「アカシヤ材で祭壇を造りなさい。縦五アンマ、横五アンマの正方形、高さは三アンマとする。祭壇の四隅にそれぞれ角を作り、祭壇から生えているように作り、全体を青銅で覆う。」 出エジプト記27章1,2節

 冒頭の言葉(1節)に「アカシヤ材で祭壇を造りなさい」と記されています。幕屋を造る木材はアカシヤ材です。聖書辞典によると、アカシヤはシナイ半島およびエジプトの荒れ野に生育する豆科の落葉喬木で鋭いとげを持ち、葉は羽状複葉、花は金色の小毛鞠形、樹高4~7m、木理は緻密、堅牢、美しいオレンジ・ブラウン色なのだそうです。

 荒れ野に生育する樹木なので、イスラエルの民がそれを調達するのは困難ではなかったでしょう。しかし、堅い木で、その上とげまであるというのですから、切ったり細工したりは大変だったでことしょう。また、「全体を青銅で覆う」(2節)と記されています。柔らかい銅に錫を混ぜると硬くて強靱な青銅になります。

 このアカシヤ材は私たちのことを象徴しているようです。神の恵みなき荒れ野に育って頑なになり、その上言動にとげがあって周りの者を傷つけます。そして、努力しても、自分で自分を変えることが出来ません。神はしかし、私たちのありのままを受け入れ、そして「主の用なり」と、私たちを尊い主の御業のために用いてくださいます。

 それは、主イエスの犠牲の上になされました。主イエスの額にはとげある茨の冠、手足には釘、脇腹には槍。止めどなく血が流れました。その時、流された血潮で主イエスは私たちの罪を覆い、清めてくださいました。アカシヤ材が青銅で覆われたように、私たちの体に主の衣を着せて、主の業に相応しく整えてくださるのです。

 祭壇は、神へのいけにえをささげるものです。その祭壇の四隅に角を造れとあります(2節)。角は力を表わしています。祭司は贖いの供え物の血をこの角に塗りました(レビ記4章7節)。それは、贖いの血で祭壇を清めることですが、また、救いの力を表わしています。

 列王記には、ソロモンの怒りを逃れるため、ソロモンの兄アドニヤや軍の司令官ヨアブが祭壇の角をつかんだと記されています(列王記上1章50節、2章28節)。神の贖いの力、救いの力にすがろうとしたということです。

 私たちの罪のための贖いの供え物は、牛や羊という動物ではなく、神の御子、イエス・キリストです。その祭壇は、十字架でした。主イエスの十字架は、アカシヤ材で造られていたかも知れません。十字架に主イエスの血潮が流れました。私たちは真の救い主、主イエスの十字架のもとにひざまずき、より頼んでいます。主の十字架を通して魂の救いを得、恵みと平安とに与ることが出来ました。

 祭壇は、幕屋を囲む庭に置かれます。幕屋を囲む庭を造るようにと、9節以下に指示されています。この幕屋を囲む庭は、イスラエルの民が神を礼拝する場所です。かつては、礼拝する場所が年齢、性別、職業などにより区別されていました。

 幕屋の中には祭司しか入れません。奥の至聖所には大祭司しか入れません。一般の人々は幕屋の庭で礼拝を捧げました。人々が礼拝する場所に祭壇が置かれています。これは、礼拝には供え物が必要であり、まず供え物を捧げてから礼拝がなされたということを意味しています。私たちの礼拝の供え物は何でしょうか。

  詩編100編4節に「感謝の歌を歌って主の門に進み、賛美の歌を歌って主の庭に入れ」と歌われています。私たちのために主イエスが贖いの供え物となってくださった今、私たちの礼拝の供え物は何よりも、主への感謝、主への賛美です。「賛美のいけにえ」という言葉もあります。礼拝でささげる献金は、神への感謝のしるし、賛美のしるしなのです。

 また、詩編84編2~3節には「万軍の主よ、あなたのいます所は、どれほど愛されていることでしょう。主の庭を慕って、わたしの魂は絶え入りそうです」とあり、5節にも「いかに幸いなことでしょう、あなたの家に住むことができるなら、まして、あなたを賛美することができるなら」と歌われています。

 この詩人にとって、主の庭に入って礼拝することは慕わしいことであり、出来ればそこに住みたいということなのです。彼は主と交わり、主と語らい、主を賛美する恵みを深く味わっているのです。そして、そこから離れたくない。いつも主の御前にいたい、主の御前で生活したい。生活を通して絶えず主を賛美したいと詠っているのです。

 イエス・キリストの誕生の時、「その名はインマヌエルと呼ばれる」(イザヤ書7章14節)という預言者の言葉が実現するためだったと告げられています(マタイ福音書1書22,23節)。インマヌエルとは、神が私たちと共におられるという意味でした。イエス・キリストの降誕は、これから常に神が私たちと共にいてくださるということだと教えているのです。

 今日、キリストの御霊が主イエスを信じた私たちのからだを聖霊の宮として、お住まいくださっています。私たちは主イエスの血潮により、御言葉を通して清められました。私たちの祭壇から絶えず芳しい賛美の供え物、感謝の供え物が神に捧げられているでしょうか。

 主のご命令に従って、まず祭壇を造りましょう。賛美と祈りを通して、主と共にある恵みを深く味わわせていただきましょう。いよいよ深く、熱く、主と交わり、御霊に満たされましょう。そして、心から絶えず主に感謝し、主を賛美しましょう。

 主よ、御子キリストを通して賛美のいけにえ、即ち御名をたたえる唇の実を、絶えずあなたに献げます。永遠の契約の血による大牧者、私たちの主イエスを死者の中から引き上げられた平和の神が、御心に適うことをイエス・キリストによって私たちにしてくださり、御心を行うために、すべての良いものを備えてくださいますように。 アーメン