8月9日(月)~10日(火)、鹿児島は伊集院教会において、南九州バプテスト大会が開催されました。

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今回は、宮崎において発生した口蹄疫のため、開催が危ぶまれましたが、非常事態宣言が解除されたこともあり、また、これを私たちのこととするためにも、開催する運びとなったということが、開会礼拝の島村会長(東熊本教会)の奨励で語られました。

宮崎地区から、実際参加出来なかった教会もあり、文書稟議の形式で臨時総会(09年度決算報告、10年度補正予算案承認など)を行うことになりました。


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大会事務局は、マウマウタン先生(国分教会牧師)が務められました。
大会の準備、しおり作りなど大会事務のほか、開会礼拝の司会、壮年会での奨励と、八面六臂のご活躍でした。

おかげで、とても意義深い大会となりました。
お働きに感謝します。

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今大会のメイン講師は、金子敬先生(古賀教会牧師)です。

主題は、「恵み・ささげる・もちいる」~スチュワードシップ~です。
先生は、スチュワードシップについて、ローマ書1章1節から、ご自身の献身の証と交えて、「キリスト・イエスの僕となること」と、講演の冒頭に語られました。
それを、時間、からだ、賜物、献金の四つのポイントで具体的に展開して下さいました。

特に、感銘深く聞いたのは、神を礼拝する者となるという点です。
時間をささげ、からだをささげ、賜物をささげ、献金をささげて、神を礼拝します。
礼拝者となるということは、神との関係が正しくなるということですが、それは、私たちが神の前に一人で立つということではありません。

創世記4章9節に、「お前の弟アベルは、どこにいるのか」と、主なる神がカインに尋ねる言葉が記されています。
カインは、弟アベルを殺していました(8節)。
その理由は、主が弟アベルの献げ物に目を留め、カインの献げ物には目を留められなかったからでした(4,5節)。
つまり、礼拝において、カインとアベルの問題が明らかにされたわけです。
私たちは、誰と礼拝しているのでしょう。
あなたのアベルはどこにいるのか、と主が問われるのです。

主イエスを信じ、その名を受け入れた者は、神の子となる資格が与えられました。
主イエスは、私たちの罪のために贖いの供え物として十字架に死なれました。
「キリストは、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、・・・双方をご自分において一人の新しい人に作り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」(エフェソ書2章14~16節)。

キリストの贖いの血によって清められた私たちは、隣人を愛し、隣人と和解することが、神の子として生きることであり、主を礼拝することということ、と示されました。

これまでよく分かっていなかったことを、金子先生を通して明確に教えて頂くことが出来て、本当に感謝でした。
主に喜ばれる真の礼拝者となることが出来るよう、御霊の助けと導きを祈り求めていきたいと思います。

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麦野達一先生(伊集院教会牧師)、田渕雅子先生(連合音楽主事・鹿児島教会)が、賛美をリードして下さいました。

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派遣礼拝において、小羊会の子どもたちが手作りの楽器で賛美を献げました。
また、田中文人先生(有明教会牧師)が「平和初めて知ったほかメドレー」を演奏して主を賛美しました。

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派遣礼拝のメッセージは、川内活也先生(川内教会牧師)でした。

私たちが家族であること、神によって家族として頂いたことを確認することが、互いに力を合わせて働く「協働の土台」だと、語って下さいました。

本当に、隣人のために生き、隣人と共に働くことを喜びとする者とならせて頂きたいと思わされました。


講師の金子先生、大会を準備された鹿児島ブロックの方々、会場を提供し、もてなして下さった伊集院教会の皆様、そして連合役員に心から感謝致します。
有り難うございました。

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今まで何度も見ていたはずですが、今回初めて、これは滝だと気づきました。
この滝は、鹿児島からの帰り道、九州自動車道は桜島SAを過ぎて、加治木ICに近づいた左手に見えます。
調べてみたところ、網掛川中流にある「龍門の滝」と呼ばれる、幅43m、高さ46mの滝でした。
鹿児島県下有数の名滝で、1990年に日本の滝百選にも選ばれたそうです。

YouTubeにその映像がありました。


ご覧ください。
加治木ICからそれほど遠くないので、今度は寄ってみたいと思います。