風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2016年02月

2月29日(月) イザヤ書11章

「彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。目に見えるところによって裁きを行わず、耳にするところによって弁護することはない。」 イザヤ書11章3節

 1節に、「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根から一つの若枝が育ち」とあります。「エッサイ」は、ダビデ王の父親です。「株」とは、切り株のことです。「エッサイの株」と言われているということは、エッサイの子ダビデの家が切り倒されて、エッサイ家が切り株になるということです。それは、主なる神の裁きが、ダビデの子孫に臨んだ結果です。

 けれども、それでおしまいということではありません。「ひとつの芽が萌えいで、その根から一つの若枝が育ち」と、新しい命が芽吹き、成長していきます。神の裁きは、ダビデの家を滅ぼし尽くすためではなく、救いを与え、希望を与えるためだったのです。

 それは、かつてエッサイの家の最も小さい子ダビデが王として選び出されたように(サムエル記上16章11節以下)、エッサイの子孫の中から新しいダビデが選び出されるということです。

 このことは、エレミヤ書23章5,6節でも告げられています。イザヤの告げた預言を、100年後に登場して来たエレミヤが語り継いでいるわけです。

 サムエル記上16章13節に、預言者サムエルがダビデに油を注ぐと、「主の霊が激しくダビデに降るようになった」と記されています。同様に、新しく選ばれる第二のダビデにも、「主の霊がとどまる」と言われます(2節)。主の霊は第二のダビデに、「知恵と識別」、「思慮と勇気」、そして、「主を知り、畏れ敬う」思いを与えます。

 冒頭の言葉(3節)にも、「彼は主を畏れ敬う霊に満たされる」と記されています。箴言に、「主を畏れることは知恵の初め」(1章7節、9章10節、15章33節)と言われていました。コヘレトの言葉にも、「神を畏れ、その戒めを守れ。これこそ、人間のすべて」(12章13節)と語られていました。

 これは、ダビデ王朝の王たちが、「主を知り、畏れ敬う霊」に満たされてはいなかったということを示しているのです。ということは、王として油を注がれさえすれば、主の霊に満たされるのではなく、王が御心に適う政治を行うためには、聖霊の満たしが必要だという心を持つからこそ、「主を知り、畏れ敬う霊」に満たされるということではないでしょうか。

 ですから、「目に見えるところによって裁きを行わず、耳にするところによって弁護することはない」とは、裁きを行うとき、あるいは弁護に立つとき、自分では判断しないと表明しているわけです。

 自分で判断しないのであれば、どのように判断するのかと言えば、神の御心に適う判断をするために「主を知り、畏れ敬う霊」の導きに従って裁き、弁護するということです。彼の目は人ではなく神に向けられており、彼の耳も神の口から出る一つ一つの言葉を注意深く聴こうとしているのです。

 知恵に満ち、神の霊を受けて正しい裁きを行うダビデの子といえば、ソロモンのことを思い出しますが(列王記上3章)、ソロモンはその道を踏み外してしまい、国が割れるという結果を引き起こします(同11章)。御霊の導きを受けずして、正しい道を歩み続けることは出来ないということです。

 キリスト教会は、1節以下のこの段落を、メシア=キリスト預言として読んで来ました。パウロは、ローマ書15章12節でこの箇所(1,10節)を引用しながら、キリストを論証しようとしています。

 主イエス・キリストが公生涯に入られたとき、聖霊が天から鳩のように降って来て、彼の上に留まりました(マルコ福音書1章10節、ヨハネ福音書1章32節など)。さらに、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が天から聞こえました(マルコ1章11節など)。

 また、主イエスご自身も、「子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする」(ヨハネ福音書5章19節)、「わたしは自分では何も出来ない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意思ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである」(同30節)と言われました。

 ダビデの子孫としてお生まれになられた主イエスこそ、まさに、エッサイの株から萌え出た新しい芽なのです。そして、「憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛して下さり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました」(エフェソ書2章4~6節)。

 私たちも、聖霊に満たされて主を仰ぎ、御声に聴き従いましょう。

 主よ、私たちの耳を開き、御声をさやかに聴かせてください。目を開いて、御業を拝させてください。心を開いて、御心を深く悟らせてください。御霊に満たし、主を畏れてその使命を全うすることが出来ますように。 アーメン




2月28日(日) イザヤ書10章

「その日には、イスラエルの残りの者とヤコブの家の逃れた者とは、再び自分たちを撃った敵に頼ることなく、イスラエルの聖なる方、主に真実をもって頼る。」 イザヤ書10章20節

 5節以下に、アッシリアを断罪する言葉が記されています。その中に、「主はシオンの山とエルサレムに対する御業をすべて成就されるとき、アッシリアの王の奢った心の結ぶ実、高ぶる目の輝きを罰せられる」(12節)という言葉があります。

 神はアッシリアを怒りの鞭、憤りの杖として(5節)、「神を無視する国」、即ち、北イスラエル、シリアに遣わし、「戦利品を取り、略奪品を取れ。野の土のように彼を踏みにじれ」と命じられます(6節)。これは、8章1,3節でイザヤに生まれた男の子の名前に示されていたことです。

 しかるに、アッシリアの王は神の計らいを越えて滅ぼし尽くし、断ち尽くそうと考え(7節)、さらにその手をエルサレムにまで伸ばそうとしていました(11節)。

 確かに、南ユダの王アハズは異教の神々を礼拝していました(列王記下16章3,4,10節以下)。だから主は、北イスラエルを滅ぼされたように、南ユダも侵略者の手に渡して、御前から捨てることにされたのです(同17章19,20節)。

