風の向くままに

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2015年04月

4月30日(木) 歴代誌下18章

「しかし同時にヨシャファトはイスラエルの王に、『まず主の言葉を求めてください』と言った。」 歴代誌下18章4節

 ユダの王ヨシャファトが、大いなる富と栄光に恵まれるとともに、イスラエルの王アハブとも姻戚関係を結んだと、1節に記されています。具体的には、息子ヨラムのために、アハブの娘アタルヤを嫁に迎えるというものです(21章6節、22章2節)。

 ヨシャファトは前の章で、「主はヨシャファトと共におられた」と評される人物でした。一方、アハブは、「彼以前のだれよりも主の目に悪とされることを行った」と言われる人物です(列王記上16章30節)。アハブは、シドン人の王エトバアルの娘イゼベルを妻に迎え、進んでバアルに仕えました(同31節)。

 ヨシャファトはなぜ、釣り合いのとれない軛と思われる、アハブとの姻戚関係を結ぶのでしょうか。それは、南北イスラエルの間に、友好関係を築いて、国内の軍事的、政治的緊張を緩和するということでしょう。また、婚姻に伴う持参金のためとも言われます。けれども、17章でみたように、それらを必要としないほどに主の恵みを受けて、豊かな富を得、軍備を増強して国を固めていました。

 ヨシャファトがアハブを尋ねたとき、アハブは、ラモト・ギレアドに攻め上ろうとヨシャファトを誘いました(2節)。もともと、ラモト・ギレアドはイスラエルの領土でしたから(列王記上4章13節)、そこに攻め上ろうということは、アラムに奪われている領土を取り返そうということです。

 ただ、ここで「誘う」というのは、申命記13章7節で、異教の神礼拝に誘うというところで用いられているのと同じ言葉です。このような言葉を選んでいるのは、歴代誌の著者がアハブとの姻戚関係が、異教の偶像礼拝に誘われたようなものであり、それに伴って、命の危機を招いていくと、ヨシャファトを強く非難する思いがそこに込められているのでしょう。 

 「一緒にラモト・ギレアドに行っていただけませんか」というアハブに、ヨシャファトは、「戦うときには、わたしはあなたと一体、わたしの民はあなたの民と一体です」と答えます(3節)。どこまでも一緒にということですが、それだけではなく、冒頭の言葉(4節)の通り、「まず主を求めてください」とアハブに言いました。

 そこでアハブは、自分の400人の預言者を召集し、「戦いを挑むべきか、控えるべきか」を尋ねます。すると彼らは、「攻め上ってください。神は、王の手にこれをお渡しになります」と答えました(5節)。しかし、ヨシャファトはそれに満足せず、ほかに主の預言者はいないのかと尋ねます(6節)。アハブは渋々、ミカヤを呼びます。というのは、ミカヤがアハブの災いばかりを預言していたからです(7,8節)。

 呼び出されたミカヤは初め、「攻め上って勝利を勝ち取ってください」と言いますが(14節)、真意を尋ねると、「イスラエル人がみな、羊飼いのいない羊のように山々に散っているのをわたしは見ました」と言い(16節)、さらに、「主がこのあなたの預言者たちの口に偽りを言う霊をおかれました。主はあなたに災いを告げておられるのです」と続けました(18節以下、22節)。

 ここで、祝福を語る400人の預言者と、400人の預言者の告げる祝福は偽りで、アハブをラモト・ギレアドで倒れさせると災いを告げたミカヤと、どちらが神によって語っていたのでしょうか。どうすれば、それが判別出来るのでしょうか。

 主イエスは、神の御心を行おうとする者は、その教えが神から出たものか、その人が勝手に語っているのか、分かるはずだと言われました(ヨハネ福音書7章17節)。アハブはミカヤを投獄監禁して戦場に赴きました(25節以下)。戦いの後、ミカヤを処罰するためでしょう(26節参照)。

 ヨシャファトは、ミカヤの言葉をどのように聞いたのでしょう。残念ながら、彼もヨシャファトの言葉に真剣に耳を傾け、その災いを免れようとはしませんでした。ヨシャファトがアハブと姻戚関係を結んだことが問題だったように、ここで、ヨシャファトが主の預言者の言葉を聞きながら、その言葉に従おうとしないところに、問題があります。

 もしも、ヨシャファトがミカヤの言葉を聞き、アハブにラモト・ギレアドに攻め上るのを辞めさせ、主なる神を求め、その戒めに従って歩むように進言していたら、それをアハブが聞き入れていたら、彼は、この戦いで命を落とすことはなかったのです。

 悔い改めとは、方向転換して神の方に向くことです。人の思いや考えではなく、神の御心に従うことです。けれども、アハブは神に従うよりも、自分の思いを優先しました。神の御言葉に謙るよりも、ミカヤに反発するかたちで行動してしまいました。それは、王としてのメンツでしょうか。結局、自分の周りに集めた御用預言者らの言葉に気を良くし、真の預言者の言葉の耳を閉ざしてしまいました。

 そのため、災いを告げたミカヤの預言どおり、その戦いの中で深手を負い、息絶える結果となったのです(33,34節)。アハブと同行したヨシャファトも、敵に包囲されて絶体絶命のピンチに陥りましたが、すんでのところで救われました(31節)。

 31節の「引き離された」という言葉は、2節の「誘う」という言葉です。神が、「アハブと一体」と言っていたヨシャファトから敵を誘い出して救ったという表現で、行くべきでなかった戦争のさなか、神の助けを叫び求めたヨシャファトは、神の救いを見ることが出来たのです。ここに、神の憐れみがあります。

 繰り返し学んでいるように、気分や感情によらず、信仰によって行動しましょう。ヨシャファトがアハブに言った通り、主の御言葉を求めましょう。告げられた御言葉に聴き従いましょう。そうして、聖霊に満たされ、神に力づけられ、励まされて歩ましょう。

 主よ、アハブは自分の意に沿わない神の言葉に耳を傾けることが出来ませんでした。その結果、災いを刈り取ることになりました。ヨシャファトは、主の御言葉を求めることは知っていましたが、素直に従うことが出来ませんでした。そのために、危うく命を落としてしまうところでしたが、主に助けを求めて、九死に一生を得ました。私たちも同様に弱く愚かな者です。憐れんでください。日々御言葉を求めて、御前に進むことが出来ますように。謙って聴き従うことが出来ますように。聖霊の満たしと導きを心から願います。 アーメン




4月29日(水) 歴代誌下17章

「主はヨシャファトと共におられた。父祖ダビデがかつて歩んだ道を彼も歩み、バアルを求めず、先祖の神を求め、その戒めに従って歩み、イスラエルの人々のようには行わなかったからである。」 歴代誌下17章3,4節

 17章から、ダビデ王朝6代目ヨシャファト王について記述しています。列王記の記述の仕方では、北イスラエル王アハブと姻戚関係を結び、その動きに従属的に紹介されるという登場の仕方になっていますが(列王記上22章1節以下)、歴代誌の著者は、ヨシャファトを主要な王の一人とし、肯定的評価をしています(21章12節、22章9節も参照)。

