「ウリヤはダビデに答えた。『神の箱も、イスラエルもユダも仮小屋に宿り、わたしの主人ヨアブも主君の家臣たちも野営していますのに、わたしだけが家に帰って飲み食いしたり、妻と床を共にしたりできるでしょうか。』」 サムエル記下11章11節

 再びアンモンとの戦いが起こり(10章参照)、イスラエル全軍が出陣したとき、ダビデは王宮に残っていました(1節)。「年が改まり、王たちが出陣する時期」とは、春は戦争の季節ということになるのでしょう。

 しかしながら、ここでは、かつてダビデは兵士の先頭に立って出陣していたのに(サムエル記上18章13,16節)、今回はエルサレムに留まっています。それが問題だということを示すため、そのように言い表しているようです。

 ある日の夕暮れ、昼寝から覚めて王宮の屋上を散歩していたとき、水浴をしている一人の美しい女性が目に留まります(2節)。使いを出して女性のことを調べさせると、エリアムの娘バト・シェバで、ヘト人ウリヤの妻であるということです(3節)。

 エリアムもウリヤも、ダビデの勇士のうちに数えられる兵士であり(23章34,39節)、エリアムの父アヒトフェルは、ダビデの顧問です(15章12節)。女性の父エリアムや、夫ウリヤが自分の勇敢な兵卒で、今、アンモンとの戦いのために戦場に赴いているという状況です。

 そのうえ、「彼女は清めから身を清めたところ」(4節)、即ち、月経の期間中で、彼女に触れることは「汚れ」を身に受けることになる時期だということです(レビ記15章19節以下)。それら、ダビデにもたらされた情報すべてが、彼がこれからしようとしていることを諦めさせようとするイエローカードです。

 ところが、それらのことを知りながら、ダビデは使いを出してその女性を王宮に招き、床を共にしてしまいました(4節)。二人の間のやり取りは記録されていません。ただ、家に帰った女性から、「子を宿しました」(ハーラー・アノヒー)という単語二文字の短い報告が、ダビデのもとに届けられただけです。

 報告を受けたダビデは、ヨアブにバト・シェバの夫ウリヤを戦地から送り返すよう命じ(6節)、そうして家に帰らせようとします(8節)。それは勿論、ウリヤを労うふりをして、自分の姦淫の罪をごまかすためです。

 戦地から戻って来たウリヤにダビデは、ヨアブの安否、兵士の安否、戦況について尋ねました(7節)。「戦況」は、「戦争の安否」という言葉遣いで、「安否」は、シャロームという言葉です。つまり、ダビデは自分の罪をごまかす算段のために、三度「シャローム」を口にしているのです。

 報告を受けたのち、ダビデはウリヤに、「家に帰って足を洗うがよい」と言います(8節)。ウリヤにとってその言葉は、婉曲に性交を促す言葉で、軍隊の男たちの間で交わされるからかいの言葉のように聞こえたのではないかと、註解書に記されていました。

 王の贈り物を受け取り、王宮を退出したウリヤですが、しかし、彼は家には帰りませんでした(9節)。ダビデが理由を尋ねると、冒頭の言葉(11節)の通り、「わたしだけが家に帰って飲み食いしたり、妻と床を共にしたりできるでしょうか」と答えました。ここに、ウリヤの誠実さ、ダビデやヨアブに対する忠臣ぶりが示されます。

 ウリヤは「ヘト人」、即ち、カナンの子ヘトの子孫です(創世記10章15節、23章3節参照)。異邦人のウリヤが、神の箱が戦場に運ばれていることを気にかけ、「仮小屋」という表現で、イスラエルもユダも、国を挙げて臨戦態勢でいることを言い表し、何より、司令官ヨアブや主君の家臣たち、つまり、彼の仲間が戦場にいて危険な戦いをしていることを気遣っています。

 だから、そんな戦いの最中に、自分一人気を抜き、妻と楽しみ過ごすことなど出来ないというわけですが、これは本来、ダビデが言わなければならないことでした。そして、ダビデがそう思っていたならば、当然のことながら、自分の部下の妻と姦淫することもありませんでした。