  イザヤが7章17節で「主は、あなたとあなたの民と父祖の家の上に、エフライムがユダから分かれて以来、臨んだことのないような日々を臨ませる。アッシリアの王がそれだ」と語っていたのも、主なる神がアッシリアの王を用いて、シオンの山・エルサレムを撃つということでした。それが12節の、「主はシオンの山とエルサレムに対する御業をすべて成就される」ということでしょう。

 けれども、それを成就されたとき、アッシリアの王の奢った心の結ぶ実、高ぶる目の輝きを罰せられると言い(12節)、その理由は、「自分の手の力によってわたしは行った。聡明なわたしは自分の知恵によって行った」(13節)と、力と知恵、栄光を盗んで私しようとしていることだと断じています。

 あらためて、主なる神がアッシリアをイスラエルを打つ鞭、杖としたのは、ユダを徹底的に滅ぼし尽くしてしまうようなことではありませんでした。なぜならば、冒頭の言葉(20節)にあるとおり、「イスラエルの残りの者とヤコブの家の逃れた者」がいると語られているからです。

 「残りの者」や「逃れた者」とは、生き残った者、裁きを免れた者ということで、神はこれを滅ぼし就くされはしない、むしろ、彼らによって新しいイスラエルを築こうとされます。

 この「残りの者」は、「自分たちを撃った敵」つまりアッシリアに頼るのではなく、「イスラエルの聖なる方、主に真実をもって頼る」と言われているからです。つまり、主なる神は、イスラエルの聖なる方、主に真実に依り頼む者が、「イスラエルの残りの者」、「ヤコブの家の逃れた者」となると言われているのです。そして、この預言が、ヒゼキヤ王の治世の第14年に成就しました。

 ヒゼキヤは、アハズ王がアッシリアに贈っていた貢ぎ物をやめました。アッシリアに頼るのをやめて、主を堅く信頼することにしたのです(列王記下18章6,7節)。

 それで、アッシリアの王センナケリブが攻め込んで来て、ユダの砦の町をことごとく占領しました(同13節)。ヒゼキヤは慌てて貢ぎ物を贈ります(同14節以下)。けれども、アッシリアは大軍をエルサレムに派遣し、全面降伏を要求します(同17節以下)。

 そのとき、アッシリア王の使者ラブ・シャケが「国々のすべての神々のうち、どの神が自分の国をわたしの手から救い出したか。それでも主はエルサレムをわたしの手から救い出すと言うのか」(同35節)と言いました。

 これを聞いたヒゼキヤは、主の神殿に行き(同19章1節)、役人たちを預言者イザヤのもとに遣わして、「生ける神を罵るために、その主君、アッシリアの王によって遣わされて来たラブ・シャケのすべての言葉を、あなたの神、主は恐らく聞かれたことであろう。・・・ここに残っている者のために祈ってほしい」(同4節)と要請します。

 ここに、力ある神のもとに帰って来た、イスラエルの残りの者とヤコブの家の逃れた者がいます。そして主なる神は、「イスラエルの残りの者」なるヒゼキヤの要請に応えられました。一夜のうちに、主の御使いがアッシリア陣営で18万5千の兵士を皆撃ったのです(同35節)。

 一人ニネベに逃げ戻ったセンナケリブ王も、自分の神ニスロクの神殿で礼拝しているときに、暗殺されてしまいました(同37節)。センナケリブが冒涜したイスラエルの神は、イスラエルを彼の手から救いましたが、彼が礼拝している神は、彼を守ってはくれなかったのです。

 ヒゼキヤ王の信仰に倣い、主を信じて御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩みましょう。

 主よ、私たちに行くべき道を教えてください。あなたの御言葉こそ、私たちの道の光、私たちの歩みを照らす灯火です。私たちはあなたに信頼しています。どんなときにも御心に従って歩むことが出来ますように。 アーメン




2月28日(日)主日礼拝説教

2月28日(日)主日礼拝の説教動画をYouTubeにアップしました。

説教 「バラバを救うイエス」
聖書 マルコ福音書15章1~15節



静岡教会の公式サイトを更新しました。   
①「礼拝説教」の頁に2月28日(日)主日礼拝の説教動画(YouTube)と式次第を掲載しました。
②「今週の報告」を更新しました。
③「お知らせ」は随時更新しています。
④「今日の御言葉」は毎日更新しています。
URL http://shizuoka-baptist.jimdo.com/

ぜひご覧ください。













 

2月27日(土) イザヤ書9章

「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。」 イザヤ書9章5節

 イザヤが預言を語り始めたとき(1章1節参照、紀元前740年ごろ)、イスラエルの民は自分たちが「闇の中」(1節)を歩いているとは考えていなかったでしょう。北イスラエル王国は紀元前750年ごろ、ヤロブアム2世の治世下、最盛期を迎えていました(列王記下14章25節)。国土を拡張し、交易も盛んで、経済的基盤が確立されていました。

 ところが、それから30年後、急速に勢力を拡大したアッシリアによって、滅ぼされてしまいました(同17章、前721年)。それをイザヤは、「闇」、「死の陰の地」という、神の裁きを示すことばで表現しています。つまり、アッシリアは、裁きを行う神の御手だということです。

