「神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。」 コリントの信徒への手紙二2章14節

 第三回伝道旅行の途中、パウロはトロアスに行きました(12節)。ここは、第二回伝道旅行のとき、マケドニアに渡って伝道するように、導かれた場所です(使徒言行録16章8節以下)。そして、コリントに教会が作られたのです。

 パウロは、自分がテトスに持たせた「涙の手紙」の結果が知りたかったのですが(4節)、おとなしくトロアスで待っていることが出来ず、せっかく伝道の門戸も開かれていたのに(12節)、マケドニアに出発してしまいました。13節に「兄弟テトスに会えなかったので、不安の心を抱いたまま人々に別れを告げて、マケドニア州に出発しました」と記されているとおりです。

 その直後に冒頭の言葉(14節)で、「神に感謝します」と述べられています。このつながりがよく分かりません。「神に感謝します」は、直前のパウロの不安な思いとどうつながるのかということになりますが、具体的には、7章5節以下にその内容は述べられます。

 7章5節に「マケドニア州についたとき、わたしたちの身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました。外には戦い、内には恐れがあったのです」とあり、続く6節に「しかし、気落ちした者を力づけて下さる神は、テトスの到着によってわたしたちを慰めてくださいました」と記されていて、13節は直接そこにつなげると、大変分かり易くなります

 勿論、この手紙を記しているパウロは、よい結果になったことを知って感謝しているわけですから、不安な心を抱いていたけれども、それが神様によって感謝に変えられたというかたちです。

 この感謝の表明に続いて、パウロは「キリストの勝利の行進」ということを語り始めます。勝利の行進といえば、通常、戦いに勝った将軍が多くの戦利品と共に捕虜を引き連れて意気揚々と戻ってくる凱旋の行進を思わせます。そのときには、凱旋将軍を迎えるために香が振りまかれ、沿道は歓呼の声で包まれます。

 ところで、キリストの勝利の行進とはどのようなものでしょうか。馬にまたがり颯爽とという行進ではないでしょう。見栄えのしないロバに乗り、それもまだ力不足の子ロバに乗っての行進ではないでしょうか。あるいは、ローマ兵に引き立てられ、十字架を負ってよろよろと歩む主イエスの姿を思い浮かべます。見るところ、勝利の栄光はありません。

 しかし、それはまさに私たちの罪と死に勝利する行進でした。パウロが「わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ」というのは、自分たちは勝利した軍勢の一兵士として誇らしく行進していると言っているわけではないでしょう。むしろ、鎖につながれ、引き立てられて歩く捕虜として、その行進に連なっているのです。そして、パウロをつないでいるその鎖は、恵みという鎖なのです。

 キレネ人シモンが、主イエスに代わって十字架を担いで歩かされました(ルカ福音書23章26節など)。自ら進んでそうしたのではなく、無理に負わされたのです。人々は彼の不運を思ったでしょう。あるいは、主イエスと共に、忌まわしいものと考えられたかも知れません。

 しかし、この男もその家族も主イエスを信じ、キリストのために働く者となりました(マルコ福音書15章21節、ローマ書16章13節参照)。パウロは、あるいは自分をそのキレネ人に重ねているといっても良いのではないでしょうか。そしてそれは、パウロにとって、この上もない喜びと思われたのです。

 だから、この行進に連なる者となったことを、ここで感謝しているのです。その行進に加わることで被る苦しみ、それによる不安や恐れがあるでしょう。また、誤解も曲解もあるでしょう。それでも、彼から感謝を奪うことは出来ないのです。

  そしてパウロは、使徒の働きを「キリストを知るという知識の香りを漂わせ」ることと語ります。続いて15節でも、「わたしたちはキリストによって神にささげられる良い香りです」と言います。神へのいけにえには、香油が添えられました。その働きがよいものであり、神にささげられたものであることが示されます。

 しかしそれは、決してパウロ自身が良いものであるということではありません。それが良い香りとされるのは「キリストによって」、十字架につけられたキリストの手を通して、神にささげられたものだからです。こうしてパウロは、ここでも自分を、十字架につけられたキリストの福音を述べ伝える使徒とされた者であると、明確に語っているのです。

 「キリストを知る」者とされたこと、キリストの迫害者からキリストの使徒へと変えていただいたことを思うとき、パウロの心はいつでも、感謝で溢れるのです。私たちも、主の恵みによってキリストを知る者とされました。心から感謝を込めて賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の実を絶えず神に献げましょう。 

 主よ、あなたは私たちを選ばれました。あなたは憐れみの神であられ、この選びから漏れる者は一人もいません。心から感謝し、御名を褒め称えます。御心がこの地に行われますように。そのために私たちを聖霊で満たし、あなたの用い易い器とならせてください。 アーメン