風の向くままに

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2020年04月

4月30日(木) 使徒言行録5章

「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。」 使徒言行録5章3節

 エルサレム教会では、神を畏れる思いが支配して、教会を形成している信徒たちは心も思いも一つになり、一人も持ち物を自分のものだと主張する者はなく、すべてのものを共有にしていました(2章43~45節、4章32節)。

 その例証として、キプロス島生まれのレビ族に属する、使徒たちからバルナバ(「慰めの子」という意味)とあだ名されていたヨセフという人物が、持っていた畑を売ってその代金を教会に献げたとあります(4章36,37節)。この行為がわざわざ聖書に記されているということは、それが信徒の交わりに影響を与えたということです。信者たちの模範とされた出来事なのでしょう。

 勿論、ヨセフが自分の行為を誇ったというわけではないと思います。ヨセフが使徒たちからバルナバ、すなわち「慰めの子」と呼ばれていたということから、使徒のために様々な心遣いをしていたのだろう、たとえば、迫害などを受けて辛い思いをしていても、バルナバの奉仕によって慰められたというような経験をしたのではないかと想像します。

 まさに私心なく神に仕え、使徒たちに仕え、教会に仕えていたわけです。後にヨセフ=バルナバは、教会によって重く用いられるようになります。それは、ヨセフ自身の良い働きということにとどまらず、改心したサウロを受け入れて、エルサレム教会に紹介し(9章27節)、その後、伝道者、教師として育てました(11章25,26節、13章1節)。

 ヨセフの行為が模範として取り上げられたのを見て、真似をする人がたくさんいたと思いますが、その中にアナニアとサフィラという夫婦がいました(1節)。彼らは土地を売って教会に献げることにしました。けれども、全部献げることを惜しみ、夫婦して代金をごまかし、その一部だけを持って来ました(2節)。

 そして、一部だったのに、それを全部だと言ったようです。そのことは明示されてはいませんが、サフィラに「あなたたちは、あの土地をこれこれの値段で売ったのか」(8節)とペトロが尋ねて、「はい、その値段です」(同節)という答えに、「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか」(9節)と断じていることから、想定されます。

 一部であったとしても、もしかすると、献げた金額はヨセフ=バルナバが献げたものより多かったかも知れません。だから、一部と言わずに、全部といって誤魔化そうとしたのではないでしょうか。

 しかし、ペトロは、その行為を厳しく糾弾しました。アナニアがした行為が、サタンに心を奪われ、聖霊を欺き(3節)、神を欺くものだというのです(4節)。ここに、偽善は人を欺くだけでなく、主なる神を欺く行為であるという教えが示されています。

 財産を売ってそれを教会に献げるというのは、自発的になされていたことで、そうしなければ救われないというようなものではありません。また、財産を売ることを強要されはしませんでした。財産を処分したとしても、それを全額献げなければならないというものでもありませんでした(4節)。

 ですから、献げたいだけの金額を献げて、正直にそれは土地を売った代金の一部だと言えば、それで十分だったのです。そしてそれは、天の御国に徳を積む行為でしょう。

 それを正直に言わず、全部と偽るところに、人間の愚かさがあります。彼らは二人して、偽ってすべてを献げた人という栄誉を受けようと考えたのです。一部を全部という、文字にすればわずかの違いですが、それが神の御前に裁かれ、神に打たれて息絶えてしまいました(5,10節)。

 このことで、滅ぼし尽くして主なる神にささげるべきものの一部を盗み取ったアカンに下された罰を思い起こします(ヨシュア記7章1節以下)。アカンは、一枚のシンアルの上着と銀200シェケル、50シェケルの金の延べ板を盗みました(同21節)。

 今の価格にして、金は370万円余り、銀は13万7千円余りです。シンアルの上着は、創世記10章10節、11章2節から、バビロンで造られた上着ということでしょうけれども、どれほどの価値のものかは分かりません。けれども、それで命を落とさなければならないほどのものとは、およそ考えられません。

 にも拘わらず、主なる神はアカンだけでなく、彼の家族も石で打ち、牛、ろば、羊、天幕など全財産を火で焼きました(ヨシュア記7章25節)。神のものを盗んだということで、徹底的な裁きが下されたのです。実に厳しいものだと思います。

 同じ基準が適用されれば、誰も神の御前に生きられる者はいないかも知れません。私たちが今生きているのは、偽ったことが全くないからではありません。神の豊かで深い憐れみのゆえであることを知らされます。これまで、神の深い憐れみによってどれほど守られてきたことでしょうか。

 けれども、神の憐れみに甘えて、神の御心を悲しませる生活を続けているわけには行きません。神の慈しみと同時に、その厳しさをも考えなければなりません(ローマ書11章22節)。アナニアらが特別なのではなく、私たちも悔い改めなければ、同じ裁きを受けると、ここに警告されているわけです。

 信仰によってはばかることなく神に近づき、その御言葉と御霊の導きに与ることの出来る恵みを感謝しましょう。しかし、神は侮られる方ではありません。真の畏れをもって主を礼拝しましょう。

 主よ、御子キリストを送ってくださり、感謝します。今、私たちの生活の中心に、心の王座にお迎えします。いつも私たちを、義の道へ、命の道へ導いてください。神の慈しみの道から逸れて、サタンの誘惑に陥ってしまうことがありませんように。たえず弱い私たちを憐れみ助けてください。 アーメン



