風の向くままに

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2016年06月

6月20日(月) 哀歌5章

「主よ、わたしたちにふりかかったことに心を留め、わたしたちの受けた嘲りに目を留めてください。」 哀歌5章1節

 5章は、アルファベット数と同じ22節ありますが、アルファベットによる詩ではありません。また、各節1行ずつで22行の詩です。これは、詩編74編のような民の嘆きの歌で、1節で「わたしたちに降りかかったことに心を留め、わたしたちの受けた嘲りに目を留めてください」と求めて、2~18節に民の危機的な状況を述べます。

 神から与えられた嗣業の地は異邦人の支配を受け(2節)、自分たちのものをお金を払って買わなければならなくなりました(4節)。絶えず、飢えと病と剣の危機が待ち受けています(9,10節)。女性は辱められ(11節)、君候、長老処刑され(12節)、若者や子どもは重労働に駆り出されています(13節)。実態を知っているわけではありませんが、終戦直後の満州は、そういう有様だったのではないかと思います。

 18節に、「シオンの山は荒れ果て、狐がそこを行く」とありますが、シオンの山はエルサレムの都が置かれたところで、そこには、壮麗な王宮と神殿が建てられていました。それが荒れ果てたまま放置されているので、狐の住処になったということです。

 それは、「エジプトに手を出し、パンに飽こうとアッシリアに向かった」(6節)という父祖たちの罪の結果です(7節)。即ち、安心安全と繁栄を手に入れるために、主に信頼するよりも、エジプトやアッシリアとの同盟を図り、異教の偶像を拝んだので、主なる神の怒りを買ったのです。それゆえ、「父祖は罪を犯したが、今はなく、その咎をわたしたちが負わされている」(7節)というのです。

 哀歌の作者はしかし、その罪はひとり父祖のもの、先祖の罪の故に自分たちが苦しい目に遭っているというのではありません。16節に、「いかに災いなことか。わたしたちは罪を犯したのだ」と語って、それが現世代の自分たちの罪でもあることを、認めています。

 ただ、イスラエルの民が被った災い、その辛く悲しい状況を、自分たちの罪の報いと認めた上で、だからこうなったのは仕方がない、イスラエルの再興を諦めるなどというのではありません。冒頭の言葉(1節)のとおり、この状況を心に留めてください、わたしたちに目を留めてくださいと、作者は願い訴えているのです。

 ダビデ王朝は倒れ、国は滅びてしまいました。けれども、イスラエルの神、主こそ、まことの王であり、その支配は永遠に続きます(19節)。そこに、作者をはじめ、イスラエルの残された者たちの希望があります。その希望の上に、もう一度国を建てたいと願っているのです。

 だから、「なぜ、いつまでもわたしたちを忘れ、果てしなく見捨てておかれるのですか」(20節)と訴え、「主よ、御もとに立ち帰らせてください、わたしたちは立ち帰ります。わたしたちの日々を新しくして、昔のようにしてください」(21節)と、その憐れみに縋っているのです。

 そのような日は来るでしょうか。主なる神は、イスラエルに目を留めてくださるでしょうか。それとも、激しい怒りによって永久に見捨てられてしまうのでしょうか。

 苦しみの最中にあるとき、「朝の来ない夜はない、トンネルの向こうに明るい光がある」などと言われても、本当にそうだろうか、この夜はわたしの最後ではないか、深い洞窟の迷路に迷い込み、もはや二度と日の光を見ることはないのではないかと思ってしまいます。

 十字架の上で主イエスが、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコ福音書15章34節)と叫ばれた言葉を思い出します。この主イエスの激しい叫びを、神は聞き逃されるでしょうか。もう一度、大声で叫ばれて、そのまま息を引き取られたとき(同37節)、誰もが、この叫びに父なる神が答えてくださらなかった、主イエスは見捨てられてしまったのだと思ったことでしょう。

 けれども、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」(ヘブライ書13章5節)と言われた神は、放蕩三昧に身を持ち崩した息子でさえも駆け寄って喜び迎えてくださる憐れみ深き父です(ルカ15章11節以下、20,22節)。

 マルコは、そのようにして息を引き取られた主イエスを見て、百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」と言ったと記します(マルコ15章39節)。神に捨てられて息を引き取る、それが、神の御子のメシアとしての振る舞いであり、そして、神が私たちを救うための御業であると言い表しているわけです。

 御子キリストの命をもって私たちを贖われる神は、必ず私たちの状況に目を留め、そこから救い出してくださると信じます。だからこそ、この苦しみがいつまで続くのかと尋ね、心を留めてください、立ち帰らせてくださいと訴えるのです。主によって、そうすることが許されているのです。

 主よ、どうか私たちを大いに祝福してください。祝福の地境を広げてぃださい。御手を私たちの上に置き、あらゆる災いから護り、すべての苦しみを遠ざけてください。そうして、一切のことを御心のままに行ってください。あなたこそ、生きておられる唯一の神だからです。御名が崇められますように。 アーメン




6月19日(日) 哀歌4章

「主の油注がれた者、わたしたちの命の息吹、その人が彼らの罠に捕らえられた。異国民の中にあるときも、その人の陰で生き抜こうと頼みにした、その人が。」 哀歌4章20節

 4章は、各節の冒頭の文字がアルファベット順に並んでおり、各節が2行の詩形をしています。
 
 冒頭の言葉(20節)に、「主の油注がれた者、わたしたちの命の息吹」、「その人の陰で生き抜こうと頼みにした」という文言が記されています。これらはいずれも、王を表わす表現と言われます。

 原文では、「わたしたちの命の息吹」(ルーアハ・アペイヌー:「私たちの鼻の息」)が、最初に出て来ます。これは、エジプトの王の伝統的な称号だそうですが、ここでは、それをユダの王に適用しているものと思われます。そしてこれは、王としての役割が、その国の民にとって必要不可欠であることを示しています。

 また、「主の油注がれた者」(メシーアハ・アドナイ)は、まさにイスラエルの王を指す表現です。また、「その人の陰で」(ベツィッロー)とは、神の庇護を表す言葉ですが(詩編63編7節、91編1節など参照)、ここでは、神の代務者としての王の役割を指しているものと考えられます。

 ユダの王ゼデキヤは、ヨシヤ王の息子で、甥のヨヤキン王に代わり、バビロンの意によって立てられた王でしたが(列王記下24章17節)、やがて、バビロンに反旗を翻しました(同20節)。これは、親エジプト派の高官たちの、エジプトを頼りにバビロンからの独立を勝ち取ろうという圧力に抗しきれなかったということでしょう。

 ただ、列王記の記者はそのことについて、「エルサレムとユダは主の怒りによってこのような事態になり、ついに御前から捨て去られることになった」(王下24章20節)と述べており、それが神の差し金だったと言い表しています。