 簡単に誤魔化すことは出来ないと悟ったダビデは、ウリヤを食事に招き、酒に酔わせて家に帰そうとしますが、それも功を奏しませんでした(13節)。かくて、ウリヤを家に帰らせて姦淫を誤魔化すという策は、破綻してしまいました。

 そこで、ダビデは、「ウリヤを最前線に出して一人置き去りにし、戦死させよ」という司令官ヨアブに宛てた手紙を、そうとは知らないウリヤに持たせます(14,15節)。ヨアブはその命令に従い、激戦地にウリヤを送って、戦死させました(17節)。

 勇士の一人に数えられるウリヤですから、今回も最後まで勇敢に戦ったと思います。そして、王ダビデに対し、絶対忠誠を誓っていますから、自分を激戦地で戦死させるようにという親書をヨアブに届けるときも、激戦の最前線に出されても、そこでダビデ王の真意を疑うようなことは、微塵もなかったことでしょう。

 ダビデは、ウリヤの喪が明けた後、彼の妻を王宮に引き取り、自分の妻としました(27節)。ほとんどの者はダビデの企みを知りませんから、その行為を、ダビデの好意と考えたでしょう。

 知っているのは司令官ヨアブだけですが、彼は王の命令に従ってウリヤを戦死させた共犯者ですから、沈黙せざるを得ないでしょう。そして、王がおのが思うままに振る舞うのは、当時の常識というものだったのではないかと思います。

 ダビデは、自分の姦淫の罪を覆い隠し、王としての威厳を保つために、勇敢で忠実な僕ウリヤを殺し、その妻を自分のものにしてしまいました。こうして、殺すな、姦淫するな、隣人のものを欲するなという十戒に背きました(出エジプト記20章13,14,17節)。

 「全イスラエルを支配し、その民すべてのために裁きと恵みの業を行う」(8章15節)べき王が、「ダビデのしたことは主の御心に適わなかった」(27節)と言われる罪を犯してしまったのです。

 この27節の言葉は、25節の「そのこと(敵の城門に押し寄せ、ウリヤが戦死したこと)を悪かったとみなす必要はない」という言葉との対比で、ダビデの心がその時、いかに主から離れていたのかということが明示されます。

 しかしながら、そのことはダビデひとりの問題ではありません。すべきことを知っていながらそれをすることが出来ず、してはならないと知りながら、「分かっちゃいるけど、辞められない」とうそぶきながら、それをしてしまう私たちです。

 パウロも、ローマ書7章15節以下でそのことを記し、「もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に住んでいる罪なのです」(同20節)と訴えています。

 第一テモテ書1章15節で、「わたしは、その罪人の中で最たる者です」(口語訳、新改訳:「罪人のかしら」)というとき、それは、かつてクリスチャンになる前は、そうだったというのではありません。テモテに対し、老伝道者となったパウロが、現在形でそのように語っているのです。 

 信仰が深まると、罪と無縁の生活になるというのではなく、むしろ、ますます自分の罪深さに打ちのめされるような思いになるというのでしょう。だから、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(ローマ書7章24節)と言います。

 しかし、自分でその死の体から逃れることはできなくても、パウロを救ってくださるお方がおられます。ゆえに、「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」(同25節)と言うのです。

 さらに、「神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、『アッバ、父よ』と呼ぶのです」(同8章14,15節)と告げています。

 ウリヤに、信仰の姿勢を学びましょう。忠実に主の御言葉に耳を傾け、喜びをもって御霊の導きに従いましょう。信仰によって勝利出来るよう、共に主の導きを祈りましょう。

 主よ、私たちはあなたを「アッバ、父よ」と呼びます。憐れみを乞います。弱い私たちの祈りに耳を傾け、憐れんでください。私たちの助けとなってください。あなたは私たちの嘆きを踊りに変え、粗布を脱がせて喜びを帯としてくださいます。いつも主を仰ぎ、御言葉に従って行動することが出来ますように。そうして、絶えず唇の実を主にお献げすることが出来ますように。 アーメン