「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前で、わたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください。」ヨシュア記2章12節


 ヨシュアに率いられたイスラエルの民は、いよいよ約束の地、カナンへやって来ました。最初に、ヨルダン川を渡ったところの最初の町エリコとその周辺を、二人の斥候に探らせました。二人の斥候は、そこで遊女ラハブと出会います。今日は、そのラハブの言葉から学びたいと思います。

 先ず、9節です。「主がこの土地をあなたたちに与えられたこと、またそのことで、わたしたちが恐怖に襲われ、この辺りの住民は皆、怖じ気づいていることを、わたしは知っています」とあります。ここでラハブは、イスラエル人が近づいて来たと聞いて、エリコとその周辺の人々は恐怖に襲われ、怖じ気づいている、と言っています。

 それは神が、エリコの町と周辺の人々に、イスラエルを恐れる心を与えられたからです。イスラエルの民が、強力な武器を持っていたわけではありません。戦いに勇ましい武装集団などというわけでもありません。ただ、エリコの人々は、イスラエルと共におられる主なる神を見たわけです。

 次に、11節の後半です。「あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです」と言います。ここに、ラハブの明確な信仰の告白があります。「上は天、下は地に至るまで神であられる」とは、イスラエルの神以外に神はいない、主こそ、まことの神だということです。

 カナン周辺には、雨の神バアルや大地の神アシェラを神として礼拝する信仰がありました。太陽や月、また牛などが神として拝まれることもあります。一方、聖書では、神はただお一人で(申命記6章4節)、天地万物を創造されたお方と教えています(創世記1章1節以下など)。

 異邦人の女性が、どうしてこのような信仰を持つことが出来たのでしょうか。それは、神の導きとしか、言いようがありません。主こそ神であることを悟る心、神の栄光を見る信仰の目、神の御声を聴くことの出来る耳は、神の賜物、プレゼントなのです(申命記29章4節)。聖霊の神が働いて、私たちに「イエスこそ主である」という信仰を与え、そのように告白させて下さるのです(一コリント12章3節参照)。

 それから、冒頭の言葉(12節)で、「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前で、わたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください」と願っています。

 ここに、「誠意」と言われているのは、ヘブライ語で「ヘセド」という言葉です。「ヘセド」は、通常、「憐れみ、慈しみ」と訳されます。ある聖書では、「変わらざる愛」と訳されていました。私の誠意、私の愛は不変ではありません。移ろいます。裏切ります。変わらざる愛をお持ちの方はただ一人、神のみです。

 ラハブは、自分が神のように見ているイスラエルの二人の斥候に、変わらない愛を求めました。それも、自分だけでなく、自分の一族にも憐れみを、変わらない愛を与えて下さいと求めました。そして、確かな証拠を下さいと求めました。こんな虫がいい、図々しいような求めに応えられるでしょうか。それとも、拒否されるのでしょうか。

 答えは、「応えられる」です。なぜでしょうか。それは、主は「憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」お方だからです(出エジプト記34章6,7節など)。「幾千代にも及ぶ慈しみ」ということは、ラハブとその家族に対しても、誠意をお示しになるということになります。

 新約聖書にも、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」という言葉があります(使徒言行録16章31節)。家族の一人が主イエスを信じると、その信仰で、神の救い、神の慈しみが家族に及ぶ、それが神の御心、ご計画だということです。

 私たちは、変わらない愛で神を愛せるでしょうか。私たちがどのような思いで神を信じ、愛しているか、神ご自身がよくご存じです。むしろ、私たちが信仰を失うことのないように、執り成し祈っていて下さいます。私たちの信仰は主の祈りに守られ、支えられているのです(ルカ22章31~32節参照)。

 ラハブは誠意を願い、確証を求めました。私たちに与えられる救いの確証とは、真理の御霊、聖霊です(エフェソ1章13~14節参照)。聖霊を通して、私たちの心に神のご愛が注がれます(ローマ5章5節)。御霊によって、すべてをありのまま受け入れる広い愛、すべての罪を赦し救う深い愛、いつまでも変わらない永遠の愛、そして、御国の栄光を示す清く高い愛を知り(エフェソ3章17節以下)、その愛をもって互いに愛し合いましょう。
 
 主よ、私たちの目が開かれ、私たちが神の子とされていること、その権威、その力を知り、またそのためにどんなに大きな愛を賜ったかを悟って、委ねられた使命をしっかりと果たすことが出来ますように。 アーメン