「わたしたちは今日、主がわたしたちの中におられることを知った。あなたたちは主に対してこの背信行為をすることなく、イスラエルの民が、主の手にかけられるのを免れさせた。」 ヨシュア記22章31節

 ヨシュアは、ルベン、ガド、マナセの半部族の者たちを集め、ギレアド地方の自分たちの所有地に帰るよう指示を与えました(1節以下、4節)。彼らは、カナンの地に入る前、ギレアドを所有地として与えて欲しいと願い、モーセによってそれが許可されました(民数記32章)。
 
 そのときに出された条件が、彼らが武装して、他の部族の者たちと共にヨルダン川を渡り、カナンを征服するために共に戦うということでした(同17,20節以下)。21章までにカナンの地の征服が完了し、土地の分配も終わったので、ヨルダン川東部の所有地に帰る許可が出たわけです。
 
 帰る途中、彼らは、ヨルダン川を渡る前、ゲリロトに一つの祭壇を築きました(10節)。それを知った他の部族の者がシロに集まって協議し、彼らに軍を差し向けることにしました(12節)。それは、彼らが異教の神を礼拝するために祭壇を築いたのであれば、それがイスラエルの民全体の不幸を招くことになる恐れがあったからです。それは、かつてシナイの荒れ野を旅していたとき、ペオルでバアルを礼拝して神を怒らせ、2万4千人が打たれて死ぬという災いを経験していたからです(17節、民数記25章参照)。
 
 そこで先ず、彼らの意図を確認するために、祭司ピネハスとイスラエル各部族から1名ずつ、計10名の家系の長を遣わしました(13,14節)。それに対して、ルベン、ガド、マナセ半部族の者たちは、自分たちが祭壇を築いたのは、異教の神を礼拝するためではなく、ギレアドに住む自分たちの子らとカナンの地に住むイスラエルの子らとの間柄を示す証拠とするためである、と答えました(24~29節)。
 
 ヨルダン川東岸のギレアドの地、即ち自分たちの所領ではなく、西岸のゲリロトに祭壇を築いたのは、自分たちがそこでいけにえをささげて、神を礼拝しようとするものではないという思いの表れでしょう。
 
 この背景に、ギレアドがもともと約束の地には含まれていなかったということがあり、そこを嗣業の地としたために、社会的宗教的な差別を受けるのではないかという懸念があったのでしょう。祭司ピネハスが、「もしもお前たちの所有地が汚れているなら、主の幕屋がある主の所有地に渡って来て、わたしたちの間に所有地を持つがよい」(19節)と語った言葉にも、ギレアドの地を異教の民が住んでいた汚れた地と見なす思いが滲んでいるようです。
 
 しかし、祭司ピネハスとイスラエルの家系の長は、彼らの答えに納得が行き、冒頭の言葉(31節)の通り、「わたしたちは今日、主がわたしたちの中におられることを知った」と言います。もしも、ギレアドに住む者らがゲリロトに祭壇を築いたことを神が咎めておられるなら、自分たちから神が離れてしまわれたことでしょう。「主がわたしたちの中におられることを知った」というのは、ギレアドに住む人々の行為を主がよしとされたということを表わしていますし、さらには、ギレアドの地にも主がおられることを知った、という意味でもあります。
 
 そもそも、ギレアドを所有地として求めたのは、ルベンとガドの2部族だったのですが(民数記32章1~5節)、モーセはそれに加えて、マナセの半部族にも領地を得させました(同33節)。その理由が分からなかったのですが、マナセ族がヨルダン川の東と西に別れて領地を持つことで、ギレアドの人々はイスラエルの民ではない、ギレアドは神がイスラエルに与えた約束の地ではないという批判が誤りであることを、誰もが納得するためだったのではないかと、今ここで示されます。
 
 神のなさることが今すぐには分からなくても、後から、「わたしたちは今日、主がわたしたちの中におられることを知った」という恵みに与ることが出来るのです。

 主よ、あなたのなさることはときに適って美しく、いつも最善であることを信じて感謝します。時に、そのことが分からず、主に向かって呟き嘆く者ですが、あなたはそれを感謝と喜びに変えて下さいます。見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎ、主がわたしたちの中におられることを常に知ることが出来ますように。 アーメン