ない者でも十ホメルは集めた」と言われますが、ホメルは容積を示す単位で、1ホメルは230リットルに相当します。10ホメルは2300リットル(2.3立方メートル)です。

 彼らは集めたうずらを宿営の周りに広げ(32節)、食べ始めます。しかし、それを飲み込む前に主は「激しい疫病」で民を打たれました(33節)。神に打たれた死者がそこに葬られたので、そこは「キブロト・ハタアワ(貪欲の墓)」と名付けられました(34節)。

 しかるに、彼らはこの後も相変わらず不満を鳴らし、モーセたちを非難し続けます(12章2節以下、14章1節以下、16章、17章6節以下、20章2節以下など)。そのような不従順の結果、彼らは、約束の地に入ることが出来なくなってしまいました。

 「だから、神の安息に与る約束がまだ続いているのに、取り残されてしまったと思われる者があなたがたのうちから出ないように、気をつけましょう。というのは、わたしたちにも彼ら同様に福音が告げ知らされているからです。けれども、彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結びつかなかったからです」(ヘブライ書4章1,2節)。

 恵みの御手のもとに留まり、感謝と喜びをもって御言葉の導きに従いましょう。

 主よ、「論語読みの論語知らず」ならぬ「聖書読みの聖書知らず」にならないように、絶えず憐れみを受け、恵みに与って、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づかせてください。怠け者とならず、信仰と忍耐によって、約束されたものを受け継ぐことが出来ますように。 アーメン


11月16日(木) 民数記10章

「ラッパを吹くのは、祭司であるアロンの子らの役目であって、それはあなたたちが代々にわたって守るべき不変の定めである。」 民数記10章8節

 イスラエルの民は、いよいよ約束の地カナンに向かって進軍を始めます。「シナイ出発」(11節以下)について、「第二年の第二の月の二十日のことであった」(11節)と言われています。

 エジプトを脱出したときを記念して第一年の正月としたので(出エジプト記12章2節)、それからこれまで1年余りが経過しています。また、シナイの荒れ野に到着したのが3月1日でしたから(同19章1節)、あと11日で丸一年そこに留まっていたということです。

 「エジプトの国を出た翌年の第二の月の一日」(1章1節)に、人口調査が命じられました(同2節)。そして、全軍の宿営の配置、進軍の際の配置が決められました(2章)。
その配置に従い、ユダ族から出発します(13節以下)。

 その際、モーセは「義兄にあたるミディアン人レウエルの子ホバブ」(29節)に動向を求めます。ミディアン人は荒れ野に住む民族なので、荒れ野を旅する際の専門知識や約束の地カナンを目指すための道案内を願ってのことでしょう(31節)。

 最初、ホバブはそれを拒みますが(30節)、「一緒に来てくだされば、そして主がわたしたちに幸せをくださるなら、わたしたちは必ずあなたを幸せにします」(31節)というモーセの約束の言葉に、肯定的に応じたものと思われます。士師記1章16節、4章11節に、ホバブの子孫がイスラエルの民と共に約束の地カナンに住んでいることを述べているからです。

 「義兄にあたるミディアン人レウエルの子ホバブ」(29節)について、原文は「ホバブ、レウエルの子、ミディアン人、モーセの義父」とあって、ホバブがモーセの義父だといっていることになります。新共同訳は、「義父」(ホーテーン)を「義兄」(ハータン)と読み替えているのです。

 なお、出エジプト記2章16,18節によれば、モーセの義父はミディアン人の祭司レウエルですが、同3章1節、18章1,2節では名はエトロです。同4章18節では「エトロ」とされていますが、原文では3章1節などとは単語が異なっています。どう考えたらよいのか、正確なところは全く分かりません。

 主なる神は、シナイを出発し、荒れ野を旅する準備として、モーセに銀のラッパを2本作らせます(2節)。それは、音色の違うもの、つまり長さや大きさの違うラッパだったと思われます。音色が違っていなければ、二本ともが吹かれているのか、一本だけなのか、区別が難しいからです。

 というのは、二本とも吹かれれば民全体、一本だけだと部族の長である指導者が招集されることになっており(3,4節)、その区別がつかなければ、民は混乱してしまいます。

 そのような、民を招集するラッパとは別に、出陣ラッパもありました。それは、旅立ちのとき(5節)、また敵を迎え撃つときに吹かれました(9節)。召集ラッパと出陣ラッパの吹き方はどんなものであったのか、色々説がありますが、概ね、召集には長く1回、出陣には短く数回吹き鳴らされたということのようです。

 パウロが、「ラッパがはっきりした音を出さなければ、だれが戦いの準備をしますか」(第一コリント14章8節)と言っていることから、ラッパの吹き方やその音色について、当時の人々は訓練され、よく理解していたのであろうと思われます。

 また、パウロは民を招集するためのラッパを、最後のときの合図に用いられるとも記しています。第一コリント15章51節以下では、そのラッパが鳴ると、主にあって召された者は復活して朽ちない者とされ、そのときまで生きている者は、一瞬にして栄光の姿に変えられると言います。

 また第一テサロニケ4章16節以下でも、神のラッパが鳴り響くと、主ご自身が天から降って来られ、キリストに結ばれて死んだ人たちが復活し、生き残っている者は空中で主と出会うために、雲に包まれて引き上げられると言っています。

 黙示録8,9章では、七人の天使が吹くラッパで大きな災いが天地に起こります。しかし、「これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木それぞれで造った偶像を礼拝することをやめなかった」(同9章20節)、「また彼らは人を殺すこと、まじない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった」(同21節)と言われるので、その災いは、神の敵に対する攻撃、審判であったことが分かります。

