「全能者を見だすことはわたしたちにはできない。神は優れた力をもって治めておられる。憐れみ深い人を苦しめることはなさらない。それゆえ、人は神を畏れ敬う。ひとの知恵はすべて顧みるに値しない。」 ヨブ記37章23,24節

 36章26節から、神の偉大さをたたえる賛美が記されています。神は、雨を降らせ(36章27,28節)、雷鳴をとどろかせ(同29節)、稲光を走らせます(同32節)。37章もそのイメージを引き継ぎ、稲妻(3節)、雷鳴(4節)、そして、雨に加えて雪を降らせられます(6節)。

 2節の「聞け、神の御声のとどろきを、その口から出る響きを」は、雷鳴を神の御声とみなした言葉で、詩編18編4節、29編3,4,5節にも、同様の賛美がなされています。それは、神が創造の御業をなされる驚くべきとどろきで、人がその内容を知ることはないと言います(5節)。

 雪や強い雨は、人の手の業を封じ込めるためのもので(7節)、「獣は隠れがに入り、巣に伏す」(8節)というのは、野生の獣が手なずけられたというような表現で、神に逆らうことをやめさせる神の力を示すものということでしょう。これは、神に向かって自分の思いをぶつけているヨブが、獣のように爪を出し、牙をむいているように見えるということを示しているようです。

 「嵐」(9節)は、38章1節で神の臨在を示すものとなっていますが、雷を含め、強い雨風など、「懲らしめのためにも、大地のためにも、そして恵みを与えるためにも、神はこれを行わせられる」(13節)と、自然の力が神の裁き、また神の恵みとして示されます。

 この論法によれば、ヨブの羊と羊飼いが天からの火で焼け死に(1章16節)、またヨブの子どもたちが、四方から吹きつけた大風で家が倒れて命を落とした(同19節)というのは、神の裁き、怒りが、自然の力として現れたということになります。しかし、そのような論立てを、ヨブはおとなしく黙って聞いてはいないだろうと想像します。

 14節以下はエリフの最終弁論で、ヨブに対する最後の勧めが語られています。それは、冒頭の言葉(23,24節)に示されているとおり、人が神を理解することは不可能だというものです。優れた力をもって治めておられる全能者に対する、人間としてのふさわしい姿勢は、神を畏れ敬うことで、挑戦的に神に物申すことは許されないというのです。

 確かに、人の知恵、知識には限界があります。自分の知恵で、神を見出すことはできません。相手が神でなくても、自分自身のことさえ、知り尽くしているわけではありません。他人のことをどれだけ理解していることでしょう。ヨブの三人の友も、そして長い弁論をなしたエリフも、ヨブの訴えに対して、全く理解を示すことができませんでした。

 私たちは、自分に都合のよいことは神の恵みとして受け取りますが、不都合なことを同様に考えることは困難です。6節以下で大雪、大雨などの自然現象も、神の御心によって司られていると教えられますが、台風の被害や大地震による災害などをどのように考えればよいのでしょうか。自分や家族が天災などで被害を受けたとき、神の裁きだと言われて、それを素直に受け取れるでしょうか。

 確かに因果応報というのは、物事をわきまえる一つの知恵ですが、すべてのことにそれを当てはめるのは、無理があります。全能の神が、一つの法則に基づいてしか行動できないと言うことはないでしょう。様々な方法で語られるということであれば(33章14節)、行動原理も様々、その表現も様々でしょう。 

 時折、苦難を恵みと考えることが出来た人々に出会います。水野源三さんもそうでした。三浦綾子さんや星野富弘さんも、そうした人々の中の一人です。私たちの目には神様の御姿は見えませんが、このような人々がその苦しみの中で神を信じて変えられたという話を伺うと、確かに神がおられるのではないかと思います。

 なぜ、彼らがそのように苦しまなければならなかったのか、その理由はよく分かりませんが、源三さんの詩集や、富弘さんの詩画集などが、多くの人々に感動を与え、慰めや励ましとなっていることを考えると、苦しみの中にあった彼らに、確かに神が私たちの知り得ない方法で語りかけ、生きる力、希望を与えたのだと思わざるを得ません。

 47年の生涯を駆け抜けられた現代のヨブ、水野源三さんが神様に対して心を開くようになるのは、しかし、一朝一夕のことではありませんでした。源三さんのことを知った一人の牧師が、一冊の聖書を置いていったのが、そのきっかけです。源三さんが12歳の時です。

 その頃、源三さんを自分たちの宗教に勧誘しようとする訪問者が後を絶たず、それにウンザリさせられていたので、家族も最初は拒絶していたといいます。しかし、誠実に訪問し、家族の話に耳を傾け、福音を語る牧師に、それまでとは違うものを感じて、源三さんのお母さんが牧師に、源三さんの話し相手になってくれるよう、頼まれたそうです。

 源三さんを信仰に導いたのは、坂城栄光教会を築かれた宮尾隆邦という牧師ですが、当時、小学校の分校教師をしながら伝道しておられました。長野県の田舎のあばら屋に住み、大変苦労をしながら伝道されていたそうです。それは、宮尾先生に、郷里伝道という使命が与えられていたからこその働きでした。

 その上、源三さんと出会ったときには、既に進行性筋萎縮症を発症しておられ、杖をつきながら源三さんを訪ねておられたそうです。聖書を置いて行った宮尾先生は体の不自由な人だと母親から聞かされた源三さんは、初め、暗い人かと思っていたので、先生の朗らかな笑い声に驚いたそうです。

 様々な宗教の勧誘にうんざりしていた源三さんでしたが、宮尾先生の誠実なお人柄とその信仰、そして何より、宮尾先生を通して大きな業を成し遂げようとされる神ご自身の御業によって、源三さんは13歳でクリスチャンとなられたのです。

 私たちが信仰に導かれたのも、神の不思議な導きがあったからであり、そのために様々な出会いや導きを与えてくださったからです。そしてまた、主イエスを信じる私たちを通して、御言葉を告げ知らせ、御業をなさせてくださいます。そのすべては、応報の法則によらない、神の深い恵み、憐れみによることです。

 恵みに生かされている者として、神の恵みの証人として用いられる器とならせていただきましょう。そのために、聖霊の満たしと導きを祈りましょう。 

 主よ、どうぞ私たちをあなたの聖霊で満たし、主の御業のために用いてください。用い易い器となるために整えてください。そのための試練を耐え忍ばせてください。ひつような知恵と力を授けてください。御言葉に耳が開かれますように。主の御業を見ることができますように。そうして、御名をあがめさせてください。 アーメン!