「あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立ってお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう。」 歴代誌下9章7節

 シェバの女王がソロモンの名声を聞き、それを確かめに大勢の随員を連れ、多くの贈り物をもってやって来ました(1節)。イスラエル三代目の王を表敬訪問しているわけですが、それは、「難問をもってソロモンを試そう」と記されているように、自分たちが今後国交を開くべきかどうかを見定める審問をしにやって来たというところでしょう。

 ところが、考えていたすべての質問に適切に解答が与えられ、答えられないことが何一つありませんでした(2節)。そして、見るもの、聞くものすべてが女王の想像の域をはるかに超えており、まさに息も止まるような思いだったそうです(4節)。

 女王はソロモンの知恵をたたえ、「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、人の言うことを信じてはいませんでした。しかし、わたしに知らされていたことは大いなるお知恵の半分にも及ばず、あなたはうわさに聞いていたことをはるかに超えておられます」と言います(5,6節)。

 ソロモンの知恵について、列王記上5章12節以下(口語訳など:4章32節以下)に、「彼の語った格言は三千、歌は千五百に達した。彼が樹木について論じれば、レバノン杉から石垣に生えるヒソプにまで及んだ。彼はまた、獣類、鳥類、爬虫類、魚類についても論じた」とあります。

 確かに、何を聞いても答えられるというのは、大変なものです。恐るべき知恵でしょう。しかしそれは、エンターテイメントとしての面白さはあっても、国を治める王として、どうしても必要な知識というものではありません。爬虫類について論じることが出来なくても、政治を行うにはあまり困りません。樹木の名を知らなくても、王として恥じいってしまうというほどのことでもないでしょう。

 シェバの女王にとって、彼女が驚き、その知恵をたたえているのは、ソロモンが博学だということ以上に、国の指導者として知るべきことを知り、正しく賢く判断し、実行しているということではないでしょうか。だから、冒頭の言葉(7節)で、「あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。あなたの前に立ってお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう」と言うのです。

 ここで、「臣民」と訳されているのは、「アナシェーハー(「あなたの人々」の意)」という言葉ですが、口語訳のように、「あなたの妻たち」としているものがあります。「幸いなるかな、あなたの妻たち。幸いなるかな、あなたのこれらの僕たち」という言葉遣いで、シェバの女王は、自分もソロモンの妻、あるいは家臣になりたいという思いがここに披瀝されているわけです。この王に従い、彼の知恵を聴くことが出来れば安心という世界ですね。

 そして、ソロモンを王とされた神をたたえて、「あなたを王位につけられたあなたの神、主のための王とすることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように。あなたの神はイスラエルを愛して、とこしえに続くものとし、あなたをその上に王として立て、公正と正義を行わせられるからです」と語ります(8節)。

 女王は、ソロモンの背後に神を見たわけです。神の導きなくしてこのようなことは出来ないという、女王の信仰の表明とも言えるのではないでしょうか。

 ソロモンは、女王の望むものは何でも与えたとあり(12節)、それは、シェバとイスラエルの間で交易が始まったということを示していると思われます。ソロモンに与えられた知恵を聞き、女王が望んだものの中で最も重要なものが、天地創造の神を信じる信仰であったといってもよいのでしょう。

 使徒パウロがエフェソの教会の人々に、「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」と尋ねました(使徒言行録19章2節)。信仰生活をするために、聖霊を受けることが重要だということです。エフェソの人々は、聖霊のことを聞いたこともありませんでした。聖霊についての知識も必要ですが、何より、聖霊に満たされ(エフェソ書5章18節)、その力を頂くこと、聖霊の導きに従うことが重要です(ガラテヤ書5章16節以下、25節)。

 聖霊が、私たちを主イエスを信じる信仰に導き(第一コリント12章3節)、主イエスが教えておられることを思い起こさせ、その真理をわきまえさせて下さるからです(ヨハネ14章17,26節、16章13節など)。ソロモンは、この聖霊の知恵を頂いたのです。聖霊に聞いて語ったから、人々が驚くような知恵が開かれたのでしょう。

 惜しみなく知恵を与えると約束しておられる神に(ヤコブ書1章5節)、聖霊を求めましょう。求める者には聖霊をくださいます(ルカ11章13節)。神は聖霊を限りなくお与えになるのです(ヨハネ3章34節)。

 主よ、私たちを常に聖霊に満たしてください。聖霊によって、神の御愛が心に注がれます。主を信じる信仰を通して、神の栄光に与る希望をもって喜んでいます。私たちに真の知恵を授けてください。主を畏れることを学ばせてください。御名が崇められますように。御心がこの地になりますように。アーメン!