「しかし、アハズは言った。『わたしは求めない。主を試すようなことはしない』。」 イザヤ書7章12節

 アハズの治世、アラムの王レツィンと北イスラエルの王ペカが同盟を組み、南ユダに攻撃を仕掛けて来ました(1節、列王記下16章5節以下)。アラムとは、ダマスコを首都とするシリアのことです。また、サマリアを首都とする北イスラエルの中心部はエフライム族の所領なので、歴史家はこれを、シリア・エフライム戦争と呼んでいます。

 その当時、シリアからパレスティナ全域をも支配していたアッシリアに反旗を翻し、独立を果たすため、アラムとエフライムが同盟し、南ユダにもその連合軍に参加するよう呼びかけたのですが、南ユダの王アハズはそれを拒否しました。アハズがアラム・エフライム連合軍に与しなかった背景には、預言者イザヤの進言があったものと思われます。

 それで、アラム・エフライム連合軍が南ユダに攻め寄せてきたのです。それは、「ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう」(6節)というとおり、この戦いで勝利を収め、自分たちの意に従う王を立てて、南ユダをいわゆる傀儡国家としようとしていたのです。 
 
 アラム・エフライム連合軍の攻撃に対して、主なる神がアハズに、「落ち着いて静かにしていなさい。恐れることはない」と告げられました(4節)。これは、30章15節と同様、他国との軍事同盟で危機を乗り切ろうとする王の企てに対して、主なる神へ信仰を求められたものです。その信仰に立つならば、アラム・エフライム連合軍の企ては「実現せず、成就しない」(7節)と言われました。

 そして、「信じなければ、あなたがたは確かにされない」(9節)と迫られ、「主なるあなたの神に、しるしを求めよ。深く陰府の方に、あるいは高く天の方に」(11節)と告げておられます。アハズ王の信仰を明確にするため、主が信仰の保証として「しるし」を与えると言われるのです。天のしるしとは雨や稲妻など、陰府のしるしとは地震のようなもののことでしょう。

 それに対してアハズは、冒頭の言葉(12節)の通り、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と答えました。これは、主イエスが悪魔の誘惑を退けるために、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」(マタイ4章7節)と語られた言葉に似て、わたしは主を信じているから、その上しるしを求めて、主を試す必要などはないと敬虔に語っているように見えます。

 けれども、アハズがしるしを求めなかったのは、信仰があったからではなく、神を軽んじていたからです。実際、連合軍の侵攻を知ると、アハズはアッシリアに使いを送り、贈り物をして援軍を頼みました(列王記下16章5節以下)。アッシリアの援軍を、目に見えない神に依り頼むよりもよいと考えていたわけです。

 アッシリアの王ティグラト・ピレセルは、アハズの頼みを受けてアラムの都ダマスコに攻め上ってこれを占領し、王レツィンは殺されました(同9節)。また、北イスラエルの全地方を占領し、住民を捕囚として、アッシリアに連れ去りました(同15章29節)。

 こうして、南ユダはアッシリアの援軍によってアラム・エフライム連合軍から守られました。アハズは、直面していた危機に対して、神の助けによらず、自らの政治手腕によって切り抜けることが出来るという自信を深め、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と、さらに強く語るようになったことでしょう。

 その後アハズは、ダマスコにアッシリアの王ティグラト・ピレセルを訪ね、アッシリア式の祭壇を模して、エルサレムの神殿に同形の祭壇を築かせ(同16章10節以下)、その上で献げ物をささげました(同12節)。

 北イスラエルは、ヤロブアムの罪を離れることが出来ず、結局アッシリアによって滅ぼされ、ユダの部族だけが残されたのですが(同17章18節)、南ユダも同様に異教の偶像を礼拝する罪と無縁でなく、やがて御前から捨てられてしまうのです(同20節)。

 6章10節で言われている通り、アハズ王は主なる神の御前に心を頑なにして、「目で見ることなく、耳で聞くことなく、その心で理解することなく、悔い改めていやされることのない」者とされてしまいます。

 そこで神は、アハズ王に一つのしるしを与えられます(14節)。それは、「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」というのです。インマヌエルとは、神が我々と共におられるという意味です。

 3節に、イザヤの子がシェアル・ヤシュブという名であることが記されています。これは、「残りの者は帰って来る、悔い改めるのは残りの者」といった意味の名前です。この子を伴うイザヤに会って、しかし、アハズは悔い改めに至りませんでした。ゆえに、アハズは神の前から退けられるということになるのです。

 そこで、イスラエルの残りの者から、「インマヌエル」と呼ばれる男の子、「神が我らと共に」という意味の名が付けられる王が生まれるということです。

 インマヌエルなる王が災いを退け、幸いを選ぶことを知る前に、アッシリアの王がパレスティナに来襲してアラム、エフライムを滅ぼし(16,17節)、ユダも大いなる荒廃に見舞われることが告げられます(18節以下)。

 つまり、アハズに与えられる「インマヌエル」なるしるしは、おのが不信仰を裁く神のしるしであり、救いのしるしではありませんでした。しかし、私たちは真に「インマヌエル」と唱えられるお方、私たちの助け主となってくださったお方を知っています。それは、どんな時にも共にいて、私たちを守ってくださる私たちの救い主、主イエス・キリストです(マタイ1章23節)。

 人は自らの行いによって救いを獲得することは出来ず、インマヌエルなる主イエスの贖いにより、恵みによって救いの道を開いて頂いたのです。主を信じ、その御言葉に耳を傾け、導きに従って歩みましょう。

 主よ、試みに遭うとき、その人の真実な姿がそこにあぶり出されます。アハズは目に見えない神にではなく、目に見えるアッシリアに依り頼むことで馬脚を表しました。しかし、私も五十歩百歩です。どうかいつも主に目を留め、その御声に耳を傾け、御霊の導きに従って歩むことが出来ますように。 アーメン