風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2014年12月

カウントダウン

今日は大晦日、2014年もあと残りわずかです。

「大晦日」について、月の最終日のことを「晦日(みそか)」、「晦(つごもり)」といいます。
一年の最後の「晦日、晦」なので、「大晦日」という言い方をしているわけです。
因みに、「晦日(みそか)」は三十日の意味であり、「晦(つごもり)」は「月籠り(つきごもり)」が転化したものです。
旧暦では、毎月一日が新月で、月が姿を見せないことから、その前日、つまり月末を「月籠り=晦」と呼んだわけです。

この一年、3月末で大牟田の教会・幼稚園を辞し、福岡市で3か月静養しているうち、一か月入院生活を送り、そして、静岡に来て、半年を過ごしました。
「今日の御言葉」で、「主は生きておられる」(サムエル記上29章6節)という言葉を頂きましたが、本当に生きておられる神様に導かれ、守り支えられた一年でした。 
本当に感謝です。
このブログをご覧くださっている方々、そして、私のためにお祈り下さっている方々に感謝いたします。
 新しい年も、主を仰ぎ、主の御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩ませて頂きたいと思います。
 
皆様に、新しい年も主の恵みと慈しみが常に豊かにありますように。


 

12月31日(水) サムエル記上29章

「主は生きておられる。お前はまっすぐな人間だし、わたしと共に戦いに参加するのをわたしは喜んでいる。わたしのもとに来たときから今日まで、何ら悪意は見られなかった。だが、武将たちはお前を好まない。」 サムエル記上29章6節

 ダビデがペリシテの地ガトに逃れ、ツィクラグに住んで1年4ヶ月(27章1節以下、6,7節)。傭兵として、ガトの王アキシュに仕えて来ました。これまで、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲っても(同8節)、ユダのネゲブ、エラフメエル人のネゲブ、カインのネゲブを襲ったと嘘をついて、アキシュを安心させていたダビデです(同10節)。ようやく得た安住の地を、そう容易く失うわけにはいかなかったのです。

 ところが、ペリシテ軍がシュネムに集結し、イスラエル軍と一戦交えることになりました(28章1節以下、4節)。アキシュはダビデに戦陣に加わるように要請し(同1節)、ダビデもそれを承諾したので、アキシュはダビデを護衛の長としました(同2節)。アキシュとしては、ダビデを参戦させることで、再びイスラエルに戻ることがないようにしたかったのでしょう。

 その後ペリシテは、軍をアフェクに動かします(1節)。アフェクについて、ヤッファ(現在のテル・アビブ)の東北東約18kmの地点、ヤルコン川の源流に近く、エジプトとフェニキヤを結ぶ街道に面している(ヨシュア記12章18節参照)、現在のラース・エル・アインと同定されると、新聖書辞典に記されていました。であれば、イスラエル軍と対峙していたシュネムから、一旦軍を引いたかたちです。

 軍の体制を、もう一度整える必要があったのでしょうか。アキシュ率いるペリシテ軍の中に、ダビデとその兵士たちがいます。アキシュと同行して、同胞イスラエルと戦うためです。今日ダビデは、アキシュを護衛する責任者として、アキシュと共に、しんがりに控えています(2節)。

 そのとき、ダビデはどんな思いだったのでしょうか。アキシュに雇われている身で戦いに参加しないとは言えず、さりとて、自分の同胞に刃を向けることも出来ません。何というジレンマでしょう。ダビデはそのとき、イスラエルと戦いを交えるつもりだったのでしょうか。

 かつて、神が自分の手にサウルを渡されたとき、自分は主が油注がれた方に手をかけることはしないと言明していましたが、ここでペリシテ軍の手を借りて、サウルを殺してしまおうと考えたのでしょうか。しかしながら、そうであれば、神の民に弓引くことになりますので、サウルの死後、ダビデがイスラエルの王となることは不可能です。

 それとも、ペリシテの武将たちが考えたように、途中でペリシテを裏切り、武将たちの首を土産にイスラエルに帰還するつもりだったのでしょうか(4節)。しかし、関ヶ原の合戦での小早川のごとく、ペリシテからイスラエルに寝返ることは、再びサウルに命を狙われ、国内を逃げ回る日々に逆戻りすることになります。

 このジレンマからダビデを救ったのが、ペリシテの武将たちでした。彼らは、ダビデの同胞イスラエルと戦っている最中に、ダビデに寝返られたらかなわないので、この戦いに参加させるなというのです。アキシュは不承不承、苛立っている武将たちの言葉を入れて、ダビデを帰すことにしました(6,7,10節)。これによって、ダビデは、同族と戦うという難を逃れることが出来ました。

