「しかし、ヘシュボンの王シホンは、我々が通過することを許さなかった。あなたの神、主が彼の心をかたくなにし、強情にしたからである。それは今日、彼をあなたの手に渡すためであった。」 申命記2章30節


 2章でモーセは、カデシュ・バルネアからゼレド川、アルノン川を越えてアモリ人の地に至り、ヘシュボンの王シホンと戦ったところを語っています。ゼレド川は、死海南端に流れ込む川で、死海南部に住むエサウの子孫(エドム人)と、死海東部に住むロトの子孫=モアブ人との国境線になっています。また、アルノン川は、ヨルダン川の支流で、モアブの地と、アモリ人、アンモン人の地の国境線となっています。

 神は、ヤコブの兄エサウの子孫のエドムの地、アブラハムの甥ロトの子孫のモアブとアンモンの地は、領地として与えない、戦いを挑んではならないと言われました(4,9,18節)。エドムやモアブ、アンモンは、イスラエルの神を拝むわけではありません。しかし、彼らにその領地を与えたのは、イスラエルの神であって、エドムやモアブ、アンモンの人々が拝んでいる神々ではないということが、明確に述べられています(5,9,18節)。

 興味深いことに、エサウやロトの子孫は、神に従わなくてもその領地が与えられていますが、神を信頼せず、その御言葉に従わなかったイスラエルの民は、約束の地に入ることを許されませんでした(14,15節)。イスラエル人だから特別な恵みが与えられ、そうでない民には祝福を与えないということではないわけです。

 神の恵みは、一方的な選びによって与えられますが、それは、すべての人々に恵みが与えられるという徴です。イスラエルは、神の恵みを証しするという使命を果たすために、神に選ばれたのであり、そのために恵みに与っているのです。

 エドムやモアブ、アンモンの地は与えないと言われた神ですが、アルノン川の北に住むアモリ人の国は、あなたの手に渡したので、戦いを挑み、占領を開始せよと命ぜられます(24節)。エサウやロトは、イスラエルとは親戚関係にありますが、アモリ人はそうでないので、パレスティナから追放されるべき存在だということなのでしょうか。

 とはいえ、アモリ人とて、神によって作られた人、民族です。彼らにも住むべき場所があり、生きていく道、生活をしていく権利を持っています。モーセも、先ず友好使節を送り(26節)、「領内を通過させて下さい。右にも左にもそれることなく、公道だけを通ります。食物は金を払いますから、売って食べさせ、水も金を払いますから、飲ませてください。徒歩で通過させてくださればよいのです」と伝えさせました。

 初めからけんか腰、宣戦布告ということではなかったのです。イスラエルに与えると言われた嗣業の地は、ヨルダン川が東境であり、アモリ人の地を取る必要はなかったからです。ですから、ヘシュボンの王シホンが、「それならどうぞ」と答えていれば、イスラエルと友好関係を保ち、ヨルダン川東部の地に住み続けることも出来たのかも知れません。

 しかしながら、シホンは全く頑迷になって、冒頭の言葉(30節)の通り、イスラエルの通過を許さず、その上、イスラエルを迎え撃つために全軍を招集しました(32節、民数記21章23節)。そして、イスラエルはシホンの全軍を打ち破り、男も女も子どもも一人残らず滅ぼし尽くし、すべての町を占領しました(33,34節)。 

 異邦人の習慣や異教の教えを持ち込ませないために、7章1節以下で、「七つの民を滅ぼせ」と命ぜられることの先取りとして、男も女も、子どもでさえも、一人残らず滅ぼし尽くすということが行われました。滅ぼし尽くすことを「聖絶」(へーレム)と言いますが、それは、焼き尽くす献げ物のように、すべてを神に捧げ尽くす行為といっても良いでしょう。

 あらためて、冒頭の言葉で、「あなたの神、主が彼の心をかたくなにし、強情にした」というのは、シホンの意志とは関係なく、突然頑固になったというようなことではないでしょう。そうではなく、シホンの強情さがイスラエルのために利用され、ヨルダン川東岸の地も嗣業の地に加えられたということだと思います(出エジプト記7章3節なども参照)。万事を益とされる神は、シホンの頑迷さでさえもお用いになることが出来るのです。

 思うに任せない現実に道が閉ざされるとき、そのこともプラスとしたもう主を信じ、すべてを御手に委ねて感謝し、御名をほめ讃えましょう。

 主よ、私の中には、あなたを悲しませるものが随分たくさんあります。御言葉によって清めて下さい。御霊の力ですべて追い払って下さい。常に主を拝し、主に信頼する心にして下さい。アーメン