「王はどの女にもましてエステルを愛し、エステルは娘たちの中で王の厚意と愛に最も恵まれることとなった。王は彼女の頭に王妃の冠を置き、ワシュティに代わる王妃とした。」 エステル記2章17節


 全国各州から首都スサに美しい乙女たちが集められることになりました(2節以下)。その中から、王の眼鏡に適う女性がいれば、退位させたワシュティに代わる王妃としようということになったのです(4節)。

 そこに、ユダヤ人「エステル」がいました(7節)。「エステル」はペルシア語で「星」という意味です。エステルのヘブル名は「ハダサ」で(7節)、「ミルトス」のことです。ミルトスは地中海沿岸原産の常緑低木で、別名「マートル」、「ギンバイカ(銀梅花)」と言います。

 花が結婚式などの飾りに使われるため、「祝いの木」とも呼ばれるそうです。葉と果実に芳香があり、香水などの原料に使われます。また、ユダヤ教3大祭りのひとつである「仮庵の祭り」では、現在でもミルトスの枝を使って仮庵が作られています。

 エステルは早くに両親を失い、従兄のモルデカイに娘として引き取られ、養われていました(7節)。エステルは王宮に連れて行かれ、後宮の監督ヘガイに託されました(8節)。ヘガイはエステルに目をかけ、特別扱いにします(9節)。それは、エステルの姿も顔立ちも美しかったからでしょう(7節)。

 1年の準備の後、集められた娘たちは順番に王のもとに召し出されました(12節以下)。エステルにも順番が回って来て、王宮に連れて行かれました(15,16節)。

 すると、冒頭の言葉(17節)のとおり、エステルは王の寵愛を一身に受け、ワシュティに代わる王妃となることになりました。モルデカイはエステルに対して、王の前で自分の出自を明らかにするなと命じていました(10,20節)。ユダヤ人と知られることが、彼女の不利益になると考えていたからでしょう。ところが、なんとエステルが王妃となったのです。

 モルデカイは、王宮に上がったエステルを気遣い、いつも後宮の門の側にいました(11節)。モルデカイはそこで、偶然にもクセルクセス王の暗殺計画を知りました(21節)。早速そのことをエステルに伝え、エステルは王に告げました(22節)。その件が調べられ、容疑が確かめられたので、謀反人たちが処刑されました(23節)。即ち、モルデカイとエステルの働きで、王に対する謀反を未然に防ぐことが出来たわけです。

 興味深いことに、エステル記には一度も、神が登場して来ません。神を求める祈りも、神をほめ讃える賛美も記されていません。しかし、目には見えませんが、歴史の裏側で、その歴史を支配し、動かしておられるのは神です。

 ユダヤ人のモルデカイとエステルがペルシアの首都スサに住んでいたこと、ワシュティに代わる王妃を選ぶ美人コンテストが開かれたこと、エステルがミス・ペルシア候補に選ばれ、王妃となる栄冠に輝いたことは、自然の成り行きではありません。

 さらに、モルデカイが後宮の門の側で王に対する謀反の情報を手に入れ、それを王妃エステルに告げることができたこと、その容疑が裏付けられ、犯罪者が処刑されたことも、こうした出来事の背後に、歴史の支配者であられる神の御手が働いている証しです。というのも、謀反を未然に防いで王を守ったことが、将来、ユダヤ民族を守ることに力を発揮することになるからです。

 そう考えてみると、王の酒宴に召し出されるのを王妃ワシュティが拒否したこと、ワシュティに代わる王妃を選ぶことにしたことなど、これらの出来事に背後にも神がおられたわけです。そのことによってエステルが王妃となる道が開かれたのです。

 更に言えば、モルデカイやエステルが首都スサにいたのは、バビロン捕囚の故です。そしてそれは、イスラエルの民が神に背いた結果ですが、しかし、それが民族にとってマイナスだったということではなく、巡り巡って、イスラエルの民を守る計画につながるのです。

 まさにエレミヤが、「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」(エレミヤ書29章11節)と預言したとおり、ユダヤの民に将来と希望を与える出来事を産み出しました。

 このように歴史を支配しておられる主の導きを信じ、絶えず主の御心を求めて神の前に出ましょう。御言葉に耳を傾け、主に従う者となりましょう。主を待ち望み、主に依り頼みましょう。

 主よ、あなたの深い憐れみと慈しみに感謝致します。歴史を支配しておられる主に信頼し、御言葉に耳を傾ける者に、恵みと導きが常に豊かにありますように。全世界にキリストの平和がありますように。そうして主の御名が高らかに崇められますように。 アーメン