 冒頭の言葉(6節)でアキシュは、「主は生きておられる」と言いました。それはアキシュにとって、生ける神に誓ってといった表現だったと思われますが、ダビデにとっては、まさに神が生きておられるので、この窮地から救い、自分に与えられた町ツィクラグに平和に帰ることが出来るということだったのです。

 まさに、異邦のペリシテの地にも生ける神の御手が延べられ、ダビデを守り支えていたのです。しかしそれは、ダビデが祈り求めたことではありませんし、神が守ってくださるという信仰に、ダビデ自身が立っていたというわけでもありません。ダビデが守られたのは、ひとえに神の憐れみです。ペリシテの地に逃れたことがたとえ間違いであっても、神はそこで、ダビデを守られたのです。

 それは、かつて神の箱がペリシテに奪われた際(4章11節以下)、運び込まれたところどこででも、その力を発揮したように(5章参照)、 神の守りに国境線はないのです。今回は、イスラエルと戦うペリシテの武将たちを用いて、ダビデの窮地を救われました。

 神は確かに、万事を相働かせて益とすることが出来るお方であり(ローマ書8章28節)、そのお方が私たちの内におられるお陰で、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、うち倒されても滅ぼされないのです(第二コリント書4章8,9節)。信じている通りに告白して、絶えず主の恵みに与らせて頂きましょう。

 主よ、どこに行っても、あなたはそこにおられ、御手をもって私たちを導き、守り支えていて下さいます。あなたの御計らいは、いかに貴いことでしょう。その果てを極めようと思っても、とうてい計り知ることが出来ません。この一年の守りと導きに、心から感謝いたします。新しい年も、私たちの内に迷いの道があるかどうかをご覧になり、いつも永久の道に導いてください。  アーメン



12月30日(火) サムエル記上28章

「ペリシテ人が戦いを仕掛けているのに、神はわたしを離れ去り、もはや預言者によっても、夢によってもお答えになりません。あなたをお呼びしたのは、なすべきことを教えていただくためです。」 サムエル記上28章15節

 ペリシテがイスラエルと戦うために集結し(1節)、ガリラヤ湖の南西、エズレルの谷の北方に位置するシュネムに陣を敷きました。そこには、傭兵となっているダビデもいます。これまで、おそらくガトの王アキシュの要請に応じて、ユダの南方に出かけ、ネゲブを襲ったと嘘を言ってゲシュル、ゲゼル、アマレクを襲撃して来ました(27章8節以下)。こんどは、ペリシテ軍の一員として戦わねばならないのです。

 アキシュはダビデにも一緒に戦うことを求め(1節)、ダビデは、「それによって、僕の働きがお分かりになるでしょう」と答えました(2節)。到底本気とは思えませんが、サウル軍との戦いが始まったとき、ダビデは実際どうするつもりだったのでしょうか。

 一方、迎え撃つサウルの軍は、ギルボア山に布陣しました(4節)。王位が奪われることを恐れてダビデを殺そうとしていたサウルでしたが、今度は、ペリシテ人に対する恐れが彼を襲って来ました(5節)。これまでは、亡くなった預言者サムエルや、そして誰よりダビデが、サウルを守り助けて来たのです。しかし今、彼と共にいてイスラエルのために戦ってくれる者は、息子ヨナタン以外にはいません。

 そこで、久しくしていなかった神の前に出て祈りをささげ、神の託宣を求めましたが、どんな方法をもってしても、神は何もお答えにはなりませんでした(6節)。彼の問いかけに答えないというのが神の答えで、それは、神の霊がサウルから離れ去り、その関係が完全に断絶しているというしるしだったのです。

 八方ふさがりの中でサウルは、死んだサムエルを口寄せによって呼び出し、教えを乞うことにしました(7節)。サウルは、前に国中から魔術師や口寄せを追放していました(3節)。それらは、神の忌み嫌われるものだったからです(レビ記19章31節、20章6節)。そうすることで、少しでも神との関係を改善したいという思いがあったものと思われます。

 それなのに、口寄せのところに行って死者の霊を呼び出し、教えを乞うというのは、どういうことなのでしょう。神の忌み嫌われる方法を用いるということは、ますます、神が彼には答えないということになるでしょう。そして、決定的に神から捨てられてしまう結果を招くことになるのです。

 冒頭の言葉(15節)のとおり、サウルが託宣を求めようとしても、夢でも預言者でも、神はお答えになりませんでした。それは、確かに神がサウルとその家を切り捨てておしまいになった結果です。それで、禁じ手の口寄せを使ってサムエルを呼び出し、今後のことを尋ねようとして、サムエルから最後通牒を突きつけられることになります。

 口寄せによって呼び出されたサムエルは、主がサウルを離れて敵となられ(16節)、王位をダビデの手に渡されようとしていることをサウルに告げ(17節)、さらに、「主はあなたのみならず、イスラエルをもペリシテ人の手に渡される。明日、あなたとあなたの子らはわたしと共にいる」と語りました(19節)。

