風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2019年05月

5月31日(金) イザヤ書9章

「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。」 イザヤ書9章5節

 イザヤが預言を語り始めたとき(1章1節、6章1節以下参照、紀元前740年ごろ)、イスラエルの民は自分たちが「闇の中」(1節)を歩いているとは考えていなかったでしょう。北イスラエル王国は紀元前750年ごろ、ヤロブアム2世の治世下、最盛期を迎えていました(列王記下14章25節)。国土を拡張し、交易も盛んで、経済的基盤が確立されていました。

 同様に、南ユダ王国もイスラエル史上最長の52年という治世を誇るアザルヤ(ウジヤとも言われる)のもとで国力を増大しました。アザルヤの業績の中に「エイラトの町を再建して、ユダに復帰させた」(列王記下14章22節)というものがあったと、報告されています。

 ところが、それから30年後、急速に勢力を拡大したアッシリアによって、北イスラエルは滅ぼされてしまいました(同17章、前721年)。それをイザヤは「闇」、「死の陰の地」という、神の裁きを示すことばで表現しています。つまり、アッシリアは、裁きを行う神の御手だということです。

 北イスラエルに「闇」がもたらされ、「死の陰の地」となったのは、彼らが神に背き、異教の神々を祀り、礼拝したからです。そして、真の神に頼らず、おのが力に頼み、隣国と同盟して強国と戦おうとしたからです(シリア・エフライム戦争)。

 南ユダのアハズ王はその同盟に加わらず、かえって彼らが反抗しようとしたアッシリアに貢を贈って援軍を頼み(列王記下16章7節以下)、そのうえ、異教の祭壇を築いていけにえをささげさせたのです(同10節以下)。であれば、南ユダも北イスラエルと同じ運命に見舞われることになるでしょう。

 7節以下、「北イスラエルの審判」を告げる段落で、「しかしなお、主の怒りはやまず、御手は伸ばされたままだ」(11,16,20節)と繰り返し語られるのは、むしろ北イスラエルの審判というより、それを見ていながら悔い改めようとしない南ユダに、神の「御手は伸ばされたままだ」と告げているのではないでしょうか。

 ところが、アハズからヒゼキヤに王位が引き継がれました(列王記下18章1節)。ヒゼキヤは、ダビデのように主の目にかなう正しいことをことごとく行い、イスラエルの神、主を固く信頼し、その戒めを守りました(同18章3節以下)。

 ヒゼキヤの治世14年目(前701年)にアッシリアがユダの各地を征服してエルサレムを包囲し、全面降伏を勧告したときも(同18章13節以下)、ヒゼキヤはイザヤに執り成しの祈りを要請しました(同19章1節以下、4節)。

 このことから、イザヤが1節の「闇の中を歩む民は、大いなる光を見」という言葉で語っている「大いなる光」とは、ヒゼキヤ王のことと言ってよいかも知れません。ヒゼキヤの父アハズは上述の通り、アラム・エフライム連合軍に対抗するため、アッシリアに援軍を願いました(同16章4節以下)。それが、最強の敵を自ら呼び込むかたちになったのです。

 一方、アハズの子ヒゼキヤは主なる神に依り頼み、その危機を信仰によって乗り越えることが出来ました。神がヒゼキヤの求めに応えて、「アッシリアの王がエルサレムに入城することも、矢を射ることも、盾を持って向かってくることも、都に対して土塁を築くこともない」(同19章32節)と約束され、その言葉のとおり、主の使いが一晩のうちに18万5千の兵を撃ち、全滅させられました。

 イザヤが「彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を、あなたはミディアンの日のように折ってくださった。地を踏み鳴らした兵士の靴、血にまみれた兵士の軍服はことごとく火に投げ込まれ、焼き尽くされた」(3,4節)と語っているのは、そのことではないかと思えるような内容です。

 そして、冒頭の言葉(5節)が告げられます。ここで、「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた」というのは、子どもの誕生というより、王の即位を知らせる言葉だと言われます(詩編2編7節参照)。

 その王は、名を「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」(5節)と唱えられると言われます。ここで「驚くべき指導者」(ペレ・ヨーエーツ)とは、「不思議な助言者 wonderful counselor」(新改訳)という言葉で、岩波訳は「奇しき議官」とし、「議官」について巻末の用語解説で「官邸の一員で、王の顧問(1章26節、3章3節、9章5節など)」と説明しています。

 次に、「力ある神」(エル・ギッボール)について、王を神と呼ぶのは、詩編45編7節とここだけです。その意味は、王はこの地上において、神の代理者として立てられるということです。さらに、「永遠の父」(アビー・アド)は、公正で思い遣り深い父親のように長期にわたって統治するようにということでしょう。

 そして、その統治がもたらすものは、「平和」(シャローム)です。士師記6章24節に、ギデオンがオフラに築いた主の祭壇を「平和の主」と名付けたとありますが、それは、主の名は「平和(シャローム)」だということでしょう。

 平和とは、戦争がないという以上の、万物が健全で本分にふさわしい状態にあることをいいます。つまり、平和とは、あらゆる被造物が神を神として認識し、崇め、その御旨に従って生き、行動するときに、主なる神によって与えられるものなのです。