 ヨシャファトは先ず、ユダの町や、父が占領したエフライムの町々にも軍隊を配置して(2節)、国を固めました(5節)。そのことを、12節以下で詳述するという手法で、ヨシャファトの勢力が増大していることを示しています。

 冒頭の、「主はヨシャファトと共におられた」(3節)という言葉は、短い言葉ですが、とても素晴らしい言葉です。主イエスについて、「その名はインマヌエルと呼ばれる」と言われていました。そして、「インマヌエル」とは、「神は我々と共おられるという意味である」と説明されています(マタイ福音書1章23節)。

 どうして、主がヨシャファトとご一緒におられたというのでしょうか。その理由について、冒頭の言葉で、「父祖ダビデがかつて歩んだ道を彼も歩み、バアルを求めず、先祖の神を求め、その戒めに従って歩み、イスラエルの人々のように行わなかったからである」と説明されています。

 ヨシャファトの父王アサに対して預言者アザルヤが、「あなたたちが主と共にいるなら、主もあなたたちと共にいて下さる。もしあなたたちが主を求めるなら、主はあなたたちにご自分を示して下さる。しかし、もし主を捨てるなら、主もあなたたちを捨て去られる」と告げていました(15章2節)。そのことを、ヨシャファトは父から聞いていたのではないでしょうか。また、実際にアサが行っていたことを、傍らで見ていたのでしょう。

 ただし、アサは生涯その道を歩み通すことが出来ませんでした。最後に道を踏み誤ってしまったのです(16章7節以下)。先見者からそれを指摘されるとかえって怒りを表わし、民の中のある者たちを虐待するという、八つ当たり的な行動を取っています(同10節)。そして、晩年、重い病にかかりましたが、そのときにも主を求めなかったと批判されています(同12節)。

 ただ、そのことで、アサのなした業績がすっかり無駄になったとは思いません。神は、主の人のために汲んだ水一杯の恩を忘れないと言われるお方だからです(マルコ福音書9章41節)。アサは、41年という長い治世を全うし、眠りにつきました。アサのもとで、国が長い間、平穏の内にあったのです。そして主の憐れみのもと、特別な葬りがアサのためになされたのです(16章14節)。

 主に慰められる以上の慰めはありません。主が共にいてくださるということ以上の平安はありません。アサの心変わりにも拘わらず、神は、その深い憐れみのゆえに、どんなときにもアサと共にいてくださったということではないでしょうか。だから、それを見たアサの子ヨシャファトが、さらに熱い心で主を求めたのだと思います。

 「バアルを求めず」(3節)ということについて、6節で、聖なる高台やアシェラ像をユダから取り除いたと言われます。「先祖の神を求め、その戒めに従って歩み」(4節)ということについては、高官やレビ人、祭司たちが主の律法の書を携えてユダのすべての町々で教育を行うように遣わし、民の教化に当らせたと記されています(7~9節)。ヨシャファトの主を求める熱心さも、次第に増大しているということを示すかのようです。

 それゆえ主は、ヨシャファトを祝福され、多くのものがもたらされました。5節には、ユダの民がヨシャファトに貢ぎを贈ったとありますが、10節以下に、主の恐れが近隣の国々を襲い、ユダに戦いを挑む者はなく(10節)、ペリシテ人のもとから貢ぎ物や税が届けられ、アラビア人も雄羊、雄山羊を7700匹ずつ届けたと記されます(11節)。このように、祝福が拡大しているわけです。

 こうして、ヨシャファトはおおいに富み栄え、勢力を増し、ユダを守る勇士、武装兵の数は百万を越えています(12節以下)。あまりに多いので、少々誇張されているのではないかという学者が少なくありませんが、いずれにしても、そのように主がヨシャファトを祝されたという表現です。

 何よりも先ず主を求める者のためには、その必要のすべてを豊かに与えてくださるという約束の実現を、そこに見ることが出来ます(マタイ6章33節参照)。持っている人は更に与えられて豊かになるという言葉がありますが(同25章29節)、主との関係が正しくされるときに、主が共にいてくださるという恵みに、すべての必要が満たされるという恵みが増し加えられるのです。

 私たちも、何よりも先ず主を求め、その導きに従って歩むことを通して、主が共におられて私たちを祝福していてくださることを感謝する者とならせていただきたいと思います。

 主よ、ヨシャファト共におられ、豊かな恵みを賜ったように、いつも私たちと共にいてくださることを感謝します。あなたを求めることを心に定め、御言葉に耳を傾けます。キリストの言葉が私たちの内に豊かに宿りますように。私たちの歩みを導き、御心を行わせてください。 アーメン!




4月28日(火) 歴代誌下16章

「主は世界中至るところを見渡され、ご自分と心を一つにする者を力づけようとしておられる。この事について、あなたは愚かだった。今後、あなたには戦争が続く。」 歴代誌下16章9節

 アサ王は、その治世が終わりに近づいたとき、大きな試みに遭いました。治世第36年に北イスラエルの王バシャがユダに攻め込んで来たのです(1節)。この戦いは、列王記上15章16節以下に、同じように記述されています。ただし、同15章33節によれば、バシャは、アサの治世第3年に王となり、その治世は24年に及んだというのですから、アサの治世第36年には(1節)、バシャは既にこの世にありませんでした。

 アサの治世第26年にバシャの子エラがイスラエルの王となり(列王記上16章8節)、翌年、家臣ジムリが謀反を起こして代わって王となり(同9,15節)、しかし、7日後に全イスラエルがオムリを立ててジムリを追い落とし、代わってオムリが王となりました(同16,22,23節)。アサの治世第36年は、オムリがイスラエルの王のときということになります。ということで、いずれかの資料に年代の誤りがあると言わざるを得ません。

 バシャがラマに砦を築くということは(1節)、既にベニヤミン領に攻め込んでその地を確保しているというしるしです。そこを橋頭堡として、さらに深く攻め込んで来ようというわけです。

 そこでアサは、アラム王ベン・ハダドに金銀を贈って北イスラエルを牽制させ、攻撃がやむように願いました(2節以下)。その際、アサは「わたしとあなた、わたしの父とあなたの父との間には同盟が結ばれています」(3節)と言っていました。父アビヤの代に結ばれた同盟関係を自分たちの間でも確認し、その上で、バシャとの同盟を破棄するように求めたわけです。

 その求めに応じて、アラム軍が北イスラエルの補給基地を攻略したので(4節)、バシャはラマの構築を中止しました(5節)。しかも、バシャがラマに砦を建てるために運び込んだ石材と木材を利用して、ゲバとミツパに砦を築くことが出来ました(6節)。

 アサにとって、ベン・ハダドへの貢物は、王宮の宝物庫だけでなく、主の神殿からも金銀を取り出すということで、とても大きな負担だったわけですが、敵を追い払うことが出来ただけでなく、国境の防備も固めることが出来たわけです。まさに一石二鳥の結果となったので、快哉を叫びたいところでしょう。