 つまり、死者となったサムエルと共にいるということは、明日、サウルと彼の子どもたち、彼と共に戦いに挑むイスラエルの兵士たちが死ぬということです。サウルはそれを聞いて、すっかり意気消沈してしまいました(20節)。しかし、口寄せの女性とサウルの家臣たちに励まされて食事をし、立ち上がりました(25節)。

 神から捨てられたとはいえ、サウルは決して孤独ではありませんでした。彼と運命を共にするはずの家族や家臣、そして、口寄せの女性が、彼のそばにいます。また、サムエルも、「明日、あなたとあなたの子らはわたしと共にいる」と言っています。神の手に陥ることは恐ろしいことですが、サウルは、彼と共にいる者たちに励まされて立ち上がりました。神の言われるとおりに進む腹が決まったのだと思います。

 そして、すべてを神に委ねて進もうとするサウルの魂を、神は決して黄泉に捨て置かれることはないと信じます。主イエスが十字架の上で、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」(マルコ15章34節)と叫ばれたのは、サウルのためでもあるでしょう。そして、神はいつでも、この主イエスの叫びに答えて下さると信じます。

 どんなときにも主に依り頼み、主の御旨を求めて御前に進みましょう。求めるところを率直に神に申し上げましょう。神は、人にははかり知ることが出来ないほどの平安を心に満たし与えて下さいます(フィリピ4章6~7節)。

 主よ、御言葉に従わなかったサウルは、自分の播いた種を刈り取ることになりましたが、最後に家臣や口寄せの女に耳を傾け、励ましを受けることが出来ました。その背後に主の深い憐れみがあると信じます。愛の御手にすべてを委ね、導きに従って歩むことの出来る者は幸いです。私たちにも主に従って歩む幸いを授けて下さい。 アーメン



状況報告

今月13日に退院後6か月を過ぎました。
特に、体調の変化はありません。
先日、診察に行って来ました。
血液検査で、再びALPの値が正常値の範囲を若干越えましたが、その他の肝臓の状態を示す項目に異常はなく、入院以来ずっと続いていた貧血の数値は、今回改善がみられました。
そこで、現在のままの服薬を続け、引き続き経過を見ていくことになりました。

寒さも、胃腸を悪くする要因となるそうです。
確かに、秋からクリスマスにかけて、主要な行事が続き、疲れがたまりやすいうえに、寒さが加わるこの時期、よく体調が悪くなり、年が明けてしばらくすると、快くなるというのを繰り返していました。 
 今、少し風邪気味なので、さらに気をつけたいと思います。

次は2月半ばに受診します。
それまでに異常があればすぐに病院に連絡するようにと言われていますが、そうならないことを願っています。 

今年もあと3日。
神様の守り、導きを感謝し、皆様に新しい年の祝福をお祈りします。
 

12月29日(月) サムエル記上27章

「ダビデは心に思った。『このままではいつかサウルの手にかかるにちがいない。ペリシテの地に逃れるほかはない。そうすればサウルは、イスラエル全域でわたしを捜すことを断念するだろう。こうしてわたしは彼の手から逃れることができる。』」 サムエル記上27章1節

 ジフの荒れ野において、再びサウルと和解がなったダビデですが(26章参照)、しかし、冒頭の言葉(1節)の通り、彼はペリシテの地に逃れることを決断します。4節に、ダビデがガトに逃れたというニュースを聞いたサウルは、「二度とダビデを追跡しなかった」とありますから、ダビデの決断が功を奏したかたちですが、サウルは既に、ダビデ追跡をやめようと考えていたのではないかとも思われます。

 これまで、サウルの手から神によって守られて来たダビデが、何故今、ペリシテの地に逃げ出すのでしょうか。理由は記されてはいませんが、一つには、逃亡生活が長期化して、ダビデも供の者たちも、疲労が蓄積していたのかも知れません。いい加減、逃亡生活に終止符を打って、落ち着いた生活がしたいと考えたでしょう。

 彼には、600人の兵士がおり(2節)、また、その妻子もいます(3節)。水や食料の調達など、生活基盤を整える必要もあります。逃避行を続けながら、そのように大勢の者たちの生活を守っていくのは、とても大変なことだったろうと思います。

 それから、何度も同族から裏切られたことも、ダビデの疲労を増幅させていたのではないでしょうか(23章11,12節、19,20節、24章2節など)。彼らから、「行け、他の神々に仕えよ」と、謂わばやっかい払いされていたわけです(26章19節)。