 北イスラエルに「闇」がもたらされ、「死の陰の地」となったのは、彼らが神に背き、異教の神々を祀り、礼拝したからです。そして、真の神に頼らず、おのが力に頼み、隣国と同盟して強国と戦おうとしたからです(シリア・エフライム戦争)。

 その時、南ユダは、彼らの同盟に加わらず、彼らが反抗しようとしたアッシリアに貢を贈って援軍を頼み(列王記下16章7節以下)、そのうえ、異教の祭壇を築いていけにえをささげさせたのです(同10節以下)。であれば、南ユダも北イスラエルと同じ運命に見舞われることになるでしょう。

 7節以下、「北イスラエルの審判」を告げる段落で、「しかしなお、主の怒りはやまず、御手は伸ばされたままだ」(11,16,20節)と繰り返し語られるのは、むしろ北イスラエルの審判というより、それを見ていながら悔い改めようとしない南ユダに、神の「御手は伸ばされたままだ」と告げているのではないでしょうか。

 ところが、アハズからヒゼキヤに王位が引き継がれました(列王記下18章1節)。ヒゼキヤは、ダビデのように主の目にかなう正しいことをことごとく行い、イスラエルの神、主を固く信頼し、その戒めを守りました(同18章3節以下)。

 ヒゼキヤの治世14年目(前701年)にアッシリアがユダの各地を征服してエルサレムを包囲し、全面降伏を勧告したときも(同18章13節以下)、ヒゼキヤはイザヤに執り成しの祈りを要請しました(同19章1節以下、4節)。

 このことから、イザヤが1節の「闇の中を歩む民は、大いなる光を見」という言葉で語っている「大いなる光」とは、ヒゼキヤ王のことと言ってよいかも知れません。ヒゼキヤの父アハズは上述の通り、アラム・エフライム連合軍に対抗するため、アッシリアに援軍を願いました(同16章4節以下)。それが、最強の敵を自ら呼び込むかたちになったのです。

 一方、アハズの子ヒゼキヤは主なる神に依り頼み、その危機を信仰によって乗り越えることが出来ました。神がヒゼキヤの求めに応えて、「アッシリアの王がエルサレムに入城することも、矢を射ることも、盾を持って向かってくることも、都に対して土塁を築くこともない」(同19章32節)と約束され、その言葉のとおり、主の使いが一晩のうちに18万5千の兵を撃ち、全滅させられました。

 イザヤが、「彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を、あなたはミディアンの日のように折ってくださった。地を踏み鳴らした兵士の靴、血にまみれた兵士の軍服はことごとく火に投げ込まれ、焼き尽くされた」(3,4節)と語っているのは、そのことではないかと思えるような内容です。

 そして、冒頭の言葉(5節)が告げられます。ここで、「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた」というのは、子どもの誕生というより、王の即位を知らせる言葉だと言われます(詩篇2編7節参照)。

 その王は、名を「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」(5節)と唱えられると言われます。「驚くべき指導者」(ペレ・ヨーエーツ)とは、「不思議な助言者 wonderful counselor」という言葉で、「議官、相談役」を指します。

 次に、「力ある神」(エル・ギッボール)について、王を神と呼ぶのは、詩篇45編7節とここだけです。その意味は、王はこの地上において、神の代理者として立てられるということです。さらに、「永遠の父」(アビー・アド)は、公正で思い遣り深い父親のように長期にわたって統治するようにということでしょう。

 そして、その統治がもたらすものは、「平和」(シャローム)です。士師記6章24節に、ギデオンがオフラに築いた主の祭壇を「平和の主」と名付けたとありますが、それは、主の名は「平和(シャローム)」だということでしょう。

 平和とは、戦争がないという以上の、万物が健全で本分にふさわしい状態にあることをいいます。つまり、平和とは、あらゆる被造物が神を神として認識し、崇め、その御旨に従って生き、行動するときに、主なる神によって与えられるものなのです。

 王がその名で呼ばれるということは、主なる神こそ、イスラエルの王であるという信仰が、そこに示されており、王はその主なる神の代理として振る舞うことが求められるということです。 

 ヒゼキヤは、その任を果たすことが出来たでしょうか。アッシリアを退けた後、ヒゼキヤが死の病にかかり、主に祈って寿命を15年延ばしてもらいました(列王記下20章1,6節)。その後、バビロンから見舞いが来ました(同12節)。ヒゼキヤはその使者を歓迎し、財宝などすべてのものを見せました(同13節)。

 それを聞いたイザヤが、「王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る。あなたから生まれた息子の中には、バビロン王の宮殿に連れて行かれ、宦官にされるものもある」(同17,18節)と告げると、ヒゼキヤは、「主の言葉はありがたいものです」と応えています(同19節)。

 それは、自分の在世中は平和と安定が続くと思っていたからと説明されています(同19節)。アハズの代から、神の御手が伸ばされたままになっているのを、在世中は平和と安定が続くと思っていたということは、彼がいかに、徹底して主に仕えようとしてきたかというしるしと言えます。子らの代に悲劇に見舞われるのは、彼らが主に背く歩みをするからなのです。

 イザヤは、1~6節で告げた預言の成就を、自身の存命中に見ることが出来ませんでした。それは、700年後を待たなければならなかったのです。主イエスこそ、「まことの光で、世に来てすべての人を照らす」(ヨハネ福音書1章9節)のです。マタイは、主イエスの誕生を7章14節のインマヌエル預言の成就と告げています(マタイ福音書1章23節)。
 
