「彼らはエジプトに上り、戦車を一両銀六百シェケル、馬を一頭百五十シェケルで輸入した。同じように、それらは王の商人によってヘト人やアラム人のすべての王に輸出された。」 歴代誌下1章17節


 ダビデ王の死後、息子ソロモンが王となりました(歴代誌上29章28節、23章1節参照))。歴代誌下1~9章にソロモンの業績が記されています。1章がソロモンの知恵のこと、2~4章が神殿建築、5~7章は神殿奉献の祈りと主の応答、8章が諸事業、9章にシェバの女王の来訪とソロモンの富という内容になっています。

 王となったソロモンは、全会衆と共にギブオンに下り、神の臨在の幕屋の青銅の祭壇で、一千頭の焼き尽くす献げ物をささげました(3節以下)。それは、ソロモンにとって、神を礼拝することがイスラエルの王としての最も重要な務めであるということを示しています。

 ギブオンは、エルサレム北西およそ10kmにある町です。神の箱がペリシテに奪われて以来、シロの町に置かれていた臨在の幕屋がギブオンに移されていたようです(サムエル記上1章以下、4章、列王記上3章4節)。とはいえ、このとき既に、神の箱はエルサレムに設置された神の幕屋の中に置かれていたはずですが(歴代誌上15章1節以下)、ギブオンの臨在の幕屋との関係はよく分かりません。

 その夜、神がソロモンに現れて、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われました(7節)。それに対してソロモンは、「今このわたしに知恵と識見を授け、この民をよく導くことができるようにしてください。そうでなければ、誰が、あなたのこの大いなる民を裁くことができましょうか」といって、上からの知恵と識見を求めています(10節、列王記上3章6節以下、9節)。

 神はその答えを喜ばれて、知恵と識見だけではなく、ソロモンが求めなかった富と財宝、名誉も加えて与えられました(12節、列王記上3章13節以下では「富と栄光、長寿)。これは、第一に神の国と神の義を求める者には、必要なものもみな添えて与えられると、主イエスが教えられたとおりのことです(マタイ福音書6章33節)。

 与えられた知恵と富で先ずソロモンがなしたことは、戦車千四百と騎兵一万二千を集め、戦車隊の町々と王のもとに配置すること(14節)、また、銀や金、レバノン杉を大量に供給したこと(15節)、戦車と馬をエジプトのクエから買い入れたことです(16節)。そして、冒頭の言葉(17節)のとおり、戦車一両銀六百シェケル、馬一頭百五十シェケルで輸入して、それを近隣諸国に輸出しました。

 つまり、国の安全を強化すると共に、商売をして蓄財を行ったわけです。この後、彼はそのような知恵と富を総動員して、壮麗な神殿と豪華な宮殿を建設します(1章18節以下)。そして、彼の知恵と富は、世界中をうならせます(9章参照)。

 ただ、そのようなことをするために、知恵と識見、それに加えて富や財宝、名誉が与えられたのでしょうか。彼はその知恵と識見をもって、イスラエルの民をどこへ導こうとしているのでしょう。残念ながら、民に対してどのような政治を行ったのか、彼がこの後、どのように神に聴き、神に従ったのか、殆ど何も記されていません。

 列王記を学んだときにも何度か開きましたが、申命記17章14節以下に、「王に関する規定」が記されています。そこに、「王は馬を増やしてはならない」(同16節)とありますし、また、「銀や金を大量に蓄えてはならない」(同17節)とも記されています。それらは確かに、国を守るのに力になるものでしょう。しかし神は、それに頼らず、神に頼れと言われるのです。

 誰よりも知恵のあるはずのソロモンですから、このような規定のあることは、知っていたのではないでしょうか。にも拘わらず、それに全く耳を傾けていないような振る舞いをしているというのは、ソロモンの高ぶりというものでしょう。そして、知恵のあるソロモンに、道を説く者がいなかったのでしょう。だから、道を正すことが出来なかったのです。

 しかし、真の知恵は、主を畏れること、その教えに聴き従うこと(箴言1章7節参照)、馬に頼らず、主に頼ることです。「子らよ、わたしに聞き従え。主を畏れることを教えよう」とダビデは詠いました(詩編34編12節)。御前に謙り、その御言葉に耳を傾け、導きに従って歩みたいと思います。

 ♪主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ、その人は水路の側に植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は何をしても、栄える。♪(ミクタム プレイズ&ワーシップ 21番[詩編1編2~3節]) アーメン