風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2018年04月

4月30日(月) 列王記上1章

「イスラエルの神、主はたたえられますように。主は今日わたしの王座につく者を与えてくださり、わたしはそれをこの目で見ている。」 列王記上1章48節

 今日から、列王記を読み始めます。現在、上下2巻に分けられていますが、原典は1巻の書物でした。ヘブライ語原典(マソラ本文)をギリシア語に翻訳したとき(ギリシア語旧約聖書=70人訳聖書)、字数が多くなり、2巻に分ける必要が生じたのです。

 また、70人訳聖書では、サムエル記と列王記が「王国の書」として一つに括られています。もしかすると、それが本来の形だったのかも知れません。

 ユダヤ教の伝統では、列王記は預言者エレミヤが書いたものだと言われます。それは、列王記下25章、即ちエルサレムの陥落の記事が、エレミヤ書39,52章にほぼ同じかたちで登場するからです。

 また、マソラ本文では、列王記は預言者の書に入れられています。それは、エレミヤが著したものと考えられているからでしょう。また、ソロモンやヒゼキヤ、ヨシヤという、他の王たちに比べて詳しく紹介されている王たちにまさって、多くの分量を割いて描かれているのが、エリヤ、エリシャたち預言者の記事だということもあるでしょう。

 さらに言えば、この書物が単なる歴史の記述ではなく、イスラエルの歴史の中に表わされた神の御業を通して、私たちが神の御言葉を聴き、御旨を悟るために記されたものだからではないかと考えられます。

 さて、年老いたダビデには、もう国を治めていく力がありません(1節)。それで、誰がダビデの後を継ぐのということが、最大の関心事になります。そのとき、4男アドニヤが「わたしが王になる」と宣言しました(5節)。長男アムノンが3男アブサロムに殺され、アブサロムは父ダビデを追い落とそうとして、逆に命を落としました。現在、アドニヤが、王位後継争いの先頭にいるのです。

 本来なら、2男でアビガイルの子キルアブ(歴代誌上3章1節ではダニエル)がいるはずですが、彼の名が取り沙汰されることはありません。その理由は不明ですが、王位後継が話題になる前に、若くして亡くなったためではないかと考えられています。

 王になると宣言したアドニヤは、軍の司令官ヨアブと祭司アビアタルに相談し、二人の支持を得ました(7節)。そこでアドニヤは、自分の兄弟やダビデの家臣たちを招き、宴会を催しました(9節)。これは、自分の支持基盤を固めるためのものですが、司令官ヨアブと祭司アビアタルが同席していて、事実上の王位継承の儀といってもよいでしょう。

 ただし、列王記の記者は、アドニヤが王位継承の意思を表したのを「ハギトの子アドニヤは思い上がって」(5節)と記しています。即ち、アドニヤが選ばれるべくして選ばれたものではないと、はっきり示しているわけです。また、預言者ナタンや護衛長ベナヤ、そして兄弟ソロモンは招かれませんでした(10節)。彼らは、アドニヤの即位をよしとしない人々です(8節)。

 アドニヤらの動きを知った預言者ナタンが、ソロモンの母バト・シェバに、アドニヤが王になったことを聞いているかと尋ね(11節)、すぐにソロモンを王とするよう、ダビデに働きかけることを進言します(12節以下)。

 ソロモンは主なる神に愛されいて、以前そのことを、ナタンがダビデに示したことがありました(サムエル記下12章24,25節)。それで、ソロモンは「エディドヤ(主に愛された者)」とも呼ばれていました。

 先ず、バト・シェバがダビデに後継者について尋ね(15節以下)、次いでナタンがアドニヤのことを報告して、ダビデの意向を確認します(22節以下)。それを聞いたダビデはバト・シェバを呼び(28節)、ソロモンを王とすることを告げます(30節)。

 そしてすぐに、祭司ツァドクと預言者ナタン、護衛長ベナヤを呼び(32節)、ギホンでソロモンに油を注ぎ、即位式を行うよう命じると(33節以下)、彼らはソロモンをギホンに連れて行き(38節)、ソロモンに油を注いで角笛を吹くと、民は皆、「ソロモン王、万歳」と叫びました(39節)。

 郊外で宴会を催していたアドニヤたちは、ソロモン王即位を祝う角笛の音を聞き(41節)、やって来た祭司アビアタルの息子ヨナタンから、そのときの様子を知らされます(42節)。それで、アドニヤと宴席を共にしていた者たちは、自分たちが勝ち馬に乗り損ねたというか、王位継承の判断を誤ったことを悟り、恐怖に包まれ、それぞれ帰途につきました(49節以下)。

 ダビデは非常に年老いていますが、ソロモンに王位を譲る決定をするとき、王としての使命を果たしています。そして、ダビデには信仰がありました。王位を譲った後、彼は寝床の上でひれ伏し、冒頭の言葉(48節)のとおり、主を賛美します。

 ダビデはここで、主が王座につく者を与えてくださり、それをこの目で見ていると言っています。ダビデにとって、ソロモンの即位は自分の選びや決断ではなく、主なる神の賜物だというのです。

 司令官ヨアブや祭司アビアタルの目には、アドニヤがダビデの後継者となるのに相応しい人物と映ったのですが、主の決定はそうではありませんでした。確かに主は外側ではなく、人の内側、その心を見られます(サムエル記上16章8節)。絶えず主の前にひれ伏す者であるか、主の御旨を求める者であるか、主の御声に聴き従う者であるかが問われているのです。

 そしてそれは、今ここに王とされたソロモンについても例外ではありません。右にも左にも曲がらずに主の道を歩むことは、王となることよりも難しい道でしょう。だから、常に主の御言葉に耳を傾け、その導きに従わなければなりません(詩編119編9節)。

 私たちにも、「心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」(ローマ書12章2節)と求められています。事毎に主の御心を尋ね求める信仰が必要です。それゆえに絶えず祈れと教えられるのです(一テサロニケ5章17節)。それも喜びと感謝をもって(同5章16,18節)。

 何事につけ、感謝を込めて祈りと願いを主に捧げ、主にある神の平和で私たちの心と考えを守っていただきましょう(フィリピ書4章6,7節)。主の導きに従って、行動しましょう。そこに平和の神が共におられるのですから(同9節)。

 主よ、今日も王の王、主の主なるキリスト・イエスの御言葉に耳を傾け、導きに従って歩ませてください。欲に惹かれて道を違えることがありませんように。主の使命を果たすために必要な知恵と力を授けてください。ここ静岡に、そして全日本に、主イエスを信じる信仰の恵みが広げられますように。 アーメン