 ダビデはそこで、ペリシテのガトの王アキシュのもとに身を寄せます(3節)。そこは、以前に一度サウルから逃れて行ったことのある場所です(21章11節以下)。そのときには、自分の素性が知れてしまい、捕らえられることを恐れ、アキシュ王の前で気が狂っていると見せかけて、その難を逃れたのです(同14節以下)。だから、もう一度アキシュ王の前に出るのには、よほどの勇気が要ったと思います。

 ただ、ダビデがサウル王からずっと命を狙われているという情報は、ペリシテにも伝わっていたと思われます。そうであるならば、アキシュの方でも、ダビデを敵に回すより味方にした方が、イスラエルと戦う上で有利だと考えたにちがいないと思います。

 そこで、ダビデと600人の兵士たちとその家族は、かつてダビデが勇士ゴリアトを倒し(17章)、ペリシテ相手に手柄を立て、「ダビデは万を討った」と歌われたことなど(18章6,7節)、あたかも不問のしたかのごとく、所謂ペリシテの傭兵として迎えられ、ツィクラグの町に住むことが許されます(5節)。こうして、念願の平穏な生活が送れるようになりました。そこには、確かにダビデを守る神の助けもあったことでしょう。

 しかし、この章には、彼と同行しているはずの祭司や預言者たちが、全く登場して来ません。そして、ダビデが神に託宣を求めて祈るということもありません。サムエル記の著者は、読者にそのことに気づかせようとしているのではないでしょうか。

 今、彼らは確かに、念願の平穏な生活を手に入れたように見えます。けれどもそれは、賢い者が地面を深く掘り下げて堅固な岩を見出し、その岩を土台として建てた、突然の嵐や洪水にも耐え得る頑丈な家ではなく、愚かな者が建てた砂上の楼閣ではないのでしょうか(ルカ6章46節以下)。当然のことながら、イスラエルの王となるべきダビデが、そのようにペリシテに寄留者となることは、神の御心だとは思えません。

 ダビデがツィクラグに住んでいる間、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲って滅ぼしました。それを、ユダのネゲブ、エラフメエルのネゲブ、カイン人のネゲブを襲ったと嘘をつきました(10,11節)。ツィクラグでの居住を認める代わりに、傭兵としてイスラエルと戦うことを、アキシュから求められたのでしょう。そうすることで、ダビデ一行が再びイスラエルに寝返ることが出来ないようにと考えられたわけです。

 神は、ダビデのついた嘘を、彼らが生きていくための方便と認めてくださるでしょうか。

 ひるがえって私たちの家は、私たちの生活は、何を基盤として、何に根ざして建てられているものでしょうか。主の御言葉に土台し、神の愛に根ざし、信仰に堅く立つものとなっているでしょうか。賛美と祈りが絶えず神の御前にささげられているでしょうか。

 主イエスに贖われた者として、悔い改めの実を結ぶことが出来るように、主に祈り求めましょう。朝ごとに神を仰ぎ、神に尋ね、御言葉に聴き従って参りましょう。

 主よ、あなたは取るに足りない私たちに目を留め、かけがえのない御独り子の命によって私たちを贖ってくださいました。その恵みを無駄にすることなく、主の栄光を表す器となることが出来ますように。御名のゆえに用いられる器としてください。伝道する教会、賛美と感謝に溢れる教会を建てることが出来ますように。 アーメン



12月28日(日)主日礼拝説教

2014年12月28日(日)主日礼拝説教の動画をYouTubeにアップしました。
説教題 「杖一本を頼りに」
聖書 マルコ福音書6章6b~13節

 

公式サイトを更新しています。
ぜひご覧ください。

URL  http://shizuoka-baptist.jimdo.com/

 

12月28日(日) サムエル記上26章

「さらに言った。『主は生きておられる。主がサウルを打たれるだろう。時が来て死ぬか、戦に出て殺されるかだ。』」 サムエル記上26章10節

 ジフ人がベニヤミン領ギブアにサウル王を訪ね、「砂漠の手前、ハキラの丘にダビデが隠れている」と報告しました(1節)。ダビデがジフ人から売られるのは、これが二度目です(23章19節参照)。ジフ人はダビデと同じユダ族ですから、同じ部族の人々から裏切られ続けているわけです。

 この背後には何があるのでしょうか。サウル王に対する忠誠心でしょうか。それとも、ノブの町のようにはなりたくないという、サウルに対する恐怖心でしょうか。あるいは、ダビデに対して何か恨みでもあるのでしょうか。主イエスが、「預言者は故郷では敬われない」と仰っていますが(マルコ13章57節)、所謂ダビデへの妬みややっかみがあるのでしょうか。

 聖書はその理由について何ら語っておりませんが、しかし、ジフ人の告げ口が呼び水となって、サウル王は再び3千の精鋭を連れてダビデを追い始めました(2節)。ダビデの側からすれば、ようやく和解が成立したと思っていたのに(24章)、なぜ再び追いかけっこが繰り返されることになったのか、あるいは合点がいかなかったのではないかと思います。

