「信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。」 ヤコブ書2章14節

 宗教改革者M.ルターは、ヤコブ書を「藁(わら)の書」と呼びました。それは、ヤコブが、この手紙を通じて、行いの伴わない信仰は、死んだも同然のものと主張しているからです。ルターは、「人は行いによらず、信仰によって義とされる」(ガラテヤ2章16節など)とパウロの説いた福音によって戒律を守り行うことから解放され、救いの喜びを味わっていたので、ヤコブの手紙では、その福音が不当に非難されていると考えたわけです。

 ただ、ヤコブがそのように言うのには、理由がありました。それは、行いによらず、信仰によって義とされる、救われるということならば、信仰を持ちさえすれば、後は何をやっても自由なんだと、パウロの教えを誤解する人々がいて、教会の風紀を乱したのです。しかも、教会の有力なメンバーがその考えに支配されて、パウロの指導にも従わないという事態に陥ったこともあったのです。

 しかし、パウロも、主イエスを信じさえすれば、何をしてもかまわない、あるいは何もしなくてもよい、と教えたわけではありません。ガラテヤ5章6節では、「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です」と説いています。

 律法を杓子定規に守ることで救われるのではなく、キリスト・イエスに結ばれることが重要なこと、それは、主イエスを信じる信仰で救われると説き、そして、主を信じる者は、愛の実践を通して救いの喜びを周囲の人々に示し、信仰の実を結ぶと考えているわけです。

 だから、「神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです」(第一コリント書15章10節)と語るのです。

 さらに、「わたしの兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば、自分たちの労苦が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」(同15章58節)と教えています。

 ヤコブはこうした点を踏まえつつ、聞く者に誤解を与えないように、「自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか」(14節)と問いかけて、行いの伴う信仰について、はっきりと主張しているのです。ヤコブの語る「行い」とは、「自由をもたらす完全な律法を一心に見つめ、これを守る」(1章25節)ことです。

 それは、主イエスが、「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ8章31,32節)と言われたことを指しているといってもよいでしょう。

 そのことで、ヤコブは、実生活の中で何度も経験している事例を取り上げ、信仰のともがらがその日の食べる者にも事欠いているときに、その窮乏に何一つ応えず、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と説教するだけなら、それは何の助けにもならないと言います(15,16節)。

 それは、信仰から、あの「善いサマリア人」のような(ルカ福音書10章30節以下)、隣人に対する憐れみの行為が生まれて来ないのなら、確かに、そんな同情に意味があるとは言えないということです。

 この事例に基づいて、冒頭の言葉(17節)のとおり、信仰それ自体には何ら疑わしい点が見出されなくても、もしもそれが何の業も産み出さないのであれば、それは、死んだも同然の信仰、信仰の亡骸というべきものだという結論を導き出します。言い換えれば、キリスト教の教理を正しく理解することは大切なことだけれども、それが生活に活かされないのであれば、そのような理解を得ているのは無意味だということです。

 誰も、その行いによって救いを獲得することは出来ません。救いは、恵みとして与えられるものです。ただ、生活で神の恵みを無にする振る舞い、それを台無しにするような行いに及ぶなら、信仰に生きている者ということは出来ないでしょう。

 ローマ書1章7節に、「福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。『正しい者は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです」とあります。神を信じるからこそ、そして、その救いの恵みに与っているからこそ、神に従って生きることが出来るのです。 

 主よ、日々主の御言葉に心を留め、その教えを口ずさみ、恵みを互いに分かち合って、信仰の交わりを深めることが出来ますように。主に従って生きる人々に、恵みと慈しみがいよいよ豊かに注がれますように。 アーメン