「神は驚くべき御声をとどろかせ、わたしたちの知りえない大きな業を成し遂げられる。」 ヨブ記37章5節


 37章まで、エリフの言葉が続いています。36章27節以下に秋の描写があり、本章1節以下には冬、そして14節以下には夏の描写がなされています。そうして、そのような自然の情景の中に込められている神の御業、神の御心を、エリフは示そうとしています。

 その最後の勧告の言葉は、「全能者を見だすことはわたしたちにはできない。神は優れた力をもって治めておられる。憐れみ深い人を苦しめることはなさらない。それゆえ、人は神を畏れ敬う。ひとの知恵はすべて顧みるに値しない」(23,24節)というものでした。確かに、人がその知恵で神を見出すことは出来ません。自分の力で神のもとに行くことも出来ません。どんなときにも神を待ち望み、その御声に耳を傾けるより他ないのです。

 しかし、私たちは、自分に都合のよいことは神の恵みとして受け取りますが、不都合なことを同様に考えることは困難です。ヨブは当初、「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と言っていました(1章21節)。しかし、幸いを受けたのだから不幸も頂こうとは、なかなか言えるものではありません。

 6節以下で大雪、大雨などの自然現象も、神の御心によって司られていると教えられますが、台風の被害や地震による災害などをどのように考えればよいのでしょうか。自分や家族が天災などによって被害を受けたときに、これを神様の賜物と考えることは大変困難なことです。

 しかしながら、時折、苦難を恵みと考えることが出来た人々に出会います。水野源三さんもそうです。星野富弘さんや三浦綾子さんも、そうした人々の中の一人です。私たちの目には神様の御姿は見えませんが、このような人々がその苦しみの中で神を信じて変えられたという話を伺うと、確かに神がおられるのではないかと思います。

 なぜ、彼らがそのように苦しまなければならなかったのか、その原因はよく分かりませんが、源三さんの詩集や、富弘さんの詩画集などで多くの人々に感動を与え、慰めや励ましとなっていることを考えると、冒頭の御言葉(5節)のように、神が苦しみの中にあった彼らに、「驚くべき御声をとどろかせ、わたしたちの知りえない大きな業を成し遂げる」という目的のためだったのだと、確かに思います。

 現代のヨブ、水野源三さんが神様に対して心を開くようになるのは、しかし、一朝一夕のことではありませんでした。源三さんのことを知った一人の牧師が、一冊の聖書を置いていったのが、そのきっかけです。源三さんが12歳の時です。

 その頃、源三さんを自分たちの宗教に勧誘しようとする訪問者が後を絶たず、それにウンザリさせられていたので、家族も最初は拒絶していたといいます。しかし、誠実に訪問し、家族の話に耳を傾け、福音を語る牧師に、それまでとは違うものを感じて、源三さんのお母さんが牧師に、源三さんの話し相手になってくれるよう、頼まれたそうです。

 源三さんを信仰に導いたのは、坂城栄光教会を築かれた宮尾隆邦という牧師ですが、当時、小学校の分校教師をしながら伝道しておられました。長野県の田舎の町はずれのあばら屋に住み、大変苦労をしながら伝道されていたそうです。それは、宮尾先生に、郷里伝道という使命が与えられていたからこその働きでした。

 その上、源三さんと出会ったときには既に進行性筋萎縮症を発症しておられ、杖をつきながら源三さんを訪ねて来ておられたそうです。聖書を置いて行った宮尾先生は体の不自由な人だと、母親から聞かされた源三さんは、初め、暗い人かと思っていたので、先生の朗らかな笑い声に驚いたそうです。

 宮尾先生の誠実なお人柄とその信仰、そして何より、宮尾先生を通して大きな業を成し遂げようとされる神ご自身の御業によって、源三さんは13歳でクリスチャンとなられたのです。

 私たちが信仰に導かれたのも、神が驚くべき御声をとどろかせ、私たちの知りえない大きな業をなして下さったからであり、また同様に、私たちを通して御声をとどろかせ、私たちの知りえない大きな業をなそうとするためなのです。

 主よ、どうぞ私たちを主の貴い御用のために用いて下さい。用いられる器となるために整えて下さい。そのための試練を耐え忍ばせて下さい。知恵と力を授けて下さい。 アーメン!