 結局、エジプトが何の助けにならず、エルサレムの都は陥落し、ゼデキヤは厳しい裁きを受けなければなりませんでした。そのことが、17節で「今なお、わたしたちの目は、援軍を求めていたずらに疲れ、救ってはくれない他国をなお見張って待つ」と言い表されています。

 それは、ゼデキヤが主の目に悪とされることを行い、主なる神の御前に謙ることをしなかった結果でした。そして、宗教指導者たちも、罪に罪を重ねるような状態だったので(歴代誌下36章11節以下)、神の怒りを買い、滅びを刈り取るほかはないようにされたのです。

 ダビデ王朝が滅び、エルサレムの都は破壊され、神殿は焼かれて、祭具もすべて奪われてしまうに及んで、ヨヤキンと共に捕囚となっていた民にとって、最後の望みが完全に打ち砕かれた形になってしまいました。

 それからおよそ600年後、神は御自分の独り子をこの世に送り、ダビデ家の子孫として生まれさせられました。イエス・キリストです。キリストとは、「油注がれた者」(マーシーアッハ)をギリシア語訳したものです。主イエスこそ、まことのメシアです。

 主イエスについて、「わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」(ルカ24章21節)と、弟子たちが語っています。「この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者だった」からです(同19節)。

 けれども、ユダヤの祭司長たちや議員たちは、主イエスを死刑にするために引き渡し、十字架につけて殺してしまいました。ローマという異国の民の支配下にいて、主イエスの陰で生き抜こうと頼みにしていた人々にとって、またもやその期待が裏切られる結果となってしまいました。

 悪魔も、これによって全人類を救われるという神の計画を完全に破棄することが出来たと考えたかもしれません。然るに神は、御自分の独り子を殺してしまうような私たち人間の罪をすべて御子イエスに負わせ、十字架につけて滅ぼし、その贖いによって私たちを赦し、永遠の命を与えて神の子として生きることが出来るように、救いの道を開いてくださいました。

 イエス・キリストは、私たち人間の罪の身代わりに十字架で死なれたのです。そればかりでなく、三日目に甦られました。罪と死の力に打ち勝たれたのです。22節に、「おとめシオンよ、悪事の赦される時が来る。再び捕囚となることはない」と記されていますが、主は、再び罪の奴隷としてその呪いを受けることがないように、私たちのすべての罪を赦し、その軛を打ち砕いてくださったのです。

 私たちは今、どんな時にも主メシアなるイエスの翼の陰で守られて、恵みと平安の内に生きることが許されています。主は私たちに、別の弁護者として真理の霊を送ってくださいました。聖霊は私たちにキリストの証人となる力を与えてくださいます。

 絶えずまことの主を仰ぎ、御霊の力と恵みに与って歩ませて頂きましょう。

 主よ、あなたの深い御愛に感謝致します。その憐れみは、永久に尽きることがありません。慈しみの御手の下に謙り、導きに従って歩みます。私たちの耳を開いて、御言葉を聴かせてください。御霊に満たし、主の証人として用いてください。この地に御心がなされますように。御国が来ますように。 アーメン











 

6月18日(土) 哀歌3章

「わたしたちは自らの道を探し求めて、主に立ち帰ろう。天にいます神に向かって、両手を上げ、心も挙げて言おう。わたしたちは、背き逆らいました。あなたは、お赦しになりませんでした。」 哀歌3章40~42節

 3章は、66節からなっています。3節づつ一括りのアルファベット歌、つまり、1~3節の文頭にはアレフ、4~6節の文頭にはベート、7~9節はギメルという具合に、ヘブライ語のアルファベット順の文字が置かれています。

 作者は、「わたしは、主の怒りの杖に打たれて苦しみを知った者」(1節)と語り、自分が苦しみの中にあること、その苦しみは、主なる神の怒りによるものであることを告げています。これは、自分たちが主なる神を怒らせるようなことをしたという罪の告白であり、苦しみを味わっているのが不当なことではないという理解を示すものです。

 そして、その苦しみを様々に描写しており、17節には、「わたしの魂は平和を失い、幸福を忘れた」とさえ言います。さらに18節で、「わたしは言う、『わたしの生きる力は絶えた、ただ主を待ち望もう』と」と語ります。即ち、作者は苦しみの中で、呻きつつも神を仰いでいるのです。それは、自分には神の憐れみ以外に頼るべきものがないことを悟ったということではないでしょうか。

 そこで、「再び心を励まし、なお待ち望む」(21節)と言い、続けて、「主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。それは朝ごとに新たになる」(22,23節)と言い表し、「『あなたの真実はそれほど深い。主こそわたしの受ける分』とわたしの魂は言い、わたしは主を待ち望む」(23,24節)と告白しているわけです。

 ということは、亡国という苦しみを味わうまでは、主なる神に背き、頼りにならないものに頼っていたということでしょう。神が怒って、民を守ることをやめてしまわれた結果、塗炭の苦しみを味わわせられ、そして、自分が依り頼んでいたものがいかに無力なもの、空しいものであるかを思い知らされたわけです。

 ここに、父を裏切って家を出た放蕩息子が、財産をすべて使い果たし、飢饉の中で飢えて死のうとしていたときに、我に返って180度の方向転換をするように(ルカ福音書15章11節以下)、今、この作者をはじめイスラエルの民は方向転換しようとしています。

 神から目を逸らし、御言葉に耳を傾けようとしない背きを改め、正しく神の方向を向き、御言葉に聴き従おうとする方向転換のことを、聖書では「悔い改め」(メタノイア)と呼びます。冒頭の言葉で、「自らの道を探し求めて、主に立ち帰ろう」(40節)というのは、そのことです。

 そして、「天にいます神に向かって両手を上げ心も挙げて言おう」(41節)と語ります。手を上げるのは、神への賛美(詩編134編2節)、あるいは祈りを捧げる姿勢です(同28編2節)。つまり、主を喜び、主に感謝して、「ハレルヤ!万歳!」とほめ讃える表現であると同時に、もうお手上げです、すべてを明け渡して無条件降伏します、私たちを助け導いてくださいと願い求める表現でもあります。

 しかも、「両手を上げ心も挙げて」と言われています。口語訳では「手と共に心をもあげよう」と記されています。これは、手を上げる姿勢というのではなく、心から主に願い求めているということでしょう。「手」は、「腕」(ヤド)ではなく「手のひら」(カフ)という言葉です。開いた手のひらに、心を乗せて差し出すということで、悔い改めた心を見ていただこうという思いの表われのようです。

 かつて、エルサレムには荘厳な主の神殿がありましたし、そこで神に向かって大量の生贄を捧げる盛大な儀式が行われておりましたけれども、神はそれを喜ばれませんでした。そこに、真に神を喜ぶ心がなかったからです。