4月29日(水) 使徒言行録4章

「議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。」 使徒言行録4章13節

 生まれながら足の不自由な男を歩かせたペトロとヨハネに驚いた民衆が、ソロモンの回廊と呼ばれるところにいた二人のところに集まってきたので(3章11節)、悔い改めて主に立ち帰り(同19節)、祝福に与るよう説教していました(同2節)。彼らがそのように神殿で民衆に教えているのを見て宗教指導者たちはいらだち(2節)、二人を捕らえて牢に入れました(3節)。

 腹が立ったので投獄とは、ずいぶん乱暴な話ですが、大祭司を初めユダヤの指導者たちは二人を最高法院の中に立たせ、「お前たちは何の権威、だれの名によってああいうことをしたのか」(7節)と尋問します。ここで、神を冒涜した罪で処刑された主イエスの名を語るならば、この二人も処罰するつもりです。

 それに対して、ペトロが聖霊に満たされて(8節)、「この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです」(10節)と答えました。

 さらに言葉を継いで、「この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(11,12節)と宣言します。

 つまり、処罰しようと考えている指導者たちの核心をついて、彼らが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられた主イエスの御名の権威が、生まれながら足の不自由なこの男を立たせた。主の御名によってこの男を救われた。この御名による以外に、人を救うことの出来るものはないのだと語ったのです。

 宗教指導者たちは、二人の大胆な態度を見、そして、二人が癒した人もその傍らにいて、言い返す言葉がありません(14節)。居並ぶ宗教指導者たちが、二人の無学な普通の人に圧倒されているのです(13節)。それは、二人が大胆に語っている以上に、彼らが語っている主イエスの御名の権威と二人の内に働く聖霊の力が、その場を支配しているからです。

 しかも、主イエスの御名の権威と力の具体的な証人として、足を癒された男がそこに立っているのです(14節)。結局、二人を罪に問うことが出来ずに、これ以上主イエスの名によってだれにも話すなと脅迫するのが関の山でした(17節)。

 勿論、議員たちの脅迫はただの言葉ではありません。無視すれば、次には実力行使が待っています。彼らにはその力があります。使徒言行録が著述されていた当時、既にペトロもパウロも殉教しています。教会は、迫害に苦しめられていました。当局者による脅迫は、彼らにとって現実的な脅威だったのです。

 けれども二人は、「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」(19,20節)と答えて、宗教指導者たちの脅しに屈しない態度を表明しています。二人はこの言葉によって、主イエスを受け入れないのは、神に従っていないからだと言っているのです。

 かつてペトロは、大祭司の家の中庭で主イエスを三度否定したことがありました(ルカ福音書22章54節以下)。ところが今、大祭司一族の前で「この人もイエスと一緒にいました」と言われることを喜び、胸を張っています。むしろ、尋問している宗教指導者たちの方向が、腰が引けています。何がペトロをそのように変えたのでしょうか。

 上述のとおり「ペトロは聖霊に満たされて言った」(8節)とあります。ペトロが変わったとか、ペトロに力があるというのではなく、聖霊の力で語ったということが示されているのです。

 五旬祭の日に使徒たちが聖霊に満たされ、霊が語らせるままに神の偉大な御業を語り出し(2章3,4,11節)、主イエスを力強く証しするペトロの言葉を受け入れて3千人もの人々がバプテスマを受けました(同40,41節)。ここでも、聖霊に満たされたペトロが、力を受けて主イエスを大胆に証ししたのです(13節、1章8節も参照)。

 さらに脅されて釈放されたペトロたちは(21節)、仲間のところに戻ってことの顛末を報告しました(23節)。そして、皆で神に祈りをささげます(24節以下)。それは、権力者の暴力から守ってくださいとか、権力者たちを退けてください、彼らに報復してくださいという内容ではありません。

 彼らが求めたのは、冒頭の言葉(29節)のとおり、「今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください」ということです。イエスの名によって語ってはならないという脅しに逆らって、「思い切って大胆に」と、これまでに勝って思うまま自由に語ることができるように求めたのです。

 そして、彼らが語りたいのは、自分の思いや考えではありません。「御言葉」です。文字通りには「あなたの言葉」(ホ・ロゴス・スー:the word of you)、つまり、主の御言葉です。聖霊の力を受けたキリストの証人として、足の不自由な男を立ち上がらせたキリストの御名をもって、主なる神が語らせてくださるまま思う存分語りたいと祈るのです。

 神はその祈りを聞かれました。「祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、御名、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語り出した」(31節)と記されています。2章1節以下に記されているペンテコステの出来事が再現されたかのような記録です。

 つまり、こういう出来事は一度あればそれで十分というのではなく、繰り返し引き起こされるべきこと、そのために絶えず聖霊の満たしと導きを祈り求めるべきこと、その力を受けて宣教の働きを進めるべきであることを、このように示しているのです。

  私たちも、御言葉を語り伝える伝道の働きに用いられる器となれるよう、心を合わせて聖霊の満たし、導きを祈りましょう。

 主よ、あなたが共におられなければ、聖霊に満たされていなければ、私たちは全く無力です。しかし、あなたはその無力な、無きに等しい私たちを選び、その傍らに立っておられます。共にいてくださいます。感謝のほかありません。いつも御顔を拝します。絶えず御言葉に耳を傾けます。どうか聖霊によって満たし、主の御業に用いてください。 アーメン



