6月13日は、小さな親切の日だそうです。
初めて知りました。

今から48年前の1963年の今日、「小さな親切」運動本部が発足しました。

その年の東京大学の卒業式の告辞の中で、茅誠司総長が「小さな親切を勇気をもってやってほしい」と語られたことがきっかけとなって、茅氏を始めとする8名の提唱者が、運動を発足させました。
「できる親切はみんなでしよう それが社会の習慣となるように」、「人を信じ、人を愛し、人に尽くす」をスローガンに、この運動が進められています。



「小さな親切」運動本部のサイトを見つけました。
URL http://www.kindness.jp/



そこに、茅誠司総長の告示の抄録が掲載されていました。


東京大学卒業式告辞 ―昭和38年3月―  「小さな親切」運動初代代表 茅誠司(東京大学総長)
茅誠司 初代代表
 「今日、2,000名のみなさんが東京大学を卒業されて、新しい生活に出発されることにたいして、心からお祝いの言葉を送りたいと存じます。

 諸君は専門から見ても、また人間として見ても、共に未完成であります。大学教育の目標は、優れた専門的能力と、豊かな社会的教養をかねそなえた人間をつくる、と申すよりは、そのような人間になるための、潜在力の育成にあります。このような人間像は、この大学教育によって培われた潜在力の基盤の上に、諸君の一生涯を通じての努力と刻苦によって、初めて達成されるべきものでありましょう。


 豊かな社会的教養を持つという意味は、さまざまの知識を持っているだけでは、エンサイクロペディアを頭の中にかかえて歩いている人間にすぎません。その教養を社会人としての生活の中に、どのように活かすかということが重要と存じます。言いかえれば、その教養を基盤として人格をつくっていくにはどうすればよいかということです。ここで、わたしは最近耳にしたことを、少しばかりお話して、諸君の参考に供したいと思います。

 一昨年の10月、私は国際学術連合の総会に出席するためロンドンに行き、約3週間滞在しましたが、ある日曜日にオックスフォード大学まで車で行きました。ところがその往復の道で、前を走っているトラックの運転手が片手を出して、いま追い越せと教えてくれました。1台とか2台のトラックではなく、どのトラックでも全部そのようにしてくれました。日本では前を走るトラックは、できるだけ追い越されないように、中央線に近いところを走っているのと比べるとたいへんな相違です。


 昭和25年、私は友人と共に、戦後初めてアメリカに参りましたが、そのとき、バークレーにあるカルフォルニア大学の冶金学教室を訪問いたしました。朝8時半ごろ、サンフランシスコからベイブリッジを越えて、今ではありませんが、そのときはまだあった電車で、バークレーに参ろうとしましたが、ちょうどそこにやってきた青年にどの電車に乗るのかをたずねました。するとその青年は、自分もバークレーに行くから、一緒に行こうと入って案内してくれました。ユニバーシティ・アベニューで電車を降りたところ、その青年は、ここでタクシーをひろいなさいと言って別れました。しかし、待てども待てどもタクシーは参りません。およそ15分ほどたったころ、先ほどの青年が戻ってきて、「タクシーがない時刻だったことに気がついて戻ってきました。15分も歩けば行かれるから歩きませんか。わたしはカルフォルニア大学の大学院生です」と、誘ってくれました。その学生は、社会系の学生で冶金学教室のあるところを知ってはいませんでしたが、わたしどもを連れて大学に入り、冶金学教室を探しあてて、わたしのたずねていた教授とわたしが握手するのを見て、初めて安心して去って行きました。


 数ヶ月前の夕刊にこんな話が出ていました。あるバスの停留場で、ひとかたまりの人々が、夕暮れの中にバスの来るのを待っておりました。そのとき、夕刊配達の子が自転車に乗ってそこまできたとき、何かのはずみにチェーンをはずしてしまいました。すると、この群れの中から、一人のおじいさんが現れて、「こうしてチェーンをはめるんだよ。わたしは自転車屋だから上手だ」と言って、あっという間に修理してしまいました。すると、これを店の中から見ていた八百屋のおばさんが、水を入れたバケツとセッケンと手ぬぐいを持って来て、手が汚れたろうからお洗いなさい、と言ったのです。するとおじさんは、「お前は急ぐだろうから」と言って、夕刊配達に先に洗わせ、自分はあとから洗って、おばさんに有難う、と言ってお礼をし、ちょうとそこにきたバスに乗った。これを一部始終見ていた人々の心は、何か知れぬあたたかいものでいっぱいになったというのです。


 わたしが本日このおめでたい卒業式に、こんな話を何故にしたのか。それは、このような「小さな親切」はCo-operativeする現象であると解釈しているからです。Co-operative phenomenaは物理学では非常に興味ある物理論の問題として取り扱われ、わたしも二元合金についてこの問題を研究したことがあります。手っとり早く申すと、「なだれ」がこの典型的な例です。何かのきっかけがあって小さな雪がころがり出すと、それが次第に発達してなだれとなる。この「小さな親切」をきっかけとして、これが社会の隅々までもなにげなく、またまんべんなく行われるようになることを、わたしは心から希望してやみません。

 皆さん、わたしが卒業式でお話しする機会はこれで最後です。この席で諸君にお願いすることは、この「小さな親切」を勇気を持ってやっていただきたい。そしてそれが、やがては日本の社会の隅々までを埋めつくすであろう親切というなだれの芽としていただきたいということです。

諸君は、人文・社会・自然の3分野にわたって、広い教養科目の学修をされました。この教養を、ただ頭の中にエンサイクロペディア式に蓄えておくだけでは立派な社会人とはなれません。しかし、この「小さな親切」を絶えず行っていくということは、このバラバラなエンサイクロペディア式知識を融合させる粘着剤の役目をつとめ、ひいては立派な社会人としての人間形成の基盤となることと信じます。諸君の一生の努力目標たる、教養高き社会人の道は、このような、やろうとすれば誰でもできることから始められるということを申し上げて、わたしのこの大学卒業式における最後の告辞といたします。」


また、「コロにいい話」には、心温まるエピソードが掲載されています。
是非ご覧になって下さい。
URL http://www.kindness.jp/kokorostory/