 即ち、これらのラッパは単なる合図なのではなく、神の権威がそこに表わされていると見ることが出来ます。

 だから、冒頭の言葉(8節)にあるように、「ラッパを吹くのは、祭司であるアロンの子らの役目」であり、「代々にわたって守るべき不変の定め」なのです。祭司たちは、神の御旨を知って民を集め、あるいは、旅立ちのラッパを吹きます。また、敵を迎え撃つ備えをさせます。

 特に、敵を迎え撃つ出陣ラッパは、主なる神に助けを求めるものでもありました。出陣ラッパが吹かれると、「主の御前に覚えられて、敵から救われるであろう」(9節)と言われています。主ご自身が立ち上がってくださり、イスラエルのために戦って勝利をお与えくださるというのです(歴代誌下13章12,14節)。

 「主の御前に覚えられる」という表現が、出陣のときだけでなく、祝日や毎月一日にささげる献げ物に向かってラッパを吹くというところでも用いられます(10節)。感謝のしるし、神を賛美するために吹かれるかのようです。

 そうしなければ、神が覚えてくださらない、忘れておしまいになるというのでしょうか。なぜそうなのか明言されていませんが、それは、イスラエルの民を子ども扱いはしておられないということでしょう。

 民の必要については、求められる前から神はご存知です(マタイ6章8節)。敵に襲われたとき、助けを必要としているでしょう。しかし、ラッパが吹かれ、助けが求められるまで、神は待っておられるのです。また、献げ物に感謝と賛美を添えること、即ち、心から感謝を込めて、賛美の心で献げ物をすることが求められているのです。

 さらに、私たちは本来、神に覚えて頂く資格も権利も持ち合わせていないということではないでしょうか。勿論神は、絶えず私たちに心を留めておられるでしょう。覚えていてくださるでしょう。むしろ、私たちの方が神を忘れ、その教えに背いてきたのです。

 調子のよい時には神を忘れ、自分勝手に歩んでいて、上手く行かなくなると、「私たちを覚えてくださらないのですか」と訴えるというのは、あまりに虫のよい話ではありませんか。

 その意味で、ラッパは神への悔い改めの祈りであり、祭司が民に代わって神の御前に謙り、憐れみを求めて吹かれるのです。神は、焼き尽くす献げ物などではなく、打ち砕かれ悔いる心を求めておられるのです(詩編51編19節)。

 主よ、御言葉を感謝します。私たちのことを手のひらに刻み、愛をもって髪の毛一本までも数えるほどに常に目を留めていてくださることを嬉しく思います。今、弱さの中にいる方々、痛み、苦しみを負っておられる方々を顧み、癒しと助け、慰めと平安をお与えください。互いに助け合う心を導いてください。御心が地の上に行われますように。私たちを御言葉と聖霊をもって清め、整え、主の御業のために用いてください。御名が崇められますように。 アーメン



11月15日(水) 民数記9章

「幕屋を建てた日、雲は掟の天幕である幕屋を覆った。夕方になると、それは幕屋の上にあって、朝まで燃える火のように見えた。」 民数記9章15節

 エジプトを脱出した翌年の正月に、主がモーセに過越祭を祝うように仰せられ(1節以下)、イスラエルの民はモーセにそれを命じられるとおり行いました(4,5節)。二度目の過越が実施され、シナイを出発することになります(10章11節以下)。

 しかしながら、死体に触れて汚れとされた人々が、過越祭から除外されることに異を唱え(6,7節)、一ヶ月後の2月14日にそれを行うことになりました(10節以下)。こうした規定を設けられたこともあり、過越祭を祝わず、定めの献げ物をしなかった者は、自分の民から断たれることになりました(13節)。

 過越の出来事の後、イスラエルの民はエジプトを急いで出たのですが、二度目の過越の際、一ヶ月後に過越祭を祝うことになったため、シナイを出発するのは、2月20日ということになったわけです(10章11節)。

 冒頭の言葉(15節)に「幕屋を建てた日、雲は掟の天幕である幕屋を覆った」とあります。これは、エジプトを脱出した翌年、即ち第2年の正月一日のことで(出エジプト記40章17節)、「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた」(同34節)と報告されていました。

 この雲は、神がイスラエルを導いている、神の導きをあらわす徴です。イスラエルの民が荒れ野を旅するとき、神は雲を使って導かれました。出エジプト記13章に「主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き」(同21節)とありました。雲が柱のように立ち、その雲の柱が動いて民を導いたというように書かれております。

 雲はまた、神がそこにおられるという徴です。神が確かにおられるという証拠なのです。最初にモーセが山の上で神様とお会いしたとき、神がそこに降って来られると、雲が山全体を覆ったと書かれております(同19章9,16,17節)。シナイ山に下られた神が、幕屋にあってシナイを出立する民と共に行動されるということを、ここに改めて示されたのです。

 幕屋はヘブライ語で「ミシュカン」と言います。これは、「シャーカン=住む、天幕を張る」という言葉から来ています。シャーカン、ミシュカンという言葉から、シャキナーという言葉が出来ました。「栄光」というように訳されます。幕屋を覆う雲の内に神がおられ、栄光が満ちたという表現です。

 第三に、雲は私たちを守るものです。葦の海を渡ろうとするイスラエルの民と後ろから押し迫ってきたエジプト軍との間に雲の柱が立ち(出エジプト記14章19節)、真っ黒な雲が立ちこめました(同20節)。イスラエルの民に続いて葦の海に入ってきたエジプト軍を、主が火と雲の柱からかき乱され(同24節)、全軍が海の中に投げ込まれて、イスラエルの民は守られたのです(同27,30節)。

 しかし、現代の私たちには、雲が守るというのは分かりにくいことかも知れません。雲が私たちを覆ったらどうなるでしょうか。何も見えなくなります。高い山に登ると、実際に雲の中に入ることがあります。そうすると、まわり一面真っ白になります。霧というか、濃い水蒸気というか。ほとんど視界が利かない状態になります。