 王がその名で呼ばれるということは、主なる神こそ、イスラエルの王であるという信仰が、そこに示されており、王はその主なる神の代理として振る舞うことが求められるということです。 

 ヒゼキヤは、その任を果たすことが出来たでしょうか。アッシリアを退けた後、ヒゼキヤが死の病にかかりましたが、主に祈って寿命を15年延ばしてもらいました(列王記下20章1,6節)。その後、バビロンから見舞いが来ました(同12節)。ヒゼキヤはその使者を歓迎し、財宝などすべてのものを見せました(同13節)。

 それを聞いたイザヤが、「王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る。あなたから生まれた息子の中には、バビロン王の宮殿に連れて行かれ、宦官にされるものもある」(同17,18節)と告げると、ヒゼキヤは、「主の言葉はありがたいものです」と応えています(同19節)。

 それは、自分の在世中は平和と安定が続くと思っていたからと説明されています(同19節)。アハズの代から、神の御手が伸ばされたままになっているのを、在世中は平和と安定が続くと思っていたということは、彼がいかに、徹底して主に仕えようとしてきたかというしるしと言えます。子らの代に悲劇に見舞われるのは、彼らが主に背く歩みをするからなのです。

 イザヤは、1~6節で告げた預言の成就を、自身の存命中に見ることが出来ませんでした。それは、700年後を待たなければならなかったのです。主イエスこそ、「まことの光で、世に来てすべての人を照らす」(ヨハネ福音書1章9節)のです。マタイは、主イエスの誕生を7章14節のインマヌエル預言の成就と告げています(マタイ福音書1章23節)。

 主なる神は、救いを待ち望む全世界のあらゆる世代の民のために、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられるまことの光なる主イエスを、神の独り子にも拘わらず、人としてこの世に生まれさせてくださったのです。

 主よ、あなたの深い憐れみのゆえに私たちも恵みに与りました。御名を崇め感謝します。主に従い、絶えず命の光のうちを歩ませてください。今なお復興の進まない被災地に住み、また避難生活を余儀なくされている人々、軍隊に嗣業の地を奪われ、平和を脅かされている人々に、希望と平安の光が訪れますように。 アーメン



5月30日(木) イザヤ書8章

「わたしは主を待ち望む。主は御顔をヤコブの家に隠しておられるが、なおわたしは、彼に望みをかける。」 イザヤ書8章17節

 イザヤは、8章でも繰り返し、神を畏れ、神を信頼するようにと説きます。

 初めに、大きな羊皮紙に「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」(1節)と書かせます。それは「分捕りは早く、略奪は速やかに来る」という意味だと、新共同訳聖書は括弧書きで説明しています。そして、女預言者の産んだ男の子に、その言葉通りの名前を付けるように言われます(3節)。女預言者とは、イザヤの妻のことと考えられています。

 それは、「この子がお父さん、お母さんと言えるようになる前に、(アラムの首都)ダマスコからはその富が、(北イスラエルの首都)サマリアからはその戦利品が、アッシリアの王の前に運び去られる」(4節)という、シリア(アラム)、北イスラエル(エフライム)両国がアッシリアに打ち破られ、滅亡してしまうことを、その行動によって預言するものでした。

 次で、「この民はゆるやかに流れるシロアの水を拒み、レツィンとレマルヤの子のゆえにくずおれる」(6節)、「それゆえ、見よ、主は大河の激流を彼らの上に襲いかからせようとしておられる。すなわち、アッシリアの王とそのすべての栄光を」(7節)と告げます。

 ここで、「シロアの水」とは、ヒゼキヤの掘った水道トンネルのことではなく(列王記下20章20節)、ギホンの泉から町に沿ってゆるやかに流れる開放式水道のことで、エルサレムの町のことをそのように表現しています。一方、「大河の激流」とはチグリス・ユーフラテス川を指し、アッシリアのことを表現したものです。

 これは、アハズが主なる神に信頼せず、アッシリアに援軍を依頼して、アラム(レツィン王)・エフライム(レマルヤの子ペカ王)の連合軍に対抗するようにしたことで、かえってその激流を南ユダ王国に呼び込むことになるという預言です。

 「(激流は)ユダにみなぎり、首に達し、溢れ、押し流す。その広げた翼は、インマヌエルよ、あなたの国土を覆い尽くす」(8節)というのですから、南ユダ壊滅の危機です。ここで、翼を広げるのはアッシリア王で、それは当然のことながら、保護するためなどではなく、南ユダのものをすべて翼の下に集めて奪い去るためなのです。

 しかし、そう語られるのは、神がイスラエルを徹底的に滅ぼしてしまうということではありません。「諸国の民よ、連合せよ、だがおののけ。遠い国々よ、共に耳を傾けよ。武装せよ、だが、おののけ。武装せよ、だが、おののけ」(9節)と、アラムとイスラエルの連合軍、そしてアッシリアが南ユダを打つ道具として用いられるけれども、しかし、彼らに神を畏れよと言われるのです。

 さらに、「戦略を練るがよい、だが、挫折する。決定するがよい、だが、実現することはない。神が我ら(イスラエルの家、ユダの民)と共におられる(インマヌエル)のだから」(10節)と言われています。ユダに壊滅的打撃を与えようとしていた主が、それを実行する諸国に対して、彼らがユダを滅ぼし去ることは出来ないことを明言されているのです。

