「主はこう言われる。『アラム人は主が山の神であって平野の神ではないと言っているので、わたしはこの大軍をことごとくあなたの手に渡す。あなたたちは、わたしこそ主であることを知る。』」 列王記上20章28節


 アラムの王ベン・ハダドが全軍を率いて北イスラエルの首都サマリアを包囲しました(1節)。アラム軍は圧倒的な軍事力で、サマリアを陥落させるのは時間の問題でした。ベン・ハダドはアハブに使いし、明日までに王の銀と金だけでなく、妻子たちも差し出せと要求しました(2節以下、6節)。

 王は長老を招集し、アラム王の要求について知らせます(7節)。それを聞いた長老らは、その要求を拒否するよう進言したので(8節)、アハブはアラム王の使者に、今回の要求には従えないと返答します(9節)。

 アラム王は、サマリアの全滅を誓う言葉を伝えて来ますが(10節)、アハブは、「武具を帯びようとする者が、武具を解く者と同じように勝ち誇ることはできない」(11節)、つまり、勝負は下駄を履くまで分からないと言い返しました。勇気という表現では語れない反応です。それを聞いたベン・ハダドは、大軍に戦闘配置を命じました(12節)。

 そのとき、一人の預言者がアハブ王に近づき、「この大軍のすべてをよく見たか。わたしは今日これをあなたの手に渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る」という主の言葉を告げます(13節)。アハブが、誰を用いるのかと尋ねると、主は「諸州の知事に属する若者たちである」と答えられます(14節)。

 招集された若者たちは、232名でした(15節)。彼らは、指導者の側近としてよく訓練され、活躍することが期待出来たのでしょう。続いてイスラエルのすべての民も招集しました。そして、正午にアハブと若者たちが出陣しました。

 アラム王ベン・ハダドはその時、酒盛りをしていました(12,16節)。そして出陣の知らせに、和平のためであれ、戦いのためであれ、彼らを生かしたまま捕虜にせよ、と命じました(18節)。昼日中、大将が酒盛りをしている状況に、兵たちも完全に緊張感を欠いていたのではないでしょうか。

 イスラエルのわずかな兵のために、町を包囲していたアラムの大軍は敗戦に次ぐ敗戦、大損害を受けました(20,21節)。それは、我が国の戦国時代、桶狭間における今川義元軍と織田信長軍の合戦にも似ています。まさに油断大敵です。

 15節に、「すべての民すなわちイスラエル人七千人を招集した」とありました。これは19章18節で、神がイスラエルに残すと言われた「七千人」で、「これは皆、バアルにひざまずかず、これに口づけしなかった者」たちです。主を礼拝し、主の御言葉に従う者たちと共に主ご自身が戦って下さったからこそ、一人一人が一騎当千の兵卒として、アラム王ベン・ハダドの大軍を打つことが出来たのです。

 無惨に敗れたアラム王の家臣たちは、「彼らの神は山の神だから、彼らは我々に対して優勢だったのです。もし平地で戦えば、我々の方が優勢になるはずです」と王に言い(23節)、年が改まったころ、再度イスラエルに挑みかかります(26節)。

 アラム大軍の進軍に対し、小さな山羊の群のようなイスラエルに主が語られたのが、冒頭の言葉(28節)でした。既に一度「わたしこそ主であることを知る」(13節)と言われた御言葉の真実を味わっていたイスラエルは、さらに力を受けて大軍に立ち向かい、一日で10万の歩兵を打ち(29節)、アフェクの町に逃げ込んだ敗残兵2万7千人の上に城壁が崩れ落ちて(30節)、アラム軍に壊滅的打撃を与えることが出来たのです。

 なぜ神は、このような勝利を北イスラエルにお与えになったのでしょうか。それは、アラムの高ぶりに主が鉄槌を下されたというところですが、しかし主は、アハブとイスラエルの民が、繰り返し、主こそ神であることを知り、悔い改めて主のもとに立ち帰り、主の御言葉に聴き従う者とならせたかったのです。

 今日も神は、その独り子を遣わされて、彼を受け入れる者、その名を信じる者に、神の子となる資格をお与えになります。愛と憐れみに富む主を信じましょう。主の御言葉に聴き従いましょう。

 主よ、あなたは甚だしく背き続けているアハブ王にすら、深い憐れみをもって勝利を与え、ご自身を知るようにと導きをお与えになりました。主に信頼し、その御言葉に聴き従う者たちは、どれほどの恵みを頂いていることでしょうか。主こそ神であられることを知り、常にその恵みを味わって、いよいよ御名を崇め、賛美をささげさせて下さい。 アーメン