 

4月29日(日) サムエル記下24章

「その日ガドが来て、ダビデに告げた。『エブス人アラウナの麦打ち場に上り、そこに主のための祭壇を築きなさい。』」 サムエル記下24章18節

 主なる神がイスラエルに対して怒りを発し、ダビデに人口調査をする思いを起こさせました(1節)。軍の司令官ヨアブは、ダビデを思いとどまらせようとするのですが(3節)、王の言葉が厳しく、調査の旅に出発することになります(4節)。

 9ヶ月と20日の調査の旅で(8節)、戦いに出ることの出来る戦士の数がイスラエルに80万、ユダに50万、合わせて130万人に及ぶことが報告されました(9節)。この報告を受けたダビデは、罪の呵責を覚えて主の前に出ました(10節)。

 初めに主なる神が何を怒られたのか、何も記されておりません。また、ヨアブはなぜ、王に対して人口調査を思いとどまらせようとしたのでしょうか。そして、ヨアブの報告を聞いたダビデが罪の呵責を覚えるのは、なぜでしょうか。ここに、主の怒りの真相が隠されているようです。

 兵を数えるのは、それによって軍事力を計ろうとする行為です。兵の数が少なければ、外敵を恐れなければなりませんが、数が多ければそれだけ安心出来ます。そのように、自分の持てる力を知っておくことは、国防上、大切なことではないかと考えられるのです。けれども、イスラエルにとって、国に勝利を与え、平和をもたらしているのは、兵の数と力ではありません。

 かつてサウル王の子ヨナタンが語ったとおり、「主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない」(サムエル記上14章6節)のです。また、ダビデ自身が若者であったとき、「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ」(同17章47節)と語っていました。

 つまり、兵の数の多少は問題ではない、救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないというような、主なる神への絶対的信頼、信仰に立っていれば、兵の数を数え、それによって安心しようという思いになることはないというわけです。

 兵を数えてみようかという誘惑の背後に、主への信頼を失った不安な心か、あるいは、主に頼らずとも自分の持てる力でやっていける、これだけの力を持てば大丈夫だという高ぶりの心があると考えられるのです。

 ということは、そのようなダビデの不信仰や高慢が主の怒りを呼んだわけです。そして、その罪をはっきりさせるために、人口を数えるように、ダビデを誘われたのではないかと示されました。

 ヨアブが、「主がこの民を百倍にも増やしてくださいますように」(3節)といって、人口調査を思いとどまらせようとしたのは、この人口調査にダビデの不安、あるいは高ぶり、そして、主に対する不信を感じたからなのかも知れません。

 主は預言者ガドをダビデのもとに遣わし、7年の飢饉か、3ヶ月敵に追われることか、三日間の疫病か、一つを選べと言わせます(13節)。ダビデは、「主の御手にかかって倒れよう」(14節)と、疫病を選びます。それで、国に疫病が起こり、たちまち7万もの人々が病死します。いわば、これで安心と思っていた力が、主の前に全く何の頼りにもならないことを思い知らされるのです。

 ダビデは、イスラエルの民が御使いに打たれ、疫病で倒れるのを見て、「罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。この羊の群れが何をしたのでしょうか。どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように」(17節)と言います。心が痛み、とても見ていられなかったのです。ここに、ダビデの人間性、主の前に出る謙虚さを見ることが出来ます。

 そこへガドがやって来て、冒頭の言葉(18節)のとおり、主のための祭壇を築くように進言します。祭壇を築くように示されたエブス人アラウナの麦打ち場というのは、主がイスラエルに下された災いを思い返されて、御使いの手を止めさせられたところでした(16節参照)。

 ダビデは告げられたとおり、エブス人アラウナの麦打ち場を譲り受け(19節以下、24節)、そこに主のための祭壇を築き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげました(25節)。すると、主がその祈りに答えられて、疫病はやんだと記されています(25節)。

 ダビデが、災いの一つを選ぶとき、「主の慈悲は大きい」といって、「主の御手にかかって倒れよう」と、疫病を選びました(14節)。

 それは、主の災いを安易に考えていたということではないでしょう。主は恐るべきお方ですが、しかし、その裁きの中にも主の慈悲を信じたのです。そして、それに応じられるかのように、エルサレムを滅ぼそうと手を伸ばす御使いに、「もう十分だ。その手を下ろせ」(16節)と止められました。

 その場所は、後にダビデの子ソロモンによって、壮麗なエルサレム神殿が建てられることになります(歴代誌下3章1節)。サムエル記で「アラウナ」と記されている麦打ち場の持ち主の名が「オルナン」とされていますが、同じ状況を記述している歴代誌上21章1節以下の記事で、「エブス人のルナンの麦打ち場」(同15節など)となっていました。

 また、ソロモンが神殿建築を始めた「エルサレムのモリヤ山」は、かつてアブラハムが神に命じられて、息子イサクを捧げようとしたところでした(創世記22章2節)。その際、独り子をさえ惜しまず捧げようとしたアブラハムを主が止められ(同11,12節)、代わりに木の茂みに角をとられていた一匹の雄羊を捧げました(同13節)。

 この地に、イエス・キリストの十字架が立てられることになります。十字架という祭壇に、「世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1章29節)なる主イエスが、贖いの供え物とされるのです。

 ダビデは、「無償で得た焼き尽くす献げ物をわたしの神、主にささげることはできない」と言って、麦打ち場と牛の代価を払いました(24節)。ダビデの子イエスは、ご自身を贖いの供え物とされ、私たちは全く無償で救いの恵みに与っています。

 主の前に謙り、十字架の主を仰ぎ、心いっぱい主を愛し、主の御言葉に従っていきたいと思います。

 主よ、私たちは心の欲するままに行動していた、生まれながら神の怒りを受けるべき者でしたが、その豊かな憐れみにより、その愛によって、罪のために死んでいた私たちをキリストと共に生かし、共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいます。私たちの主イエス・キリストの父である神がほめ讃えられますように。 アーメン




4月29日(日)主日礼拝案内

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4月29日(日)は、教会学校小学科、少年少女科(中学生~18歳)を9時半から、成人科(18歳以上)を9時45分から行います。
「聖書教育」誌にもとづいて、新約聖書・コリントの信徒への手紙から、共に聖書の学びと交わりを行います。


主日礼拝を10時半から行います。
礼拝では、ルカ福音書10章1~16節より「世界宣教」と題して、原田牧師の説教を聴きます。


写真をクリックすると静岡教会公式サイトの礼拝説教の頁が開きます。
そこで、当日の礼拝プログラムを見ることができます。

 
キリスト教の集会は初めてという方もお気軽にご参加ください。











 