 神はあるとき、私たちを本当に何も見えない世界に導かれます。その何も見えない状態、何も出来ないような状況で、何をするか。見ることを奪われたら、私たちはどうするでしょうか。必然的に、当然のことながら、耳を澄まします。真剣に耳で聞くという世界が開かれます。心を澄まして、聞くことに集中します。

 イエス・キリストが、これから贖いの死を遂げるために十字架に向かって歩み始めるということを公表し始められてすぐ、三人の代表的な弟子たちを連れて高い山に登られました(マルコ9章2節以下)。主イエスが山に登って行かれると、次第に光り輝く栄光のお姿に変わり、そうして、いつの間にか、モーセとエリヤが現れて、主イエスと語り合っています。

 何が語り合われていたのかは分かりませんが、そこに居合わせたペトロは、「ここに小屋を三つ建てましょう」、いつまでもここに留まりましょうと語ります。大変興奮していて、自分でも何を言っているのか分からないという有様でした(ルカ9章2節以下)。ペトロがそう言っていると、雲が彼らを覆いました。何も見えなくなったのです。

 それで、わけが分からなくなったのでしょうか。そうではなく、もっとはっきりと分かりました。彼らはそこで神の声をはっきり聞いたのです。イエス・キリストが神の子、神の愛する子どもだから、この人に聞きなさい。大切なことを聞きなさい。何も見えなくてもよい。ただ、イエス・キリストから聞きなさい。そういう、信仰の最も大切な世界がそのとき、開かれたわけです。

 15節以下の段落で、「イスラエルの人々は主の命令によって旅立った」と三度記され、同様に、「主の命令によって宿営した」と三度言われています。

 主の御声を聞いて移動し、御声を聞いて停泊する。すべて主のご命令の通り。イスラエルの民は、確かにこの荒れ野の生活の中で主に聞き従うように、訓練されていきました。自分たちを守るものが何もないところで、御言葉に聞き従うことを学び、そして、神の御言葉は必ず実現するという恵みを味わったのです。

 私たちも同じように、主から呼ばれたら立ち上がり、行くべきところへ行き、留まるべきところに留まる。そして、なせと言われることを行う。それが、今私たちの導かれている信仰であり、神の恵みの世界なのです。

 主よ、常に御声をはっきりと聴くことが出来ますように。日毎に御顔を仰ぐことが出来るますように。絶えず私たちの信仰を整え、訓練してください。いつも共におられ、内におられる真理の御霊の導きに従い、主の御言葉を守ることが出来ますように。 アーメン




11月14日(火) 民数記8章

「わたしはレビ人を、イスラエルの人々のすべての長子の身代わりとして受け取った。」 民数記8章18節

 7章に民の指導者たちが神の命令に従順に従って献げ物をしたことが記されていました。8章には、レビ人の従順さが記されます。

 1節以下には「燭台のともし火皿」について、5節以下には「レビ人の清めの儀式」について記述され、「モーセとアロンとイスラエルの人々の共同体全体は、主がレビ人についてモーセに命じられたとおり、レビ人に対して行った」(20節)と言われています。

 レビ人は、祭司に仕え、臨在の幕屋での奉仕や神の箱の運搬などの務めに当たります(3,4章)。レビは、ヤコブ=イスラエルの三男でした(創世記29章34節)。

 父ヤコブはレビについて、「シメオンとレビは似た兄弟。彼らの剣は暴力の道具。わたしの魂よ、彼らの謀議に加わるな。わたしの心よ、彼らの仲間に連なるな。彼らは怒りのままに人を殺し、思うがままに雄牛の足の筋を切った。呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。わたしは彼らをヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」と祈っています(創世記49章5節以下)。

 それは、妹ディナのことでシケムの人々を殺し、町中を略奪するという事件を起こしたからです(同34章参照)。つまり、レビはとりたてて宗教的な人物であったわけではなく、むしろ、それとはほど遠い存在だったのです。

 レビの子孫にモーセとアロンがいて、レビ一族が神の幕屋で神に仕える仕事をする者とされたというのは、出エジプトの民が金の子牛像を造るという事件を起こした際(出エジプト記32章)、すべてのレビ人が主につく者としてモーセに従ったことから、呪いが祝福に変えられたのです(同29節)。

 彼らは一貫して主につく者であったわけではありません。彼らも事件を起こした民の一員だったのです。同3節に「民は全員、着けていた金の耳輪をはずし、アロンのところに持って来た」と言われています。しかし、彼らは「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」(同26節)との呼びかけに応答しました。

 他の人々がそうしようとしなかったということは、金の子牛事件が主に背く行為であり、民はそれを自覚していたことを示します。その中で、レビ人はそれを悔い改めて、主に従う道を積極的に選び取ったわけです。それで、「今日、あなたたちは主の祭司職に任命された」と言われることになったのです。

 引退して帰国されていた米国人の元宣教師が再来日された際、福岡にいた私のもとを訪ねてくださったことがあります。彼女に「私が牧師になると思っていたか」と尋ねると、彼女ははっきり「いいえ」と答えてくれました。誰が牧師になると思っていたかと改めて尋ねると、長兄と次弟の名前を挙げました。その見方は、決して奇妙なものではないでしょう。誰もがそう考えたのかも知れません。

 私自身、子どもの頃には、自分が牧師になろうなどとは想像もしていませんでした。長兄は10年ほど牧師職に就き、その後辞任しています。次弟は牧師にはなりませんでした。神に仕える仕事をするのにふさわしい能力や資質、性格などがあるのではなく、どのような者でも、ただ神の呼びかけに素直に従うかどうかだという典型的な例ではないかと思います。

 神は17節で「イスラエルの人々の内に生まれた初子は、人間であれ、家畜であれ、すべてわたしのものである。エジプトの国ですべての初子を打ったとき、わたしは彼らを聖別して、わたしのものとした」と語られていました。

