「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える。」 創世記13章14,15節

 新共同訳聖書は13章に「ロトとの別れ」という小見出しをつけています。ロトは、アブラムの兄ナホルの子、つまりアブラムの甥にあたります。これから、アブラムとロトが別れ別れになるということです。
 1節に「アブラムは、妻と共に、すべての持ち物を携え、エジプトを出て再びネゲブ地方へ上った。ロトも一緒であった」と記されています。12章10節以下、イスラエル南部のネゲブ地方にいたアブラムは、ひどい飢饉にあってエジプトに逃れました(同10節)。

 そのときアブラムは、妻サライが美しいので(同11節)、殺されてしまうかもしれないと考え(同12節)、「妻」という代わりに「妹」と言います(同13節)。すると、エジプトの王が彼女を王宮に召し入れ(同15節)、アブラムにたくさんの贈り物をしました(同16節)。アブラムは自分の命を守るため、妻サライをエジプトの王に差し出し、引き換えに贈り物を受け取ったのです。

 このままでは、「あなたの子孫にこの土地を与える」(同7節)と言われた主の約束は、台無しになってしまいます。そこに主なる神が介入され、王と宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせました(同17節)。それで、王はサライをアブラムに返し、エジプトを去らせました(同19節)。

 神がアブラムとサライを守ってくださったので、何の害を受けることもありませんでした。それだけでなく、アブラムは王様から妻サライを返してもらいましたが、贈り物として与えられた羊や牛の群れ、ロバ、雌ロバ、ラクダに男女の奴隷などを王様に返さなくてもよかったので、資産を増やしてネゲブに戻って来たのです。

 3,4節に「ネゲブ地方から更に、べテルに向かって旅を続け、べテルとアイとの間の、以前に天幕を張った所まで来た。そこは、彼が最初に祭壇を築いて、主の御名を呼んだ場所であった」と記されています。これは、12章8節から10節までの箇所に書かれていた旅路の逆コースです。

 そして、飢饉を逃れるためにエジプトに下って以来、しばらく忘れたかのようになっていた、主の御名を呼ぶ、神を礼拝することを回復する道でした。それはまた、アブラムがサライとの仲を回復するための道でもあったでしょう。神の御許に戻って来る以外になかった、神の恵みを受けずして、自分たちを取り戻すことは出来なかったのです。

 それはしかし、元通りということではありません。1~4節に、「戻る、帰る」(シューブ)という言葉は用いられていません。ここにあるのは、「上る(アーラー)」、「行く、歩く(ハーラク)」という、足を踏み出して前進する姿勢を表す言葉が使われています。

 つまり、過去を懐かしむ道、思い出の場所に逃げ込むための道ではなく、目を将来に向け、約束の土地を目指して新しい思いを抱きながら、エジプトを出立し、ネゲブからべテルまでやって来たということになるのではないでしょうか。

 ところが、アブラムとロトの家畜が多くなって、問題が発生します。7節に「アブラムの家畜を飼う者たちと、ロトの家畜を飼う者たちとの間に争いが起きた。その地方にはカナン人もペリジ人も住んでいた」とあるとおりです。カナン人、ペリジ人の住む地に寄留している二人にとって、現在の牧草地や水場だけでは、各々の群れを維持することが出来なくなってしまったのです。

 かつて、「わたしが示す地に行きなさい」と主から示されたとき、主はアブラムに「生まれ故郷、父の家を離れて」(12章1節)と言われていました。それは、アブラムを目に見える形で守り支えるものから引き離すことでした。そのとき、アブラムは甥のロトを連れて出発しました(同4節)。それは、子が授からなかったときの保険にしようということだったでしょう。

 財産が増えたことは神の祝福と言ってもよいと思いますし、ロトを保険とすることで、アブラムの将来はいよいよ安泰ということになるはずでしたが、それが親族間に争いをもたらすことになりました。人間関係はなかなか一筋縄ではいかず、思うに任せません。エジプトで資産を増やして戻って来たことが、仇になったかたちです。

 そこで、家長として身内の争いを避けるために、アブラムは一つの決断をします。それは9節で、「あなたの前にはいくらでも土地があるのだから、ここで別れようではないか。あなたが左に行くなら、わたしは右に行こう。あなたが右に行くなら、わたしは左に行こう」というものです。

