「お前たちイスラエルの家よ、主なる神はこう言われる。おのおの自分の偶像のもとに行き、それに仕えよ。その後、お前たちは必ずわたしに聞き従い、二度と偶像に贈り物をささげて、わたしの聖なる名を汚すことはなくなる。」 エゼキエル書20章39節

 20章の冒頭に「第7年の5月」(1節)とありますので、8章1節の「第6年の6月5日」という記述からおよそ1年が経過した、紀元前591年の夏の終わり頃ということになります。そして、1年前のときと同じように、イスラエルの長老たちが主の託宣を求めてエゼキエルの前に座っています。

 イスラエルの長老たちがどのようなことで託宣を求めてきたのか、ここに記されてはいません。けれども、エゼキエルに与えられた主の言葉を見れば、彼らは、今後イスラエルはどうなるのか、自分たちはいつごろバビロンから解放されることになるのかということを尋ねたのでしょう。

 しかしながら、主なる神はその問いには答えないと告げられます(3節)。そして、捕囚という苦難の原因はイスラエルの背きの罪にあることを、これまでの歴史を振り返って物語られます(5節以下)。それは、イスラエル人ならば誰もが知っている出エジプトの物語です。

 イスラエルの民は、かつてエジプトから救い出してくださった神が、今度はバビロンからも救い出してくださると期待して、何度も出エジプトの物語を聞き直したのではないかと思います。しかし、エゼキエルが語ったのは、彼らに希望を与えるためではありません。イスラエルが忘れていることを思い出させるためでした。

 それは、イスラエルの民はその初めから神に背いていて、エジプトの偶像を捨てようとはしなかったということです(8節)。430年の奴隷生活で染みついた習慣だったのでしょうか。いつしかそれが、彼らにとっての先祖の神、家の神になっていたのかも知れません。

 カナンに定住すれば、「高い丘や茂った木」で象徴されるバアルやアシェラという神々も祀るようになりました(27節以下)。さらに捕囚の地バビロンでも、「お前たちは『我々は諸国民のように、また、世界各地の種族のように、木や石の偶像に仕えよう』と言っている」(32節)と断じられています。

 これはしかし、捕囚となったユダの民だけの問題ではありません。私たちも、生活の中で繰り返している悪い習慣があります。悪循環からなかなか抜け出せません。やめようと思うことがやめられず、しなければならないことが出来ません。パウロはこれを、罪の法則と言いました(ローマ書7章19節以下)。この罪の法則を断ち切らず曖昧にしたままで、真の救いを得ることは出来ません。

 エゼキエルは冒頭の言葉(39節)で、「各々自分の偶像のもとに行き、それに仕えよ」と言い、そして、「その後、お前たちは必ずわたしに聞き従い、二度と偶像に贈り物をささげて、わたしの聖なる名を汚すことはなくなる」と続けます。

 前半と後半が、「その後」という言葉でつながれていますが、そこには大きな断絶があります。偶像に仕える民が、どのようにして、「その後」を迎えることが出来るのでしょうか。どのようにして、「わたしの聖なる山、イスラエルの高い山で」(40節)、つまりエルサレムに戻って、主なる神に仕えるようになるのでしょうか。

 イスラエルの民が捕囚からの帰還を果たしたとき、救いが神の恵みによってなされたことを知ったとき、彼らは主こそ神であることを知り(42節)、自分たちの行いを思い起こし、嫌悪するようになると言います(43節以下)。

 民がおのが罪を悔い改めて神に立ち帰ったから、帰国が許されるようになったというのではなく、先に神が民を憐れみ、一方的な恵みで捕囚の苦しみから解放され、帰還を果たすことが出来るようにされたわけです。そして、その神の恵みを味わい知ったとき、自分たちの罪深さに嫌気が差すようになると言われるのです。

 私たちも、一方的な神の恵みにあずかりました。あらためて、どのようなところから救われたのか、自分の救いの事実に目を留めなければなりません。第一ヨハネ3章1節に「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです」と語られています。

 父なる神の愛の御業を絶えず思い起こし、日々感謝しつつ主に聴き、その御言葉に従って歩ませていただきましょう。

 主よ、恵みを忘れ感謝を忘れて、罪を繰り返す愚かな私を赦してください。主の十字架を絶えず仰がせてください。御言葉の導きに従うことが出来ますように。謙って主に従うことこそ、私たちを自由にし、平安を与える道だからです。 アーメン