 主なる神は、救いを待ち望む全世界のあらゆる世代の民のために、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられるまことの光なる主イエスを、神の独り子にも拘わらず、人としてこの世に生まれさせてくださったのです。

 主よ、あなたの深い憐れみのゆえに私たちも恵みに与りました。御名を崇め感謝します。主に従い、絶えず命の光のうちを歩ませてください。今なお復興の進まない被災地に住み、また避難生活を余儀なくされている人々、軍隊に嗣業の地を奪われ、平和を脅かされている人々に、希望と平安の光が訪れますように。 アーメン




憲法改悪を許さない私たちの共同アクション

今夕、恵泉バプテスト教会(東京都目黒区中目黒)で、河島幸夫先生(西南学院大学名誉教授)の「戦争と教会―ナチズムとキリスト教―」と題する講演会が開催されます。

お近くの方はぜひご参加ください。

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2月26日(金) イザヤ書8章

「わたしは主を待ち望む。主は御顔をヤコブの家に隠しておられるが、なおわたしは、彼に望みをかける。」 イザヤ書8章17節

 イザヤは、8章でも繰り返し、神を畏れ、神を信頼するようにと説きます。

 初めに、大きな羊皮紙に「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」と書かせます(1節)。それは「分捕りは早く、略奪は速やかに来る」という意味だと、新共同訳聖書は括弧書きで説明しています。そして、女預言者の産んだ男の子に、その言葉通りの名前を付けるように言われます。女預言者とは、イザヤの妻のことと考えられます。

 それは、「この子がお父さん、お母さんと言えるようになる前に、(アラムの首都)ダマスコからはその富が、(北イスラエルの首都)サマリアからはその戦利品が、アッシリアの王の前に運び去られる」(4節)という、シリア(アラム)、北イスラエル(エフライム)両国の敗戦による滅亡を、その行動によって預言するものでした。

 次で、「この民はゆるやかに流れるシロアの水を拒み、レツィンとレマルヤの子のゆえにくずおれる」(6節)、「それゆえ、見よ、主は大河の激流を彼らの上に襲いかからせようとしておられる。すなわち、アッシリアの王とそのすべての栄光を」(7節)と告げます。

 ここで、「シロアの水」とは、ヒゼキヤの掘った水道トンネルのことではなく(列王記下20章20節)、ギホンの泉から町に沿ってゆるやかに流れる開放式水道のことで、エルサレムの町のことをそのように表現しています。一方、「大河の激流」とはチグリス・ユーフラテス川を指し、アッシリアのことを表現したものです。

 これは、アハズ王が主なる神に信頼せず、アッシリアに援軍を依頼してアラム・エフライム連合軍に対抗することにしたことで、かえってその激流を南ユダ王国に呼び込むことになるという預言です。「(激流は)ユダにみなぎり、首に達し、溢れ、押し流す。その広げた翼は、インマヌエルよ、あなたの国土を覆い尽くす」(8節)というのですから、南ユダ壊滅の危機です。

 しかし、このように語られるのは、神がイスラエルを徹底的に滅ぼしてしまおうとしているということではありません。「神が我ら(イスラエルの家、ユダの民)と共におられる(インマヌエル)」(10節)と言われているからです。つまり、悔い改めて、神に立ち帰ることを求めておられるのです。けれども、イスラエルの民は主に信頼せず、御言葉に聴き従おうとしません。

 主なる神はイザヤに、イスラエルの民と共にその道を行かないように、と戒めを与えます(11節)。恐れるべきは、アラム・イスラエル同盟でも、はたまたアッシリアでもありません。主なる神なのです(13節)。

 主を信じ、主に依り頼む者にとって、主は聖所であり、逃れ場、堅固な岩、砦の塔となられますが、背く者には、躓きの石、妨げの岩となり、仕掛け網、罠ともなられます(14節)。つまり、神の裁きの手に陥り、それから逃れることは出来ないということです。

 イザヤは、預言者として神の言葉を語り続けて来ました。けれども、功を奏しません。それは、6章9,10節で、この民の心をかたくなにし、耳を鈍く、目を暗くせよ。・・悔い改めていやされることのないために」と言われていたとおりです。

 これからイザヤのすることは、彼の語った預言がどう実現するのか、事態を静観することです。そこで、まず預言の言葉を封印します(16節)。ことが起こった後、確かにそれがイザヤの語った預言の成就であるということを証明するという目的です。そして、冒頭の言葉(17節)のとおり、イザヤは主を待ち望みます。

 イザヤの心境は複雑でしょう。いかに彼らが自分の預言に耳を傾けないからとはいえ、同胞に神の裁きが降るのを待ち望みたいはずはありません。神の裁きの預言が実現して、同胞が裁かれるのを、いい気味だなどと思えるでしょうか。それは、イザヤの心ではないと思います。

 イザヤが召されたとき、彼は、神の前に罪びとであることを自覚し、「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者」と言いました(6章5節)。神は祭壇の火をもってイザヤを清め、預言者として立てられました(同7節)。

 イザヤが待ち望んでいるのは、自分と同様、イスラエルの家、ユダの民が罪を悔い改め、清められること、救われることでしょう。「主は御顔をヤコブの家に隠しておられるが、なおわたしは、彼に望みをかける」(17節)と語っているところにも、それが言い表されていると思います。

 主なる神の裁きは、救いを排除しているわけではありません。むしろ、裁きは救いを指し示すものです。今、主はヤコブの家に御顔を隠しておられるけれども、裁きを通して必ず御顔の光をイスラエルの民の前に輝かせてくださるとイザヤは期待しているのです。

