風の向くままに

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2016年03月

3月12日(土) イザヤ書23章

「しかし、彼女の利益と報酬は、主の聖なるものとなり、積み上げられも、蓄えられもしない。主の御前に住む者たちの利益となり、彼らは飽きるほど食べ、華やかに装おう。」 イザヤ書23章18節

 第二部、イスラエルの周辺諸国に対する預言(13~23章)の最後に、「ティルスの審判」が語られます。1節に、「ティルスについての託宣」とありますが、3,4節に「シドン」についての預言もあり、ティルスやシドンに代表される、イスラエルの隣国フェニキヤについての預言と考えればよいだろうと思います。

 7節に、「町の初めは、遠い昔にさかのぼり」とあります。ティルスもシドンも、紀元前15世紀以前に存在していたことが、古文書によって知られています。ティルスは地中海沿岸、フェニキヤの南端に位置しています。

 ダビデが王となったとき、ティルスの王ヒラムが使節を派遣し、王宮建設のためのレバノン杉に木工、石工を送って来ました(サムエル記下5章11節)。また、ソロモンの神殿建設の際には、レバノン杉、糸杉と石工を提供しています(列王記上5章15~32節)。

 ダビデ、ソロモン時代を通じて、イスラエルとフェニキヤの関係は大変良好なものでした。イザヤがこの預言を告げていたときも、両国の関係に特に問題があったわけではないようです。

 当時のティルスは、スペインにまで貿易船を送り、交易する力を有していました。1節の「タルシシュ」は、南スペインにあったとされる港町で、ヨナ書1章3節にもその名が出て来ます。地中海の西の果てまで船団を送れたということは、地中海を縦横に行き巡って貿易する力を有していたということでしょう。

 北イスラエルを滅ぼし、エジプトにも勝利したアッシリアですが、ティルスの町を征服することが出来ませんでした。また、バビロニアのネブカドネザルがティルスを13年間も攻撃しましたが、果たせませんでした。紀元前332年にアレキサンダー大王が7ヶ月間包囲して、ようやく陥落させましたが、その後も、影響力を保持していたという資料もあるようです。

 北イスラエルの王アハブの妻イゼベルは、「シドン人の王エトバアルの娘」と列王記上16章31節に記されていますが、イスラエル史の研究者M.ノートによれば、「王の名はイトバアルであるが、旧約聖書では誤って母音がつけられた。シドン人とティルス人との関係は、フェニキア人は一般にシドン人と言い表され、イトバアルはティルスに居住していたフェニキア人の王であった」とされています。

 イトバアルとは、「バアル神と共に(生きる)」という意味の名であり、その娘イゼベルの名は、バアルの栄誉を表わすフェニキヤ名をヘブライ語化したものであろうと言われます。このイゼベルがイスラエルにバアル信仰を持ち込み、アハブ王は、首都サマリアにさえバアルの神殿を建てて、エリヤをはじめ、預言者たちの批判を浴びています。

 ここに、ティルス、シドンを代表とする「海辺の住人たち」(2,6節)たるフェニキアへの審判が語られているということは、おのが貿易力、海洋権を頼みとし、また、異教の偶像を拝んで、真の神に栄光を帰さないこと、その意味で、彼らの奢り、高ぶりが裁かれているわけです。

 しかしそのことは、単にティルスや北イスラエルのことだけでなく、実にエルサレムの問題であり、そしてそれは、私たちの問題でもあるのです。誰もが、武力や経済力、知力があれば国が守れる、自分たちの生活が守れると考えてしまいます。逆に、経済力などに陰りが見られるとき、不安と恐れにかられ、パニック状態を呈してしまいます。そのとき、真の神の御心を尋ね求めること、その導きに従うことを忘れてしまっているのです。

 神は、ティルスを裁かれた後、70年して顧みられると言われます(15,17節)。上に記したとおり、紀元前332年にアレキサンダー大王によって陥落させられましたが、60年後の紀元前274年、エジプトの王プトレマイオス2世がティルスの自治権を回復させました。プトレマイオスは、ヘブライ語旧約聖書のギリシア語訳(70人訳)をなさせたことでも知られています。

 ティルスが顧みられたのは、彼らが主なる神の前に謙り、悔い改めたからというのではありません。「彼女は再び遊女の報酬を受け取り、地上にある世界のすべての国々と姦淫する」(17節)と言われます。ならばなぜ、神はティルスを顧みられるのでしょうか。それは、冒頭の言葉(18節)にあるとおり、彼女の利益と報酬が、「主の聖なるものとなり」、「主の御前に住む者たちの利益となる」からというわけです。

 箴言13章22節に「善人は孫の代にまで嗣業を残す。罪人の富は神に従う人のために蓄えられる」という言葉があります。善人は豊かになり、罪人は富を失う、その富は神に従う人のものになるという考え方で、ティルスの富は、イスラエルのためだと読んでも良さそうです。

 さらには、終わりの日にすべてのものが主のもとに呼び集められ、主の御名が賛美される日が来る、そこに、ティルスの町の民もいるということではないかと思われます。

 だからこそ、「全世界に行って、すべての造られたものに(主イエス・キリストの)福音を宣べ伝えなさい」(マルコ福音書16章15節)と命じられているのです。

 主よ、私たちはあなたの深い愛によって選ばれました。それは、私たちがあなたから委ねられた使命を果たすためです。それは、全世界に行って、すべての造られた者に福音を述べ伝えることです。聖霊が降るとき、私たちは力を受けて主イエスの証人となると言われています。福音宣教の使命をよく果たすことが出来ますように。そのために、聖霊の満たしと導きに豊かに与らせてください。そして、絶えず心をキリストの平和が支配しますように。 アーメン




