「そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。」 テサロニケの信徒への手紙一1章6,7節

 今日から第一テサロニケ書を読みます。本書は、パウロによって紀元50年頃に記されました(1節)。福音書(紀元70年前後)などよりも早く、新約聖書の中で、最も早く執筆されたと考えられています。

 テサロニケの教会は、フィリピ教会と同様、パウロの第二回伝道旅行のときに、その伝道の働きによって紀元49年頃築かれました(使徒言行録17章)。テサロニケは当時、人口12万を数え、マケドニア州の州都として隆盛期を迎えていました。現在は、40万ほどの人口があるそうです。マケドニアがあれば、カチドニアがあるのかと尋ねるのは、単なるダジャレの世界です。

 使徒言行録の記事によれば、パウロのテサロニケにおける伝道は短期間でしたが、教会の基礎はしっかりと築かれたようです。けれども、そうして教会が築かれると、それを妨害する働きもあらわになります。その活躍を妬んで暴動が起こり、町が混乱に陥りました。パウロたちの身に危険が及んだので、やむなくテサロニケを後にして、次の宣教地ベレアに向かいました。

 しかしながら、テサロニケには生まれたばかりの教会があります。迫害の中に残された信徒たちが心配です。そこで、パウロはアテネからテモテを遣わします(第一テサロニケ書3章1節以下)。彼らが苦難の中でも動揺せず、信仰を守るように励ますためでした。

 アテネとテサロニケは、徒歩で数週間という距離です。テサロニケで活動する時間を考えれば、テモテがアテネからテサロニケに行き、パウロの元に戻ってくるまでには、2ヶ月以上かかったことでしょう。テモテが戻ってくるときには、パウロはコリントに移動していました(使徒言行録18章1,5節参照)。

 戻ってきたテモテの報告を聞いて、パウロは飛び上がるほど嬉しかったことでしょう。それは、彼らの信仰と愛について、「うれしい知らせ」(原文では「福音を告げ知らせる:エウアンゲリゾマイ」という言葉が用いられています)がもたらされたからです(第一テサロニケ書3章6節以下)。それは、彼らがあらゆる困難と苦難に直面しながらも、しっかりと主を信じて歩んでいるというものでした。

 それで、嬉しくなって記したのが、この手紙なのです。ですから、この手紙を読みますと、パウロの喜びと感謝が伝わってきます。この手紙の主題は「感謝」の二文字に尽きると言ってよいかも知れません。

 2節に「神に感謝しています」という言葉が出て来ます。このところを原文で読むと、2節から5節までは一つの文章です。そして「感謝しています」(エウカリステオー)が、長い文章の述語動詞なのです。そして、6節以下も、パウロの感謝の内容が記されていると言ってよく、1章全体が「感謝する」という言葉の内容説明になっているわけです。

 そればかりか、3章9節までこの感謝が続いていると見ることも出来ます。そして、5章18節では、「どんなことにも感謝しなさい」という勧めの言葉が記されています。この手紙の主題が「感謝」という二文字に尽きるというのは、そうした内容だからです。

 パウロは、「祈りの度に、あなたがた」(2節)、即ちテサロニケの人々のことを思い起こしてと記しています。つまり、パウロは、祈りのときに、一人で神の前に立っているわけではないということです。祈りの時に、一緒に立っている信仰の仲間がいたわけです。

 一緒にいる仲間のことをいつも思う、祈りの度に、一人で神の前に立ち、一人で訴えているというのではなくて、祈りの仲間がわんさといる、その仲間の中にテサロニケの人々もいる、彼らのことを思うと、感謝の思いが溢れて来るというのです。

 このパウロの祈りの心を学びたいと思います。祈りの時に、誰と一緒に神の御前に立っているのでしょうか。一人で神の前に立ち、一人で祈っていると考えているのは、まだまだ信仰が序の口ではないかと考えさせられました。信仰の初歩を後にして、成長していくために、祈りについても大切なことを学び、身につけなければならない、それは、祈るとき、私たちは決してひとりではないということです。

 そのような感謝の思いのうちに冒頭の言葉(6,7節)が記されています。「あなたがたは、ひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ」(6節)というのは、とても不思議な言葉です。ひどい苦しみを受けているのに、喜びをもって御言葉を受け入れているというのです。

