「テコアの牧者の一人であったアモスの言葉。ユダの王ウジヤとイスラエルの王ヨアシュの子ヤロブアムの時代、あの地震の二年前に、イスラエルについて示されたものである。」 アモス書1章1節

 本日から、アモス書を読み始めます。アモス書の著者アモスについては、本書で紹介されていること以外は、ほとんど何も分かりません。アモスの生い立ちや系図なども全く記されていません。

 冒頭の言葉(1節)に「テコアの牧者であったアモス」と記されていて、アモスがテコア出身で、羊飼いをしていたようです。といっても、ここに使われている「ノーケード」という言葉はあと一回、列王記下3章4節でモアブの王メシャが羊の飼育者だというところに用いられています。つまり、雇い人としての羊飼いではなく、牧場主といった資産家だったと思われます。

 出身地「テコア」は、エルサレムの南方20km、標高850mの丘の上にあります。イスラエルが南北に分裂したとき、ユダの王レハブアムは、砦の町(要塞)を15建てました。その一つがテコアです(歴代誌下11章5,6節)。エレミヤ書6章1節に「テコアで角笛を吹き鳴らし」というのもテコアが砦の町で、南方からの敵の侵入を防ぐ役割を担っていたことを示します。

 サムエル記下14章1,2節に、ダビデ王の軍の司令官ヨアブが王とその子アブサロムの仲を取り持つのに、テコアに使いを送り、一人の知恵ある女を呼び寄せたと記されています。 女性の名が記されないことから、彼女に固有のというより、テコアにおいて、ある職業的な知恵者、知識人が養われていて、そのことが広く知られていたのではないかと考えられます。

 また、アモスは「いちじく桑を栽培する者」(7章14節)でした。上述のとおり、彼は貧しい遊牧民などではなく、広い牧場の他に農園も所有する資産家、有力者なのでしょう。「わたしは預言者ではない。預言者の弟子でもない」(7章14節)とアモス自身が語っているので、預言者としての訓練を受けたということもないようです。

 けれども、主に命じられて、預言者として働きます。「わたしは預言者ではない」というのは、農業に従事しながら、主の言葉を伝える務めを果たしているだけで、王に仕える職業的預言者ではないということです。イスラエルに職業的預言者が不在だったわけではないでしょう。むしろ多数いたと考えられますが、しかし、主なる神はアモスを、ご自分の預言者として召されたのです。

 アモスの語る預言の内容は、「イスラエルについて示されたもの」(1節)です。「示す」と訳されている原語(ハーザー)の本来の意味は、「見る、予見する、知覚する、見て取る」です。70人訳は「見る」(エイドン)という訳語を当てています。アモスには、イスラエルについて主から見せられたものがあり、それをイスラエルに告げるようにと命じられたわけです。

 アモスが預言者として立てられたのは、「ユダの王ウジヤとイスラエルの王ヨアシュの子ヤロブアムの時代」です。ウジヤの在位は紀元前783~730年、ヤロブアムは紀元前786~746年、外交的にも内政的にも安定した時代です。ということは、アモスが活動したのは、ホセアとほぼ同時代ということになります(ホセア書1章1節参照)。

 「あの地震の2年前」について、ゼカリヤ書14章5節にも「ユダの王ウジヤの時代に地震を避けて逃れたように」と言われているので、大きな被害を出したものだったようです。考古学者は紀元前760年頃に発生したものと定めています。その「地震の2年前に」ということですから、アモスの預言した主なる神の裁きが、地震というかたちで実行されたということを暗示しているようです。 

 アモスという名前は、「重荷」とか「負担」という意味を持っています。どうしてそのような名前がつけられたのでしょうか。親がその子に「お前は私の重荷だ、お前は私の負担だ」などという名前をつけると思われません。そうではなくて、「人の重荷を負いなさい、隣人の負担を軽くしてやりなさい」というメッセージと受け止めるべきなのでしょう。

 上述のとおり、アモスは南ユダはテコアの出身ですが、北イスラエルのベテルで、預言者として活動しました(7章10節以下)。家畜を伴ってベテルまでやって来て、預言活動が終わると、またテコアに戻るということだったかも知れません。

 けれども預言者として主から召されたことは、アモス自身にとって、喜ばしいことであったとは思われません。彼の語るメッセージは、聞く者を喜ばせるものではなく、むしろ恐怖を与えるようなものだったからです。

 2節に「主はシオンからほえたけり、エルサレムから声をとどろかされる」という言葉がありますが、「ほえたける」、「声がとどろく」というのは、家畜を飼っていたアモスにとって、戦慄を覚えるものだったに違いありません。主の示されたことが、アモスには、ライオンの咆哮のように迫ってきたのでしょう(3章8節参照)。

 アモスは、北イスラエルに恐怖と戦慄を与えるために吼え猛る声として、エルサレムから遣わされて行きます。はじめは、ダマスコ(アラムの首都、3節以下)、ガザ(ペリシテの都市国家、6節以下)、ティルス(フェニキヤの都市国家、9節以下)、エドム(11節以下)、アンモン(13節以下)と、諸国民に対する裁きが告げられます。

 この裁きの告知は、それを聞く北イスラエルの人々に快く受け入れられたことでしょう。というのは、これら周辺諸国の民がイスラエルに敵対して、嗣業の地とその民を蹂躙して来たからです。

 けれども、2章4,5節は南ユダの、同6節以下からは北イスラエルの裁きが告げられます。民に耳を傾けさせておいて、それは特にイスラエルの裁きを告げるための序章だったわけです。

 裁きを告げる預言は、なかなか受け入れられません。実際、喜んで耳を傾ける者はいなかったようです。7章10節で祭司アマツヤが、「アモスがあなたに背きました。この国は彼のすべての言葉に耐えられません」とヤロブアム王に訴えています。人に受け入れられない仕事をしなければならないということで、それはまさしく主から与えられた重荷、負担だったことでしょう。

 何故アモスは、家畜を飼い、いちじく桑を栽培する仕事に従事する傍ら、そのような重く苦痛の多い使命を担ったのでしょうか。それは、彼を召した主を畏れたからです。そして、御言葉に聴き従うことを主が喜んでくださると、彼は知っていたのです。さらに、彼は同胞を愛しています。悔い改めが起こされること、そして神の国イスラエルの回復を期待していたのです。

 私たちも主を畏れ、謙ってその御言葉に耳を傾けましょう。委ねられた務めを全うできるよう、主の知恵と力を求めましょう。聖霊に満たされ、常に主の御業に励むものとしていただきましょう。 

 主よ、私たちもアモスのようにあなたを畏れ、御言葉に聴き従うことが出来ますように。委ねられた主の使命を果たすことが出来ますように。必要な知恵と力を授けてください。聖霊に満たされ、御業に励む者としてください。御名が崇められますように。御心が行われますように。 アーメン