 けれども、そこへ先見者ハナニがやって来て、「あなたはアラム王を頼みとし、あなたの神、主を頼みとしなかった。それゆえ、アラムの王の軍隊はあなたの支配を離れる」と告げます(7節)。「支配を離れる」ということは、アラムとの同盟関係は、父アビヤのときは、イスラエルがアラムを支配していたということになります。それは、主を頼みとしていたときの主の計らいだったということでしょう。

 それをこのとき、アサ王が主を頼みとせず、貢物でベン・ハダドを動かして解決しようとしたため、立場が逆転する結果になってしまったわけです。また、アサの貢物でベン・ハダドが北イスラエル王バシャとの同盟を破棄するというなら、アサとベン・ハダドとの同盟もそれだけのこと、金の切れ目が縁の切れ目ということになります。

 アサ王は、主の目にかなう正しいことを行って来た王様でした。彼は、国内から異教の偶像を取り除き続けてきました(14章2節以下、15章8節)。母親がアシェラ像を造ったというので、太后の位から退けることさえしています(15章16節)。そして、自軍に倍する敵軍を前にしても、主を頼みとし、主の御名で大軍に立ち向かうと信仰を言い表した王様です(8節、14章7節以下)。

 何故今回、主を頼みとせず、冒頭の言葉(9節)にあるように、「あなたは愚かだった」と言われてしまうのでしょうか。それは、それほど問題が大きくなかったからなのかも知れません。自分に倍するような敵ならば、主を頼みとするほかありませんでした。でも、自分が動けばなんとかなるかも知れないというようなレベルのとき、祈るまでもないと思うのではないでしょうか。

 大罪を犯すと考えれば手を出さなかったかも知れませんが、この程度ならといった軽い気持ちで罪に手を染めてしまうケースがあるでしょう。大祭司カイアファの屋敷でペトロが主イエスを否んだとき、もしもペトロ自身が縛られて大祭司の前に引き出され、同じように尋ねられたのであれば、「私は主イエスの弟子です」と答えられたのかも知れません。富士山に躓く人はいません。私たちが躓くのはごく小さな段差です。

 神はそれを、「愚かだった」と言われました。これは、聞かなければならない大切な言葉であり、そこから信仰を学ばなければなりません。主なる神は、私たちを愚かなままにしておきたくはないのです。冒頭の言葉(9節)のとおり、「主は世界中至るところを見渡され、ご自分と心を一つにする者を力づけようとしておられる」のです。

 主の言葉を聞いて、アサ王のように憤るのではなく(10節)、どんなときにも主を信頼し、事毎に主に尋ね、導きに従って欲しかったのです。たとい失敗しても、もう一度主の祭壇を新しく築き直すこと、改めて主を求めようと心を定めることを望んでおられたのです。即ち、アラムの王の軍隊がユダを離れても、全知全能の主が味方となってくださるなら、誰もユダに敵対することが出来ないことを悟って欲しいと願っておられたということです。

 失敗しないように気をつけていても、失敗してしまうのが私たちの常です。失敗したとき、そしてそれに気づいたときには素直に悔い改め、主の赦しを頂いて、主と共に前進させて頂きましょう。「互いにうそをついてはなりません。古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです」(コロサイ書3章9,10節)。主の祝福を祈ります。

 主よ、あなたに信頼します。弱い私たちを憐れんでください。絶えず御言葉に立ち、その導きに従うことが出来ますように。御心を尋ねて祈り求めます。私たちの歩むべき道を示してください。主こそ道であり、真理であり、命だからです。私たちを主の御業に用いてください。御心がこの地になりますように。 アーメン




4月27日(月) 歴代誌下15章

「彼はアサの前に進み出て言った。『あなたたちが主と共にいるなら、主もあなたたちと共にいてくださる。もしあなたたちが主を求めるなら、主はあなたたちにご自分を示してくださる。しかし、もし主を捨てるなら、主もあなたたちを捨て去られる。』」 歴代誌下15章2節

 オデドの子アザルヤに神の霊が臨み(1節)、ユダの王アサに預言を告げます。それが、冒頭の言葉(2節)で始まる神の言葉です。彼らは、クシュ人ゼラの大軍を退け、ゲラル周辺のすべての町を撃って、多くの戦利品を持ち帰っていました(14章7節以下、11,12節)。レハブアムの道を歩まないように、「勝って兜の緒を締めよ」といったところでしょう。

 預言の内容について、3節に、「長い間、イスラエルにはまことの神もなく、教える祭司もなく、律法もなかった」と言っているのは、おそらく士師記の時代のことを指しているのでしょう。そのころ、国ははなはだしい騒乱に巻き込まれ、安全に行き来することが出来ませんでした(5節)。国と国、町と町が互いに争い、破壊し合っていたからです(6節)。

 「しかし、あなたたちは勇気を出しなさい」(7節)というのは、14章2節以下に記されている宗教改革を完遂しなさいということです。2節で、「あなたたちが主と共にいるなら、主もあなたたちと共にいてくださる。もしあなたたちが主を求めるなら、主はあなたたちにご自分を示してくださる」と語られているのは、14章6節でアサ自身が民に告げていたことでした。

 ここで、預言者アザルヤについて、父オデドの名のほか、彼のことを知ることの出来るものは何もありません。オデドも、8節では「預言者」と呼ばれています。ただ、アザルヤとは、「主は助け」という意味で、その名を持つ預言者がアサのもとに遣わされたというのも、語呂合わせ以上の意味を持つ出来事ということです。

 その言葉を聞いてアサ王は勇気を出し、ユダの全地から偶像を取り除き、主の神殿の祭壇を新たに築き直しました(8節)。すると、主なる神が彼と共におられるのを見て、イスラエルから多くの者が彼のもとに投降して来たと言われます(9節)。

 かつて、レハブアムの代にイスラエルの神、主を求めようと心を定めた者たちが、イスラエルのすべての部族の中から、エルサレムに出て来て主を礼拝し、ユダの国を強くしました(11章16節)。しかし、それは3年間という短い間で(同17節)、その後、レハブアムは主の律法を捨ててしまいます(12章1節)。国が固まり、自らも力をつけて、それが高ぶりになってしまったのでしょう。

 ヤロブアムの背信のためにエルサレムにやって来て、主を求めつつレハブアムに協力していた人々は、レハブアムの背信を見て、レハブアムを支援することをやめてしまったことでしょう。ここに、主の目に適う正しいことを行う王の登場を見て、再びイスラエルから多くの人々がエルサレムにやって来たわけです(10節)。

 あらためて、主を求め、主と共にいるとは、異教の偶像を取り除き、主の祭壇を築き直すこと、主の御言葉に耳を傾け、その教えを守ることと示されます。かつて神を求めたことがあれば、それでよいというのではありません。私たちが主の霊の導きに与るとき、自分たちの姿、特に罪の姿が示されることでしょう。