 「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(40章31節)といわれるように、どんなときにも主に望みを置き、いつも喜び、絶えず祈り、すべてを感謝する信仰で前進させていただきましょう。 

 主よ、イザヤが見ている現実は、決して彼が望んでいるようなありさまではありませんでした。しかし、それで失望してしまうことはありませんでした。希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて信じたのです。私たちも、絶えず主を待ち望み、固く主に信頼することが出来ますように。 アーメン




2月25日(木) イザヤ書7章

「しかし、アハズは言った。『わたしは求めない。主を試すようなことはしない』。」 イザヤ書7章12節

 アハズの治世、アラムの王レツィンと北イスラエルの王ペカが同盟を組み、南ユダに攻撃を仕掛けて来ました(1節、列王記下16章5節以下)。アラムとは、ダマスコを首都とするシリアのことです。また、サマリアを首都とする北イスラエルの中心部はエフライム族の所領なので、歴史家はこれを、シリア・エフライム戦争と呼んでいます。

 その当時、シリアからパレスティナ全域をも支配していたアッシリアに反旗を翻し、独立を果たすため、アラムとエフライムが同盟し、南ユダにもその連合軍に参加するよう呼びかけたのですが、南ユダの王アハズはそれを拒否しました。アハズがアラム・エフライム連合軍に与しなかった背景には、預言者イザヤの進言があったものと思われます。

 それで、アラム・エフライム連合軍が南ユダに攻め寄せてきたのです。それは、「ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう」(6節)というとおり、この戦いで勝利を収め、自分たちの意に従う王を立てて、南ユダをいわゆる傀儡国家としようとしていたのです。 
 
 アラム・エフライム連合軍の攻撃に対して、主なる神がアハズに、「落ち着いて静かにしていなさい。恐れることはない」と告げられました(4節)。これは、30章15節と同様、他国との軍事同盟で危機を乗り切ろうとする王の企てに対して、主なる神へ信仰を求められたものです。その信仰に立つならば、アラム・エフライム連合軍の企ては「実現せず、成就しない」(7節)と言われました。

 そして、「信じなければ、あなたがたは確かにされない」(9節)と迫られ、「主なるあなたの神に、しるしを求めよ。深く陰府の方に、あるいは高く天の方に」(11節)と告げておられます。アハズ王の信仰を明確にするため、主が信仰の保証として「しるし」を与えると言われるのです。天のしるしとは雨や稲妻など、陰府のしるしとは地震のようなもののことでしょう。

 それに対してアハズは、冒頭の言葉(12節)の通り、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と答えました。これは、主イエスが悪魔の誘惑を退けるために、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」(マタイ4章7節)と語られた言葉に似て、わたしは主を信じているから、その上しるしを求めて、主を試す必要などはないと敬虔に語っているように見えます。

 けれども、アハズがしるしを求めなかったのは、信仰があったからではなく、神を軽んじていたからです。実際、連合軍の侵攻を知ると、アハズはアッシリアに使いを送り、贈り物をして援軍を頼みました(列王記下16章5節以下)。アッシリアの援軍を、目に見えない神に依り頼むよりもよいと考えていたわけです。

 アッシリアの王ティグラト・ピレセルは、アハズの頼みを受けてアラムの都ダマスコに攻め上ってこれを占領し、王レツィンは殺されました(同9節)。また、北イスラエルの全地方を占領し、住民を捕囚として、アッシリアに連れ去りました(同15章29節)。

 こうして、南ユダはアッシリアの援軍によってアラム・エフライム連合軍から守られました。アハズは、直面していた危機に対して、神の助けによらず、自らの政治手腕によって切り抜けることが出来るという自信を深め、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と、さらに強く語るようになったことでしょう。

 その後アハズは、ダマスコにアッシリアの王ティグラト・ピレセルを訪ね、アッシリア式の祭壇を模して、エルサレムの神殿に同形の祭壇を築かせ(同16章10節以下)、その上で献げ物をささげました(同12節)。

 北イスラエルは、ヤロブアムの罪を離れることが出来ず、結局アッシリアによって滅ぼされ、ユダの部族だけが残されたのですが(同17章18節)、南ユダも同様に異教の偶像を礼拝する罪と無縁でなく、やがて御前から捨てられてしまうのです(同20節)。

 6章10節で言われている通り、アハズ王は主なる神の御前に心を頑なにして、「目で見ることなく、耳で聞くことなく、その心で理解することなく、悔い改めていやされることのない」者とされてしまいます。

 そこで神は、アハズ王に一つのしるしを与えられます(14節)。それは、「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」というのです。インマヌエルとは、神が我々と共におられるという意味です。

 3節に、イザヤの子がシェアル・ヤシュブという名であることが記されています。これは、「残りの者は帰って来る、悔い改めるのは残りの者」といった意味の名前です。この子を伴うイザヤに会って、しかし、アハズは悔い改めに至りませんでした。ゆえに、アハズは神の前から退けられるということになるのです。

 そこで、イスラエルの残りの者から、「インマヌエル」と呼ばれる男の子、「神が我らと共に」という意味の名が付けられる王が生まれるということです。

 インマヌエルなる王が災いを退け、幸いを選ぶことを知る前に、アッシリアの王がパレスティナに来襲してアラム、エフライムを滅ぼし(16,17節)、ユダも大いなる荒廃に見舞われることが告げられます(18節以下)。

