風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2016年04月

4月30日(土) エレミヤ書6章

「わたしはあなたをわが民の中に、金を試す者として立てた。彼らの道を試し、知るがよい。」 エレミヤ書6章27節

 1節以下に、エルサレムへの裁きが宣告されます。「災いと大いなる破壊が北から迫っている」と言われていることから、神がバビロンを、エルサレムを裁く器として用いられることが分かります。テコアは、エルサレム東南の丘陵にある、預言者アモスの故郷です。ベト・ケレムは、エルサレムの西方にあったと考えられています。角笛やのろしは、戦いの合図で、いよいよ戦いがエルサレムに臨むということです。

 その合図を受けて、「羊飼いが、その群れと共にやって来る」(3節)と言われます。「羊飼い」(ローイーム)は、2章8節で「指導者」と訳されています。つまり、王が軍隊と共にやって来るということです。「彼女」たるエルサレムに向かって陣を敷きます。6節には、周辺の木が切り倒され、土塁を築く材料とされることが記されます。

 神は、「エルサレムよ、懲らしめを受け入れよ。さもないと、わたしはお前を見捨て、荒れ果てて人の住まない地とする」(8節)と言われています。つまり、バビロンがエルサレムを陥落させることが神の御心で、その災いを神の懲らしめとして、民が神の御前に悔い改めることを願っておられるのです。そうでなければ、徹底的な裁きが臨み、エルサレムの都が、人の住まない荒れ野になってしまいます。これは、まさに最後通牒なのです。

 しかしながら、民はエレミヤの言葉に耳を貸しません。「誰に向かって語り、警告すれば聞き入れるのだろうか」(10節)とはそのことを示します。御言葉を語っても、民は主を侮り、それを受け入れようとしないのです(10節)。

 「耳は無割礼」について、使徒言行録7章51節でステファノが、「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち」と語っていました。神の御告げに耳をふさぎ、預言者を嘲る行為は、無割礼の者、即ち、神の民ではないというしるしというわけです。

 神の警告を嘲笑され、受け止めようとしないなら、語っても無駄です。けれども、だんまりを決め込もうとすると、今度は主が、「それを注ぎ出せ、通りにいる幼子、若者の集いに」(11節)と言われるので、エレミヤは徒労感で疲れ果ててしまいます。

 民の中には、エレミヤの預言を聞き、アッシリアに打ち勝ったバビロン帝国の台頭に不安を抱く者も少なからずいたと思われますが、そんな時、預言者から祭司に至るまで、民を欺いて、「平和、平和」(シャローム、シャローム)と言います(13,14節)。つまり、大丈夫、心配することはないというのです。

 本当に大丈夫なら、本当に「平和」であるなら、確かに何の心配もありません。しかし、たとえば重傷で一刻の猶予もならないというときに、適切な治療をせず包帯を巻いて、もう大丈夫というだけであれば、それは、自分の無知無能ぶりをさらしているのだと、主が言われています(15節)。それは、神の裁きを前に、まことの癒し主である主に尋ね、その御言葉に聴き従うことなしに、真の癒しを得ることは出来ないということです。

 主イエスが、汚れた霊に取りつかれた子どもを癒されたことがあります(マルコ福音書9章14節以下)。初め、主イエスが不在で、弟子たちが霊を追い出そうとしましたが、出来ませんでした。なぜ出来なかったのか議論しているところに主イエスがお戻りになり、事情を聞かれます。そのとき主イエスは、「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる」(同23節)と言われました。そして、霊を追い出してしまわれました。

 後から弟子たちが、「なぜ、わたしたちは追い出せなかったのでしょうか」(同28節)と尋ねると、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできない」(29節)と言われました。

 ここで主イエスは、祈りさえすれば、信仰のあるクリスチャンなら誰でも、霊を追い出せるという、悪霊追放のノウハウを仰っておられるのではありません。弟子たちは、勿論祈って霊を追い出そうとしたことでしょう。彼らは主イエスを信じる者でしょう。けれども、その時彼らは、汚れた霊を追い出すことが出来なかったのです。

 祈りという「方法」で霊を追い出すということではなく、祈りを聞かれる主が、汚れた霊を追い出してくださるということです。主イエスこそ、なんでもお出来になる方であると信じてお頼りする、主に問題を委ねる、それが信じる者の態度、祈りの姿勢ということでしょう。

 冒頭の言葉(27節)で神はエレミヤに、「わたしはあなたをわが民の中に、金を試す者として立てた」と言われました。金鉱石を600度を越える温度で溶かし、そこから不純物を取り除いて純金を取り出します。1トンの鉱石から採れる純金は僅か40グラムです。エレミヤの預言が、金を試す火のような役割りを果たすということです。

 それは、イスラエルにとって、厳しい言葉が語られるということです。彼らがその言葉の前に謙り、聴き従うならば、信仰が清められ、高められることでしょう。もし聴き従わないならば、彼らの信仰は「青銅や鉄の滓」のように、つまり、捨てられて当然のものということが表されるということです。

 エレミヤは、彼の語る預言の言葉が、民に受け入れられず、むしろ侮られていることを、痛みに感じていました。しかし、その痛みは、神ご自身の痛みであり、悲しみでした。民がご自身を信頼せず、その道に歩まない「滓」のような存在であることが、いよいよ明らかになったからです。

 16節に、「さまざまな道に立って、眺めよ」とあります。口語訳は「分かれ道に立って、よく見」、新改訳は「四つ辻に立って見渡し」と訳しています。「幸いに至る道」を見出して、「その道を歩み、魂に安らぎを得よ」というのです。

 私たちにとって、主イエスこそ、その道です。主イエスは、「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ福音書14章6節)と言われました。この道を主と共に歩んで、永遠の安息に入らせていただきましょう。  

 主よ、私たちはあなたの深い憐れみによって主を信じる信仰に導かれ、バプテスマを受けて主の教会に加えられました。恵みと導きに感謝致します。委ねられた務めは、主イエスの証人として、キリストを知るという知識の香りを周囲に漂わせることです。神に献げられる良い香りとして用いられるように、私たちを御言葉と御霊を通して、清めてください。御心が行われますように。御国が来ますように。 アーメン






4月29日(金) エレミヤ書5章

「ぶどう畑に上って、これを滅ぼせ。しかし、滅ぼし尽くしてはならない。つるを取り払え。それは、主のものではない。」 エレミヤ書5章10節

 1節で、「エルサレムの通りを巡り、よく見て、悟るがよい。広場で尋ねてみよ、ひとりでもいるか、正義を行い、真実を求める者が。いれば、わたしはエルサレムを赦そう」と言われます。これは、創世記18章で、ソドムの町のために執り成すアブラハムの言葉を思い出します。

 アブラハムは主に向かい、「あなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか」(同23,24節)と尋ね、「正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう」(同26節)という答えを引き出します。