 過越の時、エジプトの国の初子は、神の使いに打たれて死んだのに対し、イスラエルの長子は、その死を免れました(出エジプト記12章1節以下、29節)。彼らが神の命に従って小羊を屠り、その血を家の入り口の二本の柱と鴨居に塗れと言われた主の命令に従ったからです(同3節以下、7節)。

 イスラエルの長子の身代わりとして、小羊が屠られたかたちです(同3節以下)。つまり、イスラエルの長子は、羊の命をもって贖われ、神のものとなったということです(同13章2節、第一コリント書7章22,23節参照)。

 そうして神は、イスラエルのすべての初子の身代わりにレビ人を選んでご自分のものとされ(3章12,13節)、それは、屠られて祭壇にささげられるというのではなく、生きて神に仕える者とされたのです。

 しかし、神に選ばれれば、それでよいわけではありません。そのままで役に立つものではないのです。神は「イスラエルの人々の中からレビ人を取って、彼らを清めなさい」(6節)と言われました。そのために先ず、「罪の清めの水をふりかけ、身体全体の毛をそらせ、衣服を水洗いさせ」ます(7節)。

 それから、雄牛二頭とオリーブ油を混ぜた小麦粉を献げ物としてささげ、贖いの儀式を行います(8節以下、12節)。そして、レビ人をアロンとその子らの前に立たせ、彼らを奉納物として主に差し出し(13節)、イスラエルの人々から区別すると、彼らは主のものとなります(14節)。そうして初めて、臨在の幕屋に入って、作業に従事することが出来るのです(15節)。

 あらためて、冒頭の言葉で「レビ人」とは、私たちクリスチャンのこと、イスラエルとはすべての人々と読みましょう。それは使徒ペトロが、「あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です」と言っているとおり、そしてそれが、プロテスタントで語られている「万人祭司」ということだからです。

 私たちが選ばれたのは、それを誇るためではなく、すべての人々に神の恵みを報せ、またすべての人々に仕えて執り成し、祈りをささげるためです。絶えず主の前に進み、御言葉と祈りをもって主と交わり、その使命に励む者とならせていただきましょう。

 主よ、私たちはあなたに選ばれる取り柄など持ち合わせていません。ただ、その恵みに感謝し、喜びをもってその呼びかけに応え、主にお仕えするのみです。私たちは不束な僕、端女にすぎませんが、御言葉と背入れによって私たちをふさわしく整え、御業のために用いてください。御名が崇められますように。 アーメン





11月13日(月) 民数記7章

「モーセは神と語るために臨在の幕屋に入った。掟の箱の上の贖いの座を覆う一対のケルビムの間から、神が語りかけられる声を聞いた。神はモーセに語りかけられた。」 民数記7章89節

 7章は、臨在の幕屋が完成した時点(出エジプト記40章、レビ記8章10,11節)に時計を戻し、まず幕屋と祭壇、その祭具に油を注いで聖別したと記されています(1節)。

 幕屋は出エジプトの第2年1月1日に立てられました(出エジプト記40章17節)。そして、民数記はそれから一ヶ月後の2月1日から始まっていました(民数記1章1節)。幕屋と祭壇、祭具、および祭司の聖別は、レビ記8章10節以下において行われています。

 ここでもう一度、そのことに触れることにより、荒れ野の生活といえども、否、荒れ野の生活だからこそ、神と交わるために、まず清められなければならないことを繰り返し思い起こさせるのです。

 モーセがそれらを聖別し終えると、イスラエルの指導者、家系の長たちが牛車6台と雄牛12頭を幕屋の前に引いて来ました(3節)。臨在の幕屋の作業に用いるためです(5節以下)。

 それから、指導者たちが一日に一人ずつ、祭壇奉献のための献げ物を持って来ます。12部族が献げ物をする順番は、宿営が設けられた際の部族の順番に倣っています(2章参照)。

 彼らがささげたのは、130シェケルの銀の皿一枚、70シェケルの銀の鉢一個、それぞれに穀物のささげ物としてオリーブ油を混ぜた小麦粉がもってあります(13節)。更に、香を盛った金の柄杓一つ(14節)。

 焼き尽くす献げ物として若い雄牛一頭、雄羊一匹、一歳の小羊一匹(15節)。贖罪の献げ物として、雄山羊一匹(16節)。和解の献げ物として雄牛二頭、雄羊五匹、雄山羊五匹、一歳の雄の小羊五匹です(17節)。

 これらは、12部族が同じものをささげています。その意味で、最初の部族の献げ物を書いて、後の部族については、「以下同文」と言えばそれですむのに、わざわざすべての部族の指導者の献げ物を同いちいち記しているのは、すべての民が神の御前に平等であることを示しています。

 イスラエル12部族は、創世記においてヤコブの息子たちがヨセフに嫉妬し、亡き者にしようとしたことを皮切りに(創世記37章参照)、しばしば部族間の争いが引き起こされました。そして、部族間の不和が大きくなったとき、イスラエルは南北に分裂し(列王記上12章)、戦いを交えたことさえあります(列王記下16章5節など)。

 エズラ記、ネヘミヤ記にはバビロンからの帰還民とサマリア人との憎み争いが描かれています。旧約学者の中に、民数記=祭司資料を著述した人々は、捕囚からの帰還民およびユダの人々を北の諸部族出身の人々より優遇する分離主義者(エズラ、ネヘミヤの著者)の排他性に対する批判を書いていると主張する人がいます。つまり、イスラエル12部族の融和、和解は、積年の願いだったのです。 

 ここで、「献げ物」(12節:コルバン)とは、元来「近づく、進み出る」(カーラブ)という意味の言葉です。即ち、神に近づくため献げ物をするのです。イスラエルの民は、幕屋にあって自分たちと共に歩んでくださる神に近づくことを喜びとして、多くの献げ物をしたということです。