 しかるに、イスラエルの民は主に信頼せず、御言葉に聴き従おうとしません。主なる神はイザヤに、イスラエルの民と共にその道を行かないようにと、戒めを与えます(11節)。恐れるべきは、アラム・イスラエル同盟でも、はたまたアッシリアでもありません。主なる神なのです(13節)。

 主を信じ、主に依り頼む者にとって、主は聖所であり、逃れ場、堅固な岩、砦の塔となられますが、背く者には、躓きの石、妨げの岩となり、仕掛け網、罠ともなられます(14節)。つまり、神の裁きの手に陥り、それから逃れることは出来ないということです。

 イザヤは、預言者として神の言葉を語り続けて来ました。けれども、功を奏しません。それは、6章10節で「この民の心をかたくなにし、耳を鈍く、目を暗くせよ。目で見ることなく、耳で聞くことなく、園心で理解することなく、悔い改めていやされることのないために」と言われていたとおりです。

 これからイザヤのすることは、彼の語った預言がどう実現するのか、事態を静観することです。そこで、まず預言の言葉を封印します(16節)。ことが起こった後、確かにそれがイザヤの語った預言の成就であるということを証明するという目的です。そして、冒頭の言葉(17節)のとおり、イザヤは主を待ち望みます。

 イザヤの心境は複雑でしょう。いかに彼らが自分の預言に耳を傾けないからとはいえ、同胞に神の裁きが降るのを待ち望みたいはずはありません。神の裁きの預言が実現して、同胞が裁かれるのを、いい気味だなどと思えるでしょうか。それは、イザヤの心ではないと思われます。

 イザヤが預言者として選ばれるとき、彼は神の前に罪人であることを自覚し、「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者」(6章5節)と言いました。それに対して、主なる神は祭壇の火をもってイザヤを清め、預言者として立てられました(同7節)。

 イザヤが待ち望んでいるのは、自分と同様、イスラエルの家、ユダの民が罪を悔い改め、清められること、救われることでしょう。「主は御顔をヤコブの家に隠しておられるが、なおわたしは、彼に望みをかける」(17節)と語っているところにも、それが言い表されていると思います。

 主なる神の裁きは、救いを排除しているわけではありません。むしろ、裁きは救いを指し示すものです。今、主はヤコブの家に御顔を隠しておられるけれども、裁きを通して必ず御顔の光をイスラエルの民の前に輝かせてくださるとイザヤは期待しているのです。

 「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(40章31節)と語られるあように、どんなときにも主に望みを置き、いつも喜び、絶えず祈り、すべてを感謝する信仰で前進させていただきましょう。 

 主よ、イザヤが見ている現実は、決して彼が望んでいるようなありさまではありませんでした。しかし、それで失望してしまうことはありませんでした。希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて信じたのです。私たちも、絶えず主を待ち望み、固く主に信頼することが出来ますように。 アーメン

静岡教会公式サイト更新

静岡教会の公式サイトを更新しました。

①「礼拝説教」に5月26日(日)主日礼拝プログラムと礼拝説教動画(YouTube)を掲載しました。
②「今週の報告」を更新しました。
③「お知らせ」は随時更新しています。
④「今日の御言葉」は毎日更新しています。


御覧ください。




5月29日(水) イザヤ書7章

「しかし、アハズは言った。『わたしは求めない。主を試すようなことはしない』。」 イザヤ書7章12節

 アハズの治世、アラムの王レツィンと北イスラエルの王ペカが同盟を組み、南ユダに攻撃を仕掛けて来ました(1節、列王記下16章5節以下)。アラムとは、ダマスコを首都とするシリアのことです。また、サマリアを首都とする北イスラエルの中心部はエフライム族の所領なので、歴史家はこれを、シリア・エフライム戦争と呼んでいます。

 その当時、シリアからパレスティナ全域をも支配していたアッシリアに反旗を翻し、独立を果たすため、アラムとエフライムが同盟し、南ユダにもその連合軍に参加するよう呼びかけたのですが、南ユダの王アハズはそれを拒否しました。アハズがアラム・エフライム連合軍に与しなかった背景には、預言者イザヤの進言があったものと思われます。

 それで、アラム・エフライム連合軍が南ユダに攻め寄せてきたのです。それは、「ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう」(6節)というとおり、この戦いで勝利を収め、自分たちの意に従う王を立てて、南ユダをいわゆる傀儡国家としようとしていたのです。 

 アラム・エフライム連合軍の攻撃に対して、主なる神がアハズに「落ち着いて静かにしていなさい。恐れることはない」と告げられました(4節)。これは、30章15節と同様、他国との軍事同盟で危機を乗り切ろうとする王の企てに対して、主なる神へ信仰を求められたものです。その信仰に立つならば、アラム・エフライム連合軍の企ては「実現せず、成就しない」(7節)と言われました。

 そして、「信じなければ、あなたがたは確かにされない」(9節)と迫られ、「主なるあなたの神に、しるしを求めよ。深く陰府の方に、あるいは高く天の方に」(11節)と告げておられます。アハズ王の信仰を明確にするため、主が信仰の保証として「しるし」を与えると言われるのです。天のしるしとは雨や稲妻など、陰府のしるしとは地震のようなもののことでしょう。

