「二日の後、主は我々を生かし、三日目に、立ち上がらせてくださる。我々は御前に生きる。」 ホセア書6章2節

 1節に「さあ、我々は主のもとに帰ろう。主は我々を引き裂かれたが、いやし、我々を打たれたが、傷を包んでくださる」という悔い改めの言葉が記され、3節で「我々は知ろう。主を知ることを追い求めよう。主は曙の光のように必ず現れ、降り注ぐ雨のように、大地を潤す春雨のように、我々を訪れてくださる」(3節)と、信仰を表わす言葉を告げます。

 何がイスラエルの民に、悔い改めの言葉を口にさせたのでしょうか。これまで語られて来たイスラエルに対する裁きの言葉(4,5章参照)に恐れをなしたのでしょうか。それとも、「わたしは立ち去り、自分の場所に戻っていよう。彼らが罪を認めて、わたしを尋ね求め、苦しみの中で、わたしを捜し求めるまで」(5章15節)という御言葉に応答したということなのでしょうか。

 しかしながら、4,5節に「お前たちの愛は朝の霧、すぐに消えうせる露のようだ。それゆえ、わたしは彼らを、預言者たちによって切り倒し、わたしの口の言葉をもって滅ぼす。わたしの行う裁きは光のように現れる」(4,5節)と告げられます。

 新共同訳は、1節から6節までの段落に「偽りの悔い改め」という小見出しをつけています。3節までの悔い改めの言葉を真実と認めず、その場しのぎの口先だけの言葉だと断じ、その不実のゆえに滅ぼすと主なる神がつげでおられる言葉だと解釈するのです。

 ホセアが預言者として働いた時代、ヤロブアム2世を筆頭に、ゼカルヤ、シャルム、メナヘム、ペカフヤ、ペカ、ホシェア、計7人の王たちの生涯が列王記下14章27節以下に短く紹介されていますが、その治世が1ヶ月と短かったシャルムを除き、「彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった」と評されています(同14章24節、15章9,18,24,23節、17章2節)。

 主イエスが弟子たちに、「あなたがたは皆わたしにつまずく」と話されたとき(マルコ福音書14章27節)、ペトロが、「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」、「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(同29,31節)と答えました。

 それは、本心であったと思います。けれども、弟子たちは、主イエスを見捨てて逃げてしまい(同50節)、ペトロも、翌朝を迎えるまでに、「そんな人は知らない」と三度も、最後には呪いの言葉さえ口にしながら、主イエスとの関係を否定してしまい(同68,70,71節)、結果的に、ペトロの本心がその場しのぎの口先の言葉ということになってしまいました。

 そしてそれは、他人事ではありません。実際に口でそのように言うことはなくても、私たちの行動や態度で、およそ「イエスなど知らない」と語り続けているのではないでしょうか。そのような私たちのために主イエスが十字架に死に、私たちの信仰がなくならないように祈ったと仰せくださいます。その祈りと深い愛の御業によって守り、支えられている私たちです。

 イスラエルの人々は、冒頭の言葉(2節)のとおり、「二日の後、主は我々を生かし、三日目に、立ち上がらせてくださる」、と語りました。なぜ二日の後に生かされると語り得たのでしょう。「三日目に立ち上がらせてくださる」とは、何を根拠にしたものでしょう。「苦しみの短からんことを」という期待を込めた言葉なのでしょうか。

 ただ、4節以下から、神はこの言葉を民の真実な悔い改めと信仰の言葉として聞かれたとは思われません。にも拘らず、この言葉は重要な意味を持っています。パウロが、この言葉を念頭において、「聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと」(第一コリント15章4節)と記しています。つまり、この言葉を、主イエスの復活の預言と解釈したわけです。それは、主の贖いの業の完成であり、それにより、救いの道が開かれたということです。

 イスラエルの民の願い、祈りが、イエス・キリストの十字架と復活の出来事を通して成就したことになります。まさに、すべてのことは益となるということを明示している出来事です。そして、ここに神の真実な愛があります。

 私たちに思いを起させ、実現に至らせてくださる主の御言葉に耳を傾け、その御心に従って歩む者とならせて頂きましょう。

 主よ、深い愛と憐れみをもって私たちを守り導いてくださることを感謝します。絶えず、「我々は知ろう、主を知ることを追い求めよう」と語らせ、全身全霊をもって真実に神を愛することを学び、実行させてください。弱い私たちを助け、常に信仰に立つことが出来ますように。 アーメン