 詩編51編18,19節に、「もしいけにえがあなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、わたしはそれをささげます。しかし、神の求めるいけには打ち砕かれた霊、打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません」と記されているとおりです。

 ところで、自分の力で心を入れ替えることが出来るでしょうか。私には出来ません。そのつもりはありますが、何とかやってみようと努力はしますけれども、残念ながら、長続きしません。まさにお手上げです。

 そして、神もそれをよくご存じです。手を上げさえすれば、神に頼ると言いさえすれば、背きの罪を赦されるということでもありません(42節)。ですから、作者は、「主よ、生死に関わるこの争いを、わたしに代わって争い、命を贖ってください」(58節)と願っています。

 つまり、自分には買い戻すことの出来ない命を、近い親戚として、主なる神に買い戻してくださいと願っているのです(レビ記25章25節、ルツ記2章20節参照)。それは、一切を主に委ね、その導きに従うほかはないということです。

 「♪慈しみ深き友なるイエスは、罪、咎、憂いを取り去りたもう。心の嘆きを包まず述べて、などかは降ろさぬ、負える重荷を♪」(新生讃美歌431番1節)。

 主の慈しみに信頼し、自分の心をありのまま、神にお見せしましょう。主の御前に身を屈め、心から御言葉に耳を傾けましょう。御旨をわきまえ、喜びをもって導きに従いましょう。

 求める者に聖霊を与えてくださると約束してくださった天のお父様、どうぞ、私たちの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。御救いの喜びを味わわせ、自由の霊によって支えてください。恵みの御業をこの舌は喜び歌います。この口はあなたの賛美を歌います。御名が崇められますように。 アーメン





6月17日(金) 哀歌2章

「立て、宵の初めに。夜を徹して嘆きの声をあげるために。主の御前に出て、水のようにあなたの心を注ぎ出せ。両手を上げて命乞いをせよ、あなたの幼児らのために。彼らはどの街角でも飢えに衰えてゆく。」 哀歌2章19節

 神は、神の都と呼ばれるエルサレムの町を見放され、敵の手によって破壊されるに任されました。1節に、「イスラエルの輝き」と言われるのは、神の選ばれた都エルサレムを指しています(15節参照)。また、「主の足台」は、神殿が置かれた聖なる山シオンのことで、天上に座す主の足台と考えられていました(詩篇99編5節、イザヤ書60章13,14節)。

 「なにゆえ、主は憤り、おとめシオンを卑しめられるのか」と記されています。「卑しめられる」と訳されているのは、「雲で覆う、曇らせる、隠す」(ウーブ)という言葉で、聖書中、ここだけにしか用いられていないという言葉です。口語訳は「黒雲をもっておおわれた」、新改訳は「曇らせ」、岩波訳では「辱めた」と訳しています。

 かつて、雲は神の臨在を表し(出エジプト記13章21,22節、33章9,10節)、民を日照りなどから守る役目を果たしました(同14章19,20,24節)。けれども今や、雲が恵みや守りではなく、神の怒りと裁きの徴となっています。敵の手から守ってもらおうと思っても、主こそ、敵となられたのです(5節)。

 神の救いを祝う祭りも、神を礼拝する神殿も荒れ廃れさせられ、敵の軍勢が歓喜の声をあげています(6,7節)。また、神の御言葉に従うように教え導く王や祭司らも、バビロンに捕らえ移されてしまいました(9節)。

 そのような悲劇を蒙らないように、預言者たちは王や民らの「罪をあばくべきなのに」、「むなしい、偽りの言葉ばかり」を語っていました(14節)。「偽りの言葉」は、「しっくい」(ターフェル)という意味で、汚れを上塗りで隠すという表現です。岩波訳は「粉飾」としています。

 企業が、信用評価を下げないように、損益状況や財政状態を実際よりよく見せようとするため、利益を過大に計上する会計行為を、粉飾決算といいます。しかし、決算を粉飾することは、適切な対応を遅らせ、あるいは必要な対策を取らないことを意味します。それで健全な経営が出来るはずがありません。不正が発覚すれば、一気に信用を失ってしまいます。

 エゼキエル書13章10節に、「平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ」とあるのは、まさにそのことです。平和だという偽りの言葉に惑わされて危険を回避する措置をとらなければ、それは致命的な結果となってしまいます。

 果たして神は、預言者エレミヤを通して、「見よ、わたしはお前たちに災いを備え、災いを計画している。お前たちは皆、悪の道から立ち帰り、お前たちの道と行いを正せ」(18章11節)と語っておられたのに、「それは無駄です。我々は我々の思いどおりにし、おのおののかたくなな悪い心のままにふるまいたいのだから」(同12節)と、その言葉に耳を傾けようとしなかったエルサレムの民に、計画通りの裁きを下され、容赦されなかったのです(17節)。

 ここに来て、何が出来るでしょうか。何をしなければならないのでしょうか。18節で、「おとめシオンの城壁よ、主に向かって心から叫べ。昼も夜も、川のように涙を流せ。休むことなくその瞳から涙を流せ」(18節)と要求します。つまり、自分の罪を悔いて泣けというのです。

 さらに、冒頭の言葉(19節)で、「立て、宵の初めに。夜を徹して嘆きの声を上げるために。主の御前に出て、水のようにあなたの心を注ぎ出せ」と言います。心の奥底にある思い、感情を言い表すようにという意味です。「両手を上げて命乞いをせよ、あなたの幼子らのために。彼らはどの街角でも飢えに衰えてゆく」

 一晩中、悲しみであれば悲しみを、悔やみであれば悔やみを、愚痴であれば愚痴を、そして言葉にならない思いは言葉にならない呻きとして、神の御前に注ぎ出すのです。昼日中は、その日の様々なことに取り紛れていますが、夜に一人静まると、あらゆる思いがこみ上げて来ます。それを包み隠さず、夜を徹して神に告げよう、嘆きの声を上げようというのです。

 それは、幼子の命乞いのためです。深刻な飢餓に見舞われているからです(19節)。「両手を上げて命乞いをせよ」とは、「主に向かって両手を上げよ」という言葉遣いです。手を上げるというのが、祈りの姿勢であり、特に飢えで衰えているという状況から、「命乞い」という訳になったのでしょう。

 その危機的な状況が、「女がその胎の実を、育てた子を食い物にしているのです」(20節)と、我が子を食べるほどの飢えの状態、そして、捕囚後のエルサレムには、「祭司や預言者」はいなかったと思われますが、「主の聖所で殺されている」と、あってはならないような虐殺がなされていると言い表されています。

 「手」は、「手のひら」(カフ)という言葉で、手のひらを主に向けることで、自分には何もないということを示しているようですし、手のひらが主に向かってあげられているのは、まさにお手上げ、降参という姿勢です。勿論、主がその祈りに答えてくださるという保証も約束もありません。しかしながら、イスラエルの民には、主に訴えるほかになす術がないのです。ただ、神だけが最後の望みなのです。