静岡教会公式サイト更新

静岡教会の公式サイトを更新しました。

①「礼拝説教」に4月26日(日)主日礼拝プログラムと説教動画を掲載しました。
②「今週の報告」を更新しました。
③「お知らせ」、「フォトギャラリー」は随時更新しています。
④「今日の御言葉」は毎日更新しています。



御覧ください。



ご承知のように、新型コロナウイルスの感染が広がり、緊急事態宣言が全国に発せられました。
感染予防のため、静岡教会も先週からすべての集会を自粛しています。

宣言の解除後、状況を見て集会を再開します。
集会の再開について、教会の公式サイト、当ブログ、FaceBookなどで告知しますので、チェックしてください。

手洗い、うがい、消毒、部屋の換気、マスクの着用など、自衛策を徹底され、不要不急の外出をお控えください。

主の守りが皆様の上にありますように。



4月28日(火) 使徒言行録3章

「ペトロは言った。『わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。』」 使徒言行録3章6節

 ペトロとヨハネが、午後3時の祈りのときに神殿に上りました(1節)。信仰深いユダヤ人たちは、一日に三度祈りの時間をもうけ、エルサレム神殿に出向いていたようです。出向けなかったときには、その場所で祈りをささげました(ダニエル書6章11節、9章21節参照)。

 ルカ福音書の最後のところに、「絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた」(ルカ福音書24章53節)と記されています。初代のクリスチャンたちにとっても、神殿は主なる神をほめたたえ、祈りをささげる大切な場所でした。そのようにして約束の聖霊が注がれるのを待ち(1章5,8,14節)、そうして、再びおいでになる主イエスを待ち望んだのです(1章11節)。

 かつて、主イエスがエルサレムの神殿から商人たちを追い出されたとき、「『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした」(ル軽く韻書19章46節)と言われました。誕生したばかりのエルサレム教会の信徒たちは、主イエスが「祈りの家」と呼ばれた神殿で、時を定めて祈りをささげていたわけです。

 「美しい門」、すなわちエルサレム神殿の異邦人の庭から婦人の庭に入る青銅製の美しい門、作者の名をつけてニカノル門と呼ばれることもあるこの門の傍らに、生まれながら足の不自由な男が運ばれてきました(2節)。それは、物乞いをするためでした(3節参照)。礼拝をするためではなかったのです。

 ユダヤ教では、祈りや断食と共に、施しをすることが、神の前に徳を積むこととして奨励されていました。「山上の説教」(マタイ5~7章)の中で主イエスが施しや祈り、断食について教えられているのは(6章1節以下)、そのためです。その施しを当てにして物乞いをするため、神殿に連れられて来ていたのです。

 足の不自由な男が二人に施しを乞うたとき、二人は「わたしたちを見なさい」と言います(4節)。何をもらえるのかと期待する男に、冒頭の言葉(6節)のとおり、「金や銀はない」と、その期待を打ち砕きます。ペトロたちが金銀を持っていないということではなく、その男に施す金はないという意味でしょう。

 しかし、話はそれで終わりではありませんでした。続けて「持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」(6節)と告げます。そして、男の右手を取って立ち上がらせると、すぐに足がしっかりして、男は歩き出すことが出来ました(7節)。

 彼はそれまで、「美しい門」の傍らで物乞いするしかありませんでした。動かない足が、彼の生活を縛っていました。そして、その動かない足で物乞いをしながら生活していました。そういう生活が生まれてこのかた40年続いていました(4章22節)。

 「祈りの家」なる神殿にやって来て、しかし、自ら神のみ前に祈りをささげ、主を賛美する生活をしようとすることも、況んや自分の足で立ち上がる日が来るという夢を見ることも、とうになくなってしまっていたことでしょう。

 しかし今、彼はナザレの人イエス・キリストの名が持つ力を知りました。この後、この出来事を聞きつけて集まって来た民衆にペトロが、「あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです」(16節)と説いています。

 彼は特別な勉強をしたり、難行苦行をしたりしたわけではありません。主イエスについて、どれほどの知識を持っていたか分かりません。ただ、二人に注目し、ペトロの「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」という言葉に従っただけです。

 彼がしたのはそれだけですが、しかし、願い求めた以上のものを受け取りました。即ち、彼は施しを求めたのですが、癒されて立ち上がることが出来たのです。

 彼は、ペトロのように語る者に初めて出会ったのでしょう。そして、彼の内に常識とか人間の知識を超えた導きがあったのでしょう。その導きのゆえに、初めて会ったばかりのペトロの言葉に素直に聴き従い、立ち上がりました。そして歩き始めたのです。

 ここに、聴いた言葉に従うことが「信仰」と呼ばれており、「イエスによる信仰」(16節)という言い方で、その信仰も、主イエスによって与えられたものであることを教えています。パウロがローマ書10章17節に「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです」と記しているとおりです。

 そうして、この男は主イエスの力を実際に味わいました。彼は、主を知る者となったのです。立ち上がり、歩き出した彼の足の向かった先は神殿でした。彼は生まれて初めて、自分の足で神殿に向かいました。何のためでしょうか。自分を癒し、歩かせてくださった神を礼拝するため、賛美をささげるためです(8,9節)。