 つまり、アハズに与えられる「インマヌエル」なるしるしは、おのが不信仰を裁く神のしるしであり、救いのしるしではありませんでした。しかし、私たちは真に「インマヌエル」と唱えられるお方、私たちの助け主となってくださったお方を知っています。それは、どんな時にも共にいて、私たちを守ってくださる私たちの救い主、主イエス・キリストです(マタイ1章23節)。

 人は自らの行いによって救いを獲得することは出来ず、インマヌエルなる主イエスの贖いにより、恵みによって救いの道を開いて頂いたのです。主を信じ、その御言葉に耳を傾け、導きに従って歩みましょう。

 主よ、試みに遭うとき、その人の真実な姿がそこにあぶり出されます。アハズは目に見えない神にではなく、目に見えるアッシリアに依り頼むことで馬脚を表しました。しかし、私も五十歩百歩です。どうかいつも主に目を留め、その御声に耳を傾け、御霊の導きに従って歩むことが出来ますように。 アーメン








2月24日(水) イザヤ書6章

「主は言われた。『行け、この民に言うがよい、よく聞け、しかし理解するな、よく見よ、しかし悟るな、と』。」 イザヤ書6章9節

 6章には、イザヤが預言者として召されたときのことが記されています。それは、ウジヤ王が死んだ年のことでした(1節)。主なる神が、ご自身の姿をイザヤの前に現されました(1節)。主は天の御座に座し、衣の裾が神殿いっぱいに広がっていました。神殿の天井が抜けて、天の御座が見えたという光景を想像します。

 イザヤの頭上にセラフィムが飛び交い(2節)、「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う」(3節)との賛美の声を聞かせ、その声で神殿の入口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされました(4節)。これは、出エジプト記19章18節同様、主なる神が神殿に顕現されたことを示しています。

 それを見たイザヤは、「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た」(5節)と言います。

 罪深い人間は、清い神を見ることが出来ません。神を見た者は、その後、生き続けることが出来ないと、固く信じられていました(出エジプト記33章20節参照)。イザヤはこの時、そのような伝統的思想によってそのように判断したというより、その伝統的な思想の因って来る所以を自ら体験しての判断とみるべきだろうと、岩波訳の当該箇所の脚注に記されています。

 イザヤはこのとき、重い皮膚病になって死んだウジヤ王のことを思い出したのかもしれません。ウジヤ王は、イスラエル史上最長の52年間王位にありました(歴代誌下26章3節)。その善政のゆえに、国は繁栄しました(同4~15節)。

 ところが、次第に高慢になり、あるとき、神殿で香を炊く務めを行おうとしました(同16節)。祭司アザルヤがウジヤ王を制止しようとすると、ウジヤ王はそれを憤り、怒りを祭司にぶつけます(同17,18節)。そのとき、神がウジヤを打たれたのです(同19節)。イザヤは今、エルサレムの神殿にいます。ということは、イザヤは神殿で神に仕える祭司だったのでしょうか。

 そのとき、セラフィムが祭壇の炭火を取ってイザヤのところに飛んで来て、その口に触れ、「見よ、これがあなたの唇に触れたので、あなたの咎は取り去られ、罪は赦された」と言いました(6,7節)。

 祭壇の火で民の汚れを清め、罪を贖う儀式について、民数記17章に記されていますが、神はイザヤをご自身に仕える預言者として選び、用いるため、イザヤにその栄光の姿を見せ、恐れおののくイザヤを、祭壇の火をもって清められたのです。

 イザヤはそこで神の声を聞きます。それは、「だれを遣わすべきか、だれが我々に代わって行くだろうか」(8節)という声でした。それに対してイザヤは、モーセやエレミヤらとは異なり(出エジプト記3章11節、エレミヤ書1章6節参照)、すぐに「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」(8節)と語ります。

 イザヤは、たった今、神によって罪赦され、贖われる恵みを経験したばかりです。それは、まさに古い自分に死に、神に仕える新しい人生の始まりを意味したのです(ローマ書6章11,13節、ガラテヤ書1章13節以下参照)。

 このように選び立てられた預言者イザヤに対して、神は特別な任務を授けます。それは、「行け、この民に言うがよい、よく聞け、しかし理解するな。よく見よ、しかし悟るな、と。この民の心を頑なにし、耳を鈍くし、目を暗くせよ。目で見ることなく、耳で聞くことなく、その心で理解することなく、悔い改めて癒されることのないために」(9,10節)という命令です。

 聞いて理解し、悔い改めて癒されるように語れというのではなく、聞いても理解するな、見ても悟るな、悔い改めて癒されることのないためにというのです。つまり、神はイザヤに、イスラエルが悔い改めをなすべき時期はもう終わった、もはやそれをするには遅すぎる、彼らには神の裁きが下ると告げさせようとしておられるわけです。

 それは、5章19節で、イスラエルの民自身が、「イスラエルの聖なる方を急がせよ、早くことを起こさせよ、それを見せてもらおう。その方の計らいを近づかせ、実現させてみよ。そうすれば納得しよう」と語っているからです。なんと愚かなことでしょう。

 イスラエルの民に裁きを下すことにされた神は、しかし、決してそれを喜んでおられるはずがありません。怒りよりもむしろ、悲しみがその心を満たしていたのではないでしょうか。だからこそ、すぐに滅ぼし尽くされるのではなく、イザヤを遣わして「もう遅い」と語らせるのです。

