「いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来た。」 創世記14章18節

 14章最初の段落には「王たちの戦い」という小見出しがつけられています。聖書に記されている最初の戦争です。そして、残念なことにこれ以後、戦争がなくなることがありません。今日も、世界のどこかでテロやその報復の戦闘などが繰り広げられています。

 我が国は大東亜戦争終了後、平和憲法を制定・発布し、戦後70年余り、戦争に加担しないで平和の裡に歩んで来ることが出来ました。ところが今、安倍政権は憲法を改正しようとしています。秘密保護法、戦争法、共謀罪など、戦前回帰の法律を次々と強行成立させてしまいました。

 1節以下、戦争を起こしている王や国の名前については不明な点が多く、これがどのような戦争だったのか、明確な説明をすることあは出来ません。その意味では、何の関心も持たないまま、アラブやシリア、アフリカ諸国などで起こっている内戦や紛争のニュースを聞いているような気分かも知れません。何のための戦いか、なぜ戦争になったのか、実態がよく分からないのです。

 かつての大東亜戦争、それはアジアを欧米列強による支配から解放し、平和で共に栄えるところとするという大義を持った戦いだったはずです。ところが、ロシアや中国と戦い、米国と戦争状態になってから、インドシナを戦場とし、太平洋南方にまで戦地を拡大させるに至って、何のための戦いなのか、分からなくなってしまったのではないでしょうか。

 1節に記されている4人の王は、その国名からメソポタミアを支配する王たち、2節に記されている5人の王は、ヨルダン一帯を支配する王たちのようです。それら9か国は、エラムの王ケドルラオメルの支配下に置かれていました(4節)。エラム主導による共和制を敷いていたのでしょう。

 その体制が12年続いていたのですが、13年目に、ヨルダンの王たちが同盟を結んで、ケドルラオメルに背きます(4節)。翌年、ヨルダンの5王を討つため、メソポタミアのほかの3王がケドルラオメルに従い、パレスティナにやって来ます。 

 5節以下に戦場が記されています。それは、ガリラヤ湖、ヨルダン川の東側を南下して、死海の南東に広がるセイルの山地、荒れ野に至るものです(6節)。5人の王は、最終決戦地としてシディムの谷、現在の死海にあたるところに集結し、戦いを挑みますが(9節)、打ち破られてしまい、戦場を逃げ出したソドムとゴモラの王はアスファルトの穴に落ち、ほかの王たちは山へ逃れました(10節)。

 メソポタミア連合軍は、征服した五つの国から財産や食料をすべて没収し、生き残っている者たちを捕虜として連行します。その捕虜の中に、アブラムの甥ロトも含まれていたと、12節に報告されています。その情報が、戦場から逃げ延びた一人の人物によって、アブラムのもとにも届けられました(13節)。

 13節に「ヘブライ人アブラム」と記されています。「ヘブライ人」の名が登場するのは、ここが初めてです。「ヘブライ人」とは「渡って来た者」という言葉です。ヨセフ物語では、エジプトの宮廷の役人ポティファルの妻がヨセフを「ヘブライ人」(39章14節)といって、差別的な意味を込めていますが、ここでは「異邦人」といった意味で用いられていると考えてよいでしょう。

 つまり、アブラムは異邦人として、ヘブロンにあるマムレの樫の木の傍らに寄留していたのです。アブラムが、その戦争について聞いた時、それは単なる外国ニュースだったでしょう。あるいは、13章13節に「ソドムの住民は邪悪で、主に対して多くの罪を犯していた」と記されているので、アブラムはそれを神の裁きとして歓迎する思いがあったかもしれません。

 ところが、その知らせをもたらした男は、ロトとその家族が捕虜になったことを告げました。14節に「アブラムは、親族のものが捕虜になったと聞いて」と記されているからです。なんとその男は、どのようにしてか知る由もありませんが、ロトとアブラムの関係を知っていたのです。

 ロトが捕虜になったと聞いた時、アブラムは単なる異邦人ではいられませんでした。ロトが年長者を立てず、先にソドムを選んでそんな目に遭ったんだ、いい気味だ、打ち捨てておこうなどと考えなかったかどうか、それは分かりません。

 ただ、アブラムは、自分の家族が窮地に陥っている、見過ごしにはできないと考えて行動を起こしました。かつて、エジプトで自分を守るために妻サライを犠牲にしようとしたアブラムが、今回は、ロトのために一肌脱ごうと考えたわけです。