 ここでアブラムは、土地の選択権を甥のロトに譲っています。ロトは、周りを見渡して、よく潤っているヨルダンの低地を選び、さっさと荷物をまとめ、東へ移って行きました(11節)。ロトには、年長者を立てて、先によいところをとってもらおうという考えは無かったようです。

 あるいは、牧者間の争いの背後に、ロト自身が叔父アブラムとは一緒にやって行けないという思いがあったのかも知れません。エジプト滞在時の、妻サライよりも自分の命の保全を優先したアブラムの身の処し方に、その原因があるとも思われます。

 「ヨルダン川流域の低地一帯は、主がソドムとゴモラを滅ぼす前であったので、ツォアルに至るまで、主の園のように、エジプトの国のように、見渡す限りよく潤っていた」と10節後半に記されています。ソドム、ゴモラの位置は不明ですが、死海の南岸にあったのではないかと考えられています。

 19章にソドムとゴモラ、低地一帯の滅亡が記録されています。その原因が13節に「ソドムの住民は邪悪で、主に対して多くの罪を犯していた」と記されているのです。豊かに繁栄することが罪を犯すことに直結しているわけではありませんが、神に依り頼むよりも富に信頼を置くという、私たちには、目に見えるもので安心しようとする傾向があることを否むことが出来ません。

 一方、ロトに選択権を譲ったアブラムは、西へ移って行きます。18節に、ヘブロンにあるマムレの樫の木のところに住んだと記されています。ヘブロンは、死海(塩の海)の西方、ユダの山地南部、海抜930メートルの高さにある町です。

 かくてアブラムは、「父の家」の残りの者、ロトと分かれ、また、良い地を離れて、南方の山地に住むことになりました。その時、アブラムに主なる神が声をかけられました。それが、冒頭の言葉(14,15節)です。

 ここで「目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい」と言われているのは、アブラムがこの時、うなだれていたのでしょう。それは、甥のロトと別れた結果、将来の保険を失うようなことになったからです。また、よく潤ったヨルダンの低地を離れることで、増えた家畜の群れを維持していくことに不安を覚えていたかも知れません。

 10節に「ロトが目を上げて眺めると、ヨルダン川流域の低地一帯は…見渡す限りよく潤っていた」と記されていたように、甥ロトの希望に満ちた有様とは全く好対照です。

 けれども、詩編145編14節に「主は倒れようとする人をひとりひとり支え、うずくまっている人を起こしてくださいます」と詠われているように、主はうなだれているアブラムに「目を上げよ」と呼びかけ、立ち上がる勇気を与え、子のないアブラム、今ロトと別れて保険を失ったばかりのアブラムに、見える限りの土地をアブラムと子孫に与えるという祝福を告げられます。

 しかも「あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数え切れないように、あなたの子孫も数え切れないであろう」(16節)と言われました。

 先には、自分で自分の命を守るために、詭弁を用い、妻をファラオに差し出しました。それが、ロトと袂を分かつ原因となりました。ここでアブラムは、自ら考えて行動するのではなく、「わたしが与える」と告げられる神の言葉に従うのです。

 何よりの祝福は「見渡す限りの土地すべて」(15節)というより、「あなたの子孫を大地の砂粒のようにする」(16節)という言葉でしょう。子孫がいなければ、ここに嗣業の地が与えられても、アブラムの死後、また他人のものになってしまいます。

 今はまだ、畳一枚分の土地も持っていません。それを受け継ぐ子もいません。しかし、アブラムは主の言葉に従って目を上げました。彼が見たのは、他人の土地ではなく、主が自分にくださると言われた土地です。そして何よりも、それをくださると約束された主を仰いだのです(18節)。

 アブラムは「信仰の父」と言われますが、それは主の恵みによるものでした。ローマ書8章30節に、「神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです」というとおりです。アブラムは、罪深い自分を義とし、さらに栄光をお与えくださる主を仰ぎ、問題のただなかで、神は万事を益とされるお方だと信じたのです。

 私たちも、御言葉に従って目を上げましょう。示されるところを見渡しましょう。縦横に歩き回りましょう。主が語られた御言葉の力、その恵みに与らせて頂きましょう。

 主よ、アブラムは人間的な希望を失ったとき、御言葉に促されてあなたを仰ぎました。そうしてアブラムは、再び立ち上がる力を得、希望をもって出発することが出来ました。私たちも主の御言葉に信頼し、導きに従って歩みます。耳を開いて御言葉を聞き、目を開いて主の御姿を拝することが出来ますように。 アーメン