 それに対してアハズは冒頭の言葉(12節)の通り、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と答えました。これは、主イエスが悪魔の誘惑を退けるために、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」(マタイ4章7節)と語られた言葉に似て、わたしは主を信じているから、その上しるしを求めて、主を試す必要などはないと敬虔に語っているように見えます。

 けれども、アハズがしるしを求めなかったのは、主への信仰があったからではなく、むしろ主なる神を軽んじていたからです。実際、連合軍の侵攻を知ると、アハズはアッシリアに使いを送り、贈り物をして援軍を頼みました(列王記下16章5節以下)。アッシリアの援軍を、目に見えない神に依り頼むよりもよいと考えていたわけです。

 アッシリアの王ティグラト・ピレセルは、アハズの頼みを受けてアラムの都ダマスコに攻め上ってこれを占領し、王レツィンは殺されました(同9節)。また、北イスラエルの全地方を占領し、住民を捕囚として、アッシリアに連れ去りました(同15章29節)。

 こうして、アッシリアの援軍により、南ユダはってアラム・エフライム連合軍から守られました。アハズは直面していた危機に対して、神の助けによらず、自らの政治手腕によって切り抜けることが出来るという自信を深め、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と、さらに強く語るようになったことでしょう。

 その後アハズは、ダマスコにアッシリアの王ティグラト・ピレセルを訪ね、アッシリア式の祭壇を模して、エルサレムの神殿に同形の祭壇を築かせ(同16章10節以下)、その上で献げ物をささげました(同12節)。

 北イスラエルは、ヤロブアムの罪を離れることが出来ず、結局アッシリアによって滅ぼされ、ユダの部族だけが残されたのですが(同17章18節)、南ユダも同様に異教の偶像を礼拝する罪と無縁でなく、やがて御前から捨てられてしまうのです(同20節)。

 6章10節で言われている通り、アハズ王は主なる神の御前に心を頑なにして、「目で見ることなく、耳で聞くことなく、その心で理解することなく、悔い改めていやされることのない」者とされてしまいます。

 そこで主は、アハズ王に一つのしるしを与えられます(14節)。それは、「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」というのです。インマヌエルとは、神が我々と共におられるという意味です。

 3節に、イザヤの子がシェアル・ヤシュブという名であることが記されています。これは、「残りの者は帰って来る、悔い改めるのは残りの者」といった意味の名前です。この子を伴うイザヤに会って、しかし、アハズは悔い改めに至りませんでした。ゆえに、アハズは主の前から退けられるということになるのです。

 そこで、イスラエルの残りの者から、「インマヌエル」と呼ばれる男の子、「神が我らと共に」という意味の名が付けられる王が生まれるということです。

 インマヌエルなる王が災いを退け、幸いを選ぶことを知る前に、アッシリアの王がパレスティナに来襲してアラム、エフライムを滅ぼし(16,17節)、ユダも大いなる荒廃に見舞われることが告げられます(18節以下)。

 つまり、アハズに与えられる「インマヌエル」なるしるしは、おのが不信仰を裁く神のしるしであり、救いのしるしではありませんでした。しかし、私たちは真に「インマヌエル」と唱えられるお方、私たちの助け主となってくださったお方を知っています。それは、どんな時にも共にいて、私たちを守ってくださる私たちの救い主、主イエス・キリストです(マタイ1章23節)。

 人は自らの行いによって救いを獲得することは出来ず、インマヌエルなる主イエスの贖いにより、恵みによって救いの道を開いて頂いたのです。主を信じ、その御言葉に耳を傾け、導きに従って歩みましょう。

 主よ、試みに遭うとき、その人の真実な姿がそこにあぶり出されます。アハズは目に見えない神にではなく、目に見えるアッシリアに依り頼むことで馬脚を表しました。しかし、私も五十歩百歩です。どうかいつも主に目を留め、その御声に耳を傾け、御霊の導きに従って歩むことが出来ますように。 アーメン




5月28日(火) イザヤ書6章

「主は言われた。『行け、この民に言うがよい、よく聞け、しかし理解するな、よく見よ、しかし悟るな、と』。」 イザヤ書6章9節

 6章には、イザヤが預言者として召し出されたときのことが記されています。それは、ウジヤ王が死んだ年のことでした(1節)。主なる神が、ご自身の姿をイザヤの前に現されました(1節)。主は天の御座に座し、衣の裾が神殿いっぱいに広がっていました。神殿の天井が抜けて、天の御座が見えたという光景を想像します。

 イザヤの頭上にセラフィムが飛び交い(2節)、「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う」(3節)との賛美の声を聞かせ、その声で神殿の入口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされました(4節)。地震や煙は、出エジプト記19章18節と同様、主なる神がそこに顕現されたことを示しています。

 それを見たイザヤは、「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た」(5節)と言います。罪深い人間は、清い神を見ることが出来ません。神を見た者は、その後、生き続けることが出来ないと、固く信じられていました(出エジプト記33章20節参照)。