 アサ王が主の目にかなう正しい善いことを行い、異国の祭壇と聖なる高台、石柱やアシェラ像を壊し、取り除いたことが、14章1,2節にも記されていました。前に行っていたことを、アザルヤの言葉に力を受けて、ユダとベニヤミンの地でさらに徹底的に行うと共に、エフライムの山地で攻め取った町々から、忌むべき偶像を除き去り、主の祭壇を新しくしたと読むことが出来ます(8節)。

 エフライムの山地は北イスラエルの領土ですが、列王記上15章16節などに、「アサとイスラエルの王バシャの間には、その生涯を通じて戦いが絶えなかった」と記されているので、ある時期、その戦いの中でエフライム山地の町々を獲得することがあって、アサはその町々にあった異教の神々を廃する宗教改革を断行したのです。

 人はいつの間にか、偶像を造ってしまいます。偶像というのは、目に見えるもの、形あるものばかりではありません。自分を安心させようとして、あるいは自分の欲望を満たすために、主を求めることを妨げ、主と共にいることが出来ないようにするもの、それらすべてが偶像です。

 私たちが求めれば、ご自分を示してくださると主は言われますが(申命記4章29節、エレミヤ書29章12節以下など)、神ご自身がご自分を示そうとしておられるので、私たちが求める前から、ご自分を示す準備をしておられるのです。いえ、それだけでなく、私たちに求める心を起こさせてくださるのです(フィリピ2章13節)。

 それが、私たちを祝福してやまない主の御心です(15節参照)。御言葉と聖霊の導きに従い、自分の心の内にある、神にふさわしくないものを取り除かせていただきましょう。

 「神の聖霊を悲しませてはいけません」(エフェソ4章30節)という御言葉があります。また、「霊の火を消してはいけません」(第一テサロニケ5章19節)という御言葉もあります。そのために、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」(同5章16~18節)と命じられます。それは、「これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられること」(同18節)だからです。

 喜びと感謝を携えて絶えず神に祈ること、神がそれを望んでおられます。主は私たちと共におられますが、ただ黙ってそこにいるというのではなくて、語り合うこと、交際することを求めておられるわけです。

 また、「霊に満たされ、詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい」と言われます(エフェソ5章18,19節)。主の恵みを受け、聖霊に満たされて、心から賛美のいけにえ、唇の実を主にささげましょう(ヘブライ13章15節)。

 私たちを愛し、恵みをお与え下さる神の御言葉に耳を傾け、感謝と喜びをもって祈りをささげましょう。どんなマイナスもプラスに変えて下さる主を信じ、どんなことも感謝しながら、歩みましょう。

 主よ、あなたの御言葉に耳を傾けます。私たちと共にいてください。心を尽くし、魂を尽くしてあなたを求めます。私たちにご自分をお示しください。主の恵みと導きが常に豊かにありますように。主の霊に満たされ、その導きに従い、絶えずあなたに唇の実をささげさせてください。御名が崇められますように。 アーメン



4月26日(日) 歴代誌下14章

「主よ、あなたは力のある者にも無力な者にも分け隔てなく助けを与えてくださいます。わたしたちの神、主よ、わたしたちを助けてください。わたしたちはあなたを頼みとし、あなたの御名によってこの大軍に向かってやって来ました。あなたはわたしたちの神、主であって、いかなる人間もあなたに対抗することができません。」 歴代誌下14章10節

 1節に、「アサは、その神、主の目にかなう正しく善いことを行った」という評価が記されています(列王記上15章11節も)。ダビデの子らで初めてのことです。だからでしょうか。列王記では16節ですが(同15章9~24節)、歴代誌著者はここから3章を割り当てるという、とても大きな扱いになっています。

 アサは、異国の祭壇と聖なる高台を取り除き、石柱を壊し、アシェラ像を砕き(2,4節)、主を求め、律法と戒めを実行するように命じました(3節)。そのように主を求め、戒めに従うアサ王に、主は安らぎを与えられたので、国は平穏でした(5節、13章23節)。

 そこで、外敵に対する守りのために砦の町を築き、城壁を巡らして塔を建てました(5,6節)。国が平和に保たれているので、砦や城壁などは必要ないようなものですが、神の恵みを得たダビデ、ソロモンが、神殿建築を果たしたように、安らぎを与えられたアサも、建築事業を行ったわけです。

 彼には、盾と槍を携えるユダの兵30万、小盾を携え、弓を引くベニヤミンの兵28万がいました(7節)。しかし、それで国が安泰だというのではありません。小国ユダの平和は、神が守ってくださればこそです。アサがユダの人々に、「我々は、我々の神、主を求めたので、この地を保有することができる。主を求めたからこそ、主は周囲の者たちから我々を守って、安らぎを与えてくださったのだ」と語っているとおりです(6節)。

 ユダに対し、クシュ人ゼラが百万の軍隊と戦車3百両を率いてマレシャまで出て来たとき(8節)、アサ王は自分たちに倍する敵を迎え撃つために出陣しましたが(9節)、戦いを前にして、主を呼び求めて祈りました。冒頭の言葉(10節)は、その祈りの言葉であり、主に依り頼む信仰の告白です。ここにアサ王は、自分たちの信ずる神がユダに勝利をお与えくださることを確信していたのです。

 そして、主なる神はアサの祈りに応え、クシュ人を撃たれたので(11節)、ゲラルまで追撃して一人残らず討ち取り、おびただしい戦利品を持ち帰ることが出来ました(12節)。また、ゲラル周辺のすべての町をも撃ちました(13節)。それは、ゲラルに住むペリシテ人たちも、クシュ人に同行していたということだったのでしょう。

 パウロは、「神が味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」、「わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています(口語訳:「わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある」)」と語りました(ローマ書8章31,32,37節)。

 ヨハネの手紙一4章4節には、「あなたがたの内におられる方は、世にいる者よりも強いからです」と記されています。私たちも、心にお迎えした主イエスが、世にいる者よりも強いお方であり、そのお方が私たちに味方していてくださるので、この世に対して、常に輝かしい勝利を収めることが出来ます。

 主イエスは、悪霊払いについての論争で、「まず強い人を縛り上げなければ、だれも、その人の家に押し入って、家財道具を奪い取ることはできない。まず縛ってから、その家を略奪するものだ」と言われました(マルコ3章27節)。私たちが主イエスを生活の真ん中、また心の中心にお迎えし、主の御言葉に従って歩んでいるならば、主を縛り上げることが出来るような強いものはこの世に存在しないので、略奪に遭うことは全くないでしょう。

 しかしながら、私たちは信仰を持ってはいますが、いつの間にか主に従うというよりも自分で考え、自分で行動してしまうことがあります。完全に明け渡していない自分がいます。そして、あれこれとあくせく働いて、出て来るのは涙とため息、喜びも平安もない生活になっていることがあります。それは、心が縛られて、大切なものが奪われてしまった状態です。そしてそれを、自分でもどうしようもない状態になってしまうことがあります。

 そんなとき、もう一度、主を心にお迎えしましょう。主の御名を呼びましょう。主が祈りを聞いてくださいますから、どんなことでも感謝をもって神に願いましょう。そうすれば、主が約束通りに平安を授けてくださいます(フィリピ書4章6,7節)。聖霊を通して、神の愛を心に注いでくださいます(ローマ書5章5節)。主にあって、勝利に導いてくださいます(ヨハネ16章33節)。主に信頼しましょう。

 聖霊様、今日も私たちと共にいてください。私たちの内側をあなたの力と平安で満し、行くべきところに行き、語るべき言葉を語り、留まるべきところに留まり、なすべきことを行わせてください。あなたが悲しまれることをしないよう、守ってください。そうして、あなたが望まれる者にならせてください。御名が崇められますように。 アーメン!




