「そのとき主の霊が激しく彼に降ったので、彼は手に何も持たなくても、子山羊を裂くように獅子を裂いた。」 士師記14章6節

 マハネ・ダンで士師としての働きを始めたサムソンは(13章25節)、ティムナに下って行き、ペリシテ人の娘に心惹かれ(1節)、自分の両親に結婚の承諾を求めます(2節)。けれども、両親は、「無割礼のペリシテ人の中から妻を迎えようとは」といって、ペリシテ人女性を妻に迎えることに難色を示します(3節、創世記17章、28章1節、34章14節参照)。

 当時、イスラエルは40年に及ぶペリシテ人の支配を受けていました(4節)。それは、イスラエルの民が神に背いて異教の神々に仕え、神を怒らせたからです(13章1節)。ですから、両親には、サムソンの異邦の娘を娶るという振る舞いがますます神を怒らせると思われ、およそ承諾することは出来ないことだったでしょう。

 ところが4節に、「父母にはこれが主のご計画であり、主がペリシテ人に手がかりを求めておられることがわからなかった」と記されています。サムソンがペリシテ女性を妻に迎えることが主のご計画というのは、驚くべき言葉です。それは、主はカナンの風習に習うこと、カナンの住民と契約を結び、互いに縁組みすることを禁じておられたからです(出エジプト記34章11節以下、申命記7章1節以下)。

 これはしかし、今後もペリシテ人との縁組みは許可するということではありません。いわゆる、方針転換などではないのです。「主がペリシテ人に手がかりを求めておられ」たので(4節)、サムソンがペリシテ女性に一目惚れしたのを幸い、それを利用してペリシテを打とうとされたといいますか、サムソンの婚姻を通してペリシテ人との間に問題を生じさせ、サムソンが暴れてペリシテ人を打つようにさせたということでしょう。

 そのために、サムソンがペリシテの女性に目を引かれるように、神が仕向けられたということになるのかもしれません。このあとも、ガザの遊女のもとに行きますし(16章1節)、デリラという女性を愛するようにもなりました(同4節以下)。もしもサムソンが、無割礼の異邦の女性を娶ることなど、断じてしないと考える人物であれば、このような神のご計画は、成り立たなかったことでしょう。

 サムソンは婚礼のため、両親を伴ってティムナに下ります(5節)。ティムナのブドウ畑まで来たとき、一頭の獅子が吠えながら向かって来ました。サムソンはそのとき、冒頭の言葉(6節)の通り、獅子に素手で立ち向かい、子山羊を裂くように、獅子をいとも簡単に引き裂きました。

 勿論それは、人間業ではありません。聖書はそれを、「そのとき主の霊が激しく彼に降ったので」と説明しています(6節)。まさに超人的な神の力が彼のうちに働いたので、サムソンには、獅子が子山羊のように見えたのでしょう。そして、獅子を引き裂くことが出来たのです。

 獅子と戦うといえば、ローマ皇帝がキリスト教を弾圧し、捕らえたクリスチャンたちを見せしめに獅子と戦わせたと伝えられています。第一ペトロ書5章8節に、「身を慎んで目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています」と記されているのは、クリスチャンに襲いかかっている獅子、教会を迫害しているローマ帝国の力の背後に、悪魔を見ているということになります。

 ペトロは続けて、「信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい」と言い(同5章9節)、「あらゆる恵みの源である神、即ち、キリスト・イエスを通してあなたがたを永遠の栄光へ招いてくださった神ご自身が、しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます」(同10節)と語ります。

 これは、サムソンが獅子に立ち向かって、子山羊を裂くようにそれを簡単に裂いたというような話ではありません。吠え猛る獅子の前に立ったクリスチャンたちは、それによって命を落としたことでしょう。帝国の圧倒的な力の前に、なすすべなく裂かれるほかないようなことだったでしょう。ところが、そのように命を賭して信仰に踏みとどまったクリスチャンたちの証しが、ローマ帝国を変えました。

 福音がヨーロッパ中に伝えられました。ルターがプロテスタントの運動を始めた頃、地球を東回りに幾つもの海を越え、我が国に、カトリックの宣教師によって福音が届けられました。また、信教の自由を求めた清教徒たちが大西洋を越えてアメリカ大陸に渡り、それから、太平洋を越えて我が国に、つまり、地球を西回りに、プロテスタントの信仰がもたらされたのです。

 信仰に立つ者は、どんな困難も、主の助け、御霊の導きによってそれを乗り越えさせていただくことが出来るのです。御霊の満たしと導きを祈りましょう。

 主よ、サムソンの結婚は、あなたを喜ばせる話ではなかったと思いますが、それを用いてペリシテ人を打たれます。しんがりを守って下さる主が責任をもって、私たちの過ちをも益となるように働いて下さいます。主よ。私たちをも聖霊に満たし、力を受けて信仰に堅くたち、悪魔との戦いに勝利を得させて下さい。あなたの御業が前進しますように。 アーメン