 それから、45人、40人、30人、20人、最後は10人にまで数字を減らしました。しかしながら、ソドムの町に10人の正しい者を見出すことは出来ませんでした。その結果、ソドムの町は滅ぼされてしまいます。

 1節では、「ひとりでもいるか」と神が尋ねられています。これは、「ひとりもいない」ということです。「いれば赦そう」と言われますが、結局、赦せないということになります。ソドムの町が滅ぼされたのも、そこに一人も正しい者がいなかったからでしょう。アブラハムの甥ロトとその家族がいましたが、彼らを正しい者とカウントすることが出来なかったわけです。

 さらに、そのように執り成していたアブラハム自身、自分がその正しい者の一人でないことを自覚していたのではないかと思います。それゆえ、わたしに免じて、ソドムを赦してくださらないかと主に願うことも出来なかったのです。

 5節に、「『身分の高い人々を訪れて語り合ってみよう。彼なら、主の道、神の掟を知っているはずだ』と。だが、彼らも同様に軛を折り、綱を断ち切っていた」と言われます。正義と公正をもって国を治めるべき王や祭司、預言者らも、神の目に、正義を行い、真実を求めるものではなかったというのです。

 当時、聖書を手にとって読むことが出来たのは、祭司と王だけです。つまり、祭司や王は、イスラエルの民が神の御言葉に聴き従うよう教え導く務めを担っていたわけです、だから、彼ら自身が御言葉に倣い、御言葉に生きつつ、民にもそうするように教えなければ、イスラエルの民は、主の道、神の掟を学ぶ術を持ち得ませんでした。

 そこで神は、冒頭の言葉(10節)にあるとおり、「ぶどう畑に上って、これを滅ぼせ」と言われます。5章7節に「イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑」と言われていたとおり、「ぶどう畑」とはイスラエルのことを指しています。「つるを取り払え。それは主のものではない」と言われていますので、幹だけにするということでしょう。

 主イエスが、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である」(ヨハネ福音書15章1節)と言われ、続いて「わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」(同2節)と言われました。

 この関連から、実を結ばないイスラエルは、取り払われてしまうことになります。そして14節で、「この民を薪とし、それを焼き尽くす」というのですから、取り払われた枝が、燃やされてしまいます(ヨハネ15章6節も参照)。そのように、北からの脅威バビロンによってイスラエルは略奪され、焼き滅ぼされてしまうのでしょう。15~17節にそれが語られます。

 神の怒りを買い、イスラエルもこれでおしまいかと思いきや、神は、「しかし、滅ぼしつくしてはならない」(10節)と言われます(18節、4章27節も参照)。これは、イスラエルの民が全滅させられるのではなく、捕虜としてバビロンに連れて行かれること、即ちバビロン捕囚のことを預言しているのです。

 それは、捕囚の民がエレミヤに、「何故、我々の主なる神はこのようなことを我々にされたのか」と尋ねるなら、「あなたたちはわたしを捨て、自分の国で異教の神々に仕えた。そのように、自分のものでない国で他国民に仕えねばならない」と答えよと、19節に記されているからです。

 これは、異教の神を慕って偶像礼拝をすれば、異国の奴隷にされるという因果応報の教えですが、しかし、徹底的に滅ぼし尽くしはしない、捕囚の民としてイスラエルの「残りの者」(イザヤ書4章3節、10章20,21,22節など)が生き残り、彼らにおいてイスラエルの未来が開かれます。それは、まさに主が慈しみ深く(3章12節)、イスラエルを憐れまれるからです(4章19節参照)。

 十字架に示された主の深い憐れみにより、その恵みに生かされた者として、主の御言葉に耳を傾けましょう。主の御業に目を留めましょう。主の御心を行う者とならせていただけるよう、御霊の導きを祈りましょう。

 主よ、あなたから離れては、実を結ぶことが出来ません。さらに豊かに実を結ぶために手入れをなさると言われています。どうか、あなたにふさわしくないものを私たちから取り除いてください。御言葉と御霊によって清めてください。主の十字架を仰ぎます。御言葉を慕い求めます。御霊に満たし、導きに従って歩ませてください。 アーメン





4月28日(木) エレミヤ書4章

「まことに、主はこう言われる。『大地はすべて荒れ果てる。しかし、わたしは滅ぼし尽くしはしない』。」 エレミヤ書4章27節

 5節以下には、「北から災い」(6節)がもたらされることが語られます。これは、1章13節の「煮えたぎる鍋」の幻、続く14節で「北から災いが襲いかかる」と告げられていたものです。この災いをもたらす敵は、7節で、「獅子」、「諸国の民を滅ぼす者」と言われています。

 エレミヤが預言者としての働きを始めた頃、バビロンはまだ新興勢力で、イスラエルを圧迫するアッシリアを滅ぼす希望の星として期待していたようです。岩波訳の注には、「好戦的な騎馬民族のキンメリア人やスキタイ人を指すものと解される」とあります。

 アッシリアは、バビロン軍に首都ニネベを落とされ、エジプトの助力を受けてカルケミシュで失地回復の戦いに臨みますが、この戦いに敗れて、歴史の表舞台から姿を消すことになりました。バビロン軍は、その後、ヨヤキムの代にエルサレムに攻め上ってきました(列王記下24章1節)。以来、北の脅威はバビロンになりました。

 ヨヤキン王のとき、バビロン軍に都を包囲されて、王族に家臣、高官たちを捕虜としてバビロンに連れて行き、代わりにヨヤキンの叔父マタンヤを傀儡の王として立てました(同24章10節以下)。後にマタンヤ改めゼデキヤがバビロンに反旗を翻したので(同24章20節)、再びエルサレムがバビロン軍に包囲され、徹底的に破壊されることになりました(同25章1節以下)。それをさせられたのは、主なる神です。

 エレミヤが語った北からの脅威は、岩波訳のようにキンメリアやスキタイだったのか、それともバビロンのことを預言したのか、確かなことは分かりません。いずれにせよ、預言の通り北から押し寄せてイスラエルを滅ぼしたのは、バビロンだったのです。

 8節に、「主の激しい怒りは我々を去らない」とあります。「去ら(ない)」は、シューブという動詞です。何度呼びかけて立ち帰らない民に臨んだ激しい怒りが、彼らから立ち帰らないようにされたという言葉遣いです。即ち、北からの災いとして繰り返し攻め上って来たバビロン軍は、主の激しい怒りの表れだったということです(列王記下24章20節参照)。

 23節以下で、「わたしは見た」が4回繰り返されます。ここに、イスラエルが徹底的に荒らされ、滅ぼされることが語られています。

 預言者が最初に見たのは、「大地は混沌とし、空には光がなかった」(23節)という光景です。「混沌」と訳されている言葉は、聖書中、この箇所と創世記1章2節に記されているだけです。創世記では、混沌とした地に光が造られたと記されていますが、この箇所は、全地の秩序が失われて混沌とした世界に戻り、そこには光もないと語られて、ちょうど創世記の天地創造の映画を逆回ししているようです。