4月25日(土) 歴代誌下13章

「見よ、神が頭として我々と共におられ、その祭司たちは、あなたたちに対する進軍のラッパを吹き鳴らそうとしている。イスラエルの人々よ、勝ち目はないのだから、あなたたちの先祖の神、主と戦ってはならない。」 歴代誌下13章12節
 
 北イスラエルの王ヤロブアムの治世第18年に、アビヤが南ユダの王となりましたが(1節、列王上15章1節では「アビヤム」と呼ばれている)、レハブアムのときと同様(12章15節)、ヤロブアムとアビヤの間にも戦いが続いていました(2節)。

 もともと、主が父レハブアムに対して、「あなたたちの兄弟に闘いを挑むな、それぞれ自分の家に帰れ」と命じておられたのですが(11章4節)、上述の通り、レハブアムとヤロブアムの間に戦いが絶えず、主の戒めが守られない一面を明示していました。これも、「国が固まり、自らも力をつけ」(12章1節)た結果なのでしょうか。

 列王記では、アビヤについての叙述は簡単で、「父がさきに犯したすべての罪を犯し、その心も父祖ダビデの心のようには、自分の神、主と一つではなかった」という評価がなされていますが(列王上15章3節)、歴代誌には、そうした評価はありません。むしろ、主なる神への信仰に立って、神に背き、罪の道を歩むヤロブアムに立ち向かうという姿勢を示しています。

 歴代誌の著者は、列王記にはない独自資料でアビヤとヤロブアムの間の戦いを記述し、その際、列王記とは違う視点でアビヤを見ているわけです。
 この戦いにおいて、南ユダは40万の戦士をもって戦いに臨み、北イスラエルは倍の80万でそれに対抗します(3節)。この戦士たちの数は、かつてダビデがヨアブに命じて数えさせたものとほぼ同じです(サムエル記下24章9節)。つまり、互いに全軍で戦いに臨んでいるわけです。

 開戦の前にアビヤが立ち上がり、ヤロブアムとイスラエル兵らに(4節)、イスラエルの王権は、ダビデとその子孫に与えられたものであり(5節)、ヤロブアムは主君への反逆者で(6節)、ならず者を集めてレハブアムを圧迫したと主張し(7節)、さらに、おびただしい軍勢と、おのが神として造った金の子牛像を頼みとして主の王国ユダに敵対していると非難します(8節)。

 ここで、「命知らずのならず者」(7節)は、「命知らず(レーク:「中身がない、空っぽ」の意)のならず者(ブネー・ベリアル:「ならず者の子ら」の意)」という言葉です。その命知らずのならず者が「彼のもとに集まって」(7節)で言及される「彼」を、ヤロブアムではなく、「自分の主君」(6節)、即ち、レハブアムのこととする解釈もあります。

 10章8節の、レハブアムと共に育ち、彼に仕えていた若者たちのことを、「命知らずのならず者」と考え、彼らの圧迫でレハブアムが長老たちの賢い忠告を退けた結果、王国が分裂することになったというわけです。7節後半の文言から、この方が正しい理解ではないかと思われます。

 そう考えると、アビヤはレハブアムのような「若すぎて気も弱い」者ではないから、ヤロブアムが命知らずのならず者として自分を圧迫することなど出来はしないと言っていることになるでしょう。

 また、ソロモンの背きのゆえに主なる神がヤロブアムを選んで北イスラエルの王としてお立てになったと列王記に記されており(列王記上11章31節以下)、ソロモンへの反逆というアビヤの非難は言いがかりというところですが、しかし、神の戒めに背いて金の子牛像を造り(8節)、また、主の祭司やレビ人たちを退けたことは(9節)、まさに主への敵対行為です。

 一方、南ユダは主を礼拝し、主に従って歩んでいると告げ(10節以下)、冒頭の言葉(12節)の通り、神は自分たちに味方されており、今や、神の祭司たちが進軍ラッパを吹き鳴らそうとしている。どう考えても勝ち目はないのだから、主なる神に戦いを挑むことはやめよと宣言します。

 半ば喧嘩を売っているようなこの言い方で、相手が軍を引くとは考え難いところです。ヤロブアムはアビヤの言葉に反発するかのごとく軍隊を進め、兵を二分して、伏兵をユダの後ろに回らせます(13節)。ユダ軍を挟撃する作戦です。前にも後にも、自軍と同じ規模の敵軍が配置され、迫って来ます。絶体絶命、アビヤ軍滅の危機です。

 それに気づいたユダの人々は、主に助けを求めて叫び、祭司はラッパを吹き(14節)、そして、ユダの人々が鬨の声を上げます(15節)。すると、神が敵をユダの手に渡されたので(16節)、敵の大軍に大打撃を与え、50万の兵を剣で倒しました(17節)。自軍を倍する敵に、兵の少ないユダが圧倒的勝利を収めたのです。それは、兵の数によらず、その強さによらず、主を頼みとしたからです(18節)。

 かつて、ヨシュア率いるイスラエル軍がエリコの町を攻めた際、主の御告げの通りに町を巡り、祭司が角笛を吹き、民が鬨の声を上げると、町の城壁が崩れ落ちて町を滅ぼし尽くたという出来事を思い起こします(ヨシュア記6章20節)。

 神の憐れみなしには、人に救いはありません。主なる神はそのことを私たちに教えるために、独り子を世に遣わされました。私たちは愚かにも思い上がって、神の子を十字架につけて殺してしまいます。しかも、それは良い事をしたかのように思っていたのです。

 しかるに神はこの罪を赦し、罪のない独り子の死をもって私たちの罪を贖い、救いの道を開いてくださいました。もう、感謝しかありません。そして、主イエスが語られる言葉に従うしかないのです。

 感謝をもって御前に進み、謙ってその御言葉に耳を傾け、その恵みに与った喜びをもって導きに従いましょう。

 主よ、
十字架で贖いの御業を成し遂げ、救いの道を開いてくださった主イエスに感謝します。愚かで弱い私たちを憐れみ、絶えず正しい道、命の道に導いてください。御言葉と御霊の働きによって私たちを清めてください。あなたが望まれるような者になれますように。そして、御業のために用いてください。 アーメン!



