「わが子よ、聞き従って知恵を得よ。あなたの心が道をまっすぐに進むようにせよ。」 箴言23章19節

 22章17節から24章22節までが、「賢人の言葉(1)」という小見出しの付けられた格言集となっています。その内容から、エジプトの『アメン・エム・オペトの教訓』という、宮廷の財産を管理する高官が息子ホル・エム・マア・ケルのために与えた教訓に基づいているものと考えられています。その『教訓』は、出エジプトの出来事以前に収集され、記録されたものです。

 箴言には、怠惰と飲酒、姦通を戒める言葉が繰り返し出て来ます。この三つが、社会生活や家庭生活を危うくする元凶と考えているのでしょう。

 23章は29節以下に、酒に酔う者の愚かさを描いています。酒の害悪について、創世記9章21節以下で、箱船を出たノアたち一家の別離の原因となっていますし、新約でも、「酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです」(エフェソ5章18節)と言われています。

 植木等が歌った「スーダラ節」(詞:青島幸男、曲:萩原哲晶)のレコードが1961年8月に東芝音楽工業から発売され、80万枚を売り上げる大ヒットとなりました。「♪チョイト一杯のつもりで飲んで、いつの間にやらハシゴ酒。気がつきゃホームのベンチでゴロ寝、これじゃ身体にいいわきゃないよ。分かっちゃいるけどやめられねえ。ア ホレ スイスイ スーダララッタ スラスラスイスイスイ ・・・♪」。

 酒に競馬に女性、「飲む、打つ、買う」の三拍子といえば、男が道楽の限りを尽くすことです。ちょっとだけ、すぐにやめると言いながら、ブレーキが利かなくなってしまう人の弱さが歌われています。

 この歌には面白いエピソードがありました。植木等は当初、「こんなふざけた歌が歌えるか」といって怒ったそうです。関係者やクレイジーキャッツの他のメンバーから何度も勧められて悩んだ末、父親に相談しました。植木等の実家は真宗大谷派のお寺です。住職をしていた父親に相談したわけです。

 父親はその歌を聞いて、「これには浄土真宗の教えに通ずる。きっとヒットすると思うぞ」と言ったそうです。それを聞いて植木等はようやく歌う決心がついたというのです。もっとも、植木等は、スーダラ節のヒットに、こんな歌がヒットするなんて悲しいと言ったとか。

 浄土真宗の教えに通ずるというのは、この歌詞の最後の「分かっちゃいるけど、止められねえ」というところにあると考えられます。仏教では、何度反省しても同じことを繰り返す、自分の力で悪を断ち、善を行うことなど到底出来ない人間のことを、凡夫というそうです。

 その凡夫を救うという他力の本願を頼みとするほか、往生を遂げる道はないと悟ることを回心というと、浄土真宗では教えられているのです。他力の本願とは、西方浄土におられる阿弥陀仏がすべての凡夫を救おうとして立てた誓いのこと、往生とは死んで極楽に生まれることです。

 キリスト教と浄土真宗の教えは似ています。凡夫を罪人、他力を主イエス、本願を神の御心と読み替えれば、そのまま新約聖書の福音になりそうです。

 ただ、決定的な違いは、阿弥陀仏が架空の存在で、極楽往生の目的が悟りを開くことであるのに対し、主イエスは歴史に登場して、私たちの罪を赦すため、身代わりに十字架にかかって死んでくださった実在のお方で、その御業は、私たちを救うためのものです。

 主イエスについて、天からの声で「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」(マタイ福音書17章5節)と言われたことがあります。私たちは確かに、自分の知恵や力で罪と悪の力に打ち勝つことは出来ませんでした。

 しかし、「わたしに従いなさい」(同16章24節)と私たちを招かれる主イエスは、御自分の死と復活によって罪と死の力を打ち破られたお方です。この方の御言葉を聞くことによって信仰は始まります(ローマの信徒への手紙10章17節)。

 「知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています」(コロサイ書2章3節)とありますから、キリストに聞いて従っていくとき、確かな知恵を得ることが出来るのです。冒頭の言葉(19節)で、「わが子よ、聞き従って知恵を得よ」とは、そのことでしょう。

 また、「あなたの心が道をまっすぐに進むようにせよ」というのも、同様に解釈することが出来ます。ヨハネ福音書14章6節に、主イエスこそが道であり、主イエスに従ってその道を歩んで行くと、真理と命に与り、父のもとに行くことが出来ると言われています。そこから右にも左にもそれることがないように、主イエスの御言葉と聖霊の導きに素直に聴き従うものでありたいと思います。

 主よ、酒に酔うのではなく、聖霊に満たされて、絶えず心から主を賛美し、信仰によって互いに教え、励まし合うことが出来ますように。心の中から新たにされて、神の御旨をわきまえ、喜びと感謝をもって御言葉と聖霊の導きに素直に従うことが出来ますように。 アーメン