 次に見たのは、「山は揺れ動き、すべての丘は震えていた」(24節)という光景です。「国破れて山河あり」(杜甫「春望」)という詩のごとく、山や丘は不動のものの象徴ですが、安定と秩序が失われるということです。

 3番目は、「人はうせ、空の鳥はことごとく逃げ去っていた」(25節)という光景です。神はご自分と交わりの出来る存在として人を創られましたが、人は神に従うことをよしとしませんでした。再三「立ち帰れ」1節、3章14節以下)と呼びかけられても、それに応じなかったので、北からの災いによって、人も空の鳥も住まないような廃墟になってしまいます。

 最後に、「実り豊かな地は荒れ野に変わり、町はことごとく、主の御前に、主の激しい怒りによって打ち倒されていた」(26節)という光景を見ました。地を耕して産物を得ることが、主なる神から最初の人アダムに与えられた使命でした(創世記2章15節)。アダムが神に背いてエデンの園を追い出されたように、イスラエルは裁かれて砂漠の向こうに追放され、乳と蜜の流れる実り豊かな地は、荒れ果ててしまうのです。

 しかしながら、かく語りつつも、神はイスラエルを、また全世界に住むすべての者を滅ぼし尽くそうと考えておられるわけではありません。27節に、「大地はすべて荒れ果てる。しかし、わたしは滅ぼし尽くしはしない」と語られているからです。滅ぼし尽くさないと言われるのは、ひとえに神の憐れみです。厳正に罪が裁かれれば、神の怒りを免れることは不可能です。

 19節に、「わたしのはらわたよ、はらわたよ。わたしはもだえる。心臓の壁よ、わたしの心臓は呻く」と記されています。「はらわた」は、感情の宿る場所と考えられていました。「断腸の思い」に通じるような表現です。また、心臓は呻く」も、心臓が破裂するような思いということでしょう。

 これは、御自分が選ばれたイスラエルの民を裁かねばならない神の呻きであり、そして、同胞が蒙る災いの預言を語るエレミヤ自身の呻きです。それはまた、神に裁かれて苦しむイスラエルの民の呻きに連なるものでもあります。

 神は、おのが罪の裁きのために呻き苦しむ民のために、永遠の救いの計画を実行に移されました。それは、独り子のイエス・キリストの十字架の死によって、私たちの罪を贖うという計画です。

 主イエスは、私たちが「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれ」ました(マタイ福音書9章36節)。ここで、「深く憐れむ」(スプランクニゾマイ)という言葉が、はらわたが痛むという言葉なのです。主イエスは、私たちの罪をご自分の身に背負い、十字架に命を献げられたのです。その贖いにより、私たちは罪赦され、永遠の命が授けられ、神の子として生きる恵みに与っているのです。
 
 常に主に立ち帰りましょう。主は生きておられます。「真実(エメト)と公平(ミシュパート)と正義(ツェダカー)」(2節)、それは、主イエスによって実現される神の国の世界です。その恵みに与り、主の祝福の源なるアブラハムの子としての使命を全うさせていただきましょう。

 主よ、あなたが選ばれたイスラエルの民があなたに背きました。繰り返し憐れみをもって呼びかけられましたが、彼らは頑なに悔い改めを拒みました。それゆえ、救いが異邦人の私たちに広げられることになりました。救いの恵みに与らせてくださり、心から感謝致します。今、私たちを憐れまれたその憐れみをもって、イスラエルの民も救いに導いてくださると信じます。皆で神の子としての恵みと使命に生きることが出来ますように。そうして、いよいよ御名が崇められますように。 アーメン




4月27日(水) エレミヤ書3章

「行け、これらの言葉をもって北に呼びかけよ。背信の女イスラエルよ、立ち帰れと、主は言われる。わたしはお前に怒りの顔を向けない。わたしは慈しみ深く、とこしえに怒り続ける者ではないと、主は言われる。」 エレミヤ書3章12節

 3章には、「立ち帰れ」と呼びかける言葉が4度出て来ます(7,12,14,22節)。このように繰り返し呼びかけられるということは、神がユダの民が立ち帰るのを、諦めず憐れみをもって待ち続けていてくださるということです。しかしながら、イスラエルはこのような神の呼びかけにも拘らず、神に立ち帰ろうとしていないということです。

 1節に、「もし人がその妻を出し、彼女が彼のもとを去って他の男のものとなれば、前の夫は彼女のもとに戻るだろうか。その地は汚れてしまうではないか。お前は多くの男と淫行にふけったのに、わたしに戻ろうと言うのかと、主は言われる」とあります。妻が離縁されて他の男と再婚すれば、死別や離縁などになっても、前の夫ともう一度ヨリを戻すことは出来ません(申命記24章1節以下)。

 因みに、ここで「戻るだろうか」、「戻ろう(というのか)」も、「立ち帰る」と同じ「シューブ」という動詞が用いられています。他に、19節の「離れる」も「シューブ」ですし、「背信」 と訳されている12節の「メシューバー」(名詞)、14,22節の「ショーバー」(形容詞)も同根の言葉です。エレミヤ書全体でこれらが128回用いられており、「立ち帰る」ことが、本章のみならず、預言者エレミヤにとって最重要のテーマであることが示されます。

 1節で、夫は神、妻は南ユダ王国の民を指しています。彼らは神を離れ、自分の思いのまま欲に引かれて淫行にふけって来たと言われます。であれば、再び立ち帰ることは不可能ということになります。そう語られるのは、神の「立ち帰れ」という呼びかけに応えるのではなく、今日はこちら、明日はあちらと自分の好きなように相手を変え、それに飽きたら元に戻ろうかなどというような振る舞いは許されるものではないということです。

 6節以下に、南ユダの裁きが記されます。「ヨシヤ王の時代」(6節)、国中の偶像を廃棄し、ただ主にのみ仕えるという宗教改革が行われました。北イスラエルは、紀元前721年にアッシリアによって滅ぼされました。南ユダはそのとき、ヒゼキヤがイザヤに執り成しを願い、その結果、難を逃れました。苦しいときの神頼みという状況でしたが、それでも、憐れみ深い主はヒゼキヤの祈りを聞き届けてくださったのです。

 ところが、ここで神は、「背信の女イスラエルが姦淫したのを見て、わたしは彼女を離別し、離縁状を渡した。しかし、裏切りの女であるその姉妹ユダは恐れるどころか、その淫行を続けた。彼女は軽薄にも淫行を繰り返して地を汚し、また石や木と姦淫している。そればかりでなく、その姉妹である裏切りの女ユダは真心からわたしに立ち帰ろうとせず、偽っているだけだ」(8~10節)と言われます。