 そうして、冒頭の言葉(89節)のとおり、神と語らうためにモーセが臨在の幕屋に入りました。そのとき、神が「掟の箱の贖いの座を覆う一対のケルビムの間から」、語りかけられました。「贖いの座」(カポーレト)とは「覆う」(カーファール)という意味です。私たちの罪を神が覆ってくださり、神との関係が正しく整えられたということです。

 「ケルビム」は、翼を持った半人半獣の神話的存在です。神が乗られ(サムエル記下22章11節)、また、その上に座しておられる(列王記下19章15節)という記述があります。つまり、贖いの座のケルビムは、神の臨在を示していると考えられます。献げ物をもって近づく民に神がご自身を現され、語りかけられました。そこに、親密な深い交わりが開かれたのです。

 私たちは、イエス・キリストを通して、神との新しい契約の関係に入りました。私たちには目に見える契約の箱はありません。臨在の幕屋も、目には見えません。しかし、それらのものは必要ないのです。それは、神は私たちの心に住み、石の板ではなく、私たちの心に契約の言葉を刻み込んでくださったからです(エレミヤ書31章33節)。

 また、御子イエスご自身が贖いの供え物となってくださいました(ヘブライ書7章27節、9章11,12,26節)。十字架がその祭壇です。キリストが十字架で息を引き取られたときに神殿の幕が真っ二つに裂けて、私たちが神に近づく道が開かれました(マルコ福音書15章38節、ヘブライ書10章20節)。大胆に神に近づくことが出来るようになったのです(同21節、4章16節)。

 そのとき私たちは何を携えて神の御前に出ましょうか。イスラエルの民が喜びをもって献げ物をしたように、喜びをもって賛美のいけにえ、唇の実をささげましょう(同13章15節)。

 「主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である」という言葉もあります(ネヘミヤ記8章10節)。私たちが喜んで主を賛美するとき、主ご自身がそれを喜ばれて栄光を現してくださいます。そしてそれが信仰者にとって何よりの喜びではないでしょうか。

 「神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊」という言葉もあります(詩編51編19節)。主の前に謙った私たちの霊、つまり私たち自身を主が求めておられるのです。それはパウロが、「自分の体を神に喜ばれる聖なるいけるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です」(ローマ書12章1節)と語っていることにつながります。

 それは、いつも喜び、絶えず祈り、どんなことも感謝する生活です(第一テサロニケ5章16~18節)。主が私たちと共におられるからこそ開かれる、恵みの生活なのです。

 主よ、あなたは御子キリストをお遣わしくださり、贖いの御業を成し遂げてくださいました。その深い憐れみのゆえに心から感謝致します。御子という貴い代価をもって贖い取られた私たちの身体です。ご自身の栄光のために、この地に御旨が行われるために、その器としてお用いください。御国が来ますように。 アーメン



11月12日(日) 民数記6章

「ナジル人の誓願期間中は、頭にかみそりを当ててはならない。主に献身している期間が満ちる日まで、その人は聖なる者であり、髪は長く伸ばしておく。」 民数記6章5節

 主なる神は、御自身のためにイスラエルの民の中から祭司職に就くアロンの家(3章2節以下)、そしてアロンとその子らに属する務めをする者として、レビの一族を選び出されました(同6節以下、9節)。他の人々が祭司の務めをしようとするなら、死刑に処せられると規定されています(同10節)。

 しかるに、一般の人々でも特定の目的のために期間を定めて誓願を立て、主に献身することも出来ました。そのようにする人々のことを、「ナジル人」(2,4,5,節など)といいます。「ナジル人」は「聖別する、ささげる、離れる」(ナーザル)という言葉に由来し、「聖別された人、献げられた者」という意味になります。

 2節に「男であれ、女であれ、特別の誓願を立て、主に献身してナジル人となる」と言われています。即ち、このナジル人の規定は、主に献身しようとする男女に平等に適用されるわけです。

 ナジル人となる「特別の誓願」について、先ず「ぶどう酒も濃い酒も断ち、ぶどう酒の酢も濃い酒の酢も飲まず、ブドウ液は一切飲んではならない。またぶどうの実は、生であれ、干したものであれ食べてはならない。ナジル人である期間中は、ぶどうの木からできるものはすべて、熟さない房も皮も食べてはならない」(3,4節)と言われます。

 それはアルコールを禁ずるというより、カナンの町のぶどう栽培に象徴される優雅さ、快楽と堕落から決別することを意味しているのでしょう(ホセア書3章1節、サムエル記上25章18,36節参照)。

 アモス書2章12節に「しかし、おまえたちはナジル人に酒を飲ませ、預言者に、預言するなと命じた」とありますが、それはヤロブアム2世の時代、ヤロブアム王のみならず、北イスラエルの民がいかに神に反逆していたかを示しています。

 第二に、冒頭の言葉(5節)のとおり、「ナジル人の誓願期間中は、頭にかみそりを当ててはならない」とあります。イスラエルの民は、「もみあげをそり落としたり、ひげの両端をそってはならない」(レビ記19章27節)と命じられていましたが、ナジル人に対しては、祭司と同様の規定になっているわけです(同21章5節)。

 「頭にかみそりを当てない」という言葉は、母の胎内にいるときからナジル人として神にささげられていた士師サムソンが、恋人のデリラに騙されて長い髪がそられ、力を失ってしまったという記事を思い出します(士師記13章以下、16章19節)。

 髪を剃られただけで力を失ってしまうなんて、まるで笑い話のようですが、同16章20節には、「主が彼を離れられた」とあり、ナジル人の誓願がいかに重大なものであったかという証拠でしょう。ただ、サムソンはその前にペリシテの娘と婚姻を結び、宴会を開いたところ、ペリシテの人々30人がそれに参加しました(同14章10節)。飲酒の禁を犯してしまっているのです。