 そして、憐れみ豊かな主は、神の子たちの呻き、嘆きを聞き流されはしません。むしろ、御霊自ら言葉に表せない呻きをもって執り成してくださいます(ローマ書8章26節)。そして、そのく呻きの祈りをとおして、万事が益となるように共に働くのです(同8章28節)。そうして、嘆きが喜びに、呻きが賛美に変えられるときがやって来るのです。

 主に信頼し、心から主なる神に近づきましょう。 主イエスを通して賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。

 主よ、あなたは助けを求める人の叫びを聞かれ、苦難から常に助け出してくださいます。主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる霊を救ってくださいます。御許に身を寄せる幸いに与っています。いよいよ深くあなたの恵みを味わわせてください。あなたを信頼し、御もとに参ります。御霊に満たし、感謝と賛美に溢れさせてください。御名が崇められますように。 アーメン



 




6月16日(木) 哀歌1章

「御覧ください。主よ、この苦しみを。胸は裂けんばかり、心は乱れています。わたしは背きに背いたのです。外では剣が子らを奪い、内には死が待っています。」 哀歌1章20節

 今日から哀歌を読みます。哀歌は、伝統的にエレミヤの作と考えられて来ました。文語訳は、「エレミヤ哀歌(耶利米亜哀歌)」と呼んでいます。だから、日本語訳の聖書はエレミヤ書の次に哀歌を配置しています。

 というのも、ギリシア語訳旧約聖書(セプチュアジンタ=70人訳)には、「イスラエルが捕え移され、そしてエルサレムが捨てられた後、エレミヤは泣きながら座し、エルサレムのためにこの哀歌を作った」という表題がつけられているからです。

 しかし、ヘブライ語聖書(マソラ本文)にはそのような表題はつけられていません。また、哀歌は預言書(ネビーム)ではなく、諸書(ケトゥービーム)の中に、ルツ記、雅歌、伝道の書、エステル記と共に置かれています。つまり、区分が全く違うのです。

 また、歴代誌下35章25節に「エレミヤはヨシヤを悼んで哀歌を作った」と記されています。ただ、哀歌の中には、ヨシヤの名は登場して来ませんし、ヨシヤを悼んでいると思われる箇所もありません。
 
 ということで、ヘブライ語聖書からも、歴代誌との関連でも、哀歌の作者がエレミヤであるとは考えにくいところです。

 勿論、作者が分からなければ、哀歌の価値が下がるというわけではありません。重要なのは、誰が語ったのかということではなく、誰が語らせたのかということです。つまり、真の著者は神ご自身であり、神が作者に霊感を与え、作者の手を通して、聖書を書き記されたのです(第二テモテ書3章16節参照)。

 哀歌は、5つの歌(章)で構成されており、3章を除きすべて22節あります。3章は66節、即ち22の三倍になっています。つまり、すべての歌(章)が22の倍数の節を持っているわけです。

 「22」はヘブライ語のアルファベットの数で、1~4章は、各節の冒頭の文字がアルファベット順に並ぶ、所謂いろは歌であり、3章は、3節ごと同じアルファベットで始まる形式になっています。

 ヘブライ語原典では、1,2章は各節が3行の詩、3,5章は各節が1行、4章は2行です。つまり、1~3章は66行、4章は44行、5章は22行になっています。ということは、1,2章で132行、3~5章で132行になります。

 何か面倒くさいことを記していますが、これらのことで、哀歌がいかに技巧を凝らして作られた詩であるかということをご理解いただけるだろうと思います。日本語訳を50音順にするというのは至難の業ですが、それが出来れば、さらに深く哀歌を味わうことが出来るというものでしょう。

 さて、1節に、「なにゆえ、独りで座っているのか、人に溢れていたこの都が」とあり、続く2,3節で、「夜もすがら泣き、頬に涙が流れる。彼女を愛した人のだれも、今は慰めを与えない。友は皆、彼女を欺き、ことごとく敵となった。貧苦と重い苦役の末にユダは捕囚となって行き、異国の民の中に座り、憩いは得られず、苦難のはざまに追い詰められてしまった」と言われています。

 かつて神に愛され、祝福に満ち溢れていた神の都エルサレムが、バビロン軍によって破壊され、よいものが皆奪われて、都は見る影もなく荒れ果て、民は捕囚の苦難を味わわされたのです。それを、独りぼっちで慰める者のいない有様として描いています。「(だれも)慰めを与えない」という言葉は、9,16,17,21節にも同様に語られます。7節には「助ける者はない」という言葉があります。その寄る辺なさが際立っています。

 「貧苦と重い苦役の末に」について、 原文は「貧苦と重い苦役から」という言葉遣いになっていて、その意味で、「捕囚となって行き」と上手くつながりません。捕囚で貧苦や苦役から逃れられるとは考えられないからです。「捕囚となる」(ガーラー)には「故国を捨てる go into exile」という意味があります。ここでは、「貧苦と重い苦役から国を捨てて逃げ出す」という表現でしょう。

 しかし、作者には、なぜ王を初め、主だった者が捕囚となり、エルサレムに残された者も逃げ出して、かつての神の都が、だれも助ける者がないまま荒れるに任されているのか、理由が全く判らないというわけではありません。むしろ、はっきり分かっています。彼らの本当の敵はバビロンなどではありません。神がイスラエルの敵となられたのです。

 そしてそれは、元を正せば、すべてイスラエルの民の中に問題があったのです。だから、「シオンの背きは甚だしかった。主は懲らしめようと、敵がはびこることを許し、苦しめる者らを頭とされた。彼女の子らはとりことなり、苦しめる者らの前を、引かれていった」(5節)と語られています。

 そして、「主は正しい。わたしが主の口に背いたのだ」(16節)というように、神の御言葉に従い得ない、神に背く思いが彼らの内側にあったのです。背きの罪が、神によって正しく裁かれたと、ここに認めているのです。同様の認識が、8,11節以下の言葉にも示されます。

 そうして、「御覧ください、主よ、この苦しみを。胸は裂けんばかり、心は乱れています」と嘆きながら、「わたしは背きに背いた」と罪を悔いています(20節)。背きに背いた結果、イスラエルの民が悟ったのは、結局、他人(国)は当てにはならないこと、異教の偶像に依り頼むのは空しいということです。

 だから、おのが罪のために神の裁きを受けているのですが、唯一のまことの希望の源である神に向かって呻き声を上げ、嘆きの歌を歌うのです。そして、恵みと慈しみに富む神は、心砕かれて御前に謙る者を軽しめられはしないのです(詩編34編19節、51編19節など)。