 「神を見た人は死ぬという伝統的な思想(創16章13節、32章31節、出19章21節、33章20節、士6章22節、13章22節など)に基づく判断というより、その伝統的な思想の因って来たる所以を自ら体験しての判断と見るべきだろう。すなわち、罪から隔絶しこれを焼き尽くす(4章4節、9章18節、10章17節)聖なる神を目の当たりにした者は、それによって鮮明に照らし出された己の罪の穢れに絶望するという体験である」と、岩波訳の当該箇所の脚注に記されています。

 イザヤはこのとき、重い皮膚病になって死んだウジヤ王のことを思い出したのかもしれません。ウジヤ王は、イスラエル史上最長の52年間王位にありました(歴代誌下26章3節)。その善政のゆえに、国は繁栄しました(同4~15節)。

 ところが、次第に高慢になり、あるとき、神殿で香を炊く務めを行おうとしました(同16節)。祭司アザルヤがウジヤ王を制止しようとすると、ウジヤ王はそれを憤り、怒りを祭司にぶつけます(同17,18節)。そのとき、神がウジヤを打たれました(同19節)。

 イザヤは今、エルサレムの神殿にいます。ということは、イザヤは神殿で神に仕えるレビ族に属する者、あるいは祭司だったのでしょうか。神殿聖所に入れるのは、祭司、レビ人に限られていたからです。

 「災いだ。わたしは滅ぼされる」とイザヤが語ったとき、セラフィムのひとりが祭壇の炭火を取ってイザヤのところに飛んで来て(6節)、その口に火を触れさせて、「見よ、これがあなたの唇に触れたので、あなたの咎は取り去られ、罪は赦された」(7節)と言いました。

 祭壇の火で民の汚れを清め、罪を贖う儀式について、民数記17章に記されていますが、神はイザヤをご自身に仕える預言者として選び、用いるため、イザヤにその栄光の姿を見せ、恐れおののくイザヤを、祭壇の火をもって清められたのです。

 イザヤはそこで神の声を聞きます。それは、「だれを遣わすべきか、だれが我々に代わって行くだろうか」(8節)という声でした。それに対してイザヤは、モーセやエレミヤらとは異なり(出エジプト記3章11節、エレミヤ書1章6節参照)、すぐに「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」(8節)と語ります。

 イザヤは、たった今神によって罪赦され、贖われる恵みを経験したばかりです。それはまさに、古い自分に死んで、神に仕える新しい人生の始まりを意味したのです(ローマ書6章11,13節、ガラテヤ書1章13節以下参照)。

 このように選び立てられた預言者イザヤに対して、神は特別な任務を授けます。それは、冒頭の言葉(9節)の通り、「行け、この民に言うがよい、よく聞け、しかし理解するな。よく見よ、しかし悟るな、と」というものです。続けて、「この民の心を頑なにし、耳を鈍くし、目を暗くせよ。目で見ることなく、耳で聞くことなく、その心で理解することなく、悔い改めて癒されることのないために」(10節)と命じておられます。

 聞いて理解し、悔い改めて癒されるように語れというのではなく、聞いても理解するな、見ても悟るな、悔い改めて癒されることのないためにというのです。つまり、神はイザヤに、イスラエルが悔い改めをなすべき時期はもう終わった、もはやそれをするには遅すぎる、彼らには神の裁きが下ると告げさせようとしておられるわけです。

 それは、イスラエルの民自身が、「イスラエルの聖なる方を急がせよ、早くことを起こさせよ、それを見せてもらおう。その方の計らいを近づかせ、実現させてみよ。そうすれば納得しよう」(5章19節)などと語っているからです。なんと愚かなことでしょう。

 イスラエルの民に裁きを下すことにされた神は、しかし、決してそれを喜んでおられるはずがありません。怒りよりもむしろ、悲しみがその心を満たしていたのではないでしょうか。だからこそ、すぐに滅ぼし尽くされるのではなく、イザヤを遣わして「もう遅い」と語らせるのです。

 そして主は、そのように語らせながら、もしも悔い改めてくれば、ニネベの町の人々を赦し、災いを下すことを中止されたように(ヨナ書3章10節)、赦しをお与えになられるのです。それは、「わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者」(5節)と語ったイザヤを、セラフィムの一人が祭壇の炭火で清めたところに、既に示されていました(6,7節)。

 今日も、愛と憐れみに富む父なる神を仰ぎ、その御声に耳を傾け、御霊の導きに従って歩みましょう。

 主よ、あなたは愛と憐れみに富むお方です。背いたイスラエルに悔い改めを解き、滅ぼすことに決められた後も預言者を遣わし続けられました。その愛と憐れみにより、私たちも救いの恵みに与りました。どうか、この恵みを無駄にせず、神の愛と憐れみを、その生活を通して証しするため、私たちを遣わしてください。 アーメン





5月27日(月) イザヤ書5章

「イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑。主が楽しんで植えられたのはユダの人々。主は裁きを待っておられたのに、見よ、流血。正義を待っておられたのに、見よ、叫喚。」 イザヤ書5章7節

 新共同訳聖書は、5章1~7節の段落に「ぶどう畑の歌」という小見出しをつけています。初めに「わたしは歌おう」(1節)といって歌い出すのは、イザヤ自身です。「わたしの愛する者」とは、主なる神のこと、そして、ぶどう畑とはイスラエルの家、ユダの人々のことを指しています。

