「ペダヤの子はゼルバベル、シムイ。ゼルバベルの子は、メシュラム、ハナンヤ、彼らの姉妹シェロミト。」 歴代誌上3章19節


 3章には、ダビデの子孫が記されています。それは、ダビデから数えて30代。一世代20~30年と考えれば、600~900年の歴史が、人名によって表現されているのです。

 冒頭の言葉(19節)の中に、「ゼルバベル」の名を見つけました。「ゼルバベル」とは、「バビロンの若枝」という意味です。ゼカリヤ書3章8節に、「わたしは今や、若枝であるわが僕を来させる」と記されていますが、これは、ダビデの子孫を思わせる表現であり、ゼルバベルを指しているものと考えられます。

 彼はバビロン捕囚後、エルサレムに戻ってきた民の指導者です(エズラ記2章2節、3章2節)。ただ、ゼルバベルは、歴代誌ではペダヤの子とされているのに対し(19節)、エズラ記などではシェアルティエルとなっています。双方に誤りがなければ、エコンヤ(列王下24章8節以下では「ヨヤキン」)の子シェアルティエルとペダヤ(17,18節)両人にゼルバベルという同じ名の息子がいて、従兄弟同士ということになります。

 「ゼルバベルの子はメシュラム、ハナンヤ云々」と記されていますが、マタイの系図によれば、ゼルバベルの子はアビウドとなっていることから(マタイ1章13節)、歴代誌の記者はここでも、よく知られているシェアルティエルの子ゼルバベルではなく、無名のペダヤの子に光を当てていることになります。

 ところで、ダビデ王直系の子孫ということで、ゼルバベルがイスラエルの民の指導者、ユダヤの総督になったのであれば、それはゼルバベルの指導力もさることながら、ダビデとの契約を重んじられる神の導きだということです。

 ゼルバベルの祖父エコンヤは(17節)、主の目に悪を行い、エルサレムに攻めてきたバビロンに投降して捕囚とされたわけですが(列王記下24章8節以下)、後にエビル・メロダク王の憐れみを受けて獄を出され、王と食事を共にする恵みを得ました(列王記下25章27節以下)。

 そして、バビロンにいた王たちの中で最も高い位がエコンヤに与えられたため、その子シェアルティエル、孫のゼルバベルがユダの総督とされることに、異を唱える者はいなかったのではないでしょうか。

 しかも、ゼカリヤ書4章6節に、「これがゼルバベルに向けられた主の言葉である。武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって、と万軍の主は言われる」と記されているように、ゼルバベルを立てたのは主なる神ご自身であり、主の霊によって、神に委ねられた使命を果たすことが出来るというのです。

 ゼルバベルは、祭司イエシュアたちと共に立ち上がり、エルサレムの神殿を再建することが出来ました(エズラ3章以下)。勿論それは、ゼルバベル一人の仕事ではなく、預言者ハガイやゼカリヤの預言と援助もあってのことです(エズラ5章1~2節、ハガイ書、ゼカリヤ書)。

 元に戻って、19節以下には、ゼルバベルから数えて10代目までの子孫の名前があります。マタイ1章の系図とは多少ズレがありますが、いずれにせよ、歴代誌が執筆されたのは10代目を確認出来る時代のこと、バビロンから帰国して200年以上経過した頃、即ち紀元前200~300年頃(恐らくセレウコス朝シリア時代)のことでしょう。

 当時のことについて、聖書には何も記されてはいません。ただ、神が預言者イザヤを通して告げられたとおり(イザヤ11章1節以下)、いったんはバビロン捕囚によってダビデの家は切り倒されたように思われましたが、切り株から新たな芽が伸び、しっかり実を結ぶことが出来るよう、神の恵みで守られていたのです。この系図を書き記した歴代誌の記者の心に、この神の恵みに対する感謝と喜びが溢れているのではないでしょうか。

 38年の長患いの男を安息日にお癒しになった主イエスが、「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ」とお語りになりました(ヨハネ5章17節)。父なる神が恵みと憐れみをもってその選びの民を守り、支えてこられたように、主イエスは、その恵みから漏れている人々をも主の安息に与らせるために来られ、そして今日、私たちを永遠の主の安息に招き入れて下さったのです。

 私たちも主の恵みに感謝し、その招きに応えるものでありたいと思います。

 主よ、私たちがあなたの召しに与ったのは、私たちの能力などの故ではなく、ただ主の霊により、御業が成し遂げられるためです。召しに忠実に歩むことが出来るように、御前に謙り、御言葉と御霊の導きに常に与らせて下さい。主の恵みと導きが豊かにありますように。 アーメン