 感謝をもって恵みの主を仰ぎ、御前に謙りましょう。その御言葉に耳を傾けましょう。聖霊の導きを頂いて、御心を行う者となりましょう。

 主よ、私たちを憐れんでください。御慈しみをもって、深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐってください。どうか私たちの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。御救いの喜びを再び私たちに味わわせ、自由の霊によって支えてください。そして、私たちの唇を開いてください。この口はあなたの賛美を歌います。いよいよ、御名が崇められますように。 アーメン




6月15日(水) エレミヤ書52章

「ユダの王ヨヤキンが捕囚となって37年目の12月25日に、バビロンの王エビル・メロダクは、その即位の年にユダの王ヨヤキンに情けをかけ、彼を出獄させた。」 エレミヤ書52章31節

 51章の最後に、「ここまでが、エレミヤの言葉である」とありました。エレミヤ書が現在の形になったときの編集者による付加でしょう。

 その言葉が明らかにしているとおり、52章は、エレミヤの預言ではありません。列王記下24章18節以下、25章30節までの記事を、ほぼそのまま再録したものです。また、4~16節(列王記下25章1~12節)は、39章1~14節に記されていました。ただし、列王記下25章22~26節はエレミヤ書にはなく、逆に28~30節は列王記にありません。

 52章は、エレミヤが預言したことがどうなったのか、イスラエルの歴史の中で現実のものとなったのかどうかということを明らかにするために、掲載しているわけです。

 ゼデキヤの代に、イスラエルの国はバビロンによって完全に滅ぼされました。王の目前で王子たちが殺され(10節)、その後、王の両目が潰され、バビロンに連行されて、牢につながれました(11節)。また、神殿や王宮が焼き払われ(13節)、城壁が取り壊されました(14節)。これは、32章4節、34章21,22節、38章23節に告げられていたことです。

 28節以下に、捕囚として連れ去られた民の数が28節以下に記されていますが、第一次バビロン捕囚は、列王記下24章14,16節を見ると、少なくとも1万人はいたはずなので、エレミヤ書では、その数がかなり少なくなっています。何故そうなのか、よく分かりませんが、註解者の中には、これは,家族全員ではなく、家長を数えたのではないか、いう人がいます。それが、一番理解しやすいものと思われます。
 
 かつて、モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民の数が数えられたとき、成人男子の数は60万人余りでした(民数記1章46節、26章51節)。その後、ダビデが剣を取り得る戦士を調べたところ、イスラエルに80万、ユダに50万、あわせて130万を数えました(サムエル記下24章9節)。

 バビロンに捕え移された人の数が、列王記の言う1万人であれ、30節に記されている4千6百人であれ、ごく僅かな数になって今っています。つまり、多くの者が剣に倒れ、あるいは飢えや病で命を落としたわけです(14章12節、29章17節、32章24,36節など)。

 イスラエルの民がエレミヤの預言に耳を傾け、バビロンに降伏して捕囚となることを受け入れていれば、もっと多くの人々が死なずにすんだでしょう。将来に希望をつなぐことが出来たでしょう。主はバビロン捕囚について、「それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」(29章11節)と言われていました。 

 ところで、52章の最後に、ユダの王ヨヤキンの解放の記事があります。ヨヤキンは、父ヨヤキムの死後3ヶ月、王としてユダを治めたところで、攻めてきたバビロンに降伏し、一万の勇士らと共に捕囚となりました。彼が王となったのが18歳(列王記下24章8節)、そして、37年をバビロンの牢獄につながれて過ごしました(31節)。その間、彼が何を考えていたか、どのように過ごしていたのか、全く分かりません。

 しかし、37年目の12月25日、それは、紀元前561年の2~3月のことでしょう。そのとき、突然、牢から出されたのです。それは、エビル・メロダクがバビロンの王として即位したことを受けて、囚人であったヨヤキンに恩赦を与えたというかたちです。

 「情けをかけ」を岩波訳は「恩赦を与え」としています。ただ、これは「頭を上げる」(ナーサー・エト・ローシュ)という言葉で(創世記40章13,19,20節)、王の前に出頭させるという表現です。岩波訳には、「震央の即位に祭司、属国の王たちが改めて臣下の誓いをなしたことと結びついていたはずである」という脚注がつけられています。 

 ヨヤキンが捕囚となった原因は、ヨヤキンの父ヨヤキムがバビロンに反逆したためで(列王記下24章1節)、ヨヤキン自身の罪ではなかったからということでしょう。また、彼はネブカドレツァルの軍に包囲されたとき、抵抗することなく自ら王族と共にバビロン王の前に出て行き、捕らえられました。

 そのためか、ネブカドレツァルから食料を支給された人々とその食料の一覧表を記した粘土板(紀元前592年)がバビロンの王宮蹟から発見されており、ヨヤキンとその子ら5人の息子の名も記されていました。そこでは、ヨヤキンが「ユダの王」と呼ばれ、他の受給者たちより遥かに多くの配給を受けていました。

 とすると、同じくユダの王として牢獄につながれていたゼデキヤに恩赦が与えられなかったのは、彼がネブカドレツァルによって王位に就けられた者であるにも拘らず(列王記下24章17節)、バビロンに反旗を翻したためであり(同20節)、都がバビロン軍に包囲されても降伏を拒否して徹底抗戦したためでしょう(同25章1節以下)。

 マタイ福音書の最初の系図に、「バビロンへ移住させられた後、エコンヤ(ヨヤキンのこと)はシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを」(マタイ1章12節)という記述があります。シャルティエルの子ゼルバベルは、捕囚から解放され、エルサレムに戻って来た一人です(エズラ記2章2節)。ハガイ書1章1節に、「ユダの総督シェアルティエルの子ゼルバベル」と記されています。即ち、ヨヤキンの孫が帰国の指揮を執ったのです。

 ヨヤキンが牢を出され、バビロンの王と共に食卓に着くことになったこと、また、ヨヤキンの孫ゼルバベルが総督となって帰国の指揮をとったということは、ユダの民にとって、「あなた(ダビデ)の家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」(サムエル記下7章16節)という約束が、破棄されてはいないことを示します。

 また、「わたしは数え切れない満天の星のように、量り知れない海の砂のように、わが僕ダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人の数を増やす」(エレミヤ33章22節)という預言が、確かなものとされることを意味しています。そしてそれが、主イエスの系図に連なっているわけです。

 ここに、先に記した「それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」という預言の実現を見ることができます。主にあって、災いとしか見えないようなところを通って、まことの希望を見出すことが出来、そして、その希望は私たちを欺くことがないのです(ローマ書5章5節)。

 主に信頼し、その御言葉に耳を傾けましょう。謙ってその導きに従いましょう。 

 主よ、ヨシヤ王の子らが悪を行って裁かれました。しかし、ヨヤキンが縄目から解放され、バビロン王の食卓に着いたのは、私たちにとって、主に罪赦されてその呪いから解放され、主と共に食卓に着き、親しい交わりが持てるという徴です。主の恵みに感謝し、その導きに従って歩ませてください。主の恵みと慈しみが常に豊かにありますように。 アーメン