 この書き出しから、洗礼者ヨハネが自分と主イエスの関係を花婿と花婿の介添え人として語った、「花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人は傍に立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている」(ヨハネ福音書3章29節)という言葉を思い出します。

 ここに、主なる神が花婿、ぶどう畑とされているイスラエルの家が花嫁、そして、花婿の介添え人(=友)としてイザヤが登場しているということになります。花婿の友なるイザヤが、主なる神のためにぶどう畑の愛の歌をうたうのです。

 イスラエルは、ヨルダン川流域や北イスラエルの丘陵地帯には農耕に適した地が広がっていますが、南ユダ、エルサレムの南方には、農耕にあまり適さない荒れ野が広がっています。そこにぶどう畑を作ろうというのは、大変困難なことでしょう。もともと「肥沃な丘」(2節)ではなかったのです。

 肥沃な丘にするためには、固い地面を掘り起こして石を取り除き、土を豊かにするために堆肥を施さなければなりません。言葉で言うのは簡単ですが、重機はおろか鉄製の農具も満足に持ち合わせていないようなところで、それをするのはどんなに困難なことか、想像に難くありません。

 年月をかけてようやく立派な畑を作り上げ、そこに良いぶどうの苗を植え、丹精して収穫を待ちます。いよいよ収穫になりました。ところが、実ったのは、予想もしない酸っぱいぶどうでした(2節)。どうしてそうなってしまったのでしょう。全くわけが分かりません。

 それで、畑の持ち主が「わたし」として登場して、「わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ」(3節)と言い、「わたしがぶどう畑のためになすべきことで、何か、しなかったことがまだあるというのか。わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに、なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか」(4節)と尋ねています。

 外形は確かにぶどう、しかしながら、中身は似ても似つかないものになってしまっているというわけです。だから、畑の持ち主は怒って、畑を焼かれるまま、踏み荒らされるままにして見捨てると言います(5節)。

 これは、主なる神とイスラエルとの関係を言い表したもので(7節)、神はイスラエルに「裁き(ミシュパト:公正)」を期待されたのに「流血(ミスパハ)」を見、「正義(ツェダカ)」を待っているのに「叫喚(ツェアカ)」の声を聴くと言われます。

 ミシュパトとミスパハ、ツェダカとツェアカという二組のよく似た言葉、よく似た文字が用いられていますが、内容は全く違います。外形は似ていても内容は全く違う、よく世話をされたぶどう畑に、期待外れの酸っぱいぶどうが実った。礼拝の形式は整っているかも知れないけれども、そこに心が伴わないという状況なのでしょう。

 礼拝に心が伴わないというのは、心からの賛美ではない、説教を上の空で聞いているというような話ではありません。主なる神は、貧しい者や弱い者が守られる、公平で豊かなな社会が築かれることを願われたのに、強い者が弱い者を食い物にして、血が流され、その叫び声が響いているというのは、神の御言葉に聴き従おうとする姿勢ではないことを示しているというのです。

 29章13節の「主は言われた。『この民は、口でわたしに近づき、唇でわたしを敬うが、心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを畏れ敬うとしても、それは人間の戒めを覚え込んだからだ』」という預言も、そのことを教えています。 

  主イエスが「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父がとりのぞかれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」(ヨハネ福音書15章1,2節)と言われました。

 さらに、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(同5節)と語っておられます。

 私たちは、どんな実を結んでいるのでしょうか。良いぶどうでしょうか、それとも酸っぱいぶどうでしょうか。豊かによい実を結ぶために、主イエスを信じ、謙ってその御言葉をしっかり聴きましょう(同7節)。

 御言葉をしっかり聴くとは、その命令を守ることであり(同9,10節)、その命令とは、主イエスが私たちを愛されたように、私たちが互いに愛し合うことです(同12節)。それが、主イエスの期待されている良いぶどうの実なのです。

 主よ、どうか御霊と御言葉の導きにより、私たちに手を入れて、良い実を豊かに実らせる枝とならせてください。あなたの深い愛と慈しみのもとにとどまり、互いに愛し合う家庭、社会を築くことが出来ますように。そうして、御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン




5月26日(日)主日礼拝説教

5月26日(日)の主日礼拝には、教会員16名、子ども1名を含む来賓10名がお見えになりました。感謝です。


主日礼拝の説教動画をYouTubeにアップしました。

説教 「主の主」
聖書 ルカ福音書20章41~44節
説教者 原田攝生 日本バプテスト静岡キリスト教会牧師


ご覧ください。




5月26日(日)主日礼拝案内

02

5月26日(日)は、教会学校小学科(小学生)、少年少女科(中学生~18歳)を9時半から、成人科(18歳以上)を9時45分から行います。
教会学校は、「聖書教育」誌にもとづいて、新約聖書・ガラテヤ書から、共に聖書の学びと交わりを行います。


主日礼拝を10時半から行います。

礼拝では、ルカ福音書20章41~404より、「主の主」と題して、原田牧師より説教をいただきます。


写真をクリックすると静岡教会公式サイトの礼拝説教の頁が開きます。
そこで、当日の礼拝プログラムを見ることができます。

キリスト教の集会は初めてという方もお気軽にご参加ください。


礼拝後、信徒会があります。


お昼の用意はありません。








 