 さらに、「裏切りの女ユダに比べれば、背信の女イスラエルは正しかった」とさえ語られます(11節)。即ち、ヒゼキヤ王やヨシヤ王による南ユダの宗教改革は、外面的なものであって、それは真心からなされているものではなかった。ここまで好き勝手して、結婚生活を維持することは出来ないと、厳しく非難しているのです。

 それは、ヒゼキヤやヨシヤの改革が、彼らの王位を継いだ者によって元の木阿弥にされることを見れば分かります。列王記下21章3節に、「彼(マナセ)は父ヒゼキヤが廃した聖なる高台を再建し、イスラエルの王アハブが行ったようにバアルの祭壇を築き、アシェラ像を造った。さらに彼は天の万象の前にひれ伏し、これに仕えた」とあります。

 また、列王記下23章32節には、「彼(ヨシヤの子ヨアハズ)は先祖たちが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った」と、同様に記されていました。

 冒頭の言葉(12節)で、「背信の女イスラエルよ、立ち帰れ」と招かれるというのは、どういうことでしょうか。北イスラエルは南ユダの人々よりもましだから、そのように招かれたということではないでしょう。続く13節に、「お前の犯した罪を認めよ」と言われているからです。

 彼らが招かれるのは、彼らの内にその資格があるからではなく、イスラエルの法では不可能と言わざるを得ない復縁を、神ご自身がその深い慈しみをもって許されるということです。「慈しみ深い」は2章2節で「真心」と訳されている「ヘセド」(「慈しみ、不変の愛」)の形容詞形(ハシード)です。イスラエルの民は不実であっても、神は常に真実、変わらぬ愛をもって対応しようとしておられるということです。

 そして、北イスラエルが神の憐れみによって招かれたということは、もちろん南ユダをも憐れまれるということでしょう。この言葉は、北イスラエルに向けられているようで、南ユダに悔い改めを求めておられるのです。エレミヤは、北イスラエルに立ち帰るように告げつつ、南ユダの悔い改めを求め、南北分裂前の統一イスラエルに戻り、真実に主を仰ぐ群れとなることを願っているわけです。

 ただ、聖なる神の御前に、血の贖いなしの赦しはありません。神は、神に背いてはなはだしい罪を犯したイスラエルの贖いの供え物として、苦難の僕を遣わされました(イザヤ書53章参照)。苦難の僕とは、ご自身の独り子イエス・キリストのことです。私たちがまだ罪人であり、敵でさえあったときに、御子の死によって私たちの罪を贖い、神と和解させてくださったのです(ローマ書5章8節以下)。

 この想像を絶する神の深い愛と憐れみのゆえに、心から御名を崇めます。この愛と憐れみに応えて罪を悔い改め、自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げ、主の手足として、主の使命のために用いて頂きましょう。

 主よ、御名を崇め、感謝と賛美をささげます。瞬間瞬間、あなたの憐れみによって支えられ、生かされているからです。その恵みをいたずらに受けるのではなく、十字架にかかられた主イエスの僕として、神の愛に心一杯満たされて、主の恵みを証しし、主の福音を宣べ伝える者とならせてください。 アーメン



4月26日(火) エレミヤ書2章

「まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源であるわたしを捨てて、無用の水溜を掘った。水をためることのできないこわれた水溜を。」 エレミヤ書2章13節

 新共同訳聖書は2章に、「イスラエルの罪」という小見出しをつけています。

 イスラエルは、エジプトで奴隷として苦しみを味わっていたとき、神の憐れみを受け、モーセに率いられてエジプトを脱出しました。葦の海を渡った後、イスラエルの民はシナイの荒れ野を旅しました。そのときのイスラエルのことを、「若いときの真心、花嫁のときの愛、種蒔かれぬ地、荒れ野での従順」(2節)と言われます。

 ナイル川によって育まれた肥沃な耕地を持つエジプトを脱出し、ただ神にのみ信頼して荒れ野を旅するイスラエルの民を、主はそのように表現されたのです。イスラエルの真心と愛と従順の対象は、主なる神です。即ち、イスラエルと主なる神との関係を、結婚を表わす言葉で表現しているのです。

 ただしかし、実際には、荒れ野の旅において、彼らの真心、愛、従順が絶えず試されました。荒れ野は、まさに「種蒔かれぬ地」、水がなく、その地を耕して種を蒔くこともない、そこで食糧を確保することなど極めて困難な場所です。あるいはまた、野獣や盗賊といった、旅人の持ち物だけでなく、命を脅かす存在がいる場所です。

 イスラエルの民は、食べるに窮したときや飲み水がなくて困ったとき、この荒れ野で死ぬくらいなら、エジプトの苦役の方がまだましだ、エジプトに戻ろうと神に不平を言いました(出エジプト記16,17章、民数記14章1節以下など)。モーセの執り成しがなければ、彼らは神の怒りを買って、荒れ野で完全に滅びていたかも知れません。

 しかしながら、真心と信仰と従順を学ぶために、2週間もあれば、エジプトからカナンの地に入ることが出来そうなところを、40年もかけてシナイ半島の荒れ野をあちらこちら、行き巡ったのです。その旅の間、毎朝、マナと呼ばれるパンが天から降り(出エジプト記16章)、また、岩から飲み水が出ました(同17章1節以下)。彼らの服は古びず、靴も擦り切れることがなかった、と言われます(申命記29章4節)。

 神の力強い御手がイスラエルの上に延べられ、絶えず守り、助け、導きが与えられて、約束の地カナンにはいることが出来ました。けれども、カナンの地に定着し、王国を建設することが出来たとき、彼らの真心、愛、従順が揺らぎ、やがてイスラエルの民は、恵みをお与えくださる神から遠く離れて行ってしまいました(5節以下)。

 ダビデの子ソロモンは、その豊かさの絶頂において神に背き、妻たちのために異教の神々を祀る施設を築き、自らも偶像礼拝にふけるようになります(列王記上11章1節以下)。その結果、ソロモンの死後、国は南北に分裂してしまいました(同12章)。

 その後、北イスラエルはアッシリアに、南ユダはバビロンに滅ぼされることになります。そのような国家存亡の危機にあって、王をはじめイスラエルの民は、主なる神に依り頼むのではなく、神ならぬ異教の偶像に依り頼み、あるいはまたエジプトやアッシリア、バビロンの力に頼ったのです。それが、冒頭の言葉(13節)で言われていることです。

 ヨシヤ王の治世第18年(BC622年頃)に、宗教改革が開始されました(列王記下22章3節以下)。それは、エレミヤが預言者としての活動を始めて5年後のことです。ヨシヤ王は8歳で王となりましたから(同1節)、治世第18年は、26歳のときです。この改革が功を奏し、イスラエルは国力を回復します。