 けれども、ダビデは神によって守られており、むしろ、追いかけているサウルの方が、再びダビデの前に命を晒します。神がサウルと兵士たちを深い眠りに落としたので、ダビデと数名の供の者がサウルの陣地に侵入したことに気づいた者は一人もいませんでした(5節以下、12節)。

 ダビデの従者アビシャイがダビデに、「神は、今日、敵をあなたの手に渡されました。さあ、わたしに槍の一突きで彼を刺し殺させてください。一度でしとめます」と進言しますが(8節)、ダビデはそれを許さず、「殺してはならない。主が油注がれた方に手をかければ、罰を受けずには済まない」と言い(9節)、さらに、冒頭の言葉(10節)のとおり、「主がサウルを打たれるだろう」と語ります(10節)。

 即ち、サウルを主の手に委ね、自ら手を下さないようにしようということですが、原文は、「主が彼を打たれる」という言葉で、「彼」が前節の「主が油を注がれた肩に手をかける者」を指すという可能性もあります。次節との関連で、サウルに手をかけることは許されない、そうする者を主が打たれるということです。

 そうしてダビデは、サウルの枕元から槍と水差しを取ってその場を離れ(11,12節)、遠く離れた山の頂からサウル軍の長アブネルに呼びかけます(14節以下)。それは、軍の長でありながら、本陣に忍び込んだ敵兵に気づかず、王の槍と水差しが奪われてしまったということを糾弾するものでした(15,16節)。

 そのことを通して、自分はサウルに手をかける気がないことを、再び証明したのです(23,24節)。サウルは、「わたしが誤っていた。わが子ダビデよ、帰って来なさい。この日わたしの命を尊んでくれたお前に、わたしは二度と危害を加えようとはしない。わたしは愚かであった」と言い(21節)、さらに、「わが子ダビデよ。お前に祝福があるように。お前は活躍し、また、必ず成功する」と祝福しました(25節)。

 先のカルメルにおけるナバルとのやりとりでは、ダビデは短気を起こし、「ナバルに属する男を一人残らず殺せ」と息巻き、武器を取って出陣しましたが(25章13,22節)、ナバルの妻アビガイルになだめられて(同24節以下)、思いとどまりました。それゆえ、「わたしが流血の罪を犯し、自分の手で復讐することを止めてくれた」と感謝を述べているとおり(同32節以下)、無意味な流血の罪を犯さずにすみました。

 神はここに、再びサウルをダビデの手に渡して、彼をどのように取り扱うかを試みられたのだと思います。ダビデが語っているとおり、神が油を注いだ器に対して刃を向けることは許されません(11節)。ダビデは、サウル王を主の手に委ね、自らサウルに手をかけることはしませんでした。

 主イエスが、「いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも情け深いからである。あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」(ルカ6章35,36節)と教えられています。また、主に油注がれた者に敬意を払うことは、主を畏れることであり(ローマ13章1節参照)、自分がその職務に就くときに、主を畏れて謙虚にその務めを果たしていくことにつながります。

 さらに、「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです」と教えられています(第一ペトロ3章9節)。ダビデは、その信仰によって神に祝福されたのです。

 主よ、私たちはあなたから選ばれ、聖なる者とされ、愛されています。聖霊を通して注がれている神の愛により、互いに憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けて、互いに忍び合い、赦し合うことが出来ますように。また、祝福を受け継ぐために、祝福を祈るものとなれますように。 アーメン



12月27日(土) サムエル記上25章

「サムエルが死んだので、全イスラエルは集まり、彼を悼み、ラマにある彼の家に葬った。ダビデは立ってパランの荒れ野に下った。」 サムエル記上25章1節

 イスラエルの精神的な支柱であった預言者サムエルが亡くなりました(1節)。サムエルは、宗教が乱れ、預言も幻も少なくなってしまっていたときに、神がお立てになった預言者であり(3章1節以下)、新しく王が立てられるまでの間、イスラエルをために裁きを行った(7章)、いわば最後に登場した「士師」でした。彼は、生涯主と共に歩み、使命を全うしました。

 しかしながら、息子たちがその道を歩まなかったので(8章3節)、民は王を求めるようになりました(同5節)。サムエルは、民の求めに応じて王を立てました(8~11章)。王を宗教的に指導するのは、預言者の務めです。しかし、初代の王サウルは、サムエルの言葉に従いませんでした(13章8節以下、15章)。そのために、サムエルはサウルを王としたことを嘆き、彼から離れます(15章35節)。

 前にも学んだとおり、サムエルは、王を立てることに賛成ではありませんでした(8章6節以下)。しかし、サウルが王位から退けられたとき、やはり王は必要なかった、主が王なのだ、とは考えていません。むしろ、サウルが神に従い、正しく民を導くことに期待をかけていたために、それが適わなくなって嘆いていたわけです。