5月26日(日) イザヤ書4章

「主は、昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火を造って、シオンの山の全域とそこで行われる集会を覆われる。それはそのすべてを覆う栄光に満ちた天蓋となる。」 イザヤ書4章5節

 2節に「その日には」とありますが、これは1節の「その日」とは天地の差があります。というのは、1節の「その日」は、3章に記されている、神の審判がユダとエルサレムに臨んだ日です。その日、7人の女性が一人の男性との結婚を望み、それも、パンや着物は自分で何とかするから、名目だけでも結婚したことにして欲しいと言います。

 この女性たちは、3章25,26節で「シオンの男らは剣に倒れ、勇士は戦いに倒れる。シオンの城門は嘆き悲しみ、奪い尽くされて彼女は地に座る」と言われているように、その日までに夫を失い、やもめとなった嘆き悲しみの中にいる人々です。

 イスラエルにはやもめを援助する法制度がありましたが、一人身となった女性が生きていくには、内縁の妻、妾となるほか術がないという、法制度が崩壊した状態、即ち神の裁きにより、エルサレムが陥落し、南ユダ王国が崩壊した状態を描いているわけです。

 一方、2節の「その日」は、裁きの日ではありません。「その日には、イスラエルの生き残った者にとって、主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる」と言われています。

 「イスラエルの生き残った者たちにとって」(リフレータト・イスラエール)は、原文ででは、「この地の結んだ実は」を形容する位置に置かれています。他の邦語訳(口語訳、新改訳、岩波訳など)は、そのように訳しています。ただ、解釈上、それほど大きな問題ではありません。即ち、イスラエルにとって、この日は恥が取り去られて栄光となり、また誇り、輝きとなる日だということです。

 ということは、「イスラエルの生き残った者」というのは、何とか難を逃れたとか、運良く生き残れたという人々ではありません。神が選んで、新しいイスラエルを築くためにエルサレムに残しておられた者たちのことです。

 3節にも、「シオンの残りの者、エルサレムの残された者は、聖なる者と呼ばれる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている」と言われています。つまり、「イスラエルの生き残った者」は、命の書に名が記されていたので、神によって守られ、そこに残ることが出来たわけです。

 4節で、「裁きの霊と焼き尽くす霊をもってシオンの娘たちの汚れを洗い、エルサレムの血をその中からすすぎ清めてくださる」というは、主が罪に満ちたユダに審判を下し、エルサレムの町を焼き尽くすことによって、それを罪をすすぎ、清められるということです。

 つまり、それまでイスラエルが頼りとしていた、目に見えるすべてのものが滅ぼされ、焼き尽くされることで、もう一度、神のみに頼り、神を仰いで生きる礼拝の民がここに再創造されたわけです。

 それに続いて冒頭の言葉(5節)で、「主は、昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火を作って、シオンの山の全域とそこで行われる集会を覆われる」と言われるのは、出エジプトの民を荒れ野で導いた「雲の柱、火の柱」の記述を思い出させます(出エジプト記13章21節)。

 その意味で、イザヤは「その日」を、神に背く頑なな者が神に打たれ、神を信じ、御旨に従って歩む者に、救いと解放がもたらされる第二の出エジプトの日として描いており、「その日」を迎えるために、神はエルサレムとユダを裁かれたのだと言ってよいでしょう。

 それはしかし、生き残りの者たちが神の裁きに堪える清いものであったということを意味しません。「汚れを洗い」、「すすぎ清めてくださる」と言われているからです。彼らの汚れが洗われ、罪をすすぎ清めていただけるのは、主なる神の深い憐れみによることなのです。

 神の憐れみにより、神を仰いで生きる者として再創造されたイスラエルの民のために、主なる神は自ら、昼は雲となり、夜は火となって、民を覆われます。雲も火も、神の臨在を示すしるしです。もはや、主なる神は、神を礼拝する者、主の御名によって集う者たちから離れられず、彼らを昼の暑さ、夜の寒さから守られるということです。

 主イエスは、私たちの罪のために十字架にかかられ、死んで葬られ、三日目に甦られた後、天に登り、神の右の座に着かれました。肉眼では、主イエスを見ることが出来なくなりましたが、神は別の弁護者として真理の霊を遣わしてくださり(ヨハネ福音書14章16節)、私たちと共に、私たちの内にいるようにしてくださいました(同17節)。

 また、「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(同20節)と言われました。「かの日」は、神が御業を行われるために選ばれた日ですが、主が私たちの内におられることが分かる日、主を愛する者が父なる神に愛され、主もその人を愛して、ご自身を啓示してくださる日です(同21節)。

 主を信じる私たちの心に聖霊が住まわれ、私たちに主イエスを啓示してくださり、あらゆる霊的な恵みをもって守り、満たし、導いてくださるのです。聖霊を求め、祈りましょう。求める者は得、探す者は見出し、門を叩く者には開かれます(ルカ11章9節)。主は、求める者に聖霊をくださると約束しておられます(同13節)。