 第三に、「主に献身している期間中、死体に近づいてはならない。父母、兄弟姉妹が死んだときも、彼らに触れて汚れを受けてはならない」(6,7節)と記されています。一般の祭司は、「父母、息子、娘、兄弟、および同居している未婚の姉妹の場合」(レビ記21章2節)、その遺体に触れること、彼らを葬る儀式を行うことは許されていました。

 父母や兄弟姉妹の死体に触れるなと言われるのは、頭髪のことと同様、「聖別の油を頭に注がれ、祭司の職に任ぜられ(レビ記21章10,11節)」た大祭司に等しい規定になっており、ナジル人になるというのは、それほどに重大な献身の出来事だということを示しています。

 もしも、死者に触れて、献身のしるしである髪を汚したなら、頭をそって清めの儀式を行い、もう一度はじめから誓願をやり直します(9節以下)。最初の誓願期間が無効になったからです(12節)。

 上記のサムソンは、宴会を開く前、獅子の死骸に触れています(士師記14章8,9節)。つまり、三つの禁をすべて犯してしまっているわけです。それによって献身のしるしが汚されたので、それ以前の誓願の期間は無効になってしまい(12節)、主がサムソンを離れられたのです。

 主イエスから「わたしに従いなさい」と招かれて、「主よ、まず、父を葬りに行かせて下さい」と願った人に対して(ルカ福音書9章59節)、主イエスは、「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい」と言われました(同60節)。ここに、主イエスの弟子となることは、ナジル人の誓願のような覚悟を必要としていることを見ることが出来ます。

 主イエスは「ナザレ人」と言われます(ルカ18章37節など)。それは、ナザレの出身を意味するものですが(マタイ福音書2章23節)、それとは別に、「ナジル人」との関連を考える注解者もいます。確かに主イエスも、生まれる前から神に聖別された存在だったからです。

 私たちも主イエスに選ばれた者として、主を畏れ、主に従うことを通して、聖霊の力により、神の国の恵みを広く証しして行きたいと思います。

 主よ、私たちは御子イエスに選ばれ、主のものとして任命されました。出かけて行って実を結び、その実がいつまでも残るように、御言葉をもって私たちを整えてください。聖霊に満たされ、常に喜びをもって主の福音を告げ報せ、その恵みを証しする者となることが出来ますように。 アーメン



11月11日(土) 民数記5章

「この呪いをくだす水がお前の体内に入るや、お前の腹は膨れ、お前の腰はやせ衰えるであろう.女は、『アーメン、アーメン』と言わなければならない。」 民数記5章22節

 約束の地へと行進を始める備えは、宿営の配置や行進の順序、幕屋におけるレビ人の務めなどの規定から、宿営を清く保つ課題へと移行して行きます。レビ人らは、神聖なものに触れて死を招かないように注意せよと言われていましたが(4章15,19節)、ここでは、「わたしがそのただ中に住んでいる宿営を汚してはならない」(3節)と告げられます。

 宿営の外に出せと命じられているのは、「重い皮膚病(ツァラアト)にかかっている者、漏出のある者、死体に触れて汚れた者」(2節)です。それぞれ、汚れとされているものですが(レビ記13章15章、11章、19章参照)、しかし、レビ記では、漏出のある者、死体に触れて汚れた者を宿営の外に出すよう規定されてはいませんでした。
 
 5節以下では、隣人に罪を犯した者にその罪を告白し(レビ記5章5節)、完全に賠償し、損害の2割をそれに加えて支払うよう命じます(同21節以下)。ただし、レビ記にはない規定として、賠償を受け取る近親者がいない場合、祭司がそれを受け取るとされています(8節)。

 その根拠を、「何か人が罪を犯すことによって、主を欺き、その人が責めを負うならば」(6節)と、隣人に対する罪が、主を欺くことでもあり、その責めを負うと示しています。岩波訳の脚注にあるうとおり、この規定の前提には、隣人に対して罪を犯していながら、偽り誓って身の潔白を主張したというようなことがあったかも知れないと

 11節以下の段落には、「姦淫の疑惑を持たれた妻の判決法」が記されています。この箇所は、理解し易いものではありません。女性は、不快に感じるのではないでしょうか。というのも、妻が姦淫を犯したのではないかという夫の疑念、嫉妬心に応じる法であって、確たる証拠がないときに用いられるものだからです。

 そして、夫が妻に対して抱いた疑念に応じていますが、その逆の規定はないのです。さらに、妻が無罪であっても、疑念を抱いた夫は罪を問われず(31節)、証拠もなしに女性が一方的に疑われるというのは、不公平きわまりないと言わざるを得ません。

 14節に「嫉妬にかられて」と2度記されていますが、原文は「嫉妬の霊が来て」という言葉です。この言い方は、夫が自分で妻に疑いを抱いたというのではなくて、霊が嫉妬をもたらして、その念が去らないという表現でしょう。

 とはいえ、霊の導きだから良いとか、霊の導きなら仕方ないと言いたいのではありません。疑り深いとか嫉妬心が強いということではなく、それは、神によって取り扱われるべきであるということです。そこで、夫は妻を祭司のところに連れて行き、献げ物をするのです。その献げ物について、「これは嫉妬した場合の献げ物、すなわち罪の判定のための献げ物である」(15節)と言われています。

 「罪の判定のための献げ物」について、原文は、「不正を思い出させる記憶の献げ物」という表現が用いられています。神がその罪に目を留め、正しく裁いて下さいという思いを込めてささげられるもので、「大麦の粉十分の一エファを、オリーブ油を注がず、乳香も載せずに」ささげます。

 通常、穀物の献げ物にはオリーブ油を注いだり、乳香を載せてささげます(レビ記2章参照)。それをしないのは、贖罪の献げ物と同様にみなされているわけです(同5章11節)。

 祭司はまず、女性を聖所の前に連れて行きます(16節)。それから、聖所の容器に入っていた水を土の器に注ぎ、そこに幕屋の塵を取って入れます(17節)。それは、「呪いをくだす苦い水」(18節)です。女性に「嫉妬した場合の献げ物」を持たせます。