 サムエルは、サウルに次いで立てられる王として、主がお選びになったダビデに油を注いだ後(16章13節)、表舞台から退きます。サウル王とは全く没交渉になりました。「幻がなければ、民は堕落する(口語訳:「預言がなければ、民はわがままに振る舞う」)。教えを守る者は幸いである」(箴言29章18節)という御言葉がありますが、預言者サムエルの指導を受けられなくなったサウルは、道を誤り、わがままに振る舞うようになります。

 即ち、王位を守り、サウル王朝を築くため、それを危うくしかねないダビデを殺すことに血眼になるのです(20章31節)。政治は二の次で、絶えずダビデの命を狙います。ダビデに協力したというかどで、祭司アヒメレクの一族と、彼らが住んでいたノブの町を剣にかけて滅ぼすこともしました(22章18,19節)。これでは、神を味方につけるのは不可能です。サウルが王位から退けられるのも当然で、自業自得と言わざるを得ません。

 神は、彼が神に聞き従おうとしないので、彼のするままに任せておられます(ローマ1書24節参照)。神とつながっていなければ、実を結ぶことは出来ません(ヨハネ15章5節)。やがて切り捨てられ、消えない火の中に投げ込まれてしまうのです(同6節)。

 サウルは、アマレクの一件以降(15章)、一度だけサムエルの前に行きました。そのとき、サウルの上に激しく神の霊が下り、預言する状態になりました。しかしそれは、サウルがサムエルに託宣を求めたのでも、自ら預言することを望んだわけでもありません。ダビデがラマにいたサムエルのもとに逃げたので、追いかけて行っただけのことです(19章18節以下)。

 そのとき、サウルに神の霊が降って預言する状態になり、そのままラマのナヨトまで歩きました。そして、サムエルの前で丸一昼夜、着物を脱ぎ捨て、裸で倒れていました(同24節)。それは、自分の真の姿を見せつけられ、神の前に悔い改めることを、主なる神が望まれたのだと思います。けれども、残念ながら、サウルはそこで悔い改めることが出来ませんでした。

 こうして、預言者サムエルは神のもとに召されました(1節)。サウルは、サムエルと和解する機会を永久に失ってしまいました。それは、神と和解する道が最後的に閉ざされてしまったということでもあります。

 主の霊がサウルから離れ、悪霊が彼をさいなむようになったとき、ダビデが竪琴を奏で、サウルを癒していましたが(16章14節以下、23節)、そのダビデに殺意を抱くようになりました。また、上にも記したとおり、祭司アヒメレクの一族を滅ぼしてしまいました。そして、自分に油を注いで王としてくれた預言者サムエルが亡くなりました。もはや、サウルの周囲には、主の託宣を告げる者、主に執り成しをする者が誰もいなくなってしまったのです。

 しかしながら、今一番の問題は、サウル自身が、ここに至ってもなお悔い改めて神と和解しよう、誠心誠意主の導きに従おうとは考えていないということです。

 「今日」という日に、心を頑なにすることがないように、絶えず神の御声に耳を傾け、御言葉に従って歩ませていただきましょう(ヘブライ書3章7節以下、同4章2節)。

 主よ、愚かで罪深い私を憐れみ、罪を赦して下さい。キリストの血潮により、不義から清めて下さい。私の耳を開き、御声を聴かせて下さい。私の唇を開き、賛美のいけにえを献げさせて下さい。恵みに与り、時宜に適った助けを頂くために、御座に近づかせて下さい。 アーメン



12月26日(金) サムエル記上24章

「わたしの主君であり、主が油を注がれた方に、わたしが手をかけ、このようなことをするのを、主は決して許されない。彼は主が油を注がれた方なのだ。」 サムエル記上24章7節

 ダビデとその一行は、エン・ゲディの要害に隠れ家を移しました(1節)。エン・ゲディとは、「小山羊の泉」という意味で、死海西岸に広がるユダの荒れ野のほぼ中央に位置するオアシスです。その名のとおり、付近の岩山には野生の山羊が生息しています。

 ダビデがエン・ゲディに隠れているという情報が、ペリシテとの戦いから帰って来たサウル王にもたらされます(2節)。ケイラといい(23章12節)、ジフといい(同19節以下)、そしてこのエン・ゲディといい、これらの地はすべて、ダビデと同じユダ族が支配しているところです。

 ところが、彼らが同族のダビデをかくまい、保護するどころか、むしろ積極的にサウルに情報を提供するのは、やはり、あのノブの地の二の舞にだけはなりたくないという思いがあるのでしょう。王を敵に回すわけにはいかないと考えているわけです。あるいは、一時期にでもダビデがサウルに重く用いられたのを、ユダの人々は快く思っていなかったのかも知れません。