4月28日(土) サムエル記下23章

「イスラエルの神は語り、イスラエルの岩はわたしに告げられる。神に従って人を治める者、神を畏れて治める者は、太陽の輝き出る朝の光、雲もない朝の光、雨の後、地から若草を萌え出させる陽の光。」 サムエル記下23章3~4節

 2節以下は、ダビデの最後の言葉であると紹介されています(1節)。彼はこの詩を、主の霊に導かれて作りました。「主の霊はわたしの内に語り、主の言葉はわたしの舌の上にある。イスラエルの神は語り、イスラエルの岩はわたしに告げられる」(2~3節)と語っているとおりです。その意味では、神から詠うべき言葉を授けられた、預言的な詩ということも出来ます。

 ダビデは冒頭の言葉(3節)で、「神に従って人を治める者、神を畏れて治める者」といって、イスラエルで王位につく者は、神に従い、神を畏れて人を治める者でなければならないと教えています。これは、王となるための心得といって良いでしょう。

 なお、「神に従って」は、「正義(ツァッディーク)」という言葉です。聖書における「義」とは、神との正しい関係という意味ですから、新共同訳はそれを「神に従う」と意訳したのでしょう。

 そして、神に従い、神を畏れて治める者は、「太陽の輝き出る朝の光、雲もない朝の光、雨の後、地から若草を萌え出させる陽の光」(4節)であると語られます。ここに、太陽の光についての言及がなされています。

 それは、「地から若草を萌え出させる陽の光」と記していて、命を育むものであることを思わせます。そのことから、イスラエルの王は、神に従う正しい統治によって、神の恵みをイスラエルにもたらす者であるということが示されているのです。

 「ソロモンの詩」と表題がつけられた詩編72編5,6節でも、「王が太陽と共に永らえ、月のある限り、代々に永らえますように。王が牧場に降る雨となり、地を潤す豊かな雨となりますように」と詠われています。

 しかも、興味深いことに、その詩は「エッサイの子ダビデの祈りの終り」(同20節)という言葉で閉じられているのです。ということは、詩編の編者が、ソロモンはダビデの子なので、これもダビデの祈りではないかと考えたわけです。

 ところで、ダビデの子孫は皆、神に従って人を治める者、神を畏れて治める者でしょうか。6節の「悪人(ベリアル:口語訳、新改訳では「よこしまな者」)」という言葉は、ダビデに逆らう者、従わない者を指していると思われます。

 ここではさしあたり、ダビデの息子アブサロムやビクリの子シェバなどが考えられていると思います。20章1節でシェバのことを「ならず者」と呼んでいます。サムエル記上2章12節ではエリの息子たち、同25章17節ではナバルのことをそう記していました。

 しかし、アブサロムだけでなく、ダビデに連なる者の中から、そう呼ばざるを得ない者が出て来るということではないでしょうか。同30章22節に「ダビデに従って行った者の中には、悪意を持つならず者がいて」と言われています。またサム下16章7節では、シムイがダビデを「流血の罪を犯した男、ならず者」と罵っています。

 22章5節で「奈落(口語訳・新改訳は「滅び」)」と訳されているのも、「ベリアル」です。これは、ダビデを脅かすものということで、アブサロムらのことと言ってもよいですが、ダビデ自身の罪のこととも考えられます。罪がダビデを、抗いようもない力をもって悪へ、滅びへと誘っていくという様子を思い浮かべます。

 そのため、「触れる者は槍の鉄と木を満身に受ける。火がその場で彼らを焼き尽くすであろう」(7節)と警告されているのです。そして、残念ながらというべきでしょうけれども、その悪のゆえに、エルサレムの都がバビロンに攻め落とされ、多くの者が剣によって殺され、町は火で焼き尽くされ、残りの者は捕囚の憂き目を見るという結果を招きました。

 ダビデはしかし、霊の導きによって、もっと先のことを垣間見ていたのではないでしょうか。冒頭の言葉(3,4節)で、ダビデは自分の子孫に、神に従って人を治める者、神を畏れて治める真の王者が出ること、その統治は、輝き出る朝の光のようだと、ここに預言しているわけです。

 それは、預言者イザヤが、「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、乎和の君』と唱えられる」(イザヤ9章5節)と、王なるメシア到来を預言しているのと同じようなものではないでしょうか。

 ヨハネ福音書で主イエスのことを、「言(ことば:主イエスのこと)の内に命があった。命は人間を照らす光であった」(1章4節)、「言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた」(同12節)、「わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に更に恵みを受けた」(同16節)と語っています。

 主イエスは、東方の博士たちに「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」(マタイ2章2節)と呼ばれ、十字架の罪状書きに「これはユダヤ人の王イエスである」(同23章37節)と記されました。

 ダビデの子孫としてお生まれになり、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義とされるために復活させられた(第ニテモテ2章8節、ローマ書4章25節)主イエスこそ、ダビデが詠い、イザヤが預言した、真の「王の王、主の主」(黙示録17章14節、第一テモテ6章15節)なのです。

 主イエスを心の王座、生活の中心にお迎えし、賛美のいけにえ、唇の実を絶えず主にお捧げしましょう。

 主よ、御子イエスを私たちの王の王、主の主として、私たちの生活の中心、心の王座にお迎えします。主は命の神です。私たちの岩なる主を讃えます。主と共にあって、私たちの家は堅く立ちます。真にあなたは、私たちの救いと願いを、すべて育て上げてくださいます。いよいよ御名が崇められますように。 アーメン






4月27日(金) サムエル記下22章

「敵は力があり、わたしを憎む者は勝ち誇っているが、なお、主はわたしを救い出される。彼らが攻め寄せる災いの日、主はわたしの支えとなり、わたしを広い所に導き出し、助けとなり、喜ぴ迎えてくださる。」 サムエル記下22章18~20節

 22章には、「ダビデの感謝の歌」とされる詩が記されています。これとほとんど同じ詩が、詩編18編にあります。1節に言うとおり、ダビデが自分の生涯を振り返り、その時々に救いの御手を伸べてくださった主なる神に対する感謝と賛美の言葉を連ねているという内容です。

 サムエル記上2章1節以下に「ハンナの祈り」とされる歌があり、その歌とこの「ダビデの歌」によって、サムエル記が枠づけられています。即ち、サムエルの誕生からサウルの登場、そして、ダビデに至るイスラエルの歴史は、単なる権力と戦いの物語というのではなく、主の権威、御力による救いの物語であり、それに対して、イスラエルが感謝と賛美をささげるというかたちです。