3月11日(金) イザヤ書22章

「しかし、お前たちは、都を造られた方に目を向けず、遠い昔に都を形づくられた方を見ようとしなかった。」 イザヤ書22章11節

 1節に、「幻の谷についての託宣」と言われます。この表題は、5節の言葉から採られたものと考えられます。新共同訳は、段落の小見出しを「いやし難いエルサレムの罪」としていますが、それは8節以下の記述から、「幻の谷」が、エルサレムのことを指していると解釈しているわけです。

 エルサレムの町は、シオンと呼ばれる丘の上に建てられています。町の東にケデロンの谷、南にヒンノムの谷、西にチュロペオンの谷と、三つの谷に囲まれています。周囲を山と谷が巡っているので、「シオン(要害)の丘」と呼ばれているわけです。

 それを「幻の谷」と表現するのは、本来、高い山の上にあって真の神を礼拝すべきイスラエルの民が、異教の偶像に迷い、特に、ヒンノムの谷にモレク神を祀る礼拝所があり(列王記下23章10節)、そこでは子どもを火で焼くというおぞましい儀式が執り行われたことから(同16章3節、21章6節など)、その不信仰、不真実を示そうとしているのだろうと思われます。 

 ここに語られているのは、アッシリア軍がエルサレムの都に大挙押し寄せて包囲した紀元前701年の出来事ではないでしょうか。紀元前705年のサルゴン王の死去によってアッシリア帝国内に叛乱が頻発し、それに乗じてユダの王ヒゼキヤは、エジプトやバビロンと結び、朝貢を辞めました。

 そして、都を防護するために軍備を増強(8節)、城壁を強化します。その際、エルサレムの東側城外に湧き出しているギホンの泉を攻め寄せてくる敵から守り、その水を場内で利用するため、地下水道を掘ってシロアムの池まで引き込んだのです(9~11節、歴代誌下32章1節以下、30節)。

 けれども、ユダの町々はアッシリア軍の前にことごとく征服され、最後に18万5千の兵士がエルサレムを取り囲みました(列王記下18章3節)。亡くなった将校や兵士たちは、戦いで命を落としたのではなく、都を逃げ出そうとして捕えられ(2,3節)、見せしめに処刑されたのです。それは、降伏以外に道がないことを、ヒゼキヤ王とエルサレムの住民に思い知らせるためです。

 ヒゼキヤはアッシリアに降伏し、神殿と王宮の宝物庫から賠償の金品を差し出しました(列王下18章14~16節)。センナケリブの年代記には、ヒゼキヤが王女や侍女、男女の歌い手も差し出して、ニネベに送って来たと記されているそうです。それら多額の賠償が差し出されたので、エルサレムの町はなんとか滅亡を免れたわけです。

 そのような犠牲の大きさを考えないで、徒らに喜んでいるように見えるエルサレムの民に対して(1,2節)、「わたしから目をそらしてくれ。わたしは激しく泣く。あえてわたしを慰めるな。娘なるわが民が滅びたのだ」(4節)とイザヤは言います。それは、これからエルサレムを襲うことになる不幸の大きさ、悲しみの深さを教えようとしているのです。

 そして、その災いの原因を考えて神の御前に謙り、悔い改めることを求めているのです(12節)。彼らが本当にしなければならなかったこと、神が彼らに求めておられたのは、冒頭の言葉(11節)のとおり、都を形づくられた方を仰ぎ見、その御手に依り頼むことだったのです(11節)。

 ところが、悔い改めを求められているのに(12節)、神に目を向け、主に信頼することが求められているのに(11節)、エルサレムの住民は、そうしようとはしません(13節)。敵が退却して危機が去ったのを見て、喜び祝っているのです。それで万軍の主は、「お前たちが死ぬまで、この罪は決して赦されることがない」(14節)と宣告されます。

 このことについて、列王記下20章に記されている出来事を思い出します。それは、死の病が奇跡的に回復した後、バビロンからの見舞いの使者を迎えて喜んだヒゼキヤが、宝物庫や武器庫、倉庫に納めてある物をすべて見せたことに対し、預言者イザヤが、それらすべてがバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来ると預言したという出来事です。

 アッシリアから守られたことも、死の病から癒されたことも、すべて神の憐れみであるのに、ヒゼキヤはまるで自分の手柄であるかのように誇り、持ち物を自慢して見せたわけです。そこには、主なる神に対する畏れや感謝を、かけらも見ることが出来ません。

 そのことについて、歴代誌下32章31節に、「バビロンの諸侯が、この地に起こった奇跡について調べさせるため、使節を遣わしたとき、神はヒゼキヤを試み、その心にあることを知り尽くすために、彼を捨て置かれた」と記されています。かくてヒゼキヤの浅慮による振る舞いが、国の滅びを招く結果となってしまいます。

 ヤコブの手紙4章8節以下に、「神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。罪人たち、手を清めなさい。心の定まらない者たち、心を清めなさい。悲しみ、嘆き、泣きなさい。笑いを悲しみに変え、喜びを憂いに変えなさい。主の前にへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高めてくださいます」(ヤコブ書4章8~10節)と記されています。

 だれが、自分自身を清めることが出来るでしょう。手を洗えば、清くなるわけではありません。心を清めるには、どうすればよいのでしょうか。ただ主の贖いの業に与るだけ、その恵みに信頼し、すべてをその御手に委ねるだけです(’第一ペトロ書1章18,19,22節)。 

 キリストの贖いにより、聖なる者とされ、愛されている者として、キリストの言葉を心の内に豊かに宿らせましょう。知恵を尽くして諭し合い、感謝して心から神を褒め称えましょう。そして、何事につけ主イエスの御名によって行い、神に感謝しましょう(コロサイ書3章12節以下、16,17節)。

 主よ、あなたの御心を教えてください。御言葉を行うことができますように。御前に謙り、その御言葉に心から耳を傾けさせてください。聖霊により、知恵と力を授けてください。そうして、私たちの体を通して、あなたのご栄光を表すことが出来ますように。 アーメン