 主よ、御名を崇めます。どうか御霊によって汚れを洗い、すすぎ清めてください。御言葉によって命の道に導いてください。主を拠り所とし、すべてを委ねて歩みます。私たちを通して御業を行い、御名の栄光を表してください。 アーメン



5月25日(土) イザヤ書3章

「見よ、主なる万軍の神は、支えとなり、頼みとなる者を、また、パンによる支え、水による支えをも、エルサレムとユダから取り去られる。」 イザヤ書3章1節

 預言者イザヤは、冒頭の言葉(1節)から、エルサレムとユダの滅亡を語り始めます。ここで、「支えとなり(マシュエーン)、頼みとなる者(マシュエーナー)」というのは、「支える」(シャーアン)という言葉の名詞の男性形と女性形です。同じ言葉を重ねてその意味を強調しているわけです。

 ここで、「者」という言葉は、原文にはありません。「エルサレムとユダから取り去られる」ものとして、2,3節に列挙されているのを見ると、それは人であることがは明らかなので、新共同訳は「頼みとなる者」と意訳しているのでしょう。

 しかし、「支えとなり、頼みとなる者」に続いて「パンによる支え、水による支え」と語られているので、「頼みとなるもの」とされるべきではないでしょうか。口語訳は「ささえとなり、頼みとなるもの」とし、新改訳は「ささえとたより」、昨年末に出版された聖書協会共同訳も「頼りとなり、支えとなるもの」になっています。

 岩波訳は、「エルサレムとユダから頼みと支えを除かれる。すなわち、頼みの総てのパンと頼みの総ての水を」と、「すなわち」という接続詞で「頼みと支え」を「頼みの総てのパンと頼みの総ての水」と並置しています。

 「パンによる支え、水による支え」は、まさに生命線です。それが取り去られれば、だれも生きることが出来ません。これは、旱魃や熱波などによる飢饉に見舞われるということが考えられているのでしょうか。

 エルサレムとユダが支えとし、頼みとしていたものについて、続く2節で「勇士と戦士」を挙げており、軍事力あるいは軍事的な指導者を頼みとしていることが分かります。さらに「裁きを行う者と預言者」を挙げて、法的、宗教的指導者を頼みとしていることが分かります。

 そして「占い師と長老」を挙げて、占いや呪いにより、あるいはまた長い人生経験をもとに助言、指導を与える指導者を頼りとしていることが示されます。3節は、2節を別の言葉で繰り返しています。

 そのような指導者たちが取り去られた後には、もはや国を治める力のある者はいません。あるのは、無秩序に荒廃した社会です。指導者がいないので、国の道徳、秩序は乱れてしまいます(5節)。そして、指導者を立てようとしても、それに応じられる者がいません(6,7節)。

 6節の「お前にはまだ上着がある。我らの指導者になり、この破滅の始末をしてくれ」というのは、そんな理由でもつけなければ人が立てられないということであり、また、人々は大変困窮した生活をしているということでしょう。

 イザヤがこの預言を語ったのは、南ユダ王国がバビロンに滅ぼされる100年以上も前のことです。当時は、アッシリアの脅威を退け、平和と繁栄を謳歌していました。ですから、これを聞いたエルサレムの人々は、驚いたことでしょう。あるいは、イザヤを嘲笑したかもしれません。「彼らは舌と行いをもって主に敵対し、その栄光のまなざしに逆らった」(8節)という言葉からもそれが窺えます。

 そもそも、申命記18章10~12節に「あなたの間に、自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占い師、ト者、易者、呪術師、呪文を唱えるもの、口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者などがいてはならない。これらのことを行うものをすべて、主はいとわれる。これらのいとうべき行いのゆえに、あなたの神、主は彼らをあなたの前から追い払われるであろう」と命じられていました。

 それにも拘らず、ユダとエルサレムの人々が頼りとする者として、「占い師」(2節)、「魔術師、呪術師」(3節)が挙げられているということは、彼らがそのような異教の習慣に惑わされて、真の神を頼りとしていないということを明示しています。

 「溺れる者は藁をもつかむ」と言いますが、藁をつかんでも、何の助けにもなりません。イザヤは、ユダとエルサレムの人々が支えとし、頼みとしているものは、やがて取り去られてしまう、実際には頼りにならない藁のようなものだと宣告しているわけです。

 そして、「しかし言え、主に従う人は幸い、と。彼らは自分の行いの実を食べることができる」(10節)と言います。真に頼みとならないものなら、取り去られてしまった方が良いでしょう。そして私たちは、真の助けをお与えくださる主に聴き従うのです。

 主の御言葉に日々素直に耳を傾けましょう。主の御心がどこにあるのか、聖霊の導きを願い、祈り心で黙想しましょう。御言葉に示される教え、戒めを心に留め、誤りを正し、義に導く主の御言葉に聴き従いましょう(第二テモテ書3章16節)。  

 主よ、私たちは天地の造り主であられるあなたを、どんなときでも、おのが避けどころとします。私たちの祈りを聞いてください。日々恵みの御業の内に私たちを導き、まっすぐにあなたの道に歩ませてください。朝ごとに御言葉に耳を傾けます。私たちの心の耳を開いてください。御旨を悟り、喜んで従うことが出来ますように。御名を崇めさせてください。この地に御心が行われますように。 アーメン




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