 続いて、「心迷い、身を汚したこともない」(19節)と誓わせ、もしその誓いのとおりなら呪いを免れ、誓いに反して罪を犯していれば、「主がお前の腰を衰えさせ、民の中で主がお前を呪いの誓いどおりになさるように」と言います(21節)。

 その呪いの言葉を聴きながら、冒頭の言葉(22節)のとおり、女性は、「アーメン、アーメン」と言わなければなりません。それから、祭司は呪いの言葉を巻物に書き、そのインク文字を呪いをくだす苦い水に溶かします(23節)。それから、女性の手にある献げ物を一つかみ、祭壇で燃やします。そうして、その水を女性に飲ませます(26節)。

 科学的合理性がある方法とは思えませんが、呪いの言葉どおり、「腹は膨れ、腰はやせ衰える」という事態になれば、有罪と判定され、害を受けなければ、無罪となります。つまり、罪の判定を人がするのではなく、神に委ねるというのが、この規則なのです。

 この規則に則って実際に罪が判定されたという記事はありませんが、しかし、このような規定が設けられたということは、聖なる民の間に性的な乱れがあったということでしょう。当然、姦淫は一人で出来ることではありません。相手があります。双方が裁かれなければなりません。

 そうして、家庭を破壊し、家族に悲しみをもたらす汚れが取り除かれこと、またこの規定によって姦淫の罪が未然に防がれることを期待したわけです。

 けれども、夫の嫉妬心、猜疑心でこの方法を乱用すべきではありません。それも、夫婦の関係を破壊するものだからです。お互いに相手に対する尊敬の心や信頼の心、何よりも互いに愛し合う愛の心を持たなければなりません。

 お互いに弱い存在、助けを必要としている存在です。そもそも「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」(創世記2章18節)といって神が創造されたお互いだからです。神に守られながら、互いに助け合い、支え合って参りましょう。

 神様、私たちの人生には、様々な荒れ野があります。家庭が荒れ野になってしまうこともあります。もう一度、道を造り直せるように、心を通わせることが出来るように、出来ればそのような事態に陥らないように、守り、助けてください。互いに愛し合い、赦し合い、高め合う関係を築かせてください。 アーメン



11月9日(木) 民数記3章

「アロンの子らの名はナダブを頭にアビフ、エレアザル、イタマルである。これらがアロンの子らの名であって、彼らは油を注がれて祭司職に任ぜられた。」 民数記3章2,3節

 3章には、1節以下にアロンの子ら、5節以下にレビの子らについて、40節以下にイスラエルの長子の代わりにレビ人を主のものとするということが記されています。アロンとモーセは、レビ族はケハトの子であるアムラムの子です(出エジプト記6章16節以下、20節)。

 2節に「アロンの子らの名はナダブを頭にアビフ、エレアザル、イタマルである」と、油を注がれて祭司職に任ぜられたアロンとその子らの名が記されています。けれども、ナダブとアビフは、規定に反した炭火をささげて、死を招いてしまい(4節、レビ記10章1,2節、16章1,2節)、そのため、残り二人が父アロンと共に祭司の務めを果たすことになりました。

 「祭司職に任じられた」(3節)とありますが、「任じる」というのは、原文では「彼らの手を満たす」(ミッレイ・ヤーダーム)という言葉です。この表現から言えば、祭司の仕事で手一杯にするといいますか、祭司の務め以外のことは出来ない、祭司に専任させるという言い方ですね。

 祭司が選ばれる以前は、たとえばカインとアベル(創世記4章3,4節)、ノア(同8章20節)、アブラハム(同12章8節)など、祭司でもない者が祭壇を築き、いけにえをささげています。また、王国時代には、ダビデ(サムエル記下6章17,18節)やソロモン(列王記上8章5節)が祭司の務めをしたことがあります。

 しかし、サウルがそれをして、王位から退けられる原因にもなっていますし(サムエル記上13章8節以下、14節)、ウジヤも主の神殿に入って、香の祭壇の上で香をたこうとして、主に打たれ、死ぬ日まで重い皮膚病に悩まされました(歴代誌下26章16節以下、21節)。王であれば祭司の務めをしてもよいということでもないのです。

 アロンたちが祭司職に任じられるとき、頭に油が注がれました(3節)。油を注ぐ行為は、それを神のために聖別することを意味していました。たとえば、ヤコブが枕していた石を立てて記念碑とし、油を注いでそこをベテル(神の家)と呼びました(創世記28章18,19節)。

 出エジプト記40章9節以下には、神の幕屋と祭具、祭壇などのため、油が注がれています。また、サウル(サムエル記上10章1節)やダビデ(同16章13節)を王とするために、油が注がれました。ということは、イスラエルにおいて、王は、民の上に君臨して権力を振るう者ではなく、神のために聖別され、民に仕え働く者であることが期待されているわけです。

 エリシャがエリヤの後継の預言者とされるとき、油が注がれています(列王記上19章16節)。聖別という意味で油が注がれますが、それによって職に任じられるということから、「油注がれた者・メシア」という称号が生まれました。

 レビ記では、祭司を「油注がれた」者と呼びました(レビ4章3節など)。サムエル記では、サウルなど王を「油注がれた方」と呼んでいます(サムエル記上24章7節など)。

 特に、イザヤ書45章1節には「主が油を注がれた人キュロス」と、ペルシア王キュロスに対して、「油注がれた人=メシア」の称号が与えられているのは、少々驚きです。彼は、ペルシアの王だからそう呼ばれたわけではなく、バビロンに捕囚となっているイスラエルの民を解放する者として、その称号で呼ばれているわけです。

