「主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。」 ヨブ記40章6節

 1,2節は、神の第一の発言の締めくくりです。2節の「引き下がるのか」(イッソール)と訳されているのは、4章3節で「諭す」(ヤーサル)という言葉の名詞形で「非難する者、欠点発見者」という言葉です。動詞の意味を加味して訳すと、「全能者と言い争うのは、教え諭す者か」という言葉になります。

 「責め立てる者」(モーキーアハ)は9章33節で「調停する者」と訳されていました。これはヨブが、神との間を調停、仲裁してくれることを期待した人のことです。動詞形の「ヤーカー」という言葉は、「裁く、責める、決定する」という意味です。

 ヨブは、本気で神と言い争うことができると考えていたのでしょうか。しかし、神の発言を聞いて、「わたしは軽々しくものを申しました。どうしてあなたに反論などできましょう。わたしはこの口に手を置きます」(4節)と答えています。ヨブの心は、神を畏れる思いで完全に満たされていることでしょう。

 7節から、神の第二の発言が記されます。そこで38章3節の言葉を再度繰り出し、続けて、「お前はわたしが定めたことを否定し、自分を無罪にするためにわたしを有罪とさえするのか」(8節)と問いかけられます。「定めたこと」は、「公正」(ミシュパート)と訳される言葉です。

 ヨブは27章2節で「わたしの権利を取り上げる神にかけて、わたしの魂を苦しめる全能者にかけて、わたしは誓う」と言っていましたが、「権利」と訳されているのが「ミシュパート」で、わたしのミシュパートを取り上げ、苦しめる全能者を告発していたのです。

 しかし、自分も神に対して同じことをしているとは、ヨブ自身、考えもしなかったことでしょう。そのように神を告発していたのは、ヨブが応報の原則によって「義」(ツェデク)や「公正」(ミシュパート)を考えていたからです。友らが、その原則に従って、ヨブに罪があるとしていたのを、ヨブは、自分は無実なのに苦難を受けるのは、神が公正ではないからだと批判する結果になっていたのです。

 それが、神の経綸を暗くすること(38章2節)、ヨブが無罪を主張するために神を有罪とすること(8節)と批判されているということは、応報の原則によって神の義を考えることはできないということを示しています。

 9節に「腕」という言葉があり、14節に「自分の右の手」という言葉があって、ヨブの力を示すものによって9~14節の段落を括っています。そして10~13節に、王権を象徴する装束を身に着け、王たる者にふさわしく行動することができるかとチャレンジしています。ヨブは、このチャレンジを受けて、神に代わり、奢り高ぶる者、神に逆らう者を排除することができるでしょうか。

 もしできれば、神はヨブを賞賛し(14節)、神にも劣らぬ者であること(9節)を認めようというのですが、ヨブならずとも、誰にもできることではありません。そもそも、奢り高ぶる者、神に逆らう者をすべてこの世から排除して、王国が成り立つでしょうか。上述の批判から、ヨブ自身でさえ、この世に留まることが許されないでしょう。

 これはしかし、神にしかできないと言いたいのではありません。神は、ご自分が支配するこの世界を、そのように暴力的な力で支配しようとはなさらない、ご自分に逆らう者を力で排除するという仕方で、この世を治められてはいないということです。そのことについて、38章39節~39章30節の箇所で、野生生物の支配について語るところで、既に語っておられました。

 あらためて、冒頭の言葉(6節)に目を留めてください。神は、第二の発言でも再び「嵐の中から」ヨブに語りかけられました(38章1節参照)。嵐の中で語りかける神のイメージは、モーセがシナイ山で十戒を受けた時、山全体が雷雲に包まれ、雷鳴がとどろいて、宿営していた民が震え上がったときのことを思い起こさせます(出エジプト19章参照)。

 また、ソロモンが神殿の奉献式において賛美を捧げたとき、そこに雲が満ちたことがあります(歴代誌下5章13節)。雲は、神の臨在のしるしでした。その雲が雷雲であれば、それは神の臨在を示しているだけでなく、許可なく神に近づくことを許さないというしるしでしょう。

 そのうえ、その雲が「嵐」をもたらすものならば、どうなるのでしょうか。嵐は、ヨブの長男の家を倒壊させて子どもたちのすべての命を奪いました(1章19節)。ヨブにとってそれは、大きな苦しみであり、また悲しみです。嵐が今ヨブに立ち向かっているということは、ヨブに対する神の裁きと考えてもよいでしょう。

 ヨブは苦しみをもたらした神に訴えて、答えを求めていたわけですが、耐え難い苦難を通して、苦難をもたらした嵐の中から神が語りかけておられることに、今ようやく気がついたと読むことも出来そうです(36章15節参照)。

 ヨブは、自分の正しさを神が認めてくれるようにと求めるあまり、むしろ、神から遠く離れることになってしまったことに気づかされたのです。そして、自分に厳しく、しかし慈しみをもって迫り、問われる神の言葉により、主が神であられること、また自分が神の被造物であるということを、再認識させられました。それはしかし、もう一度神の恵みに目を開かせることだったのです。

 モーセがシナイ山で十戒を授かったとき、山全体が激しく震え、モーセの語りかけに雷鳴をもって答えられるという恐るべき光景が展開されていたわけですが、モーセはそこで神と親しく語らい、40日40夜を飲まず食わずで過ごしました。

 神と親しく交わることは、モーセにとって飲食を忘れさせるほどの、否、私たちの理解をはるかに超えた、真の食べ物であり、飲み物だったのです(ヨハネ4章32,34節、6章53節以下、55節)。

 詩編34編18~21節に「主は助けを求める人の叫びを聴き、苦難から常に彼らを助け出される。主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる霊を救ってくださる。主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出し、骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる」と詠われています。

 直接語りかけられた神の御前に、己の傲慢を思い知らされ、自己中心の罪を示されて平伏しているヨブにとって、神の御言葉は厳しくありますが、それは、ヨブの目を開いて悔い改めさせ、再び神との親密な交わりに導くものとなったわけです。

 2000年前のペンテコステの日、「突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」(使徒言行録2章2節)ということ、そして、「一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他の国々の言葉で話しだした」(同4節)という出来事があり、ペトロの説教を通して3000人もの入信者を獲得して(同41節)、エルサレムに教会が誕生致しました。

 「激しい風」は聖霊の到来を表わしており、そして、それまで権力の前に怯えていた使徒たちに神の力を与え、それによって宣教の働きが著しく伸展しました。「霊」は、ギリシア語(プネウマ)でもヘブライ語(ルーアッハ)でも、「風」とも訳される単語です。聖霊が激しく信徒たちの上に働きかけたということになります。

 十字架の前にひざまずき、聖霊に満たされ、喜びをもって従順に主に従う者としていただきましょう。そのために、約束の聖霊を求めて祈りましょう。聖霊の力を受けて、主の証人にならせていただきましょう。

 主よ、御前に謙り、様々な方法を持って語りかけられる御声に絶えず耳を傾けます。聖霊の助けと導きを求めます。私たちの耳を開いてください。日々上からの力に与り、頂いている恵み、平安、喜び、慰め、癒し、助けを周りの人々と分かち合うことが出来ますように。主の恵みと導きが私たちと共に常に豊かにありますように。 アーメン