 アブラムは、訓練を授けた家の奴隷318人を引き連れて、敵を追います(14節)。敵は、ヨルダン地方5か国の連合軍を撃破する力のある軍隊です。アブラムが連れて行った318人の僕たちがいかによく訓練されて勇敢であっても、全く勝負にならないというところだと思われましたが、結果は違いました。

 ダンからダマスコの北のホバまで追跡して(14,15節)、「アブラムはすべての財産を取り返し、親族のロトとその財産、女たちやそのほかの人々も取り戻」(16節)すことが出来たのです。それは、神の導きというほかありません。

 兵力、所持する武器の数と威力において、戦術や戦略の巧みさなどで何とかなるというレベルの戦いではありません。神の助けなしに、強大な敵に勝利し、ロトやその家族、財産を取り戻せるとは考えられませんでした。このとき、神がアブラムに味方されたわけです。
 
 アブラムがすべてのものを取り戻して凱旋した時、ソドムの王が彼を出迎えました。それは、戦利品を分け合うためでした(21節以下)。しかし、そこにもう一人の人がいました。それが、冒頭の言葉(18節)に登場する「サレムの王メルキゼデク」です。王メルキゼデクが、アブラムの前にパンとぶどう酒を持ってやって来たというのです。

 続く19,20節に「彼はアブラムを祝福して言った。『天地の造り主、いと高き神に、アブラムは祝福されますように。敵をあなたの手に渡された、いと高き神が讃えられますように』。アブラムはすべてのものの十分の一を贈った」と記されています。

 メルキゼデクは、アブラムを祝福しました。そして、メルキゼデクの祝福の言葉を聞いたアブラムは、自分の持ち物の十分の一をメルキゼデクに贈りました。ここにアブラムの信仰が示されます。即ちアブラムは、この戦いは神の戦いで、神ご自身が勝利をとられたのだと言おうとしているのです。こうしてアブラムは、エジプトで失った家族の関係を取り戻すことが出来たわけです。

 メルキゼデクについて、出自など詳しいことは何も分かりません。「メルキ」は「王」、「ゼデク」は「義(ツェデク)」という言葉ですから、「義の王」という意味の名前です(ヘブライ書7章2節参照)。

 そして彼は「サレムの王」と紹介されています。「サレム」とは、エルサレムを指すものと考えられていますが、「サレム」は「救い」や「平和」を意味する「シャローム」と関係の深い言葉です。即ち、サレムの王とは、平和の王ということになります(ヘブライ書7章2節参照)。

 さらに、その肩書きに「いと高き神の祭司」と記されています。義の王にして平和の王である人物が、いと高き神の祭司だというのです。そのような人物が突然登場して来て、凱旋して来たアブラムを祝福したのです。

 旧約聖書でメルキゼデクについて記しているのは、この箇所のほかには、詩編110編4節があります。そこに、「わたしの言葉に従って、あなたはとこしえの祭司メルキゼデク」と記されています。これは、ダビデの子孫として生まれるメシアのことを語っています。

 そして、この詩の言葉を引用しているのが新約聖書ヘブライ書5章6節、7章17,21節です。ヘブライ書の記者は、アブラムを祝福し、彼から十分の一の献げ物を受け取ったメルキゼデクとは、イエス・キリストだと考えています。だから、メルキゼデクはアブラムを、パンとぶどう酒をもって出迎えました(18節)。それはまるで、主の晩餐式を開こうとしているかのようです。

 アブラムは、勿論、過越祭を知りません。だから、主の晩餐式も知りません。けれども、御自分の命をもって罪の代価を払い、祝福を与えて下さる主イエスのご愛を、メルキゼデクの出迎えに感じ取ったのです。だから、誰から教えられたわけでもないのに、持ち物の十分の一を主に献げて、その御愛に応えようと考えたわけです。ここに、まさにアブラムの信仰を見ることができ来るでしょう。

 私たちも、主の御愛に与りました。日々心から感謝と喜びをもって主の御愛に応え、委ねられている賜物を用いて主の御業に励む者にならせて頂きたいと思います。

 主よ、あなたはメルキゼデクを通して、出来事を生み出す生きた力ある言葉でアブラムを祝福されました。アブラムはそれを信じ、受け入れました。あなたの御言葉が必ず成ると信じることの出来る者は幸いです。私たちに、御言葉を聞く耳とそれを信じ受け入れる心を授け、その祝福に与らせてください。主に従う働きを通して主のご栄光が表されますように。 アーメン