 ところが、よいことばかりは続きません。いつしかヨシヤは心高ぶり、神に尋ねることをしなくなったのです。「指導者たちはわたしに背き」(8節)というのは、南ユダの王たちが神に従わなかったということを言い表しています。ヨシヤは、カルケミシュに進軍するエジプトをメギドで迎え撃とうとして返り討ちに遭い、戦死してしまいます(列王記下23章29節)。紀元前609年のことです。

 歴代誌下35章22節には「ヨシヤは・・神の口から出たネコの言葉を聞かなかった」と記されています。つまり、エジプトを迎え撃つというのが、神にその是否を尋ねての行動でなかったので、否むしろ、エジプトの王ネコの口を通して語られる神の言葉に耳を傾けなかったので、神の助力を得られず、むしろ、討たれることになったというわけです。

 ヨシヤの死後、後を継いだ王たちはことごとく主に背き、ついに御前から捨てられることになりました(列王記下24章20節)。エレミヤが預言を書き記させたのは紀元前604年のことですから、冒頭の言葉を警告として、生ける水の源なる神に依り頼み、その御言葉に聴き従っていれば、別の歴史が用意されたことでしょう。そうしなかったので、神の裁きが彼らに臨んだのです。

 主の御顔を尋ね求め、絶えず主の御声に聞き従いましょう。主こそまことの神であられ、生ける水の源であられるからです(12,13節)。

 主よ、あなたの恵みと導きを感謝致します。常に主の慈しみの御手の下に留まらせてください。私たちの心の耳を開いてください。絶えず御言葉に聴き従うことが出来ますように。私たちの心の目を開いてください。いつもその御業を見て、感謝と喜びの生活を送ることが出来ますように。 アーメン


4月25日(月) エレミヤ書1章

「主はわたしに言われた。『あなたの見るとおりだ。わたしは、わたしの言葉を成し遂げようと、見張っている』。」 エレミヤ書1章12節
 
 本日から、エレミヤ書を読み始めます。エレミヤは、「ベニヤミンの地のアナトトの祭司ヒルキヤの子」(1節)です。「アナトトの祭司」というのは、ダビデに重く用いられた祭司アビアタルの子孫のことかもしれません(サムエル記上22章20節以下、サム下15章24節以下、17章15節な)。

 アビアタルは王位継承を巡ってその行動を誤り、その結果、ソロモンによって退位させられ、アナトトに追放されたからです(列王記上2章26節)。エレミヤ書には、祭司や預言者に対して厳しい裁きの言葉が多く記されていますが、それはエレミヤが、祭司の家系に生まれ育ったからこその視点であると言ってもよいでしょう。

 エレミヤは、「アモンの子ヨシヤの時代、その治世の第13年」(2節)、即ち紀元前627年ごろから、「ヨシヤの子ゼデキヤの治世の第11年の終わり、すなわち、その年の五月に、エルサレムの住民が捕囚となるまで」(3節)、即ち前587年ごろまでのおよそ40年間、エルサレムで預言者として活動しました。

 ヨシヤ王は治世18年(前622年頃)にエルサレムで宗教改革を断行しました(列王記下22章3節以下、23章3節)。その5年前から活動を始めたエレミヤの働きが、ヨシヤに影響を与えたのかも知れません。また、その頃からアッシリアの力が衰え、 10年後にバビロン軍によってアッシリアの首都ニネベが陥落しました。アッシリアの支配が弱まったことも、改革断行の要因でした。

 4節以下に、エレミヤの召命の出来事が記されています。主は、「わたしはあなたを母の胎内に造る前から、あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に、、わたしはあなたを聖別し、諸国民の預言者として立てた」(5節)とエレミヤに告げられました。それに対してエレミヤは、「わが主なる神よ、わたしは語る言葉を知りません。わたしは若者にすぎませんから」と答えています(6節)。

 「若者」(ナアル)という言葉は一般に、幼子から結婚前までの範囲の人について用いられるので、エレミヤが活動を始めたのは20歳に満たない、ティーンエイジャーであろうと想定されますが、年齢よりも経験不足、未熟さを言い表しているものだろうと思います。

 使徒パウロも、「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされた」(ガラテヤ書1章15節)と記していますが、それは、キリスト教徒の迫害者であったパウロが、甦られたキリストと出会い、目からうろこのようなものが落ちるという出来事を経験したときに(使徒言行録9章1節以下)示されたものでしょう。 

 パウロはそこで、主がわたしたちをそれぞれ目的を持って母の胎にかたち造られること、仮に、それを自覚せず、むしろそれに逆行するようなことをしていても、憐れみによって正しい道に導いてくださるということを教えてくれます。 

 エレミヤが、弟子のバルクを書記として、彼が語ってきた預言を巻物に書き留めさせました。つまり、このエレミヤ書を書かせたわけですが、それは、「ヨシヤの子ヨヤキムの第4年」(36章1節)、即ち紀元前604年のことでした。エレミヤはここに、自分の召された時のことを物語りつつ、今なお自分は未熟者であると考えていたのではないでしょうか。

 それは、謙遜というよりも、職務に対する畏れであり、神に対する畏れの表れです。つまり、預言者という職務は、経験や知識などによって出来るものではなく、常に神の御前に謙り、全身を耳として、語るべき言葉を神に聴き、それを畏れの心をもって忠実に民に告げるという務めなのです。

 エレミヤの「わたしは若者に過ぎない」という言葉に対して、主は「若者に過ぎないといってはならない。わたしがあなたを、だれのところへ遣わそうとも、いってわたしが命じることをすべて語れ」(7節)と命じ、手を伸ばされてエレミヤの口に触れ、「見よ、わたしはあなたの口にわたしの言葉を授ける」(9節)と言われました。耳で聞き、目で見、手で触れるように、主なる神の召命を受け止めたのです。 

 エレミヤは、幻を見ました。それは「アーモンドの枝」です(11節)。アーモンドは春に桜に似た花を付けます。芽を膨らませた枝は春の訪れを示し、それを見る者に希望や喜びを抱かせるかも知れません。しかるに主は、冒頭の言葉(12節)の通り、「わたしは、わたしの言葉を成し遂げようと見張っている」と語られます。

 ヘブライ語原典で、「アーモンド」と「見張っている」は、「シャーケード(:アーモンド)」、「ショーケード(:見張っている)」という語呂合わせになっています。エレミヤは、アーモンドの枝を見せられて、そこから、主がイスラエルに語られた言葉を実現するために見張っていると、主の霊の導きを受けて推察したということかも知れません。

 エレミヤはさらに、もう一つの幻を見ます。それは、煮えたぎる鍋で、北からイスラエルに傾いているというものでした(13節)。主がその実現のために見張っておられるという言葉とは、春を迎えて花が咲くというような希望や喜びを告げるものではなく、たぎっている鍋が傾いている状況から、北から恐るべき災いがエルサレムに襲いかかろうとしていることでした(14節)。