 主イエスは私たちをも、ご自身の御名によって日々歩むように、朝ごとに右の手を取って立ち上がらせようとしておられます。御名をほめ称え、主の御言葉に耳を傾けましょう。聖霊の導きを祈りつつ、聴いたところに従って歩みましょう。

 主よ、この世の荒波にもまれ、心萎えている私たちが、今日も主イエスの御名によって立ち上がることが出来ますように。どうか御言葉をお与えください。聖霊の導きと力に与らせ、おのが十字架を負い、主イエスに従った歩むことが出来ますように。私たちに信仰を与え、その恵みに与らせてくださることを信じて感謝致します。 アーメン

4月27日(月) 使徒言行録2章

「わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、わたしは決して動揺しない。」 使徒言行録2章25節

 冒頭の言葉(25節)は、五旬祭(ペンテコステ)の日に使徒のシモン・ペトロが語った説教(14~40節)の一部で、詩編16編8節から引用されたものです。五旬祭は、過越祭から数えて50日後(7週間後)に催される祭りなので、その名で呼ばれています(七週祭ともいう)。

 詩編16編には、「ミクタム、ダビデの詩」という表題がついています。ミクタムというへブライ語の意味は、まだ分かっていません。「金(ケテム)」と関わりがあるとか、「汚す(カータム)」と関連して、「覆う、隠す」という意味ではないかといった解釈を聞いたこともあります。

 70人訳(セプチュアジンタ=ギリシャ語訳旧約聖書)では、「石碑、碑文(ステイログラフィア)」という言葉があてられています。詩を記念として石に刻み、後世に永く伝えるという意味にとればよいのではないかと思われます。

 そして、ダビデの時代から千年という時間を経て、ペトロがこの詩に新しい光を当てました。それは、この詩を書いたダビデは、自分のことを「わたし」と言っているというのではなく、この「わたし」とは、主イエスのことなのだというのです。それが、25節に「ダビデは、イエスについてこう言っています」と記されている意味です。

 ペトロがかく語り得たのは、27節に「あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、あなたの聖なる者を朽ち果てるままにしておかれない」とあるからです。即ち、その言葉が、キリストが神によって甦らされることを預言しているもので、「わたし」が主イエス、「あなた」が父なる神と解釈されます。

 ペトロは、ダビデは預言者だったので(サムエル記上16章13節、同10章10節参照)、キリストの復活について前もって知ることが出来、そう記しているのだと30,31節で語り、その預言どおりに主イエスは甦られたこと、ペトロたちがその証人であることも告げています(32節)。

 ペトロが、キリストについての預言として引用した冒頭の言葉にもう一度目をとめます。ここで、「わたし」が主イエス、そして「主」とは父なる神のことと考えられます。そうすると、この言葉は、主イエスはいつも父なる神を見ておられ、そして、父なる神が主イエスの右におられるということになります。

 私たちは、ことが順調に運び、自分の思い通りに進むときには、神が私たちと共にいて、祝福しておられると考えます。ところが、逆境に出会い、困難が続くと、本当に神はおられるのだろうか、私たちを祝福してくださっているのだろうかと思ってしまいます。

 しかし、主イエスは「いつも」父なる神を見ておられました。特に、十字架の死を前にしながら、弟子たちに裏切られ、宗教指導者たちによって苦しめられるときにも、主イエスは父なる神を信頼して、揺らぐことがなかったというのです。

 「見る」というのは、「予見する」(プロオラオー)という動詞の未完了中態1人称単数形で、「目の前に置いている、目の前で見ている」という意味になります。現実には苦難と死の壁しか見えないときにも、信仰によってそこに神の御顔を見ているということです。

 永井訳聖書は、「我は常に我が面前に主を透視せり」と訳しています。問題の向こうに、直面している現実の向こうに、主を透かして見るという訳で、なかなか味わい深いものです。

 詩編16編8節には、「わたしは絶えず主に相対しています」と記されています。「相対している」は、「比較する」(シャーヴァー)という言葉のピエル・完了形1人称単数の動詞が用いられています。ピエル形は、「置く」という意味になります。「自分の前に置く」ということで、新共同訳は「相対する」と意訳したのでしょう。それが、70人訳で「見る」(プロオラオー)と訳されたのです。

 私たちが自分の前に主なる神を置くことなど、出来ることではありません。もし、「絶えず主に相対しています」と言えるとすればそれは、主が私たちの前に常にいてくださったということです。私たちの目に主が見えなくても、主は常に私たちの前におられるというのです。

 それは、すべてのことが神の御手の中で、神の主権のもとでなされていると信じていることでしょう。自分自身にとっては最悪と思われることでも、それが神の御心によってなされていること、それが神のなさる最善のことと信じるということです。

 ところで、いつでも、どのような状況下でも、そのように考え、主なる神を信じることが出来るでしょうか。残念ながら、私には出来ません。逆風に悩まされ、逆境に陥る度、その都度神の御心を問うでしょう。この杯を取り去りたまえと願い求めることでしょう。

 そして、それが神の御心であるという信仰に達するまで、必死に祈り続けるでしょう。けれども、もしそれが神の御心であるという信仰が与えられたならば、主を信じて進むことが出来るように、御心を行う知恵と力を与えてくださいと祈ります。