 

4月24日(金) 歴代誌下12章

「王がへりくだったので、主の怒りは彼から離れ、彼が徹底的に滅ぼされることはなかった。ユダにも良い事があった。」 歴代誌下12章12節

 「主を求めようと心を定めた者たち」が、ユダの国を強くし、レハブアムを支援しました(11章16,17節)。ダビデの道に歩む彼らを通して、神がユダの国を祝福されたわけです。ところが、国が固まり、自らも強くなると、レハブアムは主の律法を捨て、ダビデの道に歩むことをやめてしまいます(1節)。

 「主の律法を捨てる」ということは、主の教えに背くということで、異教の神々を礼拝するということを意味しています。 ダビデ、ソロモンの道、即ち、主なる神に従う道を歩み、人々の支援もあって、国力が増したことで、道を踏み外してしまいました。「自らも力をつける」という表現には、思い上がりという意味が込められているようです。

 「主を求めようと心を定めた者たち」がレハブアムを支援したのは、3年間でした(11章17節)。ということは、レハブアムは、その治世第4年には、主の律法に従うことをやめたわけです。

 すると、主の律法から離れたレハブアムを咎めるように、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来ました(2節)。レハブアムは、ベツレヘム、エタム、テコア、ベト・ツルなどユダの各地に砦の町を建設していましたが(11章5節以下)、戦車千二百両、騎兵六万を擁し、数え切れない傭兵を伴って攻め上ってきたエジプトの侵攻を食い止めることは出来ませんでした(3,4節)。

 ソロモンはファラオの娘を后に迎え、彼女のために宮殿を建て(8章11節)、エジプトとの友好関係は保たれていたはずです。また、レハブアムがエジプトを侵略したという事実もないと思います。にも拘わらず、シシャクが攻め上って来たのは、ソロモンの後継者レハブアムが、アンモン人ナアマの子であり(13節)、ファラオの娘の産んだ子でなかったということが、両国の関係にひびを入れる結果となったのでしょうか。

 将軍たちが王を交えて軍議を開いているところ、預言者シェマヤがやってきて、「あなたたちが主を捨てたので、主もあなたたちを捨てて、シシャクの手に渡す」と告げました(5節)。ということは、両国の関係がどうであれ、神がエジプトを、イスラエルを打つ道具として用いておられるということになります。主の律法を捨てることは、主を捨てることであり、だから、主から捨てられることになったのです。

 預言者の言葉を聞いた王と将軍たちは、「主は正しい」と謙ります(6節)。その謙りをご覧になった主は、「彼らがへりくだったので、わたしは彼らを滅ぼさず、まもなく彼らに救いを与える。わたしの怒りをシシャクの手によってエルサレムに注ぐことはしない」と、その怒りの拳を降ろされます(7節)。

 これは、レハブアムの罪が全く不問とされたというのではありません。攻めて来たシシャクによって神殿も王宮も荒らされ、あらゆる宝物が奪い去られました(9節)。しかし、エルサレムは滅亡を免れました。冒頭の言葉(12節)の通り、「主の怒りは彼から離れ、彼が徹底的に滅ぼされることはなかった」のです。

 そして、「ユダにも良い事があった」と記されています。良い事とは、何より滅亡を免れたことでしょう。それは、王が謙ったゆえでした。となれば、王が神の前に謙ることを、「良い事」と言っているのかも知れません。さらに、彼らの謙りの結果、主の恵みに与り、それからのレハブアムの治世に「良い事」が始まったのです。
 
 国力が増すと、王の心はいつの間にか傲慢になります。神の守りを自分の実力であるかのように思い上がります。高ぶって神の教えを捨てたためにエジプトの侵略を受け、主の御前に謙ったとき、主の憐れみを受けました。ソロモンの知恵と富でその名を世界にとどろかせたイスラエルが、それらのものをすべて失ったために、もう一度、主を頼りとするようになったのです。

 すべての宝物は失われてしまいました。しかしそれは、もともと与えられたものっだのです。主は生きておられ、私たちに必要なものをもう一度お与えになることが出来ます。金の盾が青銅の盾に替わっても、特に支障はありません。「主御自身が守ってくださるのでなければ、町を守る人が目覚めているのもむなしい」のです(詩編127編1節)。主から離れたとき、砦の町は役に立ちませんでした。金の盾も、何の役に立ちません。

 しかし、主は私たちを愛し、守ってくださるお方です。「主は愛する者に眠りをお与えになるのだから」(同2節)、主を信じ、主に依り頼めばよいのです。主のもとに安んじて憩えばよいのです。

 残念ながら、レハブアムは17年の治世の間、「心を定めて主を求めることをせず、悪を行った」という評価を受けています。母ナアマによるアンモンの神ミルコム、あるいはモレク神礼拝の影響を受けていたとも思われます(列王記上11章5,7節)。

 私たちは、日毎に御言葉に耳を傾け、心を定めて主を求める者、その導きに従って歩む者にならせていただきましょう。

 主よ、あなたの恵みと導きを感謝します。聖霊様、私たちの心に歓迎申し上げます。私たちの心の王座にお就きください。私たちに不必要なものはすべて取り去ってください。絶えず心を定めて主を求め、その導きに素直に聴き従うものとしてください。御名が崇められますように。御心がこの地に行われますように。 アーメン!




4月23日(木) 歴代誌下11章

「またレビ人に続いて、イスラエルのすべての部族の中から、イスラエルの神、主を求めようと心を定めた者たちが、エルサレムに出て来て、先祖の神、主にいけにえをささげた。」 歴代誌下11章16節

 ソロモンの死後、国が南北に分裂し、北(イスラエル)はネバトの子ヤロブアム、南(ユダ)はソロモンの子レハブアムが治めることになりました(10章15節以下)。それは、ソロモンが神の戒めを守らなかったからでした。ただ、そのことは歴代誌では伏せられていて、むしろ、17節の「ダビデとソロモンの道」という表現で、彼らの治世を一体のものとして示しています(7章10節参照)。

 神はヤロブアムに、「わたしはあなたを選ぶ。自分の望みどおりに支配し、イスラエルの王となれ。あなたがわたしの戒めにことごとく聞き従い、わたしの道を歩み、わたしの目にかなう正しいことを行い、わが僕ダビデと同じように掟と戒めを守るなら、わたしはあなたと共におり、ダビデのために家を建てたように、あなたのためにも堅固な家を建て、イスラエルをあなたのものとす」と約束されていました(列王上11章37,38節)。

 ところが、ヤロブアムは神に聴き従う道を歩みません。15節に、「ヤロブアムは、聖なる高台、山羊の魔神、自ら造った子牛に仕える祭司を自分のために立てた」と記されています。「聖なる高台」はカナンの土着の神を礼拝する場所です。そして、山羊の魔神、ヤロブアムが造った子牛などの偶像を拝ませるため、自分で祭司を任命し、レビ人、主の祭司らを遠ざけました(14節)。