 そしてそれは、民が主を捨て、他の神々に香をたき、手で造ったものの前にひれ伏すという甚だしい悪に対して告げられたものでした(16節)。ここで主が見張っておられるのは、この災いが望もうとしているという言葉を、どのように受け止めるか、どう対処しようとするかというイスラエルの民の姿勢、態度でしょう。

 民が主を畏れ、悪を悔い改めて主に従うなら、この災いが下されるのを主は思い返されるでしょう。しかし、民が主を畏れず、その振る舞いを改めなければ、告げられたように、その煮えたぎっている鍋が倒れて中身をぶちまけ、イスラエルに恐るべき災いが臨むでしょう。

 ヘブライ書4章2節に、「彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結びつかなかったためです」とあります。それは、モーセによって率いられて約束の地を目指したイスラエルの民が、不信仰のゆえに荒れ野で命を落としたことを示しており、そのことで、初代キリスト者たちに、告げられている神の御言葉に対して心を頑なにしないよう教えているのです。

 天使ガブリエルの知らせが信じられなかった祭司ザカリアに対し、「あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである」(ルカ福音書1章20節)と告げられました。ザカリアは、そこで神の御言葉がいかに実現するか、無言でじっと注目させられました。御言葉の実現を見張られる主のお働きに注目させられたわけです。

 私たちも、かならず実現すると言われた主の御言葉に日々耳を傾け、いかに実現するか、信仰をもって待ち望んでまいりましょう。信仰がなければ、神に喜ばれることはできないからです(ヘブライ書11章6節)。

 主よ、私たちはあなたの僕です。どうかお言葉どおり、この身に実現しますように。正しく御言葉を聴き、信仰をもって忠実に実行させてください。あなたの御言葉は真実だからです。御国が来ますように。御心が行われますように。不安と恐れの内にある人々に安息を与えてください。 アーメン






4月24日(日) イザヤ書66章

「これらはすべて、わたしの手が造り、これらはすべて、それゆえに存在すると、主は言われる。わたしが顧みるのは、苦しむ人、霊の砕かれた人、わたしの言葉におののく人。」 イザヤ書66章2節

 第三イザヤ(56~66章)が活動したのは、捕囚から戻ったイスラエルの民がエルサレムに神殿を建設しているころだと言われます。ペルシア王キュロスによって解放され、意気揚々戻ってきた民を待ち受けていたのは、バビロンによって破壊され、荒れるにまかされていた、変わり果てた都の姿でした。つまり、国に戻れば、以前と同じ生活が出来るようになるというわけにはいかなかったのです。

 板張りのきちんとした家に住めたのは、ごくごく一部の者たちで、殆どは着の身着のままでとりあえず雨露を凌ぐといった貧しい生活環境でした。その上、外敵の侵入はある、旱魃による飢饉が襲うとなれば、神殿再建どころではない、城壁が築かれるのもいつになることやら、全く見当もつかなかったことでしょう。

 1節に、「主はこう言われる。天はわたしの王座、地はわが足台。あなたたちはどこに、わたしのために神殿を建てうるか。何がわたしの安息の場となりうるか」と記されています。これは、神殿建設を促し、進めるための激励の言葉などではありません。人間に、神のお住まいになる神殿を建てることが出来るのか、いや、出来はしないと読めます。

 この言葉を聞くならば、神殿を建てる必要などはないという結論になるでしょう。何しろ、「天が王座、地は足台」です。人が建てるどんな大きな建物も、天地万物を創られた神をお入れし、そこを安息の場として頂くというのは、不可能なことなのです。

 ソロモン王が、贅を尽くし、7年の歳月をかけてエルサレムに建てた神殿を神に奉献する儀式の中で、「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません」(列王記上8章27節)という祈りをささげています。そうであれば、何のために神殿を建てたのでしょうか。神殿を建てたのは無駄ということでしょうか。

 ダビデが神殿を建てたいと願ったとき、主は、ダビデの子が「わたしの名のための家を建て」ると言われました(サムエル記下7章10節、列王記上8章17節以下)。そして、ダビデの子ソロモンが神殿を建築し、祭具を神殿に納め、主の契約の箱を至聖所に安置したとき、主の栄光が神殿に満ちました(王上7章51節、8章1節以下、10,11節)。神がその神殿に現臨されたわけです。

 神殿は、祈りをささげ、賛美を捧げて神を礼拝する場所です。神が見られるのは、何をどれだけ捧げるかということよりも、どのような心で捧げるかということです。主イエスが、レプトン銅貨2枚を捧げた貧しいやもめの献金を、ほめられたことがあります(ルカ福音書21章1節以下)。1レプトンは1デナリオンの128分の1です。どんなに高く見積もっても100円に届きません。あるいは2レプトンで100円程度でしょうか。

 しかしながら、その女性にとって、それがその日の生活費の全部でした。それを献げてしまったあとの生活は、どうなったのでしょうか。そんな心配をすることもないほどに神に信頼し、あるいは神の恵みに感謝する思いが、その女性の心を満たしていたのです。

 神は、冒頭の言葉(2節)の通り、「わたしが顧みるのは、苦しむ人、霊の砕かれた人、わたしの言葉におののく人」と、イザヤを通して語られました。「苦しむ人」は、「貧しい、弱い、悩む」(アーニー)という言葉です。また、「霊の砕かれた人」は、「霊、心」(ルーアハ)が「悔いる、打ちひしがれる、踏みにじられる」(ナーケ)という言葉です。

 これは、謙遜な人という意味ではないでしょう。神殿を再建したくても、城壁を築き直したくても、それをなし得ない、力がない、日々の生活に追われ、苦しんでいる人々、敵に苦しめられ、自然災害に脅かされている人ということでしょう。だから、神が彼らを顧み、守ってくださらなければ、生きていけません。

 「わたしの言葉の前におののく」というのは、御言葉の真実、御言葉の力を知るということではないでしょうか。「お言葉ですからやってみましょう」と網を投げて大漁を目の当たりにしたペトロが、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と主イエスを畏れて、その御前にひれ伏したという出来事に、それを見ることが出来ます(ルカ福音書5章8節)。神の御前に恵みを受けるに値しない者である思い知らされた姿です。

 そのように主イエスの前に恐れ戦いたペトロに、主イエスは、「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」(同10節)と言われました。真の恐れを抱いたペトロに、新たな使命をお与えになったのです。ペトロが主イエスを神と恐れてひれ伏した姿勢こそ、神の喜ばれる真の礼拝だったということでしょう。

 そのような思いで主とその御言葉に信頼し、自分の持てる2レプトンを精一杯捧げるとき、ソロモンも及ぶことのない、神ご自身の建ててくださる神殿、神を礼拝するすべての民の祈りの家が、固く打ち建てられるのではないでしょうか。

