「ヨヤキンは獄中の衣を脱ぎ、生きている間、毎日欠かさず王と食事を共にすることとなった。」 列王記下25章29節


 ヨヤキンは、攻め上ってきたバビロンの王ネブカドネツァルに降伏し、他のすべての者と共に捕囚としてバビロンに連れて行かれました(24章12節以下)。これは、第一次バビロン捕囚と呼ばれます。紀元前597年頃に起こりました。

 代わって王となったゼデキヤがバビロンに反旗を翻したため(同17節以下)、バビロン軍がエルサレムの周囲に堡塁を築き(1節)、エルサレムを包囲して兵糧攻めにします(2節)。シオン(要害)と呼ばれたのは、だてではなく、一年余り持ちこたえますが(1,2節参照)、やがて兵糧がなくなり、都の一角が破られたのを見て、夜中にゼデキヤは逃げ出します(3,4節)。

 しかし、エリコの荒れ地で捕らえられ、リブラにいたバビロンの王ネブカドネツァルのもとに引き出され、裁きを受けました(5,6節)。目の前で王子たちが殺され、そして両眼がつぶされ、足枷がはめられて、バビロンまで連行されました(7節)。

 エルサレムの都は、神殿や王宮、すべての家屋が焼き払われ(8,9節)、城壁が取り壊されました(10節)。また、貧しい民の一部を除いて、他の者は皆捕囚としてバビロンに連れ去られました(11,12節)。これを、第二次バビロン捕囚と呼びます。紀元前587年のことです。第一次補囚597年を「いくな」、第二次補囚587年を「いやな」と読むと、覚えやすいでしょうか。

 バビロン王は、イスラエルに残した者たちの上に、ゲダルヤを総督として立てました(22節)。ゲダルヤは、ヨシヤ王の書記官シャファンの孫で(22章3節)、父アヒカムと共に、預言者エレミヤを守りました(エレミヤ書26章24節、39章14節)。主を信じ、王に仕え、預言者に仕える家系です。

 ゲダルヤは、彼のもとに集まって来た人々に、「この地にとどまり、バビロンの王に仕えなさい。あなたたちは幸せになる」と誓って語ります(24節)。この言葉の背後に、預言者エレミヤの指導があったと思われます(エレミヤ書39,40章参照)。

 ところが、王族の一人、ネタンヤの子イシュマエルが、ゲダルヤを暗殺してしまいます(25節)。それは恐らく愛国心から出た行動だったと思われますが、しかし、総督を殺してしまったことでバビロンによる報復を恐れ、彼らはイスラエルを捨て、エジプトに向かって出発します(26節)。

 神の憐れみによってエジプトの奴隷から解放され、約束の地に住むことが出来たイスラエルの民が、今や神の恵みを失って、再びエジプトに逃れるのです。恩を忘れ、恵みを蔑ろにする者のなれの果てです。でも、私には彼らを笑うことが出来ません。他人のことを言えた義理ではないからです。

 一方、最初に捕囚とされたユダの王ヨヤキンは、37年の長い獄中生活の後、新たにバビロン王となったエビル・メロダクに情けをかけられました(27節)。王は、ヨヤキンを獄から出し、捕囚の身となっていた他の王たちの中で最高の位を与え(28節)、さらに、毎日欠かさず一緒に食事をするようにしたのです。

 ヨヤキンにしてみれば、なぜそのような恵み、光栄に与ることが出来るようになったのか、訳が分からなかったのではないでしょうか。全く一方的な恵みですね。

 ここにも、神の計画は、災いではなく平和の計画であり、将来と希望を与えるものである(エレミヤ29章11節)という預言の成就を見ることが出来ます。神はイスラエルを滅ぼしたかったのではなく、今もなお、悔い改めて神のもとに立ち帰ることを待っておられるということです。神の恵みによって歩ませたいと願っておられるのです。

 私たちも、王の王、主の主であられるイエス・キリストの憐れみによって罪が赦され、解放されました(ローマ6章18節、8章2節)。主を信じる信仰により、神の子となる特権に与りました(ヨハネ1章12節)。日毎に信仰の養いを頂いています。やがて御国に召されたときには、主と共に食卓を囲むことが出来ます(マタイ26章29節参照)。

 もう一度神の御前に謙り、霊と真実をもって神を礼拝する者とならせていただきましょう。

 主よ、どんなときにも安らかに主を信頼していることが出来ません。艱難に襲われるとき、危機に遭遇すると、我を忘れてしまいます。弱い私を顧み、試練に遭わせないで、悪しき者から救い出して下さい。人知を越えた主の平安をもって、わたしの心と考えを守って下さい。お言葉どおり、この身になりますように。主の恵みと平安が豊かにありますように。 アーメン