 苦しみに遭うのはいやです。信仰に入ったために苦しみを味わうという事態に追い込まれたテサロニケの信徒たちは、そこで信仰を捨てるどころか、むしろ「聖霊による喜び」に満たされました。どういう心境なのでしょうか。よく分かりませんが、それが神が彼らの中で働いているという証拠です。

 4節に「神に愛されている兄弟たち」と言い、そして、「あなたがたが神に選ばれたことを、わたしたちは知っています」と語っています。テサロニケの人々、即ち異邦人を「神に選ばれている」と言っているのです。

 それは、ユダヤ人たちが拒絶したキリストの福音を、ひどい苦しみを受けながらも、聖霊による喜びをもって受け入れたからです。それこそ、神に愛され、選ばれた者であるしるしだと語っているわけです。ということは、ここにいる私たちも、キリストの福音を受け入れることが出来たということは、神に愛され、神に選ばれた者であるということになります。

 テサロニケの人々は、御言葉を受け入れて喜んだでおしまいではありません。彼らは、「パウロに倣う者となり、そして主に倣う者となった」(6節)というのです。「倣う」というのはミメーテースという言葉ですが、ここから、ラテン語のイミタチオ、英語でイミテーションという言葉が出来ました。

 イミテーションと言えば、偽物、まがい物という意味に用いられるところがあります。けれども、なぜイミテーションが造られたのかと考えると、それは、本物は素晴らしい価値をもっているからです。それを何とか再現したい、近づけたいと考えて、造られたわけです。

 パウロが語った福音、イエス・キリストの福音が素晴らしいので、テサロニケの人々はパウロの真似をしようとしたわけです。つまり、彼らはパウロが自分たちに伝えてくれた御言葉をしっかりと覚え、身につけて、今度はそれを、他の人々に対して宣べ伝えるようになっていったのです。

 パウロは、第一コリント書11章1節にも、「わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい」と記しています。パウロを手本にすることが、キリストに倣うことなのです。

 それは、完全無欠の立派な生活をするということではありません。立派な生活をしているから、「倣いなさい」と言っているわけではありません。むしろ、欠点だらけの自分をキリストが愛してくださり、使徒として選んでくださった。その神の恵みに感謝して生きている、そのところで自分に倣う者になってほしいと思っています。

 どうすれば、神の恵みに感謝する生活をすることが出来るか、その恵みを回りにいる多くの人々に伝えることが出来るかということをいつも考え、キリストに従って生きようと努力している、そういう生活を真似てほしいとパウロは考えているわけです。ということなら、私たちも同じように、「私に倣いなさい」と言うことが出来ますし、そう言える生活をしなければならないと思います。

 テサロニケの人々は、パウロが語る御言葉を受け入れ、さらに、パウロを真似て神の御言葉を語るようになりました(7,8節参照)。それは、言葉だけによらず、生活を通して、そのような生き方で伝えたのです(8~10節、5節も参照)。

 それで、「主の言葉があなたがたのところから出て、マケドニア州やアカイア州に響き渡った」と言われているわけです(8節)。「響き渡る」とは、山彦、エコーという言葉です。彼らがどのように神を信じるようになったのか、至るところで証ししたのです。そして、その言葉が信徒たちだけでなく、他の人々の口に上るほどの噂になって行ったということです。
 
 日本の至るところで、神の恵みに感謝する声が響き渡るように祈ります。神を賛美する声が響き渡るようにと願います。私たちが日々、御言葉の恵みに与りながら、神の御前に信仰の輩と一緒に祈れる恵みに感謝しながら生活することを通して、信仰が至るところに宣べ伝えられ、主の御言葉が響き渡るように、そのような信仰の生活の模範になることが出来るようにと、祈りつつ励んでまいりましょう。

 主よ、神に愛され、選ばれたテサロニケの人々がパウロに倣い、主に倣う者となって、主の言葉がマケドニア州とアカイア州、ギリシアの国中に響き渡り、彼らの信仰が至るところで語り伝えられたように、私たちも神に愛され、選ばれた者としてパウロに倣い、主に倣うものとしてください。この地域に、そして日本中に福音が響き渡りますように。 アーメン