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 使徒言行録の書き出しは、主イエスが甦られて使徒たちに姿を現されたことから始っています。3節に、二つの事実が明らかになっています。

 一つは、主イエスが40日にわたって姿を現されたことです。ここには「現れる」という動詞の現在分詞形が用いられており、それは文法上、動作が継続していることを示しているので、時々現れたというのではなく、ずっと一緒におられたという表現になっています。

 もう一つは、主イエスが「神の国について話された」ということです。「神の国」とは、神の支配、神が王として国を支配されていることを指す場合と、神が支配している地域、場所を指す場合があります。二者択一というより、いつも両方の意味を含んでいると考える方がよいでしょう。

 主イエスは生前、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ福音書1章15節)と語られ、また、「神の国」についてたとえ話を用いて度々使徒たちに教えておられました(同4章26節以下、30節以下など)。

 それは、終わりのときに神によって完成される神の国、完全な救いを表していると同時に(同9章47節、10章15節、23節以下など)、主イエスの宣教と働きによって既にこの世にもたらされていることを示しています(ルカ福音書11章20節、17章20,21節)。

 主イエスが40日に渡って現れ、神の国について話されたというのは、さながら神がモーセと40日にわたってシナイ山で語り合い、契約のしるしとして十戒を授けられたようなものです(出エジプト記24章18節、34章28節)。

 主イエスは「父の約束されたもの」(4節)、即ち聖霊が授けられることを待つようにと言われ、続けて5節で、かつて洗礼者ヨハネが「わたしはあなたたちに水でバプテスマを授けるが・・・その方は、聖霊と火であなたたちにバプテスマをお授けになる」(ルカ福音書3章16節)と語っていたことを受けて、「あなたたちは間もなく聖霊によるバプテスマを授けられる」と告げられています。

 洗礼者ヨハネから水のバプテスマを受けて、主イエスのメシアとしての働きが始められたように、父なる神から聖霊のバプテスマを受けて、主の弟子たち、即ちキリスト教会による働きが始められるのです。

 使徒言行録を通して、神の国の教えを彼らがいかに実践したかを学び、主の証人として神の国の福音を生きるために、聖霊の力に与りましょう。そのために一つところに集まり、皆で「心を合わせて熱心に祈」(14節)り合いましょう。
 
 主よ、キリストによって罪が贖われ、神の子とされました。私たちの信仰の目を開き、さらに深く主を知らせてください。聖霊に満たされ、その力を受けて、主の証人としての使命を果たし、神の国として主キリストの教会を建て上げてくださいますように。 アーメン