 この歌には、1節の「救い出す」(ナーツァル)という言葉が、冒頭の言葉(18節)と49節(「助け出す」と訳されている)にも用いられています。また、3節の「救い」(エイシャー)という名詞が36,47節にもあり、同根の「救う」(ヤーシャー)という動詞も、3節に2度(一つは「勝利を与える」と訳出)、4,28,42節(「助ける」)に使われています。

 救いをテーマに、様々な表現を用いているわけで、主なる神は、イスラエルに様々な指導者を立て、正義と公正をもってあらゆる苦難からイスラエルを助け出すようにされたのです。初めはモーセ、次にヨシュア、そして士師たち、預言者サムエル、そしてイスラエルの歴史に初めて登場して来た王たち。しかしながら、イスラエルに真の救いをもたらさられたのは、主なる神御自身だったということです。

 ダビデの人生は苦難の連続でした。内に外に、様々な戦いや試練がありました。若い日には、サウル王に妬まれ、命をつけ狙われました(サムエル記上18章以下)。サウルの死後、自身が王となって、今度は息子アブサロムが謀反を起こしました(サムエル記下15章以下)。その後、シェバの反逆もありました(同20章)。

 そのように、何度も死線を越えるような経験をしています。それを、「死の波がわたしを囲み、奈落の激流がわたしをおののかせ、陰府の縄がめぐり、死の網が仕掛けられている」(5,6節)と詠っています。確かに、私たちにとっても最大の敵は「死」です。誰も、この戦いを免れることは出来ません。そして、誰も死の力に打ち勝つことは出来ません。

 けれども、「苦難の中から主を呼び求め、わたしの神を呼び求めると、その声は神殿に響き、叫びは御耳に届く」(7節)と詠うダビデは、主が救い出してくださるので、どんな相手に対しても、私たちは常に勝利することが出来ると確信しているのです。

 それは、ダビデが助けを求めて主に叫ぶ度に、主が答えてくださったという経験に基づく確信です。ダビデはそれを、冒頭の言葉(18節)のとおり、「敵は力があり、わたしを憎む者は勝ち誇っているが、なお、主はわたしを救い出される」と詠いました。

 また、続けて「彼らが攻め寄せる災いの日、主はわたしの支えとなり、わたしを広い所に導き出し、助けとなり、喜び迎えてくださる」(19~20節)と語っています。苦難の中でも主がダビデを守ってくださったので、今や全イスラエルの王として広い国土を確保することが出来、近隣には敵対する者がいなくなっているという様子を、そこに見ることが出来ます。

 そして、その主を信頼して、私たちにも戦いに勝利するように励ましているのです。「喜び迎えてくださる」(20節)とは、私たちが神様に喜ばれるような良い者であるということではありません。ダビデ自身、その資格があると考えていなかったでしょう。

 むしろ、そのような資格がないにも拘わらず、主なる神はいつでも、主を呼び求める声に耳を傾け、その都度、御手を伸べて守り助けてくださったということを、素直に喜び、感謝しているのです。

 「わたしは主の道を守り、わたしの神に背かない。わたしは主の裁きをすべて前に置き、主の掟を遠ざけない。わたしは主に対して無垢であろうとし、罪から身を守る」(22~24節)とは、ダビデが自分で獲得した境地ではありません。ダビデは主の前に、多くの罪、中でも姦淫と殺人という重罪を犯して来たからです。

 しかしながら、罪が示される度にそれを認め、主の御前に素直に悔い改めました。そして、主はダビデを憐れみ、その罪を赦されたのです。それゆえ、「御目の前にわたしは清い」(25節)と語ることが許されているわけです。

 主は私たちを迎えるために、独り子を犠牲になさいました。主イエスがお生まれになったとき、宿屋には彼らが泊まれる場所がありませんでした(ルカ2章7節)。公生涯に入ってからも、「人の子には枕するところもない」(同9章58節)という日々でした。私たちは主イエスのために場所を用意せず、むしろ、十字架につけて殺してしまったのです。

 しかるに神は、私たちが神の御国に入ることを、喜び迎えてくださいます。「広い所に導き出し」(20節)というとおり、そこはとても広く(詩編31編9節参照)、あらゆる者を迎え入れることが出来ますし、死の波も奈落の激流も、陰府の縄も死の網も届きません。

 そのことで、主イエスをメシア、生ける神の子と信じる信仰を土台としてその岩の上に立てられるキリストの教会には、陰府の力も対抗出来ないと、主イエスが仰いました(マタイ16章18節)。キリストが死の力を撃ち破って甦られたように、私たちも、復活の恵みに与ることが出来るのです(ローマ書6章3~5節、フィリピ書3章10,11節、コロサイ書2章12節、3章1節など参照)。

 主の恵みを喜び、感謝のいけにえ、賛美のいけにえを主にささげましょう。

 主よ、あなたは私たちの灯火であり、私たちの闇を照らしてくださいます。あなたの他に神はいません。あなたは私たちの逃れの岩です。あなたは救いの盾を私たちに授け、私たちを強い者としてくださいます。主よ、国々の中で私たちはあなたに感謝をささげ、御名をほめ歌います。私たちの父である神に、栄光が代々限りなくありますように。 アーメン






4月26日(木) サムエル記下21章

「アヤの娘リツパは粗布を取って岩の上に広げた。収穫の初めのころから、死者たちに雨が天から降り注ぐころまで、リツパは昼は空の鳥が死者の上にとまることを、夜は野の獣が襲うことを防いだ。」 サムエル記下21章10節

 イスラエルで飢饉が三年間続きました(1節)。その原因は、この地方によくある干魃だと思われますが、ダビデが主に託宣を求めると、それは「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある」(1節)と主がお答えになりました。

 ギブオンはべニヤミン族の土地の中にある町ですが、ヨシュアの時代、この町のカナン人が巧みにイスラエルと平和条約を結んで、そこに住み続けていました(ヨシュア記9章参照)。2節で「ギブオン人はアモリ人の生き残りで、イスラエルの人々に属する者ではないが、イスラエルの人々は彼らと誓約を交わしていた」というのは、そのことです。

 サウルがいつギブオン人を殺害したのか、サムエル記にはその記述はありません。それがここで、「ところがサウルは、イスラエルとユダの人々への熱情の余り、ギブオン人を討とうとしたことがあった」(2節)と説明されます。

 カナン人が国内に安住しているのは、イスラエルとユダの人々のためによくないと考えて、それで、サウルは王として彼らを殺害したということでしょう。その罪が呪いとなって、3年続いて飢饉が起こったというわけです。