 いずれにしても、神の導きと助けなしには、自分の力では何もすることが出来ません。何があっても、主の御前に進みましょう。主の御顔を求めて祈りましょう。御声に耳を傾けましょう。

 そのとき、何事にも揺り動かされることのない主イエスが、私たちと共に、私たちの右にいて、私たちを助け導いてくださいます。御言葉を示してくださいます。それは、真理の言葉です。それにより、平安と自由が与えられます。約束通り、主にある喜びに満たしてくださるのです。

 主よ、私たちの信仰の目を開き、いつも主の御顔を拝させてください。現実に目が奪われて平安を失ってしまう私たちの右にいつもいてください。不信仰で失意の底にいるとき、義の御手をもって希望の光の内に引き上げてください。私たちの名を呼び、真理の御言葉によって私たちを導いてくださることを感謝します。御旨を弁え、主の御業のために励む者とならせてください。 アーメン



4月26日(日)主日礼拝説教

4月26日(日)の主日礼拝は休会(来会者ゼロ)でした。



礼拝の説教動画をYouTubeにアップしました。

説教 「み言葉が開かれる」
聖書 ルカ福音書24章36~49節
説教者 原田攝生 日本バプテスト静岡キリスト教会牧師


*新型コロナウイルスの感染が徐々に拡がってきました。手洗いやうがい、消毒、室内の換気、外出時のマスク着用などを徹底し、不要不急の外出は控えましょう。

*集会がお休みの間、日々聖霊の導きを祈りながら、各自で聖書を開き、主のみ言葉に耳を傾けてください。主に託されているめいめいの命、健康を守ることを最優先に、いつでも何処でも主イエスのみ顔を仰ぎ、み言葉に耳を傾ける礼拝の生活をしましょう。

皆様とご家族の上に主の守りがありますように。


4月26日(日) 使徒言行録1章

「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。」 使徒言行録1章3節

 使徒言行録はルカ福音書と同一人物によって記されました。著述時期は90年代、パレスティナ以外のエーゲ海沿岸地域の教会を背景とした場所であろうと想定されています。

 1節に「先に第一巻を著して」とあるのは、ルカによる福音書のことを指しています。第一巻は、「敬愛するテオフィロさま」に献呈されていました(ルカ福音書1章3節)。「テオフィロ」とは、神を愛するという意味です。「敬愛する」(クラティストス)はローマの高官であることを示す形容詞で、口語訳では「閣下」と訳されていました。

 第二巻である使徒言行録も、「テオフィロさま」に献げられていますが、「閣下」と記されていません。閣下と言われなくてもカッカしない人物であったのかも知れませんが、あるいは、第一巻によって信仰に導かれたので、ルカとの関係が神の家族、主にある兄弟になったために、テオフィロ自身が閣下と呼ばれることを却下したのかも知れません。

 第二巻の書き出しは、冒頭の言葉のとおり、主イエスが甦られて使徒たちに姿を現されたことから始っています。ここに、福音書では見ることの出来なかった二つの事実が明らかになっています。

 一つは、主イエスが40日にわたって姿を現されたことです。ここには「現れる」という動詞の現在分詞形が用いられており、それは文法上、動作が継続していることを示しているので、時々現れたというのではなく、ずっと一緒におられたという表現になっています。

 もう一つは、40日にわたって姿を現されていた主イエスが、「神の国について話された」と記されていることです。「神の国」とは、神が王として支配されているという、その支配のことを指している場合と、神が支配している地域と言いますか、場所を指している場合があると言われます。厳密に二者択一的に考えなければいけないというよりも、いつもその両方の意味を含んでいると考えるほうがよいと思います。

 主イエスは生前、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と神の福音を宣べ伝えられ(マルコ福音書1章15節)、また、たとえ話を用いて「神の国」について度々使徒たちに教えておられました(同4章26節以下、30節以下など)。

 それは、終わりのときに神によって完成される神の国、完全な救いを表していると同時に(同9章47節、10章15節、23節以下、14章25節など)、主イエスの宣教と働きによって既にこの世にもたらされていることを示しています(ルカ福音書11章20節、17章20,21節)。

 主イエスが40日に渡って現れ、神の国について話されたというのは、さながら神がモーセと40日にわたってシナイ山で語り合い、契約のしるしとして十戒を授けられたようなものです(出エジプト記24章18節、34章28節)。

 使徒たちは、復活の主の教えを受け、約束の聖霊が天から降り(2章1節以下)、その力に満たされて大胆に福音を語り始めました(同4節)。それにより、一度に3千人もの人々がクリスチャンになり(同41節)、さらに、救われる人々が日々仲間に加えられましたが(同47節)、それらの人々に使徒たちが教えたのが、神の国の教えだったのです。

 それは、神の国では何が大切なのか、どのような生活をしなければならないのかというような、教義的なことから具体的な生活に至るまでの様々なことが含まれていたことでしょう。彼らは教えられたとおり、「使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」(同42節)というわけです。

 私たちも使徒言行録を通して、神の国の教えを彼らがいかに実践したかを学びながら、神の国の到来を待ち望みつつ、復活の主の証人として神の国の福音を生きるために、聖霊の力に与りたいと思います。弟子たちはそのために一つところに集まり、皆で「心を合わせて熱心に祈って」(14節)いました。彼らに倣い、聖霊を求めて祈り合いましょう。

