「こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。」 使徒言行録27章35節

 ローマ皇帝に上訴したパウロを護送するため、カイサリアから海路ローマに向かうことになります(1節以下)。その際、パウロの身柄は皇帝直属部隊の百人隊長ユリウスに引き渡されました。「わたしたちがイタリアに向かって」と、冒頭に記されていることから、著者のルカがパウロの護送に付き添うことになったことが分かります。その他に、アリスタルコも同行しています(2節)。

 シドンからの航行は、偏西風に行く手を遮られるかたちになり、予定よりも時間がかかってしまいました(4,7節)。それで、航海に危険な季節になりましたが(9節)、クレタ島の「よい港」と呼ばれるところは、冬を越すのに適していなかったので、西のフェニクス港に行こうということになります(12節)。パウロは危険だから航海を中止するように忠告したのですが(10節)、船長や船主の意見で移動が決定しました(11節)。

 南風が吹いて来たので、出港したところ、間もなく島から吹き下ろす暴風に襲われて沖へ流され(14節以下)、積荷や船具までも捨てなければならない絶体絶命の事態になりました(18~20節)。「幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶ」という状況では(20節)、時間も方角も定かではなく、間断なく風が吹く事態に、皆絶望するほかなかったでしょう。

 そのように、誰もが望みを失い、食事もとれない中で(21節)、ただ一人パウロが、「元気を出しなさい。舟は失うが、誰も命を失う者はいない」と皆を励まします(22節)。船員でもないパウロがそのように語ることの出来た根拠は、天使の告げる神の言葉でした。

 天使は、「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ」と告げます(24節。すなわち、船に乗っているすべての者は、パウロのゆえに守られるというのです(24節)。

 天使を通してパウロに神の御言葉が告げられたのは、彼がこの嵐の中、神の御旨を聴こうとして祈っていたからでしょう。既に殉教の覚悟を決めていたパウロは、嵐よりも神を畏れて、御言葉を傾聴しようとしていたわけです。だから、神の言葉を聞いた今、心に平安が与えられていたので、「私の言うことを聞かないから、こういう目に遭うのだ」と人々を責めるのではなく、「元気を出しなさい」と励ますことができたのです。 

 それから数日後、漂流して14日目の夜、確かにどこかの陸地に近づいていることが分かりました(27,28節)。闇の中で暗礁に乗り上げることがないように錨を降ろし、夜明けを待つことにします(29節)。パウロが語ったとおりのことが、実現しつつあるわけです。

 ところが、船員たちが夜の内に上陸用の小船で先に逃げ出そうとします(30節)。その理由はよく分かりませんが、あるいは、船の中で船長でもないパウロが次第に指導的な立ち場を取りつつあることを嫌気したのかも知れません。水夫たちの動きを知ったパウロは、それを百人隊長と兵士たちに知らせて阻止しました(31,32節)。

 それから、夜明けに、パウロは一同に食事を勧めます(34節)。そして、冒頭の言葉(35節)のとおり、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めました。パウロと同行していたルカとアリスタルコも、パウロの祈りを聞き、食事を始めたパウロを見て、彼らも食卓に着いたことでしょう。そして、その姿を見た他の人々も、元気づけられて食事を摂ることが出来たのだと思います(36節)。

 パウロがパンを取って感謝の祈りをささげ、裂いて食べ始めるというのは、「イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた」(ルカ福音書22章19節)という、主の晩餐式の言葉によく似ています。パウロが主の晩餐式をしようとしたと考えるのは、読み込み過ぎでしょうね。

 けれども、パウロは、神の言葉と食事によって、同船の人々の不安な心に平安と希望を満たしました。それで、人々は励まされて食事を始めます(36,38節)。陸地が近いと知ったこともあり、人々は「十分に食べ」、そして、船を軽くするため、穀物も海に投げ捨てました(38節)。

 この出来事を通して、主イエスを信じる信仰に導かれた人も起こされたかも知れません。そうした人々にとっては、この朝食が、まさにキリストの命に与る食事となったといってもよいでしょう。パウロの言葉と業によって、神の恵みと平安が、人々にまさしく見える形で示されたわけです。

 私たちも日々主の御言葉に励まされつつ、御霊に満たされて主の証人としての使命を全うしたいものです。

 主よ、パウロは嵐の中で神に祈り、その御声を聴きました。勇気づけられたパウロは、同船の人々を元気づけることが出来ました。パウロの言葉が真実だったからです。どうか私たちの信仰の耳を開き、神の御言葉を聴かせて下さい。聴いた御言葉を信仰によって実行させて下さい。御名が崇められますように。御心がなりますように。 アーメン


PS これで、大牟田教会からの発信は最後になります。転居後、インターネット環境が整うまで、更新できません。しばらくお待ちください。これからも、宜しくお願いいたします。