 それで、ダビデが罪の償いについてギブオン人に尋ねると(3節)、彼らは「わたしたちがイスラエルの領土のどこにも定着できないように滅亡を謀った男、あの男の子孫の中から7人をわたしたちに渡してください。わたしたちは主がお選びになった者サウルの町ギブアで、主の御前に彼らをさらし者にします」(5,6節)と答えました。

 ある註解者が、この話はダビデがサウル家に脅威を感じていて、それを合法的に取り除くために、どこにも証拠のない、飢饉が襲ったのはサウルの罪のためだという神の託宣があったことにしたのであろう。そして、この危機から逃れるために、心ならずもサウル一族の男子7名の命を奪ったという解釈をしています。

 もしも本当に、サウルがそのような罪を犯していたのであれば、預言者サムエルがそれを指摘、糾弾しないはずはなく、そうでなくても、サムエル記の著者がそれを書き残さないはずはないでしょう。

 そうしなかったのは、サウルが実際に行ったという事件なのではなく、ダビデが自分の王座の安定を図るために、主の託宣とギブオン人との契約を利用して、サウル家の者に残忍な利己的行為を行ったことを知らしめるためだと考えるのです。

 だからこそ、サウル家一族の出で、ゲラの子シムイが「出て行け、出て行け。流血の罪を犯した男、ならず者。サウル家のすべての血を流して王位を奪ったお前に、主は報復なさる」(16章7,8節)とダビデを呪って言ったのだと想定しています。

 ことの真偽は不明ですが、王位を守るために不安の種を取り除いておこうとする行為は、ダビデ自身がサウル王から絶えず命を狙われるという経験をしています。また、ヘロデ大王は、ユダヤ人の王として生まれた方があるという情報に基づき(マタイ2章2節)、ベツレヘム周辺の2歳以下の男児を殺させたという事件を起こしました(同16節)。

 それだけでなく、ヘロデは、自分の最愛の妻や子どもたちも、自分の王座を狙っているという中傷、また疑心暗鬼のために殺害したそうです。王というものが持つ悲しさ、愚かさでしょうか。

 いずれにせよ、ダビデは、サウルの子ヨナタンの息子メフィボシェトを渡すわけにはいかないと考え(7節)、サウルの側女リツパの二人の息子と、サウルの娘ミカルの五人の息子を捕らえて(8節)、ギブオン人に引き渡しました。

 ダビデは、サムエル記上20章12節以下でヨナタンと、ヨナタンの家からダビデの慈しみを絶やさないこと、同24章22節でサウルと、サウルの子孫を断たないことを約束していました。リツパは側女であって、その子らはサウルの正統な後継者ではないということ、また、アドリエルに嫁したミカルの子らについても、サウルの後継者ではないということで、約束違反にはならないというのでしょう。

 ここで、ミカルの息子とありますが、実際にはミカルの姉メラブの息子たちのことでしょう。ミカルが結婚したダビデとの間に子はなく(6章23節)、また、アドリエルに嫁いだのはメラブです(サムエル記上18章19節)。

 ギブオン人は、7人の子らをギブアの山で一度に処刑し、主の前にさらし者にしました(9節)。その7人の遺体を、サウルの側女リツパが、冒頭の言葉(10節)のとおり、烏や獣の襲撃から守ったとあります。それは、「収穫の初めのころから、死者たちに雨が降り注ぐころまで」と記されています。

 「収穫の初めのころ」は、9節で、リツパの子らが処刑されたときであり、それは、大麦の収穫が始まることであったと説明されています。「死者たちに雨が降り注ぐころ」とは、大麦の収穫後に降った雨ということになります。

 イスラエルにおいては、12月から3月が雨期で、雨期の始めと終わりの雨が降ります。「収穫の初めのころ」が雨期の終わりで、次の「雨が降り注ぐ」のは12月です。それ以前に降れば、それは季節外れの雨ということになります。いずれにせよ、その雨は干魃が終わりを告げ、飢饉を脱したことを示すものです。ということは、ギブオンの人々の血の呪いが解けたということを示します。

 そんな雨が降るまでということは、実際にどれくらいの日月があったのかは不明ですが、親が子を思うまさに献身的な愛情を、そこに見ることが出来ます。絶えず死体に群がってくる猛禽に立ち向かうというのは、生半可なことではありません。まったく親心の有り難さというものです。

 リツパの行動の報告を受けたダビデは(11節)、ヤベシュ・ギレアドの人々からサウルとヨナタンの遺骨を受け取り(12節)、そして、今回さらし者にされたサウルの子孫の遺骨を集め(13節)、それらを、サウルの父キシュの墓に葬りました(14節)。殺された七人の子に、罪はありません。サウルの罪の身代わりに、その呪いを受けたかたちです。

 私たちは、サウルの7人の子孫にはるかにまさる、神の独り子の血の贖いによって、雨のように降り注いでくる神の恵みに与ることが出来ます。そして主は、昼も夜もまどろむことなく眠ることなく、私たちの盾となり、絶えず右にいて、私たちを討とうとするすべてのものから守ってくださるのです(詩編121編4節以下)。

 この豊かな恵み、御子の命によって与えられる重い恵みを無駄にして、主の御言葉を聴くことの飢饉に陥ることがないように(アモス書8章11節)、常に心して主の御声に耳を傾けたいと思います。

 主よ、あなたの深い憐れみに感謝します。私たちが被るぺき罪の呪いを、神の御子キリストがすぺて身に負ってくださいました。あなたの恵みにより、今の私があるのです。その恵みに応え、その召しに従い、後ろのものを忘れ、前のものに向かって、ひたすら走ります。御名が崇められますように。この地に御心が行われますように。 アーメン



静岡教会公式サイト更新

静岡教会の公式サイトを更新しました。

①「礼拝説教」に4月22日主日礼拝の礼拝プログラムと説教動画(YouTube)を掲載しました。

②「今週の報告」を更新しました。

③「お知らせ」は随時更新しています。

④「今日の御言葉」は毎日更新しています。



御覧ください。



4月25日(水) サムエル記下20章

「わたしはイスラエルの中で平和を望む忠実な者の一人です。あなたはイスラエルの母なる町を滅ぼそうとしておられます。何故、あなたは主の嗣業を呑み尽くそうとなさるのですか。」 サムエル記下20章19節

 アブサロムの謀反を鎮圧して、ようやく王国再統一が出来たと思ったのに、今度はベニヤミン族のシェバがダビデに反旗を翻します。それは、ダビデ王を巡るイスラエルとユダの諍いが発端でした(19章41~44節)。