 主よ、あなたは恵みと慈しみに富み、私たちの必要を豊かに満たしてくださいます。感謝と喜びをもって、私たちのレプトン2枚を精一杯ささげます。御心のままにお用いください。そして、栄光を現してください。御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン




4月24日(日)主日礼拝説教

4月24日(日)主日礼拝の説教動画をYouTubeにアップしました。

説教 「主の祈り③」
聖書 マタイ福音書6章9節



静岡教会の公式サイトを更新しています。
①「礼拝説教」に説教動画、礼拝プログラムを掲載しました。
②「今週の報告」を更新しました。
③「お知らせ」、「平和・人権」は随時更新しています。
④「今日の御言葉」は毎日更新しています。
URL http://shizuoka-baptist.jimdo.com/

ご覧ください。






 

4月23日(土) イザヤ書65章

「見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。それはだれの心にものぼることはない。」 イザヤ書65章17節

 第二イザヤ(40~55章)は、「見よ、わたしは新しいことを行う」(43章19節、42章9節、48章6節参照)と語り、イスラエルの民の解放と帰還、繁栄の回復の希望を示しました。そして預言どおり、ペルシア王キュロスによって解放と帰還は果たされました。けれども、繁栄の回復や独立などは適いません。むしろ、貧しく苦しい生活の中で、イスラエルの民の間には、失望落胆が広がります。

 そこで、2節に「反逆の民、思いのままによくない道を歩く民」とあるように、再び異教の神々を頼ろうとする者が現れたのでしょう。3節の「屋根の上」は、「煉瓦の上」という言葉ですが(新改訳参照)、イスラエルの祭壇は石造りのときには自然石を用い(出エジプト記20章25節)、ソロモンの神殿は青銅製(列王記上8章64節、歴代誌下4章1節)ですから、レンガの祭壇はバビロンの宗教を思わせます(創世記11章3節参照)。

 4節の「墓場に座り、隠れた所で夜を過ごし」は、死者の霊を呼び出し、霊媒を行うことであり、「豚の肉を食べ」は禁じられている食習慣ですから、イスラエルの民は、神に背いて、今なおバビロンにおける偶像礼拝の習慣に倣っているということを示しています。

 そこで、「見よ、わたしの前にそれは書き記されている。わたしは黙すことなく、必ず報いる」(6節)、「彼らの悪も先祖の悪も共に、と言われる」(7節)と告げ、その悪を裁かれます。しかしながら、あらためて「わたしの僕」と呼ぶ民を、彼らの中から選び出されます(9節)。選びの条件は明言されていません。

 主に背いて異教の神を拝む者は再び剣に渡され(11,12節)、そして、主の僕たちは、糧を得、酒に酔い、喜び楽しむことが出来ると言われます(13,14節)。裁きが語られるのは警告のためであり、主の御声に聴き従って、その祝福に与るように 、あらためて民を招いているのです。

 冒頭の言葉(17節)で言及されているのは、民族としての、即ちヤコブの末としてのイスラエルの民ではありません。神はここで、「新しい天と新しい地を創造する」と言われているからです。第二イザヤが、出エジプトをモティーフとして、バビロン脱出が新しい神の国の建設と語ったのに対して、第三イザヤは、天地創造物語になぞらえて、神が新しい天地、新しいイスラエルを創造されると説いているわけです。

 神は、新しいエルサレムを喜び躍るものとして、その民を喜び楽しむものとして創造するので、「代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ」と言われます(18節)。それは、神がエルサレムを喜びとし、その民を楽しみとされるからです(19節)。「泣く声、叫ぶ声は、再びその中に響くことがない」のは、神と民とが共に喜び、楽しむからなのです。

 この民の特色は、長寿であるということです(20節参照)。「百歳で死ぬ者は若者とされ、百歳に達しない者は呪われた者となる」と言われています。わが国の平均寿命は世界最高水準ですが、いまだ百歳に達してはいませんし、残念ながら、超高齢化社会の到来に、長寿を祝いつつも、それを祝福と受け止める空気は、生まれていません。そして、百歳に達していないから、「呪われた者」のように思えるということでもないはずです。

 もう一つのことは、「狼と小羊は共に草をはみ、獅子は牛のようにわらを食べ、蛇は塵を食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、害することも滅ぼすこともない」(25節)と言われることです。

 創世記1章30節に、「地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」とありました。それが、ノアの洪水後のノアと神との契約の中で、「動いて命あるものは、すべてあなたたちの食料とするがよい。わたしはこれらすべてのものを、青草と同じようにあなたたちに与える。ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはならない」(同9章3,4節)と語られて、肉食が許されます。

 そこで、ここに狼や獅子が草やわらを食べると言われているのは、天地創造のはじめ、主なる神が創造された最初の秩序が回復されるということになります。

 ただ、「蛇は塵を食べ物とし」と言われています。これは、女を唆して善悪の知識の木の実を食べさせた蛇を呪って、「このようなことをしたお前は、あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で、呪われるものとなった。おまえは、生涯這いまわり、塵を食らう」(創世記3章14節)と神が語られたところから、採られていると言ってよいでしょう。

 つまり、神の創造される新しい天と地は、狼や獅子に代表される強いものと、小羊や牛といった弱いものが共存共栄する世界だということであり、その新天新地において、神の僕とされた人は祝福を受けて過ごすことが出来るのですが、自ら神に背き、神に背くように人を唆した蛇は、その呪いから逃れることは出来ないということでしょう。

 絶えず主の御顔を慕い求め、御言葉に耳を傾けつつ、祝福のうちを歩ませて頂きましょう。そうして、百歳までも健やかに主の御用を果たすことが出来る祝福を頂きましょう。

 主よ、あなたは背く民を招き、応えた者たちを僕として選び、御自分の民として祝福をお与えになります。それは、主の憐れみにほかなりません。迫害者であったパウロも、主の恵みによって、使徒・伝道者となりました。絶えず御声に耳を傾け、喜んで御言葉に聴き従います。御用のために用いてください。御心がなされますように。熊本を襲った地震から10日、未だ収束の兆しも見えない熊本大分地方で被災された方々、避難生活を余儀なくされている人々を顧みてください。主の慰めと平安がありますように。命が守られますように。そこに御国が来ますように。そうして、御名が崇められますように。 アーメン




4月22日(金) イザヤ書64章

「しかし、主よ、あなたは我らの父。わたしたちは粘土、あなたは陶工、わたしたちは皆、あなたの御手の業。」 イザヤ書64章7節

 4節前半に、「喜んで正しいことを行い、あなたの道に従って、あなたを心に留める者を、あなたは迎えてくださいます」と記されています。預言者がこのように語るのは、イスラエルの民が喜んで正しいことを行って来たからではありません。むしろ、神に背いて異教の偶像を慕い、神に信頼せず、エジプトの武力に依り頼んで、神を悲しませ、その怒りを招いて来たのです。