あれから5年

0311
5年前の今日、大牟田で撮った写真です。
このときはまだ、東日本を大きな地震が襲うことなど、想像もしていませんでした。
孫が大牟田で産声を上げて2ヶ月過ごしてきた記念の写真をということで一緒に収まりました。
その翌日、東京に向かって帰って行きました。

福島第一原発で事故が起こり、計画停電などいろいろあって、東京から婿殿の実家に避難している期間もありました。
私の膝の上にいる孫は現在5歳になり、東京で元気に暮らしています。
妹も出来ました。

でも、震災で犠牲になられた方が1万9千人余り、今も行方不明の方が2561人、震災関連の死者3410人、そして、避難生活を続けておられる方が17万4千人。
今はまだ、震災が終わっていません。

生活を取り戻せていない人、前を向けていない人がこんなにたくさんおられる。
あらためて胸に刻みました。

みんなの生活が取り戻されるように、希望をもって前を向ける日が来るように祈ります。
特に、原発事故で避難を余儀なくされた方、そして、事故を収束させるために必死に現場で戦っておられる方の心と体の健康が守られますように。

「希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように」(ローマ書15章13節)。
「平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン」(同33節)。











3月10日(木) イザヤ書21章

「『見よ、あそこにやって来た、二頭立ての戦車を駆る者が。』その人は叫んで、言った。『倒れた、倒れた、バビロンが。神々の像はすべて砕かれ、地に落ちた。』」 イザヤ書21章9節

 1節に、「海の荒れ野についての託宣」と記されています。「海の荒れ野」(ミドゥバル・ヤーム)とはなかなか面白い表現ですが、これは、バビロンの地を指しています。もともと、バビロニアを表すアッシリア語は、「マト・タムティー」という言葉で、これは「海の平原」という意味でした。ミドゥバル・ヤームは、それをヘブライ語訳したということです。

 ここで「海」とは、ペルシア湾ではなく、チグリス・ユーフラテスの大河のことを指しています。18章2節の「海」も、ナイル川のことを指していると考えられます。また、聖書で「海」は、龍や悪しき怪物の住む混沌の世界を指します(27章1節、51章9,10節、黙示録13章1節など)。そこから、「海の荒れ野」という言葉で、バビロンの悪しき力を言い表そうとしているのかも知れません。

 1節に、「ネゲブに吹き荒れるつむじ風のように彼は来る」(1節)と言われます。ここで「彼」とは、「海の荒れ野」なるバビロンのことでしょう。ユダ南部の乾燥地帯から吹いてくる熱風のように、バビロンがイスラエルを襲って来るということです。

 その厳しい幻のゆえに(2節)、詩人の腰は激しくもだえ、産婦の痛みのような痛みにとらえられました(3節)。楽しみにしていた夕暮れ(4節)、それは、宴が開かれ、人々がそこで楽しく飲み食いすることですが、しかし、そこに「立て、武将たちよ、盾に、油を塗れ」(4節)、つまり、戦いの備えをせよという声がかかったのです。

 バビロンがイスラエルに攻め寄せて来たのは、ヨシヤ王の次男ヨヤキムが王であったときのことです(列王記下24章1節、紀元前605年ごろ)。最初は貢ぎ物を納めていましたが、後に反逆(朝貢停止)したため、再びバビロン軍が押し寄せました。ヨヤキムの死後、その子ヨヤキンが即位したばかりのことでした(同10節)。そして、王とその家族、高官、軍人たちをバビロンに連行します(同15,16節)。第一次バビロン捕囚と呼ばれるものです(前597年)。

 その10年後、三度攻め寄せてきたバビロンにエルサレムが陥落し、貧しい民の一部を残して、イスラエルの民を捕囚として連れ去ります(同25章11節)。これは、第二次バビロン捕囚と言われます(前587年)。こうしたことが起こったのは、イスラエルの民が主の目に悪とされることを行って主を怒らせたからだと、繰り返し説明されています(同23章26,27節、24章3,4,20節)。つまり、神はバビロンを、イスラエルを打つ道具とされたわけです。

 2節に「欺く者は欺き続け、荒らす者は荒らし続けている。上れ、エラムよ、包囲せよ、メディアよ」とあります。「欺く者」、「荒らす者」とは、バビロンのことです。こうした表現が用いられているのは、バビロンが、主の御心を越え、また主の御心に背いて、周辺諸国、就中イスラエルを荒らしたということなのでしょう。

 「エラム」はバビロンの東方で、「メディア」はその北方にあります(聖書巻末地図参照)。このエラムとメディアは、ペルシアのことを指しています。欺き、荒らし続けているバビロンを罰するため、ペルシアが立ち上がり、戦うよう主なる神に告げられているのです。

 バビロンを倒したのは、ペルシア王キュロスでした(歴代誌下36章20,22節)。バビロンによって捕囚とされていたイスラエルは、キュロス王によって解放されたのです。そのことが6節以下、そして、冒頭の言葉(9節)に記されているわけです。2頭立ての戦車などは、ペルシアが戦闘に用いたものです。7節はバビロンに向かう隊列、9節はバビロンを倒して帰って来たところと読むことが出来ます。

 10節に、「打たれ、踏みにじられたわたしの民よ」とありますが、これは、今ここに裁きが語られているバビロンによって打たれ、踏みにじられたイスラエルの民に向かって呼びかけた言葉です。イスラエルは紀元前587年、バビロンによって滅ぼされ、捕囚の苦しみを受けましたが、その民に対して、バビロンの裁きが告げられたわけです。

 けれども、それを喜ぼうというのが、この預言の意図ではないようです。3節でイザヤは、「それゆえ、わたしの腰は激しくもだえ、産婦の痛みのような痛みにとらえられた。わたしは驚きのあまり、聞くこともできず、恐れのあまり、見ることもできない」と言います。

 これは、上記でバビロンが押し寄せて来ることに対する恐れと読みましたが、2節の、ペルシアがバビロンに攻め上って包囲し、バビロンに苦しめられている諸国の民の呻きを終わらせる、つまり、バビロンを滅ぼすという主の言葉を受けての、イザヤの恐れでもあるでしょう。