 そして主は、そのように語らせながら、もしも悔い改めてくれば、ニネベの町の人々を赦し、災いを下すのを中止されたように(ヨナ書3章10節)、赦しをお与えになられるのです。それは、「わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者」(5節)と語ったイザヤを、セラフィムの一人が祭壇の炭火で清めたことに、既に示されていました(6,7節)。

 今日も、愛と憐れみに富む父なる神を仰ぎ、その御声に耳を傾け、御霊の導きに従って歩みましょう。

 主よ、あなたは愛と憐れみに富むお方です。背いたイスラエルに悔い改めを解き、滅ぼすことに決められた後も預言者を遣わし続けられました。その愛と憐れみにより、私たちも救いの恵みに与りました。どうか、この恵みを無駄にせず、神の愛と憐れみを、その生活を通して証しするため、私たちを遣わしてください。 アーメン



2月23日(火) イザヤ書5章

「イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑。主が楽しんで植えられたのはユダの人々。主は裁きを待っておられたのに、見よ、流血。正義を待っておられたのに、見よ、叫喚。」 イザヤ書5章7節

 新共同訳聖書は、5章1~7節の段落に、「ぶどう畑の歌」という小見出しをつけています。初めに「わたしは歌おう」(1節)といって歌い出すのは、イザヤ自身です。「わたしの愛する者」とは、主なる神のこと、そして、ぶどう畑とは、イスラエルの家、ユダの人々のことを指しています。

 この書き出しから、洗礼者ヨハネが自分と主イエスの関係を花婿と花婿の介添え人として語った、「花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人は傍に立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている」(ヨハネ福音書3章29節)という言葉を思い出します。

 ここに、主なる神が花婿、ぶどう畑とされているイスラエルの家が花嫁、そして、花婿の介添え人(=友)としてイザヤが登場しているということになります。花婿の友なるイザヤが、主なる神のためにぶどう畑の愛の歌をうたうのです。

 イスラエルは、ヨルダン川流域や北イスラエルの丘陵地帯には農耕に適した地が広がっていますが、南ユダ、エルサレムの南方には、農耕にあまり適さない荒れ野が広がっています。そこにぶどう畑を作ろうというのは、大変困難なことでしょう。もともと「肥沃な丘」(2節)ではなかったのです。

 肥沃な丘にするためには、固い地面を掘り起こして石を取り除き、土を豊かにするために堆肥を施さなければなりません。言葉で言うのは簡単ですが、重機はおろか鉄製の農具も十分ないようなところで、それをするのはどんなに困難なことか、想像に難くありません。

 年月をかけてようやく立派な畑を作り上げ、そこに良いぶどうの苗を植え、丹精して収穫を待ちます。いよいよ収穫になりました。ところが、実ったのは、予想もしない酸っぱいぶどうでした(2節)。どうしてそうなってしまったのでしょう。理屈が分かりません。

 それで、畑の持ち主が「わたし」として登場して、「わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ」と言い(3節)、「わたしがぶどう畑のためになすべきことで、何か、しなかったことがまだあるというのか。わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに、なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか」と尋ねています(4節)。

 外形は確かにぶどう、でも中身は似ても似つかないものになってしまっているというわけですね。だから、畑の持ち主は怒って、畑を焼かれるまま、踏み荒らされるままにして見捨てると言います(5節)。

 これは、主なる神とイスラエルとの関係を言い表したもので、神は、イスラエルに「裁き(ミシュパト:通常「公正」と訳される)」を期待されたのに「流血(ミスパハ)」が生じている、「正義(ツェダカ)」を待っているのに「叫喚(ツェアカ)」が来たと言われます。

 ミシュパトとミスパハ、ツェダカとツェアカ、よく似た言葉、よく似た文字が用いられていますが、内容は全く違います。外形は似ていても内容は全く違う、よく世話をされたぶどう畑に、期待外れの酸っぱいぶどうが実った。礼拝の形式は整っているかも知れないけれども、そこに心が伴わないという状況なのでしょう。

 礼拝に心が伴わないというのは、心からの賛美ではない、説教を上の空で聞いているというような話ではありません。主なる神は、貧しい者や弱い者が守られる、公平で豊かなな社会が築かれることを願われたのに、強い者が弱い者を食い物にして、血が流され、その叫び声が響いているというのは、神の御言葉に耳を傾け、その御心に従おうとする姿勢ではないことを示しているというのです。

 29章13節の「主は言われた。『この民は、口でわたしに近づき、唇でわたしを敬うが、心はわたしから遠く離れている。彼らがわたしを畏れ敬うとしても、それは人間の戒めを覚え込んだからだ』」という預言も、そのことを教えています。 

 主イエスが、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父がとりのぞかれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」(ヨハネ福音書15章1,2節)と言われました。

 さらに、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(同5節)と語っておられます。

 私たちは、どんな実を結んでいるのでしょうか。良いぶどうでしょうか、それとも酸っぱいぶどうでしょうか。豊かによい実を結ぶために、主イエスを信じ、謙ってその御言葉をしっかり聴きましょう(同7節)。

 御言葉をしっかり聴くとは、その命令を守ることであり(同9,10節)、その命令とは、主イエスが私たちを愛されたように、私たちが互いに愛し合うことです(同12節)。それが、主イエスの期待されている良いぶどうの実なのです。