 主よ、キリストによって罪が贖われ、神の子とされました。「アッバ、父よ」と呼ぶことが許されており、聖霊が、私たちが神の子であることを保証してくださいます。私たちの信仰の目を開いて、さらに深く主を知ることが出来ますように。聖霊の導きに与り、神の国の力、栄光を悟らせてください。聖霊に満たされ、その力を受けて、復活の主の証人としての使命を果たし、主の教会を神の国としてくださいますように。 アーメン


4月25日(土) ヨハネ福音書21章

「シモン・ペトロが、『わたしは漁に行く』と言うと、彼らは、『わたしたちも一緒に 行こう』と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。」 ヨハネによる福音書21章3節

 シモン・ペトロ以下、7名の弟子たちがティベリアス湖畔にいました(1,2節)。ティベリアス湖とはガリラヤ湖のことです。6章1節に「イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた」と記されていました。

 湖の西岸にガリラヤとペレアの領主であったヘロデ・アンティパスが、その領地の首都として建設した町があり、それをローマ皇帝ティベリウスの名にちなんで、ティベリアスと命名しました。それに伴って、ガリラヤ湖もティベリアスの名で呼ばれるようになったものです。

 7人のうち、名が記されるのは「シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル」(2節)の3人だけで、あとは「ゼベダイの子たち、それに、他の二人の弟子」(2節)と言われます。

 「ゼベダイの子たち」とは、ヤコブとヨハネのことです(マルコ1章19節)。他の二人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレ(1章40節)、そしてナタナエルを主イエスに引き合わせたフィリポでしょうか(同43節以下)。

 そうだとすると、何故そのように名を示さないで、このような記し方になっているのか、また残りの5人、特に主イエスを大祭司らに売り渡したイスカリオテのユダはどうしたのかなど、詳細は全く不明です。あるいは、7人とされているのは、ヨハネ黙示録1章4,5,11節に記されている教会が7つ、ということと関連しているのかも知れません。

 さて、冒頭の言葉(3節)のとおり、ペトロが「わたしは漁に行く」というと、皆が一緒に行くと言います。彼らは皆、甦られた主イエスに出会い(20章19節以下)、そして、福音宣教に遣わすと言われていました(同21節)。そのために、聖霊を受けよと言われていました(同22節)。それなのに、なぜ彼らは湖畔にいるのでしょう。そしてなぜ、漁に行くというのでしょう。

 考えられることは、彼らはいまだ聖霊の力に満たされていなかったということでしょう。そして、聖霊の力を受けることなしに、福音宣教に出て行くことは出来なかったということでしょう。

 確かに、彼らは甦られた主イエスにお会いしました。そのことが7人を、閉じこもっていたエルサレムの家から、ガリラヤ湖畔まで出向かせる力となっています。あるいは、ガリラヤ湖畔で主イエスとお会いしたように(マルコ1章16節以下)、もう一度ガリラヤに行って聖霊の力に満たされようという思いだったのかも知れません。

 ガリラヤ湖での漁は、ペトロにとって、そしてゼベダイの子たちにとって、昔とった杵柄です。颯爽とというほどでなかったかもしれませんが、勇んで舟に乗り込みました。けれども、一匹も取れません(3節)。まるで、聖霊の力を受けなければ何も出来ないと言わんばかりです。

 彼らが成果のないまま夜明けを迎えたころ、岸辺に主イエスが立っておられ、声をかけられ(4,5節)、「舟の右側に網を打ちなさい」(6節)と言われます。すると、あまり重くて、彼らだけでは引き上げることも出来ないほど大量の魚が網にかかります。そのとき、彼らは声をかけた方が主イエスであること(7節)、これが主イエスによる奇跡であることに気づいたわけです。

 そのとき、シモン・ペトロが、わざわざ上着をまとって飛び込みます。他の6人は網を引き上げられないので、舟で網をひいて戻ってきます。なぜペトロがそのような態度をとったのか、これも記されていませんが、少しでも早く主イエスのもとに行きたかった、しかし、主の前に裸では出られなかったということでしょう。

 それは、ペトロが自分の罪を自覚しているということです。アダムとエバが禁断の木の実を食べた後、裸であることに気づいて、いちじくの葉を綴り合わせて腰を覆い、主の御顔を避けて身を隠したことを思い起こします(創世記3章6~8節)。そして、ペトロはその時、主に赦しを請うために、だれよりも先に主のもとに行こうとしたのではないかと想像します。

 15節以下にペトロと主イエスの会話が記されています。それは、「わたしを愛するか」と主イエスが尋ねられるのに、「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」とペトロが答えるというものです。そのやりとりが、三度繰り返されました。

 このことは、ペトロが主イエスを三度否んだことと通じています。ペトロが主イエスを大切に思っていることは、言うまでもないことです。しかし、自分の身に危険が及んだとき、思わず主イエスを否んでしまいました。状況によって思いが変わること、結局一番大切なのは自分だったということを思い知らされました。ペトロは開き直ったのではなく、改めてその事実に直面して、悲しくなったのです(17節)。

 けれども、その飾らないありのままのペトロの「愛」告白に、「わたしの羊を飼いなさい」と、あらためて、教会の指導者としての使命が主イエスから与えられます。ペトロは、どのようにして主イエスの群れを導くのでしょうか。それは、主イエスの御言葉に従うことによって、そして、聖霊に力を頂くことによってです。それなしには、成果を上げることは出来ないのです。