6月14日(火) エレミヤ書51章 

「しかし、わたしはバビロンとカルデアの全住民に対し、お前たちの目の前で報復する。彼らがシオンで行ったあらゆる悪に対してと、主は言われる。」 エレミヤ書51章24節

 51章も、バビロンに対する預言が続きます。1節に、「バビロンに対し、レブ・カマイの住民に向かって」とあります。「レブ・カマイ」とは、アトバシュと呼ばれる暗号表記によるカルデア人のことです。アトバシュとは、ヘブライ語のアルファベットのア(アレフ)をト(タウ)、バ(ベート)をシュ(シン)と、逆順に当てはめて読む読み方です。

 それによれば、「レブ・カマイ」は「カスディーム」という言葉になり、これは、カルデア人を示します(4,5節、50章10,45節など)。同様に、「シェシャク」(41節)もアトバシュ表記で、元に戻せば、「バベル」=バビロンという言葉になります(25章26節も)。

 このような表記方法を用いるのは、バビロンの隆盛期にバビロンやカルデア人について否定的に言及するのがはばかられたからでしょう。ただ、「レブ・カマイ」という言葉の前後に「バビロン」という言葉があり、ここで「レブ・カマイ」と隠語的に語る意味はありません。

 最初は「レブ・カマイ」と記されていて、後の編集段階で、「バビロン」と書き換えられたり、あるいは「バビロン」を含む文節が書き加えられたりしたのかも知れません。なお、「レブ・カマイ」とは、「わたしに立ち向かう者の心」という意味です。カルデア人をそのように言うというのは、偶然以上の表現ですね(5節参照)。

 15~19節は、10章12~16節とほぼ同一です。主なる神は、「御力をもって大地を造り、知恵をもって世界を固く据え、英知をもって天を広げられた方」(15節)であり、御声をもって天の万象を支配しておられます(16節)。当然、人が鋳て造った偶像とは比べることも出来ません(17節以下)。

 神は、異教の偶像に仕えるバビロンの民を、「お前はわたしの鎚、わたしの武器であった」(20節)と言われ、イスラエルをはじめ多くの国々を砕き、諸王国を滅ぼす道具として用いられました。これは、7節で「バビロンは主の手にある金の杯」と言われ、25章15節以下、諸国の民に神の怒りを注いで飲ませる杯として用いられるのと同様です。

 けれども、冒頭の言葉(24節)では、「しかし、わたしはバビロンとカルデアの全住民に対し、お前たちの目の前で報復する。彼らがシオンで行ったあらゆる悪に対してと、主は言われる」と記されています。そのことも、神の怒りの杯を最後はバビロンの王が飲むと言われるのと同じです(25章26節)。

 バビロン軍はエルサレムの城壁を打ち破り、神殿を破壊し、町を焼きました。神殿と王宮の宝物をすべて奪い去りました。多くのユダの民を殺しました。そして、王族や高官らをはじめ多くの人々を奴隷として引いて行きました。

 それは、神がバビロンを「鎚」として振るい、エルサレムを砕かれるためで、それらのことはすべて、預言者によって預言されていたことです(22章6,7節、25章9節、26章6節、34章22節、38章18節、イザヤ書39章など)。何が、「シオンで行ったあらゆる悪」と言われていることなのでしょうか。どうして、その悪に対する報復が語られるのでしょうか。

 捕囚とされた民にとって、当時のバビロンの文明は、驚嘆すべきものだったでしょう。そして、否応なく、マルドゥクなどバビロンの神々を拝む生活に引き込まれていったことでしょう。そもそも、イスラエルが神の怒りを買って裁かれたのは、偶像礼拝の罪が原因だったからです。

 それゆえ、偶像の空しさ、偶像を拝むこと愚かさを語り(17,18節)、バビロンに対する裁きを語ることで、イスラエルの民がまことの神に立ち返るように促しているのではないかと考えることが出来ます。

 かつて、エジプトや周辺諸国と組んでバビロンに反抗することを企てた人々がいました。そこには、エルサレムが神の都であり、神の名がおかれた神殿のある町が滅ぼされることはない、必ず神風が吹いて、救ってくれるという考えがあったのではないかと思われます。

 確かに、イスラエルは神の選びの民であり、エルサレムは神の都と呼ばれました。けれども、神の選びが神の守りを保証するのではありません。神の都、そこに建てられた神殿や、町を囲む二重の城壁などがその保証でもありません。神はイスラエルの背きのゆえに、バビロンをエルサレムを裁く「鎚」として選び、用いられたのです。

 しかし、今ここに、そのバビロンが、シオンで行ったあらゆる悪のゆえに神の裁きを受けると告げられました。ということは、イスラエルの民の選びは、彼らが従順にその使命を果たすところにその目的があるのであり、義務を果たさないどころか、異教の神礼拝に走ったイスラエルの民とエルサレムの都が、神に守ってもらえる道理はなかったわけです。

 そう考えると、「彼らがシオンで行ったあらゆる悪」とは、バビロンが行ったことというよりも、むしろ、バビロンの裁きを通して、イスラエルの民がエルサレムとその神殿においてなした罪を思い出させようとしていると言ってもよいのかも知れません。

 主イエスは、「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものはなんでも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである」(ヨハネ福音書15章16節)と言われました。

 私たちが主に選ばれたのは、私たちの資格や能力ではなく、神の憐れみにより、恵みによるものです。そして、私たちには、主の手足となって働くように、使命が授けられています。「出かけて行って実を結び」とはそのことです。

 主に従うとき、その実が残ると約束されています。また、主の名で父に願うこと、即ち、主を信じて祈ることが求められています。そして、願い求めるならば、何でもかなえられると約束されています。

 そのような恵みを授けられた主の御前に恐れ畏み、御言葉に耳を傾けましょう。主と主の御言葉に信頼して、委ねられた神の御業に全力で励みましょう。私たちの労苦が無駄になることはないと、私たちは知っているからです(第一コリント書15章58節)。

 主よ、極東に住む異教の民であった私たちを憐れみをもって導き、主を信じる者としてお選びくださいました。その恵みに感謝し、その喜びを隣人と分かち合う宣教の業に励み、30倍、60倍、100倍の実を結ぶことが出来ますように。主がその願いに応え、祈りをかなえてくだると信じて感謝します。御心がこの地になされますように。 アーメン




近況報告

先日、病院に行きました。
朝一番に血液検査。
そのため、朝を抜いて行きます。
採血が終わってから検査結果が出るまで、最低30分以上待たされるので、診察までの間に軽く朝食を摂ります。
今回は、よもぎパンとミニのクリームパンを持って行き、缶コーヒーを買って、自販機コーナーの長椅子に座って食べました。