 というのは、バビロンがペルシアに滅ぼされるとき、イスラエルの民は捕囚としてバビロンにいるからです。イスラエルを罰する道具としてバビロンが用いられ、そのバビロンを罰する道具としてペルシアが用いられるということで、そのとき、バビロンにいるイスラエルには、さらに厳しい状況が待ち受けていると考えたのではないでしょうか。そうすると、「倒れた、倒れた、バビロンが」(9節)というのは、歓喜の宣言というよりも、嘆きの歌なのかも知れません。

 そして、その主による裁きにおびえ、嘆く姿が、十字架にかかられる前にゲッセマネで祈られた主イエスのお姿と重なります。「イエスはひどく恐れてもだえ始め」(マルコ14章33節)、弟子たちに、「わたしは死ぬばかりに悲しい」と言われました(同34節)。ルカは、「汗が血の滴るように地面に落ちた」(22章44節)と描写しています。

 それはまさに、全人類の罪を担い、神の裁きを受けようとしているからです。あらゆる罪の呪いを主イエスがご自分の身に引き受けてくださったので、私たちは神に裁かれ、呪われて捨てられることはありません。

 さらに、主イエスが死の力を打ち破って甦られ、天に上り、神の右の座に着かれました。すべての呪い、裁きを引き受けて陰府に下られた主イエスが、天の御座に高く引き上げられたということは、その救いに与ることが出来ない者肺内、だれもが主の御国に迎えられる救いの道が開かれたということです。

 だから私たちは、「倒れた、倒れた、バビロンが」という言葉を、歓喜の宣言として語ることが出来ます。ヨハネ黙示録で、「倒れた。大バビロンが倒れた」(18章2節)と天使が叫んでいるのは、まさしく勝利の宣言なのです。

 なお苦しみ多き人生を歩んでいる私たちですが、勝利は私たちのものです(ヨハネ16章33節、ローマ書8章31節以下、第一ヨハネ5章4,5節)。主に信頼し、主と共に日々歩みましょう。御言葉に耳を傾けましょう。そうして、主の御名を心から褒め称えましょう。 

 主よ、私たちをキリストの勝利の行進に連ならせ、私たちを通じて至るところに、キリストを知るという香りを漂わせてくださることを、感謝します。御霊の働きにより、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。絶えず主を信じる信仰に堅く立ち、主の業に励むことが出来ますように。御言葉を聴かせてください。信仰は聴くことにより、聴くことはキリストの言葉によって始まるからです。 アーメン



3月9日(水) イザヤ書20章 

「主はアモツの子イザヤを通して、命じられた。『腰から粗布を取り去り、足から履物を脱いで歩け』。彼はそのとおりにして、裸、はだしで歩き回った。」 イザヤ書20章2節
 
 20章は、「アシュドドの占領」が記されます。アシュドドは、エルサレム西方、ガザの北北東およそ30kmの地中海沿岸にあった町で、ペリシテ人が居住した5大都市(アシュケロン、アシュドド、エクロン、ガザ、ガト)の一つです。

 1節に、「アッシリアの王サルゴンに派遣された将軍がアシュドドを襲った年」とあります。アッシリアがペリシテに攻め込んだのは、紀元前711年のことでした。

 それに先立って、冒頭の言葉(2節)にあるとおり、主なる神はイザヤに、「腰から粗布を取り去り、足から履物を脱いで歩け」と命じられました。これは、行動預言と言われるもので、イザヤの行動を通して、神が御心を示されているわけです。

 そして3節以下に、この行動についての説明がなされています。まず3節で、「わたしの僕イザヤが、エジプトとクシュに対するしるしと前兆として、裸、はだしで3年間歩き回った」とあります。

 ここで、「裸、はだし」では、寒いイスラエルの冬を過ごすことは出来ないので、その間ずっとイザヤが裸、裸足で過ごしていたというのではないでしょう。おそらく、ことが起こる前に象徴的な行為によって預言した、あるいはまた、3年の間、時折そのような姿をして見せたということではないかと思われます。

 また、イスラエルには、裸で表を歩く習慣はありませんから、イザヤの行為は、人々の目にとても奇異に映ったことでしょう。また、711年の3年前といえば、ヒゼキヤが王位についたころということになります。

 続く4節で、イザヤが裸、裸足で歩いたように、「アッシリアの王は、エジプトの捕虜とクシュの捕囚を引いていく。若者も老人も、裸、はだしで、尻をあらわし、エジプトの恥をさらしつつ行く」と語っています。

 このように語られているのは、勿論エジプトやクシュのためなどではありません。エジプトとクシュが、アッシリアの前に敗れて捕虜、捕囚とされるのだから、彼らに頼って反アッシリア同盟に与してはならないと言われているのです。

 紀元前715年ごろ、クシュの王シャバコがエジプトを制圧して王となりました。その強さを見た周辺諸国は、アッシリアに対抗し得るものと考えて、エジプト・クシュを軸に、反アッシリア同盟を組もうとしました。

 というのは、721年にアラムと北イスラエルがアッシリアに滅ぼされたとき、パレスティナの諸国は滅亡を免れるため、アッシリアに貢ぎ物を送らざるを得ず、負担が重くのしかかっていたからです。そしてそれは、南ユダも例外ではありませんでした。

 ヒゼキヤの父アハズは、アラム・エフライム連合軍の攻撃に対抗するためもあり、進んで朝貢しました。列王記下18章7節に、「彼(ヒゼキヤ)は、アッシリアの王に刃向かい、彼に服従しなかった」とありますので、このとき、ペリシテなどの反アッシリア同盟の動きに同調して、アッシリアへの朝貢を辞めたのでしょう。

