「あなたたちは、わたしが命じることをすべて忠実に守りなさい。これに何一つ加えたり、減らすことがあってはならない。」 申命記13章1節(口語訳、新改訳は12章32節)

 冒頭の言葉(1節)に「これ(わたしが命じること)に何一つ加えたり、減らすことがあってはならない」と言われています。これは、既に4章2節で、「あなたたちはわたしが命じる言葉に何一つ加えることも、減らすこともしてはならない。わたしが命じるとおりにあなたたちの神、主の戒めを守りなさい」と記されていました。

 新約聖書のヨハネの黙示録22章18,19節にも「この書物の預言の言葉を聞くすべての者に、わたしは証しする。これに付け加える者があれば、神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる」という言葉があります。

 あらためてこの言葉を聴きながら「何一つ加えたり、減らすことがあってはならない」という言葉に思いが止まりました。たとえば、刑法は時代の変化と共にその条項が増えていくでしょう。想定外の犯罪が起きると、それを禁ずる項目が付け加えられるわけです。

 あるいはまた、時代に合わなくなって削られる条項も出て来るでしょう。価値基準などが変わって、量刑が変更されることもあるでしょう。何一つ変えてはならないということになれば、司法が硬直してしまうことになるのではないでしょうか。

 また、パウロが「今は、わたしたちは、自分を縛っていた律法に対して死んだ者となり、律法から解放されています。その結果、文字に従う古い生き方ではなく、霊に従う新しい生き方で仕えるようになっているのです」(ローマ書7章6節)と記して、律法を文字通りに守ることを「文字に従う古い生き方」と呼んでいるのは、冒頭の言葉と矛盾しないのでしょうか。

 そういえば、使徒言行録10章でペトロが幻を見て、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥などを屠って食べよという声を聞いたとき、「主よとんでもないことです。清くないもの、汚れたものは何一つ食べたことがありません」(同14節)と答えると、「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」(同15節)と言われたこともあります。これは、変更ではないのでしょうか。

 ここまで考えて来て、気がつきました。それは「何一つ加えたり、減らすことがあってはならない」と言われているのは、私たち人間です。それに対して、パウロが語っているのは「霊に従う」こと、つまり、文字に従う古い生き方ではなく、聖霊なる神に従う生き方です。私たちの生き方を変えられるのは、「聖霊」なる神であるということです。

 また、ペトロが幻の中で聞いたのは「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」という言葉でした。ここに明らかなように、食物の規定を変えられたのは、神ご自身なのです。ということから、私たちが自分の都合や自分の考えで、勝手に書き加えたり、削除したりして、神の教えに変更を加えるような真似をしてはならないと言われているわけです。

 12章8節の「あなたたちは、我々が今日、ここでそうしているように、それぞれ自分が正しいと見なすことを決して行ってはならない」との言葉から、自分が正しいと見なす変更を加えるということは、人間には許されていないということになります。

 特に、冒頭の言葉が異教の神礼拝に対する警告との関連で語られていることから(12章29節以下、13章2節以下、4章3,4節も参照)、これは主なる神に対する信仰を明確にし、御言葉に従う姿勢を鮮明にするようにという、強いメッセージです。

 そのような強いメッセージが繰り返し語られるということは、主を畏れ、御言葉に従おうとするイスラエルの民の信仰を妨げるもの、脅かすものがいるということです。それを聖書は悪魔、サタンと呼んでいます。

 パウロは「悪魔の策略に対抗して立つことが出来るように、神の武具を身に着けなさい」と言いました(エフェソ6章11節)。それは、御言葉に堅く立つことが出来るように、聖霊に導かれ、主に祈り願うということです(同18節)。

 占星術の学者たちが主イエスと出会い、喜び溢れて贈り物を献げた後(マタイ福音書2章11節)、「ヘロデのところへ帰るな」(同12節)というお告げを受けて、別の道を通って自分たちの国へ帰りました。主イエスとの出会いが、彼らに星占いの道を離れ、主の御言葉に従うという新たな道を歩む導きとなったのです。

 主の救いの恵みに与った者として、日々主の御言葉に耳を傾けましょう。右にも曲がらず左にも逸れず、まっすぐその導きに従うことができるよう、聖霊の導きを絶えず祈り求めましょう。聖霊の力を受けて、委ねられた主の御業に励みましょう。

 主よ、あなたの御言葉は、私たちの道の光、私たちの歩みを照らす灯火です。日々御言葉を与えてください。御言葉に与って、命を得させてください。あなたの定めがとこしえに私たちの嗣業です。それが私たちの心の喜びです。とこしえに従って参ります。私たちの祈りを受け入れてください。 アーメン