 列王記12章28節以下には、金の子牛を造ったこと、聖なる高台に神殿を設け、レビ人でない祭司を立てて務めにつかせたことは記されていますが、そこに山羊の魔神については触れられていません。これは、ヤロブアムだけでなく、代々の北王国の民がレビ記17章7節の、「彼らがかつて、淫行を行ったあの山羊の魔神に二度と献げ物をささげてはならない」という規定に反していたということなのでしょう。 

 ヤロブアムは、主を礼拝するためにエルサレムを訪れているうちに、民の心が自分から離れてしまうと考えたので、国内に各種の礼拝施設を設け、そこに神官を置いたわけです(列王上12章26節以下)。それは、ヤロブアムを王とした主の計らいを忘れ、自分の力で王となったかのように思い違いをして、神に聴き従うよりも、自分の知恵と力で王位を守ろうと考えたわけです。

 ユダとベニヤミンを除く10部族は、ソロモンの重い軛のゆえに、ダビデの家を離れることになったのですが、その中には、ヤロブアムの偶像礼拝推進に心を痛めた人々がいました。

 まず、レビ人や祭司たちがエルサレムに集まって来ました(13節)。彼らはイスラエル各部族の中に居住地を与えられ、そこで民の信仰を導いていたのですが、ヤロブアムに遠ざけられ、務めをやめさせられたのです(14節)。
 
 次いで、冒頭の言葉(16節)のとおり、「主を求めようと心を定めた者たち」がエルサレムにやって来ました。彼らは、部族の結束などより、また、ソロモン、レハブアムに対する遺恨より、主を求めることを選び、そのためにエルサレムにやって来て、先祖の神、主にいけにえをささげたのです。

 「主を求めようと心を定めた者」とは、歴代誌の著者が考える信仰において賞賛される者のことです。ダビデがその子ソロモンを諭した、「全き心と喜びの魂をもってその神に仕えよ。・・・もし主を求めるなら、主はあなたにご自分を現してくださる」(歴代誌上28章9節)という言葉も、それを示しています。

 17節に、「彼らは三年間ユダの国を強くし、ソロモンの子レハブアムを支援した」とあります。これは、12章1節に、「レハブアムは国が固まり、自らも力をつけると、すべてのイスラエル人と共に主の律法を捨てた」とあることから、レハブアムがその治世4年目に主を離れ、その掟を捨てたため、レハブアムを支援することをやめたということでしょう。

 主イエスは、「何よりも先ず、神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6章33節)と教えられました。神の国とは、神の支配ということです。主が私たちの心の中においでになり、私たちを治めてくださると、そこが神の国になる、家庭に迎えれば、そこが神の国になるのです。また、神の義とは、神との正しい関係、神との親しい交わりを意味します。

 神が共におられ、親しい交わりを通して平和と喜びが与えられ、すべてが祝福されます。ですから、神に仕えるためにエルサレムに集まってきたレビ人や、ユダと共に主を求めることを選んだイスラエルの民のゆえに、レハブアムは励まされ、ユダの国は強くされました(17節)。

 ダビデとソロモンの道を歩んだから、国が強くされたのです。しかし、それは3年間という限定的なものでした。国が強くなり、力がついてくると、主の律法を捨ててしまいました(12章1節)。これは、一度の決意で一生を支えることは出来ないということです。

 私たちの心は揺れ動きます。日々、主を求めると心を定めましょう。御言葉に耳を傾け、主に祈りましょう。聖霊の力を受けましょうその恵みを証ししましょう。

 主よ、私たちの上に御言葉の恵みが開かれ、また祈りの霊が注がれますように。主を求めることに熱心な群れとしてください。福音の交わりが豊かにされ、芳しい香りを放つ群れとなれますように。 アーメン




4月22日(水) 歴代誌下10章

「王は民の願いを聞き入れなかった。こうなったのは神の計らいによる。主は、かつてシロのアヒヤを通してネバトの子ヤロブアムに告げられた御言葉をこうして実現された。」 歴代誌下10章15節

 ソロモンの死後、息子レハブアムがイスラエルで4人目、ダビデ王朝3代目の王として、即位しました(9章31節)。1節で、「すべてのイスラエル人が王を立てるためにシケムに集まって来る」ということは、ここでの「すべてのイスラエル人」とは、北イスラエル10部族の民のことを指しているようです。ここで、ソロモンの子を自分たちの王とするか、協議しようということです。

 そこへ、ネバトの子ヤロブアムがやって来ました(2節)。彼は、ソロモンがイスラエルの民に課した苛酷な労役、重い軛を軽くしてくれるように、レハブアムに願いました(4節)。何故ヤロブアムがエジプトにいて、そこから戻って来たのか、歴代誌には記述がありませんが、列王記上11章26節以下、40節を前提としているわけです。

 レハブアムは、先ず長老と相談しました(6節)。長老たちは、優しい態度で、好意を示すようにと進言します(7節)。レハブアムは次に、自分に仕える同期の若者に尋ねます(8,9節)。若者たちは、重い軛を更に重くしてやれと言います(10,11節)。レハブアムは、長老たちの勧めを捨て、若者の意見を採り入れて、ヤロブアムに厳しい回答を与えました(12節以下、14節)。

 14節の、「父がお前たちに重い軛を負わせたのだから、わたしはさらにそれを重くする」というところ、 原文は、「わたしはお前たちの軛を重くする。わたしはその上に加えよう」という言葉です(新改訳、岩波訳参照)。列王記上12章14節で、「父がお前たちに重い軛を負わせたのだから」と言っているのを、「わたしは・・重くする」と書き換えて、王国分裂の原因が、レハブアムに重くあるようにしているようです。

 レハブアムの回答を聞いて、ユダとベニヤミンを除く10部族の民は、ダビデの家を離れ、ヤロブアムと行動を共にするようになりました(16節)。レハブアムは労役の監督ハドラムを遣わします。彼らを労役につかせようとしたのでしょうが、イスラエルの人々が彼を石で打ち殺してしまいます。それに恐れをなしたのでしょうか。レハブアムは戦車に乗り、エルサレムに逃げ帰ります(18節)。

 「わたしの小指は父の腰より太い。父が重い軛を負わせたのだから、わたしはさらにそれを重くする。父がお前たちを鞭で懲らしめたのだから、わたしはさそりで懲らしめる」(10,11節)と告げるようにと進言した若者たちはどうしたのでしょう。

 レハブアムは、全イスラエルの王として立てられるためにシケムに行ったはずでしたが、若者たちに踊らされて国を分裂させ、南ユダ2部族のみの王ということになってしまいました(17節)。そして、再び全イスラエルを指揮する機会を回復することは出来ませんでした(19節)。

 改めて、レハブアム王は何故、ヤロブアムの願いを聞き入れなかったのでしょうか。歴代誌の著者はそれを、冒頭の言葉(15節)で、「神の計らいによる」と語っています。つまり、神御自身の手によって、長老たちの意見を採用しないよう、レハブアムの心が頑なにされ、若者の意見を採用するという愚かな判断に導かれたわけです。ということは、神は初めからイスラエルを二つに分裂させるおつもりだったということになります。