 しかしながら、アシュドドがアッシリアの攻撃を受けたときも、そして、ユダが壊滅寸前の危機に陥ったときも(前701年)、エジプト・クシュは、ユダを守ってくれはしませんでした。その後、そのエジプト・クシュがアッシリアに敗れ(前663年)、4節の預言が成就します。

 エジプトのような強国でもこのような有様ならば、パレスティナの小国イスラエルの運命はどうなることでしょう(6節参照)。

 北イスラエル、ペリシテ、エジプトの出来事を見ながらも、なお神の御言葉に聞き従わず、真に悔い改めることのなかったユダは、アッシリアに対しては首の皮一枚でその攻撃を凌ぐことが出来ましたが、次いで登場したバビロニア帝国により、紀元前587年に滅ぼされ、捕囚の憂き目を見たのです。

 けれども、主なる神は、それで神を礼拝するべきイスラエルの民を滅ぼしておしまいになるわけではありません。もう一度、その縄目から解放し、新たな契約を結んで、神の民を造られます。それが、エレミヤ書31章31節以下に記される「新しい契約」なのです。

 私たちは、この新しい契約の時代に生かされています。放蕩息子のたとえにあるように、イエス・キリストという最上の衣が着せられ、神の子とされたしるしの指輪がはめられ、罪の奴隷ではないことを示す履物を履かさていただきました(ルカ福音書15章22節)。

 その恵みに感謝し、聖霊の力を受けて、主の愛と慈しみを証ししつつ、光の子らしく歩みたいと思います。

 主よ、神の民イスラエルから最も遠くにいた私たちをも、永遠の計画の中に入れていてくださり、主イエスを信じる信仰の恵みに与らせてくださいました。古い人を脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々、新たにされて、真の知識に達することが出来ますように。 アーメン




3月8日(火) イザヤ書19章

「万軍の主は彼らを祝福して言われる。『祝福されよ、わが民エジプト、わが手の業なるアッシリア、わが嗣業なるイスラエル』と。」 イザヤ書19章25節

 19章には、「エジプトについての託宣」(1節)が記されています。先ず、「主は速い雲を駆ってエジプトに来られる」(1節)とあります。神が雲に乗られるという記述は、詩編68編5,34節、104編3節、申命記33章26節などにあり、また、雲は神が顕現された徴です(出エジプト記13章21節、19章16節以下、列王記上8章10,11節))。

 つまり、「速い雲を駆って」とは、エジプトに速やかに神の裁きが臨むことを示しているのです。また、「主の御前に、エジプトの偶像はよろめき」(1節)とは、主なる神の権威の前に、エジプトの神ならぬ神々がよろめき怯えているごとくに、エジプトが拠って立つものが振るわれ、国が混乱に投げ込まれるということを示しています。

 「わたしは、エジプトをエジプトに刃向かわせる。人はその兄弟と、人はその隣人と、町は町と、国は国と戦う」(2節)とは、エジプトの中央政権の力が衰えて、内戦状態となることを示すものでしょう。

 「偶像と死者の霊、口寄せと霊媒に指示を求める」(3節)とは、人々が国の将来に明日に不安を覚えていること、そしてそれは、まことの主なる神の前に、エジプトの民が迷信に頼る愚かさをも示しているようです。

 そして4節の、「わたしは、エジプトを過酷な支配者の手に渡す」とは、18章との関連から、エチオピアのシャバコ王がエジプトを征服して、エジプトの王となったことを語っていると考えてもよいでしょう。

 あるいは、ナホム書3章10節が、アッシリア王アシュルバニパルによるエジプト攻略の様子ともいわれ、それを、「過酷な支配者の手に渡す」と表現しているとすると、これは紀元前669年以降の出来事ということになります。

 5節以下では、文明の母胎とも言うべきナイル川が干上がってしまうと語られています。ナイル川全体が干上がったことは史上一度もないことでしょうが、何度も氾濫を繰り返してきた川が、その度に少しずつ流れを変えて、そのようなことで水が流れなくなった支流はいくつも存在したことでしょう。

 そうすると、その流域で漁業や農業を生業としていた人々は、生活に大きな打撃を受けたのではないでしょうか。この預言は、エジプト人の生活全体が脅かされるほどの規模でエジプトの自然が振るわれると語っているわけです。

 さらに、エジプトの賢者たちが振るわれます(11節以下)。彼らは、国の危機に対処することが出来ません(15節)。それは、万軍の主がエジプトに対して抱いておられる御心を悟ろうとしないからです。

 ただし、これらのことを通じて、実際に裁かれているのはエジプトでしょうか。まことの神を知らないエジプトがこのように裁かれるのならば、主なる神に従うべきイスラエルの民が、おのが思いに任せて偶像に頼り、口寄せや霊媒に指示を求めていることについて、どれほどの裁きを受けることになるのでしょう。そのことを考えよというのが、この預言の主旨ではないでしょうか。

 ところが、16節以下には、「終わりの日の和解」(新共同訳聖書参照)が記されています。突然の展開です。それまでの詩文形式が、散文形式に変わっており、多くの学者は、この段落を後代の付加と考えているようです。

 「その日には」(16,18,19,23,24節)と5回語られます。新共同訳はこれを「終わりの日」についての預言と解釈して、そのような小見出しを付けているわけです。

 19節に、エジプトの地の中心に、主のために祭壇が建てられ、その境には主のために柱が立てられると言われ、「もし彼らが、抑圧する者のゆえに、主に叫ぶならば、主は彼らのために救助者を送り、彼らを救われる」(20節)と記されます。これは、かつてモーセを遣わしてイスラエルを救われたように、今度は主がエジプトを救おうとされるのです。

 そして、最後が冒頭の言葉(25節)で、「万軍の主は彼らを祝福して言われる。『祝福されよ、わが民エジプト、わが手の業なるアッシリア、わが嗣業なるイスラエル』と」と言われます。イスラエルのために用いられてきた「わが民」、「わが手の業」という形容詞が、ここではエジプト、アッシリアに対して用いられます。ここに、平和の主なる神の真骨頂があります。

