今日は大晦日、2014年もあと残りわずかです。
「大晦日」について、月の最終日のことを「晦日(みそか)」、「晦(つごもり)」といいます。
一年の最後の「晦日、晦」なので、「大晦日」という言い方をしているわけです。
因みに、「晦日(みそか)」は三十日の意味であり、「晦(つごもり)」は「月籠り(つきごもり)」が転化したものです。
旧暦では、毎月一日が新月で、月が姿を見せないことから、その前日、つまり月末を「月籠り=晦」と呼んだわけです。
この一年、3月末で大牟田の教会・幼稚園を辞し、福岡市で3か月静養しているうち、一か月入院生活を送り、そして、静岡に来て、半年を過ごしました。
「今日の御言葉」で、「主は生きておられる」(サムエル記上29章6節)という言葉を頂きましたが、本当に生きておられる神様に導かれ、守り支えられた一年でした。
本当に感謝です。
このブログをご覧くださっている方々、そして、私のためにお祈り下さっている方々に感謝いたします。
新しい年も、主を仰ぎ、主の御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩ませて頂きたいと思います。
皆様に、新しい年も主の恵みと慈しみが常に豊かにありますように。
「大晦日」について、月の最終日のことを「晦日(みそか)」、「晦(つごもり)」といいます。
一年の最後の「晦日、晦」なので、「大晦日」という言い方をしているわけです。
因みに、「晦日(みそか)」は三十日の意味であり、「晦(つごもり)」は「月籠り(つきごもり)」が転化したものです。
旧暦では、毎月一日が新月で、月が姿を見せないことから、その前日、つまり月末を「月籠り=晦」と呼んだわけです。
この一年、3月末で大牟田の教会・幼稚園を辞し、福岡市で3か月静養しているうち、一か月入院生活を送り、そして、静岡に来て、半年を過ごしました。
「今日の御言葉」で、「主は生きておられる」(サムエル記上29章6節)という言葉を頂きましたが、本当に生きておられる神様に導かれ、守り支えられた一年でした。
本当に感謝です。
このブログをご覧くださっている方々、そして、私のためにお祈り下さっている方々に感謝いたします。
新しい年も、主を仰ぎ、主の御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩ませて頂きたいと思います。
皆様に、新しい年も主の恵みと慈しみが常に豊かにありますように。