「今わたしは、イスラエルの神、主と契約を結ぶつもりである。そうすれば、主の怒りの炎がわたしたちから離れるであろう。」 歴代誌下29章10節


 アハズに代わって、その子ヒゼキヤが王となります(28章27節)。ヒゼキヤの父アハズは、20歳で王となり、16年間王位にあったというので、36歳で亡くなったことになります(28章1節、列王記下16章2節)。ヒゼキヤは、アハズの死後、25歳で王位に就いたということですから(1節)、アハズ12歳の時の子どもということになります。このことについて、註解書などは全く注目していないので、真偽のほどは定かではありません。

 ヒゼキヤは、父祖ダビデのように、主の目にかなう正しいことをことごとく行います(2節)。即位してまず神殿の修理を行い(3節)、祭司とレビ人を集めて(4節)、「今、自分を聖別し、先祖の神、主の神殿を聖別せよ。聖所から汚れを取り去れ」と命じ(5節)、そして、冒頭の言葉(10節)のとおり、「今わたしは、イスラエルの神、主と契約を結ぶつもりである」と宣言します。

 父アハズの時代、民は主の神殿に背を向け、その扉は閉じられたままでした(6,7節)。アハズは、近隣諸国との戦争に敗れて捕虜と戦利品を持ち去られたとき、主なる神の御前に謙ることをせず、助けを呼ぼうともせず、かえって、「アラムの王の神々は、王を助けている。その神々に、わたしもいけにえをささげよう。そうすればわたしも助けてくれるだろう」といって、ダマスコの神々に礼拝をささげ、その助けを求めました(28書23節)。

 つまり、主なる神は頼むに足りずと考えたのでしょう。だから、神殿の祭具を粉々に砕き、主の神殿の扉を閉じてしまったのです(同24節)。しかるに、アハズの子ヒゼキヤは、先祖たちが大変な悲劇に見舞われたのは、主なる神に不忠実で、主の目に悪とされることを行っていたからだということを、はっきり悟っていました(6節)。

 その結果、「主はあなたたちがその目で見たように、ユダとエルサレムに対して怒り、彼らを人々の恐れと驚きと嘲りの的とされた。見よ、わたしたちの先祖はそのために剣に倒れ、息子も、娘も、妻も、捕虜にされた」というのは(9節)、ここでは、北イスラエルの捕虜となったことを指しているのでしょうけれども(28章8節)、読者には、ユダの王や民の度重なる背信の故に被ったバビロン捕囚の苦しみのことを思い起こさせているようです。

 ヒゼキヤが神殿の扉を開いたのは、「その治世の第一年の第一の月」です(1節)。まるで、王になったら宮清めを実行しようと考えていて、そのときを待ちかねたかのようです。ヒゼキヤは直ちに神殿の扉を開いて修理に取りかかり、レビ人に、「わが子らよ、今このとき怠けていてはならない。主があなたたちをお選びになったのは、あなたたちが御前に出て主に仕え、主に仕える者として香をたくためである」(11節)と、檄を飛ばしています。

 即ち、この世の習慣や父の悪行に倣わず、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえ、行動に移したのです(ローマ12章2節)。

 ところで、アハズによって神殿の扉が閉ざされてからこれまで、祭司やレビ人たちは、どこで何をしていたのでしょうか。主の神殿を閉め出されて、日がな一日、ぼんやりと過ごしていたのでしょうか。あるいは、日毎の糧を得るため、アルバイトに汗を流していたのでしょうか。

 よくは分かりませんが、ヒゼキヤの、「今わたしは、イスラエルの神、主と契約を結ぶつもりである」という宣言は、祭司やレビ人たちに、同様に主なる神と契約を結び、主に仕える意志があるかどうかを確認しているわけです。

 レビ人は立ち上がって自分を聖別しました(12節以下、15節)。「第一の月の一日に、彼らは聖別を始め」というのですから(17節)、彼ら自身、アハズによって閉じられた神殿の務めが再開されるのを、一日千秋の思いで待っていたのではないでしょうか。だから、王に言われたその日に宮清めを開始することが出来たわけです。

 34節には、「レビ人は自分を聖別することについて祭司たちよりも忠実だった」と記されています。祭司たちの中には、アハズと共にダマスコの神を礼拝することに係わった者がいた、あるいは、その方がよいと考える者もいたということなのかも知れませんね。

 私たちも、主の目に適う正しいことを行ったヒゼキヤのように、そして、御言葉に直ちに従ったレビ人のように、いつも主を待ち望み、主に聴き従う心を持ち、常に主を喜び称える者でありたいと思います。

 主よ、いつも喜び、絶えず祈り、どんなことにも感謝する心をお与え下さい。聖霊様、私たちの心をあなたでいっぱいに満たして下さい。アーメン!