 4節後半で、「あなたは憤られました。わたしたちが罪を犯したからです」という通りです。新共同訳は訳出していませんが、文頭に「見よ」(ヘン:強調詞)という言葉があります。1節以下ここまで語って来たことと、今彼らが置かれている状況に注目させる言葉です。

 その罪のゆえに、「聖なる町々は荒れ野となった。シオンは荒れ野となり、エルサレムは荒廃し、わたしたちの輝き、わたしたちの聖所、先祖があなた(神)を賛美したところは、火に焼かれ、わたしたちの慕うものは廃墟となった」(9,10節)のです。

 もしも、神が因果応報の原則に基づいて評価される方であれば、イスラエルの民は、捕囚の苦しみから解放されることを期待することも出来なかったでしょう。しかるに神は、「期待もしなかった恐るべき業と共に降られ」(2節)、ペルシア王キュロスを用いてイスラエルの民をバビロン捕囚の苦しみから解放し、故国イスラエルに戻れるようにしてくださいました(歴代誌下36章17節以下)。

 ただ、帰国を果たすことは出来たものの、エルサレムの都をはじめ、国中が破壊されたままに放置されていて、神殿や城壁・城門の再建もなかなか進みませんでした。そこで預言者は、バビロンから救い出してくださった憐れみ深い主に向かい、神殿が火に焼かれ、廃墟となったままであるのに、「それでもなお、主よ、あなたは御自分を抑え、黙して、わたしたちを苦しめられるのですか」と訴えます(11節)。

 前述の通り、バビロンからの帰国を果たせたのは、彼らが罪を悔い改め、喜んで正しいことを行っていたからではありません。同様に、帰国したイスラエルの民が、神の喜ばれることを行うようになっているから、預言者が神に助けを求めて訴えているということでもありません。

 5節で「わたしたちは皆、汚れた者となり、正しい業もすべて汚れた着物のようになった」というのは、過去のことではないでしょう。実際、そこに用いられている動詞は、未完了形です。つまり、その動作が今も続いていて、完了してはいないということです。

 預言者は、63章16節に続いて、冒頭の言葉(7節)でも、主なる神を、「我らの父」と呼び、憐れみを求めます。主を父と呼ぶということは、自分たちが主の子どもであると自覚していることを意味します。子どもとして、親の助けを求めているわけです。

 また、このような表現は、預言者が神の憐れみを求めて祈ったのが、一度や二度ではないということを示しているようです。繰り返し何度も、「アッバ、父よ」(ガラテヤ書4章6節)と呼びながら、助けや導きを願ったことでしょう。

 「神を畏れず人を人とも思わない裁判官とやもめ」のたとえ話を通して(ルカ18章1節以下)、主イエスは、「気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教え」(同1節)、「神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。言っておくが、神は速やかに裁いてくださる」(同7,8節)と語られました。

 また、「わたしたちは粘土、あなたは陶工」といいます(7節)。イスラエルの民と主なる神との関係を、粘土と陶工というイメージを用いて表す言葉は、45章9節にありました。

 20数年前、松山に住んでいた頃、贈り物にと湯飲みを砥部焼の陶工に依頼したことがあります。思いのほか時間がかかりました。思った色と形になるまで、何度も作っては壊し、壊しては作りしたのだそうです。だから、一組だけ作るのは、割に合わないと言われました。知らずに無茶なお願いをしたものでした。

 ここに粘土と陶工のイメージを用いているのは、自分たちの味わっている苦しみを、自分たちをもう一度神の民として作り直すための陶工の手の業と考え、子どもが親に全幅の信頼を置いているように、一切を神の御手に委ねるという信仰の表明でしょうか。

 それとも、一度高温の火で焼いた器は作り直すことが出来ず、強い力を加えたり、高いところから落としたりすれば、器は壊れ、砕けてしまうだけなので、自分たちが主の手によって作り出された作品であることを思い出し、苦しみから解放してくれるようにと願う言葉でしょうか。

 続く8節の「どうか主が、激しく怒られることなく、いつまでも悪に心を留められることなく、あなたの民であるわたしたちすべてに目を留めてくださるように」という言葉から、後者のように解釈すべきではないかと思われます。それは、ヨブ記10章9節で語られているところ、その状況とよく似ています。

 主が自分たちに目を留めてくだされば、また、自分たちが神の作品であり、神を「我らの父」と呼ぶ神の子らであることを思い出してくだされば、「熱情と力強い御業」、「たぎる思いと憐れみ」(63章15節)が自分たちに示されるでしょう。苦しみ呻いているわたしたちを見ながら、「黙して、わたしたちを苦しめられる」(11節)ことはないでしょう。

 「たぎる思い」は「はらわた、腸」(メーアイム)、「憐れみ」は「子宮、胎」(ラハミーム)という言葉です。父が、母が、我が子の苦しみを、はらわたの痛みとして覚えてくださるように、また、おなかを痛めて産んだ子どもとして覚えてくださるように、求めているのです。

 昨日も学んだとおり、父なる神は「贖い主」(63章16節:ゴーエール)として、イスラエルの民をその苦しみから贖い出してくださいました。それは、独り子イエス・キリストの命を代償として支払うという方法でなされました。

 十字架に苦しまれる我が子をご覧になる神の苦しみはいかほどだったでしょう。まさに、腸がちぎれる痛みだったでしょう。にも拘わらず、まさに主なる神は「ご自分を抑え、黙して」、我が子・主イエスを「苦しめられ」たのです。ここに、神の愛が示されます(第一ヨハネ4章9,10節)。

 愛と恵みの主に信頼し、御手の内にある土塊として、主の望まれるような者に作り替えていただきましょう。 
 
 陶器師なる主よ、私を憐れんでください。深い御憐れみをもって背きの罪を拭ってください。私たちの咎をことごとく洗い、罪から清めてください。私たちの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。それ以外に、罪深い私たちが救われる道はないからです。御子イエスの贖いの業を感謝し、御名をほめ讃えます。主の恵みの証人として用いてください。 アーメン






livedoor プロフィール
記事検索
最新コメント
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ギャラリー
  • 福音歌手 森祐理 25周年記念コンサート
  • ペシャワール会・中村哲 講演会
  • 日比恵三・平井陽子 Duo Concert
  • 7月23日(日)主日礼拝説教
  • 7月23日(日)主日礼拝案内
  • 近況報告
  • 7月16日(日)主日礼拝説教案内
  • 7月9日(日)主日礼拝説教
  • 7月9日(日)主日礼拝案内
  • 三上智恵監督映画「標的の島」上映 
  • 三上智恵監督映画「標的の島」上映 
  • 7月2日(日)主日礼拝説教
  • 7月2日(日)主日礼拝案内
  • 7月の御言葉
  • 6月25日(日)主日礼拝説教
livedoor 天気
J-CASTニュース
楽天市場
Amazonライブリンク
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