「そこで、フェストゥスは陪審の人々と協議してから、『皇帝に上訴したのだから、皇帝のもとに出頭するように』と答えた。」 使徒言行録25章12節

 パウロは、総督フェリクスのもとに2年監禁されていました(24章27節)。行動にはある程度自由があり、友人との面会や、彼らがパウロの世話をすることも許されていました(同23節)。フェリクスの後に赴任してきたフェストゥスも、彼を監禁したままにしておいたと記されています(同27節)

 ここまで、ひたすらキリストの福音を宣べ伝えてきたパウロにとって、総督官邸に軟禁状態に置かれているというのは、望ましいものではなかったでしょう。もしもフェリクスが、ピラトのように、ユダヤ人に気に入られようとしてパウロの身柄をユダヤ人に渡すことにすれば、その日のうちに殺されてしまうことでしょう。その意味では、死刑の執行を待つ死刑囚のような心境ではなかったでしょうか。

 そうした中でパウロを支えていたのは、「ローマでも証しをしなければならない」と語られた神の御言葉です(23章11節)。神がそう語られたということは、いずれパウロは必ずローマに行くということです。神が「ローマで証しせよ」という使命を与えられたのだから、御旨のままに従って行けば、必ず実現されるということです。

 勿論、ローマに行けば、パウロの身の安全が保障されるということではありません。実際、パウロは紀元64年頃、皇帝ネロの迫害により、ローマで殉教したと伝えられています。命懸けの証しの業だったわけです。こうしたことから、ギリシア語の「マルトゥス(「証人」)」が、英語で「殉教者」を意味するmartyr(マーター)という言葉の語源となったとされています。

 パウロは、軟禁生活で自由に行動出来ないからといって、不貞腐れて自堕落な生活をしていたわけではありません。聖書に保存されている彼の手紙のうち、エフェソの信徒への手紙、フィリピの信徒への手紙、コロ、サイの信徒への手紙、フィレモンへの手紙は、獄中書簡と呼ばれています。

 カイサリアの獄中で記されたものかどうか明確ではありませんが、いずれにしても、行動の自由を奪われ、直接人々に福音を語ることが出来ないばかりか、いつも死を覚悟していなければならない厳しい環境の中で書き記されたこれらの手紙によって、これまでどれほど多くの人々が励ましを受け、勇気が与えられてきたことでしょうか。

 また、もしもパウロが手紙を残されなければ、彼の言葉、教えは、その時その場所にいた人々だけしか聞けなかったのものですが、手紙が残されたお蔭で、今もそれを読み、学ぶことが出来ます。パウロは、自分の書いた手紙が2000年後も、世界各国の言葉に翻訳されて読まれるなどとは、思いもよらなかったことでしょう。そう考えれば、パウロの軟禁生活は、考えられないほど大きなプラスを生んだと言わざるを得ません。

 フェストゥスが着任三日後にカイサリアからエルサレムに上ると(1節)、祭司長たちがパウロをエルサレムで裁くよう訴え出ました。それは、途中で暗殺するという計画だといわれます(2,3節)。祭司長たちのパウロに対する怨念のようなものを感じる記述です。フェストゥスは、カイサリアに来てパウロを告発するようにと答え、暗殺計画を未然に防ぐかたちになりました(4,5節)。

 フェストゥスがカイサリアに戻った翌日、裁判の席に着きます(6節)。祭司長たちが早速行動を起したわけです。ところが、彼らは2年という期間があったというのに、パウロを有罪に持ち込む証拠を提示することが出来ませんでした(7節)。そして、パウロは堂々と、「わたしは、ユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても何も罪を犯したことはありません」と主張しました(8節)。

 ところが、フェストゥスは、エルサレムで裁判を受けたいと思うか、と尋ねます(9節)。それは、彼がユダヤ人の気に入られようとしたのだと説明されています。パウロは彼の言葉を聞いて、公正な裁判を受けられないと考えたのか、「私は皇帝に上訴します」と言います(11節)。冒頭の言葉(12節)のとおり、総督は陪審と協議した後、それを受け入れました。法廷が、ローマ皇帝のもとに移されることになります。

 前述のとおり、パウロは身の安全を図るためにローマに行くのではありません。ローマ皇帝に主イエスの福音を宣べ伝えるため、証しをするために行くのです。ローマ皇帝に会いたいといっても、普通は適わないでしょう。けれども、皇帝が判事を務める法廷に行けば、彼に直接福音を伝えることが出来ます。その周りに居並ぶ高官たちにキリストを証しすることが出来ます。パウロにとっては、願ってもないチャンスになるのです。

 ここにも、福音のためならばどんなことでもするというパウロの宣教の姿勢が現れているわけです(第一コリント書9章23節)。

 主よ、「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい」とパウロが記していますが、彼はまさにそのように生き、そして死にました。それがパウロに与えられた神と人とに対して行う愛の奉仕、主に委ねられた使命でした。同様に、私たちにもそれぞれ使命が与えられています。その使命を自覚し、いつも励むことが出来ますように。弱い私たちを助けて下さい。 アーメン