「その時大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、『わたしは主の神殿で律法の書を見つけました』と言った。ヒルキヤがその書をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。」 列王記下22章8節
 
 前に、ヨアシュの時代にエルサレム神殿の修復がなされたという記事がありました(列王記下12章)。その後、アハズやマナセ、アモンが主の目に悪を行い、神殿を汚しました。アモンが謀反で殺され、その子ヨシヤが8歳で王位につきました(1節)。

 彼には大変優れたブレーンがいたようです。母親エディダの薫陶でしょうか。あるいは、大祭司ヒルキヤや女預言者フルダのような預言者たちの指導でしょうか。詳細は不明ですが、その甲斐あって、歴代誌によればヨシヤは16歳のときに自ら神を求め初め、20歳で宗教改革に着手します(歴代下34章3節)。

 初めに、国内から偶像を取り除きます。その後、治世第18年、即ち26歳になって、神殿の修復を進めます(3節以下)。すると、冒頭の言葉(8節)のとおり、律法の書をヒルキヤが見つけました。長い間失われたままになっていたわけです。

 当時は、聖書を簡単に手に入れることは出来ませんでした。羊皮紙という高価な巻物に書き写していたわけです。祭司と、律法の写しを造って自分の傍らに置いておけと命じられている(申命記17章18,19節)王以外に、聖書を持っている者はいなかったと思われます。見つけられたのは申命記であると考えられていますが、申命記が失われたままになっていました。

 律法の書は契約の箱の傍らに置かれているはずでした(申命記31章26節)。その律法の書の所在が分からなくなるほど、神殿が壊れ、荒れていたのでしょうか。あるいは、異教の礼拝がなされて、聖書がないがしろにされ、王も祭司も、律法の書を紛失していることにも気づかなかったのでしょうか。

 しかるに神は、神を求めて宗教改革を断行しているヨシヤのために、律法の書を見つけさせました。「神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます」(ヤコブ4章8節)と言われるとおり、神を求めたヨシヤに神が答え、神の言葉を与えて下さいました。

 つまり、律法の書を見つけさせて下さったのは、実は、神の計らいだったということではないでしょうか。神は生きておられ、求める者に必要な最も良いものをお与え下さいます(マタイ7章7,11節)。

 御言葉が開かれると、ヨシヤは衣を裂いて悔い改め(11節)、祭司たちを預言者フルダのもとに遣わし、主の御旨を尋ねます(12節以下)。

 そこで語られた神の言葉は、厳しいものでした。「この書のすべての言葉の通りに、この所とその住民に災いをくだす。彼らがわたしを捨て、他の神々に香をたき、自分たちの手で造ったすべてのものによってわたしを怒らせたために、わたしの怒りはこの所に向かって燃え上がり、消えることはない」と言われるのです(16,17節)。

 つまり、ヨシヤの善行をもってしても、その怒りの火を消すことが出来ないほど、ユダの罪が積み重ねられてきたということです。

 しかし、ヨシヤの謙りと悔い改めが無駄であったというわけではありません。御言葉を聞いて心を痛め、主の御前に謙り、衣を裂いて泣くヨシヤの祈り願いを主が聞かれ、彼を憐れみ、恵みをお与え下さるのです(19節)。ヨシヤの悔い改めは、御言葉が開かれることでなされました。

 その悔い改めに目を留め、神が恵みをお与えになったのですが、御言葉を見つけさせて下さったのも神でした。ヨシヤが神を求め始めたのは、優れた教師の指導でしょうけれども、御言葉に従って悔い改めに導くため、後ろで糸を引かれたのは、やはり神様でしょう。ヨシヤ一人で、神の決定を覆すことは出来ませんでしたが、しかし、最後まで神は民の悔い改めを待っておられるのです。

 神は繰り返し、様々な方法で語りかけ、御言葉に従うようにと導かれます(ヘブライ書1章1,2節)。それは、神と出会わせ、もう一度、神との親しい交わりを回復させて下さるためです。そのために主イエスを遣わされ(ヨハネ10章10,11節)、また「アバ父よ」と呼ぶ霊を授けて下さったのです(ローマ8章15節)。

 日々、御言葉を開きましょう。絶えず主の導きを求めて、「アバ父よ」と祈りましょう。
 
 主よ、あなたの深い憐れみにより、主と出会い、信仰に導かれたことを、心から感謝致します。いつも親しく主の御声を聞き、十字架の主の御顔を拝し、深い御旨を悟らせていただくことが出来ますように。 アーメン