 サウルは、イスラエル全軍から三千人を選りすぐり、ダビデ討伐軍を結成します(3節)。ダビデを追ってエン・ゲディの荒れ野にやってきたサウル王は、一つの洞窟を見つけて、そこで用を足します(4節)。ところがなんと、その洞窟の奥にはダビデたちが隠れていたのです。そんなことがあるんですね。

 ダビデを捜索するのに、三千の兵を先頭に洞窟に入って来ていれば、洞窟の奥に隠れているダビデたちには、逃げ場はありませんでした。実際、用をたす前に洞窟内の安全を確かめるということも出来たでしょう。けれども、何故か、そうはしませんでした。

 そして、エン・ゲディの荒れ野には無数の洞窟があるのに、どうしてサウルはよりによって、ダビデたちの隠れていた洞窟にやって来たのでしょうか。ダビデと共にいた兵たちがダビデに、「主があなたに、『あなたの敵をあなたの手に渡す。思いどおりにするがよい』と言われたのは、この時のことです」(5節)と進言しています。

 即ち、これは決して偶然ではなく、神がそのようになさったということでしょう。確かに神は、このときダビデの手にサウルの命を委ねられたのです。だから、兵の進言どおり、サウルの命を奪い、自らの手でその後のイスラエルの歴史を書き換えることも出来たのですが、しかし、ダビデはその道を選びませんでした。

 冒頭の言葉(7節)の通り、「主が油を注がれた方」、即ち、神からその王位を授けられたサウルに手をかけることはしない。これがダビデの出した結論でした。自分が手を下さないだけでなく、共にいる者たちをも説得して、サウルを襲うことを許しませんでした(8節)。サウルを王として立てた主の御手に、サウルを委ねたのです。もしも、サウルとダビデの立場が逆であれば、サウルは間違いなくダビデを捕らえ、殺したでしょう。

 勿論、ダビデに迷いがなかったとは思いません。ダビデはサウルの上着の端をこっそりと切り取りました(5節)。上着の一部を切り取るという行為は、自分がいつでもサウルに手をかけることが出来るという徴ですし、そのことは、15章27節以下との関連で、やがてサウルの王位を奪い取りたいというダビデ自身の願望をも表しているようです。6節で、その行為を後悔したのは、内なる欲求のままに行動してしまったからと考えられます。 

 洞窟を出たサウル王を追ってダビデも洞窟を出て、王に呼ばわります(9節以下)。そして、こっそりと切り取ったサウルの上着の切れ端を見せながら(5,12節)、自分にはサウルに手をかける意志は全くないことを説明します。

 そのようなダビデのとった行動、特に、自分を油注がれた者として重んじているというダビデの心根に触れたサウルは、感動して声を上げて泣き(17節)、「今わたしは悟った。お前は必ず王となり、イスラエル王国はお前の手によって確立される」(21節)と語ります。初めて、サウルの口から、ダビデが王となるという言葉が語られたわけです。

 ただ、この言葉は、サウルが本気でそう認めたというより、神に導かれて語った預言のようなものなのでしょう。というのは、この後、サウルは王宮に帰って行きますが、ダビデはまたエン・ゲディの要害へと上って行きます(23節)。互いに信頼する関係にはなれず、結局、二人は別々の道を進み、共に歩むことは出来なかったのです。

 主よ、ダビデはサウルを、主に油注がれた方と呼んで、手を下すことを恐れました。そこに、ダビデが主を畏れる信仰が如実に示されます。私たちも主を畏れ、一切を主に委ねて、与えられた使命に全力で励むことが出来ますように。そのとき、主はすべてを益としてくださることを信じます。 アーメン




12月25日(木) サムエル記上23章

「そのとき、サウルの子ヨナタンがホレシャにいるダビデのもとに来て、神に頼るようにとダビデを励まして」 サムエル記上23章16節  

 ダビデのもとに、ケイラがペリシテに襲われているという知らせが届きました(1節)。ケイラは、ヘブロンの北西13㎞、ユダの低地(シェフェラ)にある要塞の町の一つで(ヨシュア記15章44節)、穀物の産地です。ペリシテは、そこにある麦を略奪するためにやって来たわけです。

 ダビデが主なる神に託宣を求めると、「行け、ペリシテ人を討ってケイラを救え」と命じられました(2節)。ダビデの兵は、逃避行中であることを理由に、ケイラに行くのを渋りますが(3節)、再び主に尋ねて、腹を決めます(4節)。そうして彼らはケイラに行き、ペリシテ軍と戦って大打撃を与え、ケイラの住民を無事救出することが出来ました(5節)。

