免許証今日、筑後地区の家庭集会の後、運転免許の更新に、筑後自動車運転免許試験場まで行きました。

実は、家庭集会の会場と運転免許試験場は、目と鼻の先というと言い過ぎだけど、車で2,3分といった距離。

午後2時過ぎに会場を出て、試験場に行き、色々な手続きを終えて、更新講習が行われる部屋の椅子に座ったのが2時20分でした。

講習は2時半から30分。
講師の立て板に水のような、でもしっかり抑えるべきポイントを抑えた話を聞いているうちに、講習時間終了。

3時過ぎに手にしたのが、写真の免許証です。
もらったときの第一印象は、免許証の厚さが厚くなったということ。
なんでも、マイクロチップが組み込まれているそうです。
本籍が空欄になっているというのは、個人情報保護の目的で、マイクロチップの情報を読む機械にかけて、分かるようになっているらしいです。

マイクロチップに入れられている情報がどれほどのものなのか、見当もつきませんが、表面に記載されている数字などでも、かなりのことがすぐに分かることになっています。

たとえば、免許証に記されている12桁の番号のうち、最初の二桁は免許証を取得した県のナンバーで、「54」は愛知県であることを示しています。
因みに、東京は「30」、四国愛媛は「82」、九州福岡は「90」、佐賀「91」、長崎「92」、熊本「93」、大分「94」、宮崎「95」、鹿児島「96」、沖縄「97」だそうです。

次の二桁は取得年が西暦の下二桁で表わされています。
私の場合、「77」つまり、1977年(昭和52年)に免許を手にしたということです。

次の6桁は、県毎に管理している番号ですが、最初の二桁は、試験で間違えた問題の数ではないか、という情報があるそうです。
であれば、私は「04」ですから、100点満点中96点で合格したことになりますが、どうだったかな~?

あ、違う。
原付は50問で100点だったから、4つ間違うと92点。
何となく、そうだったと思う。


最後の数字は、免許証を紛失した回数です。
普通は「0」のはずです。
私は「2」で、教員時代に2度紛失して、再発行されています。


さらに、番号の下に各種自動車運転免許取得年月日が記されています。
私の場合、1977年(昭和52年)の原付免許が最初なので、一番上にそれがなければならないのに、日付が入っておらず、2行目の「ほか」の欄に昭和58年(1983年)の年月日が入っています。

私は1月生まれで、1983年当時は、誕生日の一ヶ月前から誕生日までが更新期間でした。
つまり、これは更新すべき時に更新し忘れため、最初の免許が失効したこと、そして、2月8日になって更新に行き、罰金を払って免許証を発行してもらったということを示しています。

そうなったのは、このとき西南学院大学神学部を受験するため、2月末に勤めていた職場を辞めることになっていて、引っ越しのことも含めてバタバタしていたときだからということではあるのですが・・・


このように、免許証を見ると、私がいかにうっかり者であるか、モノの管理がお粗末であるかということが一目瞭然というわけです。

そういえば、どなたかが、免許証の末尾番号が「0」でない人は、就職の面接試験で落とされることがあるとか仰っていましたよ。
よかった~、大牟田教会の牧師招聘委員会で免許証を見せなさいと言われなくて。


※青文字は、後日付記。