 私たちも、主の御言葉に耳を傾けて御心を学び、、聖霊の力を受けて福音を宣べ伝え、主の愛を受けて互いに愛し合う交わり豊かな主の教会を建て上げさせて頂きたいと思います。

 主よ、どうか私たちを聖霊で満たしてください。主の証人となることが出来るよう、力を与えてください。御言葉に従って福音宣教の働きを推進します。絶えず、御言葉により、その道を示してください。御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン


4月24日(金) ヨハネ福音書20章

「そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。』」 ヨハネ福音書20章22,23節

 20章には、主イエスの復活の日の出来事が記されています。

 最初に空の墓を発見したのは、マグダラのマリアです(1節以下)。それを見たマリアは、とって返してペトロたちに「主が墓から取り去られました」(2節)と報告します。それで、ペトロともう一人の弟子が墓に急ぎます。そこで、主イエスの遺体を包んだ亜麻布と頭を包んでいた覆いが別々に置かれているのを見ます(7節)。それは、遺体が盗み出されたものではないというしるしでしょう。

 8節は衝撃的な証言で、「先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた」と記されています。彼は空の墓を見て、それを主イエスが復活された証拠と信じることが出来たということです。

 そのことについて、ペトロはどうであったのか、何も触れられてはいません。けれども、「もう一人の弟子も」というのが、「入って来て、見て、信じた」のすべての動詞にかかるので、これはペトロもそうだったという言葉遣いと考えるべきでしょう。

 にも拘わらず、「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかった」(9節)というのは驚きです。二人は、聖書の言葉を理解しないまま、空の墓という証拠をもって主イエスが復活されているという信仰に到達しているからです。つまり、後になって、聖書の言葉の成就だと確認されたと告げているのです。

 ペトロたちが家に帰った後(10節)、一人残されたマリアは復活された主イエスと出会い(14節以下)、「わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る」(17節)というメッセージを託されます。

 墓から戻ったペトロたちやマリアの報告を受けた弟子たちは、しかし、ユダヤ人を恐れて家に閉じこもっていました(19節)。するとそこへ、主イエスが姿を現されました。「あなたがたに平和があるように」(19,21節)と二度言われた後、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」(21節)と言われます。

 それは、再び彼らを使徒として立てるという辞令です。それは、17章18節の「わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました」という祈りの言葉に基づくものであり、であれば、その派遣は、「すべての人を一つに」(同21節)するため、「彼らもわたしたちの内にいるように」(同節)にするためのものです。

 主イエスは彼らを派遣するにあたり、彼らに息を吹きかけながら、冒頭の言葉(22節)のように、「聖霊を受けなさい」と言われました。息を吹きかける行為は、創世記2章で主なる神が人を土で形作り、その鼻に命の息を吹き入れられたことを連想させます。

 そのようにしながら、「聖霊を受けなさい」と言われたのは、主イエスが神の権威をもって、命を息を弟子たちに吹きかけ、弟子たちを新たに生かされたということであり、聖霊を受けることなしに、主イエスに従って生きる者とはなり得ないということを示しています。

 このことは、使徒言行録において、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたし(主イエス)の証人となる」(使徒1章8節)と言われていることでもあります。主イエスの証人となりたければ、聖霊の力を受けなければなりません。

 どうすれば、聖霊を受けることが出来るのでしょうか。7章37節に「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」と語られています。そして同39節に「イエスは、ご自分を信じる人々が受けようとしている霊についていわれたのである」と説明されています。

 つまり、主イエスの証人となるために、聖霊の力を求める人にはだれにでも与えられるということです。ルカ福音書11章13節にも「天の父は求める者に聖霊を与えてくださる」と記されています。求めれば、与えられるのです(同9節、マタイ福音書7章7節)。

 そうして、聖霊を受けた使徒たちに託されたのは、赦しの福音を告げ知らせることです。「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その人は赦される」と記されています。罪を赦す権威は、人には与えられていません(マルコ福音書2章7,10節参照)。しかし、聖霊の力を受け、主イエスの証人として福音を宣べ伝えるとき、そこに罪の赦しの恵みがもたらされ、すべての民が一つとされるのです。

 ですから、「あなたがたが赦さなければ」というのは、赦す赦さないを判断するというよりも、私たちの怠慢により、あるいは不信仰によって、福音が伝えられなければ、罪が罪として残されたままになる、民を一つにすることが出来ないということでしょう。そのとき、罪人は自らの責任を免れるわけではありませんが、その責任は遣わされた使徒たちにあると言われることでしょう。

 このことは、マタイ福音書16章19節で「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」と語られていること同じです。ここで「天の国の鍵」と言われているのが、「罪を赦す権威」です。

 この「天の国の鍵」を用いてすべての人々の罪が赦されるように、聖霊を受けて福音を宣べ伝える働きに遣わされ、出て行きましょう。共に主の証人として用いられるよう、御霊の満たしを求めて御前に進みましょう。主の御言葉に耳を傾け、行くべきところに行き、語るべき言葉を語り、なすべきことをなし、留まるべきところに留まりましょう。 