 ところが、ダビデがケイラにいると知って(7節)、サウルは兵を招集し、ケイラに向かって来ようとしていました(8節)。それを知ったダビデは、サウルはケイラに下って来るかと主に尋ねると、「彼は下って来る」と言われ(11節)、ケイラの有力者は自分たちをサウルに引き渡すだろうかと尋ねると(11節)、「引き渡す」という答えが返って来ました。

 なんという恩知らずな人々でしょう。ペリシテ人の手から救ってくれた恩人を、サウルに売り渡してしまうというのです。しかも、ケイラの民はユダ部族で、ダビデとは同族です。主はそんなことを許されるのでしょうか。もし、そうすることが最初から分かっていれば、彼らを助けることはなかったのではないでしょうか。

 もちろん、主はすべてをご存じでした。こうなることは、最初から分かっていたのです。主はしかし、どうしてこういうことを許されるのでしょうか。ここで主は、ダビデが自分の利害よりも隣人のことを優先して考えることが出来るか、そして何より、主の御言葉に従うことが出来るかどうかを試されたのです。

 かつて、ダビデがノブの祭司アヒメレクにパンと剣を求めたとき(21章)、そのことがアヒメレクとその家族、そしてノブの町にどのような結果を生じるのかということを考える余裕がありませんでした。そして、そのためにノブの町は全滅させられてしまったのです(22章19節)。その難を逃れることが出来たのは、アヒメレクの子アビアタルただ一人だけでした(同20節)。

 ですから、今このケイラの町に、ノブの町の二の舞をさせるわけにはいかないということを、ダビデはしっかりと肝に銘じていたのだと思います。そのときダビデは、何の見返りも求めないでケイラを去りました。そんな潔いダビデのもとには、彼を慕ってくる者がさらに加えられて、合計600名の集団になりました(13節、22章2節参照)。

 死海西方、ユダ山地のジフの荒れ野ホレシャに身を隠しているとき、サウルの息子ヨナタンがダビデのもとに来ました(15節)。ホレシャは、ヘブロンの南10㎞ほどのところにある「樹木の茂った丘」という名がつけられた要害です。サウル王が必死にダビデを探していながら、容易に見つけることが出来ないのに、その子ヨナタンはいつでもダビデと意思疎通が可能になるというのは、どういうことなのでしょうね。

 しかしながら、それは命がけの行動です。ヨナタンがダビデと会ったことが分かれば、父サウルからどんな目に遭わされることになるか、分かったものではありません。そのように命がけでダビデを訪ねたのは、冒頭の言葉(16節)のとおり、ダビデを励ますためでした。

 ヨナタンはここで、「神に頼るようにとダビデを励まし」ました。彼は、父サウルが、無二の親友であり、かつ妹ミカルの婿であるダビデを、亡き者にしようと必死になっている様子を、そばでずっと見て来ました。そして、サウルから逃げる身の上のダビデが、ケイラをペリシテの手から救ったというニュースを耳にしたのだと思います。どちらがイスラエルの王としてふさわしい者か、既に答えは出ているでしょう。

 ヨナタンは、「恐れることはない。父サウルの手があなたに及ぶことはない。イスラエルの王となるのはあなただ」と語ります(17節)。聖書中では、これがダビデにとって、ヨナタンの遺言となりました。この後、ダビデはもうヨナタンの顔を見ることはありません。次にヨナタンが登場するのは、31章の箇所ですが、それは、ヨナタンの死を報告する記事です。

 神の御旨を尋ね、その御言葉に従って行動しているダビデにとって、最も信頼出来る親友ヨナタンの励ましが、どんなに力強く彼に心に響いたことでしょうか。命がけで自分を励ましに来てくれた親友が、「神に頼れ」というのです。ダビデは、はっきりと信仰に立つことを学びました。

 ダビデは完璧な人間ではありません。失敗なんか決してしないという人間ではありません。同じ過ちを繰り返す、私たちと同じ人間です。しかし彼は、自分の過ちが指摘され、自分の失敗に気づくと、素直に自分の非を認め、悔い改めをする人間でした。反省に留まらず、神を仰ぎ、神に聴き従う人間でした。

 神は、その御名のゆえに私たちを救い、御手をもって私たちを守ってくださいます(詩編54編3節)。主を愛し、信じて祈る者のためには、万事を益としてくださいます。人に出来ないことも神には出来ると信じ、主に依り頼んで参りましょう。
 
 主よ、あなたはケイラの人々の裏切りで傷ついたダビデのもとにヨナタンを遣わし、神に頼るようにと励まされました。絶えずあなたに目を留めて、どんな困難も乗り越えることが出来ますように。困難を感謝に、賛美に変えてくださる主を仰ぎ、御言葉に耳を傾けます。弱い私たちを助けてください。神の御子、主イエスが私たちのところにおいでくださり、感謝いたします。 アーメン 


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