 主よ、どうか御霊と御言葉の導きにより、私たちに手を入れて、良い実を豊かに実らせる枝とならせてください。あなたの深い愛と慈しみのもとにとどまり、互いに愛し合う家庭、社会を築くことが出来ますように。そうして、御名の栄光を現してください。御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン






 

2月22日(月) イザヤ書4章

「主は、昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火を造って、シオンの山の全域とそこで行われる集会を覆われる。それはそのすべてを覆う栄光に満ちた天蓋となる。」 イザヤ書4章5節

 2節に「その日には」とありますが、これは、1節の「その日」とは天地の差があります。というのは、1節の「その日」は、3章に記されている、神の審判がユダとエルサレムに臨んだ日です。その日、7人の女性が一人の男性との結婚を望み、それも、パンや着物は自分で何とかするから、名目だけでも結婚したことにして欲しいと言います。

 この女性たちは、3章25,26節で「シオンの男らは剣に倒れ、勇士は戦いに倒れる。シオンの城門は嘆き悲しみ、奪い尽くされて彼女は地に座る」と言われているように、その日までに夫を失い、やもめとなった女性たちでしょう。

 イスラエルにはやもめを援助する法制度がありましたが、一人身となった女性が生きていくには、内縁の妻、妾となるほか術がないという、法制度が崩壊した状態、即ち神の裁きにより、エルサレムが陥落し、南ユダ王国が崩壊した状態を描いているわけです。

 一方、2節の「その日」は、裁きの日ではありません。「その日には、イスラエルの生き残った者にとって、主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる」と言われています。

 「イスラエルの生き残った者たちにとって」(リフレータト・イスラエール)は、原文は、「この地の結んだ実は」を形容する位置に置かれています。他の邦語訳(口語訳、新改訳、岩波訳など)は、そのように訳しています。ただ、解釈上、それほど大きな問題ではありません。即ち、イスラエルにとって、この日は恥が取り去られて栄光となり、また誇り、輝きとなる日だということです。

 ということは、「イスラエルの生き残った者」というのは、何とか難を逃れたとか、運良く生き残れたという人々ではありません。神が選んで、新しいイスラエルを築くためにエルサレムに残しておられた者たちのことです。

 3節にも、「シオンの残りの者、エルサレムの残された者は、聖なる者と呼ばれる。彼らはすべて、エルサレムで命を得る者として書き記されている」と言われています。つまり、「イスラエルの生き残った者」は、命の書に名が記されていたので、神によって守られ、そこに残ることが出来たわけです。

 4節で、「裁きの霊と焼き尽くす霊をもってシオンの娘たちの汚れを洗い、エルサレムの血をその中からすすぎ清めてくださる」というは、主が罪に満ちたユダに審判を下し、エルサレムの町を焼き尽くすことによって、それを罪をすすぎ、清められるということです。

 つまり、それまでイスラエルが頼りとしていた、目に見えるすべてのものが滅ぼされ、焼き尽くされることで、もう一度、神のみに頼り、神を仰いで生きる礼拝の民がここに再創造されたわけです。

 それに続いて冒頭の言葉(5節)で、「主は、昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火を作って、シオンの山の全域とそこで行われる集会を覆われる」と言われるのは、出エジプトの民を荒れ野で導いた「雲の柱、火の柱」の記述を思い出させます(出エジプト記13章21節)。

 その意味で、イザヤは「その日」を、神に背く頑なな者が神に打たれ、神を信じ、御旨に従って歩む者に、救いと解放がもたらされる第二の出エジプトの日として描いており、「その日」を迎えるために、神はエルサレムとユダを裁かれたのだと言ってよいでしょう。

 それはしかし、生き残りの者たちが神の裁きに堪える清いものであったということを意味しません。「汚れを洗い」、「すすぎ清めてくださる」と言われているからです。彼らの汚れが洗われ、罪をすすぎ清めていただけるのは、主なる神の深い憐れみによることなのです。

 神の憐れみにより、神を仰いで生きる者として再創造されたイスラエルの民のために、主なる神は自ら、昼は雲となり、夜は火となって、民を覆われます。雲も火も、神の臨在を示すしるしです。もはや、主なる神は、神を礼拝する者、主の御名によって集う者たちから離れられず、彼らを昼の暑さ、夜の寒さから守られるということです。

 主イエスは、私たちの罪のために十字架にかかられ、死んで葬られ、三日目に甦られた後、天に登り、神の右の座に着かれました。肉眼では、主イエスを見ることが出来なくなりましたが、神は別の弁護者として真理の霊を遣わしてくださり(ヨハネ福音書14章16節)、私たちと共に、私たちの内にいるようにしてくださいました(同17節)。

 また、「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(同20節)と言われました。「かの日」は、神が御業を行われるために選ばれた日ですが、主が私たちの内におられることが分かる日、主を愛する者が父なる神に愛され、主もその人を愛して、ご自身を啓示してくださる日です(同21節)。

 主を信じる私たちの心に聖霊が住まわれ、私たちに主イエスを啓示してくださり、あらゆる霊的な恵みをもって守り、満たし、導いてくださるのです。聖霊を求め、祈りましょう。求める者は得、探す者は見出し、門を叩く者には開かれます(ルカ11章9節)。主は、求める者に聖霊をくださると約束しておられます(同13節)。

 主よ、御名を崇めます。どうか御霊によって汚れを洗い、すすぎ清めてください。御言葉によって命の道に導いてください。主を拠り所とし、すべてを委ねて歩みます。私たちを通して御業を行い、御名の栄光を表してください。 アーメン







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