「主をたたえよ。嘆き祈るわたしの声を聞いてくださいました。」 編28編6節

 この詩は、死の苦しみからの救いと、神に逆らう者に対する報復を求める「嘆きの祈り」(1~5節)と、祈りが聞き届けられたことに対する「感謝の賛美」(6~9節)という二部構成になっています。

 この詩には、三種類の「手」(ヤド)が出て来ます。それは先ず、神の御前に嘆き祈る詩人の手(2節)、次いで、神に逆らう者、悪を行う者の手(4節)、それから、彼らが悟ろうとしない主なる神の御手(5節)です。

 詩人は、神に逆らい、悪を行う者の手によって苦しめられていました。彼らは、口では「平和」(シャローム)を語りながら、その心に悪意を抱き、その手で悪事を行っているのです(3,4節)。ゆえに詩人は主を呼び求め、祈りの手を上げ、救いを求めて叫んでいるのです(2節)。もしも、詩人の祈りに主が御手を動かしてくださらなければ、彼は墓に下る者とされてしまいます(1節)。

 しかしながら、それはただ、彼らに殺されてしまうという意味ではないように思われます。それは3節で、「神に逆らう者、悪を行う者と共に、わたしを引いて行かないでください」と言っているからです。これは、神の裁きが、神に逆らう者、悪を行う者だけでなく、自分自身にも及ぶのではないかと思っている証拠です。詩人は、神に逆らい、悪をなす者に陥れられて、彼らの「仲間」(レイア)とされ、彼らと共に裁きを受けようとしているのかも知れません。

 共に裏切られたと言うことでしょうか。詩人は、「その仕業、悪事に応じて彼らに報い、罰してください。その手のなすところに応じて彼らに報い、罰してください」(4節)と願っているからです。続けて、「主の御業、御手の業を彼らは悟ろうとしません」(5節)と言います。

 詩人は、悪人の「仕業」と「主の御業」、「その手のなすところ」と「御手の業」とを対比しています。彼らは主の御業を悟らず、悪をなす故、滅ぼされ、再び興さなれる(バーナー:再建する)ことがないようにされるのです(5節)

 詩人の手は今、神の前に上げられています(2節)。それは、神の助けを求める祈りの姿勢であり、また、主をたたえる賛美の姿勢でもあります(134編2節)。そのときに、手のひらは神に向かって開かれています。それは、手の中には何もないということを表わしています。だから、神を求めているのです。そして、空の手に恵みを満たしてくださる主をほめ讃えているのです。

 また、神の前に上げられた手は、まさにお手上げ、降参のしるしのように見えます。詩人は、神のほかに自分をこの悪の力から、自分を苦しめる者の手から解放してくれるものを知らないのです。確かに、主なる神こそ、私たちの力、私たちの盾であり(7節)、油注がれた者の力、その砦、救いです(8節)。

 これは、使徒ペトロが、「(イエス・キリストの)ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒言行録4章12節)と言っているとおりです。

 手を上げて祈る者の心は、しかし、深い苦しみと不安に揺れていることでしょう。救いを求める祈りに対して、神が沈黙しておられるように思われるからです(1節)。そして、神の沈黙の時間は、詩人にとって、決して短い時間ではないでしょう。救いを待つ1日は、千年にも感じられるものです。しかるに神は、冒頭の言葉(6節)のとおり、嘆き祈る詩人の声に耳を傾けてくださいました。そのとき、詩人の心は歓喜で溢れたことでしょう。

 詩人の祈りが聞かれたのは、確かに神の憐れみです。そしてまた、神の御手を動かしたのは、詩人の信仰による祈りでした。「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです」(ヘブライ書11章6節)という御言葉があります。

 主イエスは、「求めなさい。そうすれば、与えられる。捜しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」(マタイ福音書7章7節)と約束されました。主イエスとその約束の言葉を信じて、求めましょう。捜しましょう。門をたたきましょう。神が御業を行ってくださいます。その必要を満たしてくださいます。神は必ず、「求める者に良い物をくださるにちがいない」のです(同7章11節)。

 「お救いください、あなたの民を。祝福してください、あなたの嗣業の民を。とこしえに彼らを導き養ってください」(9節)と祈る詩人に倣い、自分とその家族親族、友らのために、主の恵みと導きを祈り求めましょう。そのように主に依り頼む私たちの心は、主の助けを得て喜び躍り、感謝に溢れ、主をたたえる賛美が湧き上がってくるでしょう。

 主よ、あなたは私たちの嘆きの祈りに耳を傾け、時宜にかなう助けをお与え下さいます。あなたこそ私の力、私の盾、あなたに依り頼みます。私たちの上にあなたの恵みと導きが豊かにありますように。そして御名が崇められますように。 アーメン