「彼は、父アマツヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。」 列王記下15章3節

 アマツヤの子アザルヤが南ユダの王となって52年間、国を治めました(1,2節)。冒頭の言葉(3節)には、彼は、主の目にかなう正しいことをことごとく行った、と記されています。
 
 そこに、「父アマツヤが行ったように」と記されているように、アザルヤの父アマツヤも、主の目にかなう正しいことをことごとく行いました(14章3節)。アマツヤの父ヨアシュも、主の目にかなう正しいことを行ったと記されていました(12章3節)。3代続けて、主の目にかなう正しいことを行ったという評価を受けていますけれども、彼らの運命は過酷です。
 
 アザルヤの父も祖父も、謀反によって暗殺されました。そして、アザルヤは主に打たれて、死ぬまで重い皮膚病に悩まされたのです(5節)。息子のヨタムが補佐したということですが、16歳で王となって52年王位にあったアマツヤに次いで、ヨタムが25歳で王となっていますから、ヨタムが生まれたのはアマツヤ43歳の時、そして、アマツヤを補佐出来るようになる年齢を15,6歳と考えると、およそ10年という長きに亘って、アマツヤは皮膚病に苦しめられ、召されたことになります。
 
 彼らはしかし、主の目にかなう正しいことを行っても、こんな酷い目に遭うのなら、自分の好きなことを好きなようにやったほうがましだ、とは考えませんでした。正しいことを行いながら、謀反によって殺された父を見て、なお、父親が歩んだように主の前に正しく生きようとします。
 
 アザルヤは、父アマツヤの日々の生活を見て、自分もそのように生きたいと思っていたのでしょう。ということは、アマツヤも、その父ヨアシュの生活に強く影響されていたのです。そして、どんなことがあっても主の御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩もうとする父親の信仰を、息子が見て誇りとしているのです。だから、重い皮膚病に悩まされているにも拘わらず、それで道を曲げることをしなかったわけです。
 
 使徒ペトロがその手紙の中で、「あなたがたが召されてのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。」と語っています(第一ペトロ2章21節)。キリストの弟子たちは、キリストを模範として、ただその後ろに着いて行ったというだけでなく、その足跡に自分の足を乗せるようにして歩むように召されているというのです。
 
 深い雪道を歩くとき、前の人の足跡に自分の足を乗せていけば、たとえ道が雪で分からなくなっていても、安全に歩いて行くことが出来る、と聞いたことがあります。キリストが十字架でその苦しみを担われたのは、私たちの罪のため、私たちが罪に死に、義によって生きるようになるためでした(同2章24節)。
 
 キリストに従って歩むとは、私たちも隣人のために苦しみを担うということです(ルカ9章23節も参照)。それは、苦難の道ではありますが、キリストと共に軛を負う者は、そのことによって柔和と謙遜を学び、また主と共にある平安が与えられ(マタイ11章29節)、そして、永遠の御国に至るのです(ヨハネ14章6節)。
 
 ヨアシュもアマツヤもアザルヤも、神の御前に義人ではありません(ローマ書3章9節以下)。家臣の謀反によって殺される理由が全くない、というわけではないかも知れません。アザルヤは主に打たれたというのですから、重い皮膚病に悩まされるのには、それ相当の理由があったのかも知れません。

 主の目にかなう正しいことを行うというのは、主イエスのごとく、全く罪を犯すことがなかったということではないでしょう。これは、罪ある者が罪あるままに神の御前に出、素直に主の御言葉を聴き、恵みも災いも受け取る姿勢を言っているのではないでしょうか。表も裏もすべてご存知の主に自分を委ね、「安かれ、畏れるな」とお語り下さる主の御言葉に聴き従っ ている姿を言っているのだと思います。
 
 主よ、私は罪人でした。キリストの贖いにより、信仰によって義とされていることを感謝します。日々、主の御言葉に耳を傾ける私たちの上に、恵みと平安が常に豊かにありますように。主の御足跡に従って歩むことを通して、主の御業をなし、その栄光を表わすことが出来ますように。 アーメン