およそ1時間ほど待って診察。
血液検査の結果は異常なし。
いつも低めに出るCK値も、今回は正常値の範囲内でした。
生活上も、症状は全く見られないので、これで、ステロイド剤がゼロになりました。
一ヶ月様子を見て、症状が発現しなければ、寛解ということになるのでしょう。

リューマチの症状も出ないように願っています。
健康を維持するため、これからも気をつけていきたいと思います。

皆様のお祈りを感謝します。
引き続き宜しくお願いします。

これまでスクワットなどをやっていましたが、最近は、40分程度のウォーキングも日課にしています。
無理をせず、頑張ります。


今日は、世界献血者デーです。
国際赤十字・赤新月社連盟、世界献血団体連盟、国際輸血学会が2004年に制定しました。
この日は、ABO式血液型を発見した生物学者・カール・ラントシュタイナー(ノーベル賞受賞者)の誕生日です(1868年生まれ)。
赤十字社のサイトに、献血者デーの案内があります。
URL http://www.jrc.or.jp/activity/blood/news/160601_004305.html

また、102年前の1914年の今日、5色のオリンピック大会旗が制定されました。
五輪旗制定記念日です。
わたし自身がオリンピックを知ったのは、1964年の東京オリンピックのときです。
あれから既に50年以上経過したわけです。

変わり種は、「手羽先記念日」。
名古屋市で手羽先店チェーン「世界の山ちゃん」を展開する株式会社エスワイフードが制定しました。
これは、「世界の山ちゃん」の創業記念日なのだそうです。
「山ちゃん」は、代表取締役会長・山本重雄さんの愛称でしょう。
「エスワイフード」は、会長のイニシャルですね。
35年前の1981年の今日、名古屋の新栄に4坪13席という屋台のような小さな店で手羽先の唐揚げを売る店が創業しました。
「世界の山ちゃん」のURL  http://www.yamachan.co.jp/index.html

1981年といえば、結婚して新栄で働き始めたときすが、「世界の山ちゃん」の開店は知らなかった。
しかし、今日、日本各地に59店舗、海外に4店舗を展開、資本金9900万円、年商75億円。
この35年で大きく成長されました。
ますますの発展、繁栄をお祈りします。






 

6月13日(月) エレミヤ書50章

「その日、その時には、と主は言われる。イスラエルの咎を探しても見当たらず、ユダの罪も見いだされない。わたしが、生き残らせる人々の罪を赦すからである。」 エレミヤ書50章20節
 
 46章から、諸国民に対する預言が語られて来ましたが、最後にバビロンに対して、50~51章と大きなスペースをとって、主の言葉が語られます(1節)。初めがエジプト、最後がバビロンというのは、両国がイスラエルを南と北から挟む強大な国であり、共に民を隷属させた国ということなのでしょう。

 2節に、「バビロンは陥落し、ベルは辱められた。マルドゥクは砕かれ、その像は辱められ、偶像は砕かれた」と言われます。「ベル」は「主」という意味で、バビロンの主神マルドゥクを指しています。

 もともと、マルドゥクはバビロンの町の守護神でしたが、この町がバビロニア帝国の首都となったので、帝国の最高位の神として崇められるようになりました。しかし、バビロンが陥落すると、マルドゥクの威光も地に落ち、全く空しいものとなると言われているのです。

 かつて、イスラエルが約束の地に入るに当たり、主なる神は、「あなたの神、主があなたの前から彼ら(アナクの子孫)を追い出されるとき、あなたは、『わたしが正しいので、主はわたしを導いてこの土地を得させてくださった』と思ってはならない。この国々の民が神に逆らうから、主があなたの前から彼らを追い払われるのである」(申命記9章4節)と言われたことがあります。

 その意味で、バビロンがイスラエルをはじめパレスティナ諸国を敗北せしめ、多くの民を捕囚としたのは、バビロンが心正しく神の前を歩んでいたからではありません。イスラエルが神に背き、異教の神々に仕える生活をして、神の怒りを買ったからです。

 そして、70年の時が満ちたとき(25章11,12節、29章10節など)、今度は、「一つの国が北からバビロンに向かって攻め上り、バビロンの国を荒廃させ」(3節)ます。「一つの国が北から」と言われていますが、実際にバビロンを攻めるのは、東方のエラムとメディア(イザヤ書21章2節)、即ちペルシアの国のことです。

 北からの敵という預言について、主はイスラエルを裁くために「北」からバビロンを攻め上らせられました(1章13節以下、4章5節以下、6章22節以下など)。バビロンに向かって「北」から一つの国が攻め上るというのも、それが主なる神の裁きであることを示しているのでしょう。主なる神は、ペルシアの王キュロスに油を注いで(イザヤ書44章28節、45章1節など)、神に背く罪を犯しているバビロンを罰するのです。

 それを17節以下で取り上げ、「そして、イスラエルを元の牧場に連れ戻す。イスラエルはカルメルとバシャンで草をはみ、エフライムとギレアドの山で心ゆくまで食べる」(19節)と言います。これは、北イスラエルに属する地域で、南ユダのみならず、北イスラエルをも含めた回復が告げられているわけです。

 さらに、冒頭の言葉(20節)のとおり、「その日、その時には、と主は言われる。イスラエルの咎を探しても見当たらず、ユダの罪も見いだされない。わたしが、生き残らせる人々の罪を赦すからである」と語ります。

 ここで、「イスラエルの咎を探しても見当たらず、ユダの罪も見いだされない」と言われていることについて、31章34節で、「わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない」と語り、33章8節でも、「わたしに対して犯したすべての罪から彼らを清め、犯した罪と反逆のすべてを赦す」と告げられていました。

 これは、神とイスラエルの民との間に結ばれる、新しい契約のことです。即ち、イスラエルの民は、かつてエジプトを脱出した際、シナイ山において主と契約を結びましたが(出エジプト記24章参照)、今度は、バビロンに捕囚とされた民と新しい契約を結ぼうと言われるのです(31章31節以下、32章40節)。

 イスラエルの民がバビロンから解放されて帰国を果たすことが出来、そして、彼らの罪を赦すと言われるのは、イスラエルの民がバビロンで心正しく歩んでいたからではありません。神のイスラエルに対する深い愛と憐れみのゆえです。そしてこの新しい契約は、御子イエス・キリストが十字架にかかって贖いの死を遂げられたことによって、成立しました(ヘブライ書8,9章参照)。

 私たちも、主イエスを信じる信仰によって、神の子となる資格が与えられました(ヨハネ福音書1章12節)。神の一方的な恵みにより、主との契約関係に入れていただいたのです。

 高ぶってはなりません。いつも主の前に謙り、神の力強い御手の下で自らを低くしましょう。そうすれば、あらゆる恵みの源である神が私たちを高く上げ、完全な者として強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます(第一ペトロ書5章6,10節参照)。

