「ダビデは次第に勢力を増し、万軍の主は彼と共におられた。」 歴代誌上11章9節

 サウル王の死後、すべてのイスラエルの民がヘブロンにいたダビデのもとに集まりました(1節、サムエル記下5章1節)。そして、主の御前に契約を結んでダビデに油を注ぎ、全イスラエルの王とします(3節)。
 
 サムエル記には、サウルの死後、ダビデはヘブロンでユダ族の王となり、全イスラエルはサウルの4男エシュバアル(9章29節、サムエル記下2章8節以下ではイシュボシェト)を王としましたが(サムエル下2章)、同族の家臣に暗殺されたということが記されています(サムエル下4章)。その後、ダビデが全イスラエルの王となったのです(サムエル下5章)。
 
 ヘブロンで全イスラエルの王として即位したダビデは、難攻不落のエブス人の町、シオンの要害を攻略して、そこに移り住みました(4節以下)。そこで、その町がダビデの町と呼ばれるようになります。ダビデは、町の周囲を城壁で固めました。エブス人との戦いで荒れた町は、真っ先に町に攻め上って軍の頭となったヨアブが修復しました(6,8節)。
 
 そのようなダビデの周りには、名のある勇士たちが大勢集まっていました(10節以下、サムエル記下23章8節以下)。彼らはダビデが王として国を治めることに協力します。そこには、敵陣の向こうにあるベツレヘムの井戸の水が飲みたいと言ったときに命懸けでそれを実行した、即ち、敵の囲みを突破してその向こうの井戸の水を汲み、再び敵陣を突破して戻って来るという、まさしく献身的な行動を取った勇士たちがいます(15節以下)。

 ここで、ダビデがアドラムの洞窟にいたときというのは、サウルの手を逃れて逃避行をしていたときのことでしょう(サムエル記上22章1節)。そのときに、三十人の勇士の中の三人が、ダビデのもとに来たということになるのですが、それは何故でしょうか。
 
 サムエル記には、「困窮している者、負債のある者、不満のある者も皆彼のもとに集まり、ダビデは彼らの頭領になった。四百人ほどの者が彼の周りにいた」と記されています(同22章2節)。こうしたことの背景には、自分の保身のためにダビデを追い回し、王としての務めを果たしていないサウルに対する不満、失望があったわけです。
 
 だから、ダビデを王とするとき、「これまで、サウルが王であったときにも、イスラエルの進退の指揮をとっておられたのはあなたでした」とイスラエルの民は告げていました(2節)。逃避行のさなかでもイスラエルの民のことを思って行動をするダビデに感動した者もいたのでしょう(同23章1節以下など参照)。
 
 また、ダビデの信仰を上げることも出来ます。ダビデはまっすぐ神を求め、主に従いました。勿論、完璧に清く正しく生きたというのではありませんけれども、罪を指摘されると、それを誤魔化さず、罪を認めて悔い改めました(サムエル記下12章13節など参照)。
 
 歴代誌の記者はしかし、冒頭の言葉(9節)の通り、ダビデが勢力を増したのは、万軍の主がダビデと共におられたからだ、と言います。ダビデがエルサレムに主なる神のために神殿を建てたいと願ったとき(サムエル下7章1節以下)、神は預言者ナタンを通して、「あなたがどこに行こうとも、わたしは共にいて、あなたの行く手から敵をことごとく断ち、地上の大いなる者に並ぶ名声を与えよう」と約束しておられました(同9節)。その約束を忠実に実行されたわけです。
 
 ダビデも、「わたしは絶えず主に相対しています。主は右にいまし、わたしは揺らぐことがありません」(詩編16編8節)と詠っています。ダビデが常に主の前に出たというよりも、主がどんなときでもダビデから離れず、その右にいてダビデを支えておられたわけです。
 
 イスラエルの主は、眠ることもまどろむこともなく見守って下さる方であり(同121編4節)、杖と鞭で彼に道を教え、敵に囲まれて四面楚歌という状態でも、主と食卓を共にし、彼の杯はいつも喜びと平安で満ち溢れているのです(詩篇23編)。
 
 翻って、主は私たちと共にいて下さるのでしょうか。答えはイエスです。主イエスはインマヌエルと称えられるお方と言われます(マタイ1章23節)。インマヌエルとは、神が私たちと共におられるという意味です。主イエスは、「神が私たちとご一緒だ」という名前を持っておられるというのです。ですから、「主イエス様」と呼べば、神様が私たちとご一緒下さるといってもよいでしょう。そして、愛の上に更に愛を加えて愛し、恵みをお与え下さるのです。
 
 絶えず主の御名を呼び、主をたたえ、主の御言葉に耳を傾け、真理を悟り、御旨に従って歩ませていただきましょう。

 主よ、御子キリストをこの世に遣わし、十字架で贖いの業を成し遂げ、私たちの罪を赦し、神の子とする道を開いて下さいました。聖霊が私たちのウチに住まわれ、常に共にいて、御心に適う執り成しをし、万事を益に変えて下さいます。絶えずその大いなる御愛に感謝し、御言葉に従って歩む者とならせて下さい。福音の交わりが豊かにされますように。 アーメン