「彼らは羊と牛を携えて主を尋ね求めるが、見いだすことはできない。主は彼らを離れ去られた。」 ホセア書5章6節

 5章の前半(1~7節)には、北イスラエルに対する審判が語られています。後半(8節以下)には、南ユダと北イスラエル、両王国の罪を裁く言葉が記されています。ホセアは、北イスラエルの預言者として、主の言葉を語っているわけですが、南ユダも神の裁きから無縁でいられないのです。

 1,2節に、ミツパ、タボルの山、シッテムという地名が挙げられています。ミツパは「見張り所」という意味で、イスラエルに何箇所か、その名で呼ばれる場所がありますが、この箇所では、ベニヤミン族に割り当てられ(ヨシュア記18章26節)、サムエルが断食と祈りのために民を招集した(サムエル記上7章3節以下)、南ユダとの国境近くにある町のことでしょう。

 タボル山はガリラヤ湖の西方約20km、イズレエル平原の北東端にある標高588mの山です。周囲にこれに並ぶ山はなく、ヘルモン山などと並び称されることもあります。後に、主イエスの姿代わりのした山であるという伝説が生まれました。その伝説に基づいて、コンスタンティヌス帝の母ヘレナが教会堂を建てました。

 シッテムは死海の北東部、エリコの対岸に位置する町で、出エジプトの民がヨルダン川を渡って約束の地に入る前、最後に宿営したところです。宿営中、彼らがモアブの娘たちに従ってペオルのバアルを慕ったので、主が憤られて、背信の者たちを撃たせるという出来事がありました(民数記25章1節以下)。

 「シッテム」には「反逆者、反抗者」という意味があり、新改訳はこれを「曲がった者たち」、岩波訳は「反逆する者たち」と訳しています。神に従うように指導すべき者が、道を曲げ、主に逆らって異教の偶像礼拝に誘っていると解釈しているわけです。

 このように三つの地は、北イスラエルの南と北と東の場所を示しています。そして、罠、網、深く掘った穴という言葉で表現されているように、そこに異教の神々を祀る礼拝場所が設けられ、民を惑わし、陥れていたのです。そして、異教の礼拝がその三箇所だけでなく、東に南に北に広がり、北イスラエルの全地で行われていたことを示していると考えられます。

 冒頭の言葉(6節)に、「彼らは羊と牛を携えて主を尋ね求めるが」とあります。異教の礼拝を行いつつ、主への礼拝も続けられていたのです。それは、国の安全を求め、家庭の平和を求め、生活の豊かさを得るため、手当たり次第、何でも拝むということです。イスラエルの主なる神を信じ頼リ切ることが出来ず、より確かな安全保障を得ようと、カナンの神々をも礼拝しているのです。

 主なる神は、「あなたには、わたしをおいて他に神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である」(出エジプト記20章3~5節)と告げておられます。

 それは、主なる神がエジプトで奴隷とされているイスラエルの民を憐れみ、そこから導き出され(同2節)、彼らをすべての民の中で主の宝とされたからであり、彼らが主の熱情(愛)に応えて、主の声に聴き従い、契約を守って、主にとって祭司の王国、聖なる国民となることが期待されているわけです(同19章5,6節、同20章5,6節)。

 けれども、イスラエルの民はその命令に背いて異教の神々の像を造り、神殿に祀り、拝んでいたのです。祭司たちや王の家の者たちも、それを止めさせるどころか、神に逆らって、自ら落とし穴を大きくするという役割を果たしていたわけです(1,2節)。

 そうしながら、羊と牛を携えて主を尋ね求めたということは、いけにえを献げれば、偶像礼拝の罪を赦してもらえるとでも思っていたということでしょうか。むしろ、そのように主なる神に頼りつつ、前述のとおり他の神々の御利益にも期待していた、あれもこれもに保険をかけたつもりなのではないでしょうか。

 主なる神を信じ、仕えるとは、羊と牛を携えて来ることではありません。主の御言葉を聴いて行うこと、主に従うことです(エレミヤ書7章23節)。ですから、主なる神は彼らの生け贄を喜ばれず、彼らから離れ去ってしまわれたのです(6節)。

 そのことが、8節以下「戦争の罪と罰」の段落において、「懲らしめの日が来れば、エフライムは廃墟と化す」(9節)、「エフライムは蹂躙され、裁きによって踏み砕かれる」と、具体的に告げられています。

 「ギブアで角笛を、ラマでラッパを吹き鳴らせ。ベト・アベンで鬨の声をあげよ」(8節)とは、南ユダ王国との国境線から侵入してくる者たちのために警戒警報をならせということです。侵入してくるのは南ユダの軍隊で、10節の「ユダの将軍たちは国境を移す者となった」もそれを示しています。

 ホセアの活動中、南ユダと戦争を構える事態というのは、北イスラエルの王ペカがアラムの王レツィンと連合してユダを攻めようとしたときのことです(列王記下16章5節以下)。そのとき、ユダの王アハズはアッシリアの王ティグラト・ピレセルに援軍を求め、アッシリアの王はそれに応じてダマスコを占領し、イスラエルとアラムの連合軍は瓦解しました。

 ホセアの預言は、北イスラエル王国が北からアッシリアに、南からはユダに脅かされ、やがて滅ぼされることを告げていますが、その原因が北イスラエルの背信にあること、それゆえ、主なる神が真の敵となられたということを示しているのです。 

 しかし、主なる神は彼らを断罪し、滅ぼし尽くそうとしておられるわけではありません。16節に「わたしは立ち去り、自分の場所に戻っていよう。彼らが罪を認めて、わたしを尋ね求め、苦しみの中で、わたしを捜し求めるまで」と言われます。主は、彼らが悔い改めること、真実に主を尋ね求めることを願っておられるのです。

 私たちも、「論語読みの論語知らず」ならぬ「聖書読みの聖書知らず」という者にならないように、御言葉を聞いても行わない者とならないように、日々御言葉に耳を傾け、主の御心に従って歩んで参りましょう。

 主よ、日毎にあなたを畏れることを学び、御言葉に耳を傾け、御心に従って忠実に歩ませてください。御霊の力を受け、その導きにしたがって御名の栄光を常に賛め称えつつ、周囲の人々に主イエスの恵み、神の愛を証しすることができますように。 アーメン