 また、「わが民エジプト、わが手の業なるアッシリア、わが嗣業なるイスラエル」と、イスラエルの地位が、エジプト、アッシリアに次ぐ「第三のもの」となっています(24節)。地理的にイスラエルはエジプトとアッシリアの中心に位置しますが、主への信仰において、第三のものとされることで、その地位が相対化されています。 

 このことで神は私たちに、エジプトとアッシリアという強大な敵であったもを、自分と同じように愛することを求めておられるようです。「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです」(第一ペトロ書3章9節)と言われているとおりです。

 それは、私たちの感情の許さないところかも知れません。だからこそ、主に祈りつつ、御霊の導きに与って、御言葉を実行させて頂くのです。祝福を受け継ぐ者として、主の祝福のうちを歩みましょう。

 主よ、あなたは私のような罪人をも「わが民」と呼び、「わが手の業」と呼んで愛を注いでくださいます。絶えずキリストを主と崇め、キリストに結ばれてすべての人々と相和し、善い生活を送ることが出来ますように。聖霊の満たしと導きに与らせてください。 アーメン





3月7日(月) イザヤ書18章

「主はわたしにこう言われた。『わたしは黙して、わたしの住む所から目を注ごう。太陽よりも激しく輝く熱のように、暑い刈り入れ時を脅かす雨雲のように』。」 イザヤ書18章4節

 18章には、「クシュとの陰謀」という小見出しがつけられています。クシュとは、エチオピアのことと考えられています。

 紀元前714年、エチオピアはエジプトを征服し、台頭してきたアッシリアに対抗するため、パレスティナ諸国に働きかけて、反アッシリア同盟を結成しようとしました。「クシュとの陰謀」という小見出しは、クシュがイスラエルに同盟を働きかけようとしているという、預言の背景を示したものでしょう。

 2節の「彼らは、パピルスの舟を水に浮かべ、海を渡って使節を遣わす」とは、そのことを指していると思われます。であれば、1節の「災いだ」(ホーイ、「ああ」という悲嘆をあらわす言葉、口語訳、新改訳参照)という言葉は、イザヤがこの同盟の働きかけに反対していることを示していることになります。

 アッシリアはこの動きを察知、ペリシテに軍を進めてアシドドを落とし、ペリシテに援軍を送ったエチオピア軍も撃破されて、同盟は壊滅しました。紀元前711年ごろのことです。

 アッシリアがペリシテを攻めたのは、ペリシテが反アッシリア同盟の急先鋒だったからで、3節の「山に合図の旗が立てられたら、見るがよい。角笛が吹き鳴らされたら、聞くがよい」とは、ペリシテがアッシリアに反旗を翻し、同盟諸国に蜂起を促したという事実を指しているように見えます。

 5,6節を、神によるアッシリアの滅亡と読む立場もありますが、むしろ、アッシリアによる反アッシリア同盟の壊滅と読むべきでしょう。

 7節で、「貢ぎ物が万軍の主にもたらされる」と語った後、その貢ぎ物は、「背高く、肌の滑らかな民から、遠くの地でも恐れられている民から、強い力で踏みにじる国、幾筋もの川で区切られている国から、万軍の主の名が置かれた場所、シオンの山へもたらされる」と言われています。

 つまり、クシュ・エチオピアからシオンの山・イスラエルに貢ぎ物がもたらされるということで、これは、イスラエルがエチオピアを支配しているということを示しているわけです。それだから、エチオピアは反アッシリア同盟を結ぶべき相手ではないと語っているのです。

 この預言の中心に、冒頭の言葉(4節)において語られている主の言葉が響きます。主なる神は、「わたしは黙して、わたしの住む所から、目を注ごう」と言われます。

 ここで、「黙して」と訳されているのは、シャーカトという言葉で、「静まる、落ち着く、安んじる、沈黙する、休む、留まる、平安を与える」といった意味があります。この言葉は、イザヤにとって重要な言葉です。

 「落ち着いて、静かにしていなさい」(7章4節)、「しかし今、全世界は安らかに憩い、喜びの声を放つ」(14章7節)、「お前たちは、立ち返って、静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ、力がある」(30章14節)、「正義が造り出すものは平和であり、正義が生み出すものは、とこしえに安らかな信頼である」(32章17節)などと用いられています。

 これらの箇所は、民が主なる神を信頼する様子を描写する言葉として語られていますが、今日の箇所では、神ご自身が静まって成り行きをしっかりと見守るという言い方になっています。そうすることによって、ユダに信仰による行動を求め、また、平安を与えようとしていると言ってよいのでしょう。

 もともと、シャーカトは 「鳥が巣篭もる」という意味だったそうです。卵を抱いた鳥は、むやみに動き回りません。そこから、大切なときにバタバタしない、おどおどしないという意味になったというわけです。

 勿論、神を信じる者は、世の中の動きと無縁というわけではありません。様々な世の荒波に揉まれます。不安や恐れに襲われます。そして、神もまた、そのような私たちとは無縁の天の高みに、独りおられるのではありません。

 4節後半の「太陽よりも激しく輝く熱のように、暑い刈り入れ時を脅かす雨雲のように」という言葉の意味は、必ずしも明らかではありませんが、神がどんなに熱い思いでイスラエルに目を注いでおられるのかが示されます。その眼差しに支えられて、その御手に守られて、波立つ心が安らかにされるのです。

 今を生きる私たちのことをも、深い憐れみをもって見守っていてくださいます。だからこそ、私たちのために独り子イエスを、贖いの供え物としてお与えくださったのです。

 もしも、クシュの王ではない、アッシリアの王でもない、万軍の主なる神ご自身がシオンの山に十字架の旗印を立てられ、角笛を吹き鳴らされたなら、喜んで馳せ参じ、「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」と、その召しに応答したいと思います。