 何故神は、イスラエルを二つに裂くようなことをなさるのでしょうか。小国イスラエルが二つに分かれて争っていては、外敵に当たることは出来ません。主イエスも、「どんな国でも内輪で争えば、荒れ果ててしまう」と仰っておられます(マタイ12章25節)。

 神がそのようになさったのは、歴代誌では省略されてしまっていますが、ソロモンが神の教えに聴き従わなかったゆえでした(列王記上11章9節以下)。主なる神は、二度も御自身をソロモンに現され、他の神々に従ってはならないと戒められたのですが、ソロモンはそれに従わなかったのです。

 ソロモンは主なる神から、契約と掟を守らなかったから、王国を裂いて取り上げると告げられておりました(同11節)。神が出されたこのイエローカードの告知に対し、ソロモンが悔い改めて神に立ち帰っていたならば、ヤロブアムが反旗を翻す事態になることはなかったのかも知れません。また、ヤロブアムに背かれたときに神の御前に謙り、国が分裂しないで済むよう神に懇願したのではないでしょうか。

 けれども、ソロモンは、悔い改めて神に立ち帰ることも、謙って神に祈り求めることも出来ませんでした。そこで神はヤロブアムにイスラエル10部族を託し、彼がダビデと同じように主に聴き従って主の道を歩むことを期待されたのです(同11章30節以下、38節)。つまり、神のご計画は、イスラエルを内部で分かれ争わせて滅ぼしてしまおうというのではなく、ヤロブアムによってイスラエル10部族をご自身に従わせることだったのです。

 預言者エレミヤが告げるとおり、神のご計画は災いではなく、平和の計画であり、将来と希望を与えるものなのです(エレミヤ書29章11節)。主を呼び、主に祈り求めるなら、主は聞かれ、主を尋ね求めるならば、主に会うことが出来ると約束してくださいました(同12,13節)。

 どのようなときにも主を求め、主に従って歩みましょう。わたしたちに救いをお与えくださるのは、主イエスのほかには、おられないからです(使徒言行録4章12節)。

 主よ、どんなときでも謙遜に御前に進み、その御言葉に耳を傾け、その導きに素直に従うことが出来ますように。あなたのなさることが最善であり、主にあってどんなマイナス状況も益とされ、将来と希望を与える平和の計画が実現するからです。御名はほむべきかな。 アーメン




4月21日(火) 歴代誌下9章

「あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立ってお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう。」 歴代誌下9章7節

 シェバの女王がソロモンの名声を聞き、それを確かめに大勢の随員を連れ、多くの贈り物をもってやって来ました(1節)。イスラエル三代目の王を表敬訪問しているわけですが、それは、「難問をもってソロモンを試そう」と記されているように、自分たちが今後国交を開くべきかどうかを見定める審問をしにやって来たというところでしょう。

 ところが、考えていたすべての質問に適切に解答が与えられ、答えられないことが何一つありませんでした(2節)。そして、見るもの、聞くものすべてが女王の想像の域をはるかに超えており、まさに息も止まるような思いだったそうです(4節)。

 女王はソロモンの知恵をたたえ、「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、人の言うことを信じてはいませんでした。しかし、わたしに知らされていたことは大いなるお知恵の半分にも及ばず、あなたはうわさに聞いていたことをはるかに超えておられます」と言います(5,6節)。

 ソロモンの知恵について、列王記上5章12節以下(口語訳など:4章32節以下)に、「彼の語った格言は三千、歌は千五百に達した。彼が樹木について論じれば、レバノン杉から石垣に生えるヒソプにまで及んだ。彼はまた、獣類、鳥類、爬虫類、魚類についても論じた」とあります。

 確かに、何を聞いても答えられるというのは、大変なものです。恐るべき知恵でしょう。しかしそれは、エンターテイメントとしての面白さはあっても、国を治める王として、どうしても必要な知識というものではありません。爬虫類について論じることが出来なくても、政治を行うにはあまり困りません。樹木の名を知らなくても、王として恥じいってしまうというほどのことでもないでしょう。

 シェバの女王にとって、彼女が驚き、その知恵をたたえているのは、ソロモンが博学だということ以上に、国の指導者として知るべきことを知り、正しく賢く判断し、実行しているということではないでしょうか。だから、冒頭の言葉(7節)で、「あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。あなたの前に立ってお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう」と言うのです。

 ここで、「臣民」と訳されているのは、「アナシェーハー(「あなたの人々」の意)」という言葉ですが、口語訳のように、「あなたの妻たち」としているものがあります。「幸いなるかな、あなたの妻たち。幸いなるかな、あなたのこれらの僕たち」という言葉遣いで、シェバの女王は、自分もソロモンの妻、あるいは家臣になりたいという思いがここに披瀝されているわけです。この王に従い、彼の知恵を聴くことが出来れば安心という世界ですね。

 そして、ソロモンを王とされた神をたたえて、「あなたを王位につけられたあなたの神、主のための王とすることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように。あなたの神はイスラエルを愛して、とこしえに続くものとし、あなたをその上に王として立て、公正と正義を行わせられるからです」と語ります(8節)。

 女王は、ソロモンの背後に神を見たわけです。神の導きなくしてこのようなことは出来ないという、女王の信仰の表明とも言えるのではないでしょうか。

 ソロモンは、女王の望むものは何でも与えたとあり(12節)、それは、シェバとイスラエルの間で交易が始まったということを示していると思われます。ソロモンに与えられた知恵を聞き、女王が望んだものの中で最も重要なものが、天地創造の神を信じる信仰であったといってもよいのでしょう。

 使徒パウロがエフェソの教会の人々に、「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」と尋ねました(使徒言行録19章2節)。信仰生活をするために、聖霊を受けることが重要だということです。エフェソの人々は、聖霊のことを聞いたこともありませんでした。聖霊についての知識も必要ですが、何より、聖霊に満たされ(エフェソ書5章18節)、その力を頂くこと、聖霊の導きに従うことが重要です(ガラテヤ書5章16節以下、25節)。

 聖霊が、私たちを主イエスを信じる信仰に導き(第一コリント12章3節)、主イエスが教えておられることを思い起こさせ、その真理をわきまえさせて下さるからです(ヨハネ14章17,26節、16章13節など)。ソロモンは、この聖霊の知恵を頂いたのです。聖霊に聞いて語ったから、人々が驚くような知恵が開かれたのでしょう。

 惜しみなく知恵を与えると約束しておられる神に(ヤコブ書1章5節)、聖霊を求めましょう。求める者には聖霊をくださいます(ルカ11章13節)。神は聖霊を限りなくお与えになるのです(ヨハネ3章34節)。

 主よ、私たちを常に聖霊に満たしてください。聖霊によって、神の御愛が心に注がれます。主を信じる信仰を通して、神の栄光に与る希望をもって喜んでいます。私たちに真の知恵を授けてください。主を畏れることを学ばせてください。御名が崇められますように。御心がこの地になりますように。アーメン!




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