 主よ、あなたは私たちの罪を赦すと宣言されました。そして、御子イエス・キリストの十字架の死と甦りによって、それを確かなものとされました。私たちは、神の変わることのない生きた御言葉によって新たに生まれたのです。その御業に心から感謝して主の御名を褒め称えます。主の福音を力強く証しするため、聖霊に満たされ、その力を受けることが出来ますように。 アーメン





6月12日(日) エレミヤ書49章

「しかし、終わりの日に、わたしはエラムの繁栄を回復すると、主は言われる。」 エレミヤ書49章39節

 49章には、アンモンの人々に向かって(1~6節)、エドムに向かって(7~22節)、ダマスコに向かって(23~27節)、ケダルに向かって(28~33節)と、イスラエルと国境を接する諸国民に対する預言が語られて、最後に、エラムに向かっての預言(34~39節)が記されます。

 アンモンは、エルサレムの東方60㎞のラバを首都とするヨルダン川東部地域の国です。エドムはパレスティナの南南東、死海の南からアカバ湾に至る地域で、「セイルの地、セイル山」と呼ばれることもあります。ダマスコは、ヘルモン山の東方、シリアの中心都市です。ケダルは、パレスティナからメソポタミアに至るシリア・アラビア砂漠の遊牧民です。

 そしてエラムは、バビロンの東、ペルシア湾の北に位置する国です。創世記14章1節に、「エラムの王ケドルラオメル」の名があり、これは実在の人物ですが、ケドルラオメルがパレスティナに攻めて来たという考古学的な証拠は、まだ見つかっていないようです。

 なぜ、このはるか東方の国への預言が、イスラエルに国境を接する国に混じってここに記されているのか、定かではありませんが、「ユダの王ゼデキヤの治世の初め」(34節)という時期、バビロンの記録によると、ネブカドレツァルは、チグリス川の東から攻撃され、これに反撃したそうです(紀元前596~595年)。

 これがエラムによる攻撃ではないかと考えられ、そこで、ネブカドネツァルが東に軍を動かさなければならない事態になり、そのために、はるか西方のパレスティナ、イスラエルへの目配りは、疎かになったものと思われます。

 それを機に、イスラエル国内の親エジプト派がゼデキヤにバビロンに反旗を翻すように、強く求めたのかもしれません(列王記下24章20節)。即ち、バビロンがエラムとの戦いに戦力を割き、それが続くことで、国力を弱めてしまうことになる、あるいは、エラムがバビロンに打ち勝つかも知れないと期待したわけです。 

 それに対して、主は、「わたしは、エラムの弓、彼らの最上の武器を折る」(35節)と語られます。イザヤ書22章6節に、「エラムは矢筒を取り上げ」とあり、彼らは弓の名手であったように読めます。その最上の武器が折られるということで、神がエラムを打たれること、それゆえ、エラムに期待し、あるいはエジプトを頼りとして、バビロンに反旗を翻すという判断は誤っているということを、ここに示しておられるといってよいでしょう。

 38節に、「わたしはエラムから王と貴族を滅ぼし、そこに、わたしの王座を据えると、主は言われる」と記されています。ここで、「わたしの王座を据える」とは、主を神とする王朝が誕生するということではなく、主がエラムを滅ぼすために、そこで裁きの座に着かれるということでしょう(1章15節など参照、岩波訳「わたしは、わが玉座をエラムの中に据え、そこから王と高官たちを滅ぼす。-ヤハウェの御告げ-」)。

 ところが、この預言の最後に、冒頭の言葉(39節)のとおり、「しかし、終わりの日に、わたしはエラムの繁栄を回復すると、主は言われる」(39節)と語られます。

 「わたしは彼らの後ろに剣を送る、彼らを滅ぼし尽くすまで」(37節)と言われていたのに、最後に「繁栄を回復する」と言われるのは何故でしょうか。これは、モアブに対する言葉の最後(48章47節)、そして、アンモンに対する言葉の最後にもありました(6節)。

 モアブとアンモンは、アブラハムの甥ロトの子孫でした。そしてエラムについて、創世記10章22節によれば、セムの子孫とされています。つまり、セムの子アルパクシャドの子孫であるアブラハム(同11章10節以下、26節)の親族ということになりそうです。だから、アブラハムのゆえに、神の選びの民ではないエラムを憐れまれるというのでしょうか。

 イザヤ書21章2節に、「欺く者は欺き続け、荒らす者は荒らし続けている。上れ、エラムよ、包囲せよ、メディアよ、わたしは呻きをすべて終わらせる」と語られています。この「欺く者」、「荒らす者」とは、バビロンのことです(同9節)。神が、エラムとメディアに呼びかけて、バビロンを攻めさせ、打ち倒されるという預言が、ここに語られています。

 バビロンの王ネブカドレツァルを「わたしの僕」と呼ばれた神ですが(25章9節、27章6節、43章10節)、そのバビロンを滅ぼすために、裁きの座を置いて滅ぼし尽くすまで剣を送ると言われたエラムに向かって、「上れ」と呼び起こされるのです。

 神に呼びかけられたエラムとメディア、即ちペルシアによってバビロンが倒された結果、捕囚のイスラエルの民は解放され(紀元前538年)、帰国を許されて、エルサレムの神殿を再建します。かくて、主なる神はあらゆる国民を御自分の計画のために意のままに用いられ、そしてそれは、イスラエルと無関係ではないことが示されます。

 深い憐れみをもって私たちを招き、御業のために呼び出してくださる主なる神に素直に耳を傾け、導きに従って歩みましょう。 

 主よ、エラムを憐れみ、用いられたように、私たちにも目を留め、御旨を行うために選び立ててくださったことを感謝します。私たちが選ばれたのも、あなたの憐れみ以外の何ものでもありません。主よ、どうかこの国を憐れみ、聖霊の風を吹かせ、救霊の働きを前進させてください。私たちの教会をリバイブし、御業のために用いてください。御名が崇められますように。 アーメン




プロフィール

pastabco

記事検索
最新コメント
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ギャラリー
  • 11月10日(日)主日礼拝案内
  • 11月3日(日)主日礼拝説教
  • 11月3日(日)主日礼拝案内
  • 10月27日(日)秋期特別礼拝説教
  • 10月27日(日)秋期特別礼拝説教
  • 10月27日(日)秋期特別礼拝説教
  • 10月27日(日)秋の特別礼拝案内
  • 秋の特別礼拝ご案内
  • 10月20日(日)主日礼拝説教
  • 10月20日(日)主日礼拝案内
  • 10月13日(日)主日礼拝説教
  • 10月13日(日)主日礼拝案内
  • 10月6日(日)主日礼拝説教
  • 10月6日(日)主日礼拝案内
  • 9月29日(日)主日礼拝説教
livedoor 天気
「J-CASTニュース」は提供を終了しました。
楽天市場
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