 ということは、捕囚時代には、メシアが、王や祭司、預言者を指すだけでなく、解放者、救い主という意味を持つようになっていたということですね。

 「メシア」をギリシア語では「クリストス」(キリストのこと)といいます。主イエスを信じる人のことをクリスチャンと言いますが(使徒言行録11章26節参照)、これは「クリスティアノス」の英訳で、「キリストに属する者」という意味です。新共同訳聖書などは「キリスト者」と訳出しています。

 クリスチャンにとって、主イエスはキリスト(メシア)、即ち王であり、祭司であり、預言者であり、そして救い主なのです。キリストは「人の子は仕えられるためにではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコ福音書10章45節)と言われました。ゆえに、クリスチャンも神に仕え、民に仕えることが求められます。

 パウロも「兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい」(ローマ書12章10,11節)と奨めています。日々主を仰ぎ、聖霊の力を受け、主の御業に励む者とならせて頂きましょう。

 主よ、罪の奴隷となっていた私たちを招いて救ってくださり、新たな使命に生きる者としてくださったことを心から感謝します。私たちの手にも、主のための務めが満たされています。忠実にそれを果たすことが出来ますように。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈ることが出来ますように。 アーメン





11月8日(水) 民数記2章

「臨在の幕屋は、レビ人の宿営に囲まれて全宿営の中央を行進する。宿営しているときと同じように、それぞれの宿営は、その旗印の下に行進する。」 民数記2章17節

 2章には「全軍の配置」という小見出しがつけられていますが、これは、シナイ半島を旅するイスラエル12部族が宿営するときの配置を記したものです。

 12部族が3部族ずつ四つに組み分けされ、臨在の幕屋の四方を取り囲むかたちで配置されます。東の筆頭には、4男のユダが起用されました。イサカルとゼブルンは、同じ母レアから生まれた5男、6男です。続く南の位置に、長男ルベン、次男シメオン、そして、レアの仕え女ジルパの子ガドが3男レビに代わって置かれます。

 その後、西の位置にラケルの子ヨセフの二人の子らエフライムとマナセ、そしてラケルがベツレヘムで生んだベニヤミン、最後に、北の位置に仕え女ジルパの産んだアシェルと、ラケルの仕え女ビルハの産んだダンとナフタリが置かれています。つまり、宿営するときには、レアの子らが東と南、ラケルの子らが西、そして仕え女の子らが北に置かれ、移動するときは、東西南北の順に行進するのです。

 1~3男と4~6男の位置が逆転しているのは、創世記49章で、父ヤコブ(=イスラエル)が、長男ルベン以下3男レビまで、呪いといってもよい言葉で祈りをささげており、一方、ユダに対しては最大限の祝福を与えていることが、ここに反映しているかたちです。

 ただし、レビ族は、他の部族から区別されて、兵役に就く者がカウントされず、その配置に組み込まれませんでした。彼らには、臨在の幕屋で神に仕える務めが与えられており、それが、兵役に就くよりも大切な務めと考えられているのです。

 冒頭の言葉(17節)にあるとおり、臨在の幕屋は宿営の中心に置かれて、その周りをアロンとレビの子らが取り囲み、他の部族の者が不注意に神の幕屋に近づいてそれを汚し、それで神に打たれるという事態にならないようにしています。移動するときは、幕屋のすべてのものがレビ人の肩に担われて、全部隊の中央を進みます。

 神の臨在の幕屋が宿営の中心に置かれ、移動のときには部隊の中央を進むというのは、神の幕屋が共にあり、そこに神の臨在が表わされているということが、荒れ野を旅するイスラエルにとって、最も重要なことであるということを示しています。

 出エジプトのイスラエルの民は、兵役に就くことのできる男だけで60万余り(1章46節)、女子どもに年寄りを含めると、250万というような人口だったでしょう。シナイの荒れ野で、それほどの数の人々が生きられるような場所はありません。

 そもそも荒れ野では、生きていくために必要な水や食糧を確保することが出来ません。彼らがシナイ半島で40年もの間、旅を続けることが出来たのは、共にいて、彼らを助け、導かれた神の恵みです。それ以外に考えられません。

 このことは、私たちの人生において、この地上の旅路を歩むのに、神が私たちと共におられ、交わりを持っていることが重要であるということを示しています。かつてモーセの時代には、神の幕屋でその臨在を知り、感じることが出来ました。今日、神が御自身の臨在を表す幕屋はどこにあるのでしょうか。

 そのことで、ヨハネ福音書1章14節に、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」とあります。「言」とは主イエスのことです。「宿る」は「テントを張る」(スケーノオウ)という言葉です。「家に住む」(オイケオウ)ではなく、「テントを張る」という言葉が用いられているのは、まさに主イエスが、私たちの人生の旅路にテント=臨在の幕屋をもってご一緒くださるということでしょう。

 更に、そのテントとは、わたしたちの体のことです。パウロが「わたしたちは生ける神の神殿なのです。神がこう言われているとおりです。『わたしは彼らの間に住み、巡り歩く。そして、彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。』」(第二コリント書6章16節)と言っています(第一コリント書6章19節も参照)。

  さらに、「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」(ガラテヤ書2章20節)とも言っています。つまり、私たち自身が神の幕屋であり、その内に主イエスが宿っておられるのです。だから、私たちは、この体をもって神の栄光を現し、証しする務め、責任があるのです(第一コリント6章20節)。

 私たちが神の栄光を表し、証しするとは、神を神として崇め、礼拝することです。神の御言葉を聖として、聴き従うことです。その御心を守り行うことです。絶えず主を仰ぎ、御言葉を受けて主を証しする者とならせていただきましょう。


 主よ、私たちは何ものでもありませんが、この土の器の中に計り知れない宝をもっています。その宝の輝きを曇らせ、汚すことがないように、いえ、むしろ積極的にその光を輝かしていくことが出来るように、この世の光としての使命を全うさせてください。生活を通して、主なる神に聴き従い、御心を行わせてください。そのために聖霊と御言葉によって、必要な知恵と力を授けてください。 アーメン






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