 どちらが先にダビデを呼び戻そうと言ったのか、どちらが先に行動を起こしたのか、どちらが数が多いのかなど、いずれにしても大した問題ではなさそうですが、言葉を交わすうちに激論となり、ついには戦争にまで発展してしまったのです。こんな些細なことで、戦争に発展してしまうことを、心しておくべきだと思います。

 しかしながら、こうした背景には、ダビデ王家をめぐるユダ部族に対する嫉妬心のようなものがあるのでしょう。だから、シェバの反乱が功を奏していれば、彼がイスラエル(ユダ部族を含まない)の王となり、ベニヤミン族の伝統を引き継ぐことになったことのではないでしょうか。

 ベニヤミン族ビクリの子シェバの檄により、イスラエル10部族はダビデから離れていきます。ダビデは、シェバはイスラエル王国にとって危険な存在だと考えて追跡させます。

 しかし、シェバにはそれほどの力はありませんでした。初めは、イスラエルの民が皆彼に従ったようでしたが(2節)、全イスラエルを通ってイスラエル北端の地ベト・マアカのアベルまで来たとき(14節)、彼に従っていたのは、ごくわずかな人数だったようです。

 新共同訳で「選び抜かれた兵」と訳されているのは、「ベリーム」(ベリ人)という言葉です。新改訳はそのまま「ベリ人」と訳し、口語訳は「ビクリびと」と訳していました。岩波訳も「ビクリ人」として、「原文はベリ(人)」と註をつけています。つまり、シェバと同族のビクリ家の人々だけが、彼に従ったということです。

 上述の通り、ベト・マアカは北の国境線の町です。イスラエルの全部族を通ってそこまで行ったというのは、ダビデの軍に追跡されていると知って、全部族を動員しつつ、陣を敷くべき場所を探したけれども、実際は「イスラエルよ、自分の天幕に帰れ」(1節)と言われて、ダビデのもとを離れて、各々の所領に帰って行ったのでしょう。

 その結果、ならず者と言われたシェバに従う者は乏しく、彼を受け入れるところもなかったわけです。それで、ユダの軍に追われてそこまで逃げたということなのでしょう。

 一方、シェバを追跡するため、ダビデはユダの人々を動員するよう、ヨアブの後任として司令官に任じたアマサに命じました(4節、19章14節)。アマサは、ヨアブとは従弟同士であり、ダビデの妹の子(甥)ですが、アブサロムの反乱のとき、彼はアブサロムについて、軍の司令官に任命されています(17章25節)。

 そんなアマサを司令官にしたのは、反乱に加担したユダ族に対する配慮でしょう。また、「若者アブサロムを手荒には扱わないでくれ」(18章5節)というダビデの命令を守らず、アブサロムを殺害したヨアブを降格させる意図があったと考えられます。

 しかしながら、軍の司令官としては、アマサは力量不足でした。そもそも、アブサロムの軍をまとめて、ダビデの軍としっかり立ち向かうことが出来なかったわけです。今回、ダビデから告げられた「三日」という期日を守ることが出来ませんでした(5節)。

 そこで、シェバにこれ以上時間を与えるのを危険と考えたダビデは、アビシャイに家臣を率いてシェバを追跡するよう命じます(6節)。ここでも、実績のあるヨアブではなく、その兄弟アビシャイを立てるところに、やはりアブサロムを殺したヨアブに対するダビデの思いが現れているようです。

 彼らがギブオンにさしかかったとき、アマサが姿を現しました(8節)。しかし、ヨアブが彼を殺します(10節)。ヨアブが、アブサロムの反乱に加担していたアマサを信用せず、ダビデに危害が及ぶ危険な芽を取り除くということだったと思われます。加えて、軍の司令官に戻りたいというヨアブの思いの表れでもあります。この後、ヨアブが実際上の司令官として、兵を率いています(13節以下)。

 さて、シェバが逃げ込んだ町アベルとは、「牧場」という意味です。そして、ベト・マアカは「搾る家」という意味です。家畜の乳搾りをする小屋の周辺に牧場があるという光景を思い浮かべてみるとよいでしょう。そんな平和な場所が、ユダとイスラエルの戦場になろうとしているのです。

 アベルの町をヨアブの軍が取り囲み、塁を築いて町の城壁を破壊しようとしたとき、一人の女性がヨアブに呼ばわり、冒頭の言葉(19節)のとおり、「何故あなたは主の嗣業を呑み尽くそうとされるのですか」と語ります(19節)。

 女性は、町の長老たちに代わり、知恵をもってヨアブに語りかけ、町を取り囲み、攻め込もうとしている理由を尋ねています。この言葉がなければ、シェバ一人のために、アベルの町が全滅させられていたかも知れません。

 女性の言葉に対してヨアブは、「決してそのようなことはない。呑み尽くしたり、滅ぼしたりすることなど考えてもいない」(20節)と答えます。そして、「ビクリの子シェバという者がダビデ王に向かって手をあげたのだ。その男一人を渡してくれれば、この町から引き揚げよう」(21節)と告げます。

 かつて、アンモン・アラム軍との戦いにおいて、敵が軍を引いて逃げ出した時に、刃を交えないまま引き揚げ、エルサレムに戻ったヨアブでしたが(10章14節)、ここでも、問答無用、勢いに任せて攻め込むなどというのではなく、平和的な解決を選び取る知恵を発揮したのです。

 女性はシェバの首を渡すと約束し(21節)、町の人々のところに行きました。そのとき、シェバ一人のために町を滅亡させてもよいのか、彼を差し出せば町が守られるのだと、町の人々を説得したのでしょう。そして、逃げ込んだシェバの首をはねさせ、ヨアブに投げ落としました。

 ヨアブは角笛を吹いて全軍を帰還させます(22節)。こうして、たった一人の犠牲で、町の平和を守ることが出来ました。そしてそれは、ダビデのもとでイスラエルの平和が保たれることにもなりました。

 ところで、今日の箇所には、シェバが反逆したことについて、神の御心を問う言葉が出て参りません。預言者に尋ねることも、神に祈る言葉もありません。サムエル記の記者は、そのことに気づかせようとしているのではないでしょうか。

 この戦いは、どちらが良くてどちらが悪いというものでもありません。勝てば官軍でもないでしょう。イスラエル民族同士が分かれ争っているところに問題があります。

 主イエスが「どんな国でも内輪で争えば、荒れ果ててしまい、どんな町でも家でも、内輪で争えば成り立って行かない」(マタイ12章25節)と仰いましたが、ダビデを巡る小さな諍いが、国の分裂に発展しました。確かに、力と力の対決は、真の平和を生み出しはしません。相手を思い遣り、その言葉に耳を傾ける心がなければ、一致することは出来ません。