 主よ、御子キリストが私たちの罪の贖いを成し遂げて三日目に甦られ、今も生きて私たちに「聖霊を受けよ」と語りつつ、息を吹きかけてくださったことを感謝します。聖霊の力に満たされて、福音宣教の業に励みます。拙い者ですが、私たちの働きを祝福してご自身の栄光を現してください。御名が崇められますように。御国が来ますように。この地に御心が行われますように。 アーメン


4月23日(木) ヨハネ福音書19章

「イエスは自ら十字架を背負い、いわゆる『されこうべの場所』、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。」 ヨハネによる福音書19章17節

 イスラエルの総督としてローマから派遣されてきたピラトは、主イエスに何の罪も見出せないと言いながら(4,6節、18章38節)、鞭で打たせ(1節)、それでなんとか釈放しようと努めるも(12節)、最後にはユダヤ人たちに押されて、主イエスを十字架につけるために彼らに引き渡してしまいました(16節)。

 ピラトは主イエスに対して、「お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか」(10節)と言っています。ローマ帝国の武力を背景とした圧倒的な権限で、ユダヤ人たちの声を突っぱねてしまうことも出来たでしょう。逆らう者を処刑することも出来たでしょう。なぜ、無実の罪と考えているのに、十字架につけるために引き渡してしまったのでしょう。

 ピラトは、ユダヤ人たちに妥協するのは内心穏やかでないかもしれませんが、ユダヤ人の一人が死んで、エルサレムの町が平穏になるなら、またそれによって、ユダヤ人たちに対して借りを作るようなことが出来るなら、それもよいと考えたのではないでしょうか。

 18章38節で「真理とは何か」と主イエスに尋ねていましたが、そのことでピラトは、自分の内に真理を持っていないということを表明していました。即ち、彼は真理に基づき、真実が何かを判断して行動するのではなく、別の基準、たとえば損得勘定で、目先の利益を考えて行動しているのです。そしてこのことは、かく言う私自身の問題でもあります。

 けれども、実際にこの場面を支配しているのは、ローマ総督でも、ユダヤ人たちでもありません。悪しき力が支配しているようでありながら、どっこい、主なる神が支配しておられるのです。ゆえに、主イエスはピラトに答えて、「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ」(11節)と仰っています。

 主イエスを十字架につける権限をピラトに与えたのは、ピラトを総督として派遣しているローマ帝国、その頂点にいる皇帝ではなく、十字架につけるよう要求しているユダヤ教指導者でも、また彼らに扇動された群衆でもなく、天の父なる神であるという宣言です。そして主イエスは、天の父なる神の御心に完全に従って、彼らの手に陥り、十字架にかけられようとしているのです。

 そのことは、先に10章18節で「だれもわたしから命を奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である」と言われていました。

 ですから、冒頭の言葉(17節)のように「イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる『されこうべの場所』、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所に向かわれた」と記されるのです。

 ヨハネは他の福音書とは異なり、十字架を無理に背負わされたことや、キレネ人シモンの手を借りて十字架をゴルゴタまで運んだという出来事、宗教指導者たちや群衆、一緒に十字架につけられた強盗らによる主イエスの嘲り、死の直前に襲った暗闇、神殿の垂れ幕が裂けたことなどを、全く記述してはいません(マルコ福音書15章21節以下、その並行箇所を参照)。

 しかし、最後の晩餐の後(13~17章)、夜遅くゲッセマネの園で捕えられ(18章1節以下、12節)、大祭司官邸において尋問を受け(18章13節以下)、引き続きピラトの総督官邸に連行されて、そこでも尋問を受けておられます(18章28節以下)。

 そして、鞭で打たれました(1節)。その上、全人類の罪を一身に背負って「されこうべの場所」ゴルゴタへ向かわれ(17節)、十字架に磔にされました(18節)。だから、自力で十字架を担ぐのは到底無理だったのではないでしょうか。

 それでもヨハネは、実際にはゴルゴタに向かってよろよろと進まれる主イエス、自分の十字架をシモンに担ってもらわざるを得なかった主イエスを見ながら、それは主イエスが自ら選ばれた道、ご自分が担われた十字架の道であり、そしてそれは、誰にも代わってもらうことの出来ない道なのだということを、このように書き表しているのです。

 そして最後に「成し遂げられた」(テテレスタイ)と言われます(30節、28節も)。ここには、「終える、完了する、支払う」(テレオー)という動詞の完了形が用いられています。完了してしまった、支払いが終わってしまったということです。

 そしてこれは、受け身形です。新共同訳が正当に「成し遂げられた」と訳しています。即ち、すべてのことを成し遂げたのは主イエスではなく、父なる神だということです。すべてが成し遂げられました。これ以上、私たちの救いのために主なる神が何事かをなさることはありません。ここに、聖書に預言されていた救いの道が完成したのです(28節)。

 だから、すべての人が、主イエスの十字架において父なる神によって完成された救いの道、真理の道、命の道を歩んで、父なる神のもとに行けばよいのです(14章6節参照)。それはつまり、すべての人が主イエスを信じればよいということです。

 天のお父様、「わたしは道であり、真理であり、命である」と言われた主イエスを信じます。主の道を歩んで真理を悟り、永遠の命に与り、御もとに行かせてください。求める者には得させ、探す者には見出させ、門を叩く者には開かれるようにしてくださることを感謝します。御名が崇められますように。 アーメン



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