 主よ、私たちは自分で自分を支えることが出来ません。あなたが見ていてくださり、支えていてくださるので、まっすぐに立つことが出来ます。落ち着くことが出来ます。今日も主に信頼し、御言葉に耳を傾け、その導きに感謝をもって従います。御心が行われますように。御国が来ますように。 アーメン



 




3月6日(日) イザヤ書17章

「その日には、人は造り主を仰ぎ、その目をイスラエルの聖なる方に注ぐ。」 イザヤ書17章7節

 周辺諸国に対する預言が記されている第二部(13~23章)で、新共同訳聖書は、17章冒頭に、「ダマスコとエフライムの運命」という小見出しをつけています。「ダマスコ」は、アラムの首都です。一方、「エフライム」は、北イスラエルの一部族の名ですが、ここでは、北イスラエルを代表する部族として、北イスラエル王国のことを表わしています。

 エフライムは、エジプトの宰相となったヨセフの2男で(創世記41章52節)、その子孫は、レビ族に代わって12部族の一つに数えられるようになりました(民数記1章10,32節)。そして、ヨセフの子マナセとエフライムの子孫は、それぞれイスラエルの中央を嗣業の地として受けました(聖書地図を参照)。シロやベテルといった重要な聖所は、エフライム族の所領のうちにあります。

 また、モーセの後継者、ヌンの子ヨシュアは、エフライム族出身です(民数記13章8節「ホシェア」=ヨシュア、ヨシュア記19章50節)。さらに、イスラエルが南北に分かれたときの北イスラエルの初代の王、ネバトの子ヤロブアムも、エフライム族出身です(列王記上11章26節)。

 1節に、「ダマスコについての託宣」とありますが、ダマスコ=アラムのことは3節までで、4節以下には、エフライム=北イスラエルのことが述べられています。ダマスコとエフライムと言えば、台頭してきたアッシリアに対抗するために同盟を組んだ両国です。

 そして、反アッシリア同盟の輪を広げるため、南ユダにも、同盟に加わるように呼びかけました。そして、南ユダが従わないと見ると、ユダに攻め込みました(列王記下16章5節以下)。慌てたユダの王アハズは、アッシリアに援軍を頼み、これを撃退することに成功しました(同7節以下)。

 アッシリアは先にダマスコを攻めて占領し(同9節、前733年)、北イスラエルもサマリアが陥落して、その歴史に幕を下ろしました(同17章、前721年)。

 イザヤが、周辺諸国についての託宣集の中に「エフライム」=北イスラエルを含め、「ダマスコについての託宣」と言いながら、その実、ほとんど北イスラエルのことを語っているということは、北イスラエルがダマスコ=アラムと同盟して、南ユダに攻め込んで来たことのゆえに、北イスラエルを異邦人と同様に見なしているということになりそうです。

 4節以下に、「その日」という言葉が、3度出て来ます(4,7,9節)。「その日」は、「ダマスコは都の面影を失い、瓦礫の山となる」日(1節)、即ち、ダマスコ=アラムがアッシリアによって滅ぼされる日ということです。

 ダマスコが滅びる日に、「ヤコブ」、即ち、北イスラエルも衰退すると語って(4節)、ダマスコとヤコブが同じ運命をたどることを示そうとしています。9節にも、その日にはイスラエルの砦の町々が捨てられて廃墟となる、と語られています。

 その間に、異色の「その日」が語られています。それが冒頭の言葉(7節)で、「その日には、人は造り主を仰ぎ、その目をイスラエルの聖なる方に注ぐ」と言われているのです。

 ここで、「造り主を仰ぎ、その目をイスラエルの聖なる方に注ぐ」のは誰でしょうか。「その腕に集めた落穂、レファイムの谷で拾った落穂のよう」な(5節)、あるいは、「摘み残り」のオリーブの実(6節)という表現は、イスラエルの家の残りの者、難を逃れて生き残った者のことを指していると思われます。

 彼らが神を仰ぐということになれば、それは、イスラエルの残りの者が神の御前に悔い改め、主なる神に従う者となったということになります。また、ダマスコ、ヤコブになされた神の裁きを見た人々が、自分たちの手で造った異教の偶像に依り頼むことの愚かさに気づかされ(10節参照)、まことの造り主なる神を仰ぐようになると読むことも出来るでしょう。

 ただ、人は何度失敗すれば、本当に悔い改めることが出来るでしょうか。アッシリアによって植民された異民族と混血したサマリアの人々は、エズラ、ネヘミヤの時代、エルサレムの再建を妨害、抵抗しました(エズラ記4章、ネヘミヤ記3章33節以下)。その後、ユダの人々とよい関係を築くことは出来なかったようです(ヨハネ4章9,20節)。

 神は私たちの弱さをよくご存知です。キリストによって贖いの業を完成し、ただ信じるだけで、救われる道を開いてくださいました(ガラテヤ書2章16節、エフェソ書2章8,9節など参照)。

 絶えず、造り主の憐れみの御手のもとに留まり(ローマ書11章22節)、十字架の主キリストを仰ぎ(ヘブライ書12章2節)、御言葉に聴従する道を、喜びと感謝をもって歩ませて頂きましょう。

 主よ、私たちは裁かれるべき罪人でしたが、驚くべき恵みを受けて救いに与りました。捨てられて当然だったのに、憐れみによって選ばれ、神の御業のために使命が与えられました。この恵みを無駄にせず、御業に励むことが出来ますように。神の愛の広さ、長さ、高さ、深さを知り、神の満ちあふれる豊かさのすべてに与り、それによって満たされますように。 アーメン




3月5日(土) イザヤ書16章

「そのとき、ダビデの幕屋に、王座が慈しみをもって立てられ、その上に、治める者が、まことをもって座す。彼は公平を求め、正義を速やかにもたらす。」 イザヤ書16章5節