 シェバが「我々にはダビデと分け合うものはない。エッサイの子と共にする嗣業はない。イスラエルよ、自分の天幕に帰れ」(1節)と語っていますが、ソロモンの死後、ネバトの子ヤロブアムがソロモンの子レハブアムに対して同様に語り、イスラエルは南北に分裂してしまいます(列王記上12章16節)。これが、力ずくで自分の思いを成し遂げようとする人間の罪の姿なのです。

 すべての隔ての壁を取り壌して神と和解させ、二つのものを一つにするキリストの十字架が立てられました(エフェソ書2章14節以下。キりストー人の犠牲により、すべての罪が赦され、神との和解が完成しました(第ニコリント5章18,19節)。

 こうして、私たちが外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、キリストにおいて共に建てられ、霊の働きによって神の住まわれる神殿となるのです(エフェソ2章19,21節)。

 パウロは、私たちの神こそ「平和の源」と言います(ローマ書15章33節、16章20節)。御子キリストの贖いの業を通して私たちと和解を成し遂げてくださった平和の源なる神を仰ぎ、日々キリストにある喜びと平安をもって歩ませていただきましょう。

 主よ、私たちはこの世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。けれども、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって神と和解し、神に近づくことが出来ます。聖霊を通して、私たちの心に神の愛が注がれています。ここから、希望をもって前進します。キリストの平和と喜ぴが、全世界に広げられますように。平和のないところに平和を造り出すために、知恵を与えてください。真の知恵に基づいて、行動することが出来ますように。 アーメン




4月24日(火) サムエル記下19章

「あなたたちはわたしの兄弟、わたしの骨肉ではないか。王を連れ戻すのに遅れをとるのか。」 サムエル記下19章13節

 反乱軍の首謀者アプサロムが討ち取られ(18章15節)、ダビデ軍が勝利を収めました。けれども、素直に喜べません。アブサロムはダビデの息子です。本来ならば、王位継承順位で筆頭にいるはずの存在です。ダビデはアブサロムの存命を願いましたが(18章5節)、ヨアブはそれに従いませんでした(同11,14節)。

 ダビデはアブサロムの死を悼み、大声を上げて嘆きます(1,5節)。何故、こんなことになってしまったのでしょう。それはすべてダビデ自身が播いた種、自分の犯した罪の結果であると、改めて思い知らされていたのではないでしょうか。ダビデはむしろ、死ぬべきは若いアブサロムではなく、自分の方だったと考えていたのだと思います。

 そうしたダビデを察してか、凱旋軍が喪に服するかのように、音も立てないようにして都に戻って来ました(3,4節)。彼らはダビデを畏敬し、悲嘆の中から立ち上がるのを、じっと待つのです。 

 それを知った軍の司令官ヨアブは、嘆き続けているダビデのもとに行き、「アブサロムが生きていて、ダビデの兵が皆死んでいたらよかったのか。今出て来て兵に言葉をかけなければ、今後、ダビデのために働く者はいなくなる」と諭します(6節以下)。

 確かに、ダビデのために働いた兵士に感謝をもって報いなければ、今度は彼らが背く者となるでしょう。それで、ダビデは帰還した兵士にようやく労いの挨拶をしました(9節)。

 一方、アブサロムを担いで王にしようとしたイスラエルの人々が、再びダビデを王として迎えるべく、動き始めます(10節以下)。そのとき、態度を決めかねていた部族があります。それは、ユダ族です。その大半がダビデを見限り、アブサロムの側についたのです。特に、ユダの長老たちは、ダビデの報復をどれほど恐れていたことでしょうか。だから、何も出来ずにいたのでしょう(11節参照)。

 中でも、軍の司令官アマサは、ダビデからの懲罰を覚悟していたと思います。アマサはダビデの甥(ダビデの妹アビガイルの子)であり、ヨアブの従弟に当たります(6章25節、歴代誌上2章16,17節)。骨肉の争いといいますが、血を分けた者同士の争いは、他人同士以上の憎しみを生むものでしょう。

 そのような彼らに対して、ダビデの方から働きかけました(12節以下)。長男アムノンを殺し、謀反を起こした息子アブサロムの死を悼み、嘆いていたダビデです。どうして、自分の多数の親族を失うことが出来るでしょうか。

 彼は、腹心の友、祭司ツァドクとアビアタルを通して、ユダの長老たちに自分を王宮に連れ戻すように、伝言させたのです。そして、アマサをヨアブに代えて軍の司令官に迎えると誓うのです(14節)。

 これは、ヨアブが自分の命令に従わずに、息子アブサロムを殺したことに対する報復人事ということなのでしょう。けれども、この言葉は、ダビデの報復を恐れていたユダの人々をどれほど安心させたことでしょうか。ダビデの寛大な処置を、どんなに喜んだことでしょうか。ですから、彼らは一致してダビデを迎えるのです。

 15節に「ダビデはユダのすべての人々の心を動かして一人の人の心のようにした」とありますが、ダビデが寛容さを示していなければ、逆にユダ族は、アマサを自分たちの指導者として立て、ダビデ・イスラエルに敵対する勢力になっていったかも知れません。

 かくてダビデは、クーデター派の人々には、全く報復をしません。誰に対しても寛容さを示しました。それによって、ダビデはイスラエルのすべての部族の再統一に成功したのです。

 主イエスは「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイ福音書5章44節)と命じられました。それは容易く出来ることではありませんが、主イエスご自身、十字架の上で「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか如らないのです」(ルカ福音書23章34節)と、ご自分を殺そうとする人々の赦しのため、執り成し祈られました。

 また、私たちが王なる主イエスを心の王座に迎えるよう、主イエスの方から私たちの心の戸口に立って、その扉をノックされます(ヨハネ黙示録3章20節)。主イエスが、私と共に食車を囲み、互いに親しい交わりをしようと言われるのです。実に、神の御子が私たちの兄弟、私たちの骨肉となってくださったのです。

 朝ごとに主に向かって心を開き、御言葉に従って、心の王座に主イエスをお迎えしましょう。

 主よ、世界は今、様々な力に振り回されています。平和で豊かな暮らしを守るために、知恵が求められています。不安や恐れによって徒に走り回ることなく、あるいは、力づくで相手を言いなりにするというのでなく、互いに信頼し、尊敬し合える関係を築くことが出来ますように。敵を愛し、迫害する者のために祈るように教え、十字架上で実践された主イエスを、絶えず心の王座に迎えます。私たちを主の望まれるような者に造り替えてください。御心がこの地の上でも行われますように。 アーメン





4月23日(月) サムエル記下18章

「王はヨアブ、アビシャイ、イタイに命じた。『若者アブサロムを手荒には扱わないでくれ』。兵士は皆、アブサロムについて王が将軍たち全員に命じるのを聞いていた。」 サムエル記下18章5節

 ダビデ軍の戦いの用意が整いました。ダビデは軍を三つに分け、軍の司令官ヨアブとその兄弟アビシャイ、そして、傭兵のガト人イタイを部隊長に任じます(2節)。ダビデは、兵士たちの要求によって町に留まり(3,4節)、出陣して行くヨアブらに冒頭の言葉(5節)の通り、「若者アブサロムを手荒には扱わないでくれ」と命じました。

 つまり、ダビデがこの戦いで最も気にかけていたのは、息子アブサロムの命だったわけです。そのことは、戦わずしてエルサレムの王宮を明け渡したところにも表れていました(15章14節)。ダビデが出陣しようとしたのも、アブサロムを何とか保護したかったからなのでしょう。この時ダビデは、王としてではなく、父親として振る舞っています。

 ただ、そうはいっても 、アブサロムは謀反人です。だから「我が子アブサロム」ではなく、「若者アブサロム」と言います。また、新共同訳には訳出されていませんが、「リー」=「わたしのため」(口語訳)、「私に免じて」(新改訳)と言っています。アブサロムには同情の余地はないが、ダビデが一人の父親として振る舞いたいと考えているという表現なのでしょう。

 もっとも、ダビデは息子を「若者」と呼びましたが、アブサロムは、決して分別を弁えない成人前の若者などではありません。既に息子三人に娘一人を持つ、40歳の壮年です(14章27節、15章7節)※1。

 しかも、謀反を起こして父親を王の座から追放し、自ら王として振る舞っている男です。そのような人物を生かしておくことは、必ず、将来に禍根を残すことになるでしょう。ダビデの命が常に狙われることになりますし、国内の安定と幸福が絶えず脅かされることになります。

 既に、事態は後戻りを許さないところにまで来てしまいました。もはや、父子が和解し、交わりを回復する時期は過ぎてしまったのです。つまり、軍の司令官ヨアブにとっては、王ダビデを守り、国の安泰を図るために、どうしても謀反人アブサロムは殺さなけれぱならない相手なのです。

 いよいよ、戦いが始まります。戦場は「エフライムの森」と報告されています(6節)。ダビデはマハナイムに陣取り(17章24,27節)、アブサロム率いるイスラエル軍はヨルダン川を渡ってギレアドの野に布陣しています(同24,26節)。つまり、両軍とも、ヨルダン川の東に陣を敷いたのです。

 それなのに、何故また、ヨルダン川を渡ってエフライムの森に戦場を移したのか、よく分かりません。ただ、その戦いはアブサロム率いるイスラエル軍の大敗北で、2万の兵を失いました(7節)。

 森林さえダビデに味方したことが、8節に記されています。そして、イスラエルの王アブサロムも、樫の大木に首をひっかけて宙づりになりました(9節)。「天と地の間に宙づりになった」ということで、神がアブサロムの身柄を捕捉し、それを見つけた者に取り扱いを委ねているかのようです。

 それを見つけた兵がヨアブに報告し(10節)、なぜその場で地に打ち落とさなかったのか」と尋ねます(11節)。それは、迷わず殺せということです。兵が、それは王の命に背くことだとして拒みむと(12,13節)、自ら手を下してしてしまいます(14節)。

 やがて、アブサロム戦死の報が届くと(32節)、ダビデは悲嘆にくれました(19章1節:口語訳は18章33節)。アブサロムは謀反を起こした憎むべき者であり、王位継承者として期待していた長男アムノンを殺害した(13章23節以下)、しばらく顔も見たくないと思った相手です(14章24節)。しかしながら、前述のとおり、確かにダビデにとって愛すべき息子でもあったのです。

 主イエスは、「あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない」(マタイ福昔書7章11節)と語られました。

 自分の子どもに対する父親の愛がそうであるならば、独り子イエスに対する天の父なる神の心は、何と複雑なものだったことでしょう。悪い者を救うために、その独り子を犠牲になさったのです。

 聖なる神にとって「生まれながら神の怒りを受けるべき者」(エフェソ2章3節)である私たち悪しき者の罪を、そのままに放置したり、裁きなしに赦したりするということは出来ません。そこで、私たちを愛し救うために、私たちのすべての罪の呪いを独り子に負わせたのです。

 そして、その罪を徹底的に裁かれました。それゆえ、独り子イエスに十字架の苦しみを味わわせ、陰府にまで落とさなければなりませんでした(使徒2章27,31節参照)。

 主イエスが十字架の上で、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)」(マルコ15章34節)と叫ばれたとき、父なる神はそれをどのようにお聞きになられたのでしょう。父の呻き嘆く声が聞こえるようです。

 私たちはこの神の愛により、恵みによって救われました(エフェソ2章8節)。罪が赦されました(コロサイ1章14節)。神の子とされました(ヨハネ1章12節)。聖霊の導きによって、幼子が父親を呼ぷように、主なる神に向かって「アッバ(お父ちゃん)」と呼ぷことが許されたのです(ローマ8章15節)。主にあって、永遠の命に生きる者としてくださったのです(第一ヨハネ5章11節)。

 感謝をもって主を仰ぎ、絶えず主の御言葉に耳を傾け、御旨に従って参りましょう。

 主よ、私たちは罪人の最たる者ですが、憐れみによって神の子とされ、御愛のうちに生かされています。その恵みを心から感謝致します。常に耳が開かれて、御声をさやかに聞くことが出来ますように。喜びと感謝をもって日々主と共に歩み、委ねられた使命に励むことが出来ますように。御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン

註1・・18節に「アブサロムは…跡継ぎの息子がなく、名が絶えると思った…」とあり、14章27節と矛盾します。諸説あるようですが、三人の子があったけれども、何らかの理由で早く息子たちが亡くなり、石塚を立てていたと考えるのが、一番自然ではないかと思われます。また、15章7節の「40歳になった年の終わりに」を、口語訳、新改訳、岩波訳などは、70人訳(ギリシア語訳旧約聖書)、ペシタ訳(シリア語訳聖書)に従って「4年後に」としています。





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