 15章に続いて16章にも、モアブに対する裁きの預言が記されています。それは、「モアブが傲慢に語るのを聞いた」からであり、彼らは「甚だしく高ぶり、誇り、傲慢で奢っていた。その自慢話はでたらめであった」ためです(6節、エレミヤ書48章29節など)。

 それで、モアブがどのように撃たれ、嘆き苦しむことになるのかということが、7節以下に記されています。それは、ぶどうが枯れるという被害を通して示されています(8節)。ぶどうの収穫による歓声が(10節)、敵の鬨の声や、民の泣き叫ぶ声にかき消され(9,11節)、それによって、モアブの繁栄が終りを告げたということを示しているわけです。

 ぶどうが枯れたことを、新共同訳は、「かつて、その若枝は諸国の支配者たちを押さえ」と、モアブが諸国を支配する力を有していたのにといって嘆く内容になっていますが、いつ、そのような状況にあったのか分かりません。

 他の邦語訳聖書は、その箇所を「国々の支配者たちがそのふさを打ったからだ」(新改訳など)と訳して、枯れた理由を示す内容になっています。つまり、周辺諸国の王たちが攻め寄せて、モアブ全土が破壊されるような事態になったということでしょう。ただ、それがどのようにしてなされたのか、歴史的に確認することも出来ません。

 そのようなモアブに対する裁きが記されている中で、1節に「使者を立て、貢ぎ物の羊を送れ、その地を治める者よ、荒れ野の町セラから、娘シオンの山へ」とあり、続けて、モアブの民らに助言を与え、逃れ場を与え、保護してくださいと求める言葉が記されています(2~4節)。

 これは、モアブに対して神の厳しい裁きが下るので、「娘シオンの山」、即ちエルサレムを都とするイスラエルに救いを求め、モアブを襲う者、破壊する者たちから保護してくれるよう願いなさいという託宣なのです。

 彼らが従うとき、冒頭の言葉(5節)に、「そのとき、ダビデの幕屋に王座が慈しみをもって立てられ、その上に、治める者が、まことをもって座す。彼は公平を求め、正義を速やかにもたらす」と言われているように、地上から虐げる者、破壊する者、踏みにじる者が取り除かれて、イスラエルの王が彼らの上に慈しみとまことをもって君臨し、公平と正義を行うようになるというのです。

 ただ、彼らの上にイスラエルの王が君臨するということは、慈しみとまこと、公平と正義による統治が行われるというのですから、モアブの民にとって歓迎すべきことでしょうけれども、それはしかし、イスラエルによる保護と引き換えに、自分たちの民族による自治が終わりを告げることを意味するものです。

 神の裁きを免れるためとはいえ、イスラエルの庇護を求めてモアブがその支配下に移ることを、自ら求めるでしょうか。もともと、彼らが「甚だしく高ぶり、誇り、傲慢で奢っていた」(6節)から、自らに滅びを招いているわけで、それを逃れるために神の御前に謙り、イスラエルに対して恭順の態度をとれるかというならば、それはなかなか出来ることではないだろうと思わざるを得ません。

 このことを通して、主なる神に救いを求めないということが高慢で、神はその高慢を砕こうとしておられるのだということが示されます。神に救いを求めないということは、自分の知恵や力などに頼って生きるということで、一面、それは自立した人間の生き方のように映ります。

 しかしながら、実際に自分だけの力で生きることが出来る者がいるでしょうか。様々な人々の知恵や力に守られ、支えられていながら、さも自分の知恵、力で生きていると考えるとするなら、それこそ、「甚だしく高ぶり、誇り、傲慢で奢っている」有様でしょう。

 神は、「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」(創世記2章18節)と言われました。つまり、人は絶えず、「助ける者」を必要としているのです。

 そして、「助ける者」(エゼル)は、詩編121編2節で、「わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから」と詠われているように、主なる神が私たちのために必要な助けを、助ける者を、遣わしてくださるのです。

 天地万物の創造者にして支配者であられる神の御言葉に従わず、その御心を無にする自分勝手な生き方をすることは、自ら救いの羽の下から外に出ることです。だから、滅びを刈り取ることになるわけです。

 モアブの娘らに対して悔い改めの呼びかけがなされたように、はるか東の日本に生きる私たちにも、神の御手が述べられ、救いの恵みに与りました。

 様々な問題に直面するたびにうろたえ、何とかしようとあせり、その挙句、自分の知恵や経験、力に頼って生きようとして苦しみもがき、呻き声を上げています。その生き方の愚かさに気づいて本心に立ち返り、常に主イエスのもとに逃れ場を見出し、主に結ばれて平安を頂きましょう。その平安と喜びの恵みを、周りにいる人々に証ししましょう。

 主よ、私たちは、自分の力で髪の毛一本を白くも黒くも、抜けないようにすることも出来ません。一瞬先のことさえ分からない私たちが、自分の知恵や力に頼って、何をすることが出来るでしょうか。その愚かさに気づき、いつも目覚めた信仰をもって主に従うことが出来ますように。この身を御手に委ねます。御業のために用いてください。 アーメン




近況報告

今朝、4週間ぶりに病院を受診しました。
朝一番、食事を摂らないまま病院に向かい、到着して受付を済ませ、血液センターへ。
血液検査のための採血。

採血後、検査に30分程度かかり、そのデータが医師の手元に届いて診察の順番に入るので、それも含めて1時間ほど待つ。
予約の時間はあるけど、その通りに始まったことは、まだない。 

検査、診察の結果、順調に経過していることが確認された。
現在、治療に用いたステロイドを少しずつ減らしている。
経過が順調なので、これから4週間、また少し減らすことになった。
このペースで行けば、5月末にはゼロになる。

このまま、寛解ということになるように、体調を整えていきたい。

ただ血液検査の結果、やはりCK(クレアチンキナーザ)値が低い。
関節リウマチを疑わせるものであるが、ステロイドによって症状が緩和されているのだろうか。
あらゆる不具合が解消されたら嬉しいなあ。
神様、宜しくお願いします。







 
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